灰色の獅子【完結】 続編連載中 作:えのき
ウィルは思い切り腰を下ろしてヴォルデモートに語りかける。息子が父親に話すというより友へ向けての言葉のようだった。
互いに親子としての絆ではなく、自分と同じ唯一無二の存在として考えている。己の分身であり、口には出さずとも無意識のうちに特別な存在であると心の底から思う。
ウィルはヴォルデモートに開心術で自身の心の内を全て見透かされた。
親を知らず心のない
いつしか彼は青年になり、自分自身の産まれを知った。ベラトリックスという死喰い人の息子、純血というだけで結婚した愛のない夫との子供だ。その夫婦は世継ぎさえ生まれればそれでよかった。
愛なきウィリアム、彼の父親はロドルファスではなかった。正確には推測の域を出ないのだが、間違いないだろう。
彼の父親は“闇の帝王”ヴォルデモート卿
証拠は何一つとして存在しない。
だが2人は間違いなく血の絆を感じていた
偉大なるダンブルドアもそう考え
若き魔法使いを警戒して導こうとした
だがウィルとはそりが合うことはなかった
そして現在に至る
運命に導かれウィルは父親と相対していた。才能と実力の差は友人達との絆で埋め、ヴォルデモートと互角以上に渡り合いつつある。
「君は機会を与えたがる。許しを与えようとする。なぜだろうな?」
ウィルは“麻痺の呪文”で痺れて動けないヴォルデモートへそう語りかけた。数分前に彼の開心術で自分の心の内を覗かれた分のお返しである。彼なりのトム・リドルの人間性を見抜こうとしているのだ。
彼の言う機会とはこの戦争において、ただ殺戮するというのではなく死者を弔う時間やハリーを差し出せば命は助けるという点だ。更にずっと特別視していたウィルに対して何度も見逃して自分の配下に入れようとした。
「君は無意識に愛を求めている。しかし君は恐れられるが故に愛から遠のく。だから君は許しを与えて愛を受けようとする。」
ウィルは淡々と言った。彼もまた先程のダンブルドアとの対話で知った。彼とのトム・リドルとの初めての出会いだ。
彼もウィルと同じく親を知らず愛の知らない孤児だった。類まれな魔法の才能から自分自身に向けられる他の子供達の悪意を跳ね除けていた。
「魔法族の血を守ろうとする。それが本当に大切か?反乱因子を許して生かす事が?闇の帝王ならば殺す方が自然に思える。」
ウィルはヴォルデモートの眉がわずかに動くのを見逃さなかった。
「期待しているのさ、思想の固まった配下ではなく未来ある若者達から自分に愛を与えてくれる存在を。」
この彼の読みが的中しているかどうかはわからない。動揺か苛立ちのどちらかだ。少なくともヴォルデモートの感情を揺さぶることはできている。
「そうだ、君はただ示したかったんだ。自分がここにいると。僕にはわかる。孤児院での生活で、ホグワーツでは才能ゆえに、そしてスリザリンで純血ではない君は常に・・・
ーーー
トム・リドルは孤独ゆえに闇の帝王になったのだとウィルは語った。そう言い終えると周囲は静寂に包まれた。2人だけにしか聞こえない空間である。
「わかるよ、トム。君の悪意の源は孤独だ。昔の僕と同じだった。」
その表情には慈愛すら感じられる。しかしすぐに恐怖で体が震え、彼はすぐに立ちあがり杖をヴォルデモートへ向けた。
一瞬で心臓がねじ切れそうなほどの錯覚を感じた。ごく僅かに限りなく濃く、そして暗いオーラを感じ取った。すぐにそれは静かに霧のように広がり、ウィルを包みこんでしまう。
「黙れ、不愉快だ。」
ヴォルデモート卿はゆっくりと立ちあがり、恐ろしい声で威圧する。かかっていた麻痺の効果はもう既に消え去っていた。
彼が魔力の出力を出し惜しまなかった。ただ自然に全力で敵を屠る為に意識を向けただけのことだ。つまり出し惜しみのない本気の殺意であった。
「・・・こりゃ、やべぇな。」
ウィルの頬からは冷や汗が流れていく。世界で最も強力な魔法使いの本気の魔力、それを至近距離で味わったのだ。瞬間的に命の危険を感じ後ずさりさせるには十分だった。
しかし彼は薄く笑みを浮かべていた。
(やっと魔力に底が見えた。)
ウィルは真剣な表情を見せ、ヴォルデモートと向かい合う。戦いの決着はそう遠くないと確信した。今の魔力でさえ自分がいなくなればこの城の魔法使い全てを殺せる実力が彼にはあるだろう。
だがウィルもまた負けていない。格上との戦いや味方の魔力が身体の奥底で眠っていた魔力を引き出している。魔力を持続できるよう常に必要最小限に留めていた。
2人の残りの魔力の総量は互角
出力で勝るヴォルデモートに対して持久力で勝るウィル。
「黙らねぇよ。俺ァお前をッッ!!!」
ウィルは自分の杖をギュッと握りしめた。すると以前と彼は体を纏う魔力を強めた。ウィルの風のような魔力は勢いを落とすことはなくずっと荒々しさを保っている。
「一人にはしねぇぞ!!!俺を見ろトム・リドルッッッ!!!」
彼は素早く“武装解除の呪文”を放った。ヴォルデモートは盾の呪文で防いでみせるが、ウィルの放つ呪文に勢いを感じる。最強の“ニワトコの杖”から防いだ時の反動で手が痺れた。
魔法の応酬である。
ヴォルデモートは少し冷や汗をかいていた。自身が敗北する可能性がごく僅かにでもあると感じてしまったからだ。最期の分霊箱がまだ破壊されていないために自分が死ぬ事はないだろう。しかし魔法使いとして敗れる事はあり得なくはない。
彼はウィルの勢いに圧倒されていた。実力や才能、経験で勝る自分が目の前の若者に敗北するかのような錯覚を覚えた。上回る何かがウィルにあった。
時折、ウィルの身体がヴォルデモートの呪文で傷つき、肉がえぐれようとも彼は怯まない。死を厭わぬ猛攻であった。
彼は周りに散らばっている瓦礫を集め、それを固めてヴォルデモートへ放った。瓦礫は槍の様に鋭くなり龍のように波打ちながら襲いかかる。
ヴォルデモートは“悪霊の炎”でバジリスクを放ち、瓦礫の槍を燃やし尽くしてしまう。
すると彼の視界に青白い神聖な魔力を持つ光に視界を奪われた。青色の大狼がバジリスクに噛み付き、まるで光で包み込んで浄化するかのように消し去ってしまった。
ほんの数秒、視界を奪われたヴォルデモートは目を覆った。その瞬間に腹部に鈍い痛みを感じる。それから何者かに手首を掴まれると身体が円を描くように回転して視界が180°変わった。地面に背中を叩きつけられるとじんわりと全身に痛みが走った。
ウィルが守護霊の呪文を目眩しに使って、素早くヴォルデモートへ接近して彼の腹部を蹴り飛ばし、背負い投げをしたのである。
ウィルはゼエゼエと息切れをしながらヴォルデモートの首筋に杖を突きつけた。彼はそれを見てせせら笑う。
「俺様を、お前が殺せるのか?」
煽るように言った。今のウィルは分霊箱で不死身のヴォルデモートを殺すことができない。現状彼を封じる手段はない。
「己の生死を他人に委ねるなど愚かだ。お前は王の器ではない。」
ウィルは左腕に激しい痛みを感じた。真っ赤な鉄を押し付けられたかのような焼けるような感覚を覚えた。ウィルは叫んでヴォルデモートへ込めていた力を緩めてしまう。
左腕に刻まれた“死喰い人”の紋章が真っ赤に染まっていた。
彼は突き飛ばされて転がった。熱は消えたが痛みはまだジンジンと広がっている。ヴォルデモートは再び立ちあがり笑っている。
「息子よ、お前は俺様からは逃げられない。死んで悔い改めろ。」
そう彼が言い放った瞬間にウィルの左手が自分の首を思い切り締めた。“死喰い人”の紋章がそうさせたのだろうか。闇の力の強制力か明らかに人の力ではない。
ウィルは呼吸をする事が出来ず右手で振りほどこうとするが、操られた左手は更にキツくウィルの首を握り締めて離さない。
「実に滑稽だ。」
邪悪な笑みを浮かべていたヴォルデモートはウィルの行動に衝撃を受ける事となる。なぜなら彼の周りに激しく血飛沫が舞ったからだ。
「・・・まさかこのガキ。」
くるくると肉の塊が血を撒き散らしながら地面に落ちた。蛇と骸骨のタトゥーが刻まれた“左腕”である。
「自分の腕を・・・。」
ヴォルデモートは言葉を失った。そのままであれば死は免れないであろう。しかしウィルは自分の左腕を自分で切り落とした。なんの躊躇もなかった。
激しい痛みで激しく歯軋りをしているウィルの暗く淀んだ瞳には死への恐怖はない。彼にとっては最善の行動を最速で求めただけに過ぎない。彼の性格でなければ勝負は決していたであろう。
「“
ウィルは自分の失った左肩の傷口を素早く燃やして止血をする。流石に彼は怯んで地面に膝をついてしまう。汗が地面へポタポタと滴り落ちた。
その隙にウィルは自分の杖を吹き飛ばされてしまった。そして間髪入れずヴォルデモートはウィルを吹き飛ばしてしまう。
地面に叩きつけられた彼は腹部に鈍い痛みを感じると、口から血を吐き出した。彼は嗚咽を繰り返して息を整える。
「もう終わりだ。さらばだ、我が息子よ。」
ヴォルデモートは杖を向けた。彼の命を奪うことが礼儀であると感じた。それが自分にできる最大の敬意であると確信していた。
杖を向けられた瞬間、ウィルは己の死がまもなく訪れると理解した。限りなく自分の時間のみがスローモーションのように変わった。自分の死を受け入れるつもりなどない。
ここで死ぬ為に生きてきたわけではない。かっこ悪くても、醜くても、情けなくても構わない。勝利や対抗心ではなかった。
彼のその変わらない意志が死という運命から逃れ、手負いで杖のない若い魔法使いが世界の運命を大きく変える事になる。
彼は放たれた緑色の閃光を身体をひねって回避した。それを見たヴォルデモートはもう一度“死の呪文”を放った。だがそれをも躱してみせる。
彼には全てが視えていた。未来予知などではない。単純に反射神経が優れているだけだった。彼を救ったのは学生時代にプレーしていたクィディッチであった。
トレーニングでの身体能力の強化、ボールの役割を持つクワッフルを視線で追う為に備わった動体視力、そしてそれを維持するためのスタミナである。
取るに足らない学生時代のスポーツがウィルの命を繋いだ。
『いつか貴方の糧になる』
彼が一年生の時にマグゴナガルは確かにそう言った。こんな形で重要な役割を担うことになるとは誰も想像できなかった。
ウィルはヴォルデモートの死の呪文をまるで手負いの獣のように鋭い瞳で捉えて、躱し続けた。もはやウィルに残された策、いや選択肢は何一つとしてない。
ヴォルデモートの“魔力切れ”
杖を失い、左腕を失い
死と隣り合わせであるためか
彼の集中力が途切れる事はなかった
だが限りなく薄い勝ち筋、何発躱したかはわからない。やがてウィルは瓦礫に足をとられて転んでしまう。右手のみで身体を支えるが身体が起こせない。奥底から疲労が溢れ出て、そして精神的な負担が身体を蝕んだ。彼の行動は無謀だったのだろうか・・・
「“
ヴォルデモートはゆっくりと杖の照準をウィルに合わせて放った。もはや防ぎようのない呪文は彼へ迫り、その緑色の閃光がウィルの視界を照らした。
死の光は彼へ届く前に地面に落ちた。まるで墜落したかのようだった。ヴォルデモートが失敗したわけでも、情けをかけたわけでもない。第三者による呪文を捻って操作する。
ウィルはそんな芸当をできるのは自分を除けば1人しか知らない。彼へその技を授けた魔法使いである。
黒いローブがウィルの前を遮った。自分の知る小さな背中ではない。ウィルにはとても大きくたくましく見えた。
「よもや、お前が俺様の前に立ち塞がるとはな。」
ヴォルデモートは意外そうな表情を浮かべて目の前の魔法使いを睨んだ。
「ルシウス」
自分の配下の死喰い人の名を呼んだ。ウィルを育てた義父のルシウス・マルフォイである。主人の信頼を失い色あせた貴族服、土で汚れた靴、血のついた杖を握りめていた。弱々しかった姿など片鱗も感じさせなかった。
「ヴォルデモート、私の息子に手を出すなッッ!!! 」
彼はそう大声で息子の敵へ杖を向けた。
完結まであと2話です。
他の作品では出てきたことがない(自分の知る限り)
僕がずっと書きたかった結末をお届けします。