月が揺蕩う復活譚 番外編   作:マスター冬雪(ぬんぬん)

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四月バカ企画。(四月とは言っていない)


IF 月は朧になりて

此処は─────何処だ?

 

 

 

赤黒い雫を鋼から滴らせ、男は緩慢に辺りを見渡した。

何処も彼処も赤黒かった世界は一転し、非自然的な真っ白い人工物が聳え、申し訳程度の草木が(かいな)を広げている。

ほつり、ほつりと敷き詰められた黒い道に紅が滴り落ちる。

空は雲で白く染め上げられ、然れど明るく、景色も相俟って男は酷く浮いていた。

 

くるくると瞳だけを廻らせて幾許いくばく、漸く男は気付く。

 

 

 

「……嗚呼、渡ったか」

 

 

 

(りーん)、と、刃金が鳴る。

 

 

それはまるで静かな水面に波紋する水滴のような、はたまた楽器のような、反響する冷たく斬り裂く刃音。聞いた者の肌を冷たさに荒立てる、艶やかな魔性の鋼。

緩やかな弧を描く刀身は鈍く冴え。

その刃は鋭く。

しとりと、濡れる、刄。

 

 

ぴしゃり、と、赤が地面に模様を描く。

男は得物を払い、腰元の鞘へと収めた。

刃鳴りはなく、よくよく手入れされた刃は静かにその姿を隠す。

無機質な風すら洗い流せぬ血霞を纏い、男は自身の身を濡らす流血に不快を覚え、眉を寄せながら(ぬめ)る掌を握った。

男にしてみれば、血化粧は嫌わない。唯、興味すらなかったが。

 

美しく染め抜かれた月夜色の着物は今や終末の赤黒。

金の装飾は赤錆。

然し、その瞳に浮かぶ三日月だけは、変わらず美しく下弦の月を輝かせていた。

 

薄く、細く、長く。倦怠に息を吐き出し、男─────三日月宗近の皮を被った悪霊は(のろ)う。

 

 

「修羅となれ。剣修羅となれ。果てまでゆけ。弔え。積み上げろ」

 

 

男の目には何ひとつ映らない。

 

あるのは黒き煙を吐き出す桜木と、崩壊した幸福。

残酷な程に美しき、血塗れた終宵(しゅうしょう)

彼はあの箱庭で時を止めた。

 

ただ、ただ、骸を。

菩提を弔う為に、血肉を捧げ続けている。

 

 

宿りしは修羅。荒御魂と化すには穢れ過ぎてしまった。

終わりし修羅。重ねるべき死骸の判別も出来ぬ程に曇ってしまった。

故に、剣修羅。最早斬り捨てる事しか出来ぬ。

 

然れど。然れどその残骸はあまりに美しかった。

神剣の無念と激情を全て孕んだ、一体した肉塊は。その様は。

 

抱きし誇りも注がれた想いも何もかも、黒く煤けてしまったのだ。

残るのは思い出だけ。彼はそれを糧に息をし、笑い、斬り裂いている。

 

 

怨霊、三日月宗近。

まざりもの。

一身複刀。

神にはなれず、人でもなく、刀。

 

……それが男の正体。

 

故に、男は(のろ)う。

 

「刀剣の神に捧げるに相応しいのは、血が湧き、肉が滴る死闘。果てまでゆけ。この身をその果てへ。それを以て贄となる」

 

この世界でも弔う為の骸を掻き集めるべく、より強き者との死闘を演ずるべく、男は顔を其方へ向けた(・・・・・・)

 

 

 

「─────やあ、覗きとは良い趣味をしておるな?」

 

 

 

見開いた紫目を覗き込んだ男は、瞳の三日月を歪に歪ませて、にこやかに血塗れに笑った。

 

「……覗きだなんて心外だなぁ」

 

動揺を抑え込んだ真っ白な青年は、真っ黒に染まった男を見上げて口角を上げた。

 

「物騒な気配がしたから見に来たんだ。ねえ、キミ、何?」

 

何。と、青年は問う。

誰、でも、名前は、でもなく、その存在自体を問うたのだ。

それが無性に面白く感じて、男は青年の無垢に麗しく微笑んだ。

 

「俺は刀だ。斬り裂くもの」

「カタナ?ふーん」

 

面白そうだと青年も目を細めて笑う。

 

「キミみたいなモノとは初めて会うなぁ。これはとても凄い事なんだよ」

「ふぅむ、そうか」

 

男の声音は青年の言葉に大仰に驚いてみせたが、その瞳は凪いだままだ。つまるところ、その点では大した興味を抱いていない。

何かを見極める、もしくはその様を待っている。それは予感を抱いてこそ。

 

「カタナって、ジャッポーネの剣の事だよね。キミ自身が剣なら、それを使うニンゲンはいるのかい」

「いや、おらんな。俺は妖刀の類ゆえ、担い手すら斬り裂いてしまう。俺の主共は……それは、それはもう、か弱くてだなぁ。アレらでは果てなど見れる訳もあるまいて。俺()が見たいのは死闘。己の命を捨てられぬ者に俺()を使う資格などない」

 

そうしてころころと笑いながら、何処か不可思議な妖しさを身体中から吐き出して、鳴るように声を零す。

 

その狂気をなんと見たか、白い青年はとても嬉しそうに笑ったのだ。

 

「いいね、キミ。狂ってるよ」

「……ははははは!!」

「何がそんなにおかしいの?僕変な事言ったかな?」

 

不思議そうに首を傾げる様が重ねて面白かった。

"言われ慣れている"、とも、─────"お前が言うのか"、とも。

笑いの収まらぬ男は囁く。

 

「ふふ、お主、見える世界は平面か?」

「!」

「なんという様よ、皮肉なものよ。お主をお主たらしめたその力が、お主をその様に貶めたのだ」

 

無遠慮に青年を嗤い、男はいっそ灼熱すら込めて唆す。

 

 

「斬るか、斬ろうか。その様を」

 

 

鋭き刃のように口を歪ませ、真っ赤な口腔を覗かせる。

 

それは地獄のような有様で、それだけで常人は、男が埒外の方向へと進んでしまっている事を思わされるだろう。

 

それはおそらく修羅道で。

至ってしまえば終わるのだろう(・・・・・・・)

 

凛と、刀が哭く。

 

 

「んー……僕はまだやりたい事あるし、それはお断り」

「それ()?」

「キミさ。僕に付いて来なよ」

 

 

青年は笑う。

青年の皮の下、白き悪魔が嗤う。

男はまるで白痴のように、首を傾げてみせる。

 

 

「俺は斬るのだぞ?」

「うん」

「お主に仇為す敵も、お主を守る味方も、お主が守るものも、お主自身も」

「うん」

 

青年は白く言い放つ。

 

 

「だって、どうせ斬るんだよね?」

 

「!……ふ、ふはは、あははははははははは!!」

 

 

男はその答えを大層気に入った。

 

「面白いなぁ、人間とは。自殺志願でもあるまいし、俺のような妖刀を使いたいなどと」

 

涙が滲む程に高笑った。

 

 

「嗚呼、嗚呼、いいとも。俺はお主の刃となろう。この刀がお主自身を斬り裂くその時まで」

「じゃあ、決まりだね」

 

 

 

歓迎するよ─────僕のミルフィオーレファミリーにね。

 

 

 

 




ここからアヤマツ闇堕ちミカさんの血塗れライフver.ミルフィオーレ。

このミカさんは『本丸が落ちて復讐に走った刀剣達の怨念を受け入れた名もなき幽霊と、哀れんでその身を彼に与えた朋友』のその後の話。

前のやつを再掲載。
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