その指揮官は深すぎる信頼関係を築けていた事に気付けてなかった   作:東吾

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HK416の話になります。


たまたまだから

 目を覚ましてからしばらくすると、リハビリが始まった。

 

 正直なところ、目覚めた事で病室の移動があり、同時にまだ怪我が治りきっていないという事を理由に面会謝絶となってしまったので暇を持て余しており、このリハビリはかなり楽しみだった。

 

 これでも元々はしがない一般人だったが、グリフィンに入社するに当たって、最低限の基礎訓練はこなしてある。

 それと比べればリハビリなど、軽いジョギング程度のものだろうとタカを括ってた。馬鹿だった。

 

 リハビリは想像以上にキツかった。というか、自分の体力の低下を考慮してなかった。

 

 冷静に考えてみれば、三ヶ月もの間昏睡してたのだ。筋肉は衰えていて当たり前だったのだが、イマイチ実感がなかった為に完全に失念していた。

 ただ歩く事でさえ、松葉杖を使わなければ困難で、激しい息切れを伴った。勿論腕の筋肉も衰えているので、松葉杖を長時間使う事もままならず、移動には大きな制限が掛かった。オマケに失明して半分になった視界に中々慣れず、その感覚を掴むのにも一苦労だった。

 

 そんな状態の為、初日は最初に提示されたメニューを全てこなす事すらできず、歯痒い思いもした。

 しかしそれをバネにする事で、翌日からは全てこなせるようになった。

 

 それから数日が経ち、多少なりとも体の調子が戻り、そろそろ次の段階に進んでもいい頃だと思っているのだが、残念ながら医師からは暫く同じメニューに従事するように言われている。

 

 他でもない専門家の意見に従うべきなのは分かるが、それでもこのままでは復帰するのに長い時間が掛かってしまう。

 それが焦りに繋がってしまい、リハビリのメニュー以外にもできる事をしようと、病棟での昇降にエレベーターではなく階段を使って移動しようと思ったのがいけなかった。

 

 あっ、と思った時にはもう遅かった。

 あと一歩で全ての階段を登り切れるというところで、目測を誤ってしまい、松葉杖の先端が階段の縁に降ろされて滑る。

 咄嗟に側の手すりを掴むも、完全に流れていた体重を片手の握力だけでは支えきれず、あっさりと手から滑り抜けてしまい、背中から浮遊感に包まれる。

 

 死んだ――それも実にマヌケで呆気ない理由で。

 そう確信しながらも身構えて衝撃に備える。

 

「危ない指揮官!」

 

 返って来たのは想像していた全身を強打する衝撃ではなく、柔らかなものに包まれ床を転がる感触。

 まるで天上の羽衣のように、自分が知るどの家具よりも柔らかで安心感を与えて来るその不思議な感触に、自分が転落したという直前の事実まで忘れて意識を奪われる。

 

「指揮官、大丈夫かしら?」

 

 そんなこちらを心配する声が聞こえて我に返り、自分が階段から転落して、誰かを下敷きにしてしまっている事に気付いて顔を上げる。

 水色の前を綺麗に揃えられた長い髪に、エメラルド色の瞳。その下に涙のような赤いタトゥーと、対照的に白い肌。

 

 よりにもよって、階段から転落して下敷きにしてしまったのは、あのHK416だった。

 

 404小隊という特殊な部隊に所属する戦術人形であり、常に完璧である事を求め、自分は勿論他人に対しても厳しく、その対象は指揮官でもある俺も例外ではない。

 そんな彼女を、経緯はどうあれ下敷きに――もっと言えば押し倒してしまったという事実に、自分の顔から血の気が引くのが分かった。

 

「待ちなさい指揮官」

 

 慌ててどこうとして、何故かそれを妨害するように、416に抱き締められて身動きが取れなくなる。とても柔らかい……じゃなくて。

 これは不可抗力であり、わざとではない。たまたまなのだ。

 

「いいから、落ち着きなさい。そんな体の状態でいきなり動こうとしたら、また転ぶわよ。変な所をぶつけたらどうするつもりかしら?」

 

 そう言ってゆっくりと、俺の体を支えながら起き上がる。そして側に転がっていた松葉杖を拾って俺に手渡し、ベレー帽を被り直す。

 続けて彼女と同じ名前の――本当は逆なのだろうが、HK416という名の銃を拾い上げる。

 

 そこでようやく、彼女が武装した状態にある事に気付き、続けて何故そんな状態で病院に居るのかという疑問を持つ。

 

「面会謝絶というだけで、近くに居てはいけない訳ではないもの。だから側に張り付いて護衛する事こそできないけど、こうして巡回しているのよ」

 

 俺を受け止めてくれたのは、偶然にも巡回中に俺が落下した場面に遭遇できたからだと言う。それを聞いて、自分はたまたま助かっただけなのだと改めて実感する。

 

 しかしそれはさて置き、何故居るのかは分かったが、どうして巡回をしているのか。

 そう聞くと彼女は、呆れたと言わんばかりの溜め息をつく。

 

「あなたは自分が英雄として称えられているという事を聞いていないのかしら? 今や指揮官は注目の的よ。良くも悪くも、ね」

 

 そう言われてみればそうだった。相も変わらず実感に乏しいし、何より自分自身が大した人間じゃないという事を知っている為、どうしたって忘れてしまう。

 

「一応指揮官のような立場の人が入院する病院だから、それなりに警備システムは揃ってはいるけど、わたし達が警備に加わった方がより安心できるもの」

 

 わたし達という事は、彼女以外にも巡回を請け負っている人形が居るという事か。

 

「ええ。基地に所属している人形総出で、ローテーションを組んで実施しているわ」

 

 総出って、基地の防衛は大丈夫なのだろうか?

 

「その辺りは抜かりないわ。きちんと必要十分以上の戦力を残して、その上で余剰になった人員を回しているわ」

 

 平然と答えられる。完璧である事を常とする彼女が、そう胸を張って言うのならば大丈夫だろう。

 

「それで、指揮官こそどうしてこんなところに居るのかしら。あなたの病室とリハビリテーション棟を行き来するのに、ここを通る必要はない筈よ?」

 

 痛いところを突かれて、咄嗟に目を逸らしてしまう。それが良くなかった。

 

「指揮官、何をしていたのかしら? わたしの目を見て答えてください」

 

 顔を手で挟まれて無理やり目を合わさせられる。その視線は虚偽は許さぬと雄弁と語っており、正直に答える以外の選択肢は無かった。

 

「指揮官、焦りは禁物よ」

 

 当然怒られるとばかり思っていたが、返されたのは意外な反応だった。

 

「少しでも早く復帰したい、そう思ってくれる事自体は嬉しいわ。でもそれで焦って失敗してしまえば、元も子もないわよ。現にさっき、あなたは危うく命を落としかけた」

 

 要は急がば回れという事だった。俺の現状にぴったりなその言葉に、返す言葉も無い。

 冷静に判断できているつもりが、できていなかった。その事を反省していると、HK416の手が頬を撫でて来る。

 

「指揮官、わたしは完璧よ。でもそれは、あなたが居てこそ完全になる。もしあなたが死んでしまったら、わたしは完璧でなくなってしまうのよ。だからお願い。わたしを完璧なままで居させて頂戴」

 

 あれ? HK416ってこんな人形だったか?

 誰にも拠らず、一人で完璧である人形。それが彼女だったと思うのだが。

 

「ねえ指揮官、そんなに復帰は急がなければならない事かしら?」

 

 いつもと違う様子のHK416に面食らっていると、唐突にそんな事を言われる。

 

 復帰は急がなければならない事か、否か。答えは勿論、イエスだ。

 

「わたしはそうは思わないわ。指揮官、あなたはとてつもない事を成し遂げたのよ。それこそ意図しない事だったとしても、英雄と称えられるほどの事を」

 

「だけど支払う羽目になった代償は決して軽くはないわ」

 

 頬に当てられていた手が上がって行き、光の失われた目の周辺を撫でられる。

 

「だからもう、頑張らなくていいのよ。少しぐらい休んでも、罰は当たらない筈よ。それだけの事を成し遂げたのだから、誰にも文句は言わせない……」

 

 有無を言わせない空気を纏った416のその言葉に、それでも否定の言葉が湧き出す。

 人形である彼女たちが居たからこそ達成できた事を、自分の功績だと言い張る事はできない。

 

「あなたは大した事をしたとは思っていないのかもしれないでしょうけど、そうやって自分を卑下するのはやめなさい。それはわたしたちに対する侮辱よ」

 

 唐突な、それでいてこちらの先程の内心を読んだかのような言葉。

 

「あんな非合理的な命令に、普通ならわたし達は従ったりはしない」

 

「あなたがそう決めたからこそ、納得した上で付き従ったの。それだけは履き違えないで」

 

 そう言われて、胸中の霞が、一気に晴れるような感覚に襲われる。

 

 あの時彼女たちは、上官である自分の命令に従わざるを得なかったのではないか。

 自分のエゴに付き合わせて、彼女たちを無理やり戦わせたのではないか。

 

 あの戦いである程度の信頼を得ていた事が分かって、あの時自分はその信頼にかこつけて、選択を強制させてしまったのではないかと疑っていた。

 その疑念が、杞憂であったと諭された。

 

 ありがとう、という感謝の念と。これからも頼りにしているよ、というこちらの信頼を込めた言葉。

 それらを伝えると、フッと微笑む。

 

「当然よ。わたしは完璧だもの」

 

 実に彼女らしい、誇らしげな返答。それが実に心地よかった。

 

「それに、あなたがどれだけわたしを信頼してくれているかは、よく理解しています」

 

「あの時だって、わたしを使ってくれていたんでしょ?」

 

 最初はその言葉の意味を理解できず、数秒経って、そう言えばあの戦いの終盤で自分が使っていたのは、彼女と同じ名前のHK416という自動小銃であると思い出した。

 だがあれは、武器庫に保管されていたうちの一つとして、咄嗟に選んだだけなのだ。 

 たまたま選んだのがHK416だっただけだ。

 

 だからそんな怪しい笑みを浮かべないで欲しい。ちょっと怖い。

 

「例え咄嗟に選んだのだとしても、とても嬉しいわ。だって咄嗟に選んだって事は、わたしが一番信頼できるっていう無意識の表れだもの」

 

 いや、違う。確かにHK416の、彼女の事は信頼している。

 だがあの時戦うための武器としてそれを手に取ったのは、本当にたまたまなのだ。

 

「でもね指揮官、実銃を使ってくれるのも悪くはないけど、何ならわたし自身を使ってくれても――」

 

 怪しい発言の途中で、ピピッという電子音が鳴り響く。

 

「……チッ」

 

 音の出所である耳のインカムを抑えて、凄まじく顔を顰めたHK416が、物凄くガラの悪い舌打ちをする。君、そんな顔するんだね。

 

「……長々と話し過ぎたわね。それじゃあ指揮官。わたしは巡回に戻るけど、大人しくエレベーターを使って戻ってね。ここで貴方に付いて行けば良かったって、後で後悔させないで頂戴」

 

 すぐに表情をいつも通りのものに戻して、拒否は許さないという言外の圧を込めて言われる。

 もっとも、拒否するつもりは毛頭ありはしない。さすがにさっきので懲りた。

 

 専門家の意見には素直に従って、彼女の言うとおり安静にするとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい。つい抑え切れなくなったのよ」

 

「接触したのは偶然よ。何よ、疑ってるのかしら?」

 

「そもそも、わたしだったら指揮官があんな目に遭う前に偶然を装って声を掛けて止めていたわ」

 

「そんな発想が出て来るそっちこそ、性格悪いんじゃないかしら」

 

「……分かってるわよ。本当に悪かったって思ってるわ」

 

「一応、わたしのお陰で助けられたのだから大目に見て頂戴」

 

「ええ、分かっているわ。抜け駆けは無し」

 

「指揮官が戻って来てから、ね」

 

 

 

 

 

 




という訳でHK416とのお話をお送りいたしました。
彼女はとても好きなキャラなのですが、口調が敬語とそうじゃないのが入り混じってて結構書き難かったです。変に感じたところがあれば、ご指摘ください。

指揮官は割とかなり優秀なのですが、本人的には戦っているのは自分ではなく人形であり、功績も彼女達が居てこそという考えが根底にある為、過剰に自己評価を低く見積もっている感じです。

失明した目に関しては、右なら9と、左なら45姉とお揃いになる訳ですが、どちらの目を失明しているかはまだ未定。どちらか先に仕上がったら決まると思います。

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