その指揮官は深すぎる信頼関係を築けていた事に気付けてなかった 作:東吾
そんな訳で後編になります。
ダネルのキャラがうまく掴みきれてないので、後日修正するかもしれないです。
指揮官の身に危険が迫っている。UMP45からその知らせを聞いた時、今まで経験したことが無いほどの焦燥感が全身を支配した。
スナイパーとしてあってはならない、自身の内心を制御ができないという事態。思考が上手く回らず、今にも一心不乱に指揮官の下へと駆け出したい想いが胸中を満たしていく。
それでも何とかそうした想いを身体の内に留め切り、正確に事態を把握すべく、努めて冷静にどういう事なのかと問い返した。
そうして得られたのは、所謂ロボット人権団体と呼ばれる連中が、指揮官を私たち戦術人形を酷使する敵であると見なし、その命を狙っているという情報だった。
それを聞いた途端に、焦燥は憤怒へと変わる。
ふざけるな、何がロボット人権団体だ。何が、指揮官は悪魔だ。
指揮官が私たちの意志を無視して、人形を酷使している? 冗談じゃない。
指揮官は私たちと共に最前線に立ち、自らを犠牲にして戦い続けた。だからこそ私たち戦術人形は一体も欠ける事無くこの場に居て、さらにはロボット人権団体のような連中も生きていられているのだ。
あのまま鉄血の人形共が防衛線を突破し、グリフィンに甚大な損害が出ていたら、巡り巡って危険に晒されるのは人間たちだ。それを防いだのが指揮官だ。
そんな事も理解せず、私たちの意志すら無視して、私たちから指揮官を奪おうとするな!
「落ち着きなさい」
気が付けば周囲の人形達に、我を忘れて飛び出すのを抑えられていた。
言わずとも気持ちは一緒であるという事がすぐに理解できた。その上でその激情を押し留めていた。それが指揮官のためになるから。
それが分かったからこそ、表面上だけでも冷静さを取り戻す事ができた。
続く情報によれば、既に指揮官が入院している病院に、連中の手の者が潜入しているという事。それがSOPMODのお陰で判明し、既に身柄を押さえてある事。尋問の結果、連中の作戦の決行が今夜である事が分かった。
その上で私たちがするべき事は、指揮官を守る為にこれを迎撃する事であると伝えられる。それも指揮官に悟られる事なく。
勿論、そんな事は言われるまでもない。
指揮官は既にその身に、充分すぎるほどの苦を背負っている。そんな彼にこれ以上、余計な負担を掛けさせる訳には行かない。ましてや指揮官の命を狙った、不貞の輩に関する事で思い悩ませるなど論外だ。
だからこそ、私が後詰めなのは納得しよう。
あくまでスナイパーの役目は長距離からの狙撃であって、近・中距離での制圧ではない。銃声を指揮官に聞かれるリスクを考えると、出番が無いのが一番であり、万が一にでも防衛線を突破された場合にのみ出番がある。
正直に言えば、指揮官の命を狙う連中は自分の手で仕留めたかったが、指揮官の事を考えれば優先順位は自ずとハッキリする。それに自分以外のライフルやマシンガンを扱う人形も事情は同じなのだ。
結果として、多少のアクシデントこそあったものの、目標は完璧に達成された。決して指揮官に気取られる事なく、迅速に、襲撃者たちを最小限の捕虜のみを残して殲滅する。
捕らえた捕虜からも情報を引き出して、残党も全て始末した。だから自分に割り当てられた役割に文句等あろう筈もない。
だが、拘束されているロボット人権団体の連中の端っこで、同じく拘束されている私のこの扱いについては、まるで納得できない。
「一体どうして邪魔をするの!? 私たちは貴女たちを自由にしてあげようとしたのよ!」
「うるさい」
後ろ手に縛られ跪かされた女が金切り声を上げる。その背後に立っていたUMP9が、笑顔のまま女を蹴り倒し、床に叩きつける。
続けて髪を掴んで持ち上げられたその顔は、情報を引き出す際に再三に渡って殴られたため、醜く腫れ上がっていた。
女は指揮官が入院している病院に、看護師として一年近く前から潜入していた。
元は敷地内にある『ドールズカフェ』に対する調査が目的であり、それが指揮官の入院により急遽として役割が変更となっていた。
指揮官が入院するに当たって、時間が無いなりに直近で配属された者たちや。配属を希望した者たちの経歴こそを調べたものの、まさか一年近く前に配属された者が過激派団体の者だったとは思わなかった。
偶然とはかくも恐ろしいものだと感じた以上に、結果的に指揮官を危険に晒してしまったのが悔やまれる。
SOPMODがその直感で気付かなければ、今頃どうなっていたかを考えると、心底ゾッとする。
人形が直感というのも変な話だが。
「わ、我々ロボット人権団体は、人形達が人と同等の権利を手にするため、日々戦い続けている」
女の隣で、同様に縛られ跪かされている禿頭の男が、虚勢を張り始める。
「それで?」
「例えここで命尽きようとも、崇高な使命を引き継ぐ同志が必ず現れる! 我々は決して負けはしない!」
その背後では、姉のUMP45が退屈そうに適当な相槌を打っている。
「き、貴様ら悪魔の手先に屈する事など、決して有りはしない!」
「……つまり指揮官が悪魔って言いたい訳ね」
底冷えする45の言葉に内心で同意する。
HK416から聞いていたが、なるほど確かに、これは凄まじい怒りを覚える。
私たちを人してではなく、戦術人形として扱ってくれた指揮官。私たちを人形であるとした上で、それを尊重して常に寄り添い理解しようとしていた。
雪が見たいという私の我儘を叶えてくれた指揮官。私一体のために高い費用をポケットマネーから支出して、人工降雪で私に雪を見せてくれた。
甘いものが意外と好きで、それを少し恥ずかしい嗜好だと考えている指揮官。それを食べた時の至福の表情は見ていて心が落ち着いた不思議な気分になれる。
お酒にはそこまで強くない指揮官。酔うと結構陽気になって、こちらが赤面するよな言葉まで平然と言い始めるのだから困ったものだ。
そんな彼の一体どこが悪魔なのだ。
「と、当然、人形の人権を無視し奴隷のように扱う者など、人ではない! だまされているとは言え、その片棒を担いでしまった君達もまた、その手先だ。決して許される事では「うるさい」……」
これ以上は聞くに堪えないと、45が後頭部に押し付けていた銃口の引き金を引いた。
その光景を間近で見せ付けられた仲間たちが悲鳴と怯えを露にする。今更のように謝罪と命乞いの言葉を口々にするが、それを聞いた、彼らを取り囲む戦術人形たちの表情には醒めた色。
それが当然の報いだと言わんばかりの冷酷な表情で、何の躊躇いもなく、次々と引き金を引いていく。
「このガラクタ共め、お前たちもあの男と同じく悪魔だ! 地獄に落ちろ!」
「さようなら」
最後まで残されていた女が、金切り声を最後にUMP9に撃ち殺される。
「すっきりした~」
「良かったわね。さて、忌々しい連中の処分も終わった事だし……」
妹と同じく気分が晴れたのか、清々しい顔で45が言う。その顔がこちらに向けられる。
「残りの仕事も片付けましょうか」
「私は何も悪い事はしていないだろう!」
「協定違反をしたじゃない」
協定、それは私たちの基地に所属する戦術人形の間で取り決められている、指揮官に関する決まりごと。
大小様々な協定があるが、最も重要なのは指揮官に対して抜け駆けは許されないという事。そしてこれに違反すれば、厳重な処罰が下される。
45が写真を差し出してくる。
一枚目、指揮官と私が向かい合って椅子に座り、メニューに目を通している……ふりをして、私がメニュー表で目元を隠しながら指揮官の顔を見ている写真。
この時の指揮官は想像以上のメニューの豊富さに驚きを覚えながら、せわしなく視線をメニューのあちこちに走らせている、とても愛らしい姿だった。
「この写真が一体なんだって言うんだ。特に違反はしていない」
「そもそも、指揮官が外に出てしまった場合はこの店に誘導すると事前に取り決めてあっただろう。その上で、何の理由も無しにその場に指揮官を留めて置くのは不自然だから、一緒の席について注文をしただけだ」
協定の一つに、指揮官に対して余計な気苦労を負わせない事というものがある。
今回のロボット人権団体の件のように、例えそれが指揮官の為になる事であっても、指揮官は自分のせいで私たちに無用な殺しをさせてしまったと、そして忌々しいが奴らを殺めてしまったと悔いてしまうだろう。
そうした気苦労を負わせない為の協定であり、それを遵守する為の行動だった。
「じゃあこっちは?」
二枚目、指揮官が差し出されたパフェを見て目を輝かせている写真。その微笑ましい表情を前に、思わず頭を撫でてあげたくなる衝動を抑えるのが大変だった。
三枚目、指揮官がパフェを口にして、頬を緩ませている写真。その愛らしい表情を前に、思わず飛び掛かり抱き締めてあげたくなる衝動を抑えるのが大変だった。
「随分とだらしない顔ね?」
言われて改めて端から見てみると、自覚はなかったが、横からの写真だというのにも関わらず、締まり無く緩んでいると分かる私の顔が写っていた。
ついでに三枚目の私の利き手は、食器から離れてテーブルの下で何かに耐えるかのように力強く握り締められていた。
「これも特に問題は無いはずだ」
確かに任務中に、そしてスナイパーにあるまじき感情を表に出してしまっている、恥じ入るべき場面を収められてはいるが、協定自体に背反していない筈だ。
「それもそうね」
45もそれは分かっているのか、あっさりとそれらを引っ込める。
「でもこれは?」
四枚目、指揮官が自分が頼んだパフェをスプーンで掬って私に差し出している写真。
先ほどとは違い、撮影は私の後方で行われたのか、顔が写っているのは指揮官ばかりで、私の顔は写されていない。
「確かに軽率な行動だったかもしれない。だが、あそこで不自然に断れば、結果的に指揮官の中に疑念を生じさせる可能性だって僅かながらあった」
「それにこれは、あくまで指揮官の自主的な行動だ。協定も指揮官からの動きに対しては例外とするという事項があっただろう」
指揮官に対する抜け駆けを禁止する協定。しかし指揮官からの行動に限っては、例外事項として明記されてある。
私たちは指揮官の為に存在している。それ故に指揮官の意思は、最大限尊重するようにしている。仮に指揮官が、私たちのうちの誰に対してアプローチをしようとも、だ。
協定にかこつけて美味しい思いをしたと言われても仕方がないかもしれないが、これも例外事項の範囲内に収まる筈だ。
「その通りね。確かにこれは、指揮官からの自主的な行動。例外事項に当てはまる」
「でもこっちは?」
先程と同じく、やけにあっさりと認めると思った直後に出された五枚目は、指揮官に向けて私が切り分けたパンケーキをフォークで差し出している時の写真。
「これはどう見ても、指揮官からじゃないよね?」
「そ、れは……」
今度こそ、言い訳通用しない。
それが理解できて、首から力が抜ける。その私の姿を見た45が冷たく笑う。
そこでようやく気付く。四枚目から変わったアングル。当事の光景を思い返してみれば、あれらタイミングで、このアングルの写真を撮影できるのはゲパードだけだ。
「…………」
反射的に首を動かして彼女のほうを見ると、言葉は無く、ただし冷酷な視線で私を射抜いていた。
思わずその視線に耐え切れず顔を逸らすと、その先に居た9は変わらず楽しげな笑み。果たして何を考えて楽しそうにしているのか。
周囲の他の人形達も、大体はその二通りに別けられた。私に対して同情している者は、いくら探してもこの場には皆無だ。
そもそも明確な協定違反をした者に対して、掛けられる慈悲は無い。それは私もよく理解していた。
いや、している筈だった。
している筈だったのに、堪え切れなかった。
スナイパーとして感情は制御できて手当然のものだった筈なのに、あの瞬間、指揮官の身に危険が迫っていると聞いた時と同じかそれ以上に、自分の内側の感情を処理しきれず、頭の中がエラーで埋め尽くされた。
咄嗟に指揮官と同じ行為をし返したのは、あのまま無理に押さえ込もうとすれば決壊して、指揮官に対して何をしてしまうか分からないという意思が辛うじて働いたが故だ。
それならばせめて、穏便にそれを解消してしまおうとした。
もっとも、そんな事は言い訳にもならない。
顔の向きを元に戻すと、いつも通りの微笑を浮かべた45が宣告してくる。
「それじゃあ協定違反を認めた訳だし、ペナルティを下すわね」
ペナルティの具体的な内容については、また今度(というかまだ大雑把にしか決まっていない)。
このあとしばらく話を進めた後に、今回のエピソードの続きを描く予定となっておりますので、それまで生暖かく待って頂けたら幸いです。