その指揮官は深すぎる信頼関係を築けていた事に気付けてなかった 作:東吾
寝る事は好きだ。でも、ただ寝れればいい訳じゃない。寝ている場所だって重要だ。
その気になれば例え、そこが敵陣のど真ん中でだって寝れる自信がある。でも、寝る場所があたしにとって安心できる場所であれば、尚の事良い。
だから今日もあたしは、指揮官の部屋に寝に行く。お気に入りの寝袋を抱えて。
指揮官の部屋は執務室と兼用になっている。
いや、正確には執務室とは別に指揮官の私室があるのだけど、忙しい時とかは執務室に缶詰になるから、ソファをベッド代わりにそこで寝泊まりする事が多々あり、更に他の様々な私物が持ち込まれた結果、第二の指揮官の私室みたいになっている。
結果本来の指揮官の部屋は使われない日が時たまあって、そんな時はあたしが代わりに寝させて貰っている。
普通ならあまり褒められた行為じゃないけど、なんだかんだ指揮官も「仕方がないな」と苦笑しながら、あたしがベッドを使う事を許してくれるし、指揮官が自室を使う時も床で寝袋を遣って寝る事を許してくれる。
あたしがHK416から逃げて来た時は、さすがに限度はあるけど基本的に匿ってくれるし、余程の事がなければ怒ったりもしない。
おやすみと声を掛けてくれて、運が良い時は寝ているあたしの頭を撫でてくれる時もある。まあ、それに気付くのはあたしが寝たふりをしている時なんだけど。
あたしと指揮官の間には、いつの間にかそんな関係が築かれていた。
いつからそんな関係を築けていたか、正確には分からない。最初こそ驚かれたり、注意をされたりもしたけど、そのうちそんな事もなくなって、顔を合わせてもそれが当然のように、ただ「おやすみ」という言葉をくれるようになった。
言ってしまえばたかが一言だけの挨拶だったけど、でもそんな事はどうでもいいくらいに、その当たり前は心地良かった。
自分がまた明日、何事も無く目覚めて来る事を疑いもしていないたった一言で、眠りに入る前の、今度こそ自分が目覚める事はないんじゃないかという懸念が、跡形もなく吹っ飛んでしまう。
そんな言葉をくれる関係は、いつまでも手放したくないと思える程に安心できるものになっていた。
そんな指揮官とは、もう長い間言葉を交わせていない。
指揮官が寝たきりになって、もうすぐ三ヶ月になろうとしている。
医者曰く、最初の一月で何とか峠は越えたという。だから後は自然に目覚めるのを待つだけだというけど、指揮官は一向に目覚める気配が無い。
頭部にも傷を受けた事もあり、最悪このまま二度と目覚めない可能性もあると医師から聞かされた時のほかの戦術人形達の胸中は筆舌し難い。
今でこそ皆指揮官が目覚める事を信じているけど、聞かされた当初は感情モジュールの誤動作に身を任せて暴れまわったり、自室に塞ぎ込んだりする人形が多々現れたりもした。
だけどあたしは、最初から特別心配はしていない。
きっと少しだけ、ほんの少しだけ指揮官は疲れ過ぎているんだと思う。だから少しだけ長く寝ているだけ。ついでに、今のうちに少しでも長く寝ていたいのかもしれない。
その気持ちは凄く分かる。きっとあの戦場は指揮官にとって、とても大きな負担になっただろうから。肉体的だけじゃなくて、精神的にも。
だから今だけは、嫌な現実から少しの間だけ目を逸らしている。
でも指揮官は中途半端に責任感があって、変なところで真面目だから、なんだかんだ言って最後には戻ってくるだろう。
あたしはそれをただ待っているだけで良い。そして指揮官が戻って来た時に、お帰りって言ってあげれば良い。
そしてその時が来るのを、今日もまた彼の部屋で──
「ちょっ、ちょっと何よこれ!?」
……あたしの安心できる場所が、盛大に崩れる音が聞こえた。
「こんな物を隠し持ってるなんて、信ッじられない!」
「まあまあ、指揮官も男の人ですので、そんなに目くじらを立てなくとも……」
WA2000が机を叩いて憤慨する。そんな彼女をやんわりと宥めているのはM590だ。
その場にいるのは二人だけではなく、この基地に所属している戦術人形の大半が集まっている。
そして皆の視線は共通して、WA2000が叩いた机の上に載っている、積み上げられた雑誌の束に向けられていた。
その束の一番上の雑誌の表紙には『東洋美女の神秘』という表題と一緒に、スタイル抜群で黒髪ロングな女性のヌード写真が印刷されていた。
「不潔よ不潔、汚らしい!」
「WA2000、落ち着いてください」
事の発端は、定期清掃中にM590が指揮官のベッドの下から、大量の雑誌を見つけた事だった。
多分ベッドの床板の留め具が、しばらく確認していないうちに緩んでいたんだと思う。指揮官にとって、そしてあたしにとっても不幸なことに。
そして隠されていた雑誌をその場に居合わせたWA2000が見て大声を上げて、それを聞きつけた他の人形達が何事かと集まって来た結果、場所が指揮官の私室から作戦室へと移ることになった。
正直作戦室を占領する程の事だろうかと思ったけど、これだけの人数が集まれる場所はそうは多くないし、一部の人形たちにとってはある意味重要議題と言えなくもないし、何も言わないでおく。
耳を澄ませてみれば、周囲の人形たちも「指揮官……」とか「うっわー」とか「これはむしろ指揮官の好みを知るチャンスね」とか、他にも色んな反応を示している。
そんな状態で下手に口を挟んで、とばっちりを食らいたくもないし。
「そんな事言いながらも、わーちゃん実は内心、ちょっとだけ嬉しかったり?」
「なっ、何でそうなるのよッ!?」
とか思ってたら、9がさらにヒートアップする気配のあったWA2000に口を挟み始めた。
「でもほら、よく見るとこっちは『長い髪が魅せるチラリズム』で、こっちは『気になるあの娘の妖艶な赤い瞳』だし、結構わーちゃんに当て嵌まってると思わない?」
9が次々と雑誌を手に取って、パラパラと流し読みしながら言う。
「あとこのページの被写体の娘も、こっちのモデルもわーちゃんに似てない?」
「そっ、それとこれとは関係ないでしょ!こんな物を隠し持っていた事自体が問題だって言ってるのよ!」
(……凄いなぁ)
半ばこじつけに近い論理だけど、WA2000の「あと誰がわーちゃんよ!?」という剣幕に怯む事もなく、巧みに彼女の勢いを剥いでいる。
きっとWA2000含む周囲のみんなの内心には、言われてみればっていう考えが大小あれど浮かんでると思う。
これで多少なりとも、WA2000の指揮官に対する気勢は落ちるだろうし、皆の関心も少しは雑誌からWA2000に移ると思う。
現状できる中では、最大限と言ってもいい指揮官に対するフォローだ。
あたしには到底真似できない。
(……指揮官をフォローしている、んだよね?)
WA2000に対して、協定違反を遠回しに唆している訳じゃないよね?きっと。
あと、さりげなく流し読みして「うわー、エローい」とか言いつつ、全ページをつぶさに観察してるよね、あれ。
どのページが一番読み込まれてるか、こっそりと確認してるよね。
……正直あれは指揮官のものじゃないから、そこまで役には立たないと思うけど。
一応ベッドの下に隠してたやつは、何度か目を通した事があるみたいだから全くの無駄でもないだろうけど。
「あれっ、ていうかこれ全部巨乳もの……」
「ちょっ、バカナイン!」
「へえ……」
とか思ってたいたら、9が雑誌の共通ジャンルに気づいて思わず口にする。
薄々察していたらしい416が、慌てて9の口を塞いだけど既に手遅れで、45の発声装置から底冷えする声が零れ落ちていた。
「確かに言われてみれば、そういう共通点があるようにも見えるわね。でも、こういう雑誌は大抵がそういうものなんだろうし、むしろそれをメインに押し出しているのは一冊もないわよね?」
笑顔で――なんでか物凄い怖い笑顔で、周囲の頬が紅潮していたり、緩んでいたり、更にはどこか勝ち誇ったような顔をしていた、他の人形たちをぐるりと見渡す。
傍から見てても威圧感が尋常じゃないのに、見られて目を合わせている人形たちも平然と見返しているんだから凄い。
「それに、指揮官が隠し持っているのがこれだけとは限らないんじゃない? たまたまベッドの下に隠してあったのがこれだっただけで、他にも隠している可能性は十分考えられるわ」
妙に圧のある反論が正しいのは、あたしがよく知っている。
他の人形たちも「確かに……」とか「まだチャンスは……」とか、同意的な反応を示す。その中には416も居て、無言で『黒髪少女の蠱惑的な肢体』というタイトルの本を見ながら、自分の髪を指で弄ってた。
「だからこれから、指揮官の部屋を徹底的に捜索しましょ。そうすればハッキリするわ」
「やばっ……!」
9のその提案に、他の人形たちも賛同を示す。今回見つかった本の内容を見て勝ち誇っていた人形たちは、結果は見えていると言わんばかりに。逆に気落ちしていた人形たちは、9と同じような心境で。416もこっち側だった。
室内から聞こえて来たそんな声を尻目に、あたしは音を立てないよう、且つ全速力で指揮官の私室に向かう。
彼女たちの気持ちは分からなくないけど、あの流れは滅茶苦茶不味い。
特に引き出しの二重底の中のブツとか、ベッドの天板の裏とか、本棚の裏の隠し扉の向こう側とかは、絶対に見つかったらやばい。指揮官のものじゃないにしたって、最悪、基地内がドロドロの泥沼化する。そんなの想像したくもない。
結局あたしはギリギリで間に合った。
指揮官の部屋で使う予定だった寝袋に、把握している隠し場所全てから回収した本をパンパンに詰め込んで部屋から抜け出したあたしと入れ違うように、大勢の人形達が突入していった。
あと10秒抜け出すのが遅ければ、誰かしらに寝袋を見られて押収されてたのは想像に難くない。でもその甲斐はあって、結局彼女達は何一つ指揮官の部屋から見つける事はできなかったみたい。
そのせいで45を始めとした一部の人形達の機嫌が物凄く悪かったけど、見つかっていたよりはマシだと思う。
その代わり物凄く疲れたけどね。
指揮官が起きたら、こっそりご褒美を強請っても良いよね? それだけの働きはしたと思う。
「っていう事があったんだよ。指揮官はあたしをもっと褒めるべきだよ……」
そうか、俺がいない間にそんな恐ろしい出来事があったのか。
リハビリの経過も順調で、退院できる日も近付いてきた頃に補佐として来たのは、意外な事にG11だった。
そして話を聞いてみれば、俺の目が覚める前にあった出来事を退院する前には伝えておかなければと、わざわざ立候補したらしい。
あとついでに、証拠品を隠しておくのがいい加減厳しくなって来たらしく、こちらに移動させたかったとの事。
ただ順番争い(それが果たしてどういうものなのかは未だに判っていない)に敗れ、結局この日になってしまったそうだ。
普段のぐーたらな態度なんか間一髪で阻止してくれたG11には、感謝しても仕切れない。本当にありがとう。
とりあえずお礼を言いながら、悲痛な顔で報告してくる彼女の頭を、心からの感謝を込めて撫でる。青みがかった白い髪が、ところどころ指の間に引っ掛かりながら流れていくのを堪能する。
「しかも無理やり詰め込んだせいでお気に入りの寝袋はダメになっちゃうし、45の機嫌が悪すぎて空気がずっと重苦しかったしで、本当に大変だったんだから」
それは本当に申し訳ない。お詫びといっては何だが、代わりの寝袋を贈るとしよう。他にも何か欲しいものがあれば、可能な限り用意しようじゃないか。
「じゃあラムレーズンアイス、一緒に食べに行こうよ。指揮官の奢りで」
そんなものでいいのだろうか。宿舎の布団を高級羽毛布団にしろとか、枕を高級安眠枕にしろとかいうものを想像していたが。
だが、まあ本人が良いと言っているのならば構わないか。「約束だからね」と嬉しそうに言っている彼女に、わざわざ水を差すこともないだろう。
それにしても、ここまで嬉しそうにするなんて、ラムレーズンアイスが本当に好きなんだなぁ。今日のリハビリが終わったら、メニューに出している店を調べておくとしよう。
あと例の本は全て今日中に宅配で送り返してやる。十中八九、本人の手元に届く前に所属人形の確認が入ってトンでもない事になるだろうが、そこまで気を遣ってやる義理は無い。
「あっ、それと指揮官」
一端病室から出ようと扉を開けた11が、思い出したように立ち止まって振り返る。
「明日、頑張ってね」
一体どういう意味だろうか?
首を傾げる俺を他所に、11は「あたしも頑張ったけど無理だったよ」と、よく分からない言葉を残して病室から立ち去る。
そんな彼女の言葉の意味が判ったのは、文字通り翌日の事。
「
少し間延びした、鼻に掛かるような甘い猫撫で声が病室内に響いた瞬間、ただ本を送り返すだけという甘い処置で済ませたのを心底後悔した。
45の追求はそれは凄まじいものだった。何せ彼女は、胸の事で弄ると拳がノータイムで飛んで来る。
そんな彼女にとって、そんなジャンルの本が視界に入ることはおろか、自分の近くに存在している事すら許せないことだったのだろう。
結局、あれは俺のものではないという説明をすると不気味なぐらいすんなりと納得して貰えたが、不思議とその一日は背後から常に視線を感じ、胃が刺激される一日となった。
11が聞いた会話の詳細までは知らないため、彼女が喜んでいる理由と45姉の追及が凄まじかった理由を的確に間違うスタイル。
ちなみに416はスタイルは指揮官の嗜好に合っているようだし、髪の色程度ならば私は完璧なのだから問題ないと自己完結。
9は後日に11が自室に隠した物品の数々をこっそり発見していたので、事情を大体察して納得している。
しばらくどころじゃないくらいに間隔が空いてしまって大変申し訳ありません。
作品の文体を思い出しながら描いていますので、違和感があればご指摘お願いします。
おそらく病院が舞台の話は今回で最後になると思います。