友里さん、緒川さん、未来さんの恋のスタンスは、妄想入ってます。
『是非を問うだと!?恋心も知らぬお前が!』
時折、あの言葉を思い出す。
恋心で月さえ破壊しようとした巫女。彼女が言い放った、あまりにも感情的な、その言葉を。
立花響、17歳。彼氏いない歴は年齢と同じ。
恋心は、まだ知らない。
Case 1:友里あおい
「というわけで、恋心とはなんぞやと」
「また随分といきなりね」
芳ばしい香り漂う、SONG本部の休憩室。ブリーフィング後、コーヒーを淹れている友里を見つけた響は、これ幸いと尋ねたのであった。
恋心を問うのならば、やはり経験の多い大人の女性。
そして、身近にいる大人の女性といったら、まず彼女だろう。
しかし、反応は当然のものだ。突然そんな漠然とした質問をされて流暢に語れる者などそういまい。おかしな奴だと思われる可能性すらある。
それでも響が問い掛けたのは、
「いやぁ、私このままだと彼氏いない歴が年齢と並走を続けそうでして……」
「それで焦ってるってこと?響ちゃん、まだ高校生なんだからそんなに気にしなくてもいいと思うけど」
苦笑混じりに、友里は響を気遣う。
「でも、恋かぁ……良いわよね青春って。学生時代は恋愛してナンボって感じだったけど、就職してからはすっかりご無沙汰ね」
「出会いが無いってことですか?」
「うーん、合コンには時々行くんだけどね、仕事の話題になると結構困るのよ」
「あー本当のこと話せないですもんね……」
「そうなの。上手く答えられなかったりすると、怪しまれて敬遠されるし……。最近は、合コンでの収穫もぱったりよ」
この現象、響にとっても他人事ではない。【職業:シンフォギア装者】など言えるわけもなし。かといって、【会社員】や【公務員】と偽ってみても、どこかでボロが出かねない。
友里に限らず、職務自体が機密の対象というのは、想像以上に苦労しそうだ。
「じゃあ、職場には好みの人とかいなかったんですか?」
であれば、おのずとターゲットは同業者になるだろう。
「そうねぇ……単純にカッコイイって意味なら、緒川さんかしら。女子の間じゃファンも結構いるのよ?」
「へぇー緒川さん、やっぱりモテるんですね。紳士ですし、忍者ですし」
「忍者はどうか知らないけど、紳士なところは高得点ね。それに顔も良いし」
やはり、緒川は女性から人気のようだ。恋心など知らぬ響から見ても、理想的な男性であるように思える。
「……でも、ちょっと手を出せる感じじゃないのよねぇ」
だが、友里にとっては、そうではないようだった。
「そうなんですか?」
「家柄的に、そう簡単に女性に靡くようなタイプでもないでしょうし。それに……」
それまで饒舌に語っていた友里の言葉が、唐突に、詰まった。
「それに?」
「……いえ、何でもないわ。とにかく、男版【高嶺の花】ってことね。アタックするだけでも相当の覚悟が必要よ」
何かを言いかけていたようではあったが、言い淀んだからには、彼女なりの理由があったのだろう。ただでさえ込み入った話をしているため、無理に掘り下げることはしなかった。
とりあえず、友里から緒川に対して恋愛感情はないようだ。
では、他の人ならどうか。
「じゃあ、藤尭さんとかはどうです?よく一緒に仕事してますし」
先程の話を踏まえると、一般家庭出身の藤尭であれば、緒川よりは敷居が低いはずだ。少々失礼な言動ゆえ、口には出さなかったが。それでも、緒川と同じく仕事はデキる上、どちらかといえば美形の部類だろうと考え、響は藤尭の名を出した。
しかし、響の発言を聞いた友里は、これまた唐突に、微妙な表情を浮かべた。その顔のまま数秒考え込む様子を見せた後、友里の口から、はぁ、と溜息が漏れた。
「……彼はちょっと、ね」
「それはまた、どうしてです?」
「確かに、仕事も早いし、顔もそこそこ良いとは思うんだけど……」
何か自分の知らない欠点が藤尭にあるだろうか、と身構える。
「彼、女子力高すぎなのよ。あんな男性が近くにいたら、自信なくすわ」
だが意外にも、理由は友里自身の問題であった。
「そこ、気にするんですね……」
「響ちゃんもそのうちわかるわよ。結構プライド刺激されるから」
友里にここまで言わせるとは、藤尭の女子力とは如何ほどのものか。気になる。
「そろそろコーヒーできるけど、響ちゃんも飲む?」
「あ、はい。いただきます」
「砂糖とミルクは?」
「甘ったるいくらいに入れていただけると」
「オッケー、任せて」
改めて友里の手元見ると、妙な形をしたガラス器具でコーヒーを淹れていた。サイフォン式、というやつだろうか。わざわざ手間の掛かりそうな淹れ方をしているあたり、友里のこだわりを感じる。
友里は2つのカップにコーヒーを注ぐと、片方にだけ砂糖とミルクを入れ、響に手渡す。
「あったかいもの、どうぞ」
「あったかいもの、どうも」
幾度となく交わしたやりとり。友里の淹れ方が良いせいもあってか、カップを受け取った瞬間の安心感は癖になっていた。
カップを持ったまま、空いているソファに隣同士で座る。
「さてと、話が逸れちゃったわね。『恋心とはなんぞや』だったかしら」
先程までの藤尭の話を切り上げるように、友里は話題を元に戻した。響としてもこちらが本題であったので、藤尭の女子力について掘り下げるのは遠慮しておいた。
「もしかして、了子さんに言われたこと気にしてる?」
「う”っ……」
図星だ。本題に戻ってすぐであったこともあり、不意を突かれて変な声が漏れた。
「……私、知ってて当然の感情すら知らなかったのかなって」
高校生ならば片思いにしろ両思いにしろ、恋の一つや二つ経験していて当然。そう考えていた響にとって、フィーネの言葉は重くのしかかっていた。まして、他人と分かり合うことをモットーにしている自分が、その感情を理解できていないということも。
「それはあの人にとっての『恋心』でしょう?他人の『恋心』なんて、そもそもきちんと理解できなくて当然よ。まして、『数千年にも渡る恋心』なんてね」
響のそんな考えを諌めるように、友里は語る。
「自分の『恋心』は自分だけのもの。だからきっと、響ちゃんだけの『恋心』だって、いつかちゃんと芽生えるわ」
――私だけの、恋心。
それは一体、どうのような感情なのだろうか。響には未だ、片鱗すら見えていない。
分からないから、人に聞くしか無い。
「ちなみに、友里さんにとっての『恋心』ってどんなですか?」
「そうね……『戦い』かしら」
友里は少し悩んだ後、そう答えた。
「戦い?」
「そう。恋した相手を振り向かせるために、多くの手段と駆け引きを尽くす戦い。そうして、最終的にその人が私を好きになってくれたら、勝利ね」
おお~、と響は感心の声を上げる。なるほど、大人の恋というのは、かくあるべきなのかと。ただ、少し、
「打算的だ、って思った?」
またも、見透かされていた。恋を経験していない響にとって、理想の恋というものはどうしても子供っぽいものになりがちだった。
「でもね、ただ待ってるだけ、ただアピールするだけじゃ、意中の人が好きになってくれることなんて、そうそう無いわよ」
「そんなもんですか」
「そんなもんよ。だからね、もし響ちゃんに好きな人ができたら、響ちゃんなりに色々考えて戦ってみると良いと思うわ。成果がどうであれ、きっと良い経験になるから」
『戦い』か。それならば、不本意ではあるが多少は慣れている。そう捉えることで、少しは理解できるようになるのかもしれない。
「まあ偉そうに語っちゃったけど、これは飽くまで私の意見だから。他の人にもきいてみた方が良いんじゃないかしら」
Case 2:緒川慎次
「――ということで、只今『恋心』について調査中でして」
「それはまた、随分と難しそうな任務ですね」
今日も今日とてブリーフィング後。昨日と同じ休憩室で、缶コーヒーを飲んでいる緒川に遭遇した響は、またもこれ幸いと尋ねたのであった。
「不躾な質問ですが、やっぱり緒川さんくらいになると恋愛経験豊富なんでしょうか?」
美形、高身長、紳士、忍者(?)のデキる男。モテるための条件は揃っているといっていい。実際、友里曰く、SONG女子の間でも人気だという。
彼ならば、男性側の『恋心』についても聞けるのではと期待しての問い。だが、
「買いかぶりすぎですよ。僕も家が家ですからね。いわゆる甘酸っぱい青春みたいなものは、あまり」
緒川は苦笑を浮かべながら、あっさりと否定した。
「緒川さんカッコイイし、モテそうなのに」
友里もSONG女性職員からの人気は高いと言っていた。彼自身、そう感じることもあったと思うのだが。
「そう思っていただけるのは光栄ですが、残念ながら学生時代は隠密の訓練も兼ねて中立中庸、目立たないよう過ごしていました」
なるほど、そういう鍛錬もあるのか、と響は感心する。忍の家系とは聞いていたが、日常生活までも修行の場とは恐れ入る。
「それだと恋をする暇なんてなさそうですね……」
「ええ、期待に添えなくてすみません」
会話が一段落ついたと判断したのか、緒川は持っていた缶コーヒーに口をつける。
だが、響としてはまだ、気になることがあった。
「それじゃあ、気になった女性とかもいなかったんですか?」
響が質問を発した瞬間、缶を持った緒川の手が一瞬、ぴくりと動いた。
直後、缶を口から離すと、緒川は少し、逡巡するような様子を見せる。
「いえ、そういうわけではないのですが……」
「緒川さん?」
「……ああ、すみません。少し、昔のことを思い出していました」
そういうと緒川は遠い目をしながら、少し俯く。
「確かに、気になる女性はいました。でも、あれが恋だったかというと、ちょっと怪しい気もしますね」
「難しい関係だったんですか?」
「そうですね。立場も違いましたから、必要以上に踏み込めなかった。まあ結局は、怖がりだっただけなんですけれど」
その言葉に、響は目を丸くした。弱音を吐く緒川というのは珍しい。初めて見たほどではないだろうか。
いや、確か前にも、
「前にも言ってましたね。私はそんなこと無いと思うんですけど」
あれは確か、絶唱の負荷で倒れた翼の容態が安定した頃。二課本部の休憩所で、緒川から励ましの言葉を受けたときだったか。
――怖がりなだけです。本当に優しい人は、他にいますよ。
「ありがとうございます。でも、まごうことなき臆病者でしたよ。彼女が傷心しているときも、苦しんでいるときも、ただ見守ることしかできなかったんです」
自嘲気味な笑みを浮かべながら、緒川はそう答えた。
緒川がこれほど奥手になる相手がいるとは、意外だった。常に余裕を絶やさない彼にも、このような一面があったのかと思う。
それに、これほど自らの心情を話す彼を見たのも、初めてかもしれない。
緒川の中にある『恋心と似て非なる何か』の感情。それが気になって、つい見つめてしまう。
そんな響の視線を察したのか、緒川は少し申し訳なさそうな表情で、響の方を向いた。
「すみません、ちょっと自分語りが過ぎましたね」
そういうと、緒川は腕時計に目を移した。
「っと、そろそろ翼さんと現場入りですので、僕はこれで」
緒川は缶コーヒーを飲み干し、ゴミ箱へと捨てた。その後、胸ポケットから眼鏡を取り出し、掛けた。所謂、マネージャーモードというやつだろうか。以前、翼が眼鏡を掛けた緒川のことをそう称していたことを思い出す。
その動作は、『緒川慎次』としての会話はここまで、という意思表示にも感じられた。
「いえいえ、こちらこそ引き留めてしまってすみませんでした」
響がそう言うと、緒川は会釈をして、立ち去ろうとする。
だが、響には最後にもう一つ、どうしても聞いておきたいことがあった。散々聞き出した後に、さらに問い詰めるのは憚られるが、不思議と、今この時を逃せば二度とこの話題をする機会は無い気がした。
だから、迷惑は承知の上で、尋ねる。
「緒川さんにとっての『恋心』ってどんなですか?」
緒川は立ち止まり、ゆっくりと振り向く。
そうして、
「『ひとりよがり』でしたよ。少なくとも、僕にとっては」
いつもと変わらない柔和な声で、だが、ほんの少しだけ哀しみの混じったような笑みを浮かべながら、そう答えた。
Case 3:小日向未来
――そうね……『戦い』かしら。
――『ひとりよがり』でしたよ。少なくとも、僕にとっては。
リディアンの寮に帰宅した響は、テーブルに突っ伏したまま、友里、緒川との会話を反芻していた。
身近な大人に聞いてみたものの、結局響の中のモヤモヤは晴れない。
「何か悩み事?」
台所にいた未来がカップを2つ持ってこちらに向かってくる。そのまま、テーブルを挟んで響の対面に座り、カップの一つを自分の前に、もう一つを響の前に置いた。中身は、ミルクティーのようだ。
「あったかいもの、どうも。悩み事っていうかなんていうか……恋心ってなんだろうな、って思って――」
響が言い終わる前に、ドンッ、という音が生じ、反射的に突っ伏していた響の上半身が起き上がった。
眼前には、顔を赤らめながら、テーブルから身を乗り出す未来の姿。
「ひ、響……こ、恋……してるの……!?」
「へ?」
「どうなの!?」
「い、いや、したことないから気になってて……」
やましいことなど何もないはずなのだが、妙な迫力の強さにたじろいでしまう。
「そっかぁ……」
響の言葉を聞くと、未来は安心したような、それでいて、どこか落胆したような声を発し、乗り出していた身を元に戻した。
「でも、どうして急にそんなこと気にしだしたの?」
急にどうした、はこちらのセリフでもあるが、未来の態度が嘘のように戻っていたので、とりあえずそこには触れないでおいた。
「実はですね――」
昨日今日、友里・緒川との出来事を話す。一応、緒川との会話の後半については、言いふらすようなことではないと感じたので、省いておいた。
「そう……了子さんにそんなこと言われてたんだ。でも、だからといって、他人の恋心なんて詮索しちゃダメじゃない」
「やっぱりちょっと失礼だったかな……」
「そうよ、二人にはあとで謝っておいてね」
「はーい……」
自覚はあったが、改めて他者に指摘されると、自分の無遠慮さに辟易する。ここ2日の自分は正直、どうかしていたと感じていた。以前から気にしていたことを友里に尋ねたことで、トリガーが引かれてしまったのだろう。
「『恋心』、かぁ。確かに、響は『恋する乙女』って感じじゃないかも」
「むー、それはわかってるよー」
「『恋』というよりは『愛』って感じね。それも、無償の」
「無償の……『愛』?」
「そう。私は、響の人助けは無償の愛の表れだって思ってる」
『恋』ではなく『愛』。自分の『人助け』という趣味が、既に愛を示しているというのだろうか。
「恋よりも先に愛があるっていうのはどうなんですかね……」
「『恋愛』っていうけど、その二つって順番なんてない別種のものなんじゃない?もし響が誰か一人に恋をしたとしても、人助けをしなくなるわけじゃないでしょう?」
「うん。多分、そうだと思う……」
「だったら大丈夫。響が変わらない愛を持っているなら、たとえ恋を知らなくたって、わかり合えないなんてことはないと思うよ」
その言葉は、響を安心させるには十分なものだった。十全ではないが、胸のつかえが、一つ取れたように感じる。
「そっか……。そうなのかな……。うん、ありがとう、未来」
未来の持ってきたミルクティーに口をつける。子供が好きそうな、やや甘ったるいくらいの味。それでも、今の響の好みはこの味だ。何も言わずともこの味付けにしてくれるのも、未来の『愛』なのだろうと思う。
それにしても、同い年の未来がここまでの助言をできるとは。もしや、と思い、問いかける。
「あのさ、未来は、恋したことある?」
響がそういうと、未来は目を逸らした。また頬が赤らんできたようにも見えるが、先刻身を乗り出してきたときは違い、随分としおらしい。そのまま数秒、もじもじしたかと思うと、未来は口を開いた。
「……あるよ」
「えぇ!!ほんとに!?いつ、どこで、誰と!?」
未来の拗ねたような声に、思わず先程の未来と同じようにテーブルから身を乗り出して、尋ねてしまった。
恋などいつの間にしていたというのか。
もしかしたら、未来は自分の知らない間に大人の階段を登ってしまっていたのか。
等等。
響は想像を巡らせながら、未来の回答を待つ。
そして、その答えは、
「……内緒」
『乙女の秘密』であった。
「えー、そんなこといわずに~」
「内緒っていったら内緒なの!っていうかさっき詮索しちゃダメって言ったのに、反省してないじゃない!」
「そこはほら、私と未来の仲ですし?多少はいいかなーって」
「よくない!」
Case 4:立花響
立花響、17歳。彼氏いない歴は年齢と同じ。
恋心は、まだよく分からないけれど、でも――
――いつかきちんと理解できる日がくるのなら、それを楽しみに待っていようと思う。