サマポケ短編小説集   作:トミー@サマポケ

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猫の日SS

 

 

 

 

「え、なんだこれ」

 

 思わず自分の両手を見る。二つの可愛らしい肉球が視界に飛び込んできた。

 

 目が覚めたら猫になっていた……なんて話をしたら、一昔前の漫画かと笑われるかもしれない。

 

 だけど、その出来事が実際自分の身に起こっていたら、とてもじゃないけど笑えなかった。

 

 なんだこりゃーー!

 

 全力で叫んだつもりが、俺の耳に聞こえてきたのは、かん高い猫の鳴き声だけ。いやいや、なんで俺、猫になってるの。

 

 必死に重たい布団から抜け出すと、その中には俺の着ていた服がそのままの形で残されていた。夢にしてはやけにリアルで、怖い。

 

 誰か助けて―!

 

 再び叫びながら、閉じたふすまを爪でガリガリとやって、何とかこじ開ける。すると目の前に見慣れた加藤家の廊下が広がった。

 

 四本足でトテトテと廊下を歩いていると、ちょうど庭に面した窓が少しだけ開いているのを見つけた。

 

 ここだとばかりに間を通り抜け、庭に出る。そこには鏡子さんがいた。

 

「あら、いつの間に入り込んだのかしら」

 

 鏡子さん、俺です! 鷹原羽依里です!

 

 その足に縋りながら必死に訴えるけど、にゃーにゃーと可愛らしい声が出るだけだった。

 

「随分人懐っこい子ね。そうだ。鳴瀬さんから魚をもらったから、ご飯作ってあげようかしら」

 

 笑顔の鏡子さんから出た言葉に、俺は背筋が凍り付いた。どこから出たのか、ニギャ!? と、表現しがたい声が出て、俺は全力でその場から逃げ出した。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 はぁはぁ。危うく動物実験に使われるところだった。

 

 鏡子さんの魔の手から逃れた俺は、住宅地を彷徨っていた。

 

 鏡がないので現在の自分の姿を確認できないけど、視点や体のサイズから見て、たぶん子猫なんだと思う。

 

 それでも、一見届きそうにない高さの塀に一瞬で飛び移れたり、猫の身体能力の高さを身をもって知った。

 

 ……そして、野生の厳しさも。うぅ、腹が減った。

 

 元々料理はできないけど、いつもなら買い置きのカップうどんや貰い物で、食事は何とか工面している。でも、猫の体となると勝手が違う。どうしよう。

 

 半分目を回しながら移動していたら、いつの間にか駄菓子屋に辿り着いていた。

 

「あれ、見かけない子ねー」

 

 声がした方を見ると、蒼がしゃがみ込んで俺を見ていた。蒼、助けてくれ。何か食べさせて。

 

 右手を振りながらにゃあにゃあ鳴き、必死にアピールする。

 

「んー? お腹空いてるのかしら」

 

 思いが通じたのか、俺はひょいっと持ち上げられて、そのまま抱きしめられる。

 

「野良っぽいけど、綺麗な毛並みねー。あはっ、やわらかーい」

 

 こっちも色々と柔らか―――い!

 

 ぐりぐりとほっぺを擦りつけられる。うあ、蒼のにおいがする。

 

「蒼ちゃん、何を騒いでるんですか?」

 

 その時、店の奥から藍の声がした。少しの間を置いて、蒼の左側からひょこりと本人が顔を覗かせる。

 

「あ、猫ちゃんですね」

 

「かわいいわよー? 藍も抱いてみる?」

 

「はい!」

 

 藍の声が弾んだ。それに異様な恐怖を感じた俺は、じたばたと全身を動かして拒否の姿勢を示す。

 

「怖がらなくてもいいですよー」

 

 思いのほか優しく、そのまま抱っこされた。蒼のそれとはまた違った柔らかさが俺を包み込む。

 

「何かご飯になるようなものあったかしらねー」

 

 一方、手持ち無沙汰になった蒼は駄菓子の並ぶ棚へと視線を巡らせていた。「イカそーめんとかいいんじゃないですか」と問う藍に、「イカは腰を抜かすって言うから駄目なのよ」と答えていた。

 

「確か、カリカリありましたよね。毎月高橋さんが買ってるやつです」

 

「昨日売れちゃったのよねー。そうなると、入荷はだいぶ先だしさ」

 

 言って、ため息をつく。それを聞いた藍が「なら、漁港に行ってみましょう」と、俺を抱いたまま歩き出した。たーすけてー!

 

「んー、もうちょっとですからねー。待っててくださいねー」

 

 にゃーにゃー鳴いていたから、餌を催促してると思われたのだろうか。猫なで声が飛んできた。そして、とびきりの笑顔。こんな笑顔の藍、俺は知らない。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 ……やがて漁港に到着するも、時間が悪かったのか、漁師の姿はおろか、猫一匹いなかった。いや、猫は俺がいるかもしれないけどさ。

 

「……むぅ。役に立たない漁師さんたちですね」

 

 藍が無人の漁港を見渡しながら悪態をつく。漁師さんたちも仕事をしてるんだから、悪く言わないでほしい。

 

「……おお、猫だ!」

 

 そんな時、これまた聞いたことのある声が飛んできた。見ると、お馴染みのスーツケースを手にした鴎が立っていた。

 

「鴎ちゃんも抱っこしますか? 野良猫ちゃんみたなんですが、人懐っこいですよ」

 

「抱かせて抱かせて」

 

 ちょっと待っ……むごっほっ!

 

 必死の抵抗虚しく、今度は鴎に抱きしめられた。「かわいいねー」なんて鴎の声が聞こえるけど、俺はそれどころじゃない。豊満すぎて、窒息する-!

 

「ねぇ鴎、そのスーツケースに猫の餌とか入ってない?」

 

「え? 入ってないけど」

 

 絶妙な柔らかさと息苦しさで悶絶していると、蒼がそんな質問をする。鴎が回答する拍子に、俺はようやく開放された。

 

「三角形の秘密、謎のねこまんま味! とかあるけど、この子食べるかな」

 

「食べないんじゃないかしら。ねぇ?」

 

 俺も食べたくはないかな。

 

 にゃあ、と鳴くと、それを肯定と受け取ってくれたのか、蒼が再び俺を抱き、「なら、直接業者の所に行きましょー」と言って歩き出した。え、今度はどこいくの?

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「……なんで来たの」

 

 空門姉妹とともにやってきたのは、しろはの釣り場。そこでは、しろはが釣り糸を垂らしていた。

 

「ここに来れば、この子の餌が手に入るかな-って」

 

「えぇ……あげないし」

 

 ぐりぐりぐり。

 

「それ以前に釣れてないみたいですけど。いわゆるボウズですか?」

 

「ち、違うし。これから釣れるんだし」

 

 ぐりぐりぐり。

 

 ……ところでしろは、口調はまったく猫に興味なさそうなのに、全力で喉を撫でてくるの止めてくれない? 気持ちよすぎるんだけど。

 

 

 

 ……それから30分近く釣り場で粘ったけど、今日は潮が悪いらしく、魚は釣れなかった。せめて小魚の一匹でも釣れれば、この空腹も収まるんだけど。魚食べたい……って、まずい。身も心も猫になりかけてた。俺は鷹原羽依里。しがないホモサピエンスだぞ。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 結局しろはの釣果を当てにするのは諦めて、俺は姉妹と島をさまよい歩く。

 

 そしてたどり着いたのは、灯台。そこには当然、灯台の女神である紬がいた。

 

「おおー、ネコさんです! にゃーにゃーにゃー♪」

 

 そして俺の姿を見るなり、まるで奪い取るように抱きしめる。紬は猫のキグルミをよく着ているし、同族にでも会った気分なんだろう。胸の柔らかさは、ちょっと控えめだけど。

 

「ねぇ紬、ここに猫のカリカリとか流れ着いてない?」

 

「……むぎゅ? 流れ着いてないですが」

 

 ちょっと蒼、笑顔で何言ってるの? 紬も事情がよく飲み込めてないしさ。

 

「その猫ちゃんのご飯探しててね-。それこそ、あたしたちも流れ着いたっていうか」

 

 うまいこと言ったつもりなんだろうけど、面白くないからな! というか、猫に漂着物食わすな!

 

「あ、カリカリはないですが、カンヅメならあります!」

 

 言って、紬は俺を藍に預けると、灯台へと駆けていく。しばらくして戻ってきた彼女の手には、猫缶が握られていた。

 

「それ、一時期話題になった高級猫缶ですね」

 

「そですね! 猫、天国へまっしぐら! だそうです!」

 

 何そのネーミング! 嫌な予感しかしないから、やめてー!

 

「美味しすぎて天国に行くのかしら」

 

 蒼はのんきなこと言ってるけど、漂着物として廃棄されてるところからして、不味くて天国に行くんだと思う。だから紬、嬉々として蓋を開けないで!

 

 うわあああーーーー!

 

 一瞬、得体のしれない七色の物体が見えた気がして、俺はたまらず逃げだした。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 灯台からの道を全力で下っていると、前方で倒れている人を見つけた。誰だろうと思っていたら、俺の気配に気づいたのか、そいつが顔を上げて、苦しそうな声を出した。

 

「なんだ、猫かい……」

 

 声に聞き覚えがあると思ったら、識だった。なんとなく普段と印象が違うなと思ったら、猫は赤い色を認識できないという話を思い出した。識は髪が赤いし、納得だった。

 

「猫先輩……恥を忍んで、お願いするよ……食べ物を、持っていないかい……?」

 

 あるわけないだろ。というか、本当に恥を忍べ。それに腹が減ってるのは、俺も同じだ。

 

 にゃあと鳴き、尻尾を振る。俺も段々とねこじみてきた気がする。それにしても、本当に腹が減ったなぁ。

 

「……じゃあ、僕らは空腹仲間だね」

 

 そうだな……って、俺の言葉が分かるのか?

 

 驚きながらそう尋ねると、「ああ、少しだけどね」と笑顔が帰ってきた。

 

 これは光明が射したと、俺はこれまでの経緯を識に説明した。なんとかして、人間に戻りたい。

 

「……羽依里くん、キミは変化の術でも体得したのかい?」

 

 てしてしてし。

 

 違う。目が覚めたらこうなったんだ。

 

 てしてしてし。

 

 こ、こら、やめろ。猫じゃらしを振り回すな! うずうずする!

 

 識は地面に座り込んで、どこに生えていたのか猫じゃらしをしきりに動かしていた。くそー、俺は真剣な話をしているのに! 身体が勝手に!

 

「……まぁ、きっとお腹いっぱいになったら元に戻るさ」

 

 ひとしきり俺の話を聞いた後、識はそう結論づけた。なんて楽観的なやつだ。

 

 それができないから困ってるんじゃないか。識は猫が食べられそうなもの、持ってないのか?

 

「持っていたら猫にあげる前に自分で食べるさ。羽依里くんこそ、猫なら鼠を捕まえて食べればいいじゃないか」

 

 いや、それはぐろいからちょっと……なんて言っているうちに、また識が倒れ込んだ。しまった。俺と話したことで、残っていた僅かなエネルギーも消費してしまったに違いない。

 

 識、待ってろ。この道をずっと下っていけば食堂があるから、そこのおっさんにどうにか頼んで、おむすびを用意してもらうからな!

 

 ぐったりとしている彼女にそう告げ、俺は最後の力を振り絞って駆けるも、やがて空腹に耐えかね、動けなくなってしまう。

 

 く、くそ。ここまでか……。

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「……はっ」

 

 次に目を開けると、そこには見慣れた天井があった。急いで両手を確認する。良かった。きちんと人のそれだ。

 

「なーんだ。夢だったのか……」

 

 大きなため息とともに、上半身を起こす。

 

 よく考えれば、今日は2月22日。猫の日だったりする。だから、あんな変な夢を見たんだな。

 

 背伸びをして起き上がり、顔を洗おうと部屋を出る。

 

 開けた襖の先、廊下に面した庭に、鏡子さんの姿があった。俺は窓を開けて、挨拶をする。

 

「おはようございます。朝早くからどうしたんです?」

 

「ああ、おはよう。ちょっとね」

 

 返事をしてくれた鏡子さんはどこか上の空で、なぜか縁の下を覗いたりしていた。

 

 不思議に思って聞いてみると、「子猫がいてね。ご飯、用意してあげたんだけど」とのこと。

 

 

 ……絶対逃げ切れよ。俺。

 

 

 

猫の日SS・完




皆さんこんばんは、実は猫好きなトミーです!こちらの更新はひさしぶりになりますね!

2022年2月22日、すごくレアな猫の日ということで、今回は仕事中に突然思いついたネタをSSにしてみました!それこそ2時間ほどで書いたので、話のクオリティはご察し。楽しんでいただけたら嬉しいです!
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