「今年もこの季節が来ちゃったわねー」
ついさっき問屋さんが持ってきた荷物の封を切りながら、あたしはそう口にしていた。
中身は、綺麗にラッピングされたバレンタインチョコ。
なんでこれを駄菓子屋で売るのか疑問なんだけど、おばーちゃんの方針だからしょーがないわよね。
「なんだかんだで、毎年それなりの数が売れるしねー」
昨日、節分豆を撤去してできたスペースに、チョコを並べていく。
藍にも手伝ってもらおうと思ったのに、こういう日に限っていないんだもの。
「バレンタインねー」
いつも通りなら、おとーさんの分を作ってあげたり、藍とお互いに作ったのを交換するくらいのイベントなんだけど。
「学校には気になるような男の子はいないし、島で仲のいい男の子って言っても……ねぇ?」
思い浮かぶのは天善と良一くらい。でも、とりわけ仲が良いわけじゃない。幼馴染みたいなもんだし。
天善なんて、たぶんチョコレートよりピンポン玉貰った方が喜ぶんじゃないかしら。
良一は……あげたら喜んではくれそうだけど。ラッキー! とか言ってさ。
昔はあんなはっちゃけた奴じゃなくて、休み時間は図書室にいるような大人しい子だったんだけど。いつの間にか露出狂になっちゃってるし。何があったんだっけ。
「後は……羽依里くらいだけど」
……この時期に島に来るのかもわからないのよね。第一、彼はしろはの彼氏だし。
「うんうん。だいたいこんな感じかしら」
色々考えながらも手を動かして、駄菓子屋の一角にバレンタインコーナーが完成した。我ながら、良い出来じゃないかしら。
「くーださいな」
「あ、いらっしゃーい」
その時、店のガラス戸を開けて、しろはがやってきた。
「蒼、ちょっとお願いがあるんだけど」
「なに? しろはの頼みなら、何だって聞いてあげるわよー?」
「えっとね……ごにょごにょ」
店の中に他のお客さんがいないか確認した上で、しろはがあたしに耳打ちをする。
「え、通販代行で? ハートの型!?」
「こ、声が大きいよ」
「ご、ごめん」
しろはが通販代行を使うことすら珍しいのに、注文の内容が内容だし。つい、大きな声が出ちゃった。
「でも、型なんて何に……あー」
あたしの視界の隅に、さっき並べたチョコレートが飛び込んできた。やっぱりそういうことかしら。
「ま、まだバレンタインまで10日あるし。間に合うかなって」
「なるほどねー」
あたしはうんうんと頷きながら、カタログを取り出した。
「で、どんなのがいいの? ハート型って言っても、色々あるわよ」
「えっとね。こ、これ」
「了解。今日注文すると、届くのは5日後ってところかしら」
「わかった。よろしくね」
「そういえば羽依里、バレンタインにはこっちに来れるんだ?」
カレンダーを見ると14日は休みだけど、連休ってわけじゃない。彼が来るのは、いつも連休の時だったはずだけど。
「うん。ちょうど15日は開校記念日でお休みだから、来るって言ってたよ」
……あれ? 去年の秋にも開校記念日で休みとか言って、島に来てなかったっけ。普通、開校記念日って年に一度よね?
「やっぱり、しろはからのチョコが目当てなんじゃないのー?」
「そ、そんなことないと思う。たまたまだよ。それより蒼、ちゃんと注文しておいてね」
しろはは恥ずかしそうに顔を赤らめて、店から出て行ってしまった。乙女よねー。
「それじゃ、キューピット役をするとしますかねー」
あたしは座敷の受話器を取って、しろはから頼まれた品物を注文する。予想通り、品物の到着は5日後になるみたいだった。
「くーださーいなー」
ちょうど電話を切ったと同時に、店の入り口から声がした。
「あ、いらっしゃーい」
あたしは急いでカウンターの方に戻る。声の主は鴎だった。
いつものようにスーツケースを引いてる。寒いのか、もっこもこの毛皮のコートを着てる。すごく温かそう。
以前は夏の間しか来なかったんだけど、ここ最近は冬の時期にもちょくちょく島にやってきてるみたいね。
「今日はどうしたの?」
「……バレンタインチョコが入荷したって噂を聞いて」
「確かに入荷してるけど……ずいぶん情報が早いわね」
あたしは鴎を、作ったばっかりのバレンタインコーナーへ案内する。
「おお、色々な種類がある!」
「ちょっと高いけど、手軽で良いわよー?」
「それじゃ、これ二つください!」
「まいどありー」
「あと、できたら板チョコも欲しいんだけど」
「板チョコ? そっちのほうにあるから、好きなの選んでいいわよー」
「じゃあ、真っ青なナーガチョコと、グランドマザーチョコとー」
鴎は棚を往復しながら、両手一杯にチョコを抱えていた。
「ねぇ鴎、そのチョコって、やっぱり……」
「そう! せっかくだし、手作りもしようと思って!」
「へー、鴎は誰にあげるの?」
「おかーさんと、お世話になってる島の皆!」
眩しいくらいの笑顔だった。
「でも、手作りってなると大変でしょー?」
「そうなんだよね。業務用の大きなボウルとか欲しくなるよー」
そ、それはそれで作りすぎな気もするけど。
「そうそう、あおちゃんに聞きたいんだけど、羽依里ってバレンタインにこの島に来るかな?」
「え? 来るみたいよ。しろはがそう言ってたし」
「おおー。それじゃ、羽依里のチョコも作ってあげなきゃ!」
あ。教えない方が良かったかしら。失言だったかも。
「それじゃ、これでお会計をお願いします」
どさっ、と大量のチョコがカウンターに置かれた。鴎、一体何人分作るつもりなのかしら。
「全部で2200円ねー」
「はい、ちょうどだよ! あおちゃん、ありがとう!」
鴎は手早く買い物を済ませると、手を振りながら帰っていった。この寒いのに、元気よねー。
「くーださいな」
鴎を見送ってしばらくすると、今度は紬と水織先輩がやってきた。結構いそがしーわね。今日。
「いらっしゃーい」
金髪のツインテールを揺らしながら、紬がカウンターの方に走ってきた。黄色いセーターに手袋をしてる。もしかしなくても、これって水織先輩のお手製よね?
「アオさん、ワタアメください」
「いいわよー。何味?」
「むぎゅ? ワタアメに味とかあるですか?」
「あ、ごめん。つい」
夏の間、かき氷のお約束を言い続けた癖、まだ抜けないのよねー。
あたしは苦笑いを浮かべながら、小分けされたわたあめを紬に手渡す。
「それとですね。風の噂で立派なチョコレートが入荷されたと聞いたのですが」
「え、あるにはあるけど……風の噂って何?」
「灯台にいるとね。鳥たちが教えてくれるのよ」
「教えてくれるんです!」
この二人、冬の間もやっぱり灯台にいるのね。今の時期の灯台、寒くないのかしら。
「噂の出所はよくわかんないけど、チョコはこっちよー」
先の鴎と同じように、二人をバレンタインコーナーに案内する。
「おおー、きれいですねー」
紬が目を輝かせながら、ラッピングされたチョコを見ている。
「では、ミタニさんとカノーさんの分はこれにしましょう!」
あ、二人は良一たちにあげるんだ。
「シズクとタカハラさんの分は手作りします!」
「そうね。それなら私も、紬とパイリ君の分は手作りしようかしら」
「え、二人も羽依里にあげるの? って言うか、なんで羽依里がバレンタインに来るのを知ってるの?」
「はい、お店の前でカモメさんから聞きました!」
一瞬、鳥のカモメのことかとも思ったけど……駄菓子屋から出た直後に、人間の鴎と会って教えてもらったらしい。それなら納得ね。
「ところで蒼ちゃん、板チョコはあるかしら」
「あ、板チョコね。こっちよー」
その後、二人はあれこれ言いながら、板チョコを選んでいたけど、その声はあたしの耳には入らない。
この二人も、しろはと羽依里の関係を知らないはずはないんだけど。やっぱりあれかしら。そーいうとのバレンタインは別物、みたいに思ってるのかしら。
でもそれって、しろは的には良いのかしら。
「それではアオさん、以上でお会計をお願いします」
「へっ? あ、お会計ねー」
色々と考えているところに突然声をかけられて、素っ頓狂な声が出てしまった。
「全部で2500円ねー」
言われた通りに会計を済ませて、商品を渡す。ラッピングチョコを含めて、結構な金額だった。
「どもです」
「紬、溶かしたチョコの中にワタアメを混ぜれば、コットンチョコになるわよ?」
「おおー、魅力的な響きです!」
響きは良いけど、ワタアメって所詮砂糖よね。チョコレートにさらに砂糖を加えるなんて、ものすごく甘くなりそうだけど。
「灯台に帰ったら、さっそく作り方を教えてあげるわね」
「はい! よろしくお願いします!」
二人は買い物を終えた後、そんな話をしながら楽しそうに帰っていった。相変わらず仲がいいわねぇ。
その後も、チョコの入荷を聞きつけた島の女の子たちが次から次にやってきて、色々と品定めをしたり、恋バナに花を咲かせていた。
なんでだろ。入荷当日にこれだけ売れるなんて、珍しいこともあるもんね。
「……はぁ」
気がつけば、そろそろ閉店も近い時間。ようやく人の掃けた店の中で、あたしは自然とため息をついていた。
こうやって店番をしてると、島の女の子たちの恋愛模様というか、そう言うのが良くわかるのよね。うん、痛いくらいに。
それにしても、鴎や紬だけじゃなく、水織先輩まで羽依里にチョコあげるのねー。
……あたしはどうしようかしら。
適当なラッピングチョコを手のひらで弄りながら、考える。
そりゃあ、羽依里にとってはしろはが本命だろうし? 他の子からチョコもらっても、どうとも思わないかもしれないわよね。
なら、あたしもチョコあげても良いんじゃ……?
「うーん。うーん」
「蒼ちゃん、チョコの売り上げはどうですか?」
頭を抱えていると、ガラス戸を開けて藍が店の中に入ってきた。
「おかげさまで大盛況よー……ってあれ? 何で藍がチョコの話知ってるの?」
「朝方に問屋さんと会いまして。どうも私を蒼ちゃんと間違えたらしく、今日入荷するチョコについて、色々と教えてくれました」
どうやらその話を、島のあちこちで吹聴して回っていたらしい。
「やけに噂が広まるのが早いと思ったら、藍のせいだったのね……」
「そんな睨まないでください。私はお店の売り上げに貢献したんですよ。むしろ感謝してほしいくらいです」
確かに、初日としては異例の売り上げだったけど。
「ところで、通販代行をお願いできますか」
「え、藍も? 何を買うの?」
「これですよ」
藍が慣れた手つきでカタログを引っ張り出して、その中から一つの商品を指さす。星形の型だった。
「え、もしかして藍も羽依里に?」
「は? 何を言ってるんですか? 私がチョコレートをあげるのは、蒼ちゃんをはじめ、可愛い女の子だけです」
「あー、うん。確か、去年もそうだったわねぇ」
藍の場合、男の子はガン無視だし。本当に徹底してるわよね。
「というわけで、代行よろしくお願いします」
「りょーかい」
姉妹だし、わざわざ通販代行しなくても良い気もするけど。しろはの注文と業者さんは同じみたいだし、追加注文って形にしておけば、一緒に届くでしょ。
あたしはそう考えながら、座敷に置かれた受話器を手に取った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
5日後、注文した型が届いた。
しろはに連絡を入れると、すぐに受け取りに来た。
「ありがとう。さっそく試してみるね」
しろははそう言って、大量の板チョコも買って帰っていった。
うーん。しろはは顔には出さないけど、隠しきれてないラブオーラというか、何か出てる感じよね。
「すごく生き生きしてたし、青春してるわねー」
やっぱり、恋って人を変えるのかしら。
しろはが帰った後、あたしは通販代行の包みの中から、藍の注文した星形の型を取り出しておく。
それと一風変わった、蝶の形をした型も。
実はこれ、あたしの分。
「カタログで見てたら、気になっちゃったのよねー」
カウンターで頬杖をつきながら、あたしは蝶の形をした型を、右の人差し指と親指の間で弄ぶ。
「あ、届いたんですか?」
その様子を見て、藍がこっちにやってきた。しろはが来ている間、奥の倉庫に隠れてもらっていたの。
「届いたわよー。はいこれ。藍の分」
「ありがとうございます」
星形の型を藍に手渡す。中身見ちゃってるし、やっぱり通販代行の意味ないんじゃないかしら。
「だいぶ減っていた板チョコも、追加分がさっき届きましたし、私たちも今日の帰りに買って帰りましょう」
「そうねー。これで準備万端ね」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
そんなこんなで、バレンタインデーの前日。
「よーし、やりますか」
夕食後、おかーさんが片づけを終えたのを見計らって、あたしと藍はエプロンをつけて、台所に立っていた。
「蒼ちゃん、材料足りますか?」
「うん。藍の分とおとーさんの分だし、大丈夫だと思うけど」
「……それにしては、チョコの量が多いようですけど」
「き、気のせいでしょ」
適当にはぐらかしながら、ボウルにお湯を張る。
その上に別のボウルを浮かべて、刻んだ板チョコを入れてから、湯煎にかける。いい感じに溶けたところで、型に流し込むんだけど……。
「あれ? あれれ?」
チョコレートと透明な何かに、がっつり分離しちゃってる。もしかしてこれ、失敗?
「うあー」
思わず呻き声をあげると、それに気づいた藍があたしのボウルを覗き込む。
「蒼ちゃん、お湯の温度が高すぎたんじゃないですか?」
「あー、そうかも……」
手作りチョコなんて、年に一回くらいしか作らないし……色々と忘れてるみたい。
「一度温度を下げて、分離したものが混ざってから、再チャレンジしましょう。手伝いましょうか?」
「ううん。頑張る」
藍の方が上手なのはわかってるけど、こういうのって、自分で作ってこそだと思うし。
「ところで、藍はどんな感じ?」
失敗した自分のチョコレートが冷めるまでの間、藍がチョコレートを作る様子を見ていた。
なんか、色々温度調節とかしてるし。あたし、とてもそんな余裕はないんだけど。
「今のところ、こんな感じですよ」
銀色のトレーの中に、型に入った白と黒の可愛らしいチョコレートが並べられていた。やっぱり、上手よねぇ。
「あ、そろそろ蒼ちゃんのチョコレートも冷えたみたいですよ」
藍に言われて、チョコレートを混ぜてみる。良い感じに混ざって、以前の状態に戻ったみたい。
「よーし、再挑戦よ!」
今度は温度をしっかりと確認しながら、もう一度溶かす。
「うん。今度は良い感じ」
今度は分離してないし。大丈夫っぽい。
「こぼさないように……」
トレーの上に蝶の型を置いて、その中にチョコレートを流し入れる。あとは冷蔵庫に入れて、固まるのを待つだけ。
「固まるまで一時間くらいありますから、順番にお風呂に入ってしまいましょう」
「そうねー。なんか変な汗かいてるし。先に入るわね」
「はい。少ししたら背中を流しに行きますね」
「来なくていいから!」
お風呂から出た後、頃合いを見て、冷蔵庫からチョコレートを取り出す。
「よし、完成ー……って、あれ?」
なんでだろう。藍のは良い感じなのに、あたしのチョコだけ白っぽい模様が浮き出ちゃってるんだけど。
「蒼ちゃんのは、ブルーム現象が起こってますね」
「え、なにそれ?」
「もしかして、型についた水分をきちんと拭き取らないまま、溶けたチョコを流し込んだりしませんでしたか?」
あー、言われてみたら、完全に拭き取って無かったかも……。
「今度はうまくいったと思ったのに……」
あたしは型からチョコレートを外して、よく見てみる。
うーん。妙な模様のせいで、これだと蝶っていうより、蛾みたいね。
……だめ。作り直そう。
その後、あたしは藍の余った材料を分けてもらったりして、夜遅くまでチョコ作りを続けた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
そして、バレンタイン当日。
ちょうど休日ということもあって、あたしと藍は午後から駄菓子屋で店番をしていた。
二人揃って店に到着した時には、既に良一にのみき、天善と、いつものメンバーが自然と駄菓子屋の前に集まっていた。
良一に天善も、頑張って普段通りに振る舞ってるみたいだけど、明らかにソワソワしてるのがわかるわ。なんだかねー。
「はふ……」
そんな中、あたしは必死にあくびをかみ殺していた。
昨日はかなり遅くまでチョコ作りをしてたせいで、今日は寝不足だった。
ちなみにあたしは、カウンターの裏に隠すようにして、チョコの入った包みを2つ持ってきていた。
一つは藍の分。もう一つは……。
うーん。なんだかんだで用意しちゃったのよねー。羽依里の分。
しろはに対する後ろめたさは少なからずあるけど、鴎や紬だって渡すんだし。あたしもタイミングを合わせて、しれっとあげてもいい……わよね?
「よう」
そんなことを考えていると、そこに羽依里がやってきた。
「どうも……」
そのすぐ後ろに、しろはがついて来ていた。なんだろ。ものすごく恥ずかしそうにしてるけど。
あ、隠すように持ってるけど、羽依里が持ってるあのハートの形の包み……間違いないわ。しろは、さっそく渡したみたいね。
「はい、蒼ちゃん」
「へっ?」
駄菓子屋の中からその様子を眺めていると、唐突に藍から小さな包みを渡された。
「バレンタインのチョコですよ」
「ありがとー。それじゃ、あたしからも」
あたしもお返しにと、藍にチョコを渡す。包みは似てるけど、味はやっぱり自信がない。
「はい、しろはちゃんも」
「えっ? ありがと……」
「はい、のみきちゃんにもあげます」
「ああ、いつもすまないな」
藍は良一たちの方に歩いて行って、のみきとしろはにチョコを渡してた。
「……なんですか天善ちゃんたち、そんな目で見てもチョコはあげませんよ」
期待に満ちた顔をしている男子二人を一瞥して、藍が戻ってきた。
「そういえば、蒼から藍は女の子が好きと聞いたんだが、本当なのか?」
「本当ですよ。少なくとも、今のところは」
えええ。ちょっと藍、そんな誤解を招きそうな発言を堂々と。
「そ、そうなんだな」
ほらー、羽依里も反応に困ってるじゃない!
「ところで、のみきちゃんは誰かにチョコをあげないんですか?」
そんなあたしの思いを知ってか知らずか、藍はのみきにそんな質問をしていた。
「私はその、そういうのは似合わないからな」
そんなことないと思うけど。のみきって、実は結構乙女だし。
「まぁ、渡す対象がいないってのはわかりますけど」
藍はわざとらしく、良一と天善を見ながら言っていた。
「なあのみき、なんなら俺が受け取ってやっても良いぜ?」
良一が見たことないくらいの笑顔でのみきにアピールしてた。
「……チョコはないが、代わりに水弾をくれてやろうか?」
のみきは鬼のような形相で水鉄砲を良一に向けていた。まったくもう、軽はずみなこと言うから。
「じ、冗談だって!」
良一は両手をあげて、降参のポーズをしてた。この時期に水に濡れたら風邪ひくしね。絶対。
「そういう冗談は時と場合を考えて言うんだな」
のみきが水鉄砲をしまう。良一は安堵の表情をしていた。
「そ、それにしても、さすがだな。羽依里」
「え、何の話だ?」
のみきから解放された良一が、羽依里の方に向き直ってた。
「そのチョコだよ。しろはからもらったんだろ? やるなぁ」
「え? ああ。手作りらしい。良いだろ」
うわー。良一ってば、自分がチョコもらえないからって羽依里にちょっかい出し始めたんだけど。
「さすが、彼女持ちは違うな」
「だろ。俺は幸せ者だ」
羽依里もまんざらじゃないみたいね。後ろのしろはは俯いちゃって、顔を真っ赤にしてるけど。
その後もその、聞いてるこっちが恥ずかしくなるような台詞が羽依里から飛び出す。久しぶりに会えたからって、さすがに羽依里、浮かれ過ぎじゃない?
「わ、私、食堂の準備があるから! 羽依里、また夜に食堂でね!」
ついには、しろはも恥ずかしさで居ても立っても居られなくなったみたい。逃げて行っちゃった。
「ありゃ、しろはももう少しゆっくりしていけばいいのに」
うーわー。そこで追いかけないのね……しろは、めちゃくちゃ恥ずかしそうにしてたじゃない! よく考えなさいよ! いつも食堂を開ける時間より早いじゃない! これだから、シティーボーイは!
「蒼ちゃん、落ち着いてください」
「う、うん……」
心の声、どうやら藍には全部聞こえてたみたい。落ち着かないと。
「さて、私も寄合の時間だ。そろそろ帰らせてもらおう」
「あ、そうなのか」
「またな、のみき」
「またねー」
「ああ、藍、チョコをありがとう」
のみきも寄合があるみたい。藍にお礼を言って、足早に帰ってしまった。
その後、羽依里はしろはを気にする様子もなく、普通に良一や天善たちと駄菓子屋の前で話をしてた。男の子って、どうしてこうなのかしら。
「あ、いたいたー!」
その時、スーツケースを引きながら鴎がやってきた。
「羽依里、チョコあげる!」
ぽん、と包みに入ったチョコらしきものを羽依里に手渡していた。
「彼女さんがいる手前、義理だと言っておこう」
自分の口元に手を当てながら、そう言う。でもその割には、思いっきり手作りっぽいんだけど。鴎、やるわね。
「鴎、ありがとうな」
「大事に食べてねー。あ、良一君と加納君の分もあるんだよー」
そう言いながら、二人にもチョコを渡してた。そっちはラッピングされた、市販品。うちの駄菓子屋で買っていったやつみたい。
「それじゃー」
鴎は笑顔で去っていった。爽やかよねー。
「「……」」
良一と天善の二人は、思わぬ形でチョコをもらえたのが嬉しかったみたい。お礼を言うのも忘れて、固まってしまってる。
「おー、皆さん、揃ってました!」
「本当ね。ちょうど良かったわ」
鴎と入れ違いになる感じで、今度は紬と水織先輩がやってきた。
「あれ、二人ともどうしたんだ?」
「はい! 皆さんにチョコレートを配りにきました!」
「配りにきたのよ!」
二人ともネコとウシのキグルミを着て、ノリノリね。両手いっぱいにチョコ抱えてるけど、あれ全部作ったのかしら。
「タカハラさん、どうぞ! コットンチョコです!」
「え、なんだって?」
紬から小さな箱を受けとりながら、ハニワ顔になってた。そりゃ、わからないわよねぇ。その甘さに、悶え苦しみなさい!
「ミタニさんも、どうぞ!」
「おお、紬、さんきゅー」
「加納君も、はい」
「あ、ありがとうございます!」
うわー。天善、めちゃくちゃ緊張しちゃってるわ。まぁ、あこがれの人だもんねー。
あれ、貰ったチョコは絶対食べないわね。ずっと取っておくタイプよ。
「それでは!」
その場にいた男の子全員にチョコを配り終えると、紬と水織先輩はどこかへと立ち去っていった。
気がつけば、この場にいるのはあたしと藍、そして羽依里と良一、天善だけになっていた。
「なあ蒼、悪いんだけど袋をもらえないか?」
その時、羽依里が両手一杯にチョコを抱えてこっちにやってきた。そりゃ、それだけチョコ貰ったら、持ちきれないでしょーね。
「袋? これでいい?」
あたしは適当な紙袋を選んで、口を広げながら羽依里に手渡す。
「ああ、さんきゅ」
羽依里はそれを受け取って、もらったチョコを袋に入れる。さすがにしろはからもらったチョコは別に持っていた。一緒くたにはしないみたいね。
……あ、今なら渡せるんじゃないかしら。ちょうどカウンターの前だし。他の二人からは見えない位置だし。
あたしは意を決して、羽依里に声をかける。
「えっと、羽依……」
「なあ蒼ー、鴎と紬はチョコくれたんだけど、お前はくれないのかー?」
「へっ?」
その時、良一がこれ見よがしにチョコを見せながら、向こうの方から声をかけてきた。
「あ、まだ欲しいんだ?」
「そりゃ、もちろんだ」
「そうねー。それじゃ、男子はそこのラッピングチョコ、一人一個ずつ持って行っていいわよー」
あたしはバレンタインコーナーに残っていたチョコを指さしながら、そう告げる。
「え、いいのか?」
「あたしからの義理チョコってとこねー」
「ラッキー」
「なんか、良一が催促したみたいで、悪いな」
羽依里はすごくばつの悪そうな顔でチョコを選んでいた。
「別に良いのよー。今日売れなかったら余っちゃうしねー」
「言ってみるもんだなー。サンキュー。蒼」
良一がチョコを手に持って、嬉しそうに言っていた。少し前まで、泣きそうな顔してたくせにねー。
「しっかり味わって食べなさいよー」
複雑な気分だけど、これが一番あたしらしいかもしれない。
その後はいつものように時間が過ぎていった。
日が傾く頃になると、最後まで残っていた良一が帰り、藍と二人が残された。
「蒼ちゃん、おばーちゃんが今日はもうお店を閉めるそうですよ」
「それじゃ、店の前の掃除してくるわねー」
あたしはほうきとちりとりを持って、店先の掃除を始める。それと同時に、カウンターの方から藍の声がした。
「あれ、蒼ちゃん、このチョコはなんですか?」
「げ」
カウンターの裏に隠していたチョコが藍に見つかってしまったみたい。ここは誤魔化さないと。
「え、えっとー、その、練習用のチョコが余ったのよー」
「その割には、綺麗にラッピングされてますけど」
「あー、うー、そのー。ラ、ラッピングの練習もしたのよ!」
「そうですか」
ふー。なんとか誤魔化せたみたい。
「……それで、本当に良かったんですか?」
「え、なにが?」
「チョコレート。羽依里さんに渡さなくて」
「あーうん。いいのよー」
あー。誤魔化せてなかったみたい。
「これでよかったのよー。あたしのチョコ、まだまだ人にあげられるレベルじゃないし」
「おとーさんの分はしっかり家に用意してたみたいですけど」
「おとーさんのは良いのよ!」
「それに、しろはのあの顔見てたら、やっぱり手作りチョコを渡すのはねー」
「そうですか」
「そーよ」
あたしは苦笑いを浮かべたままカウンターに戻って、藍からチョコレートを返してもらう。
そしてその場で包みを開けて、自分で作ったチョコレートを食べてみる。
うん。ボソボソしてる。なんでかしら。
「これはさすがにあげられないわー」
「そうですか?」
藍がさっと手を伸ばして、同じチョコをつまんで口に運ぶ。
「私が蒼ちゃんにもらったチョコより、美味しいですよ」
「そりゃ、夜通し試行錯誤したしねー」
なんか悔しくて、藍からもらったチョコの包みを開けてみる。白と黒の星形のチョコレートが入っていた。
適当に黒いチョコを選んで、かじってみる。
……ほろ苦いビターチョコだった。
蒼ちゃんの意気地なし。藍にそう言われてるような気がした。
でも、すごくおいしい。
「むむむむ……」
たかがチョコレート。されどチョコレート。
同じ材料で作ったはずなのに。この違いは何なのかしら。
「蒼ちゃん、藍ちゃん、今日はもうお帰り」
その時、座敷の方からおばーちゃんが顔を覗かせた。壁の時計を見てみると、けっこう良い時間だった。
「はーい」
「それでは、おばーちゃん。またよろしくお願いします」
「はいよ。気をつけてお帰り」
チョコレートの入った包みををポケットにしまって、あたしと藍は駄菓子屋を後にする。
夕日に照らされた住宅地を、藍と並んで歩く。
「……蒼ちゃん、外は寒いですし、少し手を繋ぎませんか?」
「え? いいわよー」
唐突に藍がそんな提案をしてきた。
駄菓子屋から家まで、そこまで遠いわけじゃないけど、たまにはいいわよね。
あたしは藍が差し出してきた手をしっかりと握り返して、歩き出す。
「……? 蒼ちゃん、どうしましたか?」
一緒に歩きながら、隣を歩く藍の横顔を見ていたら、不思議そうな目で見られた。
「ううん。なんでもない」
来年こそは、藍に負けないくらいチョコ作りを上手くなって、また再チャレンジするんだから。
せめて、藍と同じくらいの腕にならないと、とてもじゃないけど羽依里には渡せないし。
「……蒼ちゃん、良ければチョコ作りの特訓をしますか?」
「え!?」
昼間から思ってたんだけど、藍って絶対あたしの心を読んでるわよね? それとも、これが双子の以心伝心ってやつなのかしら。
「まさか、来年に向けて?」
「そうです。一年かけて練習すれば、どこに出しても恥ずかしくないチョコレートが作れるようになるはずですよ」
藍の目は本気だった。ここで承諾したら、本当に一年間特訓する羽目になるのかしら。
「ふふ。蒼ちゃんが望んでくれたら、いくらでも教えますよ」
「あはは、そうねー。考えとくわー」
同じような顔で笑いながら、あたしと藍は茜色に染まった道を家へと向かって歩いたのだった。
サマポケ短編SS(バレンタイン編)・あとがき
おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。
今回はバレンタインの短編を書いてみました。急いで書いたので、何とも言えない内容になってしまいました。なんかすみません。
そして、初めて蒼視点ということで、地の文とか、なかなかに苦戦しました。楽しんでいただけたら幸いです。
また、チョコレートを作っているシーンは予想外に書くのが難しかったです。
実際に調べてみると、テンパリングという作業が必要で、チョコレートの種類により温度が違うとか細かいことが色々書いてあって、こっちがテンパリそうでした。
きっと、しろはは羽依里のために、港の本屋でお菓子作りの本を買って、テンパリングもきちんとやって美味しいチョコレートを作っていると思います。
余談ですが、今回の小説では、蒼はお菓子作りがあまり得意じゃないという設定にしています。もしかしたらそれなりにできるのかもしれませんが、ここはこの小説限定ということで、大目に見てください。