俺たちは準備を整え、役所前にやってきた。良一の妹によると、あの役所の中に蒼が捕らわれているらしい。
「よし皆、準備は良いか?」
「羽依里、ここはイナリに任せないと」
……そうだった。この物語の主役は俺じゃなく、イナリだった。
「ポンー」
イナリは伝説の聖剣エクスイカバーと、伝説の兜パリングルスヘルムを装備してご満悦だった。
「まあ伝説の武器と防具が揃ってるんだし、負けることはないよな、よし、行こうぜイナリ!」
「ポーンポーン!」
いざ、蒼救出作戦開始だ。
「ポポポーン!」
突撃ー! と言わんばかりの勢いでイナリが鳴き、俺たち三人は役所に向かって駆けだす。
「どわああ!?」
「ポンポンー!?」
「ひゃあああっ!?」
……しかし次の瞬間、上空から謎の水弾攻撃を受け、俺たちは三人まとめて地面に転がっていた。
「あいてててて」
「ちょっと羽依里、くっつかないで! そんなことしても好感度は上がらないよ!」
「だから、今の俺は蒼ルートだって言ったろ! 早く立て! いったん隠れるぞ!」
「ポ、ポンポンー!」
俺はびしょ濡れになったイナリを抱きかかえると、ダッシュで適当な建物の陰に隠れる。
それと同時に、近くの鉄塔から大きな声が聞こえてくる。
『悪いが、何人たりとも、役所には近づかせるなと言われている!』
俺はその声に聞き覚えがあった。もしかしなくても、良一がフルボッコにされた門番ってのは、のみきのことか。
『蒼を狙う悪党がいるとの情報が入っていてな! たとえ彼氏の鷹原でも、蒼に近づかせるわけにはいかない!』
いや、その蒼はすでに悪党に捕まっていて、邪魔をしてるのはのみきのほうなんだけど。何か、大きな勘違いをしているような気がする。
「ハイドロ嬢! 俺たちの話を聞いてほぶっ!?」
塀の陰からちょっとだけ顔を出して説得を試みたけど、そこをピンポイントで攻撃してきた。あまりの威力に、首が取れるかと思った。
「勇者イナリの従者、大丈夫?」
あ、俺の役職、それに決まったんだ。中編になってようやく、って気もするけど。
それにしても、取りつく島もない。これ、どうしよう。
「勇者イナリ、こうなったらエクスイカバーの力を解き放つしかないよ」
え、そんな設定があったの!?
「うん。ある程度近づかないと届かないけどね」
よし、そういうことなら、俺も体を張るしかない。
俺はイナリを抱きかかえると、タイミングをうかがう。
「よし巫女様、敵の攻撃を防ぐ、スイカバリアーを張ってくれ。少しの間で良いからさ」
「え、そんなのないけど」
「な、ないのか……」
完全に忘れていたけど、この巫女様はただの同行キャラだった。
『お前たち、あと2秒以内に退却しなければ、こちらも全力で排除にかかるぞ!』
「いや、2秒って無理だろ! 現実的に考えてくれ!」
『問答無用だ! 2秒経過! ファイア!』
次の瞬間、大量の水弾が雨あられと降り注ぐ。その水弾はいとも簡単に民家の屋根や壁を貫通し、アスファルトの地面に無数の穴をあけていく。高圧洗浄機も真っ青だった。
「こ、これは駄目だ! 撤退だーーー!」
「ポーーーン!」
いくらなんでも、あの攻撃には太刀打ちできない。俺たちは回れ右して、全速力で逃げ出した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
俺たちはのみきの射程圏外まで、全力で逃げ戻った。
どうなってるんだろう。剣と兜だけ持ってても、先に進めない仕様になってるんだろうか。
「あ」
このゲームの攻略本はどこだろうとか考えていると、巫女様が小さな声を上げる。
「え、どうしたの?」
「今、アイテム欄を見てみたんだけど、イナリは勇者の盾を持ってないね」
「ちょっと待って、アイテム欄ってどこから見るの?」
「気にしちゃ駄目」
「ものすごく気になるけど、わかった。気にしない」
それより話を進めよう。
「ところで、勇者の盾もあるのか?」
うん。正しくは、盾の人だけど。
「ごめん、意味が解らないんだけど」
「とりあえず、占ってあげようか?」
唐突に本業に戻ったよ、この巫女様。
「盾の居場所、占ってあげるよ?」
「一応聞くけど、それって有料?」
「もち」
巫女様、どんどんフランクになっていくような。
でも他に頼れるものもないし。巫女様に占ってもらうべく、俺たちは神社へ向かった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「れいげんいやちこなれー」
がらんがらん。
本日四度目の占いが行われた。ちなみに、料金は1000円。ついに漱石さんが飛んで行ってしまった。
「出ました。南の入り江に伝説の盾があるそうです」
南の入り江。行ったことないけど、ここからだとだいぶ遠そうだ。
「これがその地図らしいです」
「ちょっと待って巫女さん、今どこから出したの?」
「教えてあげないよ!」
しかもそれ、別キャラの台詞だった。
とにもかくにも、俺たちはその地図を頼りに、家を越え丘を越え、森や洞窟を抜けて、入り江に到着した。
途中の洞窟で、巨大ごきごきや大ムカデと激闘を繰り広げたりしたんだけど、なんで割愛されてるんだろう。かなりスペクタクルな戦いをしたつもりだったんだけど。
……それにしても、あれだけ戦ったのに全然レベルが上がった気がしない。どういうゲームシステムになってるんだろう。
「それで、この入り江のどこに伝説の盾があるんだ?」
見渡す限り砂浜だった。盾らしいものといえば、流れ着いているホタテぐらいのものだった。
「どんぶらこー。どんぶらこー」
その時、沖の方からでっかいスーツケースが流れてきた。なんか声も聞こえてくる。
「どんぶらこー。どんぶらこー」
「さてイナリ、帰ろうか」
「えええ、ちょっと待ってよ!」
敢えて見なかったことにしようとしていると、流れ着いたスーツケースのふたが開いて、鴎が出てきた。
「ども、盾です」
「まさか伝説の盾って、そのスーツケースのことか?」
「うんうん。どんな攻撃だって弾き返すよー」
鴎はスーツケースを正面に置いて、得意顔だった。
「いざと言う時の自己防衛機能と、自爆能力つき」
待って。伝説の盾に自爆されちゃ困るんだけど。
「それじゃ、行こっか」
「え、お前も来るの?」
「もちろんだよ。私以外に、この盾は装備できないから」
いわゆる専用装備って奴だろうか。いいな、俺も専用装備欲しい。
「……さっきから騒がしいな。おちおち体を焼くこともできんぞ」
俺たちが話をしていると、少し離れたところから聞き慣れない声がした。見てみると、やっぱり知らないおじーさんが一人、海パン一丁でビーチマットの上に寝そべっていた。
「あ、うるさくしてすみません。すぐに帰りますんで」
「まぁいい。遊ぶなら遠くで遊べよ」
「はい。すみません」
とりあえず謝って、引き返そうとしていると……。
「む? その青タヌキは、まさか勇者イナリか?」
「ポン?」
ふいに呼ばれて、イナリがおじーさんの方を向く。
「やはり勇者イナリか。ちょうど良い。ここで始末してやろう」
急に雰囲気が変わったおじーさんは、そそくさとビーチマットを片付けて、変わった構えをとる。
なんだろう。このおじーさん。
「……ああ! あなたはまさか、四天王の一人、朱雀!?」
その時、勇者の盾である鴎が驚愕の声を上げる。
「いかにも!」
え、この人がそうなの? 俺、一度駄菓子屋で会ったはずなんだけど。まったく気が付かなかった。
「バカンスの邪魔はさせんぞ!」
「ボスバトルは逃げられないね。勇者イナリ、覚悟を決めよう」
「ポン!」
よくわからないまま、なんか戦闘モードになった。
「スーツケース……じゃない、勇者の盾の力、お見せするよ!」
盾も巫女様もノリノリだけど、俺はイマイチ……いや、まったく状況が飲み込めなかった。超展開についていけない。
「いくぞ、勇者イナリ!」
うそだろ、突然炎をまとって暴れ出したんだけど。
「うわっちっちっち!」
俺はイナリを抱いたまま逃げ惑う。あんなのに殴られたら、焼きイナリと焼きハイリになってしまう。
「くらえ!」
「ひええっ!」
距離を取っておけば大丈夫だろうと思っていたら、火を噴いてきた。これは避けられそうにない。
「あぶなーーーい!」
その時、スーツケースを持った鴎が間に割って入り、間一髪でその炎を防ぐ。
「おお、助かった!」
「私はイナリの盾だからね!」
なんというか、ようやく冒険っぽくなってきた。すごく怖いけど。
「ちょこざいなスーツケースめ!」
朱雀は一層力を込めて、スーツケースに向けて火を吐き続ける。しかし、鴎のスーツケースはびくともしない。
「すごいな、そのスーツケース」
「うん。耐火仕様にしてある!」
「でも、守ってるだけじゃ勝てないぞ。なんかいい方法がないのか」
「やっぱり、勇者イナリがエクスイカバーの力を解放するしかないよね!」
あ、やっぱりその設定あるんだ。
「だそうだけど、イナリ、いけるか?」
俺は腕の中のイナリに問いかける。
「……ポン?」
いや、そこで首をかしげないで欲しいんだけど。こっちとしても反応に困るし。
「……エクスイカバーを敵に向けて思いっきり振り下ろせば、その力が発動するはずだけど」
「だそうだ。よくわからないけどイナリ、頼んだぞ」
俺が朱雀の方に向き直り、イナリがその正面に向くように調整する。
「ポーン!」
次の瞬間、イナリが頭上高く掲げたエクスイカバーを思いっきり振り下ろす。同時に強烈な光の波と衝撃波が巻き起こる。
「おお、すごい」
「甘いわ! 当たらなければ、どうということはない!」
しかし、イナリの攻撃は簡単に避けられてしまった。一見した感じ、攻撃範囲が狭い上に直線的だった。たぶんこれ、距離が開いていると当たらないパターンだ。
「イナリ焼きにしてくれる!」
「うわっと!」
朱雀のカウンター攻撃に対しては、鴎が防御に入ってくれて事なきを得る。
でもあの攻撃を当て類は、どうにかして隙を作らないと厳しいかもしれない。
「なあ、なんとかして朱雀の注意をそらせないか?」
「そんなこと言われても、私はただの同行キャラだし、鴎は防御で手一杯だよ?」
確かに巫女様の言う通りだった。どうしよう。
「それなら羽依里、これ使って!」
鴎はそう言うと、スーツケースから何の変哲もないバケツを取り出して、俺に投げてよこす。
「トラエモンかお前は!? これでどうしろって言うんだ!?」
「知らないよ! 自分で考えて!」
逆ギレされてしまった。どうしようこれ。
「うおおおおおっ!」
俺は半ばヤケクソになり、波打ち際にダッシュ。バケツに海水をすくって、そのまま朱雀に向けてぶっかける。
「ぎゃあああ!」
……あれっ、効いてる?
「もう一回!」
「ぎえええぇえ!」
……やっぱり効いてる。なんでだろう。
「きっと、朱雀は火属性だからだよ。水は弱点属性だし」
巫女様がそう言う。このゲーム、属性相性とかあったんだ。
「よし、そうと分かれば!」
俺は矢継ぎ早に海水をすくっては、朱雀に向けてかけ続けた。
「ぐおおおっ!」
「おおー、効いてる効いてる!」
朱雀が苦しんでいる。弱点を突くと、本当に有利に戦えるんだな。
「相手が弱っている! チャンスだ、イナリ!」
俺は某ペケモントレーナーになった気分で、イナリに指示を送る。
「ポポポーーーン!」
イナリは俺の指示を受けて、朱雀の背後へと跳躍。そこからエクスイカバーを一閃。
「ぬぅっ……ぬかったわ……ぐわああああっ!」
そして、光の衝撃波で周囲の砂地ごと、朱雀を消し去る。
「おお、勝った!」
「うん。さすが勇者イナリだね」
「さすがだよー」
戦いに勝利し、勇者の盾と白の巫女がイナリを取り囲み、称賛する。
……あれ? 俺の頑張りは?
まあいっか。四天王の一角を倒したし、イナリの盾も手に入った。成果としては十分だし。
「それじゃ、住宅地までパッと戻ろっか?」
鴎が笑顔でそう言う。
「え、なにそれ?」
「ちゃんとチェックポイントは起動してきたんでしょー? パッと戻ろうよ!」
ごめん鴎、言ってることの意味が解らない。
結局チェックポイントやらは起動して無かったみたいで、俺たちは徒歩で住宅地へと戻ることになった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
……いっぽう、そのころ。
「……ほう。朱雀がやられたか」
「だが、奴は四天王の中でも最弱」
「勇者イナリごときにやられるとは、四天王の面汚しよ」
「……あんたたち、それっぽい会話して楽しんでるだけでしょ?」
「うむ。空門嬢、ご機嫌はいかがかな?」
「ブルーハワイ食べ放題っていう条件は悪くないんだけど、そろそろ帰りたいかも」
「悪いがそうはいかん。ボスからの指示でな」
「はぁ、あんたたちのボスは何を考えてるのかしらねー」
「どうも、お主とシティーボーイの関係を憂いでいるようだ」
「変な虫が付いてしまったと、業腹のようだったしな」
「あーもー、妹の心配してくれるのはわかるけど、さすがにやりすぎよー!」
ふかふかのソファーの腰かけながら、蒼は頭を抱えていた。