サマポケ短編小説集   作:トミー@サマポケ

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三谷良一誕生日SS

 

 

 

 

 

「すーーー。はーーー。すーーー。はーーー」

 

 例の告白してから、ちょうど5日後。俺、三谷良一はのみきから役所の一室に呼び出されていた。

 

 わざわざ呼び出すくらいだ。そろそろ……その、返事をくれるのかもしれない。

 

「すーーー。はーーー。すーーー。はーーー」

 

 のみきがいるであろう部屋の扉を開ける前に、俺は必死に気持ちを落ち着けようとしていた。

 

 ……無理だ。全然落ち着かねぇ。

 

「……扉の前にいるのはわかっているぞ。ノックなどしなくて良いから、早く入ってこい」

 

「し、失礼します!」

 

 その時、扉越しにのみきから声をかけられた。思わず声を上ずらせながら扉を開ける。部屋の中では、古めかした革張りのソファにのみきが座っていた。

 

「急に呼び出してすまないな。まぁ座ってくれ」

 

 そう言いながら、笑顔で向かいのソファに座るように促してきた。俺は緊張のあまり右手と右足を一緒に出しながら、のみきの対面に腰を下ろす。

 

「それで、俺は何故呼び出されたんでしょうか……?」

 

 俺は思わずきょろきょろと室内を見渡しながら、挙動不審な動きをしてしまう。

 

「実はな……良一に折り入って頼みがあるんだ」

 

「へ?」

 

 のみきは笑顔を崩さないままそう続ける。どうやら、告白の返事というわけじゃないらしい。

 

 ……そりゃそうか。のみきの性格なら告白の返事をするために、わざわざ役所に呼び出したりしねーよな……。

 

 俺は脱力し、無意識にソファに沈み込んでしまった。

 

「だ、大丈夫か?」

 

「え? ああ、平気だぜ……それより、頼みってなんだ?」

 

 慌てて姿勢を正し、のみきの方を見る。

 

「役所の方に依頼が来ていてな。早急に島の南側を調査してほしいとのことなんだ」

 

「調査?」

 

「ああ。鳥白島に珍しい植物が多く自生しているのは知っているだろう。とある企業が詳しく調べたいらしくてな。本格的な調査の前に、地元の人間に事前調査をしておいてほしいらしい」

 

「……もしかして、その役目を俺に?」

 

「もちろん私も行く。良一はさしずめ、荷物持ちといったところだな。頼めるか?」

 

「それは構わねーけどよ。そんなに荷物多いのか?」

 

「調査に使う機材もそれなりにあるが、調査範囲が広くてな。日をまたぎそうなんだ」

 

「え? それってつまり……?」

 

「ああ、森の中で一夜を明かすことになりそうなんだ。良一なら、テントも持っているだろう?」

 

「そ、そりゃまぁ、あるけどよ……冬の森の中でキャンプってのは、さすがに……」

 

「天気予報では快晴となっていたし、風さえ防げればそこまで寒くはないだろ。そうだ。冬用の寝袋も頼めるか?」

 

「あ、ああ。それくらいなら準備できるぜ」

 

 淡々と話が進んでいるが、それってつまり二人っきりで森の中で一夜を明かすってことだぞ? 昨日の今日で、そんな状況になるのだけは防がねーと。

 

「そ、そうだ。せっかくだし、天善も同行させよう。重い荷物を持って歩くのは、良いトレーニングになると思うしな!」

 

「いや、天善はインフルエンザをこじらせたらしくてな。家で寝込んでいるらしい」

 

 マジかよ……そう言えば、ここ数日天善の姿を見てなかった気がする。インフルエンザだったのか。

 

「じゃ、じゃあ、えーっと」

 

 俺は必死に考える。蒼も山道は慣れてそうだけど、さすがに女の子に同行してもらうわけにはいかないし、羽依里も今は島にいない。他に頼めそうなやつは思い当たらなかった。

 

「その……というわけでな。お前しか頼める人間がいない。よろしく頼む」

 

「わ、わかった。他らなぬ、のみきの頼みだしな」

 

 結局、最適解は俺だった。のみきに頼まれたら、嫌と言えねーし。

 

「ありがとう。それじゃ、テントと寝袋をそれぞれ二つずつ用意してくれ」

 

「おう。食料も用意しておくぜ」

 

「それは助かる。私も当日の昼食くらいは用意しておくよ」

 

 行くと決まったからには、準備は周到にしておかねーとな。俺は頭の中で必要な食材やキャンプ用品について考えを巡らせる。

 

「それじゃ明日の朝、9時に役所前に来てくれ」

 

「え、明日!?」

 

 着火用の固形燃料はまだ残ってたか……なんて考えていたところで、のみきからそう言われ、俺は素っ頓狂な声を出してしまう。

 

「調査は明日だが……言ってなかったか?」

 

 聞いてない。初耳だ。

 

「まぁ……今から急いで準備すれば、何とかなるだろ」

 

「さすがだな。お前だけが頼りだ。期待しているぞ」

 

「ああ、わかった」

 

 どうやら話はそこで終わりらしく、次の用事があると言って退室したのみきに続いて、俺も役所を後にした。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 俺は役所を出ると、そのままの足で商店に行って食糧を買い足し、家に戻ってきた。

 

「うーむ、弱った……」

 

 その後、俺は庭先で頭を抱えていた。

 

 目の前には、丸められた二つのテントと寝袋。寝袋の方は問題ないんだが、テントに問題があった。

 

「まさか、この二つしか無いなんてな……」

 

 のみきの願いだからと快諾したが、よく考えたら今は冬の繁忙期。手元のテントはこの二つだけだった。

 

「ちょっと古いけど使える青いテントと、もうひとつは……ピンクのテントか……」

 

 ピンクのテント。俺も使ったことはないが、譲ってもらったテント愛好家のおっちゃん曰く、無限の悲しみを味わったとか。

 

「……まぁこの際、ピンクのテントは俺が使えばいいか」

 

 恐ろしいテントらしいが、背に腹はかえられない。のみきに使わせて、無限の悲しみを味わってもらうわけにはいかねーしな。

 

「……庭にテント広げて、またキャンプいくの?」

 

 そう自分を納得させていると、背後から声がした。振り返ると、縁側に訝しげな表情をした妹が立っていた。

 

「ああ。ちょっとのみきとな」

 

「ふーん。デート?」

 

「そ、そんなんじゃないっての! 調査だ調査!」

 

「なんでもいいけどね。そのテント、出しっぱなしにしないで、ちゃんと片付けてよ」

 

「わかってるっての」

 

 ひらひらと手を振りながら去っていく妹を見送った後、俺はテントを片付ける。後は細々したものを用意しねーと。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 翌日。俺はテントや食料といった荷物を持って、時間きっかりに役所前にやってきた。

 

 のみきが言っていた通り、当日はそこまで風もなく、穏やかな天気だった。

 

「来たか。時間通りだな」

 

 そこには大きなリュックとハイドロを背負ったのみきが待っていた。

 

「のみきはこんな時もハイドロを背負ってるんだな」

 

「ああ。冬とはいえ、どんな獣が出て来るかわからないからな。中身はミネラルウォーターだから、いざとなれば飲料水にもなる」

 

「そ、そうなのか」

 

 できれば、水鉄砲の水を飲む状況には陥りたくはないけどな。

 

「それで、良一はこれも持ってくれるか? 調査に必要な機材だ」

 

「ああ、まかせとけ」

 

 そう言って大きめのカバンを受け取る。持ってみると、ずっしりと重い。何が入ってんだろ。

 

「よし、それでは出発しよう」

 

 そう言って歩き出す。俺も荷物を持ちながら、その後に続いた。

 

 

 

 

 そのまま住宅地を抜けて、山道へと差し掛かる。しばらく歩いたところで舗装された道を逸れて、鬱蒼とした森の中へと分け入る。

 

「うーむ、ここがあれだから、もう少し先だな……」

 

 のみきは地図と周辺の景色を見比べながら進んでいた。俺は行く先がわからないので、ただひたすら後について行くのみだ。

 

「……なぁ、そういえば、勝手に入っていいのか」

 

 昔、この辺の山は私有地だから立ち入り禁止だと、のみきに言われた記憶があるが。

 

「正式な調査依頼を受けているし、きちんと許可も取ってある。心配は不要だぞ」

 

 その後も歩きながら、のみきから調査内容の説明を受けた。それによると、依頼元の企業から渡された地図を見ながら進み、地図上で印がつけられた場所の写真を撮影するというやつだった。

 

「よし、地点Aはここだな。良一、出発するときに渡した鞄から、カメラと三脚を出してくれ」

 

 しばらくすると、どうやら最初の目的地に到着したらしい。俺は言われるがまま、鞄から機材を取り出す。

 

「こんな草藪の写真を撮るのかよ」

 

「ああ、ここに例の希少植物が自生している可能性があるらしい。専門家が写真を見れば、すぐにわかるらしいぞ」

 

 そう言いながら、のみきは三脚に乗せたカメラで写真を撮っていた。写真を撮り終えたら、また次の印がつけられた場所へ向かい、同じように写真を撮る。俺たちはそれを延々と繰り返した。

 

 

 

 

「うう、天気は良いが、こう歩き回っているとなかなかに冷えるな」

 

 5ヶ所目の撮影が終わった頃、のみきがそう言って毛糸の耳当てをつけていた。確かに日の当たる場所は良いんだが、森の中となると日陰も多い。やはり二月だし、身体も冷えるよな。

 

「……つーかよ、なんでわざわざ寒い時期に調査をさせるんだろうな」

 

「どうやら、この時期にしか生えていない植物らしい。だからこそ、珍しいんだろう」

 

「そういうことなのか」

 

 理由は納得だけど、のみきが風邪ひいたらどうしてくれるんだよ。

 

「……そうだ。のみきも髪を伸ばしたらあったかくなるんじゃね?」

 

「あまり防寒効果はないと思うぞ? それに、夏は逆に暑苦しいと思う」

 

 ……そーいやそーだな。夏毛や冬毛みたいに、すぐに生え変わるもんでもないし。

 

「じゃあ、なんで島の女子は皆髪が長いんだろうな」

 

「皆、本土の美容室にこまめに行くのが面倒なだけだろう。私は島の床屋で済ませているからな。他の皆に比べれば、早く済むぞ」

 

「そりゃそーだろーけど、のみきも女の子なんだから、ちゃんと美容室に行った方がいいんじゃねーか?」

 

「そ、そうだな……次からは、そうすることにしよう……」

 

 

 

 

「よし、そろそろ昼休憩にしよう」

 

「ふう。さすがに腹が減ったぜー」

 

 8ヶ所目の写真撮影が終わった頃、のみきの提案で昼飯を食べることになった。

 

「ほいよ。熱いから気をつけな」

 

「ああ、すまない」

 

 俺は魔法瓶に入れておいたお茶をついで、のみきに手渡す。

 

「ありゃ。のみき、それっぽっちで足りるのか?」

 

 お茶を手渡した拍子に見えたが、のみきの昼飯はラップに包まれたおにぎりが2つだけだった。

 

「朝食を遅めに食べてきたからな。それに、これは駄菓子屋のおばーちゃんが漬けた梅干しを使ったおにぎりだ。絶品なんだぞ」

 

 そう言いながら、嬉しそうにおにぎりにかじりついていた。

 

「それだけじゃ栄養たりねーだろ。昼からも動き回るんだし、俺のウインナーと唐揚げをやろう」

 

 俺は自分の弁当箱からウィンナーと唐揚げをラップの上においてやる。のみきはそれを、申し訳なさそうに食べていた。

 

「気を遣わせて悪いな……うん。美味しい。良一が作ったのか?」

 

「いや、この弁当は妹に作ってもらった」

 

「なに?」

 

 唐揚げをごくんと飲み込んだ後、驚いた表情で俺の弁当を見ていた。確かに真っ茶色で飾りっ気もないし、俺が自分で作ったって言っても、誰も疑わないとは思うけどよ。

 

「そ、そうか……その、妹さんに美味しかったと伝えておいてくれ」

 

「ああ」

 

 こんな見てくれだけど、味は良いしな。わざわざ作ってくれて、兄ちゃん嬉しいぜ。

 

「良一お前、泣いているのか……?」

 

「いや、花粉が目に入っただけだ。もう春も近いんじゃないか?」

 

 隣ののみきが何とも言えない表情をしていたので、そう誤魔化した。さぁ、早く飯を食って、調査再開だ。

 

 

 

 

「……ふう、今日はこれくらいが限界だな」

 

 本日19ヶ所目の写真撮影が終わった時、のみきがそう言う。調査個所は全部で30ヶ所はあるらしく、あと三分の一といったところだ。

 

「良一、今日はこのくらいにして、そろそろテントを張らないか?」

 

「だな。冬は日が落ちるのも早いし、早めにキャンプの準備をするか」

 

 どす、っと背負っていたリュックを地面に置く。良い感じに開けた場所もあるし、今日はここでキャンプすることにしよう。

 

「のみき、俺はかまどを作った後、テントを立てるから、お前はその辺で薪になりそうな枝を集めてくれないか?」

 

「わかった。任せてくれ」

 

「あまり遠くに行くなよ?」

 

「わ、わかっている。子供じゃないんだぞ」

 

 顔を赤くしながら薪拾いへ向かうのみきを尻目に、俺は手早くかまどを作る。かまどが完成した後は、そのままテントの組み立て作業に入る。

 

「……よし、完成だな」

 

「なんだ? 変わったテントだな」

 

 先にピンクのテントを組み立て終わると、ちょうど薪を集め終わったのみきが戻ってきた。

 

「ピンク色で、ひらひらしたものがついているな。女の子用なのか?」

 

「いや、訳あって、これは俺用。のみきのはこっちだぜ」

 

 そう言いつつ、俺は青いテントを広げる。

 

「……ありゃ!?」

 

「良一、どうした?」

 

 慌てて広げてみると、青いテントには大きな穴が開いていた。

 

「まさか、破れて戻ってきて、修理し忘れてたのか!?」

 

 穴をよく見てみるが、この場で修理できるものじゃなさそうだ。これはまずい。

 

「見事に穴が開いているな……どうするんだ?」

 

「しょーがねーな……俺がこの青いテントと寝袋に包まって寝るからよ。あのピンクのテントは、のみきが一人で使ってくれ」

 

「いや、気持ちはありがたいが……真冬だぞ? 外で寝かせて、風邪をひかれても困る。夜の鉄塔で慣れているし、私が外で寝よう」

 

「ちょっと待て。それでのみきに風邪をひかせたら、男としてどうかと思うんだが」

 

「そういう問題じゃない。良一を同行させたのは私だぞ」

 

 ……これは、お互いに譲らない感じだ。議論は平行線だった。

 

「……わかった。もう、同じテントで寝たらいいんじゃないか?」

 

「へっ?」

 

 しばらくすると、のみきが予想外な提案をしてきた。まさか、その流れになるなんて。

 

「そ、それにほら、このテント自体は二人で寝れなくもないサイズだ。両端に分かれて寝れば何の問題もない……ぞ」

 

 ……なんの問題もねーんなら、顔を赤くしたり視線を泳がせたりしないで欲しいんだが。

 

「そ、そうか……? のみきがいいんなら、俺は良いけどよ……」

 

 結局、テントの問題はそう決着して、とりあえず夕飯作りに取り掛かることにした。

 

 

 

 

 のみきが拾ってきてくれた薪と、固形燃料を使って手早く火を起こし、飯ごうを使って米を炊く。

 

 同時に、予め自宅でカットしておいた野菜を使ってカレーを作る。

 

「……よし、後は少し煮込めば完成だな」

 

「さすが、手慣れたものだな」

 

「カレーと言えば、キャンプ食の定番だからな」

 

 そんな風に晩飯の用意をしているうちに、すっかり日が暮れてしまった。早めに準備を始めて正解だったな。

 

「ほら、ブランケット羽織っとけばあったかいぜ。たき火もあるけどな」

 

「ああ、ありがとう……」

 

 ランタンで明かりも確保しているし、これで防寒対策も良いと思う。後は……。

 

「……お前はその、こういう時、すごく生き生きしているな」

 

「ん? そっか?」

 

「ああ、これだけの生活力があるのはすごいことだ」

 

「ま、脱ぐだけが能じゃないってことだな……ほら、カレーもできたぜ。見てくれは悪いけど、味は良いはずだ」

 

 俺は照れくささを隠すように、炊きあがったご飯に出来たてのカレーをかけて、のみきに手渡す。

 

「冷めないうちに、食ってくれな」

 

「……うん。うまいぞ。なかなかの腕前だな」

 

 のみきに続いて、俺もカレーを口に運ぶ。野菜の一部にちょっと芯が残ってる気がしないでもないが、まぁ上手くできた方だろう。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

 夕飯を終えた後は、体力の温存を考えて早めにテントで休むことにした。

 

「中はそれなりに広いな。これなら、二人でも余裕だな」

 

「そ、そうだな……しかし、これは真っピンクで落ち着かないな。まるで蒼のようだ」

 

 さっそく寝袋を持ってテントの中に入る。色合いは確かに落ち着かねーけど、明かりを消してしまえば気にならないはずだ。

 

「あ……すまない。ちょっと着替えるから、一旦外に出てもらえないか」

 

「わ、わかった」

 

 そんなことを考えていると、再び顔を赤くしたのみきからそう言われた。着替え……そうだよな。俺が居たらまずいよな。

 

 俺は急いでテントの入口に手をかける。

 

「あ、あれ……?」

 

 防寒対策にしっかりと閉めたチャックが、どうやっても開かない。どこか引っかかってんのかな。

 

「良一、どうした?」

 

「いや、なんでか入口のチャックが空かないんだ……どうなってんだ?」

 

「入口のところに、何か書いてないか?」

 

 のみきに言われて、テントの中に注意書きを見つけた。こんなもんあったのか。

 

「なになに……当テントは、入室時に安全のため自動ロックがかかります。出る時は、4ケタの暗証番号を押してください……?」

 

「暗証番号だと? 良一、心当たりはあるのか?」

 

「ちょっと待ってくれよ……0209……と」

 

『入力エラー。暗証番号が違います』

 

 電子音と共に、そんな音声メッセージが流れた。違ったか。

 

 じゃあ、0202……これも違う。のみきの誕生日でもないか。

 

「うーん、暗証番号か……」

 

「わからないのか?」

 

「……悪い、わからない。俺もこのテントは初めて使ったからな……どこかにメモでもありそうなんだが」

 

「し、仕方ないな……着替えるから、絶対こっちを向くんじゃないぞ? もし振り向いたら、テントの中だろうがおかまいなしにハイドロをお見舞いするからな」

 

「わ、わかってる。絶対に見ねーよ」

 

 俺は両手を頭の上にあげた状態で後ろを向く。背後で布がこすれる音がするけど、できるだけ気にしないようにした。

 

「……もういいぞ。今度は私が後ろを向いておくから、良一も着替えたらどうだ?」

 

「ああ、そうするよ」

 

 俺も自分のリュックから着替えを引っ張り出す。

 

「……のみき、頼むから、服を脱いでも撃たないでくれよ?」

 

「あ、当たり前だ。早く着替えろ」

 

 そういう割には、着替えても水鉄砲を肌身離さず持っているのみきを尻目に、俺はいそいそと着替えを始める。

 

「……なぁ良一、このテントはテレビがついているのか?」

 

 着替えていると、俺に背中を向けたまま、のみきがそう聞いてきた。言われてみれば、壁にテレビのようなモニターが付いていた気がする。

 

「時間もあるし、つけてみていいか?」

 

「ああ、どこかにボタンでもあるんじゃないか?」

 

「……ボタンはたくさんあるぞ。どれだ?」

 

 え、たくさんあるのか? どういうテントだ。

 

「適当に押してみたらいいんじゃないか? そのうちつくだろ」

 

「わかった。端から押してみることにする。ぽちっと」

 

「ぶわぁぁぁぁ!?」

 

 ……のみきがボタンを押した瞬間、俺の頭上から冷たいシャワーが降り注いだ。

 

「つ、つめてーーー!」

 

「りょ、良一、大丈夫か!?」

 

「あ、ああ……お前に撃たれた時のことを思えば、どうってことねぇよ……悪いけど、そこのリュックからタオルを取ってくれ」

 

 それにしても、なんでテントの中にシャワーなんてついてんだ。普通外だろ。

 

 俺は湧き上がってくる怒りを抑えながら、のみきに取ってもらったタオルで身体を拭く。

 

「身体は拭けばいいけど、着替えようと思ってた服がびしょ濡れだぜ……」

 

 外に出られないから、絞るわけにもいかないし。どうすっかなこれ。

 

「うーむ……こっちが電源なのか?」

 

 そんな俺のことなんてつゆ知らず、のみきはまた別のボタンを押していた。

 

「おおお!?」

 

 直後にどこからか温風が出て、濡れていた服が一瞬で乾いた。どうやら、乾燥機能のボタンらしい。これは助かったぜ。

 

「まだつかないな……このボタンか?」

 

 ……乾いた服を着こんでいると、のみきが別のボタンを押していた。

 

 直後、変な音楽が流れ始めた。妙に色っぽい声も混ざってるし、落ち着かねぇ。

 

「な、なんだこれは。と、止まれ止まれ!」

 

 その音楽に気づいたのみきは慌てて別のボタンを押す。

 

 すると、ようやくテレビがついた。

 

「おお、やっとテレビがついたぞ。これで、少しは落ち着けるな」

 

 のみきがそう言いながら、テレビの前に座る。着替えを終えた俺も同じように移動して、二人並んでテレビを見ることにした。

 

 

『……大丈夫さ。誰も見ていないさ』

 

『駄目よ』

 

『梟さんと狼さんしか見てないさ』

 

 ……積極的な男女がキャンプをしているドラマだった。

 

「……なんだこれ」

 

「他のチャンネルはなさそうだな。もう少し見てみるか?」

 

『……狼さんがいるの? 怖いわ。どこにいるの?』

 

『狼さんは僕さ!』

 

「「お前のことかよ!」」

 

 二人で同時にそう突っ込んだ後、のみきがおもむろにテレビを消す。その後の展開を想像して、耐えられなくなったんだろう。

 

 テレビを消した後、お互いに無意識に距離を取ってしまう。

 

「……へ、変な空気になったな。早い時間だが、そろそろ寝ることにするか」

 

 のみきは誤魔化すようにそう言って、さっさと寝袋に入ろうとする。

 

「……あのさ、のみき」

 

 そんなのみきを、俺はやんわりと制止する。

 

「ど、どうした?」

 

「その……先日の鉄塔での話、覚えてるよな」

 

「あ、ああ。もちろんだ」

 

「その返事……そろそろ聞かせてもらえないか」

 

「え。いやその……この状況でその話題を振るのか!?」

 

 俺の方を振り向いたのみきは当然驚いた様子で、寝袋を抱えたままテントの壁際まで後ずさっていった。

 

 少しの間、その寝袋に顔を埋めるようにしていたけど、やがてゆっくりと口を開く。

 

「その、な、何故私なんだ? 島には私なんかより、魅力的な子がいたはずだ。彼女たちを差し置いて、何故私を……?」

 

「り、理由なんてねーよ。ただ、気がついたら、その……お前のことが好きになってたんだ」

 

「……~~~~っ」

 

 のみきはこれ以上ないくらい真っ赤になっていた。たぶん、俺も同じだろうけど。

 

「そ、そうか……そうなのか……」

 

 再び寝袋に顔を伏せたままののみきが、段々と近づいてくる。

 

「なら、私は……ん?」

 

 のみきは何かを決意したように顔を上げて……驚愕の表情を見せる。

 

「お、おい。良一、落ち着いてくれ。近づいてくるんじゃない」

 

「へ?」

 

「さ、さっきのテレビの影響を受けたのか!? 物事には順序というものがあるんだぞ!?」

 

 ……俺は近づいてるつもりはないんだが。気がついたら、のみきが目の前に迫っていた。

 

「いや、俺もそんなつもりはないんだけどよ。どうなってんだこれ」

 

 いつの間にかテントがエアバッグのように膨らんで、中が狭くなっていた。

 

『密着モード起動中』

 

 困惑していると、そんな音声が流れた。密着モード? なんだそりゃ。

 

「お、おい良一、これはどういうことだ!?」

 

 のみきもようやく事態を把握したらしい。たぶんだが、さっき壁際に下がった時、背中で何かしらのボタンを押してしまったんだろう。

 

『完全密着まであと20秒』

 

「「完全密着!?」」

 

 そんな中、無機質な音声がそう告げる。完全密着とか、取り返しのつかないことになる! それこそ、順序ってものがあるってのに!

 

『完全密着まであと15秒』

 

「ど、どこかに停止ボタンがあるはずだ! のみき、探してくれ!」

 

「テントの内部がここまで変形しては、ボタンを探すのも一苦労だぞ!」

 

「いいから、目についたボタンは片っ端から押してくれ!」

 

「わかった! これか?」

 

 ……ムーディーな音楽が流れ始めた。

 

「のみき、違うぞ!」

 

「じゃ、じゃあこれか!?」

 

『狼さんしか見てないよ!』

 

「テレビがついたぞ! ハズレだ!」

 

「くそぉ……駄目だ、見つからない。きっと、ボタンはどこかに埋もれてしまったんだ。私たちはこのまま、完全密着される運命なんだ……!」

 

「諦めるなんて、お前らしくねーぞ! かくなる上は……のみき、ハイドロを貸せ!」

 

「あ、ああ!」

 

 こうなりゃ最終手段だ。俺はのみきが肌身離さず持っていた水鉄砲を借り受けると、そのまま渾身の力を込めてテントの壁を突く。

 

「おお、テントが破れたぞ!」

 

 圧縮モードでテント全体が膨らんでいたことも幸いしたのか、テントは簡単に破れて、人がやっと通れるくらいの穴が開いた。

 

「のみき、俺の手を掴め! ここから出るぞ!」

 

 俺はのみきの手をしっかりと掴むと、そのまま全力でピンクのテントから脱出したのだった。

 

 

 

 

 命からがらテントから脱出すると、ガタガタと動いていたテントは安全装置が働いたのか、機能停止した。助かったぜ……。

 

「ピンクのテント……恐ろしい相手だった……」

 

 のみきはそんなテントを見下ろして、ため息をついていた。

 

 俺は完全に動かなくなったピンクのテントから自分たちの寝袋を引っ張り出し、一度消したかまどの火を再びつけなおして、暖を取りながら朝を待ったのだった。

 

 

 

 

 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 

「朝、だな……」

 

「ああ、朝だ……この眩しさだけは忘れなかったぞ……」

 

 翌日。俺とのみきは寝不足もあり、朝日を見ながら惚けていた。

 

 ……それにしてもピンクのテントに翻弄されて、結局のみきからの返事、聞きそびれちまったな。

 

「……良一、どうした?」

 

 その時、隣で寝袋に入っていたのみきが不思議そうな顔で俺を見ていた。

 

「……いや、なんでもねーよ。よし、飯だ! 朝飯にするぞー!」

 

 その顔を見ていたら、俺は胸の内を見透かされたような気がして、急に恥ずかしくなった。

 

 ……またチャンスはあるだろうし、いつまでも考えていても仕方がねーよな。

 

 俺は寝袋から出て、大袈裟な動きをしながらかまどに向かい、昨夜のカレーを火にかける。

 

「……そうだ良一。昨日の返事なんだが」

 

「へっ?」

 

 不意に声をかけられて、俺はハニワ顔でのみきを見る。

 

「……その、付き合っても、いい、ぞ……」

 

 言ってから、のみきは急に恥ずかしくなったのか、寝袋に顔をうずめてしまった。

 

「……ほ、ほんとか?」

 

「あ、ああ。こんなことは初めてだから、私なりにずっと悩んで、出した答えだ。冗談でこんなことを言うものか」

 

 顔をうずめたまま、そうくぐもった声が聞こえてきた。

 

「そっかー。良かったぜー」

 

 ……できるだけ感情を押さえようとしたけど、無理だった。どうしても顔がにやけちまう。

 

「こ、恋人同士になったからと言って、変に浮かれるんじゃないぞ。今日もまだ、調査が残っているんだからな」

 

「わかってる。わかってるって」

 

 俺は嬉しさのあまり、上の空でカレーの入った鍋をかき混ぜていた。

 

「……ん? なんだか焦げ臭くないか?」

 

「し、しまった―――!」

 

 のみきに言われて気がついた。つい、悦に浸りすぎていたせいか、カレーが焦げていた。うう、大事な朝飯が……!

 

「おいおい……昨日の手際の良さはどうした? いくらなんでも、そこまで喜ばなくても……」

 

「いや、だってよ……最高の誕生日プレゼントになったわけだしな」

 

「……そうか。そういえば今日は良一の誕生日だったな。誕生日おめでとう。その……これからよろしくな」

 

 そう言って微笑む俺の彼女は、朝日に負けないくらいの笑顔だった。

 

 

 

 

良一誕生日SS・完




おはこんばんちわ。トミー@サマポケです。

2/9は良一の誕生日ということで、先日UPしたのみきの誕生日SSのアンサー編を兼ねた、良一の誕生日SSを書きました。
内容は先日ののみきSSと打って変わって、ピンクのテントをぶち込む等ギャグ要素多めでした。
一応最後はちゃんと〆たつもりでいますが、いかがだったでしょうか。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました!
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