ゴブリンスレイヤーとゴブリンの住む村   作:作倉延世

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前編

 ◇ プロローグ ◇

 

 まるで今の時間帯が昼であることを否定するかのように深い霧が覆う森の中を歩く2人の人間がいた。片方は血や泥で薄汚れた鉄兜と革鎧とそれに鎖帷子を身に纏い、やたら短い剣を腰にさし。それに構えても精々体の3分の1程しか守れないだろう小さい盾を装備した性別不明の人物……体の線だけで判断するのであれば、どちらかと言えば男性だろうか?と、それにやや遅れる形で付いて行くのは白い神官衣を身に纏い金色の髪をたなびかせ、その手に杖を持った少女であった。

 年齢は前者の人物に関しては判断できる要素がまったく見つからない為、何とも言えない。もしかしたら、やや成長が過剰な少年であるかもしれないし、あるいは元気なご老人の可能性だってあるのだ。後者の少女に関してはその顔立ちや体のラインに、何よりまだまだ成長の余地を残していると見える胸部を見る限り(思いっきりセクハラ案件だろう)14から15といったところである。

 

 連れ立って歩くその姿を逢引き中の恋人かあるいは、薬草採取の為に来た兄妹か、はたまた必要以上に口を開くことなく寡黙に進むカルガモの親子のいずれかに例えるとしたら、この少女は一体どれを希望するだろう?

 枯れ葉に枝を踏みつけ、それによって生じる軽快な破砕音を周囲に響きさせながら2人は歩き続ける。何にしても何かしら目的があるのは確かなようである。

 

 

 

 

 ◇ 1 ◇

 

 その日もその人物は、ゴブリンスレイヤーはゴブリン討伐の為に歩いていた。というか、この人物が外出する理由なんてそれがほとんどのようなものである。後は知り合いに頼まれた使い等であろうと思いながら女神官はその後を追いかけていた。

 

 

 その少女は神官という役職に付きながらも冒険者というものでもあった。別に兼業という訳ではなく、この世界ではそれで一つの職業として認められている。では何故彼女はそれになったかと言うと理由は簡単だ。それが彼女が俗世で生きる為の選択肢として選べるものであったのもあるが、元より孤児である少女にそれ以上の選択肢とは中々存在しないのである。

 そして彼女は様々な冒険をして今に至るのだ。

 「あの、ゴブリンスレイヤーさん?」

 「何だ?」

 その声が辛うじてこの人物の性別が女性ではないと示していた。しかし感情というものは込められていないようで、ただ声帯を動かしたという印象を受ける声音でもあった。それ自体に慣れている彼女は改めて周囲の確認をした上で彼に問いかける。

 「霧が濃い。ですね」

 「そうだな」

 「気にならないんですか?」

 この霧は何だか嫌な予感がする。それは先の冒険の数々で幾度も死に目を見てきた彼女の危機管理能力がなせる一種の勘であった。彼女自身は自分のことをそこまで力はないと自己評価を下しているが、彼女の経歴を聞けば、それが単なる謙遜であると誰もが判断するであろうことである。

 そして、その少女はどうしてもこの霧が気になって仕方がない。この仕事を受けた時にはそういった話は聞いていない話である。何とか原因を探るか、あるいは一度引き返すか、と臆病とも慎重とも言える思考で彼に話しかけるが、返って来るのはただの返事だった。

 「知らん、それに」

 「それに?」

 ここまでの付き合いから彼が次に何を口にするか分かりきっているのに、思わずそう返してしまう。

 「ゴブリンには関係ない」

 「そうですか」

 (ああ、もう)

 やっぱりというか彼が必要以上に言葉を口にしないため、初めてこのやり取りをしたものであれば、何の事かと疑問を投げかけることであろう。だが、女神官には理解できてしまうのだ。決して嬉しくない内容であるが。

 要はこの霧がどれだけ深かろうが、これから自分たちが討伐予定のゴブリンたちにとっては彼が言ったように関係のない事である。思えば、初めて会った時からそうであった。彼にとって興味があるのはゴブリンを狩る事だけだ。

 (いえいえ、違いますね)

 誰に釈明する訳でもなく、彼女はその思考を修正する。その考え方ではまるで彼が一種の虐待趣味の持ち主のように聞こえてしまうではないか。

 

 ゴブリン。

 

 その認識は数だけ多い雑魚であるというのが、一般的な考えだ。しかし、彼女はそうは思わない。これまで嫌という程その恐ろしさを経験してきたのだ。殺されかけた事もあれば、腕を食いちぎられたこともある。何より彼らの恐ろしい所は狡猾で、それでいて、恐ろしく執念深いのだ。彼から聞いた話であるが、子供のゴブリンを見逃したが為に殺された冒険者や滅んだ集落があるという。

 自分の親を殺した相手の顔をしっかり覚えているのだ。何とも恐ろしい執念である。

 それだけではない。彼らは群れを成すこともあるし、村を襲う時にもただ、闇雲に襲うのではなく、何度も何度も下見をおこなった上で襲撃を決行するのだ。それに関しては実際に自分も見ている。彼が現在住む村での話だ。

 

 では、ここまで厄介な彼らはどうするべきか?彼の答えは一つだ。

 

 『殺す』

 

 そしてそんな彼に言わせれば、ゴブリンを1秒でも放置するのは非常にまずいと言う話だ。時間を与えれば、それだけ彼らは人を襲うための武器を用意するし、その為の知識を蓄えることであろう。多少の障害で止まる訳にいかないのである。

 そして同時に思う。あの場に自分が居合わせて本当によかったと安堵する。

 

 

 それはいつも通りの時間にいつも利用している冒険者ギルドに行った時の話だ。扉をくぐった彼女は丁度依頼を受けて出る予定の彼と偶然とも、あるいは神から授かりし奇跡ともいうべきか出会うことができたのだ。現在、少女と彼とあと何人かいるのであるが、別に浸食を共にしている訳ではない為、必然と偶然あの酒場のような集会所に集まった時に一緒に依頼を受けるのであるが、その時のやり取りもまだその脳裏に残っている。

 「ゴブリンスレイヤーさん?依頼ですか?」

 「ああ」

 「ゴブリンですね?」

 「そうだ」

 彼はいつだって必要以上に言葉を口にしない。それにため息をつきながらも彼女は返した。

 「私も一緒に行きます」

 「好きにしろ」

 「はい、好きにします」

 彼はゴブリンだと聞けば、直ぐにでも行動を起こす。それは普段から彼がいつでもその準備が出来ているということであるが、いくら何でも性急すぎるとも思ってしまう。確かに彼はゴブリン狩りに特化した戦士だ。それでもいつだって上手くできる保証なんてない。

 

 (あの時や、あの時だって)

 彼自身、ゴブリン相手に殺されかけたことだってあるのだ。だからこそ、一緒に冒険できる者達がいるのだから、彼女たちを待ってから行くという選択肢だってあるはずだ。だというのに、「ゴブリン」と聞けば、この人は止まらない。まるでそうする事を宿命づけられているように。

 

 (…………)

 そう考えてしまった自分に嫌悪する。彼がそうなったのには相応の理由があるのだ。とても聞けることではないけど。恐らく彼が最も大切にしているある女性が時折見せる顔が彼の過去に何かあったのだと嫌でも気づかせる。そして思わずその事に微かな憤りを感じ、更に嫌悪感に駆られる。

 その感情が誰に向けて抱いたものであるか分かっているからだ。そして改めて前の彼を見て、ため息をつく、多少の思う所はある。が、それは先ほど抱いたものに比べればだいぶ軽いと言える。それもそうだろう。この人物に対する不満であるのだから。

 (本当に、ほっとけない人なんですから)

 だからこそ、せめて自分が何とかこの人が無事にまた大切な場所に戻れるよう尽力すると、両の手で握り拳を作り決心する女神官である。

 

 

 

 

 ◇ 2 ◇

 

 2人は森を歩き続ける。ゴブリンの目撃されたとされる場所を目指して、その途中、彼は何かを見つけたらしく女神官へと指し示す。以前に比べれば良い傾向である。以前の彼であれば、こういったやり取りも不要だときっとすることはなかったのだから。

 「これを見ろ、間違いないゴブリンだ」

 「これは、シャーマンでしたね……」

 「そうだ」

 それは彼女にとっては良いとも悪いとも言えない一つの品、ゴブリンが作ったであろうトーテム。それは初めて彼に助けられた時に見た品であるし、その意味合いも教えて貰っている。ゴブリンにも様々な種類がおり、その中に呪文を使うものもいるという。そしてこの品はそれが群れにいるという証である訳だ。

 

 思わず杖を握る手に力が入ってしまう。その時のことを思い出してしまったからだ。冒険者にとっての初依頼とはどういったものであろうか?後に英雄となる者であれば、本人はおろか周囲の人間もそれを大切なものとするだろう。いわば、物語の始まりであるからだ。一般的には雑魚と評されるモンスターを倒して花々しい冒険者デビューを果たした?あるいは、少々手強いモンスターを相手に逃げ帰ることになった?いずれも()()()帰還することさえできれば笑い話にいい思い出となることであろう。

 

 残念ながら彼女はそのどちらでもなかった。決して親しい人たちではなかった。しかし他人でもなかった。初めての彼女の冒険は凄惨なものであった。誘われる形で加わった4人パーティー。依頼はゴブリン退治、それは数ある話の一つになる予定であった。いや、そうなって欲しかったと今更ながらに後悔している部分が彼女の心のほとんどを占める。

 (あの時)

 もっと自分に正しい知識があれば、彼が死ぬことも、彼女が壊されることも、そして目前の人物に彼女を殺してもらうことも防げたかもしれないとふとした時に思ってしまうのだ。そして再び頭を振る。それは傲慢なことだと気付き思い直したから。

 それにだ、あの時しっかりした知識を持っていたとしてもきっと自分はそれを上手く活用することはできなかったであろう。そもそもあの時点では自分は駆けだしであり、全てが手探りの状態であったから。現に非常事態だというのに自分は何もできなかった。ただ、致命傷を負った人物を抱え、後に心を壊した彼女を置いて行く事しかできなかった。

 (…………)

 前方を歩く彼を見て感謝の気持ちが溢れる。その時、少なくとも良かったと言えることがあれば、彼との出会いだ。正確には助けてもらった訳だが。

 (もっと)

 次に湧いたのは不満であった。そう、彼にだっていいところは沢山あるのだ。先の件にしたって、彼はゴブリン討伐に特化した武器作りや様々な知識をその仕事に生かす訳であるけれど、決してそれだけの人物ではない。

 (助けてくれました)

 そう、その時だって単に彼のゴブリン討伐に偶然救われるという形ではなく、薬を貰ったりとそれらしい介抱を受けているのだ。だからこそ、彼の評価に不満が出る時だってある。周囲からは彼の立場は相応しいものではないという声もあるし、自分が彼に酷い目にあわされているという噂も一時期たったらしい。

 

 それらに怒りを感じるが、何より許せないのは彼自身がその事に関して余りにも気にしないことである。彼は気にならないのだろうが、気にする人だっているのだ。例えば、父親を悪く言われて気分が良いなんて言うものはいないだろう。

 自分は孤児である為、そう言った存在はいないが、では神官長の悪口を嬉々として言っている者がいれば、感情に任せて突っ掛かってしまうかもしれない。自分にとって親代わりであった人物だからだ。

 つまり、肉親位に大切に彼の事を思っている訳であると自覚してまたも頬が熱くなる。

 (~~!)

 

 「この先みたいだ、行くぞ」

 「あ、はい!」

 彼に声をかけられ、ようやく思考の世界から現実へと帰還した彼女は慌ててその後をついて行く。

 

 (?)

 その時、何か人影のようなものが見えた。それは、黒い服に黒い帽子とこの霧の中では特に目立つであろう格好をしているからこそ気づいたとも言える。

 その髪は赤く、髪型は三つ編みであり、丁度この依頼を受ける際に会った受付嬢と似たものであり、違いをあげるとすれば受付嬢はそれを片方に流しているのに対して、その人物はそれが二つあり、左右に垂らしているようである。

 身に付けている服に何より自分よりだいぶあるであろう胸の膨らみから、女性であるのは間違いないようである。

 加えてその顔を見る限り、前を歩いている彼とそんなに変わらない年齢であろう。その顔を見てみる。

 (!)

 思わず悲鳴を上げそうになるのを堪える事が出来たのは、彼女がそれまでに積んできた経験の賜物であろう。それでも何度か歯をぶつけて、硬質的な音を出してしまうくらいには体が震えていた。

 その瞳は鋭く光り殺意を撒いていた。獲物を狩る猟犬だと言えばいいだろうか?その対象が自分ではないとすぐに気づけたのも冷静でいられた要因の一つだ。その構え方は要は周囲に対する警戒であった。

 (……何でしょうか?)

 彼女が何を警戒してその姿勢であるのか、考えてすぐに思い当たる。

 (ゴブリン)

 見れば、彼女は自分が持っている杖と……とても似つかない物を背追う形で持っているではないか。それは先端から5つの方向に刃が伸びており、それを繋ぐようにある円状の飾りに更にそのあいた所、先の物より小さい別の刃がついている。その中心には聖印のような模様があり、その形状は総じてまるで黒い太陽のようだ。

 魔法を使うためと言うよりは直接殴る為の形のようであり、神聖さを表しながら同時にどこか禍々しい雰囲気を持つその武器?の存在がこの女性の正体を女神官へと教えてくれた。

 (冒険者の方?)

 自分たちと同じようにゴブリン討伐へと来たのであろうか?だとすれば、声をかけてみるべきだろう。自分たちよりずっと技量は上であろうが、それでもゴブリンが危険な存在であり、油断が出来ない相手であることに違いはないのだから。

 

 「あの、ゴブリンスレイヤーさん」

 そうと決まればすぐに行動に移さないといけない。目の前を歩く彼はほっとけば、あっという間に自分との距離を開いてしまうのだから。

 女神官の呼びかけに彼は軽く声を返す形で応じる。それで必要な事はすべてできていると言わんばかりに。

 「どうした?」

 それにも少し思う所はあるが、今はそれを気にしている暇はない。

 「あの、あれを」

 そう言って指を指して、女性が居た方向を指し示すが、彼は疑問の言葉を開くだけであった。

 「何もないが?」

 「あれ?」

 そこに先ほど見かけた女性の姿はなく、霧が立ち込めているだけであった。

 

 (気のせい……だったのでしょうか?)

 そんなはずがないと思わず首をふってしまう。確かに彼女はそこに居たし、感じた殺意であっても本物であったはずだ。ではどこに行ってしまったというのだろうか?

 

 (せめて)

 出来る事をしようと彼女はそこで手を握り、祈りを捧げる。

 (いと慈悲深き地母神様、どうかあの御方をお守りください)

 確かにその殺意は恐ろしいものであったが、それはきっと彼女の大切な誰かを護る為のものであろうと彼女はそれまでの経験で結論づけていた。ならば、自分がやる事はひとつ、彼女もその場所へと無事に帰れることを祈るだけである。

 (絶対に、生きて帰ってあげてください)

 ほとんど初対面、どころか知り合いですらないのにそこまで思えるのはきっと彼女の優しさだ。と、同時に彼女なりの人生観からくるのだろう。人は生きてこそなのだ。祈りを終えた彼女は前を見て、嬉しさがこみあげるのを感じていた。

 「済んだか?」

 「はい、お時間を取らせてしまってすみませんでした」

 「構わない。行くぞ」

 「はい!!」

 

 最後の返事をした際、彼女の顔は輝いていた。基本的にゴブリンの事しか頭にない――失礼かもしれないが、彼の場合、本当にそうなのではないかと思う時がたまにどころか、結構なのだ――彼が自分の事を気にかけていたことに対する喜びであったのか、それとも自分の行いの意味を理解してくれたことに対する感謝かはよく分からなかった。

 それでも構わないと、彼女は再び歩き出す彼を追いかける。

 

 深い霧の奥へと2人は進む。

 

 

 

 

 ◇ 3 ◇

 

 不思議であった。ゴブリンがいるであろう形跡は確かにあった。先ほど自分と彼が見かけたあの木製の作り物だ。だというのに、その存在を見つけることが中々できないでいたのだ。

 

 そしてそれと同時に彼女は心中で不安を更に募らせていた。具体的な事は言えない。それでも恐怖をかすかに感じるのだ。それは、かつて前を歩く彼に助けてもらった時と似たような空気のようでもあった。

 (……)

 何なのだろうか?この胸から溢れる奇妙な感覚は。視線を周りに向ければ、そこは森の中。木々が続く代わり映えしない景色が続く一方である。そう、ここは森の中だ。そこは変わらないはずだ。それなのにどこか怖い。

 (何でしょう?)

 一体自分が何に対して抱いている怖れかそれさえ分からないのが一番怖い。

 

 それでも歩いてやがて、周囲の景色が晴れた。樹木が乱雑に並べられた地帯を抜けたらしく、周りは平原らしかった。かった、と言うのはまだ霧が晴れておらず、どれだけ目を凝らしても精々20メートル先までしか見通すことが出来なかったからだ。

 (え?)

 そう、これはおかしい事である。自分たちはあの森に出たゴブリンを討伐しに来たはずである。それが見つからないまま森を出たと言うのはおかしい話である。戻るべきではないか?

 「あの、ゴブリンスレイヤーさん。ここは一度」

 

 やっぱり、今日は何か変だと彼女は彼へと訴える。それを受けてゴブリンスレイヤーも珍しく手を顎に当てる形で考え込むのであった。

 (……ゴブリンは)

 奴らがいる痕跡はあったし、ここまでの道のりではほかにも手がかりはあった。それでも見つけることはできなかった。洞窟に、洞穴、あるいは遺跡など奴らが好んで住処にしそうなものも一切なかった。

 (渡り)

 それは奴らの生態の一つだ。それも自分が警戒している物のである。ゴブリンとは基本的に群れで拠点なり巣穴なりに住んでいる訳であるが、何かにはそこからはみ出す個体もいる。いや、今回の件に限って言えば新たな可能性が浮上している。

 (渡りとは、基本的に1匹だ)

 しかし、ここまでの形跡を見る限り。今回の相手が群れであることはそれまでの経験から、まず間違いないだろうと彼は思考を巡らす。

 (奴らは間抜けじゃない)

 狡猾で残忍でそれでいて酷く浅ましい奴らだ。人から奪う事しかできない。しかし、その学習能力も侮れないものであり、群れ単位で渡りをするなんて事を思いついた可能背だって十分にある。

 そして、そこまでの行動力を有しているのであれば、その群れにいる個体にはあの種類がいるかもしれない。

 (ロード、チャンピオン)

 ゴブリンと一口に言っても、その種類は様々であり、人間が訓練をして騎士になるように、様々な冒険を繰り返して英雄と呼ばれるように、奴らにもそこまで己を高め上げた存在が生まれることがあるのだ。それも熾烈な生存競争に勝利してだ。といっても自分にとってはそんな事どうでもいい。

 だとすれば、迅速に事に対応する必要がある。

 

 彼は歩き出す。ひとまずはここを動かないことにはどうしようもないのだから。それは女神官も理解しているので、後をその後をついて行く。それでも胸中に巣くう不安は消える事はなかった。

 

 

 元来た道を戻る。という選択肢は安全を考えれば良策であるが、時間というのはあまり浪費できるものではない。よって、別の道。自分たちが出た森の外周部を回る形で2人は歩いている。それでも、ゴブリンは見つからない。別に生命そのものが存在しない訳ではない。虫の羽音に鳥のさえずりは聞こえるのだから。

 (でも……不気味です)

 例え、命が全くないと知っていてもそれでも不安になる。ふと、空を見れば、いつも通りで――霧があるので実際は分からないが、それでも雨が降っていないのは足裏につく土の量に地面の固さ、それと肌に触れるやや乾いた空気から明らかであるし、大粒の滴が降り注げば直ぐに気づくものである。

 

 だが、そこまでだ。霧は深くて空がどうなっているかはさっぱりであるし、そうやって分からない状況があるという事実が彼女の心を追い詰めていた。

 (あ)

 だからこそ、見つけたその人影に安堵するのは当然とも言えた。その人物は全体的に黒いという点を除けば、自分が着ている服とそんなに意匠は違わないように見える。顔には何故か包帯を巻きつけていて、表情は辛うじて見える目と口から判断するしかない。

 「おのれ、……ども」

 何やらその人物は何かつぶやいているようであり、次いで苛立ちがあるのか歯ぎしりをしながら右手を強く握りしめている。その単語は上手く聞き取れなかったが、それに対する何らかの怒りがあるのは明白であった。

 「ゴブリンスレイヤーさん、あの人」

 「ああ」

 今度は彼にも見えているらしい。それに再び安堵して彼女は続ける。

 「話を聞きに行きませんか?」

 「そうだな」

 相変わらず淡白な返事であったが、今は何とか人を見つけたことに対する喜び。実の所、森を歩いて40分程でしかなかった。それでもそれ程の感情が溢れるのは、それだけ彼女が自分自身でもよく分かっていない恐怖に怯えていたということでもある。その人物をひとまずは終わりの見えない依頼――まるで、今の霧に包まれた状況のよう――におけるひとまずの着地点の一つとしてその人物を目指す。

 

 

 「あの、宜しいでしょうか?」

 言葉をかけるのは彼女だ。別に彼でも良いのだが、あの性格だ。初対面の相手であれば、誤解を招く恐れがあるし、どういう訳か自分が声をかけた時の方が良い返事を貰えた事が過去に何度かあったのだ。その相手は老若男女問わずである。

 

 彼女自身は気付いていないけれど、それはやはり外見から来る要素が大きい。汚れた全身鎧の男と、華奢な少女。そのどちらかに声をかけてもらうのだとしたら、後者を選ぶ人間がほとんどであるだろうし、彼女の場合その年齢も大きく好材料として働く。

 年齢にして10代半ばというのは、人生において1、2を争う黄金期であるといっても過言ではないだろう。決して子供ではない。しかし、かといって成熟した大人とも呼び難い年ごろのそれも容姿が整った少女だ。

 これが幼子、7、8位であれば自分よりやや年上という響きに憧れを抱くだろう。

 青年期にある者、18から20くらいであれば、面倒を見たいと思うかもしれない。中には何とか手を出そうとするものもいるかもしれない。

 成人したものであれば、胸中に眠る父性、母性が刺激されるだろうし…………間違っても性欲が爆発するなんて人はいないだろう。そう願いたい。

 老人であれば、やはり祖父性、祖母性。甲斐甲斐しいジジババ精神が発現することであろう。

 それだけのものを持っている少女である。現に声をかけられた男にしても常識的でいて、それで彼なりに柔らかい対応をするのだから。

 「何かな?……あなた方は?」

 彼の名誉の為にも言っておこう。彼は別に少女趣味という訳ではなく、声をかけられたから自然に返しただけである。そして、その目も少女の未成熟な体を舐めるように見るものではなく、むしろ身に付けた服に対して向けられているようであり、それは後ろに控えている全身鎧の彼にもその視線がいく。

 

 (何でしょうか?この……)

 女神官はまたも違和感を感じていた。別に目前の男性が怪しいとか言いたいのではなく、どこか噛み合わないような感じ、上手く言葉にできないのがもどかしい。

 「私たちは冒険者で、ここにゴブリン討伐で来たのですが」

 「冒険者?ああ、だから武装しているのか。と、ランクは?」

 男は聞きなれない単語を口にしてきた。ランク?等級ではなくて?それでも彼女は答える。それが礼儀であるからだ。

 「私は黒曜等級、後ろの彼は銀等級です」

 「黒曜?銀等?」

 今度は男が何やら首を傾げる番であった。自分は何か変なことを言っただろうか?あるいは、これもいつもの事である。

 (……ゴブリンスレイヤーさん)

 彼はその等級でいることに疑問を投げかけられることもある。身に付けているものもあるが、ゴブリン討伐だけで昇格したというのが、気にいらないという者もいたはずである。それは、この世界でのゴブリンに対する認識そのものであり、彼女はそれがとても悲しい。

 

 「先ほど、お前は何を言っていたんだ?」

 突然会話に入ってくる彼に彼女は内心でため息をつく、彼はいつだって直球だ。この言い方では人によっては、いや、誰であれ失礼だと思われても仕方ない。だからこそ、目前の男性には感謝しなくてはならない。特に怒る訳でもなく返してくれたのだから。

 「先ほどですか?」

 「ああ、何か呟いていただろう」

 しかし、次に男性が発した発言に彼女は駄目だと分かっていながら、怒りたくなってしまう。

 「ああ、ゴブリンか?」

 (あ)

 「ゴブリンか?」

 あくまで静かであり、普段の彼と変わらないようであるが彼女には分かる。彼の中に生まれた熱が、それが膨れていることを。

 「ああ、そうだが」

 「場所は?数は?ホブやシャーマンの存在は確認しているのか?」

 「いや、待て。お前は何を言っている?」

 (そうですよね、そうなりますよね)

 いきなりの彼の変わりように男は戸惑っているようであった。それも当然と言えよう。付き合いの長い自分ですら、未だに驚いたり、戸惑ったりすることがあるのだから。

 「いや、この先の村の話でな」

 それは、男がうっかり漏らしたように彼女には聞こえた。何だか説明をしようとしているらしい。けれど、それは彼には関係ない話であるし、自分だって心穏やかにいられない。それは彼も同様の様で直ぐにその場を走り出していた。

 

 「ゴブリンスレイヤーさん!!」

 「はあ?」

 男はどうして鎧の人物が走り出したのか理由は全然分からなかった。というか、この少女はあの男性を何と呼んだ?

 (ゴブリンスレイヤー、小鬼を狩る者か)

 それが、男性の名前かあるいはそういうものなのか彼には判断がつかなかった。

 

 

 ゴブリンスレイヤーは走る。奴らが人の村に手を出したというのであれば、直ちに殺すべきだ。情報が手に入っていないのが痛い。それでもやる事に変わりはない。

 (ゴブリンは、殺す)

 先の男に聞いた通り、しばらく走ったところに村はあった。それは木製の城壁とも言うべき壁に囲まれているようであり、彼は直ぐに行動に移る。といってもすぐに仕掛ける訳ではない。その壁を観察する。それは、彼の経験でも初めて見るものであった。もしも、この村がゴブリン達に占拠、いやあるいは奴らの作ったものであるというのであれば、それは非常に危険な状態だ。見る限りでもその壁は広くこの中に奴らがいるのであれば、その数は計り知れないし、それだけではない。

 (奴らはどこからこれを盗んだ?)

 これだけのものを作りあげる発想を、その技術を、一体誰から奪ったというのか?それともあるいは、また以前みたいに誰かが意図的にこれを教えたというのであろうか?何にしてもこれ以上放置するのは危険である。これだけの準備を進めた奴らが次にどこを襲うのかは簡単に想像がつく。

 

 「武装を解除してもらいましょうかね?」

 「!」

 突然聞こえた声は、その壁の前から聞こえたようである。いや、いるのだ。自分にとってそれは唯殺す存在、一匹たりとも残してはいけない存在だ。それでも一瞬彼は疑問を抱くが、それも殺意によってかき消される。

 (言葉を話すゴブリン?)

 別に珍しいことではない。現に過去に戦った個体にも片言でありながら、人間の言語を使う奴がいたのだ。しかし、それが子供騙しだったのではないかと思うくらいにその言葉は聞き取れたのだ。だが、関係ない。今はそれを考える必要はない。彼は駆けだす。状況は最悪である。そして自分はそこまで強い存在ではない。下準備もなしでどこまで出来るか分からないが、いつも通りにやるだけである。

 (!)

 3歩踏み込んだ所で彼は上体を前に重心をすべてかける。必然前へと倒れ、彼は右腕を地面に叩きつける形でそのまま前転した。その上をどこからか放たれたであろう矢が通過する。もしも彼が走り続けていれば、間違いなく貫いていたであろう。

 

 (おい、マジかよ)

 それを放った1匹のゴブリンの感想だ。今、この村に訪れた謎の鎧の人物を包囲する形で自分たちは布陣している。最初の勧告、自分たちのまとめ役であるジュゲムというの名のゴブリンが行ったものにおとなしく従ってくれるのであれば自分だってこんな事をしないで済んだ。しかし、男は次の瞬間には彼に向かって走り出していたのだ。ならば、自分の仕事をしなくてはならない。

 それを、あの男は躱してみせた。自分たちの存在は知られていなかったはずだ。どころか、彼には目の前のジュゲムしか視界になかったはずである。それなのに、それだけの強者という事か?

 (何者だ)

 この村には、ある複雑な事情がある。自分たちは話でしか聞いた事がないが、この村はかつて別の国の手によって滅ぼされそうであったところをある人物が救ったという。そしてその復興支援をする為に、ある姉妹の後見人になったという話だ。

 (お嬢、嬢ちゃん)

 その2人は自分達にとっても大切な方々である。そして、姉妹の養父となった人物には敵が多いのだという。そうした者たちがこの村に攻撃、あるいは何らかの目的で接触を図ろうと来たことは過去に何度もある。

 (だがよ、おかしかねえか?)

 気になる事がある。その姉妹には、自分たちよりもずっと強い人物が常についている。それは例の人物に仕えている者たちの1人だという赤毛の女性のことだ。

 (ルプスレギナの姐さんが出し抜かれた?)

 にわかには信じがたいことだ。何らかの襲撃者あるいは、姉妹に手を出そうとする者たちがいれば、自分たちだって、その場に飛んでいく。しかし、いつも彼女が先に来て相手を始末しているのだ。酷く歪んで人としての原型が残っていない死体を前に、自分たちへと振り返る。返り血を浴びた顔で、あくまで優雅に笑って言うのだ。

 

 『あら?揃ってランニングかしら。だとしたら感心ね』

 

 これでは、自分たちの存在は必要ないのでは?と、腐る事はそもそも自分たちの気質から有り得なかった。何より姐さんも言っていたではないかと彼はその言葉を思い出す。

 

 『私もね、完璧な存在ではないの。もしも、私が知らない所でこういった輩が現れたのであれば。あなた達、お嬢様達をお願いね』

 (勿論でさ!)

 彼は、自分の記憶に返事をして、再び鎧の人物を確認する。見れば、最初にジュゲムを殺すつもりのようで彼に向かって、突進を仕掛けていた。

 (目的は分からねえ)

 それでも、自分たちの大切な者達を護る為、再び身を潜めるゴブリンの弓兵であった。

 

 

 (囲まれていたか)

 ゴブリンスレイヤーは冷静に状況を分析していた。この辺りは草が高く、その気になれば奴らが潜む事も可能であるのだ。その事に今更ながら理解して自らの不甲斐なさを自覚した。まさか気付かないとは、だが次の瞬間にはその思考を放棄した。

 彼は過ぎたことを悔やまない。その暇があれば、1匹でも多くこいつらを殺す。それだけだ。腰にある剣を抜きさり、彼は先ほど自分に声をかけた最初のゴブリンめがけて投擲する。狙いは左目だ。

 (まずは一つ)

それを相手は先ほど自分がしたように上体を後ろに倒して躱した。

 (…………)

 正直驚いている。いつも自分が相手をするゴブリンであれば、今の攻撃で命をとれていたはずだ。

 (やはりこいつら)

 いつも、自分が相手をしているゴブリンとは何か違うようである。それでも、彼の行動を止める理由にはならない。そのまま相手へと突っ込み、右拳をその顔めがけて振るう。

 

 (あぶねえ!)

 ゴブリンスレイヤーに攻撃を受けたゴブリンことジュゲム、彼もまた鎧の男について考えていた。いきなり剣を投げてくるとは思わなかった。それは戦士としては失格だ。だというのに、この男はそれを気にせずに殴りに来るではないか、一体なんだと言うのだ。

 (以前来た連中)

 この村に以前来たことがある、あの少女の友人であるという薬師の少年が率いていた者達だ。その中には冒険者のチームが2組いた。少なくともあの常識外れな力を感じた3人組には、目前の人物は遠く及ばないと断言できる。だが、もう一方の4人組と比べるとしたら、それは中々に難しいものであった。

 (と、いけねえ!)

 今、考えるのはそんなことではないはずだ。この人物を無力して、情報を吐かせないといけない。こいつは単なる偵察で、この後に数十規模の軍隊が控えている可能性も考えなくてはならない。

 (お嬢達は……ゴコウ達に任せるしかねえか)

 自分たちは全員で19人いる訳であるが、その内、今自分が戦っている相手を包囲しているのは8人だ。そのどこまでにこいつが気づいているかは分からない。それでも自分がやる事は変わらないのである。ジュゲムは迫る拳に自分の頭をぶつける。ストレートに対して、頭突きで対抗すると言えば良いだろうか?

 (!!!)

 (へ、驚いたかよ!)

 下手に避けようとして顔面に貰う位であれば、そうした方が良いと判断したのだ。当然、彼の脳は揺れる。が、何も痛い思いをするのは自分だけではないのだから。彼の目は相手の右腕が震えているのを確認した。対して、こちらは既に両手剣を構えている。頭に衝撃を受けた為に揺れる視界。それでもこの至近距離であれば、間違いなく相手に致命傷を与える事が出来ると確信したジュゲムの顔面に強烈な衝撃が走る。

 (何!)

 直ぐにその痛みの正体に気付いた。そして、恐ろしくなる。

 (何だこいつは!)

 後ろに吹き飛ばされる彼が見たのは、盾を籠手の様に構えた鎧の男であった。

 

 ゴブリンスレイヤーにとって、そのゴブリンが見せた動きは確かにこれまでの自分が見たものではない。むしろ、新鮮なものであった。

 (???)

 自分は何を考えている?こいつらは、汚らわしい存在。

 (ゴブリンだ)

 多少、腕に覚えがあるのもいつもの事だ。彼は自らの拳を相手のゴブリンが頭突きで応酬してきたのだ。だが、別に焦る事ではない。彼は痛む右腕のことなど気にかけることもなく、反対の腕を振るう。装備した盾を起用に構え直してだ。

 結果、ゴブリンを吹き飛ばす事に成功する。彼はそのまま走り、相手にとどめを刺そうとする。武器もないのにどうやって?いや、あるではないか、相手の手の中。彼は、それを奪うためにも再び足を踏み出そうとするが、それより先に動いた者たちがいた。槍を構えたゴブリンが2人、彼に向かって挟む形で迫る。

 

 (ジュゲム!)

 (これならどうよ!鎧野郎!)

 

 しかし、彼は何処までも冷静であった。彼は自分から見て右側のゴブリンへと向くと、今度は盾を投げる。次には金属同士がぶつかったと分かる独特の音が響く。それにより迫る2本の内片方の槍を防ぐことはできるが、もう片方の槍が己へと到達するのは同時であった。

 周囲に刃物が肉を絶つ、神経繊維が千切れる音もした。

 (こいつ!)

 そう、確かにゴブリンが放った槍は彼の脇腹を捉えた。だと言うのに、その目はまるでこれまでの戦いで滝のように血を浴びたと言わんばかりの赤い瞳が自分を睨みつけているのだ。

 (人間か?)

 何より自分が恐怖を感じたのはその瞳が映す炎の色合いだ。感情に任せたもの。激しい憎悪の類であれば、まだ自分は納得できたかもしれない。しかし、この男が宿しているのは、暗い炎とでも言うべきかここまでの戦いを見れば、男がこれまで修羅場をくぐり抜けて来たのは明白であり、自分もそこは認めよう。

 (だったらよ)

 だからこそ納得がいかない。ここまでの戦いができる奴がどうしてこんな目ができる?自分だって一介の戦士だ。故に疑問を感じる訳であるし、歯がゆい思いをしてしまう。まるで、そう動くことを予め決められたように彼は自分の腹部――やや、左側に刺さった槍に振り上げた右腕をぶつける。その意図は直ぐに実感する形で分かる。

 (!!!)

 手にその反動が伝わり、一瞬であるが構えにズレが生じる。そして、この男はその隙を逃さない。まるで、駒みたいに左へと半回転する。自分は右利きであり、よって槍は体の右側にある。つまり、男の行動により体の外側に槍を引っ張られる訳である。最初にうけた振動により、槍を握る手に少々の空白があったのが良くなかったらしい。自分の手を離れる槍、しかもそれで男の行動は終わる訳ではないらしい。

 

 ゴブリンスレイヤーは全体的に左に傾いた体、相手は自分の行動により自分からみて左によろけている様子だ。彼は、そのまま体を回して右肩を使い相手へと体当たりをぶちかます。体勢が崩れている相手に自身の体重をかけたその攻撃は効果があったらしく。後方へと仰向けに倒れこむゴブリン。

 次に彼は、刺さった槍を力任せに引き抜いて見せる。その傷跡から文字通り滝のように血が流れるが彼は痛みを感じていないようであった。いや、現に肉体は悲鳴を上げているが、理性、あるいは彼の本能がそれに身を任せる事を拒絶しているようであった。

 そのまま武器を奪った彼は、ひとまずは狙いを最後にぶつかったゴブリンに定めると、躊躇なくその槍を突き出す。倒れたゴブリンを狙った槍は済んでの所で別のゴブリンが防いだ。

 「大丈夫か!」

 (?)

 その光景に彼は何とも言えない違和感を感じる。奴らには仲間意識というものは、ほとんどないはずである。それが、今見えた光景は何だ?

 (庇った?)

 そう、今自分が投擲する隙をつけば攻撃はできたはずであるのに、それよりも目の前の奴を護る事を選んだのだ。自分はいつも通り、ゴブリンを殺すだけ。だと言うのに、何故か気味が悪いと思ってしまう。そんな彼の耳に新たな声が届く。それは、幼い子供のものであった。それも、人間の。

 

 「ジュゲムさ~ん!」

 (嬢ちゃん!どうして!)

 焦りを感じたのはジュゲムだ。現れたのは、赤い髪をお下げにした少女であった。それは自分たちが仕えている姉妹の妹の方であった。

 (ゴコウ共、あいつら)

 もしも、この件が済めば少し話をしなくてはならない。といっても彼らの話と言うのは殴ったり蹴ったりが当たり前の文字通り肉体言語の応酬である訳であるけど。少女の顔は今にも泣きそうで、どうしてここに来たのかすぐにその理由に思い当たる。

 (たく、情けねえ)

 護るべき対象に心配されて、何が親衛隊なものかと恥ずかしくなってくる。何にしてもあの子をここに近づける訳にいかない。何とか、算段を立てようとしたところ、それよりも早く奴が動いた。

 

 

 彼にとっても人間の子供がいるという事実は驚きであったが、直ぐに行動に出ていた。見た所、その子供は特に目立つ外傷はないようである。が、そうなれば今ここで何とかこの場から連れ出さないといけない。

 (孕み袋か)

 奴らは基本的に雄しか存在しない。では、どうやって繁殖するかと言うと人間であったり妖精(エルフ)の女性を攫い、犯して子供を産ませるのだ。それもほぼ強姦、それさえ生温いと言えるような愚劣な行いをした上でだ。おそらくあの子供もいつかはそうなってしまう。

 その子供の目は泣きそうであった。きっと、命からがら逃げてきたという事か?それは、自分の経験則で言えば、不自然である。が、世の中は広い。そういう事もあるものかと彼は結論づけて、行動に移る。

 

 (野郎!)

 ジュゲムもまた焦っていた。やはり、この男の狙いは姉妹であったのだ。だとすれば、何としてもそれは止めないといけない。彼もまた走り出していた。

 

 (え?)

 その子供は自分に向かってくる人物が何だか怖かった。理由が分からないのもあるが、その人物の目が何より怖い。先刻、ここに来ることを言うと珍しく姉に大好きなあの人も怒った声を自分に言ってきた。それは心配してのことだっていうのは分かる。それでも、彼らの元へと行きたかったのだ。

 (もう)

 嫌なのだ。大切な誰かが、大好きな人たちがいなくなるのは。

 その子供は覚悟を決めたように、それはその年ごろの子がするのは普通に考えればおかしい事と言える。が、ということは、この子は普通ではない。それも大変な経験をこの年でしているのだ。出来る事はない。あの人に習っている事もまだ全然使える領域に達していないのだから。それでも決して弱音を吐くもんかとその子供は自分に迫る鎧の人物を見据える。

 

 (?)

 彼は、子供がどうして自分に向けてそんな視線を向けて来るのかと疑問に覚えながらも走り続けていた。一刻も早くその女の子を助けなくてはならない。だが、次の瞬間には脇腹に衝撃を感じていた。

 (こいつ)

 最初に殴った個体であった。そのまま一人と一匹は地面に転がる。それでも行動が早かったのは1人の方だ。すぐさま起きあがると、再び走り出す。それよりも早く、子供の元へとゴブリン2匹が迫る。

 (この場で殺すつもりか?)

 何にしても彼がやる事に変わりはない。必要があれば、ゴブリンを殺す必要もあると彼は判断していた、その為にも腰につけたポーチに手を伸ばす。そんな彼の動きを止めたのは、先ほどタックルをしてきたゴブリンの声と奴らの行動であった。

 「てめえら!嬢ちゃんを絶対守りやがれ!」

 「おう!」

 「当然だ!」

 (…………)

 彼が止まったのは、そのゴブリン達の行動が原因であった。奴らは子供を殺すどころか、自分たちの体で隠すように立つと自分へ視線を向けて来る。それは何が何でも後ろの子供を護ると言わんばかりに燃えている。

 (人を、子供を護るゴブリン?)

 一瞬の躊躇い、それは彼らしくないが無理もない。いわば未知の光景に直面したのだから。小鬼がする行動ではないと、しかし次には再び行動に移ろうとする彼の耳に良く知った声が響いた。

 

 「ゴブリンスレイヤーさん!ちょっと待ってください!」

 「な、何が起きているんだ?」

 女神官に先ほど会った包帯を顔にまいた男であった。そして、次に彼は戦慄を覚えた。これまた珍しい事であるけれど、ゴブリンなんて比較にならない程の殺意を向けられた訳であるし、首元にそえられた刃物が身動きするなと言っているようであった。

 「お兄さんさ~少し大人しくしててくれない?」

 青地に所々黄色いで模様が描かれている。その瞳は赤く、そして表情は笑っている。そんな仮面を顔に付けてるローブを纏った人物であった。その声から性別は女性であるようだ。

 彼女はゴブリンスレイヤーを動きを牽制すると、そのまま「赤ちゃんはどこから来るの?」と聞く子供が出す無邪気そうな声で問いかける。

 「この村に来た目的は何なのかな~?もしも、あの子に手を出すつもりだってんならさ~…………殺すよ?」

 それは、決して友好的なものではなく、むしろ降伏を促しているようにもあるいは答えないという選択肢は存在しないという尋問のようでもあった。

 

 「ヤルダバオトさん!ネム!」

 その場に新たな人物が現れた。それは、やや黄色い髪を三つ編みにして片方に流して――丁度、日頃よくお世話になるギルドの受付嬢と似た髪型だ――少女であった。彼女も何か慌てている様子で、ここまで走って来たらしい。

 その姿を見たお下げの子供は安心したのか泣きはじめ、親鳥を見つけた雛鳥のように声をあげる。

 「お姉ちゃん!」

 

 (どうなっている?)

 ゴブリンスレイヤーは困惑していた。外傷が無い女性が2人も出てきたのだ。それでは、この外壁の中はどうなっているというのか?奴らに占拠されたのではないのか?

 (だが)

 疑問は解消されない。それでも今は大人しくするべきであると、彼らしからぬ判断に至る。何かがおかしいのだ。それを何とか調べなくてはならないと考えるのであった。

 

 

 

 

 ◇ 4 ◇

 

 「あの、申し訳ございませんでした」

 「いえ、こちらこそ」

 互いに頭を下げ合う女神官に最後にこの場に来た少女、その足元には先ほどの子供が抱き着いて離れない様子であった。それは少女の動きを阻害するものであるが、少女自身は苦笑していてそれを辞めるよう言うつもりはないようであった。それを見た彼もようやくその答えに辿り着く。

 (姉妹だったか)

 

 「本当にすみませんでした。私はエンリ・エモット、この村はカルネと言います」

 少女が説明をしてくれる。この村ではゴブリンと人間、それに何体化のゴーレムが共に暮らしているという。

 「それは、本当なのか?」

 「ゴブリンスレイヤーさん!」

 彼女も珍しく声を荒げる。が、少女は気にした様子はなく答える。

 「本当です」

 「そうなのか」

 それは、彼にとっても信じられない事であるが、彼女が嘘をつくメリットがないし、何より先ほどまで戦っていたゴブリン達は彼女の指示で武器を下げたのだ。ならば、納得は出来ないまでも理解するべきである。それに彼も戦闘をやめた理由は、正に今現在泣いている彼女の妹らしき子供の存在もあっての事だ。

 (……)

 泣いている理由が自分にもあるというのは、何だか居心地が悪いものである。少女はそんな妹の頭に手を置くと優しく語りかける。

 「ほら、ネム。いい加減泣き止みなさい」

 「ぐす、だって、お姉ちゃん~」

 「もう、だから行かないように言ったのに」

 「エンリちゃん~その辺にしてあげなよ、悪いのはニグンちゃんの馬鹿なんだからさ~」

 仮面の女性の言葉に泣いている子供を除いた全員の視線がある所へと向けられた。そこでは、先ほどゴブリンスレイヤー達にこの村のことを教えてくれた人物が固まっていた。正座をする形で両足を地面につけて、頭を深く下げ、体の内側に向けた両手も綺麗に並べてある。

 いわゆる土下座というものであるが、それはこの場に居る者達全員が知らない文化の産物である。だとしたら、この男はそれをどこから知ったのかという疑問もあるが、彼自身もよく分かっていないようなのだ。それでも、それが謝罪を示しているという位は理解できた。

 

 「お許しを!光の天使たるネム様!」

 

 その言葉に内心苦笑しながら女神官はこれまでのいきさつを振り返る。あれから目の前で全身全霊で謝罪をしている人物。

 (ニグンさんって言いましたね)

 何でも彼は、元は別に国にて自分と同じように神に仕える立場であったが、ある事を切っ掛けにこの村に移住。新たな宗教団体を纏めているという話であった。

 (新しい……教会とかなのでしょうか?)

 その辺りの細かい所までは聞いていない。さて、そのニグンと話をした訳であるが、やはりどこか噛み合わなかったのだ。自分と彼では認識に差異があったらしい。特に驚きだったのが、奇跡の存在を彼が知らなかったこと、いや彼に言わせればこの世界にはそもそもそんなものは存在しないというではないか。おまけに自分が知らない奇跡に近い存在。

 (位階魔法)

 それは、使用者本人の魔力があり続ける限り行使が可能だという。信じられないが、事実らしい。そして彼の言葉を証明するかのように、他の人々も奇跡のことを知らなかった。そして、彼にとっても自分にとっても嘘のような光景。

 (ゴブリンと人が共に暮らしている)

 これまで自分たちが戦ってきたそれは、本当に悍ましく汚らわしい存在であった。殺し、壊し、そして奪う。そんな奴らである。それが、今周りにいる者たち、先ほどまで彼と戦っていた者たちはそういった根本的な部分が違うようであった。

 (何でしょう?)

 上手く言葉にできない気持ち悪さとでも良いだろうか?それでも、こちらにはこちらの事情があるようなのであまり首を突っ込むのもいかがなものかと判断に迷うのであった。何にしてもいきなり攻撃を仕掛けたんは、こちらなので、頭を下げるべきはこちらである。

 (……)

 ゴブリンスレイヤーと言えば、先ほどから腕を組んだ状態で何か考えているようである。腹部の傷は初めて気づいた時には心が痛んだが、自分が使える奇跡の1つ小癒(ヒール)で何とか出来た為、問題はなかった。

 それよりも気になるのは、奇跡が使用できる事だ。これは地母神から授かったものである。で、あるならば、ここは自分たちのよく知る世界のはずである。そのはずなのだが、不安が増すばかりであった。

 

 (冒険者?でも、何だか雰囲気が)

 どこか違うと、エンリと名乗った少女も考えていた。どうにも彼らには特殊な事情があるようである。それに、ジュゲムが声をかけて、問答無用で襲い掛かって来たのは全身鎧を纏ったその人物が初めてであるのだ。

 しかし話を聞いてみれば、どうにもその人物は村を襲うつもりはなく、むしろ救う為に戦っていたと神官らしい少女が語ってくれたのだ。何でも彼女たちは自分たちがジュゲム達に支配されていると思っていたらしいのだ。

 (やっぱりおかしいよね)

 この世界のゴブリンと言えば、基本的にオーガにトロールと言ったより強いモンスターについていることがあると言うのに。それはつまりその種族単体で人間を、それも村をどうこうするなどないはずである。

 (それに)

 自分たちの村は少々特殊であったが、基本的に村には元、鉄級や銀級、所によれば現役の冒険者がいるのだ。それも自分たちがゴブリンという種族に遅れをとることはそうないと彼女に訴える。

 (……冒険者)

 その言葉自体は確かに通ずるものであった。しかし、通じない部分もあった。

 (黒曜等級?銀等級?)

 そんな言い方はしないはずであるし、自分も知らない。例えば、銀等級とは銀級の言い方を少し間違ったものではないかと無理やり考えても見る。

 (無理無理)

 出来る訳がない。ジュゲム達の実力は自分が分かっているではないか、もしも銀級であれば彼らは容易く制圧できていたはずであるから、だが実際は互角。いや、もしも戦闘が続いていれば何人か確実に殺されていたというのが彼の意見だ。そうならなかったのは、相手が1人であったことと彼らが自分たちの安全をある程度確保した戦い方をしていたからだという。それでも、悔しそうに言っていた。

 『俺らが全力でかかったとしても間違いなく犠牲者を出す。そんな相手でした』

 現在彼らには、村の中に戻ってもらっている。これは神官である少女からの助言もあってだ。その鎧の人物とゴブリン達を近距離で置いておけばすぐにでも争いを再開しそうであったのは、戦闘に詳しくない自分が見ても明らかであったのだ。

 その際、彼らは少し渋った。自分たちの身を心配してのことである事は分かっている。それでも、彼らが最終的に自分の言葉に従ってくれたのは彼女の存在があるからであろう。少女はその人物にも意見を求める。

 「ヤルダバオトさんはどう思いますか?」

 「そうだね~」

 そう呼ばれた女性、正確にはその名前は自分の本当の名ではないが、もう気にする事でもない。彼女もまた彼らについて考える。

 (鎧の彼、そうだな~)

 自分の見立てでは、ミスリル級といった所だろうか、自分が剣を向けた際に彼が大人しくなった理由はまた別であるが、それだけの実力があるのは何となく分かる。しかし、彼女もまた己のそれまでの経験から推測する。どこかおかしいような気がするのだ。

 (何だろうね~この感じ)

 世の中、それなりの仕事をこなすもの達。今回に限っては戦士には2つの種類がある。1つは野性的なタイプ、もう1つは冷静に分析をするタイプであり、自分は思いっきり前者であると自覚しているのだ。

 以前共に行動していた彼であれば、もう少し分かるかもしれないけど、生憎今は牢屋の中だ。

 

 「あ、すみません。お名前を伺っても宜しいでしょうか?」

 思い出したようにそう聞いたのはエンリであった。彼らは何故か互いに役職で呼び合っているようであるし、といっても少女が男に一方的に話しかけているという印象であるが、気になるのは彼の呼び名。

 (ゴブリンスレイヤー?)

 何かの異名なのだろうか、しかしその呼び名はあまり歓迎はされないだろう。特にこの村であればだ。

 (ジュゲムさん達に)

 彼らの事情次第ではあるが、出来る事なら力になりたいと思っている。その際に村に入ってもらう必要が出てくれば、彼らにもしっかりと言い聞かせないといけない。

 

 そして、少女に名前を問われた女神官もここで改めて気づく。

 (そういえば、私)

 自分は彼の名前を知らない。もっと言えば、自分の名だって名乗ったことがなかった。それで今までやってこれたのであるからと言ってしまえば、それまでであるが、それと今の状況はまた別だ。

 「それは、失礼しました。私は…………と言います。ゴブリンスレイヤーさんも」

 彼も自分と同じくその事に気付いたようで、少女へと名乗る。

 「ああ、俺は…………と言う」

 (そんな名前だったんですね)

 その事に少し嬉しくなりながらも彼女は改めて目前の少女へと事情を話す。

 

 (ゴブリン退治)

 その途上でここに迷いこんだと言う。彼女は考える。時刻は既に夕方近くらしいし、そういうのは自分がそれに気づいたのもついさっきであったからだ。ここ最近、霧が酷いのだ。そして、それを調べると村を出た彼女も戻って来ていない。

 (大丈夫)

 彼女もまたとんでもない力の持ち主だ。きっと無事でいると信じて、彼女たちに提案する。

 「あの、宜しければ、こちらに泊ってはいきませんか?もうすぐ暗くなりますし」

 「でも、良いのでしょうか?」

 「こちらの事であればご心配なく、助け合ってこそですから」

 

 (ああ)

 女神官には少女の優しさがありがたかった。彼女の言う通り、今日はもう遅い。かといって、野営をするにはこの辺りは遮蔽物が多くあまり適していない。できるならその申し出を受けたいが、彼次第ではある。彼女は懇願の眼差しを彼へと向ける。

 「そうだな」

 簡素な返答であった。それでも彼も了承してくれたらしい。

 「はい、ではお言葉に甘えさせて頂きます。ありがとうございます。エンリさん」

 「いえ、ではこちらへどうぞ。ほら、ネムもいい加減離れなさい」

 少女は未だ自分の足に抱き着いている妹にそう言う。そこで、ネムはようやく顔を離すとこれまた未だに土下座を続けている男へと言い放つ。それは子供らしい八つ当たりの言葉であった。

 「ニグンさんの……馬鹿あああ!」

 「のおおおおお!」

 途端、男は自身の両手を頬に押し当て、口を開き絶叫した。「ムンクの叫び」と呼ばれる作品はご存知だろうか?今の男は正にそんな感じであった。

 「こら!ネム!」

 それだけ言うと、ネムは村の方へと走って行ってしまう。姉に怒られるのは嫌らしい。そして彼もそれを見ていた。

 (……姉か)

 ゴブリンスレイヤーにも思う所があるのか、しばし走って行く少女の様子を見ていた。そんな彼の耳にエンリの謝罪交じりの言葉が届く。

 「すみません、妹が」

 見苦しい所を見せたと思っているようである。真っ先に返ってくる言葉は対照的に呑気なものであった。

 「別に良いんじゃない?事実だし~」

 「ヤルダバオトさん」

 「はいは~い」

 仮面の女性はそこまで深刻に考えてはいなさそうである。

 「では、改めてご案内いたします」

 「はい、よろしくお願いします。ゴブリンスレイヤーさん」

 「ああ、頼む」

 (もう)

 相手が優しいから良いが、この態度はやはり問題があると女神官は思う。

 

 その場を動こうとして、気づいたのはエンリであった。

 「あの、ニグンさん。どうしましょうか?」

 そう、彼だ。先ほどの罵倒を受けた男は余程のショックを受けたのか、その姿勢のまま硬直していたのだ。

 「別にほっといて良いんじゃない?多分死にはしないからさ~」

 やや冷たく聞こえるが、その言葉に女性のこの男に対する信頼がある程度あるように女神官は感じるのであった。この人物も相当腕が立つ人物であるらしい。少女は少し逡巡したと思うと。こちらに振り向き、口を開く。

 「では、行きましょうか」

 「はい。お願いします」

 ひとまずは彫像と化した彼を置いて、4人は村へと入るのであった。

 

 

 

 

 

 ◇ 5 ◇

 

 その後、彼女の家で食事をごちそうになった女神官は外に出ていた。

 「…………はあ」

 思わずため息が出てしまう。一体ここは何処であろうかと、ある可能性が頭をよぎる。

 (ここは、私たちの)

 自分たちが居た世界とまた別ではないかと、そもそもカルネという村は自分は知らないし、ゴブリン達にしても自分たちが日頃討伐しているものとはその生態が大きく違うようであった。

 (…………)

 気づけば、首を振っていた。認めたくない。そんな馬鹿げた事。そんな彼女の耳に聞きなれた言葉が届く。

 「少し良いか?」

 「ゴブリンスレイヤーさん」

 彼は、周囲を見回したと思うと。顔をこちらへと向ける。一体何であろうか?

 「どうやら、ここは俺たちの世界とは違うようだ」

 「え?」

 突然、何を言われたのか理解できなかった。唐突にも程がある。が、それでも何とか言葉を返す。

 「あの、どうして」

 彼はそう思うのだろうか?先程まで、自分が考えていたことであるが、彼の意見も気になる。もしもそれはないはずだと言える根拠があるとすれば、自分の奇跡を使えたい事実であろうか。

 内心でそんな思案をしている彼女に彼は空へと指を指してみる。見ろと言っているようだ。いや、実際そうなのだろう。そして、彼女もそこへと目を向けて気づく。決定的な事に。

 (あ)

 「月が1つしかない」

 その言葉が全てであった。確かに彼の言う通り、夜空にある月は一つであった。これはおかしい。以前、妖精弓手たちと依頼のゴブリン退治に行った際に野営をした時、見上げた空には確かに月が2つあったのだ。もしも片方が消えるなんて事があれば、もっと騒ぎになっているはずであるし、しかしそれがない。ならば、答えはそうなってしまう。

 (ああ、地母神様)

 それを理解した時に彼女が出来たのはそれだけだ。いつもの様に手を組み合わせる。そして、何とか元の場所に戻れることを祈って。それは、自分だけではなく彼を待っているであろうあの人物の事を思い浮かべてであった。

 

 

 

 ◇次回へと続く◇

 

 

 

 

 




 ここまで読んでくださりありがとうございました。
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