ゴブリンスレイヤーとゴブリンの住む村   作:作倉延世

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中編

 ◇ 6 ◇

 

 村へと案内された2人を出迎えたのはゴブリン達であった。と言っても別に来客をもてなすという雰囲気ではなかった。彼らはエンリと名乗った少女を取り囲むとこちらを睨んで来る。しかし、不思議な事にそれを怖いと思えなかった。

 「…………」

 その視線は自分よりも後ろの彼へと向けられているようであった。こればかりは仕方ない事だと思うしかない。先ほどまで殺し合いをしていたのだから。

 (ゴブリンスレイヤーさん)

 彼の事だ。もしかしなくても彼らを殺すつもりだったに違いない。そして、迎え撃った彼らにしても彼を殺すつもりだったのだろう。それも些細な行き違いが原因であるけど。

 (エンリさんに、ネムちゃんと言いましたね)

 その姉妹には特殊な事情があるようであったが、深く聞くことは出来なかった。自分たちの認識から遥かにかけ離れたゴブリン達や彼を静止した仮面の人物。それと、現在後方で固まってしまった神官らしき男もこの姉妹に何らかの形で仕えているらしい事は察する事は出来た。けど、それまでだ。

 そこで、姉妹の様子を確認する。といっても妹の方は走り去ってしまったのでその姿は確認できないが。

 「ジュゲムさん……皆もそんな顔をしないで」

 「ですが、お嬢」

 姉の方は自分を取り囲む彼らに困っている様子であった。その姿勢だけで自分は十分だと思っている。確かに未知の状況、もっと言えば詳しい事を何一つ知らず攻撃を仕掛けたのはこちらであるからだ。聞けば、彼らは一度彼に武装の解除を求めたそうではないか。

 (……でも)

 それでも彼が話を聞くはずはないと確信して言える。結局あの場はどうしようもなかったと諦めるしかなかったのだろう。それを考えるとあの子供には感謝しなくてはならない。

 仮に彼らが戦いを続けていれば、間違いなく犠牲者を出していた。そうなっていればきっとその場を納める事も難しくなっていたに違いない。そうならずに状況が動いたのはあの子供が、ネムがその場に来てくれたからだ。その存在が彼に別の行動をとらせたのであるし、ゴブリン達も戦闘を中断したのであるから。

 (それにしても…………ですね……意外です)

 彼がゴブリンを殺すことよりもネムを助けようと(結局勘違いであったけど)した事には自分も驚いている。もしかしたらと考えてしまう。これも良い傾向ではないかと。

 「お前たちは」

 そんな彼女の耳に彼、ゴブリンスレイヤーの言葉が入って来る。それは、エンリを囲むゴブリン達に向けられているものであった。一体何を言うつもりであろうかとそこは何となくであるが、嫌な予感がしていた。それも長い付き合いがなせる技であるのだろう。

 「ゴブリンではない」

 「ああ!?」

 「馬鹿にしてんのか!?」

 (ああ)

 こういう事はいつも当たるのだ、全く嬉しくはないけど。彼が言いたい事は分かるが、それにしたって言葉足らずだと思う。

 「ゴブリンスレイヤーさん!」

 「ウンライさんも、カイジャリさんも、皆も落ち着いて……」

 2人の少女は声を上げる。神官である少女は鎧の人物を睨み。ゴブリン達に囲まれた少女は両手を広げて振っている。その様子は状況に振り回されている様そのものだ。2人とも必死であった。一言だけでこの有様であるのだから。抗議の声を上げるのは、ゴブリン達であった。

 「お嬢、ですがね」

 エンリにだって分かっている。彼らにとって、鎧の男性が言った言葉が許せるものではない事を。自分に置き換えて言うのであれば、「お前は人間ではない」と言われたのと同じであるから。

 (……でも)

 自分の場合は別に気にならないかもしれない。そんなに難しい話ではない。現在の自分の立場を思えば自然とそう思ってしまうのだ。

 (ゴウン様)

 自分と妹は現在、その方の養子という事になっている。事の始まりを思えば、本当に夢のような出来事であった。突然、帝国の兵――後に別の国だと分かった訳であるけど――の襲撃にあい、父と母を同時に失ってしまった。その後に自分と妹も殺されそうになって、実際自分は一度死にかけている。そんな時にあの方が助けに来てくれたのだ。

 余りにも常識離れしたその力に瀕死だった自分をいとも簡単に蘇生――これも後に勘違いだと判明した――してみせた事もあり、一瞬ではあるが、神とも言うべき存在では? と思ったものである。が、それも自分の思い違いであるとすぐに気付けた。

 (…………)

 彼女は胸に手をあてると握りしめる。それによって、その部分の布が歪んでしまう。このまま力を入れ続ければ間違いなくしわに、酷ければ繊維を痛めてしまうかもしれない。だが、周囲にその事に気付く者はいない。ゴブリン達はゴブリンスレイヤーと睨みあっている訳であるし、女神官は何とかその場を納めようとしている訳であるし、ヤルダバオトに至っては呑気に高みの見物を決め込んでいたからだ。

 

 「おい、てめえどういうつもりだ?」

 ゴブリン達の1人が代表して問いかける。本心を言えば、今すぐにでも殴りかかりたい。しかし、それはエンリが望んでいない事でもあるのは確かであるし、何とか穏便に済ませたいのだ。だと言うのに。この男は悪びれもせずに言葉を続ける。

 「お前たちはゴブリンではない」

 「ゴブリンスレイヤーさん! あの、違うんです!」

 「何が違うって?」

 何とか釈明をしようとする彼女は孤軍奮闘と言った所か。そんな騒ぎの中、エンリは思考を巡らす。胸を締め付けるのは後悔、それに罪悪感とどこまでも浅はかであった自分を感じてだ。

 あの時、他に助けを求められる人がいなかったから。

 (これもいい訳だ)

 だからと言って、自分がやった事は図々しい以外の何物でもなかった。ここ最近は親子としての時間を過ごすこともあり、話をする機会があるのだが、その場での振る舞いを見てその度に自分たちとそんなに変わらない人物であると確信が深まっていくのであるから。

 あの方は確かに絶対的、少なくとも自分から見ればそんな途方もない力の持ち主である。それでもその心は普通の人と何ら変わらない人物であるのだ。外見こそ、恐ろしいアンデッドである。が、そこまでだ。他は自分たちと何ら変わらない人物である。

 (……ネムったら)

 回想だと言うのにため息が出てしまう。先ほどニグンに罵倒を浴びせていった妹の甘えっぷりは凄いもので会うたびに抱き上げて貰っている。というか、それをするようにねだるのだから。亡くなった父はきっと寂しい思いをしている事だろう。

 (でも、ゴウン様もアルベド様も)

 続いて名前が出たのは、その御方と共に自分たちを助けに来てくれた女性の名である。その人物もまた自分の常識では考えられない程の美貌を持った人物であり、同性でありながら初対面の時は身惚れた物である。

 その人物もまた、いわゆる人外と呼ばれる者であったが、自分にはどうでもよかった。

 ゴウンにアルベド、その2人とは一緒に過ごす機会が多い。あくまで現在この村がお世話になっている「墳墓」という所の者たちであればだけど。

 話を戻すとその時の彼らの顔は笑っていて、それも決して無理をしているというものではないとここ最近ようやく自信を持って言えるようになった。ゴウンは顔こそ骨であるが、朗らかで、アルベドはそんな彼の姿に安らぎを感じている表情であり、恋人ではなくとも彼の事を愛しているのだと容易に察すことが出来る程に暖かな笑みを浮かべていたのだ。その光景自体は自分も気に入っていると思う。ここで、ある言葉が脳内で再生される。

 『君たち姉妹の養父となれた事に私は誇りを感じるよ』

 とんでもないと、首を振る。感謝すべきは自分たち姉妹なのだ。もしもあの出来事の後、ゴウンがその提案をしてくれなければ自分たちは以前の様に暮らすことは難しかったはずであるし、様々な援助のおかげでこの村は良くなってきているし、村長を始めとした昔馴染みの者達の生活水準も上がっている。その事で、感謝ころあれど、不満を言う者等いるはずがない。

 そんな彼女にとって、人間だとか、そうじゃないとか言うのは既にどうでも良い事になっているのかもしれない。ここで、ようやく現在の状況を思い出し、彼らの方へと向き直る。

 

 「ジュゲム、やっぱりこいつ気に入らねえぜ」

 「やってしまいましょうぜ!」

 「そうだ! 嬢ちゃんを泣かした落とし前をつけるべきだ!」

 今にも鎧の人物へと襲い掛かろうとしているゴブリン達にそれに相対している彼、ゴブリンスレイヤーと名乗った人物。

 (……う~ん)

 一応、名を聞いてはいるのであるが、どうにも聞きなれない単語であった為にその名前自体を呼ぶことに慣れそうにない。聞いていて失礼ではあると重々承知はしている。

 その人物は彼らの殺気を含んだ視線を浴びても何ら変わらない様子であった。それが、この人物の底知れなさを証明しているようであった。並の冒険者に同じレベルの盗賊であれば、それだけで震え上がるものだったからだ。

 「…………」

 無言で仁王立ち。本当に何とも思っていないのだろうか? その姿勢が更にジュゲム達の神経を逆なでしているようであった。

 「おい!」

 「皆さん?」

 少し怒気を上げて呼びかける。その言葉に彼らは自分へと懇願の視線を向けて来る。「どうして?」と、彼らの気持ちは解るが、どうにも単純な事情ではないらしい。そこで、先ほどまで右往左往していたもう1人の少女へと声をかける。

 「…………さん、説明を求めても良いでしょうか?」

 その言葉で少女は表情を戻すと話を始める。

 「はい、ゴブリンスレイヤーさんが言いたい事はですね……」

 どうにも鎧の彼は口下手であるらしく、そこを彼女が補っているらしく、大変なんだろうなと感じてしまう。

 少女の話は少し長引き、その内容も自分の常識では考えられない事であった。

 「おい、何だよ?! その話はよ!」

 「ゴブリンの風上にも置けないぜ!」

 話を聞いた彼らの感想であった。その事自体にはすぐに同意することは難しかった。一般的なゴブリンというものを詳しく知らないからだ。彼らが例外的な存在であるのは、彼らとの出会い方からでもなんとなく分かる。それ以上の事となるとまた別の問題であるし、今は関係ないが。

 (それにしたって、酷い)

 それが、自分の感想であった。彼らが言うゴブリンとはそれだけの存在であったからだ。特に気になったのはその生態、繁殖方法だ。そのゴブリンたちには雌という概念はなく、他の種族、主に人間や妖精の女性を攫って行っているのだという。その事を話してくれる彼女の様子からも別にからかっている訳でもないようだ。と、いうより彼女はそんな性格ではないと、出会ってそんなに経っていないのにそう思えている自分がいる。

 (あの、ヤルダバオトさん?)

 先程から騒ぎに介入する事もしなかった彼女へと意見を求める。仮面の下はどういった表情をしているか分からないが、それでも彼女なりに思案をしているらしく、つま先を上げては、下げてを繰り返していた。

 (その、ゴブリンって、そんな種もいるんですか?)

 (いないと思うよ~)

 一言だけで返事を済ますが、それは彼女なりの結論であった。

 ゴブリン。

 自分が知っている範囲の話になるが、そんな種はいなかったはずであるし、そもそも雌雄の片方しかいない。なんて種類のモンスターなんているはずがないのだ。

 (それにね~)

 仮にそんな種類がいたとして、自分が以前所属していたあの国が放っておくはずがないのだから。そうなると考えられる可能性は絞られてくる。

 (別の大陸? んな訳ないか)

 そんな大層な移動手段が早々ある訳ではないし、彼らがここにいる理由とは何も結びつかないではないか。それならばと彼女は考える。

 (トブの大森林)

 この村の近郊に広がる森へと視点が向く。あの森は最近、おかしなことが多く起きているという。その話で思い出すのが、ある獣の話だ。

 (森の賢王……ハムスケと言ったけな~)

 今の自分の立場を定める事になったきっかけとも言うべき人物。正直恐ろしくもあるが、間違ってもそれを口にすることはおろか、表に出すことも出来ないが。その人物が自分と相対した時に演じていた戦士だった時、この村に来た際に屈服させたとか。

 (当然っちゃ、当然だよね)

 相手は神に等しき力を持ったプレイヤーであり、英雄の領域に踏み込んだ自分でさえ、これは決して自惚れではない。そこは断言出来る。

 (だって言うのにさ~)

 そのプライドを一夜にして粉々にされたのであるから。そんな相手にいくら異名持ちでも1つの森林地帯の3分の1程しか掌握(本人? にそのつもりはなし)出来ていなかった獣には精々腹を見せて降伏する位しか出来る事はないだろう。自分がこの事実を知っているのは隣でゴブリン達を何とか抑えようとしている少女に仕えている赤毛のメイドに教えてもらったからだ。これ位の情報は頭に入れておけという事であった。その彼女は森の調査に行くと行ったきり帰って来ていない。これは、変な事である。自分は普段から嫌という程見せられているのだから。

 (ルプスちゃんて、ほんとエンリちゃん達の事大好きだよね~)

 口を開けば、姉妹の話ばかりであるのだ。そんな彼女は普段、特に用事がなければ必ずと言っていいほどに姉妹達の傍にいる。寝泊まりも姉妹の家で済ましていると言えば、その度合いがよく分かる。

 それだけではない。彼女もまた自分とはかけ離れている存在だ。かつて、自分が無謀にも(当時は思いもしなかった)挑んだ存在が神であれば、彼女はその使いともいうべき存在。味わった地獄の中、彼女の力に能力を知る機会は少なかったが、それでも治癒魔法に長けた人物である事だけは体に刻む形で記憶させられたものだ。

 そこで、彼女は村の外へと視線を移す。

 (ふ~ん)

 そんな力を持った彼女が未帰還である事実。それに自分が聞いた事のない知識をさも知っていて当然と言わんばかりに話をする者達。何にしてもすべての原因はこの霧にあるのかもしれない。が、彼女はそこで思考を止める。

 (ま、ルプスちゃんだったら大丈夫でしょ)

 きっとその内何事もなかったように戻って来て姉妹に抱き着いている姿が容易に想像できるのであった。

 

 (えっと)

 事の状況を説明した女神官は再び頭を傾ける事になった。話を聞いた彼らに少女の反応がおかしかったからだ。

 (やっぱり)

 どこか食い違っている所があると彼女も思わざるを得ない。まず、ゴブリンというモンスターに対する認識がどこかおかしいのである。同じ単語でもその意味は全く異なると言った具合だろうか? 何にしても自分が言いたかったことは伝わったらしい。それでもゴブリン達の自分たちを見る目はどこか、冷めたものであるけど。

 (……こればかりは)

 仕方ない事だと早いうちに諦めるべきであるとため息をつく彼女であった。

 

 「そう言った事情だったんですね」

 エンリもまた彼女の言葉でゴブリンスレイヤーという人物が何を言いたかったのか、その真意を理解する事が出来たような気がする。しかしながらそれはそうと、彼へと不満も生まれてもいた。それは同時にこのどこか、儚い印象を抱く少女に対する同情。あるいは、自分と似た何かを感じたのかもしれない。

 「えっと、…………さん。いくら何でも誤解を招く言い方をするのは問題があると思います」

 初対面の相手だろうとこれは言っておくべきだ。彼の主張とは――彼女の翻訳込みで言えばこういう事であったのだ。

 『お前たちはゴブリンではない』

 一見、その言葉を受けた彼らを真っ向から、その存在定義ごと否定する内容であったが、彼はそこまで深い意味で言った訳ではなかったのだ。彼にとって、ゴブリンとは先ほど話に上がった存在。他種族に害を成す存在であるとの事であった。

 (それって……)

 彼にとってゴブリンとは単にモンスターの種類名ではないのだ。それだけ重みがある言葉でもあるのが。彼の過去に一体何があったかまでは聞くことは出来ない。流石にそこまで出来る訳がない。

 これは以前の経験も手伝っているのかもしれない。あの時も、軽々しくとった行動で結果的にその心に傷を付けてしまっているのであるから。

 それともう一つ、精鋭であるはずのジュゲム達と互角の戦いをしてみせて、普段無邪気な妹を泣かせる程のもの、恐怖という名の迫力を出した人物。ゴブリンスレイヤーにも共感出来る事があったのかもしれない。

 (人間って)

 先の回想の続きだ。自分たちは突然襲われた。これが日頃悪い事をしていたのだと、お前たちにはこういった目にあう何らかの原因があるのだと、それがあるのであればまだ納得は出来たかもしれない。理解は到底出来ないであろうけど、しかし違ったのだ。敵方にとっては、それこそ目的の為の踏み石でしかなかったのだ。例えるならば、山を登る為、その道を歩くその道中で踏んづけた落ち葉の事を気にかける者などどれ位いるのであろうか。自分たちが迎えた悲劇は彼らにとっては、その程度のものでしかなかったのだ。

 (……――!)

 胸に広がるのは暗い感情であった。それを自覚したとき、今考えるべきではないと必死にそれを抑える。襲ってきた者達もそうであったが王国――自分たちは仮にもその国の国王直轄領で生活している――は何もしてくれなかった。

 (違う)

 そんな人ばかりではないと自分が知っているではないか。助けようと動いてくれた人達もいた。だけど、それ以上に無関心な人達もいたのである。

 (……どうして?)

 それだけが、胸に残っている。決して間違ったことはしていない。そのはずであると。

 

 エンリが悩んでいる間にも、話は続いている。

 「そうだ! お嬢の言う通りだ!」

 「ゴブリン差別はやめろ!」

 ゴブリン達の猛抗議を受けて、流石にゴブリンスレイヤーもまずかったと思ったのか少し考える仕草をする。しかし、女神官には分かっていた。あれは絶的外れな事を考えているのだと。やがて、彼は再び口を開く。

 「やはり、お前たちはゴブリンではない」

 「ゴブリンスレイヤーさん!」

 そのまま言い争いとも呼べない小競り合いは10分程続けられた。

 

 

 

 ◇ 7 ◇

 

 ようやくその騒ぎが収まり、いや、双方の少女たちが何とか無理やりに終わらせて、村への案内が続いた。しばらく歩いて、最初に口を開いたのはエンリであった。

 「いるんでしょう? 出てきなさい」

 彼女には妹のする事などすべて分かっている。自分たちから見て一番目立つ木へと声をかける。その陰から怯えた様子でこちらを伺う頭が出てきて、不謹慎ながら女神官は可愛いと思ってしまい頬肉が緩むのを感じた。が、幸いにもそれに気づく者はいなかった。数秒、頭を出したと思うとすぐに引っ込めてしまう。

 「…………出てきなさい」

 (凄い迫力です)

 肩が振るえそうだと女神官は思う。この少女、自ら「どこにでもいるただの村娘」と言っていた通りのはずであるが、時折こういった面を見せるのだ。曲がりなりにもあの屈強なゴブリン達を従えている人物であると言った所であろうか? と彼女は考える。

 姉の2度めの勧告を受けて、ようやく妹は樹木から出て来ると先程同様に素早く走って来ると、今度は仮面の女性の足にしがみつき、少女の視界から消えようとする。

 「ネム……」

 ため息をつく少女に仮面の女性は笑って答える。

 「しばらくはいいんじゃないかな~?」

 「ヤルダバオトさん、何か楽しんでいませんか?」

 「別に~」

 図星をつかれて、彼女は誤魔化す。普段仲が良い姉妹がこうして喧嘩する様は不謹慎であるけど、健全な光景のようにも思える。ぶつかるのは何も悪い事ばかりではない。互いに主張が、ちゃんとした気持ちあるからこそなのだ。

 (それにね~)

 普段無邪気に振舞っているネムであるが、この子なりに養父や姉の役に立とうと頑張っているのだ。養父はともかく、姉はその事を知らない。普段から忙しい身である為、それも仕方ない事である。だからこそたまにはこういう形でワガママをいう事も必要であると彼女は思うのだ。

 

 エンリは諦めたようにため息をつくと、再び歩き出す。妹の事は今は時間を置くのが良いかもしれない。と判断しての事であった。そうなると、彼女に迷惑をかけてしまう。

 「ヤルダバオトさん、大丈夫ですか?」

 その足にしがみついたまま妹は歩いているのだ。もしかしなくても歩行を阻害している訳であるし、転倒の可能性を考えれば危ない訳であり、そうなるのであれば、せめて引き離す位はしなくてはならない。それに対してヤルダバオトは気にしていない風に答える。

 「の~問題~」

 自身の身体能力であれば、全然心配は要らず。むしろ必死に抱き着いてくるネムの姿は微笑ましくしばらくはそのままでいいかと思ってしまう程だ。

 そのネムは彼女の足にしがみつきながらも動き回っていた。それは、ある人物の視線から逃げようとしているようであった。その相手が誰であるかは誰から見ても明らかであった。

 「ネム、…………さんに失礼でしょう」少女はそこでゴブリンスレイヤー達の方へと向き直る。「本当にすみません。妹が失礼を」

 「いえ、気になさらないでください。元を言えば、こちらにも非がありますから」

 言葉を返すのは女神官であった。彼はと言えば、自分を避けている子供に無言で視線を向けていた。彼としては疑問でそうしているのであろうが、ゴブリン達にしては腹が立つ光景であった。

 (はあ)

 女神官は、何度目になるか分からないため息をついていた。ただでさえ印象が最悪であるのに、彼の寡黙な所が更に状況を悪くしているようであった。

 

 それから、しばらく歩くこと10分程。

 「お兄さんさ~」呆れたように声を上げるのはヤルダバオトであった。彼女はネムの頭に手を置きながら続ける。「私が言うのもなんだけどさ~ネムちゃんに怖がられるって、相当だからね~」

 恐らく自身が着けている仮面を差しての事であろうと女神官は判断した。奇妙なそれを彼女が着けている理由も聞けてはいないが、深い事情があるのだと納得している。

 「そうだ! 嬢ちゃんはな~怖いもの知らずな御方なんだぜ!」

 現在のネムの様子を見れば、それが矛盾であると誰でも結論づけられる事を自信満々に言ってのけるのはカイジャリであった。

 実際その通りだと彼は信じて疑わない。主人であるエンリに召喚された時から自分たちという存在の認識は把握していた。本来であれば、人間は自分たちを恐れるものである。

 (だけどよ~)

 ネムは違ったのだ。目を輝かせて自分たちの事を訪ねてきたのである。その姿は眩しいものであり、その瞬間に少女への忠誠も誓った程だ。

 (そうだよね~)

 勢い任せで理屈も根拠もない彼の言葉にヤルダバオトも内心で賛同していた。最初の挨拶から今日まで見てきて分かった事であるが、ネムという少女は基本的に人懐っこく、人を疑うという事を知らないのだ。

 (違うね)

 その言い方は正しくない。知らないのではない。何事もこの子は肯定から入るのだ。ネムにとっては、この世界は常に光り輝いているのではないか? と錯覚させる程にこの子供は純粋であるのだ。その在り方にかつて、憎悪と狂気に振り回されていた自分も救われているのであるから。

 

 「そうか」

 仮面の女性にゴブリンらしきもの達の言葉にゴブリンスレイヤーはそれだけを口にしていた。彼にしたって、いつまでもその子供が自分に怯えている状態は良い物ではなかった。かといって、深刻かと言われればそこまででもなかった。

 彼はその立場――ゴブリン退治のみで銀等級という地位になったその経歴から周囲から白い目で見られる事には慣れていたし、特に問題はないと彼自身思っている。彼にとって一番重要なのは人へと害をなすゴブリンの始末であり、それ以上でもそれ以下でもないのだから。

 ゴブリンスレイヤーにとって、「ゴブリン」という言葉は重要な意味を持つ。彼にとっては、その名称を狩る者という肩書を背負うまでになってしまった彼にとってはゴブリンとは単なる種族名称ではない。

 名称。

 それは、人や知的生命体が他を認識する為に、その情報を言葉という形で簡単に認識を共有する為に生まれたものである。しかし、それだって全ての者が同じ認識とは限らない。

 彼にとって、ゴブリンとは生涯をかけて殺し続ける必要があると認識している存在であり、同時に人から尊厳を奪う醜悪な存在であるのが、彼の認識だ。それに倣って言うのであれば、この村に住んでいるゴブリン達は彼にとってはゴブリンとは呼べない存在であり、精々、ゴブリンによく似た別の生き物である。が彼の見解だ。

 他にも理由はあった。それは、この村に住むゴブリンと名乗る者たちの1人だ。

 彼は眼球だけを動かす形で視線をあるゴブリンへと移す。そうしたのは、自分が目立った行動をとれば、彼らを刺激すると分かっていたからだ。

 (…………)

 視線の先にいるゴブリンは耳にリングを付け、灰色にも銀色にも見える髪を後ろで束ねている。それだけではない。他のゴブリン達に比べて顔つきが柔和であり、身に付けている衣服もどちらかと言えば女性的なものであった。名はダイノと言い、ゴブリン・メイジであると言う。そして、何より。

 (……雌のゴブリン)

 そう、彼女は女性。雌であるという。その存在がゴブリンスレイヤーにとって、最大の決め所であったと言っても過言ではない。

 (ゴブリンとは、雄のみの連中だ)

 よって、雌雄が別れているらしき、彼らはゴブリンではないと彼は結論付けていた。

 先程の彼の発言はその意図があって、彼としては別に悪意も善意も特に何もなく、思っている事を素直に口にしただけであり、それは女神官も嫌というほど理解していた。だからこそ必死に弁明した訳だ。彼女の頑張りもあって、何とか最悪の展開は防げているが、それでも彼とゴブリン達の空気は悪く、それが2人の少女たちの負担となっていてる。

 「その、何だ」

 その言葉にびくつくネム、その言葉が自分に向けられたものであると分かるからだ。それに、周囲の空気も変わる。ジュゲム達は彼を睨み、ヤルダバオトは呑気に構え、エンリと女神官は今度は何が起こるのかと身構える。

 「すまなかった」

 彼はそう言うと腰に巻いたベルト、そこにつけられたポーチに手を入れる。取り出したのは、白い布に包まれた品であり、彼はそれをネムへと差し出して続ける。

 「詫びの品だ」

 膝を折り、ネムの視線へと合わせるその姿勢と、それまで平淡であった声音から僅かなれどこの人物なりに気を落としているのだと察した彼女は恐る恐るヤルダバオトの足から離れるとその品物を受け取る。それからは独特な匂いがしており、それが子供ながらの好奇心を煽り、少しの間ではあるがネムの顔に笑顔が浮かんだ。

 「開けてもいいの?」

 問いかけるネムにゴブリンスレイヤーは投げやりに答える。それは、もうお前の物だと言わんばかりに。

 「好きにしろ」

 その言葉を受けて、ネムはまるで親からもらったクリスマスプレゼントの箱を開ける子供のような目をして、その包みを開く。出てきたのは黄色い塊であった。

 「これ、何?」

 「チーズだ」

 簡素な答えであったが、それは女神官が良く知る品であった。仲間の蜥蜴僧侶はあの品の為に彼が住む牧場の防衛線に参加した程の品である。あくまで彼にとってであるけど。

 「お姉ちゃん」ネムはゴブリンスレイヤーから貰った品を手に姉へと震える声を掛ける。「これ、どうしよう?」

 この子だって分かっているのだ。ここまでの自分の振る舞いに問題があるのであると。故に姉に対しても多少なりとも罪悪感はある訳であり、だからと言って、それがそのままで良いはずがなくどうにか謝りたいと思っているのだ。それでも、素直にそれが出来るかというとまた話は別である。

 人間、自らの過ちを認めて頭を下げる事は中々難しいものである。大人でさえ、簡単に出来る事ではないのだから。その葛藤を知っているヤルダバオトはエンリへと目配せする。最もそれは、仮面をつけているのでただ彼女の方へと顔を向ける動作でしかない。

 (エンリちゃ~ん)

 エンリにも彼女が何を訴えているのかよく分かる。あまりきつく叱らないで欲しいと言ったものだ。元を言えば、自分たちの言葉を聞かずに騒動の場へと走っていってしまったネムにも原因はある。が、それもこの子なりに思う所があったからであるのは理解している。分からない、なんてことはない。自分はこの子の姉であるのだから。

 (仕方ないんだから)

 この子はそうだ。あの時から人がいなくなる事に過剰に反応するようになってしまった。養父たちと過ごす時間はこの子にとっても楽しい時間であるのだろう。だからこそ、その終わりの際、別れ際には寂しげな表情を浮かべるのだ。

 何もその対象はあの方達ばかりではなく、村の者達でもそうであった。

 例えば作り過ぎたとスープを分けてくれたことがある女性が転んだと話を聞けば、自分が頼んだ仕事を投げ出して見舞に行ってしまった事がある位である。途中で投げ出した事に関してはその時に叱った。それでも、しばらくは続くかもしれないと自分自身納得させている部分がある。

 この子は恐れているのだ。自分の知っている人達が()()()()()()()()()死んでしまう事に。

 人の死。

 その事自体は別にこの村でも珍しいものではない。エンリだって、妹と同じかそれよりも幼い時から人の死というものに立ち会って来ている。その一番古い記憶は先代村長であった現村長の兄にあたる人物のそれである。その死因だって特に珍しいものではない、寿命というものであった。

 現村長に負けず劣らずこの人物も明るい人であり、税関係の話で城塞都市に行ってはその土産にと砂糖菓子を村の子供の為に買ってきてくれて、エンリも御馳走になった事がある。

 ベッドに横たわって目を開けないその人物とその周りで悲しむ人たち。視線を上げれば、今は亡き両親もそんな顔をしており、当時の自分はその事の本質をきちんと理解はしていなかったように思える。

 その意味を理解出来たのは、それから3日後であった。手伝いが終わって、当時の日課であった挨拶回り、思い出して頬が熱くなる。当時の自分は何を思っていたのか、何の意味もなく村を回っては村の人々に挨拶して回っていたのだ。後から知り合いに聞いたところによれば、どうにも「こんにちは!」と言って、それを返してもらうことに楽しみを見出していたらしいとの事。村人たちにしてもその時の自分の姿は見ているだけで元気がもらえるものであったと言う。

 『当時のエンリちゃんは、今のネムちゃんそのものだったね』

 よくお世話になった村の人物の声だ。熱が一気に冷えていく、その人物も既にいないのだから。

 そんな挨拶回りでは、当然村長の家にも行く訳でありその時にいつもであれば、挨拶を返してくれるその人がもういないのであると、それが人の死であると初めて感じて泣いてしまい、現村長夫婦に迷惑をかけてしまった訳だ。

 それからも沢山の死を見てきた。

 

 それは、彼女の村では当たり前の事であった。カルネ村はその所属の王国。その国王直轄領と言え、広大な領土を持つ王国では辺境に位置する。この村から日数単位で時間をかけて行ける都市であるエ・ランテルが王国を含む3国の国境の境にあると言えば、想像はつくだろう。

 一般的に村での生活と言うのは、畑仕事に狩猟であるが、いずれも各家庭が各々勝手にやるのではなく、協力しあってするのが通例であるからだ。この事からも分かる通り、村とは助け合いが基本となり、広義の意味ではこれも1つの家族の形と言えよう。

 

 そんな村では、家族とも言える村民1人1人の死を大変悼むものだ。よって、亡くなる人間が出るたびに合同で葬儀を行うのもまたエンリが良く知る事であり、それは妹のネムにしたって、理解している事のはずであるのだ。

 しかし、これは自然な死であればこそと言えよう。それが出来なくなってしまった原因とあれば、あれしかあるまい。

 (…………)

 再び、彼女は胸が苦しくなるのを自覚していた。それは間違いなく理不尽な暴力に対する怒りからであった。その出来事によって自分たちは両親を亡くしてしまっている。妹などはまだ母親に甘えていたい年ごろであったというのに。その妹が現在元気にやれているのは、養父たちに自分の存在があるからであろう。

 その事を改めて認識しつつ彼女は妹へと声をかける。その手に持った物は何かしらの食材らしいことは察しがついている。

 「せっかく頂いたのだから。今夜の夕飯にしようか」

 「……うん」

 返って来るのは元気のない声。いつも元気にはしゃいでいる妹らしくないし、自分だっていつまでもこの状況が続くのを良しとはしない。

 「ネム。私はもう怒っていないから」

 「本当?」

 その目は縋っているようであった。現在村の外で固まったままの彼に対する軽い謝罪を心で済まして続ける。

 「本当だよ。それよりもやる事があるでしょう?」

 エンリはネムへとある事を促す。他人から物を貰ったのだ。ならばそうするのが人としての礼儀だと。それは伝わったらしく、チーズを両手に持ったままその子供はゴブリンスレイヤーへと向き直り、そして頭を下げる。

 「ありがとうございます」一度頭を上げたネムは迷っているように視線を左右に振ると、心を決めたのか再び彼へと視線を向ける。「それと、助けようとしてくれて……本当に…………ありがとうございました」

 幼い外見に似合わない。それは同時に立派な光景に思わず女神官は見とれてしまう。なんていい子であろうと。勘違いではあったが、彼は少女を助けるつもりであったのだ。その誠意が少女に伝わった事が自分のことのように嬉しかったのもあるかもしれない。

 「ああ」

 そして、これだけの言葉を受けても彼はいつも通りそのように返すのであった。その事自体は女神官には慣れている事であったし、いつもの仲間たちであれば、苦笑している事であろう。「こいつはいつも通りだな」と、しかしここにいるのは非常体勢をとっているゴブリン達だ。

 「おい! 嬢ちゃんの礼にそんだけか? 鎧野郎」

 「パイポさん?」エンリはすかさず釘を指す。彼の言葉を起爆剤に再び彼らが攻撃の姿勢をとろうとしたからだ。彼女は手を叩いて話を続ける。周囲の気を引くのはこれが一番であるのだ。「話はおしまい!」そう言ってゴブリンスレイヤー達へと声をかける。「では、案内を続けますね」

 「はい、よろしくお願いします」

 「あ――」

 先に口を開いたのは女神官であり、彼女は直ぐに彼を睨みつける。流石にこれ以上彼に口を開かせるのは危険だと判断しての事であった。ここまでくると、恐らくどころか間違いなくゴブリンスレイヤーが発した言葉にこの村に住むゴブリン達は反応するであろうし、その都度この少女に仲介してもらうのは彼女ばかりに負担がかかってしまう。

 エンリにしても彼女の気遣いは直ぐに理解できた。

 (お気遣い、ありがとうございます)

 (いえ、気になさらないでください)

 出会って、1時間経つか経たないかであるのに、少女達はすっかり以心伝心出来ているようであり、その様を見ていたネムもここで女神官に対してある事に気付いた。

 (この人、お姉ちゃんに似てる?)

 何だか苦労していそうな所に、困ったように笑う顔もどこか姉に似ているのだと、第1印象と相まってそう見え、単純にそう思うのであった。

 

 (…………)

 ゴブリンスレイヤーにしても、彼女に迷惑をかけている自覚はあった訳であるし、何よりこれから世話になる少女を困らせるのは本望ではない。

 かといって、どうすれば良いかという策は彼には出なかった。彼は生粋のゴブリンスレイヤー、ゴブリン専門の狩人にして、生粋の仕事人間だ。こういった時どうすれば良いかなんて彼が思いつかなかったとしても誰も責める事は出来ないだろう。

 よって、ひとまずは神官の言う通り――別に直接言葉で言われた訳ではない――しばらくは黙っている事にするのであった。

 

 

 

 ◇ 8 ◇

 

 村で2人を迎えたのは未知の光景であった。

 「あの?」声を上げたのは女神官であり、エンリへと言葉をかける。「あれは、この村では一般的な事なのですか?」

 彼女が指を指した先では畑仕事をする村人達がいる。別にそれ自体は女神官もよく見かける光景である。ゴブリン退治の際に赴いた村でもよく見かける光景であるのだから。しかしながら、決定的に違う所もあったのだ。それは、村人らしき人達に混じって仕事をしている存在だ。

 まず目を引くのは、動いている人骨だ。見慣れない。しかし、それが本来であれば、人間を襲う。「祈らぬ者」の一種である事を彼女は長年の勘からそうだと結論付ける。

 次に目を引くのは自分たちよりも巨大な存在。岩でできた人形のような印象を受ける辛うじて人型に見える存在だ。その巨体が何よりも印象的で、下手をすれば自分にとっても苦々しい思い出がある。小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)よりも大きいではないかと思ってしまう程であった。

 

 聞かれたエンリにしてもしまったと思っていた。慣れとは恐ろしいもので自分たちはもう気にならなくなっているが、こうして外から来た人物の意見を聞けば、それが間違っているものであると認識を改めさせるものだ。

 (そうだよね)

 本来であれば、あれらは人間の敵であるのだ。だが、そうではない。あれらもまた、養父がこの村へとしてくれている復興支援の一環であるのだ。

 (スケルトンにゴーレム)

 彼らは当初壊された建物の修復を手伝ってくれた。初めはゴーレムだけであったが、畑仕事に村の拡張工事に伴いスケルトン達も手伝いに来てくれるようになったのだ。村人たちの反応が心配であったが、驚くほどにすんなり受け入れられ、こうして日々を過ごしている。更に打ち解け合った者たちもいるようで、一体のスケルトンと村の老人が楽し気に談笑している所も見ている。と、言ってもスケルトンは歯と歯をぶつけ、喋る動作をしているだけにしか見えず。「会話は成立しているの?」と疑問に思ったものだ。

 ひとまずは彼女へと説明をしなくてはならない。

 「えっと、そうですね」彼女はそこで、すかさず両手を前に広げ、横に振る。「と、言ってもこの村が少し変わっているんだと思います」

 「あ、そうですよね」

 その言葉に女神官も頷く。エンリはまるで、何か誤魔化したいと言った様子であったが、どの村にだってその村特有のしきたりがあるものだ。それが、この村の場合、相当特殊なだけであると無理やりに自分を納得させるのであった。

 思えば、出迎えがゴブリン達の時点である程度予想で出来た事でもないか。隣にいる彼を見れば、無言でその様子を眺めているだけであり、特に興味はなさそうである。

 (まあ、ゴブリンスレイヤーさんですから)

 それは、そうと彼女は考える。これからお世話になるという義理もあり、あまり詮索はしないようにと意識しているが、それでも自分が見ている光景はどこか現実離れしているようであり、ここは本当にどこであろうかと何とか記憶を隅から隅まで探してみるのであった。

 

 ゴブリンスレイヤーの様子を見て、エンリは今日新たに生まれた疑問の1つを確信へと変えていた。

 (やっぱり)

 この人物は只者ではない。と、隣の少女は目の前の光景にやや怯える様子を見せたの対して、この人物は全く動じていない様子であったからだ。

 「あれは……」

 ふと、その人物が口を開きかける。その言葉に再び武器を構えようとするゴブリン達には手をかざす形で何もするなと命じる。口を開くだけでこの有様ではこの先が思いやられる。

 (はあ)

 そんな彼女の耳に続く彼の言葉が入る。

 「……ゴブリンではない」

 「「「ああ?!」」」

 何度も聞いたその言葉に何度も反応する彼らに少し呆れながらも彼女はゴブリン達を抑える。その隣では同じように疲れた様子の彼女が彼へと返答していた。

 「ええ、そうですね」

 そのやり取りは長年連れ添った夫婦のものにも見え、それが彼らの付き合いの長さを実感させると同時に1つの答えを教えてくれた。

 (この人も)

 一見、その外見に先に見せた戦い――自分は話でしか聞いていない――に人懐っこい妹を泣かせる程の空気を放った鎧の彼も案外、抜けている所があるのかもしれない、と。

 

 「おや、エンリちゃんにネムちゃん、ジュゲムさん達にヤルダバオトさんも勢ぞろいでどうしたのかな?」

 そこから彼女の家へと向かう途中で移動中の一行に声を掛けたのは村人である男性だ。年齢は30から40といった所である。その手に持って肩に担いだ鍬から畑仕事の帰りといった所である。

 (そうですね)

 さっきはその光景に圧倒されて、頭から抜けていたが、時刻は既に夕刻。辛うじて見える空は茜色に染まっている。

 男性の顔は気力に満ちており、それは同時にこの村における生活水準の高さを垣間見ているようであった。

 ゴブリンスレイヤーはその男性の様子に先ほど見た畑の光景と自分が戦闘を行った()()()()()()()達を頭に入れ、ある答えを出す。

 (この村なら――)

 大丈夫であろうと。例え、奴らの襲撃を受けても。その群れを率いているのが、小鬼王(ゴブリンロード)であったとしても問題なく対処できるであろうと。

 

 それは、ゴブリンに対してはとことん突き詰めて、そして徹底している彼が、どこまでいってもゴブリンに妥協しない男である彼が認めたという栄誉であるが、その事実に気付いている者はこの場に居ない。実際、彼の世界のゴブリン達がこの村を襲おう者なら、万が一にもエンリにネムと言った姉妹がその毒牙にかかろうものなら、いや、かけようとした時点で世界の違いという壁なんて簡単に壊して、それから乗り込んだ上で絶滅させかねない程の力を持った一団の保護下にあるので、全くその心配をする必要はないのであるが、彼はその事を知らない。

 

 「えっと、こちらの方達は」

 エンリは男性へとこれまでのいきさつを話す。と言っても全てを話す訳ではなく、所々削ってである。彼らの込み入った事情を全て話してしまえば、こじれるだけである。幸いにも冒険者という共通認識がある為、上手く話を合わせる事は出来るし、彼女が協力してくれているのも大きかった。

 (ゴブリンスレイヤーさん)

 彼を見る彼女の目は彼へと訴えていた。何も喋るなと。この人物が口を開けば、場を混乱させるだけであるのだから。彼女の意図は伝わっているのか、あるいはそういった事全般を彼女へと任せる事にしたのか。終始、彼は黙ったままであった。

 

 「そうかい、それは大変だったね。何かあれば、遠慮なく言ってくれ」

 「「ありがとうございます」」

 ある程度の事情、今回ゴブリンスレイヤー達はこの近くの森林に特定の薬草を取りに来たが、道に迷ってしまい。この村に来た事になっている城塞都市所属の冒険者という事にしてもらっている。結局の所、こんな辺境の地へと来るのはその条件に合う者達だけだったりするのであるから。

 頭を下げるのはエンリに女神官の2人だ。礼儀を考えるのであれば、この場の全員が頭を下げるべきかもしれないが、流石にこの大所帯でそんなことをすれば、かえって相手の負担になりそうであるかもという危惧からであった。

 「にしても、あれだね。そこの鎧の兄さん。…………さんと言ったかな? 凄い格好だね」

 男性が唐突に口にしたのは、ゴブリンスレイヤーの外見らしい。

 「え? 変わった所ってありましたっけ?」

 疑問で返すのはエンリだ。確かに彼は全身鎧を纏っていて、目を引く格好ではあるだろうが、それ自体は特に珍しいというものではない。それならば、以前来た新人の方がずっと目立つのではないかと彼女は不思議に思う。そんな彼女の様子、疑問を抱いた表情を読んだのか男性は続ける。

 「だって、そうだろう。そんな全身に血を塗りたくってさ」

 その言葉で改めて彼を見てみると、言われた通りその鎧には血の跡が雨を浴びた後の建物に出来た模様のように描かれている汚れがあるではないか。それに、少し気を付けるとその模様から微かであるが、生臭い匂いもしている。

 他の者たちもその事に今、気づいたようで再び彼へと警戒の姿勢を取り出すゴブリン達に、目を閉じて嗅いだと思うとすぐに顔をしかめるネム。ヤルダバオトは少しだけ驚いた様子で首を傾げていた。連れである彼女もそこで思い出したように気まずい顔を見せる。

 (どうして?)

 気付かなかったのだろうかとエンリは考える。そして、すぐにその答えに行き着く。大きな原因は2つあった。あくまで自分の場合であるけど、まず自分は普段から強烈な臭いに慣れてしまっていた。最近この村に越して来た。幼馴染である薬師少年の一家だ。新しく彼らが住むことになった家からは時折、物凄い異臭がするのだ。どこをどうしたら、ああいった臭いになるのか本当に不思議である。

 その臭いに比べれば彼からするのはそんなに大したものではない気がするのだ。

 ゴブリン達が気付かなかったのは、彼へ対する苛立ちと怒りで視野が狭まっていたから。

 ネムが気付かなかったのは、彼へ対する畏怖からそれ所ではなかったからだろう。

 ヤルダバオトが気付かなかったのは、初めはゴブリン達と同じ。それからは、特に注意をしていなかったからであろう。別に責めるつもりは微塵もないけど。

 彼女が気付かなかったのは、それだけ行動を共にしているから。要は、さっきの自分と同じだ。慣れている為に見落としていたといったところ。

 「あの、それは何か意味があるのですか?」

 この事であれば、特に聞いても問題はないはずである。直感であるけど、間違いもないだろうと彼女は聞いてみた。それに対して、彼の答えは。

 「これは、臭いを消すためだ」

 簡潔にそれだけ答える。しかし、これでは説明不足も良い所だろうと。女神官は無言で先を促す。以前、この事に関して自分は彼からしっかりと説明を受けた記憶がある。自分の口から言っても良いかもしれないが、流石にそこまでしたいと思う内容ではないし、先程からトラブル続きで少々心がやさぐれてしまっているのかもしれない。

 そんな女神官の無言の視線を受け。ゴブリンスレイヤーはその場の全員にその理由を話し始める。

 「奴ら、ゴブリン共は鼻が利く。その為に奴らに近づく為には臭いを消す必要がある」

 説明の途中、ゴブリンだとか、奴らという言葉が出るたびに殺気立つゴブリン達を抑えるのは大変であった。だけど、その甲斐あって何とか理解は出来た。

 「えっと、つまり――その為に鎧を汚していらっしゃるんですか?」

 「そうだ」

 「ほうほう、熱心な事だね」

 感心したように感想を漏らすのは最初に問いかけた男性であった。その言葉に女神官は嬉しく思っている自分がいる事を自覚していた。

 だって、そうだろう? 彼のその行いを理解してくれる人物というのは中々おらず、彼が悪く言われる要因の1つとなっていたのだから。

 「それにしても、随分とまあ、ゴブリンに詳しい冒険者様だ。そうなると、ジュゲムさん達は……」

 何か心配するように男が口にする。

 この人物がゴブリンスレイヤーを馬鹿にしない理由は単純にその方向の知識に疎いと言った具合である。姉妹の件より以前から、この村はモンスターの脅威とはほぼほぼ無縁であった為にそれも仕方ない事だ。

 そんな男の事情を知らない女神官であるが、彼が何を思ってそんな言葉を口にするかはすぐに理解できた。確かにゴブリン狩りに特化したゴブリンスレイヤーであれば、この村に住むゴブリン達をそう言った目、飯の種に見ているかもしれないと勘ぐってしまうのも無理はない。

 「あの、それでしたら」

 「問題ない」

 自分の言葉を遮る形で口を挟んで来たのは、他ならぬ彼であった。その瞬間、彼女は自分の心臓が警鐘を鳴らしていると感じた。そう、まただ。

 (ゴブリンスレイヤーさん!)

 頼むからそれ以上口を開かないでくれと願う。しかし、世の中とは非情であり、彼女の願いは叶わずに彼は続ける。その結果がまたもこの場を炎上させるものであると知ってか、知らずか指をジュゲム達に向け言い放つ。

 「こいつらは、ゴブリンではない」

 「「「ああああ??!!」」」

 絶叫するのは勿論彼らである。

 「おい、ジュゲム! やっぱりこの野郎は許せねえぜ!」

 「そうだ! 我慢の限界だ!」

 「ボコボコにしてやりましょうぜ!」

 口々に彼への呪詛を吐き、死刑すべきだと訴えるゴブリン達。彼は、まるで他人事のようにまったく意に介していない様子であった。

 (ああ、もう)

 見れば、エンリも苦い顔をしている。互いに頭を下げ合い、場を治めようと奮闘する少女たちがそこにいた。

 

 

 

 ◇ 9 ◇

 

 「…………はああ」

 その日世話になるその部屋、ベッドに腰かけて女神官は大きなため息をついていた。それは、この日がそれだけ忙しかったこともあるし、他にも理由はある。先程の彼とのやり取りで確信した事実。

 この世界が自分たちがいた世界とは違うという事を。そうなれば、自然と納得できることもあった。この村の様子にあのゴブリン達――彼は決してゴブリンと認めないけれど――の異質さ等。

 (でも……)

 未だに納得できない事もあった。それならば、どうして奇跡は使えるのであろうか? と。他にも気になることだらけであるが、それよりも考えなくてはならないこともある。

 (これから、どうしましょうか?)

 そう、この先だ。今日の所は此処までであるが、明日からの立ち振る舞い。もっと言えば、どうするのか考えないといけない。出来る事なら元の世界への帰還を目指すべきであろう。自分に奇跡を授けてくれた地母神は元の世界の神であり、その力を別の世界で行使するのはどこか違う気がするし、何より神に対する不敬のように感じるのだ。

 しかし、どうすれば元の世界に戻ることが出来る? その方法は? と、彼女の思考はだんだん袋小路にはまっていく。これだけの事だ冷静になれる者の方が間違いなく少数であろう。彼女は額に手をあてて、その方法を何とか見つけ出せないかとそれまでの記憶に経験、得た知識に集めた見聞を総動員するが、答えは出ない。

 諦めたようにその身をベッドへと預ける。背中越しに柔らかい感触が伝わって来る。彼女はそこで、天井に吊るされている明かりへと手を伸ばして手を開く。まるで、その明かりをとろうとしているようであった。

 その手を握っては開き、握っては開きを繰り返し。彼女は彼へと思いを馳せた。

 (ゴブリンスレイヤーさん)

 彼はどうするのであろうか? と。それは単純な問題ではない。彼の場合は、自分よりも深刻なはずである。世界が違うという事は、この世界にはあの醜悪なゴブリン達はいないのである。それならば、これから彼はどうやって生きていくのであろうと。好奇心と不安が半々に混ざったような心情であった。

 (この世界であったら)

 彼女は1つの仮定を脳内で描いていく。それは、ゴブリンスレイヤーがゴブリンスレイヤーではない人生を送る未来だ。彼は、ゴブリンという存在によって、その人生を大きく狂わされてしまったと言える。それは、かつて彼に救ってもらった身としては、酷く身勝手であり、傲慢な考え方であると自覚はある。

 彼がいなければ、自分はこうして生きてはいない。

 (それでも)

 彼が、ゴブリンという存在に縛られているのは彼を知る者であれば、誰の目から見ても明らかである。もしもとどうしても考えてしまう。

 (もしも、もしもです)

 彼の過去にそんなことが無ければ、彼は健やかに普通の農民としての人生を全う出来たのではないだろうか? あるいは、それこそ普通の冒険者になっていたのではないだろうか? そこで、伸ばした右腕を無造作に倒す。理解している。これはあくまで仮定の話であり、都合のいい想像や妄想の領域を出ないであると。

 (ですけど)

 この世界であれば、彼はその方向にだって、舵を切ることは出来るはずである。

 

 そこまで、考えて彼女は右手を軽く握った状態で自身の視界の上半分をかくす。陽の光が眩しくて目を庇うような動作であった。どこまで考えても結局は彼次第である。

 (……でも…………それでも)

 元の世界での彼の戦いぶりを見てきた者としては、そうして欲しいと勝手ながらに願ってしまう。彼は奴らとの戦いでいつも傷だらけだ。それでも、彼は戦う事を辞めない。奴らが、ゴブリン達が村を襲う可能性がある限り。何とかしたいのに、具体的な方法が思いつかず悔し気に歯を噛みしめる彼女の耳に届いたのは扉を開ける音であった。反射的に上体を起こしたその視線の先には彼がいた。

 「何だ? まだ起きていたのか?」

 「あ、はい」

 そう、彼とは同室であるのだ。その事実を再認識すると同時に頬が火照って来る。男女が同じ部屋で寝るというのは問題がある。しかし、こちらはタダで泊めて貰っている以上。あまり贅沢な事も言えないのだ。

 (うう)

 それでも思う所はある。何でもこの部屋は提供してくれた少女、エンリの亡くなった両親の寝室だというではないか。その事実が更に彼女を熱くする。

 (~~!)

 自分たちはそう言った関係ではない。しかし、夫婦の寝室という状況でどうしても変な方向へと考えてしまう。そんな彼女の葛藤を知らずにゴブリンスレイヤーは手早く鎧を脱ぎ去ると2つあるベッドの内、空いている方へと入り、横になった。

 その手際の良さに女神官は彼へと問いかける。

 「あの、ゴブリンスレイヤーさん?」

 「何だ?」

 「気にならないんですか?」

 「何がだ?」

 その言葉に落胆と軽く不満が込みあがってきた。これでは、気にしている自分が馬鹿ではないかと。それだけではない。

 (そう、あの時も)

 以前、水の街での依頼の際。重傷を負った彼を治療する為に一糸まとわぬ姿で寄り添った事がある。その後、彼に自分の体を見られているが、まるで気にした様子はなかった。その事を思い出して、更に不満は募る。

 (もう)

 ほんの少しでも気にかけて欲しかったと無意識に思いながら、彼女も寝る準備を進めるのであった。

 

 

 

 ◇ 次回へ続く ◇

 

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