SABER MARIONETTE J to X - REBOOT 作:70-90
そうだ、そこにはきっと、素敵な未来があるに違いない。
悲しみのない、誰もが笑って暮らせるような素敵な未来が、
あの虹の向こうにはあるに違いない。
行ってみよう。
この目で確かめてみよう。
そして少年は、勇気を出して、
七色に輝く希望の架け橋を登って行きました。
輝く瞳で、真っ直ぐに、前だけを見て…。
――輝く瞳で、真っ直ぐに、前だけを見て…。
東京、既に夜中の時を回っていた。
激しい夜雨。幾程かの雨粒が、矢を降り注ぐかのようにコンクリートに打ち付けていた。一台の白いトラックが、眩いライトを照らして猛スピードで走っていた。
ほとんどは眠りについたのだろう、そんな夜遅くでも容赦なく街中では幾つかのサイレンの音が鳴り響いていた。
「うまくいったと思ったのになぁ…!」
「バカやろっ!!てめぇがドジ踏まなかったらあんな脆いセキュリティに引っかからなかったんだよ!!」
「今過ぎたことで責めても何もならないっすよアニキ!」
トラックの中では双方の言い合いが、外ではカーチェイスが繰り広げられている。
カーチェイスと喧嘩、両立するのはとても大変で猫の手も借りたいほどだ。
「くっそポリ公どもめ、金魚のフンみてぇにしつこく追いかけてきやがる!!」
助手席に座る“アニキ”が窓から顔を出して後ろを見る。
アバウトに十字路を右折したり、左折したりする。タイヤがアスファルトをこすり、水飛沫をかけていた。運転する男はとりあえず何とかして目的地にたどり着こうという、僅かな理性をハンドルごと強く握りしめていた。一方のパトカーはそれでもしつこく曲がりこんでくる。
ビルの集落を後にして住宅地に入り込む。某のおばさんの怒号など気にしない。ただ『逃げる』、その言葉しか思い浮かばないのだ。
「こうなったら…!」
「どうした!何かあんのか!?」
「しっかり捕まってくださいよ!」
「どわっ」と遠心力に巻き込まれる。下っ端が何回かハンドルを左に回し、ビルの裏道に入る。そこらに寝る乞食に怒鳴りを散らしながら、ただただまっすぐ突き進んでいく。軽トラなので横幅が狭く、裏道を通るには持って来いである。また、彼らは盗みをはたらいたが、それは大量の金塊でも財宝でもない。それよりも価値の高く、この軽トラのコンテナのみで十分な大きさのものである。
裏道の先から飛び出すと、そこにはどの車も走っていなかった。このまま右折し、そのまま突っ走っていった。
別の住宅街に入ってもスピードを緩めなかった。工事で舗装したばかりの道路で、グワングワンと車体が揺れても一切気にしなかった。今の彼らに見えているのは前だけだ。
そして住宅街を抜け、風俗店などが立ち並ぶ街に入る。追手が来なくなったのを確かめると、スピードを緩めるよう男は言った。普段誰も通らぬような、暗い裏道を通る。そこには、辺りの壁と色がかぶっているためになかなか見分けにくいシャッターがあった。1人がシャッターを開けると、すぐに車を入れ、そして閉めた。
その後は短いようで長い、いや長いようで短い沈黙が走った。次に、荒い息を何度も立てる。そして徐々に湧き出てくる達成感。
2人もはや、有頂天気味になっていた。やったぞ。俺達はついにやってやったぞ。後は届け先に送れば、これで俺達は大金持ちだ!
「なんとか撒けたようだな!」
「3つとも揃えたかったっすけど、これだけでもボスが喜びますぜ、アニキ!」
2人は降りた。渡す前に、じっくりと例のものを見て拝んでおこうとのことだ。
後ろに回りこんで、観音開きのドアを開けた。2人の心は躍っている。宝石も金も欲しい、どんな手段を使ってでも強奪してやった。しかしこんなに大きな達成感を覚えたことはない。
コンテナの奥に、ボロ布で雑に覆われたものがある。そこから誰かしらの顔がはみ出していた。凛として、艶のある長髪の女の子だ。気を失っているのか、目は閉じたままだ。無論怯えているどころか、何の表情も見せていない。まるで何もなかったかのように、安らかに眠っているようだった。
「おおーっ、やっぱスゴイっすね!」
「そうだな…。まるで本物の人間が普通に眠って…。ん?」
男は何かを見つけたか、目を細め、眉間に深いシワを作って凝視した。そして、コンテナの中に入り込んでそこを確かめた。
「おいっ、フタが開いてるぞ…」
「へぇっ…!?」
つい低めになった声に、甲高い驚嘆で答える下のもの。彼も駆けつけると、焦りの色を見せた。かさごそと、そこを掘り出すように探し始めたが、すぐに止められた。
「おい、まさか…」
「逃げてる間にどっか落としたんじゃ…、ああっ!!」
そういえば、住宅街で舗装したばかりのあぜ道を無理に進んだせいだ。その時に車が揺れた際に、どこかに落としてしまったのだ。
聞いた途端に頭に血が上るのを感じ、無意識に彼の襟首を掴んで引き寄せる。
「てめぇ!!あれがなきゃコイツはただの遊び人形じゃねぇか!!オマエがあんなムチャな運転しやがったからこうなっちまったんだろうが!!」
しかし、“アニキ”の腕を勢い良く振りほどく。彼もまたストレスを感じていた。
「仕方ないっすよ!あんな切羽詰まった状況で気にしてるヒマなんてないっすから!」
「何だと?口答えする気か!?」
2人の過激な口喧嘩は雨が不意に止むまで絶えることはなかった。
***
翌日、昨日の大雨とは対照的に、晴天に恵まれていた。あちこちの道端に水たまりが見られるが、通勤通学のために自転車に乗っている人達が朝の交通網にほとんど見受けられる。
西暦2056年、地球。既に100億人を超えたが、その全てが人間だということではない。
“人間”はこのように定義されている。生き物としての人間と、心を持った“マリオネット”の2つのいずれかである。
“マリオネット”―人間の模範的行動の援助を目的として生産されたヒューマノイド型ロボットである。ロボット開発は半世紀前から進んでおり、初期は人の形を帯びていなかった。しかし科学の発展と共に、様々なコンセプトが蓄積され、さらに感情創出回路までも開発された。現在の生活でも、マリオネットの存在が欠かせないのである。
「近頃マリオネット基本法が制定され、人間とマリオネットは互いに協力しあわなければならないことは君達も知っているはずだ」
例えばとある都立の高校。80インチぐらいのタッチスクリーンに映しだされたスライドを見る、この教室の生徒は一見同じ人間の風貌である。しかし実際には人間とマリオネットが、ほぼ同等の割合で占められている。人間もマリオネットも同じ授業を受けて、同じ知識を身に着けているのだ。
そんな光景が見られるようになったのは、マリオネット基本法ができたからだ。“人間”という生物は人間とマリオネットと定義され、後者は前者と同じく自ら生活を営む権利が与えられている。数年前、心を持ったマリオネットへの迫害が各国で発生していた当時、イタリアのヴィレイ首相が人権宣言をローマで発表。
『心とは、有機物の我々のみにあらず。故に理性を持つ者全てが含有する概念なり』
その後国連で慎重な協議が長らく重ねられていたが、ついに2054年に『人間とマリオネットについての人権共同声明』が正式発表された。現在でもほぼ全ての先進国では、同様な政策を練り出している。
『1、人間は、人間と自己意識を持つマリオネットのいずれかに定義される。
2、マリオネットは、人間と同等の権利を持つ。
3、マリオネットは、人間の模範的行動を行うことができる。
4、人間とマリオネットは、倫理的な目的で争いをしてはならない。
…』
倉科雄祐は授業が終わった後でも、じっと教科書を見つめていた。
自習というわけでもない。授業の余韻というものである。微かに興味は残っていたために、今こうしているのである。ただ、こうしてから教室を見渡しても、あまりその実感はなかった。
「あーっ、やっと終わったぁー…」
男子が大きく背伸びをする。授業が終われば、生徒は幾つかの群れを作って各々で話を盛り上げたり、馬鹿騒ぎを起こしたりする。
人間というのは、重要な出来事から長く時間が経てば、ほとんどは平和ボケしているようなものである。平和ボケというのは好ましくない言葉に思えるが。ただ、その群れは人間のみとマリオネットのみと、2つに分化されている。
まだ高校生の自分たちは十分な教育を受けても、まだ社会的には未熟者だ。基本法は数年前にできたてホヤホヤだから、人間とマリオネットを差別する連中が未だに多い。今でも、雄祐の目の前で数人の男子がこそこそ話をしている。人間の女子も数人。
「おい、マリオネットの妹だなんてお前もおかしいと思わねぇか?」
ある時、その空気から外れていた雄祐の前の席に座る男子が話しかけてくる。背もたれに腕をかけ、前足を上げて前後に大きく揺らしていた。
マリオネットの妹―水谷
「元はといえば、そのマリオネット基本法ってのがふざけてんよな。『マリオネットは、人間の模範的行動を行うことができる』、って言っても、結局マリオネットは外見変わりゃしない、ただの機械だぜ機械!同じ扱いされちゃあたまったもんじゃねぇよ。なのに、妹だなんてさ」
彼もマリオネットを一台か持っている。しかし彼いわく、扱いと言ったら親とも、それを家事のためにこき使ってばかりだ。まるで基本法などただの校則のように、ペラペラとした一枚の存在でしかないようである。
「いや、俺にはわからん。俺一人っ子だし、マリオネットとかも持ったこともないし」
「関係ないって。てかさ、妹なら妹らしくするようあのマリオネットにプログラムされてるはずだろ? なのにそいつなんか、『聖佳様、門限に遅れてしまいます』とかさ、ありゃあ妹というより―」
バンと不発弾が弾けた。目の前には誰かの両手が乗せられており、5本指いずれもピンと伸びている。
愚痴をこぼした男子は、よく担任に目をつけられている常習犯だ。先生に不意に肩を叩かれた時のように、ビクッと肩を震わせて振り向く。雄祐もまた顔を向ける。黒い長髪の女子が前の男子の方を何も言わずに、睨みつけていた。また男子の方に視線を戻すと、睨まれているからか顔にはっきりと切迫感の色が現れている。
「おっと、やっべ…!」
「ちょっ、逃げんな!文句あったらあたしに直接言いなよ!」
教室に彼女の怒号が響く。振り向くことなく、駆け足で逃げるように消えていった。一間の沈黙の後、再び微かに笑い声がクスクスと聞こえ始める。一瞬、雄祐を見ると、未だに不寛容な様子で教室を後にした。
別に雄祐には、なんとも思わなかった。所詮、マリオネットとの同棲の大変さはそうしている本人にしかわからないのだ。それ以外の連中に首を突っ込む意味などないのだ。
教科書を鞄にしまうと、食堂に行くために教室を1人、後にした。
***
「申し訳ありません」
「別に、あんたのことでむかついてるんじゃないの」
といっても、言動からはストレスが感じられる。実際、建前の台詞でしかない。
いつもこんな毎日だ。人間の自分がマリオネットと同じように迫害される。他のマリオネットがここには沢山いるのに。
なんであの時、妹がほしいって言ってしまったのだろう。いや、言ったとしても、よりによってどうしてマリオネットなのだろう?もし人間の妹なら今とは180度違う日常だったのに…。
「聖佳様、なるべく食事を早めに済ませたほうがよろしいかと。昼1時過ぎに―」
妹なのに。妹なのに、言葉遣いが妹に似つかわしくない、自分が引いてしまうほど丁寧すぎる。
そこは『姉さん』って言う方が普通でしょうが。何、自分そんなに絶対の存在なわけ?冗談じゃない。
「あのさ…」
「お嬢様…?」
プツンと何かが切れた聖佳は一度立ち止まった。
振り向いて、弾丸のごとく不満をぶちまける。
「そのメイドみたいな喋り方、いい加減カンベンしてくれる?姉妹でしょ、あたし達」
「申し訳ありません」
「それに、あんたに言われなくてもわかってるから。いちいち同じ事を繰り返し言わないでよ。先生じゃあるまいしさ」
「申し訳ありません」
頭を下げながらも、無機質な声で繰り返し謝る零子。
周りからクスクスと、珍しいものを見るような目で笑ってくる。何か売店から水を買ってきてというと1人、逃げるようにして食堂に向かった。
―またやっちゃった…。
聖佳の元に零子が現れたのは、およそ13年前。聖佳を産んでから、母が病気で子供を埋めなくなってしまったからだ。妹がいれば、幼年期に妹を欲しがっていた聖佳のためだった。
しかし、父と母はすっかり、自分の“娘”にべた惚れだ。マリオネットなのに…。ただ人の言われるがままの機械なのに…。零子みたいにちゃんと手伝ってくれてもいいのにと言うことがある。冗談で言ったつもりだろうが、それに対して聖佳は辺りきつく返す。あたしはれっきとした人間なの、マリオネットとは違うのよ!しかし、言った後はかならず後味悪く感じるのは否めない。今みたいに。
カレーを頼むが、スプーンを口に運ぶ動作は2秒に一コマ程度と遅かった。美味しくない。美味しくないのに、どうしてこんなこと繰り返していいようか。
「ここ、座ってもいい?」
相席から不意に聞き慣れした男の声がしたので、バッと顔を上げた。
長身で眼鏡をかけた男子生徒が立っている。彼のにこやかな顔は、聖佳にとっては救いの手立てだった。
「君、いつも振り向くのが早いね」
「な…、鳴海先輩!?どどどどどどうぞお構いなく…!」
憧れの先輩に話しかけられたので、聖佳の返事はぎこちなかった。
鳴海という男子生徒は剣道部部長だった。聖佳もその部に所属しており、彼から指導を受けている。
彼が入部してから、2年連続も全国大会に進出しており、彼もまた経験豊富であり、その名も知られている。しかし、彼の指導方法は誰の心をも掴む力を持っている。ちょっとしたミスをしても、彼は『チャンスは一度だけじゃない。直せばなんとかなる』と激励するなど寛容な心を持っているので、特に聖佳以下の部員や顧問からは人望が厚かった。
「いつも大変そうだね。大丈夫?」
「はい…!もう慣れてますので…!ははは…」
乾いた笑いに、ふふっと笑い返す。徐々に笑い声が消えていった聖佳は、恥じらいで思わず俯く。
彼も聖佳のことは当然知っている。しかし、剣道部部長としてはこれは見放せなかった。
「元気出して。人間だろうがマリオネットだろうが、零子さんは君の妹じゃないか。君を一人の姉として信用しているんだ」
「わかってます!わかってますけど、その…」
一度顔を上げてもまた俯いてしまった。しかし『大丈夫』と穏やかの声でつぶやくと、顔をひょいと上げる。
「いいかい?君をからかう連中は皆かわいそうなんだ。人間とマリオネットは仲良くしなければいけない。ここにいる全員は『イエス』かと言ったら実際『ノー』という人がほとんどだけどね。そういう人達は、間違った情報から間違った知識を植え付けられているのかもしれない」
「先輩…」
頭がスッキリする。頭痛薬を飲んだ後のように、頭に残る異物感がすっかり消えていく。彼の一言によって。
やはりそうだ。先輩だけがあたしの支えだ。あたしの大事な道標なんだ。だったら、先輩の期待を裏切らないように、なんとか乗り越えなければ。
「別に君が気にかけることじゃないよ。僕は君の味方だ。困ったことがあったら、是非僕に相談してね」
「はい…」
「もっと自分に自信を持って」
「は、はい!」
慌てて返事する聖佳。そして、鳴海は一度時計を見る。何か予定があるのか、ゆっくりと立ち上がり椅子をしまう。
「おや、もうこんな時間か。さてと、僕は教室に戻るとするよ」
「あっ、あの先輩!…ありがとうございます!」
呼ばれて後ろを振り向く鳴海。先輩に誠意を見せるために、思い切り頭を下げた聖佳。彼女に対して、鳴海はあのにこやかな笑顔を見せた。聖佳は、教室を去っていく彼の後ろ姿を、ドアで見えなくなるまで見届けていた。
「先輩…、あたしメゲません…、絶対メゲませんから…!」
「あの…、聖佳様…」
目を輝かせていた聖佳。しかし、ペットボトルの水を持つ零子に我を取り戻され、恥じらいと怒りを半分味わった。
まさか今のを見たんじゃないよね?でも、大丈夫か、彼女なら。どうせ気に留めないタイプだろうし。それより、遅い、どうして水を買うのに時間がかかったのよと怒鳴っていた。それに対して、売店に長蛇の列ができていたから最短化のために待つしかなかったと、前置きのお詫び付きで言い返す零子。
ドアの縁で、そんな2人を見ていた鳴海。彼からは笑顔を見せていた。しかし、聖佳に見せたものとは別、何か秘めたような笑みを浮かべていた。
***
下校時間になり、校舎から沢山の生徒が解放される。
クラスメイトと別れると駐輪場に向かう。1台のスクーターに跨ると、右ハンドルに携帯端末を挿しこむ。ヘルメットをかぶり、鍵を挿しこんでエンジンを掛けると、ハンドルをひねって発進させた。
この学校ではとりあえず、スクーターでの登校も許可されている。勿論免許付きだ。だが、雄祐は既に高校に入って間もない時期に習得している。ほとんどは自転車で、雄祐と同じ手段の生徒は一握りぐらいだ。だから、登校も下校も基本的1人である。街の中を走る際も、河川敷沿いを渡る際も、住宅街を通る際も、1人である。
しかし、寂しさなど後ろめたいものは感じたことがない。
「ヒトとマリオネット…、か…」
「何に呆けておる、雄祐?」
一言呟いた雄祐は誰かに話しかけられている。しかし、その主は無論人ではないが、マリオネットでもなかった。
右ハンドルの手前に設置されている携帯端末が、武士のような口調で話しかける。名前はサーフェスという。今は亡き、科学者の叔父がくれたものである。AI、人工知能を搭載しているので、表情は出せないが、1人の個人として存在しているのだ。
「別に…。大したことじゃないさ」
「否。たかが八つ当たりの程度で…。人間は相変わらず単純な生き物だ」
「全くだな…」
両者に皮肉を込めて、そう答える。
もう5、6年の付き合いだが、未だに人間を卑下するような言動が見られる。数年前までは最初は反論していたが、年月が立っていくうちに次第に慣れていった。ニュースを見ても、政治家も悪者も有名人も、何かしら自分勝手なところが見られる。人間って、マリオネットとどうしても差別化したいのだが、それでも人間は完璧な存在ではないのだなと、最近悟っている。逆に完璧だと、気味が悪くて仕方がない。
「あのさ」
「なんだ?」
「人間とマリオネットが一緒に生きることって、やっぱ大変なんだな…」
何気ない一言に対して、変わらずの口調で返してくるサーフェス。
「人間でもマリオネットでも、俺はどうでもいい。普通に話せりゃどれも同じ生き物だろ?」
「甘い。所詮マリオネットはマリオネット。マリオネットの行動を徐々に人間にいかなる程度における微分化を施してもなお、お前達人間の不完全な模造品にしかすぎん」
マリオネット―心を持つにせよ、単なるアンドロイド。
数十年前から一般社会に普及され、人間とマリオネットとの上下関係がはっきりとしていた。マリオネットは常に人間に遣われる存在、もしくは労働力を推進するための機械でしかない、その考えを持つ者達は未だにあちこちにいる。日本だけでなく、欧米を始めとする各々の先進国でもなお。
「老いることを知らず、死をも知らぬ。いかなる手段を取っても決して辿りつけぬ、人間的マリオネットの根本的問題だ。共存主義が実現されてもなお、有機物と無機物が対等に接するには、まだほど遠い理想に変わりはせぬ」
スクーターは既に住宅街に入っている。最近工事されたばかりの舗道を渡る。
「じゃあさ」
雄祐が口を開く。
「俺達は何であんなことを学んでるんだ?」
小学生の頃から、マリオネットのことを学んできた。身の回りには人間に似た存在が、あちこちで動いていること。昔は心なしだったものの、今では心を持ち、人間と同等の存在として生活に馴染んでいるということ。中学でも、高校でも。
しかし、自分達からマリオネットへの認識はあまり変わらない。今でもマリオネットを物扱いである。あれだけ知識を植えつけても、さほど変わらない。
「それじゃあ、何かマリオネットから学ぶべきことがあるのか?」
グニャリと前輪が勝手に右に回った。
「うおっっ…!?」
一瞬グワンっとバランスを崩して傾いたが、曲がった先の塀に車輪があたり、止まった。
サーフェスはスクーターに接続しただけで、本体にも接続している。要は雄祐でも動かせるが、サーフェスの意志で動かせるのだった。
「あっぶねぇ…!」
「障害物を発見。感知するのが遅れた」
「もしかして今の嫌味?何もない…」
どうせ図星なこと言ったのだがら、わざと仕掛けてきたのだろう。自分が避けた岩がどこにあるか探るために見回す。そして何かを見つけて次第に目を細め、台詞が途絶えた。
「どうした?」
岩だと思えば、緑色に輝いていた。まさか、エメラルドがこんなところに?馬鹿馬鹿しい考えが一瞬閃いたがすぐに捨てる。降りた雄祐はそのもとに近づいていき、それを拾った。
一度チラ見してスクーターに戻ると、サーフェスにもそれを見せる。画面から光が現れ、その物体を上から下まで照らす。
「単なる石ころではなさそうだな」
「なんだこれ?機械?」
「見ればわかるだろうに」
岩にしては、緑色に光るのはどうも不思議だ。よく見てみた。
何らかの筒状の装置だった。中心に緑色のLEDが埋め込まれている。よく考えてみれば、あの時サーフェスがタイヤを回して回避しなければ、今頃お陀仏だったことだろう。誰からにも拾われなかったのだろうか、乾燥して硬化した泥がへばりつき、全体は黄色く染まっている。
普段誰もが、もしくは度の車だろうが必ず通る舗道だ。なのに踏まれなかったのは、奇跡としか言いようが無い。
「ポイ捨て…、なわきゃないよな…」
「機械を道端にポイ捨てだと?そのような胡散臭いようなことをしでかす阿呆がいるものか」
「…、戻しておくか」
拾ったものを落ちていた場所に戻すだなんて、自分でもおかしい行動だ。だが、ここには俺達しかいない。今は俺達だけの空間だ。それに、これで何か取り返しの付かないことに巻き込まれてからでは遅すぎる。
今そうしようと、サドルから降りようとする。
「待て」
しかし、サーフェスに静止された。
「少し調べてみる価値があろう」
「このガラクタにか?」
「ガラクタならこんな人気の目立つ道端には捨てぬ、お前達人間は」
「わーったよ…」
またサーフェスの長い持論が始まる。今日は一回で十分だ。仕方なくサドル下の荷物入れに入れ、ハンドルを握る。
むしろサーフェスに好奇心が?こんなガラクタに興味が?AIなのに、珍しい動作を見せることもあるのだなと、雄祐は思った。
自宅に戻った雄祐。スクーターをガレージに入れると、雄祐は家に入る。雄祐は3人家族で、要は一人っ子である。父も母も仕事に勤めており、帰りも遅い。
部屋に入り、自分の服に着替える。蛍光灯を点け、それから、下の階から古新聞紙、水の入ったバケツ、雑巾、軍手を持ってきた。
「水を含むものを扱う時、慎重にな」
「わかってるって」
新聞紙に例のものを載せ、強く絞った濡れ雑巾で汚れを落としていく。サーフェスがそれを詳細にスキャンして検索するためである。
真っ白で使い始めたばかりの雑巾が、すぐに茶色く汚れていく。バケツの水も徐々に濁っていく。
「ちょっと調べてくれる?」
「愚問だな」
この携帯端末には色々な機能があった。物質の内部を透視するX線レーダー、ハッキングソフトなどである。雄祐の将来のため…、と言いたいところだが、実際亡き叔父の趣味だと言える。
まず、装置の斜め上に画面を合わせた。すると、画面から光が現れ装置の全体を覆った。網目状の線が一瞬現れ、消える。画面上には色々なコードが上から下まで並列されていく。
開始して一分も立たずに、画面上に『Search Completed』の文字が映しだされた。
「何…?」
「どうしたの?」
「…何故、こんなものがあんな道端に…?」
サーフェスが意外な反応を見せた。AIには理性が存在しているが、プログラムされていないために感情を出すことはないが、驚くことだけはできた。
しかし、こんなことは初めてだ。と言うことは、とんでもない代物なのは明白だろう。
しばらく間をおいて、サーフェスは画面にある名前を映した。
「“乙女回路”だ」
「乙女回路?…乙女回路って…、マリオネットの…?」
“乙女回路”―感情創出回路の一つである。現在多くの女性型マリオネットに搭載されており、人間と同等の知能や思考、感情を司ることを可能にする。同様なものに男性型用の壮丁回路も存在する。しかし、感情の爆発によってシステムが暴走するケースが過去に何件もある。
現在流通されている乙女回路は全て心臓型であり、某のシステム暴走を食い止めるためにリミッターがかかっている。マリオネットにはそれが義務付けられている。
以上、サーフェスの解説である。
「まさか…」
「またなんかわかったの?」
さらに解析したサーフェスが、またもや何かネット上で新たな情報を発見したようだ。再び声から、微かな驚きを表す。
「雄祐、千代田区の国立科学館に保存された最重要機密が強奪されたことは知っておろう?」
「ああ、ニュースで見たよ」
雄祐は返す。今朝見たテレビ番組では大きく報道されていた。しかし、この時はあまり興味がなかった。
「一般に流通されている乙女回路の大半は、西暦1996年に発見された第1号、第2号、第3号の乙女回路をモチーフとしておる」
しかし、こういう平凡な感じはここまでだった。
「それらのマリオネットに関する情報は全て機密事項だが、一つ専門家の間で判明しているのは、回路は筒型だったという情報のみだ。つまり、お前が手にしてるのはまさに正真正銘の初期型の乙女回路だ」
サーフェスの一言が一瞬では理解できなかった。もう一度回路に目を移した。
何かやばいことに頭を突っ込んでしまったことに、少しずつだが焦り始め、そして後悔した。
あの時、何で置いて来なかったんだ…!何でサーフェスの口車に乗っちまったんだ…!バカだ俺…。声には出さなかったが、グニャリと机の上に倒れこんだ。
「とりあえず、明日は学校の後警察に渡すしかないな…」
「単調だな。…実に面白くもない」
思わず雄祐の喉がいらつきでつっかえた。
「面白くないってお前…、何のつもりだよ…!」
「…そうだ。そんなに返したいのなら、“持ち主”に返してくるというのはどうだ?」
「持ち主?科学館にか?」
「否…。その回路の“持ち主”にだ」
ドワっと心が噴火し、雄祐は机を叩いて思わず立ち上がった。
「乙女回路から発する電磁波を逆探知する装置が、裏世界で違法製造されておる。そこをダシにして、どこか広大な場所に向かわせるほうがよかろう。例えば、お主の通う高校とかな」
「お前…、自分が今言ったことわかってるのか?俺どころか関係ない人まで巻き込むつもりか?」
サーフェスは人間の単純な行動が気に入らず、いつものように何かしらの逆説的行動をするよう唆す事が多い。その一方で、マスター以外の他人の安全は考慮しなかった。無論、感情を持たないからだ。AIでも、感情創出回路より劣っても、なかなか油断できない。
「『マリオネットは、人間と同等の権利を持つ』。今貴様のしようとしている行為は、貴様自身を裏切るのと同等だ」
「このやろっ…」
しかし、雄祐はこれ以上言い返せなかった。
サーフェスの視点から、雄祐は自分のクラスメイトと同じようなことをしていると察している。マリオネットを卑下する行為の一歩手前の状態にいる。…いいや、間違っている。雄祐は思った。自分はマリオネットを差別する気はない。興味はない。しかし、何故か言い返せず、机においたまま強く拳を握り締めるだけだった。
結局、サーフェスの警告には反論できず、ドサッと椅子に持たれこんだ。
「…勝手にしろ…」
「私ではない。雄祐、お前がやるのだ。このまま持っていても時間の問題だがな」
冗談じゃねぇと、雄祐は椅子の背もたれを大きく後ろに倒した。
前書きについては、JtoX本編の24話よりです。
25話からのつなぎとして引用させてもらいました。