SABER MARIONETTE J to X - REBOOT   作:70-90

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群青の嵐、東京に来る(その3)

「どうやら、みなさんは裏の方から避難されたようです」

「ってことは、あとは俺達だけか」

 

 校舎の後ろには雑木林が立っている。しかし、この高校の入口は3つあり、正門、東門、南門のどれかである。その内南門を通っており、その先にはもう一箇所のグラウンドがある。そこに生徒達、教師達が集合しており、後に来た警察の関係者達に保護されている。

 ここの校舎は4階建て、高さ15メートル。それに、断熱性構造である。最近の技術は驚くばかりだ。この高校の敷地内にある建物全ては耐震性も防音効果も、耐熱性も都内では抜群のポテンシャルを誇っている。特に注目するべきなのは、その耐熱性というもので、サーモグラフィで除いても外壁そのものの温度しか映らないのだ。これだけの環境ならば、見られはしまい。セイバー達は今静止している。落ち着いて、ゆっくりと入口に向かって進め。入った隙にすぐに階段を駆け下りろ。廊下を走れ!階段を降りろ!裏口から抜けだせ!雑木林の中を走って避難場所に向かえ。雄祐は心の中で自分に呼びかける。サーフェスに言えば原始的な手段と罵られるだろうが、自分の思いつく手段の中で、これこそ最善なのだ。そっと手を伸ばし、零子に呼びかけようと―

 

「待ってください!」

 

 できなかった。

 

「しっ…!…どうした?」

「…、聖佳様の姿が見当たりません!」

「はぁっ…!?」

 

 零子は雑木林の方で座って、南グラウンドに避難している人々から聖佳を探していた。顔認識システムがオプションで搭載されているが、聖佳の反応が彼女のヴィジョンには一向に表示されない。“認識無し”の表示が繰り返し表れるだけだ。

 

「おい!聞こえるか、都立日々ノ宮高校の諸君!」

 

 “アニキ”は拡声器を通して、2人しかいない校舎に向かって叫ぶ。雄祐は焦ってうつ伏せになり、不良の方に柵越しで目を向ける。

 こんなダサい服着て、こんなチンピラ野郎が?戦争道具のセイバーを持ってきたというから、どんなやつかと思えば、なんだか知らんが正直ガッカリした。以上、雄祐の思惑である。

 

「もう誰もいないし、誰も聞いてないと思うっすよ!ヤツら裏口から逃げていったそうで―」

「うるせぇ、バカにしとんのか!?俺でもわーってるわ!てか今、話の最中だ、黙っとれ…!」

 

 下っ端に悪態をつくと、再びメガホンを校舎に向ける。どうもガッカリさせる連中だと、雄祐は思った。また、実際憎めない存在ではないのかと、浮ついたのは別の話である。だが、安心はできない。一方、男は確信している。どうやら、誰かは必ず残っていると。必ず、誰かが逃げ遅れたと。

 見つかったら、ちょっといじめて、他の連中がどこにいるか吐き出してもらおう。そいつらを人質に取って警察を混乱させ、その隙に俺の“下っ端”にやってもらう。見つかったら、すぐにドロンとしてやろう。もし変な真似するようなら、こいつらで…。

 

「おいアニ―ぐはっ…!」

 

 一度思索を止め、“下っ端”をひっぱたく。気を取り直して、メガホンのマイク部に口を近づける。

 

「この高校の誰かさんが、俺達の大事な持ち物を持っていやがる!そいつはすぐに俺達のもとに来い!」

 

 根本的に考えて、この見知らぬ男がなにか話しているが、身につかぬことだと大抵の人は絶対に言う。雄祐も一瞬感じた。

 

「なんだよ持ち物って…。遠足じゃあるまいし…」

「もし出て来なければ、御宅んとこのカワイコちゃんの命はないぞ」

 

 “命”という言葉を聞いて、チンピラどもへの意識が変わる。同時に雄祐の頭に疑惑も浮かぶ。

 サーフェスを白い軽トラの方にかざし、サーモグラフィモードに切り替える。すると今立っている2人以外に、コンテナの中に熱源反応が表示される。

 

「あの白い車の中に生命反応を検知したぞ」

「…、まさか…!お嬢様が…!」

「ちっ、チャラいわりには卑怯な真似しやがる…!」

「あり得るな」

 

 平然と答えるな!と、雄祐は突っ込みたかった。しかし、サーフェスの台詞はそこでは終わらなかった。

 

「まだ悟らんのか?」

「何を?」

「お主にはもうわかっておろう?」

 

 「あっ」と、雄祐の口から無意識に漏れた。「どういうことですか」と、零子が聞いてくる。咄嗟にバッグの元に駆け寄り、中から緑色の乙女回路を取り出す。何故、チンピラどもがセイバーを連れてこの学校に来たのか?何故、この学校なのか?何故、人質をとってまで欲しがるのか?その答えは全て、雄祐の持つ乙女回路なのだ。しかし、一般に流通されているものとどう違うのかだけがわからなかった。

 

「まさか、これを求めて…。しかし、どうして雄祐さんが…?」

「いや…その…、家に帰っている時にあーだこーだで…」

「すぐに渡してください!」

「はあっ!?」

 

 零子の優先基準は一つ、“聖佳の安全”である。マスターを守るためならば、どんな手段も選ばない。パッと乙女回路を取ろうとする。しかし、取られまいと立ち上がって後ろに腕を伸ばしたり、背中に回したりする。

 

「渡してください!」

「ちょっと待て!勝手に決めんな!」

「聖佳様のためです!こうでもしなければ彼女の命がありません!」

「『すいませんでした』って言っても今頃済むかぁっ!」

 

 どちらも一歩譲らない状態である。聖佳を助けなければ、という意志はプログラムされた彼女でも、偶然遭遇した彼でも持っている。ただ、雄祐はできなかった。あんなに胡散臭い―本当のところ、言葉にもしたくないが―連中に渡してもろくな事にならないとわかっている。

 しかし、冷静になって気づいた。今の自分達は立ち上がっているし、大声を出していることから、すぐにあの2人組に気づかれた。

 

「アニキ、いやしたぜ!!」

「あのガキどもか、…ダメじゃないか知らないもん拾っちゃ…」

 

 「いけ!」と言うやいなや、セイバーが爪を前後に大きく振りながら走りだす。1体が咆哮を上げ、3体とも飛び出す。

 

「げっ!?逃げるぞ!」

「えっ…!ちょっと…!」

 

 動こうとしない零子の手を取り、ドアを開けて後者の中に入る。

 3体の内1体は屋上へと、外壁を伝って走った。屋上に到達すると、雄祐達がちょうど入った入口に目を向け、両手を振り回して粉々に破壊する。無論、破片が雄祐達へと大きさも問わずに散らばってくる。

 

「どわっ…!なんなんだよチクショウ…!」

 

 他の2体も1階の窓を突き破って侵入する。

 『ちゃんと教育してるのか?』という愚痴は聞こえても、3体の前では何の意味をも成さない。ワイバーンの取り扱いが極めて難しく、主に闘争本能しか基本ソフトウェアはプログラムされていない。『殺す』という本能に動かされ、動かぬ存在でも爪によって切り裂かれていく。壁は壊され、ガラスが飛び散り、机がひっくり返され、木材が飛び散り…。

 そんな中、雄祐達ができることは逃げることだけだ。階段を何段も駆け下りて、1階にたどり着く。息を切らしながらも、廊下を走って行く。

 

「雄祐、このまま体育館に向かえ」

「なんで体育館に?」

 

 雄祐が必死に逃亡を続けている間に、サーフェスは自分でワイバーンに関する情報を、ネットを通じて探索していた。

 あの量産機について調べてみたが、通常の視覚センサーを搭載してあるが、透視機能は付いていないようだ。だが、聴覚には敏感だ。20ヘルツの微かな音でも反応する。確かに開放感のあるこの建物では丸聞こえだ。ガラスが割られ、外へと漏れやすくなっている。

 一旦そこに避難だ。そう思った雄祐は走りだし、純白なピロティーを通って第一体育館に入る。内壁も床も、ともに無機質なもので出来ている。とても明るいのは窓から入る日光のためである。しかし、このために一番密閉感が感じられる。1つの音たりとも出しはしない。ステージに上り、舞台裏に隠れこむ。仄暗くて視界が狭いが、しばらくは時間稼ぎができる。

 

「聖佳様…!」

 

 大事なことを思い出したように表情を表し、立ち上がる零子。しかし、すぐに「待てよ」と雄祐に手を掴まれる。

 

「離してください!いますぐに聖佳様をお助けしないと!」

「わかってるだろ?このまま外に出れば、俺は殺される。お前もスクラップにされちまう」

「私はそれでも構いません!聖佳様が助かれば、私の命が尽き果てても―」

「勝手なことを言うな!」

 

 雄祐の怒鳴り声でハッと驚き、零子の口が止まる。「やれやれだな」とサーフェスの陰口を耳にするがそこは気にしないで置く。また、零子の表情を見て、マリオネットだけれども心を持っていると一瞬悟る。

 

「やめろよ。そうやって命を無駄にするのはさ」

「無駄とは何ですか!聖佳様をお守りすることが私の役目!それを無駄と切り捨てるなんてあなたは―」

「そうじゃねぇ」

 

 雄祐が再び止める。しかし、内心面倒くさいと思っていた。

 零子のしようとしている行動は(あなが)ち間違ってはいない。こうして人を助けることは大事なことだ。しかし、問題は、零子が聖佳のことを“姉”というよりも“マスター”でしか見ていないということだ。だから、なんだか聖佳の気持ちを思っていないような気がすると、兄弟姉妹を持たぬ雄祐でも悟ることができた。

 

「俺は絶対にお前の姉貴を助けだしてやる。ただし、お前の犠牲はなし。いいな」

 

 愛想があるとはいえないだろうが、口端を釣り上げてそう言う。零子はそれでも顔がうかないままだ。

 同時に、一抹の疑問を抱く。奴らが追ってこない。奴らならここだって隈なく荒く探しまくるはずだ。やけに静かすぎる空間に、背筋が寒くなる。どこかから、壁を突き破って出てくるんじゃないのだろうか。そんな中、空気を壊すようにしてサーフェスが話しかけてくる。

 

「雄祐、もう1体のマリオネットが現れた。人型だ」

「あのヤロー…」

 

 思わず愚痴をこぼす雄祐。零子もハッと、驚きと不安を同時に感じさせる素振りを見せる。“マリオネット”と聞くやいなや、聖佳の事になれば居ても立ってもいられない、そんな“変人”を、彼も零子も知っていた。

 

***

 

「なんだテメェは?」

 

 顔を歪めて、“アニキ”が悪態をつく。

 チンピラの目の前に、学ランを纏った1人の少年が立っていた。茶髪が風で靡く。

 男性型マリオネット―大和横臥が、ポーカーフェイスで彼を見つめる。

 この横臥という少年は、前から聖佳のことを気にかけていた。むしろ、つきまとっていた。要はストーカーじみたことをしている。行動だけでなく、台詞も外れたことを言ってばかりである。

 入学し、別のクラス―雄祐と聖佳のいるクラスの隣―だが初めて出会った時、たとえば横臥はこんなことを言った。

 

『僕の子供を作ってくれる?』

 

 オブラートに包まず、表情を表わさないままで露骨なことを言われた聖佳はすぐに拒否反応を示す。勿論、今でも彼に対して悪印象を未だに持っている。閑話休題。しかし、その愛情はギリで歪んでいるわけではない。

 

「聖佳を返してもらう」

「はぁ?」

 

 しかし、聖佳はあの女子だとすぐに理解する。

 おやおや、ここでヒーローのお出ましかい?カッコいいねぇ、笑えるねぇ。けどくだらねぇ。ありきたり過ぎて、ばかばかしくてヘドが出るぜ。

 だから、そして腹を抱えて笑い出す。

 

「冗談にもホドがあるぜ…!!なんだよ聖佳を返してもらうってさ!ホレボレの女を返せってか!?いいだろう、テメェの台詞通りに返してやる。ぶっ壊されなければの話だがな!」

 

 ナイフを懐から取り出し、弧を描いて振り回す。しかし、サッと避けられる。

 それでも構わず、ナイフをパッパッと素早く突きを入れる男。それに対し、横臥は一歩一歩後退りしていきながらも、身を交わして、煌めく刃先を横に流している。不気味な笑みを浮かべていた彼だが、徐々に顔を濁していく。

 オラァ、と不乱に振り回す。その時、横臥はしゃがみ込み、相手の腹にブローをぶつける。

 

「ぐはぁっ…!…、何だよ、その動き、人間じゃねぇな…。オメェもマリオネットの1人だろ!?」

「それがどうしたんだ?それよりも、早く僕の聖佳を返せ」

 

 遠くから、様子を見る雄祐と零子。

 それにしても、意外すぎた、というのが最初に思い浮かぶ感想である。零子は要注意人物、雄祐はただの変態にしか思えなかったが、まさかカタを覚えているとは。勿論、人間基準で見てのことだが。結局、“訳の分からないヤツ”であることに変わりはなかった。

 なぜ、そこまでにして聖佳に執着する?『マリオネットだから』という考えは切り捨てて、後で聞いてみるか。

 

「おい、零子。行くぞ」

「行くって…」

「決まってんだろ。あんたの姉貴を助けにだ。それともあれか?慄いちまったとか?」

「そんなわけないじゃないですか!でも…、どうして、そこまでにして、私の姉を…、聖佳様を…?」

 

 零子は尋ねてくる。「それは―」と言いかけて、そこで口が止まる。

 何も思いつかない。…そういえば、どうしてだ?

 聖佳の前でカッコつけたい?ないない!あんな性格きつそうな女子は自分には不適合だ!

 助けるのが当然のことだろ?…理由としては、ちょっと臭すぎるな。こうだからこう的な。

 玉砕覚悟?いや、俺は生きる。絶対に死なん!

 …結局、何も思いつかない。

 

「知らんな。内心ヒーローになりたいと思ってんじゃないの、俺?」

 

 なんて適当にいってみる。

 気持ち的に2番目だろうと雄祐は考える。しかし、違かった。何かしら理由を付けて助けようたって、それこそ時間の無駄だし、自分と同じ人間だし、ただ、自分の常識に則っているだけだし。

 …理由なんかどうでもいいや、ただ前を見る。それが彼なりの答えである。

 

「それとあれな。俺とあいつの前では、“聖佳様”とか“お嬢様”っていうの禁止な」

「なぜマスターでない貴方が!?」

「これで借りなし。それと、あいつのため」

 

 「面倒くさいな…」とニヒルさを見せながらも笑い、彼女とともに体育館を後にする。

 そんな中、横臥が男を圧している。さっきまで、空手のコンボを見せつけていた。“下っ端”の方はというと、男が蹴られたために飛び道具となって運悪くも直撃し、気絶してしまっている。

 「くそったれが…」と男は弱々しく立ち上がる。しかし、戦う体力は残っていないと判断した横臥。歩き始め、彼の横を素通りしていく。

 

「おい、テメェ…!まだ終わってねぇぞ!」

「人を殺してはいけない。もし殺したら、人に嫌われる。聖佳にも嫌われる」

 

 何も答えてこない。それでも、横臥は歩く。あの白いトラックの方に近づいていく。彼処に、聖佳がいる。「待ってて」と微笑む。

 

「&%&&$#$%&’!!」

「!!」

 

 と、背後で男が焦りの表情を見せたが、一瞬であり、むしろ建前のものでしかなかった。

 横臥の背後に黒い影がかかる。振り向いたが遅し。1体のワイバーンが跳びかかり、右腕で彼を薙ぎ払った。蹴飛ばされた小石の如く、グラウンド上を跳ねていく。

 左手をつこうとするも、何故か滑る。上半身を強打してしまう。今の一撃は強烈過ぎたか。左腕がいかれてしまっている。

 

「うがっ…!!」

 

 両手を両爪で押さえこみ、地面に爪を突き刺す。別のワイバーンの腕が両腕の方も固定し、背中を強く踏みつける。ここで苦痛の表情が、横臥の顔に現る。

 それに対し、男は嘲笑を浮かべながら歩きより、膝を曲げて座り込む。「オラッ」と髪を引っ張りあげて、彼の表情を伺う。

 

「はな…せ…!」

「ナメた口叩いてんじゃねぇぞ、恋人風情が。安心しな。すぐには殺さねぇからよ、一本一本こいつに引きちぎられてくたばっちまいな」

 

 すると、ワイバーンの腕に力が入り、ゆっくりと後ろに引っ張りだしていく。「ううっ…!」と横臥の口から苦痛の音が漏れ出す。

 

「アニキ!」

 

 いつの間にか意識を取り戻した“下っ端”が何か慌てて指をさす。その方に身体を振り向く。そこにはコンテナに雄祐達が、ちょうど今その中に入るところだった。

 数分前、雄祐達は体育館のドアを覗き見できる程度に少し開け、外の様子を伺っていた。この時、横臥はちょうど“アニキ”と対峙していた。サーフェスが最善なルートを編み出し、そして横臥をダシにして車にたどり着くという作戦を立てていた。雄祐はそれを飲む一方、横臥には「すまない」と謝罪の念を込めていた。サーフェスに、別の超音波を送り込む発生させることで気配を消していたので、すぐに出来ることだと確信していた。

 

「やべっ、見つかった!」

「クソッタレ!こいつは囮かよ!」

 

 いや、したくてした覚えはない。雄祐はすぐさまに思った。

 コンテナの中に入り込んだ。勿論、これで逃げ場はない。しかし、だからといって仕事屋の方も手出しはできなかった。あのコンテナの中には人質とマリオネットが積まれている。どちらも依頼者に渡すべき、大事な代物だ。安易に攻撃して傷でも付けてしまったら、あの人は只じゃ置かないだろう。まさに人質を取られたようなものだ。

 外で“アニキ”が歯を強く噛み締める一方、雄祐はビニールとガムテープを外していた。既に起きていたらしく、健人が入ってきた時、聖佳は打ち揚げられた魚のように捩っていた。

 プハッと息を大きく出すと、零子の方を見た。

 

「零子、雄祐…、なんでここに来てるのよ!?」

「聖佳様―」

「零子」

「―姉さん。雄祐さんと共にあなたを助けに来ました」

「そうだったの?」

 

 『姉さん』と初めて呼ばれたのか、聖佳の反応はぎこちない。説教をするつもりだったが、何も言えない。

 

「おいガキども。大人しく出てこい。さもなくば、コイツはスクラップにされちまうぞ」

 

 外では“アニキ”が脅迫染みた台詞を吐き出す。つい、「コイツって誰?」と不安ながらに聖佳が尋ねる。

 

「横臥だよ」

「あのド変態マリオネット…!こんな時もノコノコとしゃしゃり出てきて…!」

「でもどちらにしろ、お前を助けに来たことに変わりはないだろ?」

 

 拳を握っていたが、雄祐の一言で「そうなの…?」と声を詰まらせる聖佳。とにかく、なんとかして助けなければならない。

 

「…」

「どうしたの…?」

 

 しかし、ふと雄祐の視界にもう1体のものが目に入った。覆いから黄色い布がはみ出ている。

 ちょっとごめんとどかすと、そのもとに歩み寄る。「それって人のものでしょ?」と宥める声が聞こえるが、結局は興味には勝てなかった。躊躇もせず、バサッと覆いをめくる。

 

「!」

「ひぃっ!?」

 

 1人の少女が壁に寄りかかっている。青かかった黒い髪を下ろし、頭に黄色のバンダナがかかっている。目を瞑り、首を傾け、まさに眠っているように見えた。しかし、息はしていない。熱さえも感じられない。それだからこそ、聖佳が引く反応をみせる。ただ、両方の二の腕に筋が入っている。

 

「マリオネット…?」

「どうやら乙女回路は此奴のものだな。透視する限り、胸部にあるはずの装置が空だ」

 

 いつの間にかサーフェスが透視機能を用いて、このマリオネットの内部を確認していた。なるほど、と感心すべきところだが、実際、雄祐はジト目で見ていた。

 

「…あのさ」

「どうした?」

「…、そこに入れるのか?」

 

 彼女の胸の方に指差す。雄祐も男だ。マリオネットはマリオネットだが、人間の可愛い女の子にしか見えないから、思春期に入っている彼は触るのに躊躇している。

 

「それに何か問題があるのか?」

「当然でしょ?乙女の服を剥いで肌を晒せっていうの?マリオネットに対してもそれはないわよ」

「朴念仁かお前は」

 

 とぼけているサーフェスに対するつっこみ、雄祐のみならず、聖佳も加わってきた。

 今、女子の2人が見ている。零子ならともかく、聖佳は訝しげな表情を見せつける。そう言っても仕方がない。AIだからその分別がつかないのは仕方がない。

 「そんなのほっときなさいよ…!」と、ヒステリックに表す聖佳。だが、昨日のサーフェスの一言で、ほっとくという手段をタブーに思ってしまっている。雄祐は一息つくと、恐る恐る胸元の方の布を退かし、恐る恐る胸骨の部分を押す。「あっ、あんた、自分のしたことわかってんの!?」と好き勝手に言ってくる声がするが、聞こえないふりする。すると、シューっと蓋が勝手に開いた。心臓部辺りに接続部がある。しかし、何かがなくなっている。鞄から回路をそっと取り出す。「ちょっと雄祐…!」と静止を促す声も聞こえてくるが敢えて無視する。恐る恐る近づいていき、カチッとはめ込む。

 

「アンタねぇ―」

「ちょっと黙っとけ!」

 

 ガチッ!

 

「…!」

 

 不意な音が生じ、思わず手を引っ込む雄祐。回路がゆっくりと収納され、そして自動的に蓋が閉まっていく。しかし、それだけである。しばらくしてもどこも動かない。瞼一つも動かない。雄祐が思わず、「マジかよ…」と片手で顔を覆う。

 

「誰にも起動させることもできなかったからな。それに50年以上もこの状態のままで保管されていたのだ。仕方がなかろう」

「そんな事より、そいつを置いて早くこっから―」

 

 バサリとコンテナの羽織から白い手が伸びてくる。気づいて慌てて振り向いた時には既に遅し。その両手は女子の2人を掴む。

 

「きゃああ!!」

「聖佳!零子!」

 

 そのまま引き込まれ、光へと吸い込まれてしまった。そして、外から大きくて甲高い笑い声が聞こえる。

 狂ったような叫びが同じ所から聞こえる。雄祐はその光を睨みつける。

 

「もう堪忍袋の緒が切れちゃったよ!?これ以上駄々をこねるってんなら、このガラクタだけでなく、可愛い子ちゃんのマリオネットもスクラップにしちまうぞ!」

「あ~っ、もう何なのよもう~!!ホ~ント今日最低…!!なんでいつもろくなことなんかないの!?だいたいアンタ、女子にこんな乱暴なことしていいわけ!?もし警察に捕まったら、チカンで訴えてやるから!!」

 

 「……」と呆れ顔で見つめる男。「うるさいアマちゃんだな、所詮高校生ってそんなもんか」と影で叩くほど、呆れていた。今すぐ乱暴して黙らせたいところだが、依頼者に贈る大事な代物なので、そんなゲテな手段をする訳にはいかない。ならばと、コンテナの方に目を向ける。その一方、雄祐は必死に呼びかけていた。

 

「おい、マジふざけんなって…!これがなきゃあんた起きねぇんだろ!?」

「ちょうどいい。…やれ。程々にな」

「くっ、ゆうす…!うぐっ…!?」

 

 横臥が状況を把握し、体を動かそうとするもダメージが大きすぎて力が働かない。彼を押さえていた2体の内、1体―両腕を押さえていた方―が離れていった。しかし、すぐに両腕を封じられる。

 

「雄祐さん…!!」

「雄祐!!ダメェーーーっ!!」 

 

 ワイバーンに握られたままの2人も叫ぶ。しかし、雄祐には聞こえなかった。

 

 信じられなかった。

 せっかく、よくわからんチンピラから取り返してやったのに! 

 せっかく、よくわからんあんたに心を返してあげたのに!

 これがなければ、あんたは生きられないって聞いたのに!

 これがあれば、息を吹き返すって信じていたのに!

 頼む、あんたが頼りなんだ!

 まだ、昨日にあんたのこと知ったばかりだけど、

 まだ、あんたのこと全然知らないけど、

 何故だろう…。

 こんな時はあんたしかぶっ壊せねぇんだ!

 そう思う。

 だから頼む。

 起きてくれ。

 俺達を助けてくれ。

 …

 一息ついて、マリオネットに声をかける。

 

「……」

「おい、起きろ」

「……」

「起きろって」

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きろって言ってんだろぉぉがぁぁぁっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、雄祐の背後ではセイバーが爪を突き立てていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―PROGRAM LIME

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―START

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドンと、大きな音が響いた。

 セイバーが吹き飛び、今度はそれがグラウンド上を滑り、鉄屑をまき散らして転がっていく。

 一瞬の出来事だった。たった一発である。たった一発の攻撃で倒されたのだ。予期せぬ事態のために、残されたセイバーは待機モードに入っている。雄祐も、聖佳も、零子も、横臥も、謎の男2人組もこの光景を見て呆然としていた。

 

「何…?なんなの今の…?」

「生体反応が1体。雄祐さんは無事です」

「アニキ…、一体何が…?!」

「知らんわ!!んなバカなことあるか!!あのセイバーは最高速度120キロ、最大出力1000馬力の軍事用量産型セイバーで、そいつらよりバカみてぇに強力なやつなんかいねぇはずだろうが!!」

「…、もう一体、乙女回路の反応が…」

「乙女回路?」

 

 突如、雄祐の目の前で何者かが着地する。ピコ、ピコ、と変わった足音を立てて近づいてくる。彼はこの瞬間で、ハッと我に返っていた。

 ゆっくりと立ち上がる後ろ姿を足元からゆっくりと、恐る恐る見上げていく。その影は、頭に被った黄色いバンダナ、羽織の袖を靡かせていた。

 彼女は目覚めたのだ。何年かわからない、ただ長い年月をかけて眠りに着いていたマリオネットが。

 違和感を感じた。『マリオネットなのに』という言い訳は無論通用しない。どれも心を持っているのだから。しかし、彼は思った。こんなに、思わず自分の目の前にいるのは、普通の人間ではないのかと。こんなに透き通った笑顔をしたことのあるマリオネットは、彼女以外にいたのだろうかと。

 

「大丈夫?」

 

 振り返った少女は手を差し伸べてきた。起こす前とは全然違う。

 緑色の目は澄んでおり、自分に微笑んでいた。雄祐は引き込まれるようにその手を掴み、立ち上がった。彼女は今でも、自分を見続けていた。

 

「起こしてくれてありがとう!ボクはライム!」

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