SABER MARIONETTE J to X - REBOOT   作:70-90

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群青の嵐、東京に来る(その4)

 マリオネット。巷では数多の環境で見かけられる。また、各々には乙女回路もしくは壮丁回路が搭載され、ヒトと同じ行動、感情、思索行動などが殆どできるようになっている。しかし、“殆ど”というのは“完璧ではない”と同等であり、”ヒト>マリオネット”の関係式が根強く残っている。マリオネットはヒトの意思を尊重し、ヒトの意思のままに行動することだけしかできない。

 

「キミは?」

「俺…?…雄祐、倉科雄祐…。―後ろ!!」

 

 後ろから、獣が刃状の爪を振り下ろしてくる。しかし、ライムはそれを前腕で受け止め、くるりと回して脇で掴む。腕を引っこ抜こうともがくが、ライムの腕力がそれを許さない。また、ライムはワイバーンをギッと睨みつけていた。グッと、空いている右を強く握る。

 

「ボクの…、ボクの雄祐をいじめるなぁっ!!」

 

 無機質な鳴き声を上げてもう片方の爪を振り下ろすセイバー。しかし、腕を強く引き、爪が届く前に胴体を殴る。装甲が大きく凹んで後ろに飛ばされ、その勢いで掴まれた右腕がビチッと千切れた。再びグラウンドを転がり、堀を作るが、今度は爆発を起こした。残された右腕を脇にポイっと投げ捨てるが、その背後にいる雄祐は言葉を失っている。勿論、他の人達も同様の反応を見せている。特に、“下っ端”は顎が外れるのに十分に大きく口を開けて呆然、男は膝をついて「あ…、ああ…」と弱々しくて情けない声を漏らしていた。先ほどの余裕ぶった態度―ワイバーン―は、既にあの子に殴り飛ばされている。言い換えると、精神的に全体の3分の1のダメージを受けている。

 それにしても、このセイバーマリオネット、JSM-01R“ライム”の場合はどうなのだろうか。関係式が成り立つにせよ、マスター=倉科雄祐を守ろうという意志が強い。しかし、零子のように他人行儀になるわけではなく、横臥のように道理の何もかも知らないわけではない。一、恋人としてか、一、兄妹としてか、彼女の対象関係はかつてのマリオネットの性質を無視しているに変わりはなかった。

 

「クッソガキ…!!起動させやがっただとぉぉっ…!?」

 

 男が悔しがって、今更感が強い内の叫びを上げる。

 悔しさから来る自棄は情けない物である。ライムの驚異的な力を目の当たりにした途端、「ぶっ壊されちまえ」と自棄気味になっている。今度は残り2体が、ライムの前に立ちふさがる。

 

「ライム―」

「まかせて、雄祐。ボク、やっつけてやる!」

 

 雄祐には名いっぱいの笑顔を、2体のワイバーンには真剣な顔を見せる。

 2体のセイバーが爪を伸ばして構えている。目の前にいる獲物を狩る気でいる。煌めく刃先を振り回し、細切りにしてしまうのかもしれない。しかし、ライムは決して気後れすることはなかった。ゆっくりと歩き数メートルをドスンと歩いたところで、構えの体制に入った。テレビで見るボクサーのように、拳を立てている。

 

「いっくぞぉぉっ!!」

 

 その台詞を合図に、その内1体が飛びかかる。爪を立てて、後ろから大きく振り下ろしてくる。

 地面を掘り深く突き刺さったが、既にライムは、ワイバーンの背中の上で転がり込み、後ろに回りこんでいる。振り向いて、何度も爪を突き立てる。しかし、避けられる。右左上右左上…、という調子で目に見えないほどの動きで避けるライム。

 背後でもう1体が爪を振り上げる。「おっと!」と慌てて、気づいたライムは身をかがめる。その爪の動きは止まらず、向かい合わせの1体の頭部をとらえた。爪で引っ掛け、導線ごと引きちぎり、ボレーを決める。自分の首を失ったワイバーンは、無きものを触ろうとしながら、後退りしていく。ライムが同士討ちの光景を見て呆けている。その一方で―討ち取った本人の―ワイバーンは勢いで前に進む傍ら、右足を伸ばし、ライムを強く後ろに蹴り飛ばした。

 

「うああっ…!!」

 

 しかし、転がりはしなかった。体制を整え、着地体制のままグラウンド上を滑り、静止。

 

「やったなぁ…!」

 

 ライムは正確に攻撃を当ててくる横臥と異なり、縦横無尽に動いて仕掛けている。しかし、彼女の与える一撃は伊達ではない。現在、各国の軍事機関に普及されている軍事用のセイバーが、見ず知らずの者、一見可愛らしいマリオネットに、―“アニキ”の感覚で比喩すれば―自在に移動できるサンドバックと認識されたかのようにパンチ、キックを当てられているのである。後にこの映像を見た軍事機関は、素早く後継機の生産を検討するよう呼びかけたのは別の話である。

 「お返しだ!」そうと言わんばかりに、地面を踏み出してライムが走りだす。ワイバーンも腕を広げて咆哮。両者ともに間合いを詰めていく。突く手前の所で、ライムはスライディングして回避、真下に移動してセイバーを空高く蹴りあげた。そして自分も高く跳躍し、ワイバーンの背中に回りこむ。

 

「たぁっ!!」

 

 両足で蹴り落とす。セイバーの落下地点は、未だに首を探すワイバーンであった。ライムの放ったシュートは直撃。ただ、電気が漏れだしているが、辛うじて動ける状態だった。というと、これはただの第一段階に過ぎなかった。

 最終段階。蹴った勢いで一瞬、校舎のガラス張りの壁に張り付く。屈んだ両足を伸ばし、バネのように、素早く2体に飛んで行く。右拳を握ったまま。弾丸のごとく接近したライムは、2体の頑丈な胴体を貫き、両足を滑らして着地した。その背後で、とうとう最後の2体が大爆発を起こし、勝利の炎を上げる。

 達成感を仰ぎ、それを眺めて両手をパンパンと叩くライム。その一方で、雄祐、横臥、聖佳、零子は呆然、男達は彼女を、化物を見た時のような目付きで睨み、怯えている。なんて野郎なんだ…!もうこれ以上…、こいつなんかにかまっちゃられない…!こ、殺される!

 発狂しながら白いトラックに乗り込む男。“下っ端”も慌てて彼を追いかけ、ついでに乗り込む。すぐにエンジンがかかり、未だに燃え盛るパトカーの残骸を避けながら、トラックは死に物狂いで逃げていく。

 

「あいつら、逃げやがった!」

 

 エンジンの音を聞いて、白いトラックを見つける。ライムは雄祐の台詞を聞いてすぐに理解する。そして、静まったはずの怒りが再び込み上がる。この人達がそうなんだ。あの悪いやつらを連れてきたのは!ボクの雄祐をいじめようとしたのは!許せない!

 

「おい、ライム!!」

 

 直ぐ様、砂埃を立たせて走る。雄祐は追いかけようとするが、ライムは車に負けず劣らずの馬力で走って行く。次第に両者共々の滑走音がフェードアウトしていく。こうして、高校からは切羽詰まった危機感が去っていった。しかし、雄祐は腑に落ちなかった。折角助けてくれた恩人、いや、自分が起こした一連の結末、…いや、…わからない…、でも、放っては置けない!雄祐の心は、“理由がなくとも助ける”という突発的な本能を掻き立てていく。

 そうだ、スクーターがある。駐輪場に向かおうと足を動かす。

 

「雄祐!待ちなさいよ!?」

「ライムとヤツらを追いかける!お前らは横臥を看てあげてろ!」

 

 雄祐はそう言って、去っていく。聖佳は表情こそは躊躇気味だが、心では彼の態度に複雑な心境を抱いていた。零子は不安な表情で彼を見ていた。

 

「雄祐さん…」

 

 駐輪場に駆けつけ、端末―サーフェス―をハンドル部にセットする。そんな中、サーフェスが話しかける。

 

「このまま雲をつかむような真似をするつもりか?」

「うるさい」

 

 雲をつかむ。ライムはあの車両を追いかけている。しかし、今両者がどこを移動中なのかは不明だ。だからといって、闇雲に探せば、長いロスが生じる。見つけても、ライムが酷い目に遭っている間もしくは直後になってしまう。

 

「だが何故、お前はあのマリオネットを気に留める?」

「言っただろ、俺にはわかんねぇって。けどな、もうほってけない。ほってけるわけねぇだろ!あいつを起こしたのは俺だ。こんな有様になっちまったのは俺だ!全部俺の責任だ!だから、きっちりとかたを付けなきゃいけねぇんだよ!」

 

 現場主義。サーフェスは昔から、雄祐をそういう属性を含有した人物だと認識していた。

 彼が出会い、常に携帯されていた時はいつもそうだった。一見、根暗に見える彼だが、ある時はダメな時はダメとはっきりと物事の良し悪しを主張する。また、友達がいじめっこから酷い目に遭えば、自分が助太刀して彼らを懲らしめる。何が何であろうと、目の前の出来事を見逃しては置けないのである。

 賞賛される姿勢なのだが、サーフェスは軽蔑していた。人間という存在とは何かを一から思考し直す程である。何故、此奴のような人間は、命を粗末にしようとも自らの道理を遵守する?何故、二の足を踏まずと、証無き綺麗事を言いのけることができる?わからん。馬鹿馬鹿しい。一銭たりとも払いたくもない。だが、奴に見込みはあるかと聞かれれば愚問だ。人間が生を授かって第一に内持つ性質は、エゴだ。いかなる教育を受けようとも、愛情を受けようとも、必ず再び源に辿り着く。人間は愚かな生き物しか過ぎない。だが、此奴はどうだ?独り身になりながらも、削ってまで叛逆の意思を秘めたままで堂々としている。全く、此奴は愚かだ。なんという馬鹿者だ。だが、馬鹿者であるからこそ、実に面白い。

 

「まるで己の尻拭いをする覚悟だな。…まあいい、主の自学とやらに相伴うとするか」

「…今のライムの居場所がわかるか?」

「警察機関のネットワークを経由、GPSをハッキングした。上空から2体の進行ルートを分析できる」

「全く、オジンめ、なんてバケモノ類のシロモノを遺してくれたんだ」

「バケモノとは心外だ。…行くぞ、我が主よ」

 

 黒いヘルメットを被ってゴーグルを下げ、ハンドルを強く捻って急発進した。不正アクセスだと非難の声が上がるだろうが、それでも何のお咎めのない理由は後の話のことである。

 

***

 

 所変わって、某都市。高校からは然程遠くはない場所である。

 警察は厳戒態勢に入っている。交通規制を行い、軍事用セイバーマリオネットを引き連れて反社会行為を行ったテロリスト2人を、何としてでも確保しようと躍起になっていた。すっかりとどの車も通っていない舗道。どの人も歩いていない歩道。その代わり、舗道の脇に数台のパトカーが駐車している。待ち伏せ作戦だそうだ。

 そのうち1台―黒い覆面パトカー―で待機中の平嶋と田口。平島の方は窓に腕をかけ、その手で煙草を吸う。今でもじっとして置かなければいけないことにストレスを感じていた。

 

「平嶋さん…」

「ああ?」

 

 田口は、心配のあまり声を出す。

 

「もういい年ですから、そろそろ煙草を控えたほうが」

「冗談じゃねぇ。人間は誰だっていつかは死ぬんだ。なんでまだまだ青臭ぇおめぇなんかに説教されなきゃいかんのだ」

 

 再び煙草を咥える。白が吸息で赤くなり、灰となる体積が広くなる。吸い殻に先端を擦りつけながら、白い煙を吐く。彼には何気ない日常の一片であるが、実は煙草を吸う時間よりも吸わない時間が余程長かった。10年間の変化ぶりに、警察一同は驚いていた。そして今、田口から見て、今の平嶋の目は死んだ魚のように光を失っている。

 

「もしかして、まだ“あのこと”を引きずっているのですか?」

 

 ピクリと、煙草を加えようとした、平嶋の腕の動きが止まる。かと思えば目を細める。懸念した様子のまま、田口は続ける。

 

「平嶋さんでも、あのような悲劇を防げなかったとはいえ、私達警察は神ではありません。未然に犯罪を防ぐことなど、マリオネットを普及した現在でも、至難の業に変わりはありません。今になって寿命を減らしてまで犯罪を叩き潰そうだなんて、これでは平嶋さんの―」

「いいか、坊主」

 

 平嶋が田口の台詞を切る。しかし、先程よりもトーンが低くなっていた。また、田口には普段『田口』と呼んでいるが、この台詞の所為で平嶋は『坊主』と吐き捨てるほど、静かに憤怒の種を撒いていた。

 

「あの時はな、俺があんなヤローを捕まえるのに甘ったるい考えを押し付けていたために起こっちまったもんだ。あと、一つ言っておくが―」

 

 煙草を咥え、白い息を吐くと、その煙草の先端を携帯灰皿に強く擦り付ける。

 

「人間が最も嫌がるモットーって知ってっか?『野良犬みてぇに唾を垂らしながら餌を求めてゴミ箱を漁り、何事なくして振る舞う』。せいぜい赤の他人が、自己満のために一々首突っ込んでんじゃねぇぞ」

 

 強迫観念を感じる。しかし、田口は平嶋の怒りを染み入るように感じた。再び外を眺めると、新しい1本の煙草を取り出し、ライターで火をつける。

 若手の刑事である田口。年齢はまだ30代前半である。しかし、10年前のあの時の前から彼のことを知っていた。だからこそ、彼のことを時には影で罵りつつも、気がかりも薄々感じていた。ある上司は言う、人生最大の転機というのは、性格がどうであれ、人間を別人に変えてしまうものだと。

 

『本部から各車へ!逃走車両は現在、新宿区を走行中!』

 

 通信が入る。目標車両が、平島達が待機するエリアに入っていたそうだ。火をつけたばかりの煙草の火を消し、灰皿に捨てる。

 

「そろそろ来やがった。あのクソチンピラどもめ、いま―」

『ヘリから本部へ!逃走車両を、黄色のバンダナを着用したマリオネットが時速80キロで追跡中!』

 

 …なんだって?

 この時、平嶋と田口の意思が通じた。

 

「待てぇぇっ!!」

 

 通信が入るやいなや、例の目標が真横を通過した。猛スピードで逃走を図る白トラック、それを執念深く追跡する黄色いバンダナのマリオネット―ライム。

 「こうしちゃいられねぇ」と、呆然としたままの部下の頬を指4本で叩く。

 

「あいつら…!てか何なんだ、あのガキは…!?…おいこら、いつまで呆けてやがる!とっととかっとばさんか!」

「はい!」

 

 今の瞬間で何もかも頭が真っ白になっていた田口、平嶋の一喝で、慌ててアクセルを踏む。車道に入って、2つの後を追う。それと同時に、他のパトカーも付いていこうと動き出す。まるでパレードか何かのようである。

 くねくねと交差点を曲がり、迫り来る障害物を難なくかわすトラック。しかし、一方で前車の各々の上を渡り、徐々に距離を詰めていくライム。更にその後ろ、白い車両と車と変わらぬスピードで走る謎のマリオネットを追跡する黒いパトカーなどなど。

 

「目標は都庁前を通過中だ。それに乗じて最短ルートを導出した。その通りに進むがいい」

「オッケー!」

 

 一方雄祐は、端末に映るナビゲーション画面とサーフェスの助言を元に、別ルートからの追走を続けていた。ライムの進むルートでは、先程から混雑が続いている。その距離は約1キロ。該当車線が赤い実線でなぞられている。容疑者確保のために、警察が調整しているためだ。それに引っかかって時間をつぶす訳にはいかない。さらに加速度を増やし、舗道を走る。

 気づけば、自然公園の敷地内に入っている。道幅も狭くなっている。それでもトラックは減速しないままだが、ライムは徐々に間合いを詰めていく。トラックの上に飛び乗るには十分な距離の確保、そしてトラックより上の速さでジャンプしなければならない。力を振り絞り、両足に動力を込める。ライムの走る速度が上昇し、後1メートル半に迫る。そして、トラックの上に飛び乗る。

 

「くっそぉぉぉ!!」

 

 彼女だと悟るやいなや、振り下ろそうとハンドルをひねり、ジグザグ走行を始める。遠心力がライムを襲い、落とそうとしている。助手席にいる“下っ端”の狼狽を無視するほど夢中になってしまっている。それに対し、ライムは敵を逃がすまいとコンテナの縁を強く握りしめ、トラックにしがみつく。

 暫くの先には、サイレンの音を鳴らして待機するパトカーの一列がいる。その時だ。

 

 ブオォーン!!

 

 脇の森の方から、スクーターに乗った雄祐が割って入ってきた。着地するとブレーキを掛け、正面に向かって停止する。ヘルメットを外し、呼びかける。最短ルートと聞いたものの、わざわざ足場の悪い森の中をガクガクと震えながら進まなきゃいけないなんて。愚痴をこぼしたかったが、ふと見上げると、トラックの上に乗るライムを見つける。

 

「ライム!」

「…!ゆうす―」

「うあああっ!!」

 

 予期せぬ車両に男は急ブレーキを掛け、慣性に負けたライムは前に吹き飛ばされる。

 

「うああああっ…!くっ…!!」

 

 トラックから吹き飛び、コンクリートを転がる。雄祐は倒れこむライムの下に駆けつける。同時に、ブオォーンと、エンジンの音を鳴らす、停車中の白い車両。男は強くハンドルを握りしめている。もはや―ストレスによる―狂気に満ち足りすぎて、―先程からだが―依頼のことなど忘れていた。どうしてライムを破壊するかについてしか、頭にない。

 

「このまま突き進んでやるわ!!1人2人轢いちまっても構わんわ!!」

「おいアニキ!んな冗談を!」

「オメェは黙っとれ!軟弱者めがぁぁぁっ!!」

 

 一気にアクセルを踏む。タイヤからは摩擦熱を生じて湯気を放ち、ライム達に真正面に突き進んでいった。

 警察のやるべき行動はなにか?子供の元に駆けつけるか?いや、無論間に合わない。

 銃を使って運転手を撃ち抜くか?いや、所持している銃―小型銃―では射程距離は短すぎる。ましてや、子供に当たったたらどうする?ただじっとして見ているだけしかできないのか?

 

「くっ…!」

 

 逃げようと、雄祐はライムの手を掴もうとする。しかし、彼女はトラックに目を向けながらも、雄祐に掌を見せる。

 

―『大丈夫』…?

 

「雄祐はボクが守る!」

 

 ライムが立ち上がり、疾速する。それに反比例して、ライムとトラックの差が一気に縮まっていく。

 すると、ライムは右足を振り上げ、前につきだした。「なにっ…!?」と男が驚愕するやいなや、トラックの動きを完全にシャットアウトされた、変に曲がった様子のない、彼女の一本の足で。フロント部分をやや深く凹ませて。

 足を引っ込む代わりに両手を突き出し、押さえる。“アニキ”がアクセルを一気に踏み込んでも、一ミリ程度しか進まない。いや、それ以上進まない。

 刹那、ライムの指が10本とも、「ふぬぬっ!!」フロントに深くめり込む。そして、ゆっくりと車体が浮き始める。運転席の2人組はすっかり狼狽していた。

 

「ボクの…、ボクの雄祐を―」

 

 今のトラックの状態を見て、すぐに納得できる常人はいるのだろうか?

 今ライムは、たった人差し指でトラックを持ち上げている。非常に整ったバランス感覚と褒めたいところだがそうはいかない。すると、もう片方の腕で物をグイッと引いて回し始める。それでは物足りず、もう一度グイッと横にずらし、さらに回転させて遠心力を増加させる。

 

「いじめるやつは―」

「ババババババ…!!」

 

 たった一人が回しているにも関わらず、風が強くなっていく。木々から幾羽の鳥達が飛び立っていく。葉、枝がその渦に巻き込まれていく。

 

「こうだぁっ!!」

「バカぁ、やめろぉぉっ!!吐く!!吐くってぇっ!!」

「てぇぇやああああっ!!」

「やめろ!!」

 

 雄祐が叫ぶ。しかし、よほど自分のマスターを苛めるのが許さないのであろう、雄祐の一言でさえも止める気配は見られない。もしかしたら、このまま遠くに投げて、2人ごと破壊してしまうのかもしれない。「チッ!」とスクーターから駆け下りる。突風に阻まれ、何枚かの緑葉に邪魔されても、ゆっくりと進んでいく。一寸先になり、両手を広げて―

 

「もういい!もう十分だろ!」

 

 後ろから抱きついた。この行動でライムは我を取り戻し、掌を広げて回転を止めた。風が止み、吸い込まれていた葉や枝がハサハサ、カラカラとコンクリートに落ちていく。

 敵に情けをかける。なかなか難しいものである。ただ、雄祐の感覚を持って確信した。人を殺すような残酷なことなどこの2人の性格からしてやってはいないだろう。車を砲丸の如く投げて爆発させるのはさすがにやめるべきだろう。

 ハッと自分の置かれている状況を把握し、パッとライムを離す。ライムは雄祐の事を見て、じっと茫然としたままだ。

 

「雄祐…」

「あっ、あのな…、これ以上回すと、俺だって目回っちまうじゃねぇか」

「あっ、ごめん」

「ふっ、下らん」

 

 パッと車を離し、ドスンと落とした。しかし、車内では2人共ぐちゃぐちゃな姿勢で気絶していた。あれだけの遠心力を加えれば仕方があるまい。

 既存のものとは大きく差がつく喜怒哀楽な表情、そしてあんな可愛らしい容姿には似合わない強靭なパワー。とんでもないマリオネットを起こしてしまったと、改めて驚いていた。ただ、極端なことだが、こいつが世界を滅ぼしてしまうのかとは思えない。これだけ腕白で無邪気な少女が。

 前方から警察車両がわらわらと走ってくる。何台かが止まると次々と警官達が出てくる。ライムは「ほげぇ~」と見とれていた。黒いトラックも到着し、機動部隊が次々と下りてくる。防弾かつ帯電性素材の装備を付けた機動隊が次々と走ってきて、白いトラックを囲み、ライフルの銃口を突き立てる。サッサッと2人は引きずり出され、黒い警察車両に運ばれていく。

 その車両を一瞥し、過ぎ去って2人のもとに駆けつける刑事2人―平嶋と田口―。

 

「おい、ひょっとしてこいつのダチはおめぇか?おめぇがこのポンコツにチンピラどもを追わせたのか?」

 

 第一の口、平嶋が淡々とした口調で尋ねる。一方の田口は通信を繋いでいた。

 実際は違う。ライムの独断行動に寄るものだ。あのチンピラ達にあのマリオネットを使ってまで、雄祐を虐めたのがとても許せなかったのだ。謝り一つもせずに勝手に逃げ去る、そんな奴らが許せなかっただけである。ライムは擁護しようと口を開こうとしたが。この時、平島に見せた雄祐の表情は、既に腹をくくっている。

 

「はい」

 

 雄祐は肯定した。たった一つの返事で肯定した。平嶋の表情が次第に濁っていく。

 

「バカか!!おめぇっちゅう聞き捨てならんガキは!!とんだヒヨッコの分際でなんて真似しやがるんだ!!スクーターまで引っ張り出しやがって、少しは命が惜しいと思わねぇのか!?」

「違う!これはボクが―」

「いいんだライム。これは、全て俺の責任だ」

 

 俯いたまま、ライムを抑える雄祐。

 雄祐に後悔はなかった。ライムを起こした時は、交番に出さなくてよかったんだと一つ妙な安心感を覚えた。そうだとも、持ち主に目の前で返されるのにホッとするのは当然じゃないか。

 

「あの、平嶋さん」

「ああ?今、話の最中だって―」

「学校付近の担当から通信が入りました」

 

 怒りを露わにしながらも、田口の方に振り向く。

 

「日々ヶ丘高校の校舎にて、3体の“白い服を着た男”が撃破された跡が残されていると」

「何だと?」

「もしかしたら、このマリオネットが」

「…ひょっとして、おめぇはこいつらを庇ってんのか?」

 

 淡々とした口調に戻り、田口を問い詰める。言葉に詰まったものの、それは一瞬の出来事であった。

 

「…確信は持てません」

「…」

「まだ30の未熟者の私が口答えするのもどうかと思いますが、今回の件の終結は、この子達の助けがあったからだと思います」

 

 回転する赤いランプの光を時折浴びながらも、ライムも雄祐も、田口の方を何かとじっと見つめていた。平嶋も、持論に反論されれば切れるかと思いきや、じっとしたまま聴き続けている。

 

「もし、この子達の勇敢な行動がなければ、今頃被害は増大。今回は怪我人で済みましたが万が一、高校の生徒及び教師達のみならず、周囲の人達に甚大な被害が及んだところでしょう。それに、この子はただ、かつての貴方のように自分の正義を無理に貫いただけじゃないでしょうか?」

「またその話かよ小僧」

「確かに―」

 

 話を曖昧にさせようとするが、始めを強くして調子を整える田口。このままの平嶋の状態を見過ごせないという、強い気持ちに関わるものだった。

 

「あなたの言うとおり、この子達は無茶しすぎたのかもしれない。あと一時の遅れがあれば、短い生涯を閉じていたのかもしれない。ですが、あなたにも同情する余地があるのでしょう?あなたがこの高校生に叱ったのは、そのためのはず」

 

 平嶋は言い返さなかった。

 潤んだ目でじっと見つめてくるのが、言葉に出さないだけで平嶋の身に虫唾が走る。しかし、何も言い返せなかった。だからといって苛つくのかと思えば、その様子も見せない。ただ、目付きは変わらずとも、口はつぐんだままだ。この表情から葛藤を感じるのは、微かにかつての記憶を自ら取り出し、思索しているからだろうか?いや、今の平嶋には自ら進んで行うとは思えない。

 だが、田口は信じたかった。もしも―犯人を追い込んだのだろうが、同じ現場にいたという動機付けで―ライムと雄祐を同じ犯罪者に仕立て上げて、纏めて逮捕するのならば、どこまで落ちぶれたのだと貶してしまうだろう。しかし、平嶋はそんな行動を示さず、第一に雄祐を叱った。それは、10年前以上から抱いていた良心が僅かに残されているからのではないのかと。

 サイレンが響く中、暫くの沈黙の後。「はぁぁぁ~っ」と乱暴に自分の髪をはやし立て、雄祐に背を向け始める。

 

「ちっ、面倒くせぇな…。代わりにおめぇにも始末書書かさせてやるかんな。…ったく、なんでこんなポンコツ野郎を見逃さないけねぇってんだ…」

「ボク、ポンコツじゃないもん!ライムだもん!」

「いいって…!」

 

 平嶋が渋々とパトカーも元に戻っていく。ライムが反論するところを、雄祐が落ち着いたまま抑える。田口はそんな2人に穏やかな笑顔を向ける。

 

「それじゃ、今日は君達にはお咎め無しということで。じゃ」

「あの、すいません。なんか、えらく迷惑をかけてしまったようで…」

「気にしないで。犯罪者達を捕まえて、君達区民の安全を守るのが私達警察の使命だからさ。ただ、平嶋さん―君に怒ってきたほうだけど―はああ見えて不器用な人に思われがちだけど、これでも昔は尊敬できる刑事だったんだ」

「おい田口!何つったっていやがる!」

「はい!」

 

 平嶋の一喝で、田口は小走りでパトカーに戻っていく。そんな彼をじっと見送る雄祐だった。

 あれだけ叱られながらも、今この場に立っているというのは奇跡といいたい。でも、そんなもので纏めてはいけないと、雄祐の性格が強く押し込む。若手の刑事の台詞のために、平嶋を単なる大人気ない乱暴者だと切り捨てるのもどうかと、自問する。

 既に空は黄金色に染まるが、この空は彼をどう認識しているのだろうか?

 

***

 

「大丈夫か?さっき思い切りふっとばされてただろ?」

「うん、平気だよ!雄祐は?」

「いや、正直疲れた…。獣みたいなセイバーから逃げるわ、聖佳を助けるわ、あんたを追っかけるわ、久々に運動したなこりゃ…」

「お主はただドライブしていただけではないか」

「やかましいわ」

 

 今、雄祐はスクーターで帰宅している。ライムは後部座席に座っており、彼に抱きついたままだ。

 街越しに見える地平線から、夕日が彼らを覗いている。河川にも波立てて映っている。ライムはその景色に見とれていた。

 先程は大変だった。いきなりライムの両肩の廃熱機構から湯気がプシューっと漏れだし、同時に、ライムがぐったりと倒れこんだのだ。湯気を出したまま、動かなくなっていた。雄祐は―救急車を呼ぼうとするほど―慌てたが、サーフェス曰く、『起こしたばかりに、無駄にエネルギーを酷使しただけだ』と。

 

「なぁライム、お前はどうする?」

「うん、これからボクは雄祐とずぅっといっしょだよ!」

 

 本来マリオネットをスタートアップする際に、初期設定を施す必要があった。名前の設定、仲間の認識などの設定。マスターの遺伝子情報の登録など多々…。色々と手間がかかるような作業を、ライムの場合は全てスキップして、雄祐のことを自分のマスターだと認識したのだった。オーバーヒートして倒れこむその前、「雄祐、だ~いすき!」と抱きついたのが雄祐なりに考える証拠だ。

 がっかり、とは言わないものの、家族が一人増えたことでこの先のことが大変そうだ。まさか聖佳と同じような身になって、自分もマリオネットの世話をしなければならないなんてな…。ただ、雄祐はどうか後ろめたいことは避けようとも、助けられたからなとも思い、褒めてあげるしかなかった。

 気づいてみれば、ライムは眠りについている。スースーと背中の上で寝息を立てている。

 

「睡眠をとることで回復している。人間と同じだな。今日月、心を持ったマリオネットはゴマンといるが、これほどヒト同士の関係に近づくマリオネットは初めてだ。これが、初期型の機能というものか」

「ムニャムニャ……。ゆう…すけ…、だい、すき…」

 

 自分がライムのマスターだとはいえ、違和感を覚える。初対面の女子にいきなり告白されて、ここまで発展するなんてどうかしている。たまたま見かける恋愛ドラマから肝心な場面をバッサリと省いて、中身が身勝手過ぎるという出来具合に劣化させてしまうのと同様だ。

 

「まっ、いっか…」

 

 しかし、細かいこと考えても仕方がないし、面倒臭さを感じるのは否めない。すぐに、肌身に感じる風によって振り払われていく。

 この後、サーフェスは呟いた。雄祐、お前は選ばれたのだ、お前は至極の剣を抜いたのだと。

 

―PHASE 1: COMPLETED

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