SABER MARIONETTE J to X - REBOOT   作:70-90

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ふと気づけばお気に入り登録が10件になっていました。登録していただいた方、ありがとうございます。
それからもう、セイバーマリオネットJが発表されてからもう20年も立ったんですね。早いもんだ…。新作来ないかなといつまでも切望するばかりです。
拙い文章ですがよろしくお願いします。

<補足・括弧類について>

・「」:台詞
・『』:電話など通信機での会話、回想場面
・― :心中での台詞
・――:補足程度


マリオネットガールと俺/マリオネットボーイとあたし(その1)

「ただいま…」

 

 聖佳が疲労しきった表情で帰宅した。横臥や零子から気遣いをされるが、「いいから」と撥ね退ける。テレビのニュース番組で中継された様子を視聴していた両親が玄関に駆けつける。青白くなった表情で身を案じてくるが、普段の様子で聖佳は振る舞い、両親の間を掻い潜って2階に上がっていく。「横臥くんは大丈夫だった?」と声が聞こえてきたり、それに対しての受け答えを耳にしたりするが、無視する。彼の名前を聞くと、今でも胃がムカムカしてくる。ただ、いつものように心の中で貶すわけではない。大怪我をしたとはいえ、横臥は自分を助けに来た。さすがに仇で返すのは、人間としてどうかしている。

 雄祐がライムを追いに聖佳達の元から去っていたあの後、姉妹2人はうつ伏せの横臥のもとに駆けつけた。この時の横臥の様は酷かった。顔は砂埃や傷だらけで、チリチリと電気が走っている。真っ黒な学ランも―服としての機能は保持したままだが―無駄に切り裂かれてボロボロに成り果てている。ワイバーンに強く引っ張られたために、手足共に動かすことができなかった。

 

『よかった…』

 

 緊急時のスリープモードに入る前、横臥は微笑んでそう言っていた。どうしてだろう、どうしてマリオネットなのに、こんなに心が苦しいのだろうか?マリオネットは人間と違ってすぐ治せるのに、どうしてやるせない感じになるのだろうか?自分の妹が必死に横臥に声をかける中、突っ立ったまま聖佳は自問していた。『あたしは人間なの!マリオネットとは違うのよ!』―あの台詞はどこに行ったのだろうか。そんなことについて自分の心に閉じこもって自分を詰問している余裕はない。次なる警察の応援が駆けつけた時、気づけば横臥がマリオネット専用の救急車に運ばれるのを目にした。声をかけた零子に連れて行かれ、救急車に乗り込んで病院に向かった。学校や親の方には警察が伝えておくそうで、大丈夫だろう。不幸中の幸いの一例を挙げるならば、病院に運ばれた横臥はわずか10分の処置で助かったことだろう。処置室に入るとすぐに修復処置がされ、腕や顔の傷などを直してもらっただけだ。

 「入って」と聖佳がいうと、「うん」と横臥も部屋に入る。零子も用心しているが、今回は2人だけにしておくことにした。自分の意志で。零子にドアを閉められ、ポンとベッドの縁に座る聖佳。それに対し、立ったまま対面する横臥。

 

「横臥」

「なに?」

 

 何気なく話しかける聖佳。出会って1週間が立ってからの初めてのことである。

 

「あんたホント、バカじゃないの?雄祐も零子もそうよ…。なんであんな無茶なことしてくれんのよ…。あのわけがわからないマリオネットのおかげで何とか殺されずに済んだけど」

 

 1つ溜息を付いて愚痴をこぼす。いつもなら心に蟠りを貯めこむのが、聖佳の茶飯事というものだ。

 

「…でも」

 

 しかし実際の所、聖佳はもじもじとした様子を見せる。横臥にはそれが何を意味するのはまだわかっていない。まだ最近起動したばかりに鈍感なままだ。

 

「これだけ言っとくけど…、ありがとう…」

 

 赤面しながら、先ほどの礼を言う。まず思いつくのはその言葉だけである。折角助けてくれたというのに、お礼を1つも言わないというのは無礼千万じゃないかという考えに寄るものである。

 ただ、好きでもない、変態だと見なしているくせに、なぜ自分は動悸しているのだろうか。何か嫌な感じである。折角部屋に入れたんだ、それに今までこっちから全然話しかけて来ようとしなかったんだ、一気に後悔の念が、波のごとく押し寄せる。何を話そうか。そうすれば、少しぐらい横臥のためになるかもしれない。

 

「べっ、別にあんたのこと見返したわけじゃないから!かっ、勘違いしないでよね…」

「それだけ?」

「なっ、なんですって…?せっかくお礼を言ったのに、何か文句あるわけ!?」

「ううん、別に」

 

 横臥は常に無表情のままだ。顔は男らしいから、イケメンに弱い女子からは鉄仮面のままではもったいないと評価されるに違いない。しかし、ほんのりとした笑顔を見せてきた。

 

「でも、僕からもありがとう。嬉しいよ。聖佳に感謝されて。一気に不安というものが、僕の壮丁回路からスーッと消えていったよ」

「あっ…、そう…。なら、いいけど…」

 

 その笑顔で聖佳の機嫌の悪さは、無意識にも自然と冷めていく。

 実際、横臥の心はその言葉だけで満たされていた。壮丁回路の鼓動の脈動数も微かに増えるのを感じた。彼が欲するものは、聖佳に認めてもらうことだ。それにしてもどうして、いつまでも聖佳が認めてくれないのか、聖佳は拒絶の態度を自分に見せてくるのか、どれもわからない。だが、横臥には気に留めなかった。聖佳が感謝してくれればそれでいい。聖佳が笑顔を見せてくれたらそれでいい。

 

「…ちょっと…!」

 

 聖佳が冷めた声を放ち、ジト目で睨んでいる。しかし、動揺を隠せていなかった。気づけば、横臥が聖佳を押し倒して顔をじっと見つめている。両手を聖佳の顔の両脇に置いており、この状態のために聖佳は無意識に呼吸のテンポを上げている。

 

「ななな…!?何してんのよ…!?」

「何してるのって…、僕は君を慰めようとしてるだけだよ」

 

 意味がわからない…。慰めるなら慰めるだけでいいのに…。話の内容と行動が全く一致しない。折角心地いい気分になって、横臥のことを見なおしたはずなのに…。この行動のせいで見事に崩壊してしまっている。

 一気に上半身を持ち上げて、その勢いで横臥を突き飛ばす。横臥は後ろによろけただけで、転ぶことはなかった。しかし、なぜそんなことをされたのかは理解できていない様子だ。首をかしげるというリアクションを見せている。童顔な顔付きのために可愛さをアピールしているつもりだが、横臥を“変態”と認識している聖佳には通用しなかった。

 

「あんた正気!?これのどこが“慰める”ってのよ!?まさか…、バカな男友達に吹き込まれたんじゃないんでしょうね!?」

「うん、そうだけど。そのほうが女の子を喜ばすことができるって言ってたんだ」

「そんなわけないでしょうが…。大体あんたなんかにされたって嬉しくとも何とも…」

 

 顔を片手で覆ってため息をつく聖佳。完全に呆れており、横臥の意味不明な行動に対処しきれなかった。マスターに対して、どんなことをしても満足感を満たすために自分に媚を売っている。本当にマリオネットは厄介なものであると聖佳は思う。

 

「ああ~もう…!話は終わったんでしょ!だったらとっとと出てって!」

「えっ?でも―」

「…わかったわ。あたしはあんたに慰めてもらうほどぜ~んぜん傷ついていないのでご心配なく!ほら、本人がそう言ってるんだからとっとと早くっ…!!」

 

 横臥の手を無理に引っ張って、投げ込むようにして部屋の外に出す。すぐにドアを締め切る。聖佳の台詞を鵜呑みにした横臥は、何一つ追求することなく、自分の部屋に戻っていった。親が用意したそうであり、同じ2階に置いてある。しかも聖佳の隣の部屋だ。

 

「はぁ…、最悪…」

 

 トボトボとベッドのもとに戻り、バタンと倒れ込む聖佳。

 どうして、マリオネットを2体も持つようになってしまったのだろうか。いや、持たなければならない渦中に自分はいるのだろうか。自分はこんなに嫌っているのに、どうして親は自分に叱るのだろうか。どうして親はわざわざ2人のために部屋を用意するなどして、我が子のように接するのだろうか。これでは別に自分がいなくてもいい用な感じである。嫉妬だろうか、いえ、一点の曇もない妬みである。

 雄祐についてもふと思う。雄祐とは幼稚園からの知り合いであった。幼馴染というべきだろう。しかし、―小学生初学年までは何かしら話しかけたことがあるだろうが―ろくにコンタクトをとった覚えがない。それなのに幼馴染と括っていいのだろうか?今となってはもう話しかけることがないし、あっちからも話しかけてくることがないだろう。

 しかしどうして、あんなに一生懸命になれるのか?先程の件もそうだ。ライムとは初対面の癖に、「ほっとけない」という意気で助けに行った雄祐。今でも聖佳は横臥を認めていないのに、雄祐はライムのことをすぐに受け入れた。正直、なんという世間知らずなものだろうか。マリオネットを持ったことがないあいつにはわかるのだろうか。マリオネットを脇に寄せて、どれだけ惨めに思えてきたか。どれだけ不機嫌に思ってきたか。

 

「バッカじゃないの…」

 

 窓から見える、虚空の夜空が聖佳を見つめている。

 

***

 

 目覚まし時計が、朝7時を過ぎている。この時刻は普段、雄祐の起床時間なのだが以前寝たままだ。

 というのは、今日は休みであるからだ。昨晩の電話より、校舎を修復するために、やむを得ず学校側は自宅学習という丸一週間の期間を全校生徒に与えたのだった。大体の人は歓喜に満ち溢れる絶好の期間…、と言いたいところだが実際は違う。昨日の出来事で精神的苦痛を受けている生徒が多人数いると推定される。それを克服するのに掛かると見込まれた時間であった。しかし、それほどヤワではない雄祐には無駄な時間に思えた。どうせテストの日付は変わらないだろうし、とりあえず対策をするのみだ。とりあえず、今はまだ寝よう。

 

「…」

 

 …あれ?

 雄祐はふと思う。

 そういえば、なんかおかしいぞ。いつからか知らんが、後ろから誰かに抱かれているような。妙に温かいような、やわらかいような…。夢だろうか…。しばらくして、寝返りを打った。フニャリと、顔に何かが当たる。とても温かくて、柔らかくて…。でも、やっぱりおかしいぞ。ハッと雄祐は覚めた。目の前に真っ黒い膨らみが2つある。ここで1回目、ピクリと震える。恐る恐る、ゆっくりと顔を上げると何故か第二者―女が同じベッドで寝ている。ここで2回目。目を細める…、ライムだ。

 

「ゆう、すけ…、だいす…き…、ムニャムニャ…」

「※○△?×…!?どわっ…!」

 

 少しずつ、恐る恐る腕を外し、恐る恐る彼女から離れていった雄祐。しかし、腕がベッドの縁を掴もうと外し、背中から落ちた。ガタタという音をライムは聞き逃さず、パッと起き上がった。見回して、その正体が雄祐だと認識し、笑顔を送る。

 

「あっ、雄祐おはよっ!」

「ああ、おはよ…。…じゃなくて…!お前、いつここに入ってきたんだよ?」

 

 住むということで、昨晩は母に頼んで和室に1つの布団を用意したつもりだ。あの時は雄祐に言われて素直に寝ていたはずなのに…。ちゃんと確認してから部屋に入ったはずなのに…。…どうやって入ってきたんだ?鍵かけたはずだろ?別にこじ開けた様子は…。

 

「ラ~イ~ム~ッッ…!!」

 

 前言撤回。鍵の部分が破損していた。もはや人間の手では再現できないほどに歪な形状に変形してしまっている。明らかに、ライムが雄祐の会いたさに力を込めすぎたせいだ。

 

「だって、あんなところでボク1人だったら寂しくて寝られないんだもん。あとここ雄祐がいるし♪」

「バカ、勝手に入っていいもんじゃねぇぞ!ここ壊しやがって!てか寂しいってお前…、見るからに子供じゃねぇし…!」

「ボク子供だもん!」

「いや言い返さなくていいし…!」

 

 そういえば、ライムの精神年齢は気持ち的には幼いほうだ。しかし矛盾して身体つきは普段の女性と同じ。髪は長いし、胸も平均より上で、身長は雄祐と同じ165センチだ。サーフェスは“大人の皮を被った幼子”と纏まっている。幼子なら同情せざるを得ない―というより面倒見の良い母のところに向かってほしい―のだろうが、ライムに対しては「何してんだお前!?」というある種の恐怖感しか無い。

 雄祐に緊張が走る中、再びベッドに倒れこむライム。どうやら彼のベッドが余程気に入ったようだ。

 

「ふぁぁぁ…、布団よりあったかくてフカフカしてて気持ちいい…♪」

「おい、そのまま寝んな!俺のベッドだろ!ほら、さっさと起きて早く―」

 

 顔を真っ赤に染めたままに雄祐が起こす中、スリープモードに入っていたサーフェスが、「何事だ」と自ら起動する。インカメを動かし、2人を見つける。

 

「朝から騒がしいぞ…。…雄祐とライムか」

「…なんだよ」

「おや?まさかお主、“逆夜這い”されるとは…。男としては甲斐性がないのう」

「朝っぱらからいらんこと言うな。てか聞いてたのかよ…」

「むしろ、これを“ラッキースケベ”というのか?」

「やめろぉっ…!お前がそれ言うと身体中がムズムズするっ…!」

 

 普段、無愛想なサーフェスにそのような俗語を呟くのは似合わない。むしろ、悶絶するほどである。朝一番、起きたてなのにもかかわらず、早速疲労が溜まり始める雄祐だった。もう眠気もすっかりシャットアウトされてしまった。溜息とともに部屋を出て、1階にとぼとぼと降りる。台所には、既に両親―父は正孝、母は美紀―が身支度をしているところだ。

 

「おはよ」

「おう雄祐。朝っぱらから騒がしいじゃないか。早速ライムちゃんのことかい」

「そうよ、母さんライムちゃん起こそうと思ったら、和室にいなかったのよ。…雄祐、もしかしてあんた―」

「ないから」

 

 何気ない会話から倉科一家の一日が始まる。

 昨晩、突如この家に居候することになったマリオネット―ライム。放したって、ライムに居場所はなく、それに博物館に渡すとしても、パソコンのように一度起こしたものを再びシャットダウンするというのも巷の知識では通用しない。逆に、50年間も起動しなかったマリオネットを起動させた時点で世紀の大革命とも言える。それにしても、未だに報道されないのは不思議だ。そこまで情報漏洩に政府が気を使っていたのだろう、今では感謝せねば。

 それよりも驚きなのが、この一家の順応性。昨晩、雄祐がカクカクシカジカと両親に話した。マリオネットといえど、ライムは女の子である。軽々しく一人っ子の家に居候してもいいのだろうか…。しかしそれは単なる杞憂に過ぎず、深く追求されることもなく同居の許可をもらったのである。一人っ子しかいない家族に妹ができて、何とも嬉しい限りだと。雄祐の意見―『別に妹じゃ…』―をそっちのけのまま承諾された。大事起きて一晩過ぎただけで、いつもの日常に戻った。喉元過ぎれば熱さ忘れる、この諺はまさにこの倉科一家の代名詞であった。

 

「おはよっ、とうちゃん、かあちゃん!」 

 

 雄祐の後、すぐにライムが降りてきた。また、親に対しても笑顔を送る。

 この2人が両親だと知る―と同時に親の意味を知る―とすぐに懐いてきた。そういえば、雄祐は一人っ子。姉か妹のどちらかの存在がいてもいいだろう。しかし、高校生の雄祐にはもう遅すぎると思われる。

 

「と…、とうちゃんか。今思えば懐かしいなぁ…。小さいころの雄祐にもそう呼ばれてたっけ…」

「かあちゃんって…、あたし言われたような言われてないような…」

「いや俺、昔から“オトン”“オカン”呼んでたから」

 

 聞きなれない呼ばれ方に、戸惑った表情で顔を見合わせる両親。でも「仕事仕事!」と元に戻る。

 両親は既に軽く朝食を済ませたそうだ。雄祐はシリアルの箱を取り出して、2枚の皿に開け、牛乳を注ぐ。「食べるか?」、「うん」のキャッチボールで進める雄祐とライム。スプーンは彼女には初めてだろうが、何不自由なく使いこなしていた。ついでに言うと、昨日の夕食の際もお箸を使って食べていた。一般知識に対しての一方で、生活習慣にはある程度知識はあるようだ。

 支度を整えた両親は同時に玄関にいた。ちなみに各々の職業について正孝は会社員、美紀は保育士である。

 

「行ってくるわね。じゃあライムちゃん、雄祐のことよろしくね」

「はーい!」

「じゃあ父さんも行ってくるからな!おい雄祐、女の子を泣かすんじゃないぞ」

「わかってるって」

「うん!いってらっしゃ~い!」

 

 両親はワンボックスカーに乗り込み、ここを後にした。エンジンの駆動音がフェードアウトし、沈黙が走る。

 さて、今日は何をしようか。思索する中、まず思いついたのは勉強である。まだ1ヶ月強も期間は残っているが、近頃手を付けていない状態である。折角の休暇だし、何も予定もないので勉強で時間を潰すとでもしようか。

 

「ねぇねぇ!」

「なんだよ?」

「雄祐のとうちゃん、かあちゃん、どこ行ったの?」

 

 頭での模索の途中に、ライムが割り込んできた。『「いってらっしゃい」と言ったくせに聞くのかよ!』と突っ込むあまりに転けそうになる。

 

「聞くんかい…!…2人共仕事に出かけたんだ。今日も夜まで帰ってこないそうだしな」

「ふ~ん。じゃあ、1日中ここにいるのボクたちだけ?」

「うん。そのようだな」

「やったぁっ!!」

「うわっ、急に抱きつくなって…!!倒れる倒れる…!!」

 

 背中から抱きついてくるライム。再び真っ赤に染まってどう対処すればいいのか混乱する雄祐。彼女はかなり―マリオネットといえども―雄祐に心酔している。家族と思われても別に構わないのだが、その身体つきで抱きつかれると余計に困る。

 

「我を忘れるな、ライム」

「ふぇっ!?今誰しゃべったの?」

「こいつだけど?」

 

 あたりを見回すライム。第三者は人でなくても、常に雄祐のそばにいる。ポケットから携帯端末を取り出し、画面の方をライムに見せる。画面には3分の1が欠けた円が映し出され、喋るごとに口がパクパクと動いている。

 

「初めましてと言うべきだな、ライム。我はサーフェス、主より以前に雄祐の元におる」

 

 朝始めに話していたのだが、その時はまだライムは気づいていなかったようだ。それを見つけたライムは間もなくして画面に顔を近づける。

 

「えっ、キミは前からずっと雄祐を守ってくれてたの?」

「守るというよりも、無理に居座られていたほうが合理的かもな」

「そうなんだ!これからよろしくね、さーちゃん!」

「さっ、“さーちゃん”…?」

 

 プッと雄祐は口を抑えていた。しかし、今この手を離せば爆発してしまう。完璧にツボに入ってしまった。初めて見る。普段は寡黙で、まさに必要な時―もしくは雄祐をおちょくる時―にしか喋らない。ライムに可愛らしいアダ名をつけてもらって、困惑しているのを。

 

「何が可笑しい、雄祐…?」

「やべっ、ツボに入った…」

「ふん、他人の名を嘲笑う阿呆が何処に…」

 

 今度はすねた。これからと言うものの、雄祐とサーフェスが漫才じみた会話をしていると、またライムが水を差してきた。

 

「ねぇねぇ雄祐!今日どっか遊びに行こっ!」

「えっ、だって俺勉強が―」

「行きたい行きたい行きたーい!」

 

 ピョンピョンと跳ねながら強請ってくるライム。「親か俺は」と自分に突っ込みを入れた雄祐。しかし、ちょうどいいと思った。ライムに壊された鍵のところの金具を買わなければならない。出かけているうちにホームセンターに寄って購入することにしよう。

 しかし、若干に嬉しさを感じているのは否めなかった。一人っ子だった雄祐。幼稚園に通っていたあの頃、何度か憧れることがあった。結局このままで、雄祐自身も歳を重ねるに連れて『まっ、いっか』と軽く諦めていた。ライムと住み始めたばかりにあの頃の記憶を思い出して、『きょうだいを持つとはこういうことなのか』と感心している。なので、『付き合ってあげないとな』と雄祐は思っている。

 

「わかった。でも、その前に着替えとか洗濯済まさなきゃな」

 

 後、服のことでライムと話さなければならない。これでも“最重要機密”なのだから。サーフェスによれば、その正体は一般には知られていないそうだ。ただ、万が一の事がある。とりあえず目立たない服にするか。男物しかないが仕方ない。

 とりあえず、まず健人1人が部屋に戻って、外に出かけるのに相応しい服に着替える。使用済みの衣類を洗濯機に放り込んだ後、今度はライムと一緒に部屋に戻った。ライムがベッドの端にピョコンと座ると、雄祐が口を開ける。

 

「ところで、服はどうしよっか?」

「服?それなら―」

「じゃなくて…!…なんか…、江戸時代っぽいっていうか…。気に入ってたら悪いけど、そこまで派手だとなぁ…。もうちょっと今っぽいやつにしよっか?」

 

 ライムは黄色いバンダナに簪をつけ、アンダーウェアの上に羽織のような上着を着ている。これこそライムの普段着ではあり、部屋を出ようとしたのは和室におかれたその衣類を持って着替えるためだ。しかし、雄祐は思った、出かけるには正直派手だと。

 特にアンダーウェアの場合、背中から腰までがむき出しになっており、少し刺激的に感じる。さらに、肩部に排気口の開閉口がある。現在のマリオネットにはそのような筋口はない。そこで周囲に胡散臭く思われるかもしれないから隠さなければならない。

 

「そうかな?ボク結構気に入ってるんだ、この服。でも、雄祐が言うならそうする!」

「…悪いな」

 

 少しは躊躇いというのを見せるのかと思ったが、すぐに飲み込んでくれた。間ができたのはそのためだ。早速どうしようかと考えた、しかし、すぐに思い出した。確か押入れに使わなくなった衣類があるはず。押入れから一式の服装を取り出し、ライムに渡す。彼女が「ありがと!」と答えれば、急にアンダーウェアの首元に手を回す。勿論、雄祐の反応は戦慄に満ちていた。

 

「ちょちょちょちょ…!!俺一旦外に出る!着替えたら呼んで!」

「ええっ、雄祐?」

 

 サッサと飛び出すようにして部屋を後にする。バタンと開けては閉める。別にマラソンをしたわけではないのに、壁に背中を接触させて酷く息を切らしている。完全に家族としてあたり前のように思って、ライムは気にしていない。ここで少し彼女が抜けていることに気づく。それからしばらく、雄祐は部屋の外に出ていた。

 

「ねぇねぇ雄祐、どう!似合う?」

 

 1分も立たぬ間にライムが出てきて満々の笑みで聞いてくる。雄祐は言葉を失った。彼女が着こなしているのは、赤いネックタートルにジーパンというシンプルな方だ。これらは元々母が着ていたもので、サイズが合わないために暫く保存していたものである。雄祐にファッションの知識など持ち合わせているわけではない。ただ、ライムはあれだけ無邪気だというのに、子供っぽさを感じさせない、要は大人っぽい感じを匂わせた。

 

「す、すげぇ…」

「“すごい”?」

「うん、似合ってる…。すごく似合ってるぞライム…」

 

 つい素の声を出してしまった。それしか雄祐は言葉に出すことができず、硬直するばかりだった。それに対し、ライムは微かに頬を赤く染めている。

 

「えへへ、ほめられちゃった♪」

「呆けて涎を垂らすではないぞ雄祐」

「さっきのお返しのつもりかこいつ…!…とっ、とりあえず…、今日はこれで落ち着くか…」

 

 その後はというものの、2人は同じ動きをして歯磨きをする。洗濯し終わった衣類を―ライムにも手伝ってもらって―室内で干した。

 戸締まりをした上で、ガレージからスクーターを出す。外で待っていたライムに予備のメットを投げ渡し、自分も被ってサドルに跨る。そして次に後部席にライムがペタンと座った。

 

「メットはつけたな」

「うん!しゅっぱ~つ!!」

 

 アクセルをひねり、マフラーを蒸かしてスクーターを走らせる。ライムは雄祐の脇から手を伸ばしてきっちりと抱きついている。膨らみが背中に当たって慣れない状況のまま、走らせなければならない状況に立たされた雄祐。




<閑話・設定集1(改訂版)>

登場したマリオネットの設定集です。
ただ、細かいメカニック設定はあまりにも苦手だ…。orz

1,ライム / 倉科来夢

登場:セイバーマリオネットJ(無印、またまた、JtoX)
   セイバーマリオネットi ~ネオジェネ~
型名:JSM-01R
身長:165cm
体重:50kg
搭載回路:乙女回路(筒型、緑)
マスター:倉科雄祐

倉科雄祐が起動させたセイバーマリオネットのうち1体。“最重要機密”として国立博物館地下に厳重に保管されていたものの、謎の一味によって強奪され、後に雄祐の手で乙女回路と合体し、発見されて50年ぶりに起動。
明るく人懐っこく、雄祐と同じ年齢層の外見の割には精神年齢は幼い。その反面、戦闘能力は高く、戦闘型に特化したワイバーンを一撃で大破させるほどの威力を持つ。雄祐にはまさに我が子のように懐いており、彼の親に対しても同様である。その分、彼が虐げられる際に激昂してしまえば彼でも止められない。戦闘タイプは主にスピードタイプであり、最大瞬間時速は200kmを超えることも。

2,大和横臥

登場:セイバーマリオネットi ~ネオジェネ~
型名:不明
身長:164cm
体重:52kg
搭載回路:壮丁回路(心臓型)
マスター:水谷聖佳

水谷聖佳が起動させたセイバーマリオネット。(次回の話で明らかになるが)学校の地下に保管されており、聖佳が不慮の出来事で起動させてしまう。
無愛想な表情を常に見せているが、聖佳に対しては異性として意識している。しかし、恋愛について曲解した知識を持っているため(もしくは吹き込まれているために)、聖佳に疎遠されることが多い。セイバーマリオネットにしては十分な戦闘力は持っていないが、聖佳を守る気持ちは妹に対しても負けてはいない。

3,水谷零子(レイシ)

登場:セイバーマリオネットi ~ネオジェネ~(但し、苗字は橘)
型名:不明
身長:155cm
体重:45kg
搭載回路:乙女回路(心臓型)
マスター:水谷一家

水谷一家とともに住むマリオネット。戸籍上は聖佳の妹とされており、そのせいで聖佳に冷たい態度を取られる事が多い。
おしとやかな性格だが、姉のことになると様々な表情を露わにする。聖佳のことを姉と認識しているが、“聖佳様”、“お嬢様”と呼ぶなど主に主従関係を大事にする話し方をする。ちなみに、呼び方は雄祐の一言で克服の一歩をたどっている。母から教わった炊事を得意とし、さらに独自の顔認識システムを搭載しているために人混みの中でもすぐに特定人物の顔を見つけることができる。

4,ワイバーン

登場:本作品
型名:SM-P77
身長:198cm
体重:95kg
搭載回路:なし
マスター:各国の軍部

戦闘に特化した量産型セイバーマリオネット。様々な戦闘型の中で低費用であるかつ、回路が搭載されていないために多様性に優れ、各国の軍部に普及されている。
20ヘルツの微弱な音にも過敏に反応し、(全身装甲であるために)重量感ある体型でありながらも素早い動きで相手を抑えこむ。武器は両手に装備された爪であり、コンクリートをチーズのように斬り裂くことができる。

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