やはり俺が765プロで働くのは間違っている。 作:けえす@陸の孤島
道行く桜の木も蕾をぽつぽつつけ始めた三月上旬、俺は一人で都内の街を歩いていた。このころになると度々思い出す。様々なことがありすぎた、今まで一番濃厚な二年間。それを終結させた、もう2年前になる卒業式を。
「考えてもがき苦しみ、あがいて悩め。―君にはまだまだ時間があるのだから」
高校2年生の3月、離任した平塚先生が優しい、しかし泣きそうな顔で言ってくれた言葉。今までの平塚先生との記憶が頭に過ぎり、不覚にも涙を耐えることが出来なかった。本当、俺があと10年早く生まれて、あと10年早く出会っていたら心底惚れていたと断言できる。
結局のところ、俺にとっての”本物”とは何なのか高校卒業までもがいてみたが、結局分かることはなかった。それを漏らせば、きっと優しい微笑みで
「何か答えが出るまで計算し尽くせばいい」
とめちゃくちゃなことを言ってくれるのだろう。あの、欄干で話した時みたいに。
卒業式の日、奉仕部+一色(一色はすでに奉仕部の一員だと主張しているが)とお別れ会なる催しをして解散する直前、あの話をしてる三人にも胸の内を明かしている。二年生の12月、完全に理解したいだなんて、ひどく独善的で、独裁的で、傲慢な願いを聞いてくれた―一色は盗み聞きしたわけだが―三人には、俺の解きかけの答えを聞いていて欲しかったから。「今の俺たちの関係は、偽物ではないと思うが、本物なのかどうかはまだ分からない」という、答えを後回しにするようなものだとしても。話すことに慣れていないためか、途切れ途切れになりながら話を続ける俺を、しかし三人は最後まで聞き届けてくれた。
「そう……。なら、あなたが思うように行動しなさい。その答えが出るまで、私はいつまでも待っていてあげる。難しくても、あなたならどうにかしてしまいそうな気がするから。……それと、もし何か困ったことがあったら、一人で解決しようとしないで連絡しなさい。たまたま、暇で暇でしょうがなかったら相談くらい乗ってあげるから。誠に遺憾ながら、この中では一番比企谷くんに近いから仕方がないわね」
そう言って由比ヶ浜と一色に微笑みを向ける雪ノ下。そりゃあ日本トップの大学に行くのだから自慢したくもなるだろうな。雪ノ下にしては珍しいが。
そう自分で納得した俺に怪訝な表情を雪ノ下が向けているが…藪蛇になりそうだし気にしないでおこう。
「むっ、私も東京の学校選べばよかったなぁ……。ヒッキー、話してくれてありがとう。ゆきのんの真似をするわけじゃないけど、ヒッキーのこと待ってるよ。あっ、地元に帰ってきたときにいつでも相談に乗ってあげるよ! 小町ちゃんと会いに結構帰ってくるでしょ!」
なぜか張り合う、由比ヶ浜。確かに俺の体の必須元素、コマチニウムを摂取するため、定期的に帰ってくるつもりだが。
「先輩、一年だけ、待っててください。 そ・し・た・ら、”二人っきり”で本物を見つけに行きましょうね♪」
一色は一色でとんでもないことを言い出した。何故二人っきりのところを強調したのだろう。やだよ、お前は大学でキャンパスライフ的なのを堪能しといてください。
「なっ!? どういうことか説明してよ、ヒッキー!」
「年下の女の子と二人っきりで何をするつもりなのかしら、性犯罪谷くん」
そんないつものやりとりをやってー
いや、違う。無理やりいつもと同じ空気を作って、紛らわせていたのだ。俺と雪ノ下は東京のそれぞれ別の大学へ、由比ヶ浜は地元の専門学校へ、そして一色は後1年高校生活が残っている。今までのように、全員が交わった日常はもうやってこない。
俺は六つの目が涙ぐんでいるのに気づかないふりをしていた。
*
町を歩きながら、あの時を思い出す。
ふと立ち止まり、スマホに保存してある一つの画像を見る。由比ヶ浜を真ん中に、左側に俺、右側に雪ノ下が並び、咲く前の桜を背景にした写真。
あの時、頭の中で考えていた雪ノ下や由比ヶ浜に伝えておきたかったことがたくさんあったにも関わらず、結局伝えられないまま2年が経ってしまった。卒業式の夜に自室で必死に考えた文章は、今も下書きフォルダの中に残っている。
頭に浮かんでくる、涙目を浮かべて笑顔のまま「またね」と別れた二人の顔を振り払うように足を動かす。
こんな調子で、果たして、俺はずっと望んでいた本物を見つけ、そして手に入れることが出来るのだろうか……。考え事をしながら歩いていた時だった。
どんっ
「うお!?」
「きゃっ」
曲がり角から出てきた女の子とぶつかってしまった。
「すまん、ちょっとぼーとしてた。大丈夫か?」
「いえ、わたしの方こそごめんなさい……って、目が死んだ魚みたいになってる!? 大丈夫ですか!?」
「いや、このDHAが豊富そうな目はデフォルトだから問題ない」
「DHAって、何言ってるんですか~。良かった、わたしとぶつかってそうなっちゃったって思って♪」
「いや、人とぶつかって目がこうはならんだろ……」
「あはは♪ 魚のお兄ちゃん面白いですね~」
「……楽しそうで何よりだ。それじゃあな、気を付けろよ」
「はぁ~い! それじゃあ!」
そう言って女の子は街の中へ消えていった。天真爛漫というか自由というか猫みたいな子だったな……。思ったより感触が柔らかかったことは気にすべきではないだろう。
*
「やめてください!」
それからしばらく歩いていると、俺の耳に少女の声が突き刺さった。黒髪を伸ばした、今はまだ可愛さが残るが、あと少ししたら美人になると容易に想像できる女の子。
どうやら大学生くらいの男性二人に付きまとわれているらしい。周りに人はいるが見て見ぬふりをしている。俺も見てないふりをして通り過ぎようとしたが、どうにも後味が悪い。かと言って、男二人に正面から行くのもなぁ…
「いい加減にしてください!人を待ってるんです!」
「君みたいな可愛い子を待ちぼうけさせるような人なんて無視してさ」
「ちょっと食事しに行くだけだから」
あそこまで声を荒げているのに誰も助けに行かないのかよ……。仕方がない。
そこで俺はスマホで電話しているふりをする。
「もしもし! 警察ですか? 女の子が男性二人に連れ去られようとしていてですね! ええっと場所は…」
「!? っち、行くぞ!」
これぞ【面倒なことは公的機関に丸投げ作戦】である。普段大きな声を出さないから少し不自然に見えたかもしれないが、どうやら通用したようだ。ちなみに実際に連絡はしていない。俺みたいなボッチが警察と話せるわけがないし当然である。
男共は追い払えたようだしさっさと帰るか。比企谷八幡はクールに去るぜ……。そう思って立ち去ろうとした瞬間。
「あのっ、先ほどはどうもありがとうございました! お礼をしたいのですが、時間あったりしますか?」
絡まれていた少女に話しかけられてしまった。
「えっ、いや、俺はその……あれがこれだから」
急に美少女に話しかけられてキョドってしまう。指示語しか言ってねぇな……。もうちょい頑張れよ、センター試験国語満点者(自己採点)。
「何か用事があるんですか?」
「いや、用事があるわけではないが……」
「それでは、少し時間を頂けませんか?」
「まぁ、少しなら」
そう言って俺と少女は近くにあった公園に移動する。
「それじゃあ改めまして、先ほどはありがとうございました」
目の前の少女は丁寧にお辞儀する。
「おう、それじゃあ気を付けてな」
「あっ、すいません。名前だけでも教えて頂けませんか?」
「名前? えっ誰の? 俺の?」
「はい! あっ、すいません、こういう時は尋ねた側の私から言うんですよね?」
そう言って、目の前の少女は居住まいを正す。
「私の名前は最上静香、中学生で765プロ所属のアイドルです」