やはり俺が765プロで働くのは間違っている。 作:けえす@陸の孤島
(一応?)俺が助けた美少女の名前は最上というらしい。流れる黒髪に真面目そうな雰囲気といい、少し幼い雪ノ下を連想させる。……慎ましすぎる胸元も含めて。最上が俺との距離を広げたような気がするが、アイドルという立場上自分に対する感覚に敏感なのだろうか。見てないって。ちょっと視界に入って気を取られただけだから。
それよりも、気になる単語は765プロ所属というところだ。
”765プロダクション”
俺が大学生になってから急成長を遂げた、今となっては知らない人の方が少数派だろうと思われる、今をときめくアイドルたちが在籍している芸能プロダクション。元々は所属人数も、事務所の規模も小さいものだったが、今となっては天海春香を筆頭に様々なテレビ番組に出演し、いくつかの大型ライブにて大成功を収めているらしい。今までの実績をもとに、今では妹分のような新しい企画が動いていると噂に聞く。765プロ所属でありながら俺が今まで見たことがない女の子ということは、彼女が噂の新しい企画とやらのアイドルなのか……?
「あの……。それで貴方の名前は?」
色々考えていると最上が困った顔で俺を見ていた。
「すまん、考え事をしていた。俺の名前は比企谷八幡。大学生だ。」
「比企谷さん、ですね。さっきは本当にありがとうございました。」
そういって最上はまたもや綺麗なお辞儀をする。
「いや、止めてくれ。なんというか……。ほら、腐った目の男に女の子が頭を下げてるって絵面的にまずいだろ」
そう俺が言うと最上は少し俺に近づいてじっと目を見つめてきた。止めて、美少女の上目遣いとか、一瞬で勘違いして告白してフラれて中学生に手を出した犯罪者として警察のお世話になっちゃうから。
「確かに綺麗な澄んだ目とは言えませんが、」
最上は俺の瞳を覗き込む。
「何かを必死で探している……そんな真剣さを感じます」
こいつは今なんと言った? 何かを探している……だと?
「っ! 流石アイドルだけあって、咄嗟のお世辞が上手いな」
そう皮肉をいうのが精いっぱいだった。
「別に皮肉を言ったわけじゃあ……。もう少し素直に受け取ってください」
「悪いな、俺の目をそんな風に言われたのは初めてなもんで」
俺の言葉にふくれっ面をつくる最上。話し方や態度から大人びていたが、そうしていると中学生相当に感じるな。
最上のお礼も済んだだろうし、そろそろ御暇しようかと思った直後。
「遅くなってすまない、静香」
最上に声を掛けながらスーツを着た男性がこちらに近づいてきた。先ほどの話も含めて考えると765プロの関係者といったところか。
「少し打ち合わせが長引いてしまって……。っと、そちらの方は?」
そう言ってキョトンとした顔を最上に向ける。先ほどまで最上と普通に話していたのを見ていたのか、怪訝な表情はされていない。ナンパに間違われたらどうしようと考えていたが杞憂だったようだ。木乃伊取りが木乃伊になるといった状況にならずに済んだか。
「プロデューサー、こちらは比企谷さんと言います。先ほど、私が男性に絡まれているところを助けてくれたんです。」
「そうだったのか……。俺が遅れたせいで怖い目に合せてごめんな。」
そう言うと、最上と話していた男性は俺の方に体を向けて頭を下げた。
「彼女を助けてくれてありがとう。俺の不手際で君に迷惑をかけて申し訳ない」
「あ、頭を上げてください。お礼なら先ほど最上からしてもらいましたので」
俺の言葉を聞いてプロデューサーらしい男性は頭を上げ、俺と視線を合わせる。俺の顔をじっと見ている。
このままいるとどうにも居心地が悪い。さっさと撤退してしまおう。
「それでは、そろそろ失礼します」
そう言って別れようとすると
「あっ、ちょっと待ってくれ。突然ですまないが、アルバイトを探したりしていないか?」
その言葉にふと動きを止める。
去年から始めていた家庭教師のバイトは、生徒の高校入試が無事終わったことでひと段落が付いている。それ以外は採点とか日雇いのバイトをたまにしているくらいで長期のものは現状残っていない。両親は節約すれば暮らしていけるくらいの金額を口座に入れてくれてはいるが、本を買ったり何かあった時のことを考えると心もとないし、これ以上要求するのは流石に良心が痛む。つまりはバイトを探しているところではあった。
「まぁ、探してはいるところですけど……」
「もしよかったら、うちの事務所でアルバイトをしないか? 時給は他のところより多めに出す」
「何言ってるんですか、プロデューサー!?」
男性が突拍子もないことを言い出した。最上の反応から普通ではないことなのだろう。
アルバイトを探す必要が無くなること自体は非常にありがたいが、勤務先が芸能プロダクションとなれば話は別だ。皆に夢を与える芸能プロダクションで働くなんて、俺みたいなボッチには荷が重い。目の前に実物がいるとしても、アイドルなんて俺からしたら現実離れしすぎている。
「アルバイトの申し出はありがたいのですが、大学生で普段は講義とかあるんで……」
「当然、勤務時間は講義とかが無い時間帯や休日だ。それ以外にも、用事などがあれば事前に教えてくれれば最大限融通すると約束するよ」
「そこは魅力的ですけど、正直に言うとアイドルとかあまり知らないんですよね」
「今、アイドルに詳しいとかそうじゃないとかはあまり関係ないよ。これから知ってくれればいい」
「……あんまり言いたくなかったのですが、正直俺はコミュニケーションに難があるというかなんというか」
「人に絡まれている彼女を助けて、そしてこうして俺としっかりやりとりできているんだ。最低限以上のコミュニケーション能力が君にはあるよ」
どうしよう、何を言っても返されてしまう。このまま彼と話しているとそのままの勢いで承諾してしまいそうだ。
どう言って断ろうかと考えていると―
「初対面でこんなことを言うのも変だが……。今まで様々なものを見てきたのだろう。比企谷くんの目には他の人と少しだけ違うものが見えてて、その少しの違いがこれからの765プロに必要だと、そう感じたんだ。」
彼のその言葉に、お世話になった男前な女性がふと頭に浮かぶ。
「……。買いかぶりすぎですよ。ただの腐った目です」
「確かに一見するとそのように見えるのかもしれないな」
そう言って男性は苦笑する。最上といい、目の前の男性といい、どうにも俺を過大評価しているきらいがある。
「比企谷くん、君の考えは概ね分かった。それじゃあ、もし向いてないと思ったら必ずすぐに辞めることが出来るようにするよ。君を誘うのは俺だし、その時の後処理も全て俺が責任を持つ。それならどうだろう?」
その言葉に、この話を断るのと受けるのとを天秤にかける。これからバイトを探す手間が省け、時給は高めだし、ここまで言ってくれるのであれば悪いようにはならないだろう。男性が言ってるように、もし合わないと思ったら直ぐ辞めてしまえばいい。……それに、このままでは答えが見つからないんじゃないかという焦りもある。普通なら出来ない経験も必要なのではないだろうか。
「分かりました、そちらの話を受けます。ただ、本当に合わないと思ったら直ぐ辞めますけどいいですか?」
「ありがとう、比企谷くん。俺がそう条件を出したんだ。ちゃんと契約書にはその辺りも徹底しておくよ。」
そういって男性は嬉しそうな顔をする。765プロほどであれば募集を掛ければ人材も選びたい放題であろうに。まぁ、これで都合が良いバイト先が確保できたことになるし良かったと思うことにしよう。
すると、先ほどまで俺たちを見ていた最上が男性に話しかける。
「プロデューサー、勝手に決めていいんですか?」
「人手が足らなかったのは事実だ。それに……社長の言葉を借りると、ティンときたんだ。この人は765プロに必要だって」
「はぁ、プロデューサーがそこまで言うならいいですけど。ただ、社長たちへの説明はしっかりしてくださいね?」
すると最上は振り返って俺の方を向く。
「私もよく分かりませんが、これからもよろしくお願いします。比企谷さん」
*
数日後、俺はメールに記された住所を頼りに765プロの事務所に向かっていた。流石にプロデューサーの独断では採用できないとのことで今日は面接を受けることになっている。今までのバイトと同じ感覚ではダメだろうと、入学式以来着ていなかったスーツに身を包んでいる。
「住所、ここで合ってるのか……?」
たるき亭という名の定食屋の前で立ち尽くす。大人気アイドルを擁する事務所だからもっと立派なところだと思っていたので首を傾げてしまう。人気が出たのもここ数年だし、事務所の移転はまだなのだろうか。
訝しげに階段を上ると”765プロダクション”と書かれたドアが目に入る。そのドアをノックすると内側から入室を促す女性の声が聞こえた。
その声に従って入室すると応接室であろう部屋と制服をきた女性が目に入る。
「初めまして。私は事務員の音無小鳥と申します。よろしくお願いしますね」
「はっ、初めまして。比企谷八幡です。今日はよろしくお願いします」
意図せず口ごもってしまう。思った以上に美人で緊張したとかでは決してない……。はい嘘です。
目の前にいる事務員の音無さんは、アイドルの一人と言われても疑問を感じない女性だった。スタイルも良く、口元のほくろもチャーミングポイントに見える。どこに視線をやればいいのか分からず、正直居心地が悪い。
「それではそこの席に座ってください。飲み物はコーヒーでいいですか?」
「あっ、はい。ありがとうございます」
そう言って音無さんは飲み物を準備してくれる。
「それじゃあ少し待っていてください。社長を呼んできます。」
そう言ってこの部屋を出て行って少し落ち着いた。第一印象が中々悪いと評判の俺を見て全く同様しないことに少し驚く。そのくらいのポーカーフェイスが無いとこの業界ではやっていけないのだろうか。
いつもより苦めのコーヒーを飲みながらしばらく待っていると応接室の扉が開き、音無さんと壮年の男性が入ってきた。
「おー、君が比企谷くんか。初めまして、私はここの社長をやっている」
「は、初めまして。ひきがっ……。比企谷八幡と申します」
「ハハハ、そんなに緊張しないでくれたまえ。座ったままでいいよ。彼が目を付けたんだ、この面接だって形式だけのようなものだ」
いや、社長を前にした面接で緊張するなというほうが無理ではないでしょうかねぇ……
ここの社長らしい男性は……何というか黒かった。顔が見えないんだけどどんなトリックなのだろうか。目を凝らしてみても相変わらず黒いままである。
「なるほど……。確かに彼が言うようにティンとくるものがある……。特にその眼はなかなか見られるものではないな」
「はぁ、私としてはただ単に色々拗らせて腐っただけだと思うのですが……」
「いや、そんなことはない。比企谷くん、是非ともうちで働いてくれないだろうか」
あっさりと採用が決まってしまった。この前の男性と言い、社長といい、目が曇っているんじゃないだろうか……。そんな調子でこの事務所は大丈夫なのかをふと思ったが、今の世間を見るにこれで成功してきたのだろう。不思議である。
「あっ、ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
最初が肝心というわけで、社長に頭を下げる。
「社長も気に入ったみたいだし、これで面接は終わりね。これからよろしく、比企谷くん♪」
そう言って笑顔を向ける音無さん。やっぱり事務員ではなくアイドルなのではないだろうか。
「こちらこそ、よろしくお願いします。音無さん」
こうして、俺は765プロにて働くことになった。