やはり俺が765プロで働くのは間違っている。   作:けえす@陸の孤島

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③ 目的のため、伊吹翼は彼の誘いに乗ってみる。

 これからの仕事に当たって音無さんから説明を受ける。どうやら俺の仕事は765プロアイドルの妹分である、通称「シアター組」の補佐になるとのこと。想像通り、最上も「シアター組」の一人だった。また、「シアター組」の方の事務を主にこなしているのは音無さんではなく青羽美咲という女性である。

 「シアター組」とは、専用のライブ劇場で毎月の公演を行うアイドルの集まりだと言う。その公演には天海春香達といった元祖765プロアイドルも出演するが、メインはあくまで「シアター組」が担っているらしい。

 

 今後主に通うことになる劇場の方の見学もしたのだが……。中々に衝撃的だった。

「ようこそ、新しい王国民さん!」

 劇場では大きなリボンとロリータファッションが特徴的な女の子に出迎えられた。俺は既に某声優が姫をしている王国の民なので他国の民にはなれません。名前はまつりということだが、「ほ? まつりの苗字? そんなことはどうでもよいのです」と苗字は教えてくれなかった。まぁ言いたくないなら無理に聞く必要もない。ただ、アイドルらしい可愛い女の子を名前で呼ばないといけないのはどうにかならないだろうか。

 まつりの先導で劇場の案内をしてもらったわけだが、どこも想像していたアイドルとは違っていた。

 楽屋では永吉昴と高坂海美と名乗る二人の女の子が野球をやっていた。一打席立つかと誘われたが、野球はやったことがないと断った。ボールは柔らかそうだったが、室内で野球なんてやって怒られないのだろうか……

 給湯室では佐竹美奈子という女の子がおやつを作っているところだった。実家は中華料理店であり、特技は料理とのこと。作ったおやつを食べて思わず「これはいい嫁さんになるな」とつぶやき佐竹に真っ赤な顔をさせてしまった。

 事務所にも立ち寄ったが、青羽さんは留守だった。その代わりと言っては何だが、部屋の隅にパーカーを被った小柄な女の子がノートパソコンを操作していた。望月杏奈と名乗ったその女の子は人と話すのが苦手そうであったが、ちゃんとアイドルが務まるのか?

 俺が来たのはアイドル事務所なのだろうかと疑問に思いながら、最後に案内されたのは劇場内のステージだった。席は二階まであり、結構な人数が収容できそうである。ステージから見る景色は、俺がライブなどでこれまで見てきた客席からの景色と随分印象が違った。今は客席に誰もおらずひんやりとしているが、満員になったら凄い熱気になるのだろうと容易に想像できる。

「比企谷さん、客席の方に移動してもらってもいいですか?」

 ステージからの光景に呆気にとられていると、まつりから声を掛けられる。訝しげに思いながらもその言葉に従って客席に座ると―

「はいほー! まつり姫のわんだほー!なパーティーにようこそ!」

 マイクもなしにいきなりまつりが喋りだした。

「今日は新しい仲間が来てくれたので、自己紹介もかねて一曲歌うのです!」

 驚く俺を置いてけぼりにしてまつりは歌いだした。その歌声に釣られてか、先ほどまで野球やら料理やらをしていた女の子達が集まりだす。まつりの歌が終わると、そこに集まっていた彼女らが次の曲を歌いだす。

 この時点で俺は先ほどまでの自身の考えを訂正することにした。客席から見た、ステージで歌う彼女たちはアイドルと呼ぶに相応しいものだったから。

 

 

*

 

 

「アイドルの勧誘…… えっ、俺が?」

 大学の方は春休みということもあり、ほぼ毎日練習の付き添いや各種イベント対応の見学などをし始めてからしばらくたったある日、プロデューサーが俺に突拍子もないことを言ってきた。つい呆気にとられて彼を凝視してしまう。

 ちなみに765プロには、元祖765プロアイドルを担当するプロデューサー(元祖P)と、今俺と話している「シアター組」を担当するプロデューサー(ミリP)と、二人のプロデューサーがいる。

「現状、結構な人数の新しいアイドルが集まりつつあるが、後もう少しだけアイドルを増やせないかと考えているんだ」

「まだアイドルを増やすんですか……。状況は分かりましたけど、正社員でもないアルバイトの俺がそれをするのは……。なんか違いませんか?」

「確かに、普通ならそう考えるだろう。けど、俺も社長も、比企谷くんの見る目を信じている。当然、俺たちで面接程度はしていくから、気楽にアイドルになり得そうな女の子に俺の名刺を渡すだけでもいい」

 相変わらずミリPや社長は俺に対して過大評価をしている。それは一旦置いといて、ミリPはそのように言ってくれるがそもそもぼっちの俺には女の子に声をかける事態が非常に高いハードルである。目の腐った男が女の子に声をかけているのを目撃して通報されずに済むなんてことがあり得ようか。

「……分かりました。何かの間違いでアイドルになりそうな女の子と話す機会に恵まれた時にでも名刺を渡しておきます」

「ははっ、まぁ今すぐってわけじゃないしそんな感じでいいよ。」

 ミリPはこのように言ってくれているし、アイドル向けな女の子と話す機会なんて765プロ所属の社員を除いて起こりえないだろうと、勧誘のことは頭の片隅にとどめる程度にしておいた。

 ……念のため戸塚には名刺を渡しておこう。

 

 後日、戸塚と会った際に誘ってみたら勉学の方に集中したいと断られた。戸塚をプロデュースしてみたかったなぁ……。俺バイトだけど。ただ、俺の事情を話した後にお仕事頑張ってねと応援してくれた。やっぱり戸塚は変わらず天使でしたまる

 

 

*

 

 

 数日後、とある小説の新刊を買うため大きめのショッピングセンターに来ていた。今日買ったのは小説サイトに投稿されている作品が文庫版になったものだ。

 小説サイトに投稿されている作品の文庫版って買う意味あるのかと以前は疑問だったが、今日買ったものはサイト版と本筋は大きく変わらないものも細かいところが違っていたり、キャラの登場時期が違っていたり、追加話があったりしていてサイト版を見ている人も楽しめる内容だった。そのサイトに材木座も小説を投稿しているらしいが、どうせ転生して最強の能力に目覚めて無双するやつだろう。そういったあらすじの作品にも面白いものがあるのは確かだが、そこまでの文章を材木座が書けるかどうかは別問題。無理だろうなぁ……

 本屋から出口に向かっていると、広い空間にて人だかりが出来ていた。”Fresh Fashion Week”なるファッションイベントが開催されているらしい。765プロで働く前の俺ならば特に気にせず通り過ぎただろうが、今は曲がりなりにも女性アイドルが所属するプロダクションで働く身である。特に急ぎでもないし、何かしらインスピレーションが得られるかもしれないと考え、イベントを見ていくことにした。

 ファッションイベントに出場している人たちはそれに相応しく可愛かったり美人だったりしていた。とはいえ、見ている人を引き付ける力が弱い気がするな……。これだと今765プロに所属しているアイドルと同じステージに立つのは難しいだろう。そう考えていると、最後の出場者の番に変わる。少し期待外れだったかと思い帰ろうとした時だった。

「みんな、初めまして! わたし、伊吹翼で~す!」

 どこかで聞いたことがあるその声に思わずステージの方を振り返った。ステージには、ただ可愛いだけじゃない、どこか人を引き付ける魅力をもった女の子がいた。今までの出場者とは決定的に違う。他の人もそうなのか、観客の声援も今までの出場者の中で一番大きなものになっていた。

 何が人を引き付けているのか彼女の観察をしていたら、ふと目が合ったような気がした。一瞬彼女の目が見開かれたように見えたが、直ぐアピールに戻っていく。やっぱり彼女とどこかで会ったことがあるのだろうか? それともただの気のせいか……?

 

 考え事をしているとファッションイベントが終了した旨のアナウンスが流れる。それを聞いて今度こそ帰ろうとした俺に一人の女の子が近づいてきた。

「あ~、その眼! やっぱり魚のお兄ちゃんだ!」

 近づいてきた女の子は、さっきのファッションイベントで最後に出場した子だった。”魚のお兄ちゃん”という謎のワードで既視感の理由に思い当たる。最上やミリPと会う前に曲がり角でぶつかった子だった。可愛い女の子の上目遣いという最強コンボが俺を襲うが、天然水みないな名前の後輩によって鍛えられた俺には通用しない。

「あの時はぶつかって悪かったな。怪我とか無かったか?」

「…。大丈夫ですよ。それよりも、結局友達との待ち合わせに遅れちゃって~。そっちのほうが大変でした」

 俺の対応に少し不思議そうな顔をするが、すぐに元の表情に戻って話し始めた。

「……そうか、それは悪かったな」

 やはりこうして目の前にしていると可愛い女の子であることがよりはっきりする。下世話なことになるがスタイルも非常にいい。先ほどの自己紹介では一般参加だったらしいが、どこか所属のモデルであっても不思議ではないくらいである。

 ふと、以前ミリPが言っていたアイドル勧誘の話を思い出す。とはいえやはり俺にはハードルが高すぎるんだよなぁ……

「それで、待ち合わせに遅れたからってカフェでケーキ奢らさせられたんですよ! 酷いと思いませんか!?」

 ただ、今までとは違うことをしてみようと決めたのは俺自身だったはずだ。だから……

「それは災難だったな。……あの時のお詫びだ、近くのカフェでケーキでも奢ろうか?」

 以前の俺なら絶対にしないであろうことをしてみることにした。

 

 

*

 

 

「ここのお店、一度来てみようと思ってたんです! ありがとうございま~す!」

 そう言って彼女はテーブルにやってきたケーキを頬張り始めた。こうしてみるとどことなく小町にも似ている気がする。一色と小町のハイブリッドか……。いや、一色と違って素であざとい行動をしているようだしその強化版というべきか。数多の男子が犠牲になったんだろうなぁ(遠い目)

「どうぞ……。その、お前はああいうファッションショーとかによく出たりするのか?」

「む~……。私には伊吹翼って名前があるんです。お前じゃなくて翼って呼んでください♪」

「……。伊吹はああいうイベントによく出るのか?」

「苗字じゃなくて、翼って呼んでください!」

「いや、俺は女の子を下の名前で呼ぶのに慣れてなくてな……」

 そう言うと伊吹は渋々ながらも納得してくれた。そんなのはまつりだけで勘弁してほしい。

「もぅ……。う~ん、今日みないなイベントは今日が初めてですよ。声を掛けられたのは何回かありますけど」

「まぁ、そうだろうな」

「えっ、それって魚のお兄ちゃんも私のこと可愛いって思ってくれてるってことですかぁ?」

「一般的に見たらお前は可愛い部類に入るだろう。それもとびきりの。……あと俺は魚のお兄ちゃんではない。比企谷八幡という名前がある」

「えへへ、とびきり可愛いだなんて~。あっ、もしかしてこれってナンパですか!?」

「いや違う」

「え~。モデルもしたしモテ期が来たって思ったのにぃ……」

「モテ期って、伊吹は今でも十分モテてるんじゃないのか。可愛いんだし」

「う~ん、確かに学校の男子からは声かけられるんですけど……。そういうのじゃなくて、オシャレで大人な感じがいいんです!」

 これまでの話からなんとなくだが伊吹の性格が掴めた。これなら上手くいけばアイドルに興味を持ってくれるかもしれない。……ただ、俺がこのカーストトップみたいな伊吹と上手く交渉できるかどうかが問題だが……

「お前が望んでいることを叶えられるかもしれない」

「えっ?」

「伊吹、アイドルになってみないか?」

「アイドル……ですか?」

 俺の言葉に伊吹は驚いた表情をする。まぁ俺みたいなやつがアイドル勧誘するなんて思わないよなぁ。

「う~ん、面白そうだけど……。歌とかダンスとか、すっごくレッスンしなきゃダメなんでしょ? わたしキツイ練習なんてしたくないなぁ~」

「確かに、アイドルの娘たちは歌やダンスの練習を必死にやってる。それが大変であることは否定しない。……ただ、アイドルになればさっきお前が言っていたオシャレな服を着たり立派なメイクをしてもらったりすることが出来る。それにアイドルともなれば大きな注目を集めることが出来る。」

「注目される……。それって、モテモテになっちゃうってコトですか?」

「少なくとも、今とは比べ物にならないくらいにはな。頑張り次第だが、芸能人とも知り合えるだろう」

「芸能人って、星井美希ちゃんとかですか?」

「お前、星井のこと知ってるのか?」

「だって最近すっごく話題になってるじゃないですか! 美希ちゃんみたいになりたいんです!」

「星井はうちの事務所に所属してるから、知り合いどころか後輩になれるぞ」

 そう言って俺は最近用意された名刺を渡す。当初はミリPの名刺を使う予定だったが、それだと色々ややこしくなるからと青羽さんが俺用の名刺を作ってくれた。アルバイトの俺に名刺を用意するなんて、どんどん俺に対して緩くなっている気がする……

「え~! 八幡さんって765プロだったんですかぁ!」

「興奮しているところ悪いが少し静かにしてくれ……」

 今までで一番いい食いつきっぷりである。やっぱり元祖765プロアイドルってすごいんだな……

「美希ちゃんの後輩かぁ。う~ん……でもぉ、やっぱり辛い練習とかはなぁ……」

 俺の言葉に伊吹は興味を持ってくれたが、どうにも後一押し足りないようだ。とはいえ、伊吹が興味をもつであろうカードは既に切ってしまった。どうにも気まぐれなようだから、揺れている今の内にこちらに引き込んでおきたいがどうしたものか。

「……今日のお前のステージを見て思った。このままじゃもったいない。お前ならもっともっと大きな舞台で誰よりも輝くことが出来る。……そして、それを見てみたいと」

 俺の言葉に伊吹は呆けた顔をする。まずい、俺の考えがダダ漏れになってしまった。

「いや、何でもない。まぁ伊吹の言う通り大変なことも確かに」

「ねぇ」

  失言を取り繕うとした俺の言葉を伊吹が遮った。

「わたし、誰よりも輝けるの?」

 今までの軽いノリは息を潜め、伊吹のまっすぐな視線が俺を射抜く。

「確証は無いが、今日のステージを見て俺はそう思った。あくまで俺の主観だがな」

「それじゃあ、八幡さんの中だと一番輝いてるのはわたし?」

「まぁ、そういうことになる、かもしれん」

 彼女のその視線に、俺はそう答えるのが精一杯だった。

「えへへ、誰よりも輝ける、かぁ。うん、ファンの期待には応えなきゃ」

「どうかしたのか、伊吹?」

 すると彼女は輝くような笑顔を浮かべた。

「八幡さんがそこまで言うなら~、わたし、アイドルやってみます! だから、ちゃ~んと見ててくださいね♪」

 

 そうして、俺の初めてのアイドル勧誘は無事成功に終わったのだった。

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