やはり俺が765プロで働くのは間違っている。   作:けえす@陸の孤島

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④ やはり、人はそう簡単に変われない。

「えっ、伊吹のプロデュースを俺が?」

 伊吹の勧誘に成功した数日後、彼女は無事に社長たちの面接を突破して765プロに所属することとなった。まぁ、伊吹を勧誘したのは俺とはいえ、所詮はアルバイトである。業務は今まで通り何も変わらないと思っていた。……のだが。

「あの、一応確認しますけど、俺ってバイトですよね?」

「そうだね。まぁプロデュースって言い方は少し大げさかもしれないな。これから翼のレッスンや撮影といった仕事が本格化していくから、その時の付き添いとか、報告とか、時には彼女からの相談に乗ってあげたりとか、そういったことをしてほしいんだ。他の業者との打ち合わせとか営業といった責任が重いことは引き続き俺がやっていくよ。」

「なるほど、それならまぁ……」

 正直、女子中学生からの相談とかどうしようと思わなくもないが、その時はミリPさんや青羽さんを頼ればいいだろう。

「いずれは、そういったことも比企谷くんにやってもらいたいと思っているけどね」

「以前から思っていたんですけど、ここの人はただの大学生のバイトを過大評価していませんかねぇ……。昨日も最上の送迎を俺一人でしましたし」

 こんなにも俺と社員で意識の差があるとは思わなかった……!

「そうは言っても、君は大学生のバイトのレベルを超えた仕事をするからなぁ。爪を隠すのが下手なんじゃないか?」

 そう言ってミリPが苦笑する。

 俺としては、大学が春休みということもあって基本的にいつも事務所にいたりしただけなんだけどなぁ。当初の約束通り、契約書には高めの時給だとか、意思を伝えれば数日中に辞められるだとか俺に有利な記載があった。それならばちゃんと765プロの利益に貢献しようと必死でいただけだ。しかも、時間外に俺が勝手に事務所にいた時間も全てとはいかないが勤務時間に含まれているらしい。ブラックならすぐ辞めようと思っていたのに。そこまでされて適当に済ませるほど俺は堕ちていない。

「まぁ、最初は分からないこともあるだろうからいつでも相談してくれてかまわない。直接でも電話でも。あと、報告書のほうだが、形式はこの前比企谷くんに書いてもらったやつ、あれと同じでいい。あくまで問題がないかチェックするだけだから、程々にレッスンの様子とかを君の視点で書いてもらえれば十分だ。」

 最近は簡単な業務だと俺がやってみて、それをミリPがチェックするってことが多かったのだが、まさかこれを見越してやっていたのか? 伊吹からの相談を除けば一度は経験したことがある業務ばかりである。

「まぁ、それならやってみますけど、ちゃんとチェックの方はお願いしますよ。何か問題あっても俺だとどうしようもないと思いますし」

「そこは安心してくれ。それじゃあ、翼のことよろしく頼むよ」

 そんなこんなで、俺の業務が広くなってしまったのだった。基本春休みでバイト以外することないし、働いた時間分給料でるし別にいいんだけどね。

 

 

*

 

 

「ふ~ん。ってことは、八幡さんがわたしのプロデューサーってことになるんだよね?」

「まぁ大まかにはな。とは言っても、大きく何かが変わるわけじゃないけど」

 翌日、レッスン前の伊吹に昨日の内容を伝えた。

「それじゃあこれからよろしくお願いしますね、プロデューサー♪ ……あれ、これじゃあ前までのプロデューサーと混ざっちゃうなぁ。八幡プロデューサー? 比企谷プロデューサ? う~ん……。ヒッピーさん?」

 なんかどっかで聞いたようなネーミングセンスだな……。さてはこいつ、アホの子だな?

「……最後のやつ以外なら好きなように読んでくれて構わん。それじゃあレッスン行くぞ」

「レッスンかぁ。はぁ~い」

「……終わったら何か奢ってやるから頑張れ」

「ほんとぉ!? 八幡さんだ~い好き!」

「はいはい……」

 どことなく小町に似ているなと思いながら適当に返事をする。

「む~」

 我が担当アイドルはどうやら気にくわなかったらしいが、とりあえず伊吹が若干やる気になった内にレッスンに行かねば。

 

 

 どうやら伊吹にはアイドルとしての能力があったようで、レッスンを難なくこなしている。トレーナーの人も態度には出していないが驚いているようだ。ただ、気まぐれなのかレッスンに対する姿勢にムラが大きいのが難点だが。勧誘した時もきついレッスンは嫌って言っていたしなぁ。

 個人レッスンが終わった後は二人用の曲を使ってのレッスンに入った。相手役は、たまたま時間が空いていたらしい所恵美にお願いした。ここでも、伊吹派765プロの中で最後に入った新人とは思えないくらいのパフォーマンスを披露してくれた。これなら、次回の公演に出ることも視野に入るだろう。

 とある一点を除いて、だが。

 

 

「調子はどうだい? 比企谷くん」

 その日の夜、劇場の事務所で今日の報告書を書いているところにミリPがやってきた。彼の両手にはコーヒーが入ったマグカップが一つずつある。その内の一つを俺に手渡してきた。

「ありがとうございます」

 とりあえず、ミルクと砂糖を多めに入れて飲み始める。マッカンには程遠いが仕方がない。

「今日は翼のレッスンだったよな。比企谷くんから見てどうだった?」

「そうですね。俺の主観ではありますが、他のアイドルと同等のパフォーマンスがあるように感じました。まぁ島原とか舞浜みたいなダンスが得意なメンツを除いてですが」

「やはり君からもそう見えるのか……。次の公演に間に合うと思うか?」

「能力的には十分間に合うと思います。ただ……」

「何か気になることでもあるのか?」

「今日のレッスンですが、一人じゃなくて二人用の曲のレッスンもやったんです。その時、伊吹は二人の中の一人になれていませんでした。あれじゃただの一人と一人です。あの様子だと、ユニット曲をこなすにはしばらく時間が必要だと思います。」

「なるほど……」

 俺の言葉を聞くとミリPが何やら考え込み始めた。レッスンをこなせているとは言っても、協調性を鍛えるにはもうしばらく掛かるだろうし、伊吹の公演デビューは見送りだろうな。

「……それなら、今度の公演でセンターデビューしてもらうか」

 ……はい?

 

 

*

 

 

「伊吹、ちょっといいか?」

「何ですか?」

「次の公演、伊吹にセンターで出てもらおうと思ってるんだが、どうだ?」

「公演ってことは、ついにライブってことですよね? やったぁ!」

 翌日、楽屋でミリPと話し合って決まったことを伊吹に伝えた。

「比企谷さん、それホントか!? 翼の公演デビューがセンターって!?」

 横にいた所が俺の言葉に反応する。まぁシアター組になってからある程度経っている所からすれば、今回のこの決定は異例としか言えないだろう。本来であれば何回か公演に出て経験を積んでからセンターってのが普通っぽいし。

「ホントだよ。俺もびっくりしてる」

「やったな、翼! デビューがセンターなんてすげぇじゃん!」

「ありがとう、恵美さん♪ 八幡さん、それってわたしに期待してくれてるってことですかぁ?」

「まぁ一応はな……。今回のを決定したのは社長やミリPだけど」

「はぁ~い。期待に応えられるように頑張りま~す!」

「というわけで、これからのレッスンはセンター前提のものが主体になる。公演まで余裕があるわけでもないからしっかり頼むぞ。」

「レッスンかぁ……ステージで歌えるのは嬉しいけど、大変のはイヤだなぁ……」

「まぁまぁ翼、折角のセンターだし頑張ろうよ! アタシも手伝うからさ」

「サンキューな、所。そういうわけだ。まぁ頑張ってくれ、伊吹」

「はぁ~い……」

 今のままじゃあレッスンに支障が出るよなぁ。仕方ない。

「……今度の公演を頑張ったら何か奢ってやるぞ」

「ホントですかぁ! それじゃあ、ケーキとかお願いしますね!」

「あぁ、任せろ」

「あと、ショッピングとか行きたいなぁ」

「……公演がちゃんと成功したら考えとく」

「はぁい。あっ、これって、デート、ですよね?」

「いや違う」

「え~。まぁいいや。それじゃあ、レッスン行ってきま~す」

 そう言って伊吹は部屋を飛び出していった。

「比企谷さん、翼に甘くない?」

 俺たちのやりとりを横で見ていた所がジト目で俺を見る。所さん、そんなこと言ったってしょうがないじゃないか。

 

 

「わたしのダンス、どうでしたか?」

 その日のレッスンが終わった後、伊吹が今日の出来栄えを俺に尋ねてきた。

「俺にはよく分からんが、まぁちゃんと出来てたんじゃないか?」

「もう、そこは”とっても可愛かった”くらい言ってくださいよ~」

「生憎そういうのは柄じゃないんでな。……ただ、何だ。本番を見て見たいと思うくらいには……良かったと思うぞ」

「えへへ~、それじゃあ、本番を楽しみにしててくださいね♪」

 

 

 伊吹のやる気にムラがあることやたまに遅刻することを除けば、先生達も伊吹の出来を褒めていたくらいレッスンは順調に進んでいった。

 

 思えば、この時にちゃんと注意しておくべきだったんだ。

 

 

*

 

 

 伊吹だけじゃなく最上もセンターデビューということもあり、定期公演会の前日のリハーサルは慌ただしく進んでいた。そんな中、アイドル達が妙に騒がし事に気づいた。

「どうした、何かあったのか?」

「あっ、比企谷さん。翼見なかった?」

「いや、見てないぞ。そういえば、今日はまだ会ってないな……」

「やっぱり……」

 所に聞いてみると、どうやら伊吹がまだ来ていないらしい。初めてのリハーサルで遅刻か……。幸い、伊吹が出るのは一曲だけなので他のところからリハーサルをやることにしたようだ。

 

 

「あのぅ……おはようございま~す。遅れてごめんなさ~い……」

 リハーサルが中盤辺りまで済んだころ、伊吹がやってきた。

「翼、あなた何してたの!?」

「その、昨日夜更かししちゃって……」

 遅れてきた翼に最上が思わず声を荒げる。さりげなく周りを観察してみると、声には出さないものも、ほとんどのアイドルが何か言いたそうな雰囲気を醸し出している。

 ……これはまずいな。

 思えば、いきなり現れた新人が公演デビューとともにセンターデビューまで果たすという時点でも嫉妬を呼ぶに相応しい出来事なのだ。アイドル達はそれぞれが仲間であると同時にライバルなのだから。幸い、765プロのアイドルの中に伊吹へ嫉妬の感情を向ける人はいなかった。この時点で彼女たちの人間性を評価すべきなのだ。だが、そこに寝坊でリハーサルに遅刻するという事情を足すとどうなるか。所属していきなり公演デビューとセンターデビューを果たして調子にのった新人アイドルと思われても仕方がないのではないだろうか。

 実際、伊吹にはアイドル達からの負の視線が集中している。ミリPが伊吹を叱ってはいるが、基本的に優しいこの人のことだから強く言ったりはしていない。これでは周りのアイドルは納得しないだろう。このままでは今後伊吹とユニットを組んだりする際に支障が出るかもしれない。早急に伊吹に対する他のアイドルたちの負の感情を和らげる必要がある。一度生まれた綻びはそう簡単にほどけないのだから。

 最速で、最短で伊吹への負の感情を払拭するにはどうすればいい?

 ミリPのように叱る?

 いや、それは不確かだ。普段あまりしゃべらない俺では中途半端になる可能性が高い。怒鳴るくらいにやらなければ彼女たちの気持ちは収まらないだろう。

 ではどうするか……

 

 何も思いつかないまま、時間だけが過ぎていく。

 

 ……違うな。

 本当はこの状況をどうにかする方法は既に思いついている。正々堂々、真正面から卑屈に最低に陰湿な方法が。彼女たちの負の感情を払拭するんじゃなく、別の方向に向ける方法が。ただ、それをやっては高校時代から何も変わっていないことになるんじゃないのか? あんなに何回も正面から意見をぶつけ合って、そのたび不格好ながらも乗り越えてきたあの日々から前に進めていないことになるんじゃないのか?

 そんなことはない、俺はあの時から変われたはずだ、と他の方法を考えようとするも何も浮かばない。

 俺が思考の渦に溺れている中、ミリPから話を切り上げてリハーサルに戻ろうとする雰囲気を感じる。ダメだ、今彼女たちの気持ちをどうにかしなければ、消えないしこりが残ってしまう。

 もう、このタイミングしかない。

 はぁーと、深く、長く、苛立ちを紛れ込ませたため息を吐く。

「伊吹、随分遅い出勤だな。お前、いつの間にそんなに偉くなったんだ?」

 いきなりの俺の発言に、周りの視線が俺に集中する。それでいい。ここからは俺の独壇場だ。

「入っていきなり異例の公演デビューとセンターデビューを任されたからって、周りを自分の都合に巻き込んでいいとか考えてるんじゃないか?」

「そんな……こと」

 伊吹の小さな声を遮る。

「違うって言うんだったら、何故遅れた? しかも寝坊で。それとも何だ、いきなりセンター任された天才の自分にはリハーサルなんて必要ない、とでも考えていたのか? 調子に乗るなよ」

「違う……違うよ」

「違わねぇよ。もしそう思っていないのだとしたら、それは自覚していないだけだ。本当は気づいているんじゃないか? 必死にリハーサルをしないと公演も満足に出来ないアイドル達を見下している自分自身に」

「比企谷くん!」

 俺の発言をミリPが諫めようとする。この人が優しい人で本当に良かった。

「結局、お前は公演デビューとセンターデビューが同時に出来たと調子にのって、天才だから自分はリハーサルなんてしなくても平気だと高を括っていたんだ。アイドルを舐めんなよ。」

 諫めようとしたミリPを無視した形にすることで、より俺にヘイトを集中させることが出来るから。

 遅刻することが場合によっては甚大な被害を生むことなんて分かり切っていたのに、それをはっきりと注意してやれなかったなんてー

「……ホント、間違えちまったな」

 あっ、声に出ちまった。

 ぼそっとつぶやいた俺の言葉を聞いて、伊吹が目を見開く。その後身を翻して出口から出て行った。

「翼!?」

 出口から出て行った伊吹を最上が追いかけていく。ふと振り返って俺を見るその目から氷の鋭さを感じた。最上に続いて何人かのアイドルも出口から飛び出していった。

 これで、誰かが伊吹の説得に成功してこの場に戻ってきても、彼女に負の感情が向けられることはないだろう。後は俺が765プロを去ればいい。765プロの今後を考えれば、俺よりも伊吹が残る方がメリットが大きい。

 もし、これで伊吹が戻ってこなかったとしても、合わせて俺が辞めれば3月上旬の頃の765プロに戻るだろう。伊吹といい、俺といい、何かしらの不和を生む原因がないころの765プロに。

 

 我ながら上手くいった。それなのに。

 ふと雪ノ下と由比ヶ浜の顔が頭に浮かび、チクリと胸が痛んだ。

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