やはり俺が765プロで働くのは間違っている。 作:けえす@陸の孤島
『あなたのやり方、嫌いだわ』
とある強い女の子は刃のような目でそう言った。ああ、俺も嫌いだよ。こういうことを考えてしまう自分と、やっぱりそれを案外嫌っていない自分が。
『……こういうの、もう、なしね』
とある優しい女の子は辛そうに、ひどく痛々しそうにそう言った。俺だってこんな方法はもうしたくなかった。それじゃあどうすれば良かったんだろうな。
『誰かを助けることは、君自身が傷ついていい理由にはならないよ』
とある恩師はほのかに煙草の匂いを漂わせてそう言った。大丈夫です。俺が傷つくのを見て、痛ましく思うほど親しい人間は今の765プロにいませんから。
*
あの後すぐ、ミリPさんから今日はもう帰宅するように言われた。まぁあんなことを言ったやつがいたらアイドルも歌うに歌えないだろう。その指示に納得して早々帰宅することにした。
アパートの階段を上って自室の鍵を開ける。よくよく考えればこんな早い時間に帰宅するのは久しぶりな気がする。765プロで働き始めてからは講義やレポート以外にやることも無かったため劇場に長時間いるのが当たり前になっていた。早く765プロに貢献しようと色々資料を見たり見学したりしていたのだが―
「全部、無駄になっちまったなぁ……」
流石に今回の件はクビになるだろう。よりにもよって、大勢のアイドルがいるところでやらかしてしまったのだから。
部屋着のジャージに着替えてベッドの上に寝転がる。
これからどうすっかねぇ。これまでのバイト代が規定通りに払われるのであれば、しばらく他のバイトをしなくても十分な金額になる。折角だしやり掛けのゲームでも消化していくか。結局、隠し要素を攻略せずに一週目で放置したタイトルがいくつかあるわけだし。
そう思って一年以上前に一週目を終えたゲームをプレイすることにした。
あぁ、そう言えばこの主人公は第3部で急に口調が変わるんだよなぁ、この真面目な軍人って感じのセリフが懐かしいなぁとか感じながら黙々とゲームを進めていく。
しばらくストーリーを進めた後に調べた隠し要素の達成条件の面倒くささに辟易していると、ふとスマホのランプが光っていることに気づいた。確認してみると、差出人はミリPさん、内容は今日のリハーサルについてのメールである。
どうやら最上や所の説得によって伊吹はリハーサルを無事済ませたらしい。やはり、伊吹の元気がなかったようだ。恐らくやる気にさせるためにミリPさんが頑張ってくれたのだろう。肉でも奢ると約束したといったところか。
ただ、明日の公演に関する俺の仕事などについては一切記載されていなかった。こりゃあやっぱりクビになったかな?
ミリPのメールを確認した俺はゲームを再開することにした。
*
ホントありえない!
確かに前の日に夜更かしして遅刻しちゃったのは悪いことだけど、あそこまで言う必要ないじゃん!
「あ~、もう!」
それに、わたしをアイドルに誘っておいて、あんなこと……
自分の部屋のベッドに寝転がって足をバタバタさせる。
明日のライブで頑張れるようにってお母さんが焼いてくれたステーキを食べてるときは忘れられたけど、部屋に戻ってちょっとしたらまたムカムカしてきた。
ステージから飛び出したわたしは、静香ちゃんや恵美さんが追いかけて励ましてくれたからとりあえずステージへ戻ることにした。戻ってきたわたしを皆が迎えてくれて、あとプロデューサーさんが公演に成功したらお肉をご馳走してくれるって約束してくれたからリハーサルもちゃんとやったしオッケーももらった。……何かいまいちしっくりこなかったけど。
これも八幡さんが悪いんだ! 言いたいことだけ言って帰っちゃったし!
わたしがいつもと違うからか他の皆が心配してくれたけど、明日大丈夫かなぁ……
……あれっ?
何かが頭に引っかかった。
そのモヤモヤが気持ち悪くて今日のことを思い返してみる。
寝坊しちゃって、慌てて劇場に行って、プロデューサーさんに怒られて、八幡さんに怒られて、ステージから飛び出しちゃって、静香ちゃんたちが迎えに来てくれて、皆が心配してくれて、リハーサルでオッケーもらって……
んっ?
”皆が心配してくれて”?
遅刻しちゃったわたしを?
……でも最初はそうじゃなかったよね。わたしが今日はじめてステージに入った時は皆怖い顔してたし。プロデューサーさんに怒られてるときも、この後静香ちゃんとかに怒られるんだろうなぁって感じがしてた。
それじゃあ、いつから雰囲気が変わったんだろう?
八幡さんがわたしを怒って、ステージを飛び出しちゃって、二人が迎えに来てくれてから?
それじゃあ、もしかして八幡さんは……
……ううん、多分たまたま。いや偶然に決まってる。いつもぬぼーってしててデリカシーもなくてイタリアンに連れてってやるなんて言ってサイゼリアに行っちゃうあの人が、そこまで考えているわけがない。
……でも、もしかしたら
あの時の言葉も何か意味が違っていたら……
そう考えるとモヤモヤしてきた。
そうだ、明日の公演、八幡さんに見てもらおう。ちゃんと今の伊吹翼を見てもらって、ちゃんと聞いてみよう。
『わたしをアイドルに誘ったこと、間違えだったと思いますか?』って。
そうと決まればさっそく行動だ。なんかいいことはすぐしなさいって授業で聞いたような気もするし。
プロデューサーさんに電話するため、わたしはスマホに手を伸ばした。
*
久しぶりにこんな長時間ゲームしてたな……
結局、あの後食事と風呂を軽く済ませた時を除いてずっとゲームをしていた。あの量産型みたいな主人公機好きだったのに初期を除いて使えないんだよなぁ……
んじゃ寝るかと思ってふとスマホを見ると、メールの着信を知られるランプが光っていた。差出人はミリPさんである。早速クビに関する内容の連絡か? 訝しげに思いながら内容を確認して思わず目を見開いた。
『明日の公演だが、見に来れそうかな? 翼が君に見てもらいたいらしい』
翌日、ミリPさんの昼休憩時間中に今回の定期公演会"START"のチケットを手渡された。その時手短に話した内容によると、どうやら俺はクビにならずにすむとのことだった。今朝の最終確認のときに伊吹が皆へ何かを言ったらしい。
伊吹が何を言ったのか非常に気になるが、考えても仕方ないことだ。とりあえず昼飯を済ませようとファミレスに向かった。当然サイゼリアである。最近は全都道府県の約7割に進出しているらしい。こりゃ全国制覇も近いな。
サイゼで昼食を済ませてしばらくゆっくりしてから劇場に向かった。道路に面した掲示板には、今日センターデビューをする最上と伊吹のポスターがでかでかと貼られている。昨日あんなことあったし大丈夫だろうか? まぁそんなことを考える権利など俺には無いのだが。
ミリPさんからもらったチケットに記載されている場所は二階席の最後尾だった。一階席だと暗くて見づらいとはいえアイドル達にばれる可能性があるからありがたい。その辺りも考えての場所なのかもしれない。
自分の席から周りを見渡すと、改めて765プロの力を思い知る。そこそこ多めの人数を収容できる劇場を自前でもっているのだから。
ただ、今回は765PRO ALLSTARSが出演しないためか、残念ながら所々空席になっている。まぁシアター組が本格的に始動してから数カ月しか経っていないし、今後ファンの増加とともに空席も無くなっていくだろう。
それにしても、何故伊吹はあんなことをした俺に来てほしいと思ったのだろうか。普通なら、自分を罵倒した人とはもう会いたくないとなるのではないか?
そんなことを考えていると、照明が暗くなり青羽さんのアナウンスが流れ始める。
どうせ考えても答えが出るわけでもないし、今のところは公演に集中するか。
公演の一発目は、初センターとなる最上から始まった。初めてのセンター、しかもソロというのに、その歌声は堂々とした綺麗なものだった。何かトラブルがあったのか歌った後のトークに混乱して、それをここにいないはずの765PRO ALLSTARSの一人、天海春香に助けてもらうという出来事はあったが。まぁ最上も新人だし仕方がないだろう。
二曲目のSTARTとその後の公演は順調に進んでいった。そして……
「みんな、初めまして! 伊吹翼で~す!」
伊吹の出番になった。
伊吹のダブルデビューに向けて用意された楽曲は『恋のLesson初級編』。恋に恋するような女の子の心を歌った曲で、曲調も合わせて伊吹にぴったりといえる曲である。
これまでのレッスンを見学していたからある程度は知っていたが、今の伊吹はそれを上回るパフォーマンスを見せていた。ファッションイベントの時のステージとは比べ物にならないくらいに。それによって初めは試すような視線を向けていた観客をも巻き込んで客席は大盛り上がりだった。伊吹を勧誘したのは成功だったと確信した。
その時、ふと違和感を感じた。当の伊吹はよく客席の方を見渡しているようである。まぁ初めてだし、緊張して周りが見えなくなるよりはずっといいかと思っていたその時。
ふと俺と伊吹の目が合い、そして彼女が笑ったように見えた。
いや、ステージから見たら二階席の最後尾なんて距離と暗さによってほとんど見えないだろう。きっと気のせいだ。
そして、伊吹のライブ、それに続く全公演は無事に終了した。
*
その後は公演の打ち上げというわけで、屋上でバーベキューをすることになった。今回の公演にも物販にも出なかったメンバーで肉を買ったりしていたようだ。
正直参加したくなかったが、ミリPに頼み込まれて参加することになった。やっぱり伊吹が皆に何か言ったのだろう、俺を見るアイドルの目から険しさがほとんど感じられない。とはいえ、元々ぼっちの俺である。初めの乾杯を終えて早々端っこに向かった。
相変わらず苦いなと思いながら缶ビールを飲む。このみさんからもらった肉や野菜を食べながらビールを飲んでいるとミリPさんが近づいてきた。
「お疲れ様、比企谷くん」
「お疲れ様です、ミリPさん」
二つの缶ビールをぶつける。
「あの、今回はすいませんでした」
「ん? あぁ、リハーサルのことか。君が謝ることではないよ。正直、君のおかげで雰囲気をまだマシな方向に持っていくことができた。むしろ、謝らなければならないのは俺の方だ。君に自分自身を犠牲にするような方法をとらせてしまった、俺の方だよ」
「いや、俺は思うがまま、好きなように伊吹に言っただけで……」
俺がそう言うと、ミリPさんは小さく笑った。
「まぁ比企谷くんがそう言うのならそういうことにしておこう。ただ、彼女はそう思っていなかったようだぞ」
そう言うミリPさんの視線の先には、時々こちらを向いている伊吹がいる。
「今回は事情が事情だからお咎めなんてなしだ。やっぱり君は765プロに必要な人材だからね。ただ、俺も気を付けるから、もう昨日のようなことは控えてほしい。君は大丈夫かもしれないけど、周りもそうとは限らないからね」
「はぁ。まぁ、善処します」
「ああ、それじゃあよろしく頼むよ」
苦笑をしながら、ミリPさんは俺から離れていった。
それから相変わらず一人で缶ビールをちびちび飲んでいると、視界に一組の足が移った。視線を上げると俺のそばに立つ伊吹。その顔には、何か言いたそうな、でも言い出せないような表情が浮かんでいる。
正直、昨日のこともあって俺もしゃべりづらい。しばらく無言の時間が続いた。
「その、伊吹、昨日は悪かったな」
誰がなんと言おうと、俺が伊吹を罵倒したことに変わりはない。謝罪はしっかりすべきだ。
「ううん、謝らないといけないのはわたしの方です」
「……そうか。まぁ遅刻して皆に迷惑かけちまったしな。ちゃんと謝ったか? アイドルだけじゃなくてスタッフさんにも」
「うん、ちゃんと一人一人に謝ってきました」
「そうか、お疲れ様」
「えへへ、ありがと。……だけど、謝らないといけないのはそのことだけじゃないです」
「他に何かあったか?」
「うん……。あの時、八幡さんはわたしを助けてくれた。遅刻しちゃって、皆から怒られるはずだったわたしを……。八幡さんを代わりにして」
「っ、何を言ってるんだ? 俺はただ言いたいことに言って伊吹を罵倒しただけだぞ?」
「八幡さんって、意外と顔に出やすいですよね。部屋で気づいたんですけど、あの時の八幡さんの顔、怒ってもいましたけど、それ以上に悲しそうでしたよ。わたしがサイゼリアに行ったことないってのを聞いた時の八幡さんの顔をもっとひどく感じで。言いたいように言ってるんだったら、悲しそうな顔なんてしません。だから、八幡さんは言いたくないことを言ってたんだ。……わたしのために」
「いや、だからそれはお前の勘違いっ!?」
俺の言葉を遮って、伊吹が俺の顔を覗き込む。
「わたし、八幡さんがどういう人なのか分かってきちゃったかも♪」
そのまっすぐな視線に目が逸らせなかった。
しばらく俺の顔を覗き込んだ伊吹は距離をとって頭を下げる。
「だから、ごめんなさい。もう遅刻はしないようにしますね。……なるべく」
「いやだからな……まぁいいか。それより、なるべくじゃなくて今後遅刻しないように頼むぞ」
「はぁ~い。……ねぇ、一つだけ我儘なお願いしていい?」
「いや、普段も我儘なお願いをしている気がするが……。なんだ?」
「今日ね、劇場に来た時に皆が私を励ましてくれたんです。その時に、八幡さんのことを言ってる人がちょっといてね」
「いや、まぁ昨日あれだけ言ったんだ。むしろ今日の打ち上げに参加するのを受け入れてくれた方にびっくりしてるぞ」
「だからこんな端っこに……。まぁその時にね、なんて言えばいいのかなぁ。何だか胸が苦しくなったの。悲しくなったの。だからね、その原因をつくったわたしが言うのも変だけど、もう八幡さんが悪く言われるのを聞きたくないって」
そう言って伊吹が俺を見つめる。
「だから、八幡さんに助けられたわたしが言うのも違うって思うけど……。それでも、ああいうの、いやです」
伊吹の言葉に、平塚先生の言葉が頭をよぎる。そうか、俺は助けようとして、結局悲しませてしまったのか。ただのバイトでしかない俺を二人目のプロデューサーだと慕ってくれる、目の前の女の子を。
「あぁ、分かったよ。……なるべく」
「もぅ、わたしの真似しないでくださいよ~」
まぁ手札が少ない俺がどこまであがけるかは分からんが、担当アイドルがそう言うのならやるしかないだろう。
これで話は終わったと思っていたが、どうやら伊吹にはまだ話したいことがあるようだ。だが、またもや言いにくそうである。
「どうした、伊吹。言いたいことがあるなら遠慮しなくていいぞ」
「それじゃあ……。ねぇ、八幡さん。今日のわたしのライブどうだった?」
「何で俺が見てたの知ってるんだ? もしかして、歌ってるときに俺と目が合ったような気がしたが……」
「うん、ちゃんと見つけられましたよ。その魚のような目」
「あの環境で見つかるなんて俺の目はそこまで異質なのか……」
「あはは♪ それでね、その……今も私をアイドルに誘ったのは間違いだって思ってますか?」
「何言ってんだ?」
「だって、リハーサルの時にそう言ってたじゃん!」
伊吹が頬を膨らませる。
「ん? ……あぁ、あの時に間違いだったって言ったのは、レッスンの時に伊吹の遅刻をもっとしっかり注意しとけばこんなことにならなかったのにって意味だったんだ。」
「えっ?」
「……大体、今日のお前のステージを見て、お前がアイドルになったのが間違っているなんて、誰も思わないだろ」
そういうと伊吹が小悪魔のような笑みをした。
「それって、八幡さんも?」
「……誰もって言っただろうが」
「え~、ちゃんと言ってくれなきゃ分からないです♪」
「お前な……」
「お願い」
そう言う伊吹の目は不安がっているように見えてしまった。
「まぁ、今日のを見て、お前をアイドルに誘ったのは正しかったって、改めて思ったぞ」
気恥ずかしかったので小さな声でそういうと、伊吹の顔が輝く。
「本当ですか? やったぁ!」
「おい、落ち着け」
「だって~。あっ、そうだ。それじゃあ、今度デートに連れて行ってくださいね? 約束しましたもんね♪」
いつものようにデートなどととんでもないことを言う。
「いや、デートじゃない。ただケーキを奢るだけだ」
「え~。今日の公演は成功じゃなかったですか?」
ちっ、この前のことを覚えていたか。どこかアホの子っぽいし忘れたと思ってたのに。
「はぁ、分かった。買い物にも付き合ってやるよ」
「わ~い! 約束ですよ?」
そう言って伊吹はアイドル達の元へ向かう。
すると何かを思い出したのだろう、ふと立ち止まり俺の方へ振り返った。
「それじゃあ、これからもよろしくお願いしますね。ヒッピーさん♪」