やはり俺が765プロで働くのは間違っている。 作:けえす@陸の孤島
デート回はただのおまけのはずだったのに手が止まらなかった……。
4月の定期公演会は無事に大成功を収めることが出来た。
一つの公演で二人がセンターデビューということもあり、片方がもう片方に呑まれてしまうのでは? といった不安はあったが、最上の「Precious Grain」、そして伊吹の「恋のLesson初級編」、それぞれ方向性が異なる曲だったため杞憂に過ぎなかった。当然、二人のパフォーマンスのレベルが高かったこともあるが。最上と伊吹のセンターデビューは大変好評で、たくさんの感想が劇場に届けられている。
この機会を逃すまいと、急遽伊吹のCDの販売を早めることになった。確かにあのライブの熱が冷めきっていない今であれば多くのファンが購入してくれるだろう。
最上の場合は、もともと「Precious Grain」を定期ライブで初公開、そしてCD販売という形式を取っていた。定期公演会後の物販では予備として用意していた分まで売り切れになる人気ぶり。一方で、伊吹の場合は急遽公演デビューが決まったためCDを用意する時間が無かったのだ。
それにしても伊吹のレコーディングか……。あの伊吹のことだ、何かしら手を打っておいた方がいいだろうな。
「というわけで、この前伊吹が歌った曲のCDを出すことになった」
「それって、わたしのCDデビューってことですよね? やった~♪」
「まぁそういうことになるな。てなわけで、出来るだけ早くレコーディングを済ませる必要がある。とは言え伊吹は今回が初めてのレコーディングだからな。一週間みっちりレッスンをやって、今月末の連休中にレコーディングを行う予定だ」
定期公演会から数日後、俺はCDの件を伊吹に伝えた。レッスンといった繰り返しになりがちなこと以外は楽しいのか乗り気で取り組んでくれる伊吹である。今回もCDデビューについては快く受け入れてくれたのだが……
「CDデビューは嬉しいけど、レッスンは嫌だなぁ。レコーディングって、とりあえずマイクの前で歌うだけなんですよね? この前のライブも上手くいったし、そんなにレッスンする必要あるんですか?」
まぁ、予想通りレッスンを嫌がるよな。ライブで大盛況だったため殊更にそう思うだろう。
しかし、ライブに行ったことがある人なら実感できるだろうが、ライブとCDでは同じ曲でも印象は全く違っている。CDで聞くとそこそこの曲に感じても、ライブで同じ曲を披露されると感動してしまうといった経験がある人も多いのではないだろうか。実際に、俺も材木座に誘われてあまり知らないグループのライブに行って思わずCDを買い、自宅で聞いて首を傾げてしまったことがある。
「CDだと、ライブと違って視覚も熱気もない、ただ聴くだけになるんだ。伊吹の場合はライブになると視聴者を惹きつけられるから多少音程がズレたりしても問題にならなかった。だが、CDになるとそのズレが大きな違和感を生むことになる。」
「ふ~ん。よく分かんないなぁ……」
とはいえ、それを実感していない人にこの感覚を伝えるのは難しい。珍しくも、伊吹はライブを聞く側になることなく歌う側になった人間なのだ。
「とりあえず、ライブとCDは別物で、レコーディングをライブと同じ感覚でやったらダメってことだ。今はよく分からんだろうが、しっかりとレッスンに取り組んでほしい」
「はぁ~い……。あっ、レッスン終わった後に何かご馳走してくれるなら頑張れるかもです♪」
「すまんが今日はこの後用事があってな。だからレッスンに付き添うことも出来ない」
「えぇ~!?」
「その代わりというわけじゃないが、連休中に何かしら奢るからそれで勘弁してくれ」
「ライブの時のご褒美もまだなんですけど……」
「……連休中に必ず何とかする」
「ホントですかぁ? 絶対ですよ? 」
「あぁ、俺を信じろ」
「……」
伊吹が訝し気な眼で俺を見る。あれ、今日までの付き合いでそこそこは信頼関係を築いたはずなんだけど……
「そ・れ・と! わたしの呼び方間違ってます!」
「いや、そんなこと言われてもだな……」
「ちゃ~んと、わたしのことをな・ま・えで呼んでください♪」
そう言って伊吹は笑顔で俺の顔を覗き込む。この前の公演から、伊吹から名前で呼ぶようにと言われてしまっている。
「それじゃあ今日のレッスン頑張れよ。……つっ、翼」
伊吹の笑顔の圧力に屈してしまった……
「はぁ、まぁ今日のところはそれで許してあげます。これからはちゃんと苗字じゃなくて名前でわたしを呼んでくださいね?」
「……なるべくな」
「もぉ~! ヒッピーさんのいじわる!」
その後、渋々ながらも伊吹はレッスンに行き、それを確認した俺は劇場を離れることにした。
それから、時々伊吹のレッスンに付き添ったり、ボイトレの先生に様子を伺ったりしたところ、やはり伊吹のモチベーションは低いままのようだ。可能な限りは近くの屋台でクレープを奢ったりすることでどうにか最低限のモチベーションはキープできているようだが、このままではレコーディングで難航する未来が容易に想像できる。
やっぱりあれをやらないとダメだよなぁ……
*
「伊吹、今度の日曜日って空いてるか?」
「つーん」
連休が近づいてきた日のレッスン後、とある計画を遂行するために伊吹に声をかけたのだが……。当の伊吹はつーんって声に出してぷくっと頬を膨らませた。
「……翼、今度の日曜日って空いてるか? この前の約束を果たしたいんだが」
「その日は空いてますけど、それってデートのお誘いですか~?」
「まぁそうだな」
「ホントですかぁ!? えへへ~、ヒッピーさんにデートに誘われちゃったぁ♪」
「かの広辞苑によると、”男女が日時を定めて会うこと”をデートと言う。つまりは元々デートという単語には恋人同士とか好きな人ととかそんなことは一切関係ない。デートと言う単語に浮かれた意味を考えるのは間違っている」
「またよくわかんない屁理屈言って……。まぁそれでこそヒッピーさんですよね」
いつの間にか伊吹の俺理解度が上がっている。比企谷検定三級くらいなら取れそうだな。
「それじゃあ池袋駅で10時に待ち合わせってことでいいか?」
「はぁ~い。大人なデート、楽しみにしてますね♪」
「そもそも大人なデートなるものをしたことがない俺にそんな期待はしないでくれ……」
「えぇ~! まぁいいです。それじゃあお疲れ様でした、ヒッピーさん。日曜日、楽しみにしてますよ?」
「おう、お疲れさん。期待しないで待っててくれ」
「も~!」
そう言って伊吹は劇場を後にした。それを確認した俺は待たせていたある人の元へ向かった。
*
伊吹と約束した日、俺は池袋駅にいた。流石ショッピングセンターやらなんやらが集まっている副都心の一つ、もう帰りたくなるほど人がいる。
時間を確認すれば10時10分。この前の件から仕事関係の遅刻はほとんど無くなったが、元々時間にルーズなやつだから仕方がないだろう。
駅前を行き交う人を眺めていると、一人の女の子が小走りしていた。
星の模様が入った青のパーカーにホットパンツを穿いている。太ももが眩しいな……。変装のためか帽子をかぶっている。
その女の子(まぁ伊吹なんだが)は俺を見つけるとててっと寄ってきた。
「待たせちゃってすいません! はぁはぁ…… 準備に手間取っちゃって」
「とりあえず落ち着け。仕事ならともかく、今日は10分程度大したことじゃない。それよりも水とか飲むか?」
「ちょっと走っただけですし大丈夫です。ヒッピーさんは優しいですね♪」
「はいはい……。大丈夫そうならさっさと行くぞ」
「は~い♪」
「じゃ~ん! ヒッピーさん、この服似合ってますか?」
「えっ、まぁ、いいんじゃねぇの?」
「も~! そこはとっても可愛いとか言ってくださいよ~!」
「……セカイチカワイイヨ」
「なんで片言なんですか!」
それから、伊吹がよく行くというファッションショップに向かった。星井がこの店の服を好きとのこと。そこで伊吹は服を試着しだしたのだが……
「そんなことを言われてもだな。それともなんだ、世界一似合ってるよとでも俺に言ってほしいのか?」
「う~ん。ヒッピーさんにそのセリフは似合いませんね」
なんだ、よく分かってるじゃないか。
「それじゃあ他のやつも試着しちゃお♪」
そう言って伊吹は試着室のカーテンを閉めて元々来ていた服へ着替え始めた。
それからしばらく伊吹は数種類の服を選んで試着し、そのたびに俺に感想を聞いてきた。そんなことをしても気の利いたことなんて言えないのだが……
「このお店にあるので気になったのは大体試着したかなぁ。ねぇヒッピーさん、この中でどれが一番好きですか?」
「いや、そんなこと言われても。俺のファッションセンスは壊滅的だぞ」
「そんなの分かってますよぉ。だから、私が気になった服の中で選んでもらってるんです」
あっ、なるほどね。元々伊吹が気に入ったものの中から選べばひどい結果にはならんか。
「それじゃあ……。二番目に来てたやつかな」
「二番目ですね。ところで、何でですか?」
「えっ? それは、だな……。つっ翼の、快活さと可愛さが上手く両立できてたように思った」
「……」
気恥ずかしさを感じながらなんとかそう言うと、伊吹はぽかんとした表情を浮かべていた。
「いや、何でもない。やっぱり俺にはファッションとかよく分からん。お前が好きなやつで」
「そうですか、ヒッピーさんは二番目に来た服が好みなんですね♪」
俺の言葉を遮ると、伊吹はその服が畳んである棚に向かった。
「それじゃあちょっと待っててください。これを買ってきますので」
「ホントにそれでいいのか? こう言っちゃなんだが、どれも良かったと思うぞ?」
「いいんです。今日はヒッピーさんの好みが知りたかったので♪ それじゃあ行ってきま~す」
「ちょっと待て」
「? どうしたんですか?」
俺が選んだ服を持ってレジに行こうとした伊吹を引き留める。
「それを貸せ。俺が買ってくるから」
「ホントですかぁ!?」
伊吹が眩しい笑顔を浮かべる。
「まぁ、なんだ。公演をちゃんと成功させたし、そのご褒美としてな」
「わぁい! ヒッピーさん大好き♪」
「はいはい……。んじゃちょっと待ってろ」
まぁやる気を持続させるためにはちゃんと飴をやっとかないとな。伊吹が求める大人のデートとやらは出来ないわけだし。
「えへへ♪ ヒッピーさんありがとうございます! 大事にしますね」
「おう、そうしてくれ」
伊吹は俺が買った服が入った袋を嬉しそうに抱えている。そこまで喜んでもらえると自腹切ったかいがあるというものだ。
何となしに道を歩いていると、伊吹が俺の袖をちょこんと摘まんできた。
「ちょっとお腹すきませんか?」
「ん? まぁそうだな。何か食べたいものとかあるか?」
「う~ん。ホントはお洒落なレストランとか行ってみたいですけど……」
「そんなの俺は知らん。ミリPさんとかこのみさんとかに聞いてくれ」
「分かってますよ~。それじゃあ、お肉が食べたいです!」
「肉ねぇ……」
結構高めな女性服を買った後だしあんまり高いところは無理だな。焼肉屋のランチメニューを狙うという手もあるが、生憎俺はこの周辺の焼肉屋に詳しくない。そうなると取れる選択肢は……
「はぁ、やっぱりこうなるんですね」
「いやいいだろ。ちゃんとステーキもあるしドリンクバーもあってゆっくりできるし」
俺たちはとあるレストランが入った建物の前まで来た。そう、我らの味方、サイゼリアである。
「でも、ここに来たのこれで4回目くらいじゃないですかぁ。さすがに飽きちゃいますよ~」
「何を言ってる。サイゼリアのグランドメニューにはステーキを含めて10種類もの肉料理が存在する。つまりお前はまだ半分も味わっていないことになる。そんなことではサイゼリアンは名乗れないぞ」
「いや、そもそも名乗るつもりないです……」
そんなこんなでサイゼリアに入店した。伊吹は焼肉とハンバーグの盛合せとラージライス、俺はミラノ風ドリアと若鶏のグリルを注文した。ちょっとこの後伊吹と話したいこともあるしドリンクバーも合わせてある。
互いにドリンクバーで注いできた飲み物を飲んでいると注文した料理がやってきた。最初は不満げな表情をしていた伊吹も目の前の肉料理を美味しそうに食べている。
「あ~んっ♡ お~いし~! お肉大好き!」
……肉を食べるときの表情とかが色っぽいな……。そういった意味ではグルメ番組とかありかもしれない。
そんな伊吹を尻目にミラノ風ドリアを食べる。ふむ、相変わらずの美味しさである。それでいてなんとたったの299円! 人気No.1であるのもうなずける。
ドリアと並行して若鶏のグリルを食べていると、ふと伊吹の視線を感じた。
「どうかしたのか?」
「あっ、いや、何でもないです!」
「? もしかしてこれ食べたいのか?」
「えぇと……」
「別にいいぞ。ほれ、適当に切って取ってけ」
「ありがとうございま~す。……あっ!」
俺のプレートから鶏肉を取ろうとしていた伊吹はふとその手を止めた。
「折角だから、ヒッピーさんに食べさせてほしいなぁ」
「えっ!?」
「だから、あ~んってしてほしいなぁ。……ダメぇ?」
伊吹は少し首を傾げて俺を下から覗き込み、甘えた表情でそう言った。
だが、生憎相手はぼっちで理性の化け物と呼ばれ、あざとい後輩から鍛え抜かれた俺である。
「……今回だけだぞ」
伊吹の『ダメぇ?』には勝てなかったよ……
「はぁ~い♪ それじゃあ、あ~ん」
恥ずかしすぎてどうにかなってしまいそうだったので、早急に鶏肉の一切れを伊吹の口の中に入れる。中学生とは思えない色っぽさだな……
「ん~♪ おいし~! ありがとうございます♪」
「……おう」
伊吹の顔を直視できないっ!
そんなこんなでひと悶着あり、今はお互い食事を終えてドリンクを飲んでいる。
「そういえばヒッピーさん、昨日劇場で何かあったんですか?」
「いっ、いきなりどうしたんだ?」
「昨日静香ちゃんと電話したときにそんな感じのことを言ってたんですよ。でも、直ぐに別の話題になっちゃったんですよね~」
「……いつも通りだったぞ。まぁ最上に何かあったのかもしれんが」
「ふ~ん、それじゃあ帰ってから聞いてみよ♪」
「そうしてくれ。……この後だが、ライブハウスに行ってもいいか?」
「ライブハウス? ヒッピーさんと?」
「いや確かに言いたいことは分かる。俺がライブハウスとか似合わないにもほどがあるとか俺も強く思うし」
「あはは……」
「まぁ今日はちょっとわけがあってな。いいか?」
「いいですよ~」
「それじゃあ、ちょっとこの曲を聞いてくれ」
伊吹の了承が得られた俺は音楽プレーヤーを差し出した。
「ヒッピーさん、これは?」
「この後お前が聞く予定の曲の一つだな。」
「はぁ」
伊吹は俺が差し出したプレーヤーのイヤホンを耳に当て、音楽を再生する。
「あっ、この声ジュリアーノだ!」
そう、これから行くライブハウスではジュリアのライブを見てもらうつもりなのである。
「やっぱりジュリアーノってかっこいいですよね~。……あれ?」
曲を聴いてると、どうやら伊吹が違和感に気づいたようだ。
「演奏してる人、こう言うのもなんですけど下手じゃないですか? なんか少しずれてる気がする……」
「まぁそうだな。練習時間の都合もあったんじゃないか?」
「ふ~ん」
しばらくして伊吹がイヤホンを耳から外した。
「やっぱりジュリアーノの歌はいいですよね! 演奏が上手かったらもっといいのにもったいないな~」
「……まぁそう言うな。それじゃあ行くぞ」
「はぁ~い」
さて、いよいよか。
*
サイゼリアで食事を終えたわたしたちはとあるライブハウスに向かった。
ヒッピーさんは何か用事があるらしくて一緒に観ることは出来ないらしい。ライブが終わった後の待ち合わせ場所を決めてさっさと行ってしまった。
もぅ、せっかくのデートなのに! 途中まではお洋服買ってくれたし、ごはんもご馳走してくれたし、それにあ~んってしてくれたのになぁ……
それに、なんかここ最近ヒッピーさん用事ばっかりで一緒にいてくれないし!
あ~あ、この前のライブから上手くいかないなぁ。ボイトレの先生からはいつもよく分かんないこと言ってくるし。歌うたびに前と違うって言うけど、その時その時でこれだ!って思うのが変わっちゃうんだもん。ライブの時はそれで上手くいったんだし、それでいいじゃん。
ふと思い出した嫌なことを忘れようと、わたしはヒッピーさんから借りた曲をまた聞いてみることにした。
うん、やっぱり微妙な感じ。どうしても演奏の下手さが気になっちゃう。ジュリアーノももっと上手い人に頼めば良かったのに。さずがに今日は他の人が演奏するんだよね?
それからしばらくするとアナウンスが流れ始めた。最初はジュリアーノの番かららしい。ところで、アナウンスにあった新メンバーのハチって誰なんだろう?
アナウンスが終わるとステージがライトに照らされた。その真ん中にはジュリアーノがカッコよく立っている。お客さんもそのカッコよさに歓声を上げている。
でも、わたしの視線はジュリアーノじゃなく、ステージの端の方に惹きつけられていた。
魚のような目はサングラスで隠れているから分からないけど、あのアホ毛や気ダル気な雰囲気は隠せていない。
そこには楽器を構えたヒッピーさんがいた。
今回でpixivにあった分を全て投稿しました。
そのため更新頻度が落ちます。
目指すぞ、週一更新