やはり俺が765プロで働くのは間違っている。 作:けえす@陸の孤島
いつのまにか昼間は少し汗ばむようになったとある日の午前中、俺は五月の公演に向けたミーティングに参加していた。メンバーはミリPさん、このみさん、田中、島原、まつり、そしてなぜかいる伊吹。
今日の議題は、立ち上げて数カ月経ったシアター組の知名度の更なる向上に向けてである。
「これまでは公演の度に新曲を出していたが、それだけでは知名度の飛躍的な向上は難しいと思う。というわけで、皆の意見を聞いてみたい」
「はいは~い! ライブをもっと盛り上げればいいとおもいま~す! この前のでファンもたくさん増えたみたいだし!」
「うんうん! 盛り上がったライブが一番だヨ!」
元気に手を上げて意見を言う伊吹とそれに同意する皆で騒ぐのが好きな島原。
「二人は少し勘違いしてるかもしれないが、これまでのライブを蔑ろにするわけじゃない。むしろライブを盛り上げるのは大前提だ。ただ、それだけだと今までと同じ層にしか刺さらず知名度は徐々にしか上がっていかない。てなわけで、今回は新たな層を狙っていく必要がある……ってことですよね? ミリPさん」
「比木谷くんの言う通りだ。そんなわけで、皆にはもっと自由な意見を出してほしいかな」
「姫のお城をもっとごーじゃす!にするのです?」
「シアターの施設関係は予算がなぁ……」
「プロデューサー、それじゃあー」
もともとマイペースな人が多いメンバーだったため色々な案が浮かんでいく。まずはアイディア出しというわけで、とりあえず出てきた案は書記である(?)このみさんがホワイトボードに書き込んでいく。……ホワイトボードの上側は真っ白だけど書記の人選間違ってないですかねぇ
「う~ん……。無理そうなのを除くと、何だか既にやったようなことばかりになってくるわね」
一通り案が出尽くした後のホワイトボードを見て、このみさんが呟く。まぁアイドルだって歴史が短いわけではないのだから被らないようにするのも難しいだろう。そのそも765PRO ALLSTARSの妹分としてシアター組が始動したのだ。その中で独自性を求めるのも酷かもしれん。んじゃあいっそのこと……
「あの、ちょっといいですか?」
「どうかしたのか、比企谷くん?」
「765PRO ALLSTARSの曲をカバーするのはどうですかね? 同じ事務所ですし問題にはならないでしょう」
「なるほど、初めからカバーだと公言すれば……」
「はいは~い! わたしはミキ先輩の曲歌いたいです!」
「それなら、アダルティな私にはあずさちゃんの曲が似合うわね」
「ワタシは、たくさんの曲を歌ってみたいカナ♪」
思っていた以上にアイドルたちもカバーに好意的である。
そのまま俺の案が採用になってしまい、その後は誰がどの歌を担当するのかに議題が移った。
「うん、おおよそ決まってきたかな。それじゃあ五月の公演は新企画としてカバーチャレンジを入れてみようと思う。今日のミーティングは以上だ。先輩達の曲になるが、君たちのらしさも出してほしい。難しいと思うが頑張ってくれ!」
「きっと成功させてみせます!」
「ワタシ、お昼はカツ丼がいいナ♬ コトハは何にする?」
ミリPさんの言葉に反応する田中と出前やさんのメニューを見ている島原。この正反対な二人と所との三人の中がいいのだから不思議だ。
それはともかく、こうして5月の定期公演会の新企画が決定したのだった。
*
今回の新企画で伊吹は最上と一緒に"GO MY WAY!!"をカバーすることになった。早速先ずはDVDを使ってダンスレッスンを開始したわけだが……
「ヒッピーさん、わたしのダンスどうでしたか~?」
「正直、最初のレッスンとは思えんな」
「えへへ~♪」
流石伊吹と言うべきか、始めてとは思えないほどのパフォーマンスだった。伊吹のダンスを見ていた最上は目を見開き、伊吹のあとに765プロに所属した最上と同じ中学である春日は呆気に取られている。
「ただ、アレンジを入れすぎだ。水瀬達のを完璧に真似しろとは言わんが、そこまで違ってると合わせる最上の負担がでかすぎる」
「えぇ~! でもこっちの方が良くないですか?」
「一人がよくても合ってなければ総合的に評価は落ちる。だから今回は止めとけ」
それに、只でさえ時間が無いのだから真面目な最上が無理をしかねない。今回は水瀬達のをベースにすべきだろう。
「すいません」
そう俺が考えていると、ふと最上が手を上げた。
「私は翼のダンスの方がいいと思います」
「さっすが静香ちゃん! ほらほら、静香ちゃんもそう言ってますし!」
「……いや、今回は伊吹の案はダメだ」
「比木谷さん、翼のダンスと水瀬さん達のダンス、どちらの方が今回の公演の目的にに合ってると思いますか?」
「……」
なかなか痛いところを突くな。今回の公演はコピーではなくカバーだ。その中にはミリPさんが言ったように二人のらしさがある方が好ましい。
「より良い方が分かっているなら、それに取り組むべきでは無いのですか?」
「最上にはマリオネットもあるんだぞ。時間が足りん。プロであるなら無茶をせず完成度を高める方に力を入れるべきだ」
「出来ることがあるなら最大限尽くすべきです。大丈夫です、私の心配は要りません」
本当、俺には眩しいくらい真っ直ぐな目をしている。
「……分かった。最上もそう言うのならその方向でいってみよう。ただ、無理そうなら直ぐに軌道修正をするからな」
レッスンルームの使用状況は事務所の方で管理している。もし無茶をしてそうなら無理やりにでもレッスンを辞めさせれば大丈夫だろう。
「んじゃ、もうすぐ19時になるしそろそろ今日は終わりにするか」
「はぁ~い、それじゃあわたし帰りますね! 」
そう言ってさっさと帰り支度を始める伊吹。
「比木谷さん、もう少し残って自主連してもいいですか?」
「……最上、俺が言ったことを理解してるか?」
「はい。ただ、もう少しだけ確認したいんです。」
「分かった。ただし、居残りは今日だけだぞ」
その一方で、遅くまでレッスンを続けようとする最上。
その姿は、俺が高校2年時の文化祭の彼女と重なってみえた。
その後、案の定最上はレッスンルームの使用延長を数度お願いしてきた。
気持ちは分からなくもない。ダンスに関して伊吹は天才的といっても過言ではない。その横に立とうというのだから、自分との差が嫌というほど見せつけられてしまう。アイドルに対して真摯である最上はそれが許せないのだろう。
だが、そうは言っても最上が倒れてしまっては元も子もない。最上からどれだけ冷たい視線が向けられようとも、俺は最上の延長を許可しなかった。
*
5月の定期公演会当日。
劇場の入り口には島原、田中、まつり、このみさんの四人が写り、765プロカバーチャレンジと銘打たれたポスターが大きく掲げられている。765PRO ALLSTARSの曲を新しいメンバーが歌うということで少なくない話題を呼んでいた。
今回、高坂・木下・豊川達は売り子の方、ジュリア・舞浜・大神達は音響の方に回ってもらっている。
現在は当日のリハーサルということで伊吹と最上がステージで踊っている。短い期間であったにも関わらず、完ぺきではないものの最上は伊吹のダンスに付いていっている。ただ、表情がすぐれず動きのキレが鈍いように見えるのが気になるが……
「はい最上さん伊吹さんリハオッケーです、着替えてメイクよろしくー」
「ありがとうございま~す♪」
そうこうしているうちに舞台スタッフが二人のリハーサルの終了を告げた。伊吹はそれに元気に答えているが、最上は少し俯いている。
そしてー
次の瞬間、最上がステージに倒れ込んだ。
最上がステージで倒れ込んでから、急遽俺は社用車で最上を病院に連れて行った。
診断の結果、倒れた原因は発熱とこれまでの疲れの蓄積によるものとのこと。劇場以外の開けた所で春日と自主練を長時間やっていたらしい。このまま、今日のところは入院することになった。
最上の急変に対する各部調整はミリPさんがやってくれている。マリオネットは代わりに望月がすることになったらしい。そして……
「GO MY WAY!!を春日が、ですか……」
『あぁ、静香と一緒に練習していたし、今回の目玉の一つだ。翼やまつり、美奈子の賛成もあってそうすることにした』
「分かりました。報告ありがとうございます」
ミリPさんとの通話を終える。どうやら最上の抜けた穴はどうにかなったらしい。このことを最上に伝えたいのだが……
当の彼女は待合室のソファーで手を握りしめている。これまでの頑張りが気泡と化したのだ。その悔しさはとびきりだろう。
「最上」
試しに声をかけてみるが、反応はない。
「まぁ聞くだけでいい。ユニット曲だが、マリオネットは望月が、GO MY WAY!!は春日が代わりに出てくれることになった。だからしばらくはゆっくり休め」
春日の名前が出た瞬間、最上がピクッと反応した。
入院について病院スタッフに呼ばれたのでそちらの方に向かう間際、ふと振り返ると最上は携帯で何かを打ち込んでいた。
最上の入院手続きが完了してから劇場の戻ると、ちょうど春日と伊吹の出番が始まる直前であった。
春日は登場した直後に既に入っているマイクに翻弄されたり、ダンスも未熟だったりと正直なところまだステージに立つレベルではなかった。
だが、一番の問題はそこではない。未熟な点はまだ初めてということで観客も受け入れるかもしれない。現に、春日のアホっぽい可愛さに応援の声を出してくれる人もちらほらいる。
一番の問題は、観客の方ではなく、春日の方にある。
客席の方を見渡してみると、最上に関連したTシャツを着ている人やうちわを持っている人達は総じて不満そうな顔をしている。彼らは最上が見たくて今日の公演に来てくれたのだ。当の本人がいるはずのところに全くの別人がいるのだから、その反応も当然である。
伊吹に連れられてステージの前の方に移動した春日にもその人達が見えているだろう。そんな歓迎されていない雰囲気もある中で、初めてこのステージに立つ春日は曲を歌いきれるのだろうか。
もうすぐで本来は最上の、そして今は春日のソロパートが始まる。
すると、観客を見渡した春日は一旦目を閉じてー
目を開くと優しく微笑み、まるで誰かと背中合わせをしているかのようにして歌いだした。
その瞬間、今まで不満そうな顔をしていた人たちが急に立ち上がり、周りに合わせてペンライトを振り出す。
ダンスも歌も未熟で、ステージの経験も学校程度しかないはずの春日は、客席の不満げな空気を一瞬で払拭したのだった。
最上の急変という大きなアクシデントがあったものの、5月の定期公演会はなんとか無事に終えることが出来た。
加えて、春日の新しい可能性を感じることが出来たという意味では非常に大きな収穫があったともいえる。当の春日はアイドルから抱き着かれたりと楽しそうにしており、ミリPさん含めて皆笑顔である。
だが、この成功によって最上が春日に抱いてしまうとある感情。
それを思うと、どうにも嫌な予感が拭えなかった。
ライブ描写が残念なことになってますがご容赦ください。