コツ、コツ、コツ…
シャンデリアが天井からぶら下がり、綺麗に着飾られた壁が張られている広い廊下を自身の白黒髪をオールバックにした二十代後半と思われる男が歩いていた。彼が歩く度に履いている黒い革靴から出る音が廊下に反響する。そんな彼に近づいている影が一つ、いや一人いた。
グレイフィア・ルキフグス。この屋敷、グレモリー家のメイド長にして、現四大魔王の一人、サーゼクス・ルシファーの女王(クイーン)兼妻である。彼女は歩いていた男の声をかけた。
「やっと見つけました」
「おお、これはこれはグレイフィアメイド長。私めに何の御用ですかな?」
「もうお忘れですか?先日、あなたは当主様とサーゼクス様からリアスお嬢様の専属執事に任命されたことを」
「…!おお、そうでありましたな!これは失敬失敬。いやぁ、我ながら年は取りたくないものですな。ワッハッハッハ!」
男は顎に手を当て、すこし考え、今思い出したというようにパチンと手を叩いて笑いだした。グレイフィアは溜め息をつき、呆れた表情で男に言う。
「ハァ、いい加減その敬語はやめて下さい。あなたは悪魔界の最古参であるお方です。本来ならば上層部に座を置かれていてもおかしくないのですよ?」
「しかし今はこのグレモリー家のただの執事として任命されている訳でして―」
「わかりました、ではメイド長として命令します。その敬語をやめなさい」
男は苦笑しながら、口調を敬語からタメ口に変える。
「…わかった。これで良いか?」
「はい。やはり、その口調の方があなたという方をハッキリ見て取れますね『お師匠様』」
「…その師匠ってのはやめろとお前とサーゼクスが婚約する前から散々言ってるだろうに」
グレイフィアが男を師匠と呼ぶのは、まだグレイフィアが前魔王派に所属していた時、彼女が属している派閥を抜け出す際に派からの襲撃を受けていた時に男がその場に現れ助け出し、現魔王派に彼女を連れていき、グレモリー家の使用人になった時に彼女とまだ魔王ではなかったサーゼクスを共に鍛えたからであった。
男が微妙な顔をすると、グレイフィアはクスクスと顔に笑みを作った。
「そうはいきません。お師匠様は現魔王派と前魔王派の争いで唯一、この悪魔界を一つに治めようと発言した、いわば現悪魔界の創始者的な方です。そのような方にタメ口など使う訳にはいきませんので」
「創始者ってのは言い過ぎだ。結局、大戦で前魔王が全滅し、聖書の神も同じく死に、最後には悪魔界の全統合は出来なかった。ただの死に損ないの老いぼれだよ。それに上層部にいかないのは「これだから若い奴には任せられない」という口癖と頭の固いジジイ共といたくないだけだ」
老いぼれという割には男はどう見ても若い青年の姿に見えるが、実際の年齢は千年を超えている。まさに最古参と言っても不思議ではなかった。「その上層部の方々より年上のお師匠様に言われたら、今後の悪魔界はどうなるのでしょうね?」
「そんなことを俺に言われても知らん。今ある己の立場とプライドが大事な奴らだ。ただ、少なくともこれ以上奴らに任せていれば、これからの悪魔の未来は暗いと俺が見て取れるくらいはな」
「では、お師匠様が代わりとなれば良いのではないのですか?サーゼクス様やセラフォルー様、さらには当主様にヴェネラナ様。そしてシトリー家の当主様と奥様。その他にも数々の方々からの信頼が厚い。これ以上にない条件だと私は思いますが…」
グレイフィアに男はフッと小さく笑いながら言った。
「それは買い被り過ぎだぞ、グレイフィア。今の俺に出来るのは、これからの悪魔界の未来を背負う次世代の奴らにある程度の手伝いとアドバイスをすることだけだ。今更、俺が上に立ったところで悪魔界は何も変わらんぞ。それこそ、例えば革命みたいなものが起こればあるいは、と俺は思うがな」
「革命、ですか。出来れば穏便にしてもらいたいですね」
「さてな、そこは私にも分からんな。……っと、長話をしてしまったな。さて、俺は…んんっ、私はリアスお嬢様を待たせているのでここで失礼します」
男は再び執事口調に戻して、主人になったリアス・グレモリーの部屋に向かった。
男がその場から去った後、優しくもそれでいてすこし儚げな表情でグレイフィアは呟いた。
「…ハァ、この悪魔界…いえこの冥界はやはり、あなた様が必要なのですよ。『シン・ソロモン』様」