緑谷がふと目覚めると、違和感を感じた。身体に、"個性"が、ワン・フォー・オールが無い。その事に跳ね起きると、自分の体が貧弱になっているようだった。慌てて周りを見渡す。自分の家……だけど、雄英の制服がない。それどころか、中学の制服がかかっている。慌てて携帯を見れば、機種変して変える前の物。慌てて日にちを確認すると……
「雄英、入試日……!?」
冗談じゃない、ワン・フォー・オールが無ければ、合格なんて夢のまた夢だ。――そう思った時、頭に流れ込んできたのは、もう一つの記憶。あの日、攫われなかった――あの人に出会わなかった人生を歩んだ、もうひとりの自分の記憶。だから――諦めていて、身体も鍛えてなかったのだ。
その気持ちは痛いほどよく分かる。結果、爆豪を筆頭にクラスメイトにも10年以上虐められ続け、気力すら無くなってしまったのだろう。そして、記憶を思い出していると――
「出久、今日は入試だけど、その前にまた海へ行くんでしょ! 早くしなさい!」
「あ、う、うん、そうだよ! 今行く!」
とりあえず、何故こうなったかもわからない。だけど、今動かないと、この体の僕自身が誰よりも傷ついてしまう。だから、動き出す。海へ向かい、砂浜へ走り出し最後のゴミを、トラックに乗せる。
「HAHAHA! おめでとう、少年! ……? 少年、何か変わったかい?」
怪訝そうに尋ねるオールマイト。魂は同じだけど、一つの出逢いだけで別人並みに変わってしまった自分に違和感を感じるのだろう。
「……ええ、夢を見てました。とても、素敵な、輝いている夢を」
「そうか、何か有ったのだな。そしておめでとう。いよいよ継承だ。じゃあ、食え」
「はい!」「えぇ……」
迷わず髪を食べたらちょっと引かれた。解せぬ顔をした緑谷。
「よし、使い方を教えよう。細かな説明をする暇は無いから、これだけ……ワン・フォー・オールを使う時は、ケツの穴グッと引き締めて心の中でこう叫べ!!! "スマッシュ!"」
それを聞いて、止まる緑谷。
「……あの、オールマイト。今の僕がそれやったら、腕バッキバキになると思うんですけど――」
「――あ」
どうやらやっぱり、教育者としてのオールマイトはまだまだのようであった。
付いたのは雄英高校の入り口。
「(もう一度、来たんだ……また、上手くやろう)」
「どけデク!!」
どうしてこうなったかはわからないが感慨に耽っていると、後ろから響く懐かしい怒声。振り返ると、爆豪が睨んでいた。そう、こっちの自分はまだ"デク"のままなのだ。だから――
「嫌だね」
「あぁん!!!!????」
思いっきり、拒否してやる。
「僕はもう、"デク"じゃない。校門はこんなに広いんだ。勝手に、そっちが避ければいい」
弱みなんて微塵も見せずに睨み返す。その事に、沸騰するほど腹を立てているようだけど、知ったことか。10年以上……個性まで使われ、自殺教唆までされたのだ。引く理由など、何処にも無い。
「んだとてめぇ……!」
手を振り上げるが、鼻で笑う。
「いいの? 今入試会場だよ? ここで個性を不正利用しても、見逃してくれるクラスメイトや先生は居ないよ?」
「~~~~~~~~~!ちぃ!」
苦虫を100万匹ほど噛み潰したような顔でこちらを睨むと、思い切りぶつかりながら進もうとしたので、ぶつかり返す。倒れた爆豪を鼻で笑ってやれば、更に顔が真っ赤になる。
「デェエエエエエエエクゥゥゥウウウウウウウウウウ…………!!!」
「監視カメラがあちこちに有るんだ。お行儀よくしたら?」
そう言うと、もう興味もないとばかりに先に行く緑谷。脳裏によぎるのは、もう一人の自分の記憶。悲しくて、痛くて、無力で、何も出来なくて、ただ虐められるだけで――。許すつもりは、毛頭無かった。自分のクラスも全員ヒーロー科志望だったようだが、彼らこそ、あんな態度で緑谷を嗤い見下して、ヒーローになれると思っているのだろうか。
そう、怒りが充満すると両手から黒いモヤが出る。……何だこの力は、こんな物は無かった。と、混乱する脳裏によぎるのは、別の声。
「ちょっと! お前、憎しみに囚われてるよ!」
慌ててキョロキョロと見渡すと、回りには見たことがない風景で、何処かオールマイトに似た人が立っていた。何かを話そうとしたら、口がなかった。
「ああん? しゃべれないのか! よし、単刀直入に言うぞ! 坊主! その黒いもやもやは、俺の"個性"さ! 名を、黒鞭って言う。そりゃ~もう便利な個性さ。だが、怒りのままに奮ったんじゃダメだ! お前のその力は代を重ねるごとに熟成され、俺の"黒鞭"も、超強化された! だから、怒りのままに振るうな! 大事なのは……心を制することだ。怒りに飲み込まれるなよ」
「―ー!」
口がないので、コクリと力強く頷く。そうだ、自分が憧れたのは、ドロドロしたものじゃない、誰よりも輝く、二人のヒーローだ。だから、怒りに飲み込まれちゃいけない! そう決意すると、先代の一人はサムズアップしながら、また消えていった。
「――ですか? 大丈夫ですか?」
「っ、あ、ああ、大丈夫! 心配かけてごめんね!」
振り返ると、心配してこちらを覗き込んでいたのは麗日さんだった。優しい笑顔に癒やされつつ、もう大丈夫と笑顔になる。
「お互い、頑張ろうね!」「うん! うちも、絶対合格するんや!」
「(大丈夫だよ、麗日さん、きみは合格するから――)」
そう心の中で微笑んで、いよいよ試験場へ。筆記は楽勝、問題は実技試験の方だ。今の自分は、出せてたった5%のフルカウルしか纏えない感じだ。――だが、今の自分には、目覚めたもう一つの"個性"がある。
『HEYHEY! それじゃあスタート!』
合図と共に、誰よりも早く駆け出す。出力は5%で真っ先にヴィランと相対すると、左手から顕現させる。名を――
「黒鞭!」
鞭のようにしなやかな黒い線がヴィランロボへと伸び、拘束。そのまま引き寄せると、右で思い切りぶん殴る。ポイントの差なんて関係なく、鞭を伸ばし、見つけた端から次々と、引き寄せ殴り、引き寄せ殴る。そして集まったガラクタを、黒鞭で包み、ハンマー投げのハンマーの様に集め、ヴィランのど真ん中で思い切り回転する。
「うおおおおおおおっ!?」「なんだありゃああああああ!?」「どんなパワーしてんだよ!?」
ヴィランの残骸を集めたハンマーに、次々と撃破されまくっていくヴィランに、皆は早々に緑谷のそばから離れ、こちらに来ないようにと祈りつつ、ヴィランを相手にしていく。しかし、ある程度撃破した緑谷は、救助ポイントを稼ぐために他の人を救けて回りつつ撃破していく。ネタが割れている試験、他のみんなには悪いが、ポイントを稼がせてもらう。
そうして、荒稼ぎというのも生ぬるいほどポイントを稼ぎまくった後、現れたのは0ポイントヴィラン。そして、下にいるのは麗日お茶子。5%では、あれを殴り飛ばせないだろう。ならば――
「大丈夫!? 今救けるよ!」
黒鞭を伸ばし、麗日を引き寄せ、すっぽり腕の中へ、ちょっとだけお姫様抱っこの格好になって顔を赤くする麗日だが、すぐ下ろすと緑谷は0ポイントヴィランへ向かっていく。冷静になってみれば、楽勝と体育祭で言われた0ポイントヴィラン。数々の強敵と戦ってきた今の緑谷には、隙だらけに見える。足を曲げた所を黒鞭で縛り、転ばせ無力化し、トドメとばかりに先程の要領でヴィランハンマーを作ると、思い切りぶち当てた。
「す、すげぇ……」「何だアイツ……」「バケモンだ……」
呆然とする回りの受験生を尻目に、試験は終了だ。
「大丈夫? 立てる?」
「う、うん、ありがと……」
麗日に手を伸ばして、立たせて、周りを見渡す。畏れられてるけど、それがNo.1の宿命だし……。となりの麗日の様に、それでも笑ってこちらを見てくれる人もいるのだ。
そして、モニタールーム。盛り上がる教師陣の中、オールマイトは混乱していた。見たこともない"個性"。だが、少年は確かに無個性だったはず。――なら、あれは、ワン・フォー・オールの中に眠っていたもの……!? 自分の弟子が合格間違いなしなのは一安心だが、さらなる謎が出てきて混乱するオールマイトであった。
試験から一週間、自分のときとは違い、こちらの母はずっと不安そうだった。自分の所の母よりずっと太っているし、随分と心配をかけたようだ。だから、リビングで手紙を開き、一緒に見る。
「お、オールマイトっ!?」
オールマイト自らの説明に、びっくりする母。そして、語られる内容は衝撃の事実。
「撃破ポイント100! 救助ポイント81! 2位に100ポイント以上の差を付けて、ぶっちぎりで合格だ! おめでとう、緑谷少年! ここが、君のヒーローアカデミアだ!」
そして、母は泣き崩れた。嬉しさのあまり。だから、こういうのだ。
「今まで心配かけちゃってごめんね。でも、ありがとう。もう大丈夫だから――僕は、オールマイトを超えるNo.1ヒーローになるから……!」
それは、別の世界で繰り広げられる、もう一つのヒーローアカデミア。