もし一人のオリキャラが増えることで、ユウキが生きるルートが生まれるなら   作:葦束良日

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ユウキも好きだがシノンも好きだ。


続説:GGO
13 ガンゲイル・オンライン


 

 

 木綿季が抱える病が完治し、ついに退院の日を迎えてから約一か月。十二月の初旬を迎えていよいよ年の瀬も迫ってきたこの時、木綿季は高谷家のリビングにて炬燵に入り、実に緩んだ顔でごろごろしていた。

 

「あー……このまま寝ちゃいたい……」

「こら、寝るなら自分の家に帰れ。炬燵で寝るな」

 

 上半身だけを外気に晒して堕落したことを言う木綿季に、俺は呆れを含ませながら言って、木綿季の側面に腰を下ろすと炬燵に足を突っ込んだ。

 足元からせり上がってくる心地よい熱。まるで人類の本能に刻まれているかのような抗いがたい快感に浸りながら、俺は炬燵の上に置かれたミカンに手を伸ばした。

 寝転がったままの木綿季に、剥いたミカンの実を一つ見せる。すると、「あー」と言いながら口を開けたので、仕方なく俺はその一粒を小さな口に落としてやった。

 

「んー、甘くて美味しいっ! 苦しゅうないぞー」

「うっせ。それより本当に寝るなよ。うたた寝してから外に出たりなんかしたら、一発で風邪ひくぞ」

「えー。その時はほら、泊めて?」

「残念、部屋がない」

「総真の部屋があるじゃん。ボクはそこでいいよ?」

「ばっ……!」

 

 木綿季があっけらかんと言い放った一言に、俺は思わず言葉を詰まらせた。

 こいつ、自分が何を言っているのかわかっているのだろうか。十四歳なんて子供ではあるが、何の警戒もなく他人の男と一泊していいような歳でもない。

 その辺の認識がこいつの中ではどうなっているんだと俺は頭を抱えるが、それを見て何を勘違いしたのか木綿季の顔がにやりと悪戯気に笑った。

 

「あ、ひょっとして総真ってばオオカミさんになっちゃう? ボクの魅力に負けちゃうかな?」

「そういう台詞はもっと胸がデカくなってから言うんだな」

「んなっ」

 

 刹那、木綿季は炬燵から出て立ち上がると、憤然とした表情で俺を見下ろした。

 

「総真サイテー! デリカシーがないよ! そりゃ明日奈や直葉に比べたら小さいけどさ……それでも女性の身体的特徴を馬鹿にするのはいけないと思います!」

 

 ぷんすか怒る木綿季の言い分も尤もだ。今のは俺が悪かった。そう思って、俺は素直に謝る。

 

「すまん、お前も気にしてたんだな……」

「そ、そういう意味じゃないよ!」

 

 今度は怒りではなく羞恥で顔を赤くした木綿季は、しばらく「ボクはこれから大きくなるし……」などとぶつぶつ呟いていたが、俺が再びミカンに手を伸ばして皮をむき始めると、溜め息と共に「もうっ」と言って腰を下ろした。

 俺の隣に。

 

「おい、木綿季」

「なに、総真」

 

 首を傾げて俺を見る木綿季。

 

「なに、じゃない。なんで俺の横に座るんだ。狭いだろ」

 

 当然ながら、炬燵は四方に人が座ることが出来るようになっている。つまり最大四人だ。その一方に二人座るというのは、明らかにおかしい。

 非難するような俺の視線に、木綿季は全く堪えずにけろりとしていた。

 

「えへへ、でもこっちのほうが温かいでしょ?」

 

 言って、木綿季はただでさえ狭いというのに体を寄せてくる。

 確かに、温かい。炬燵に加えてひと肌まで感じるのだから当然だ。

 

 けれど、これはそういう問題ではないだろう。

 

 心臓の音が早くなる。なんだかんだ言っても、隣にいる少女は俺が思いを寄せる相手だ。年齢差からその思いを伝えてこそいないが、俺の気持ちは恐らく木綿季に伝わっていることだろう。

 それは、木綿季にとっても同じ事。木綿季の気持ちが何処にあるかなんて、俺もまた既に察しがついていた。

 しかし、それはあくまで推測だ。実際に思いを告げあったわけではない。だから今の俺たちは恋人でもなんでもない。

 であるから、こういった行為にしても「恋人同士だから当たり前」などと俺たちは開き直ることも出来ないため、やはり照れが先行するのだ。

 動悸が収まらない俺しかり、顔を赤くしている木綿季しかり。

 恥ずかしいならやらなければいいのにと思うが、しかしこういった接触をどこか嬉しく思っている自分がいるのもまた事実。

 だから俺は、身を寄せてくる木綿季にこう返すのだ。

 

「……勝手にしろ」

 

 そう言って、炬燵の中で木綿季の小さな手を握った。

 それを感じ取った木綿季が嬉しそうに俺に笑み、頭を俺の肩に預けた。

 鼻腔をくすぐるシャンプーの香りと女の子の甘い匂い。炬燵の熱に当てられたのか少し熱を持ってきたような気がする頭を意識的に制御しながら、俺たちは身を寄せ合って寒風が窓を揺らす音に耳を傾けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて俺はSAOを発売日当日に手に入れ、家に帰ってすぐにプレイを始めた。

 それゆえあんな事件に巻き込まれることとなったわけだが、言いたいことはそのことではない。

 当時、SAOといえば前評判では次世代のゲームとして様々なメディアで特集を組まれるほどに大人気のタイトルだった。当然世間からの注目も集まり、そのソフトの入手は生粋のゲーマーであっても困難なほどに話題をさらっていた。

 そんな中で俺がゲームを即座に手に入れられた理由。それは至極単純な理由で、俺もまたゲームに熱い情熱を注いできたゲーマーであったからだった。

 SAOの発表があった時点から様々な伝手を頼って発売日に向けて準備をしていた俺は、その準備のおかげで当日その日に手に入れることが出来たというわけなのだ。

 つまりは、それほどまでに一本のゲームに対して熱を傾けられる程度には、俺はゲームを好きだし傾倒しているということだ。

 であるから、注目のタイトルがあればそれに手を伸ばしたくなるのは俺にとってごく自然な流れだった。

 

 GGO。正式名称を《ガンゲイル・オンライン》という、アメリカはザスカー社が開発したこのゲームに、俺はALOをメインにしながらも時間を作ってはログインして遊んでいた。

 これまでのSAOやALOといった《剣》や《魔法》のファンタジー世界とは異なり、GGOは最終戦争後の荒廃した未来の地球を舞台とした《銃》の世界だ。

 戦闘方法は当然ながら銃火器といった近代兵器が中心。舞台設定ゆえかややリアルに寄った世界観のため、SAOやALOとは全く異なる意味での《現実らしさ》を感じることが出来るところが俺は好きだった。

 もちろん、普通の日本では決して手に取ることが無い銃という武器に仮想世界とはいえ親しめるといった点に、男心がくすぐられたのもある。男の子は剣と銃が大好きな生き物なのだ。

 そんなわけでGGOを現在プレイしている俺なのだが、基本はキリトたちや木綿季と一緒に遊ぶことが出来るALOがメインである。そのため、コンバートすることもなく一からアカウントを作ってプレイし始めた俺は、当初は本当に弱かった。

 そもそもが二年間ひたすら剣を振っていた人間である。それが最弱ステータスで銃を使うようになったのだ。上手くいくわけがない。

 しかしながら細々とでもやり続けたおかげか、どうにか俺もそれなりに動けるようになった。やはりVRへの親和性という意味では俺たちSAOサバイバーに敵う者はいない。慣れさえすれば、あとはこっちのものだったのだ。

 ALOとGGO。この二本を行ったり来たりして遊ぶことが、今の俺の楽しみなのであった。

 

 そして、今はGGOをプレイしているところだ。このゲームもALOと同じくアバターは自動で生成されるので選ぶことはできない。

 俺が引いたアバターは、実に特徴のないごく普通の男性アバターだった。中肉中背。顔もあまり尖った特徴はない。つまるところ、現実世界の俺によく似ていた。嬉しくって涙が出るぜ。

 そんな容姿にカーキ色の上着にジーンズ、その上から黒いプロテクターを胸部と両腕に付け、二丁のデザートイーグルを持った男。現実世界なら確実に御用だが、この世界ではこれでも軽装な方だ。

 ちなみに銃を二丁持っているのは別に二丁拳銃をしようっていうわけじゃない。片方は単に予備だ。

 さて、そんなわけでGGOにログインしている俺だが、実は別に何かしらの《スコードロン》……いわゆるギルドに所属しているというわけではない。つまりはソロだった。

 SAOでも最後のほうはソロだったし、そもそもALOがメインなので、ソロのほうが自由に時間の都合がつくだけ勝手がいい。

 そのため俺は気ままなソロプレイヤーとしてGGOを楽しんでいた。

 

 しかしながら、ソロとはいってもそれなりにやっていれば知り合いだって出来てくる。

 たとえばそう、この人で溢れる街の中でもひときわ目立つ、向こうから歩いてくる水色の髪の少女なんかがそうだった。

 

「や、シノン」

 

 俺が声をかけると、彼女は訝しげな顔をして、しかし俺の顔を確認すると驚いたように凝視した。

 

「……驚いたわ。久しぶりね、ソウマ。別のゲームが忙しいんじゃなかったの?」

 

 俺は頭を掻いた。

 

「まあな。あとはリアルでも色々と。まあ、相変わらずメインは向こうだけど、こっちもそろそろ腕を磨いておきたいからな」

 

 俺が苦笑しながら言うと、シノンの眼光が不意に鋭さを増した。

 

「へぇ……じゃあ、あなたも出るの? 第三回BoB――《バレット・オブ・バレッツ》」

「ああ。一応はそのつもりだ」

 

 バレット・オブ・バレッツ。

 それはGGO内において最高のガンナーを決めるための大会の名称である。

 

 予選と本選に別れるこのGGO内最大規模のイベントは、予選にてブロックごとに分かれて一対一のトーナメントを行い、そこを勝ち抜いた各ブロックの上位二名、計三十人が本戦に進むという形式で行われる。

 ちなみに最も盛り上がる本戦は、参加者三十人の総当たりによるサバイバルだ。そのため様々な戦い、ドラマ、結果が生まれ、まさに大会の最後を飾るに相応しい大規模な戦闘が巻き起こる。

 そしてこの本戦の出場者には順位に応じて景品も用意されている。参加者はエントリー時点で希望の景品も添えて申請を出しているのだ。

 このあたりは、GGO内の通貨を現実の貨幣に変換するシステム――リアルマネートレードを行っているGGOならではといえるだろう。

 

 過去に二回行われたBoBはどれも盛況に終わり、今回はその第三回目。何を隠そう、この目の前の少女《シノン》も第二回BoBにおいて本戦に出場を果たした剛の者である。

 水色の短いが艶やかな髪、整った顔立ちと怜悧な表情、ただでさえ少ない女性プレイヤーな上にその容姿と強さによって、シノンは一躍GGO内での有名人となった。

 特に彼女の主武装にして代名詞、アンチマテリアル・ライフルの《ヘカートⅡ》はインパクトも抜群であり、彼女のことを知らないGGOプレイヤーは日の浅い者ぐらいなものだろう。

 

 そんな彼女と俺の出会いといえば、意外なことに彼女からの接触が始まりである。

 ある店で行われているイベントで、ひたすら弾道を回避するゲーム《Untouchable!》というものがあるのだが、これはクリア者が一人もいないゲームとして有名だった。

 GGOではゲーム的な面白さを増すためという理由から、銃撃者には自らが放った弾が当たる箇所を《着弾予測円(バレット・サークル)》という緑色の円として表示し、被銃撃者には自身を狙う弾丸の軌道が《弾道予測線(バレット・ライン)》という赤い輝線として表示される。

 このゲームはその表示される弾道予測線をどこまで躱し続ける事が出来るかを競うゲームだった。

 このゲーム、ルールは単純なのだが、いかんせん予測線の出現速度が尋常ではなく、現れてからでは避けきることが出来ずに被弾する者が相次いだ。そのため、クリア者ゼロのままだったのだ。

 しかし、これを俺はクリアした。それというのも、このゲームの主旨に俺は初見から気づくことが出来ていたからだ。

 

 すなわち、これは《弾道予測線》を予測するゲームだ、ということだ。

 

 無論、それだけではクリアなど出来ない。ではなぜ俺に出来たかというと、その主旨に気付いたうえで、脳の予測に対してアバターを動かすタイムラグが俺は非常に短かったからだ。

 つまり、反応速度だ。二年間、SAOの攻略組においてソロとして前線を張っていたのは伊達ではない。キリトにこそ及ばないが、この程度なら俺でも十分に出来る。

 まぁ、キリトならもっと余裕をもってクリアするのだろうが。あいつの反応速度はそれこそ神がかったレベルだ。VRの申し子と言ってもいいぐらいに、あいつとVRの親和性は高すぎる。この程度のゲームなら片手間だろう。

 

 とまぁ、そんなわけで。その時の様子を見ていたシノンに興味を持たれて話しかけられたのが彼女との付き合いの始まりだった。

 それからはたまに一緒に行動したり、たまに戦闘訓練をしてみたりしながら、気軽に付き合える存在として過ごしている。GGOにおける俺の貴重な友人である。

 そんな友人であるシノンだが、どうも彼女は強さというものに並々ならぬこだわりがあるようで、訓練でもかなり真剣かつストイックに実力の向上を求めていた。

 BoBへの参加も自分の強さをより高みへと引き上げたいがためだ。彼女にとって景品は二の次なのである。

 そのため、参加するつもりだと言った俺の言葉に、彼女の表情は一気に引き締まった。

 

「楽しみだわ。あなたが出るなら、BoBも一層手強くなりそうね」

「おいおい、俺なんて大したもんじゃない。武器だって然して珍しくもないデザートイーグルだけだぞ」

 

 それに俺はこのゲームがメインでもない。そのうえ、装備もシノンのヘカートほど特徴があるわけでもない。

 だからこそ強敵になどならないと言えば、シノンは腰に手を当てて大きな溜め息を吐いた。

 

「……呆れた。あなた、自分の評判を聞いたことが無いの?」

「評判? 俺の?」

 

 首を傾げると、シノンは仕方ないとばかりに口を開いた。

 

「――《飛鷲(イーグル)》。弾道予測線をことごとく躱し、被弾ゼロで相手に近づき、射程に入った瞬間デザートイーグルの一撃で仕留められる。武器の名前と、捉えどころのない様から付けられたあなたの呼び名よ」

「……は?」

「本当に知らなかったのね……」

 

 シノン曰く、弾道予測線を予測するゲームをクリアして実際に予測線を躱して攻撃してくることと、ソロかつこのゲームがメインではないためになかなか見かけないことから、捉えどころがないという評価になったらしい。

 攻撃に関しては、そもそもこちとら剣による超接近戦で命かけて切った張ったをしてきた人間だ。見えている予測軌道を避けて近づくなんて割と簡単だし、そのうえで剣よりも遠い間合いから攻撃できるのだから、当てるのもさほど難しくない。

 ただそれだけの話なのだが……。

 

「……俺、二つ名とかそういうのは中学生の頃に卒業したんだけど」

「知らないわよ。付けられた以上は諦めるしかないんじゃない?」

 

 二つ名とか、二十歳を超えた身としては地味にちょっと恥ずかしいんだが。

 まぁ、キリトの《黒の剣士》、アスナの《閃光》、最近ユウキについた二つ名《絶剣》などなど、二つ名持ちは俺の仲間内にもたくさんいる。あいつらと一緒だと思って納得しておこう。

 

「そうだな。シノンにも《冥界の女神》とかいう二つ名があることだしな」

「ちょっと! 私は関係ないでしょう、今は!」

 

 シノンがその白い頬に僅かな朱を混ぜながら抗議してくる。

 シノンにつけられた二つ名《冥界の女神》は、彼女が愛用する《ヘカートⅡ》のヘカートが、ギリシア神話の冥府の女神ヘカテーに由来することからつけられたものだ。

 しかしシノンのほうが断然言いやすい事と、二つ名の長さからあまりそう呼ばれることはない。

 それでもやはりそのような仰々しい名前で呼ばれることには抵抗があるようで、シノンは口元を白いマフラーで隠しながらもじろりと俺のことを睨んできていた。

 俺は肩をすくめて「悪かったよ」と苦笑してから、腰の後ろに着けたホルスターに仕舞われている相棒をポンと撫でた。

 

「なんにせよ、第三回BoBでは恨みっこなし。正々堂々よろしくな、シノン」

 

 俺が片手を軽く挙げると、シノンはきょとんとした後に小さく笑った。

 

「そうね。あなたの胸に風穴を開けてあげるから、覚悟していなさい。ソウマ」

 

 シノンもまた手を挙げて、互いの手の平が勢いよく合わさる。

 ぱん、と鳴った小気味いい音はすぐに街の雑踏の中に溶けていく。

 それでも俺たちの耳にはその音が互いの約束の証として、いつまでも残り続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 ログアウトした俺は、アミュスフィアを頭から外してベッドから起き上がる。

 軽く伸びをして、壁に掛けられたカレンダーに目を向けた。

 

「予選開始は十二月十二日だったか。楽しみだな」

 

 シノンのスタイルは典型的な狙撃手だ。しかし、使っている武器が強力無比で一撃でも貰えば恐らく即死。そのうえ、彼女自身の目と感覚もいいため、開けた場所で狙われたらその時点でおしまいと考えた方がいいだろう。

 彼女の射程距離はキロメートル単位だ。その中を身を隠しながら接近するのは骨が折れる。逆に近づいてしまえば一気に有利になるが、彼女とて自分の弱点ぐらい対策しているだろう。

 そのうえ、本戦で当たれば相手はシノンだけではない。となれば、一層その中で勝利を掴んでいくのは難しくなる筈だった。

 しかし、だからこそ面白い。それでこそゲームというものだ。

 

「やっぱり、本来ゲームっていうのはこういうもんだよな。うん」

 

 命のやり取りなんてない、ただ純粋に競い楽しむもの。それこそが醍醐味というものだ。

 ALOでは皆とワイワイやるのが楽しいが、GGOでは自分の腕を競うことに重点を置いたプレイをしている俺としては、やはりBoBは腕が鳴るというものだ。

 結果がどうこうというよりも、その大会自体を楽しみたいという気持ちが強かった。

 SAOやALOであったような、命を振り絞った戦いではなく。ただゲーマーとしての自分を出せる場所。それが俺にとってのGGOなのだから。

 もちろん、だからといって楽しめればいいと言うわけではなく勝ちたいので、遠慮なく優勝を狙わせてもらうが。

 そんなことを考えていると、階下から俺の名前を呼ぶ声が届く。

 

「総真ぁー! おばさんがご飯だってー!」

 

 それは紛れもない木綿季の声だった。

 現在、倉橋先生の家にて養子という形ではあるが倉橋家の一員として過ごしている木綿季だが、頻繁にこうして俺の家に来ては一緒にご飯を食べていく。

 倉橋家で食べることもあれば、うちで食べることもある。それを両家とも快く承諾していて、特に我が両親は女の子も欲しかったと言って木綿季を可愛がっている。

 これも人懐っこく明るい木綿季の人となりがなせる業か。

 俺は一階に降りてリビングに入る。すると、既に木綿季は食卓についていて、入ってきた俺を見つけると、満面の笑みで迎えてくれた。

 

「総真っ、ほら早く座って」

 

 自身の隣にある俺の席をポンポンと叩きながら、木綿季が催促してくる。

 俺はその姿に苦笑しながら頷いて、木綿季の隣に腰を下ろした。

 元気たっぷりのその姿からは、かつて不治の病に冒されて余命幾許であった頃の姿を想像するのは難しい。それほどまでに、今の木綿季は生気に溢れていた。

 彼女が俺の日常に溶け込み、隣にいるという事実。そのことが得難いものであることを感じていたのは、少し前までの事。

 今はもう、これこそが当たり前の姿である。こうして彼女が健康で笑っていてくれることが、既に当たり前になっているのだ。

 俺は軽く木綿季の頭に手を置いた。不思議に思った木綿季が「なに?」とこちらを向く。

 それに対して「なんでもない」と答えて、一層首を傾げる木綿季を見ながら、俺はこの何気ない日常の幸せに頬を緩めるのだった。

 

 

 

 

 

 




とりあえず、その後の続きです。
とりあえず一話分だけ書きあがったので、アップいたします。

また改めて本作を楽しんでいただければ幸いです。
よろしくお願いします。

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