もし一人のオリキャラが増えることで、ユウキが生きるルートが生まれるなら   作:葦束良日

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18 新川恭二

 

 

 BoB本戦は日を跨いでの夜、午後八時から行われる。

 それまでの間は、要するに本戦に向けた準備期間だ。それは参加するプレイヤーの装備見直しであったり、観戦する側のスケジュール調整であったり、あるいはBoB本戦はGGO外へとライブ中継されることから、運営側にとっての準備という意味もあるのかもしれない。

 

 ともあれそういうわけで予選を終えた次の日、俺は時間を持て余すことになった。キリトとは既に連絡を取り合って予定を組んでいるので、あとはGGO内で落ち合うだけだ。

 本当は俺もキリトがログインしているという病院に来てログインしないかと誘われたのだが、俺はそれを断った。

 安全という面ではそれが一番安全なのだろうが、ひとまずザザの正体であるところの新川昌一は監視されているし、キリトが言う病院は遠くはないが近くもない。

 

 それら諸々を考えて、俺は結局自宅からのログインを選んだ。まぁ、理由は他にもあり、この空いた時間を木綿季のために使いたいという気持ちもあったからだ。

 今日は講義を入れていない日なので、充分に時間がある。もし病院への移動などを考えると、自由な時間は少なくなってしまうだろう。

 それよりは木綿季と一緒に居られる時間を俺は作りたかった。よく俺の家に泊まりに来るとはいっても、毎日ではない。そのうえ俺には大学もあるのだから、実質会える時というのは言うほど多いわけではなかった。中には、全く会わない日もあるほどだ。

 だからこそ、こういう時間は大事に使いたい。そう思うのはある意味で当然だった。

 

 そんなわけで、今日は朝から木綿季と一緒に過ごしていた。

 つまりはデートだ。

 しかし、その第一歩がALOでの気になるダンジョン探索というのはいかがなものか。いや別にそれは全く構わないのだが、いかにも色気がなさすぎやしないかと俺は思うのだ。

 まぁ、木綿季が楽しければ何でもいい。俺としてもいずれは行ってみようと思っていたダンジョンを攻略できるのはそれなりに心躍る体験だ。十分に楽しめる。

 そんなわけで二人でモンスターを斬って捨てての冒険をこなし、ひとまず満足したところでようやく俺たちは現実に帰還した。

 時刻は既に昼を回っており、飯時である。実はこの時点では未だそれぞれの自宅にいた俺たちは、ALOをログアウトする前に改めて落ち合う場所と時間を決めていた。

 その約束に従って、俺は準備を整えて家を出る。時間は問題ない。そして待ち合わせ場所は俺の家からほど近い場所にある商店街、その中にある。

 商店街を抜けた先にはややくたびれた住宅街が広がっているのだが、その手前にはファミレスがあり、そこで飯を食おうと話していたのだ。

 

 そこは、つい昨日に木綿季が誰かと食事に訪れた場所でもある。講義中に、可愛いお姉さんと知り合ったなんてメールが来た時は驚いたものだったが、実際にその場に向かってみれば、いるのは木綿季一人だけ。

 しかもその時、木綿季はひどく不安そうな顔をしていた。どうしたのかと訊けば、突然その女性は顔色を悪くして出ていってしまったのだという。自分が何かしたのではないかと木綿季は気にしていたのだ。

 俺はとりあえず木綿季の頭を撫で、体調不良だったんなら仕方ない、と言って聞かせた。木綿季のせいではない、と。

 実際にどうだったかは知らない。木綿季にその気がなくても、何かその彼女の怒りを買う、あるいは気分を害するようなワードを口にしてしまった可能性もあるからだ。人が怒ったり悲しむトリガーなんて、他人にはわからない。

 しかし例えそうだったとしても、木綿季に悪気などなかったのは間違いないだろう。昨日はそうして木綿季を慰め、しばらく家で過ごして夕食を共にした後、木綿季を送っていったのだ。

 

 そんな状況でも、俺の常とは違う様子に気づいて気を使ってくれたのだから、まったく頭が下がる思いだ。

 本当に他人の感情の機微に聡い子だと思う。それは彼女が体験した長年の特殊な環境がそうさせたのかもしれないが、それは今や木綿季の長所の一つになっていると俺は思うのだった。

 さて、そんなことがあったファミレスだが、待ち合わせ場所として指定してきたのは木綿季だった。たぶん、もしかしたらその女性に会えるかもしれないと思っているのだと思う。

 一体、何が原因だったのか。自分が理由ならば謝りたいし、違うならば話を聞いてあげたい。そして可能ならば一緒に悩み、考えたい。

 木綿季の気持ちを推測するに、そんなところか。

 まったくもってお節介で、強引である。しかし、そんなふうに自分が感じた気持ちを素直に出して相手に向き合っていける姿勢は、率直に言って凄いと思う。

 果たしてその女性がいるかどうかはわからない。むしろ確率としては低いだろう。

 しかし、いてくれたらいいなと思いながら歩いていた俺は、ようやくファミレスを視界に収めた。

 

 そして、ふと外から覗き見えた光景にぎょっとして目を見開く。そして、すぐさま全速力で走りだした。

 

 向かう場所はその件のファミレス。どこか困り顔の木綿季が細身の高校生風の男と話している席だった。

 

 

 

 

 木綿季は突然話しかけてきた男に困惑するしかなかった。

 

「こんにちは」

「え? あ、はい。こんにちは」

 

 総真との待ち合わせ場所に指定したファミレスで、先に着いた木綿季が席に着くや否や声をかけてきたのは、総真よりは木綿季に歳が近いように思える男だった。

 くたびれたパーカーと黒い野球帽。顔立ちはどこかほっそりとしていて、繊細そうな印象を受ける。

 どこかで会ったかな、と木綿季は彼の顔を見つめて記憶を掘り返すが、思い当たる人物は見つからなかった。

 となると初対面ということになるが、そうなると今度は一体何の用だろうかという疑問が出てくる。

 内心で首を傾げていると、少年は細身の顔に柔らかな笑みを浮かべた。

 

「昨日、朝田さんと話していたけど、君は朝田さんの友達?」

「朝田さん……って、詩乃さん? お兄さんは詩乃さんのお友達?」

 

 その名字は木綿季にも聞き覚えがあるものだった。昨日、なかなかにスリルのある出会いから知り合いとなり、そしてしこりの残る別れ方をした相手だったからだ。

 その相手の名前が朝田詩乃。その名前を知っているというのであれば、この少年は詩乃の友達だと考えるのが自然だ。木綿季は初対面の男に対する警戒を少し下げた。

 

「そうだよ。僕は朝田さんの友達だ。それで、その、僕の質問に答えてもらっていないけれど……」

「あ、そうですね! ボクは紺野木綿季っていいます。詩乃さんとは、友達って思ってくれてたらいいかなぁって感じです」

 

 話した時間も僅かだし、別れ方もあまり良くなかった。それでも、木綿季にとって詩乃は気になる存在であったし、友達になれたらいいなとも思っている。

 向こうも同じ気持ちだったら嬉しい。そんな願望も交えた木綿季の答えに、少年はどこか満足そうに頷いていた。

 

「そっか、そうだよね。朝田さんとは知り合いって感じなのかな? ――ならいいや。僕は新川恭二、朝田さんとは学校も同じでね。たぶん、彼女と一番親しい友達だよ」

 

 最後には微かに胸を張って、自慢げに恭二は言った。

 学校の同級生。木綿季にとっては実に羨ましい間柄であるといえた。それもあって素直にいいなぁと思いつつ、木綿季はふとそういう関係ならば知っているかもと思って、胸の内にあった疑問を口にすることにした。

 

「あ、そうだ。それなら詩乃さんのお友達である新川さんに聞きたいことがあるんですけど……」

 

 木綿季がそう話しかけると、恭二は少し驚いたように肩をびくつかせて木綿季を見た。

 

「な、なに?」

「詩乃さんの悩みって、ボクたちに力になれることはないんでしょうか?」

「え?」

 

 恭二の反応は、まさしく寝耳に水といったようなものだった。

 木綿季からそんな問いが来るとは思ってもいなかったという感じでもあるし、同時にそんなこと考えもしなかったともいえる様子でもあった。

 

「詩乃さん、何か抱え込んでると思うんです。新川さんも知っています……よね?」

 

 もし恭二が知らなかった場合、詩乃が問題を抱えていることを無遠慮に他人に知らせたことになってしまう。

 そのため木綿季は窺うように確認をしたのだが、それを恭二はどう取ったのか。途端にその表情をムッとさせた。

 

「……もちろんだよ。知らないわけがないじゃないか」

 

 硬質な声でそう断言する。

 詩乃さんが気を許している友達なら当たり前だったかな、と木綿季は自分の気遣いが詩乃の友人としての彼のプライドを傷つけたようだと察して、内心で反省する。

 しかしまだ聞きたいことを聞いていなかったので、口を閉ざすことなく言葉を続けた。

 

「ボク、詩乃さんの悩みが少しでも解決に向かえばいいなって思って。少しでも心の負担が軽くなれば、って思っているんですけど……」

「必要、ないよ」

 

 恭二の断言する声。それによって言葉を途切れさせた木綿季は、「え?」と驚きの声を上げて恭二を見た。

 恭二は、どことも知れない中空を見ていた。顔こそ木綿季に向いているが、目の焦点は木綿季に合っていない。

 そのまま、恭二は呟くように小さく口を動かす。

 

「朝田さんはあれでいいんだと僕は思う。だって、そうじゃないか。朝田さんは他の人とは違う。せっかく、あんな凄い過去があるんだから。それを無駄にするなんて……友達のする事じゃないよ」

 

 間違いない、というように自分で頷きながら恭二は言う。

 木綿季は一体何のことを言っているのかさっぱりわからない。凄い過去、というのが詩乃の悩みの元なのか。それを聞いてみたいが、恭二の様子から答えてもらえるかは怪しかった。

 

「……僕は、朝田さんの一番の――唯一の理解者だ。今はまだただの友達だけど、今だけだ。……君は、朝田さんの友達じゃない。友達なら、そんなことは言わないはずだよ」

 

 言葉の最後、その時の視線は木綿季に向いていた。しかし、その内容は木綿季にしても看過できないもので、木綿季はふるふると首を横に振った。

 

「でも、詩乃さんはきっと、苦しんでいます」

 

 木綿季がそう言うと、恭二は悲しそうに表情を歪めた。それは心底悲しんでいると伝わってくるような、悲壮なものだった。

 

「そうだね……あの発作は、朝田さんがまだ自分の凄さは理解していないからだ。本当に、そのせいで朝田さん自身が苦しんでいるんだから、悲しい事だよ」

 

 そこで、恭二は顔を上げた。その顔には先程までの悲しみとは打って変わって喜びの色が見える。

 

「だから僕は待つんだ。彼女が自分の凄さを理解できる強さを手に入れるまで。本当の自分を自覚するまで……」

「詩乃さんの、凄さ……?」

 

 思わずといった感じで木綿季が口にすると、恭二は冷え冷えとした視線を木綿季に向けた。

 

「朝田さんの友達じゃない人に、なんで教えてあげないといけないの? 皆、朝田さんの凄さがわかっていないんだ。本物の強さを朝田さんは持っているのに……」

 

 ぶつぶつと呟く声が聞こえ始める。その目にもう木綿季は映っていない。

 木綿季は途端に目の前にいる男のことが心配になってきた。かつて病院にいた頃、倉橋との話や姉との会話、あるいは仲間たちとの話の中で聞いた患者の状態を思い出したからだ。

 情緒不安定、躁鬱、そういった単語が脳裏をよぎり、ひょっとしてこの目の前の少年もそういった症状を引き起こす何らかの悩みを持っているのではないだろうか。そう思ったのだ。

 どうしよう、声をかけるべきかな。そう木綿季が悩んでいる間も、恭二は自分に向けるような言葉を吐き出し続けていた。

 

「でも僕が……僕だけが、それを知っている。朝田さんも、もうすぐ気付く。過去にあれだけのことを成し遂げた事そのものが、本物の強さなんだって。朝田さんがそれに気づいてくれたら、その時こそ僕は……」

「おい、そこのお前。俺の連れに何してる」

 

 聞き慣れた声に木綿季の視線がそちらに向く。そこには、軽く息を切らせながら、鋭い眼で恭二の肩に手を置く総真の姿があった。

 肩を掴まれた恭二はびくりと震えると、恐る恐るといった様子で総真に振り返った。そして目と目が合うと、しどろもどろに口を動かし始める。

 

「あ、いや……ちょっと、共通の知り合いがいたから、話を……その……」

「そうか。話し相手になってもらって悪かったな。それで、話はもういいか?」

「あ、はい……」

 

 総真が肩から手を離すと、恭二は一度ぺこりと頭を下げてから席を離れてファミレスを出ていった。

 それを見送ってから、総真ははぁっと大きな息を吐き出して木綿季に向き直った。

 

「木綿季、大丈夫だったか? 悪いな、待たせた」

 

 遠目で見た時は気が気じゃなかったぞ、とぼやく総真に、木綿季は場違いだとわかっていても焦ってくれた事実に少し喜びを感じていた。

 総真にありがとうと言ってから、木綿季は恭二が去って行った方向を見つめた。

 

「でも……あの人……」

「どうかしたか? やっぱり、何かされたのか?」

 

 心配そうに聞く総真に、木綿季は首を横に振った。

 

「そうじゃないんだけどさ。なんだか、目が怖い人だったなって……」

 

 今も思い出せる。木綿季を見ているようで見ていない目。

 まるでこの場にはいない相手、あるいは自分だけを相手にしているような言動。

 あるいは詩乃よりも彼のほうにこそ大きな悩みや問題があるのではないか。そんなふうに思えるほどに印象に残った目だった。それに、異様に詩乃に固執しているような言葉が目立っていたのも気になる。

 そんな話を聞き、総真は腕を組んで唸る。確かに、何か抱え込んでいそうな相手だと思ったのだ。それも、特定の女性に固執というのもかなり危なげである。

 しかし、相手は今日出会ったばかり。それもこの場にはいない相手だ。今更探すにしても難しいだろうし、そこまでいってはお節介かもしれない。となれば、今はあまり気にしても仕方がないだろう。

 

「名前は聞いたのか?」

 

 一応は気にしてみるか。そう思って尋ねてみると、木綿季は頷いて答えた。

 

「うん。新川恭二って言ってた」

「――新川?」

「? うん」

 

 シンカワ。それは、ごく最近に聞いた名字だった。

 そういえば、一人弟がいるとか和人は言っていたような気がすると総真は思い返す。

 とはいえ、新川なんて名字はそれほど珍しいものでもない。たまたま同じ苗字だった可能性の方が高いのはもちろんわかっていた。

 しかし。

 

「……一応、確認してみるか」

 

 勘違いだろうと、一人の女性に固執していて精神的に抱え込んでいそうな男だ。

 ザザとは関係ない全くの赤の他人だろうと、連絡だけならしておいて損はないだろう。まだ何も起こしていない人間に対して何らかの行動をとってくれるかは、甚だ疑問だが。

 まぁそれを決めるのは向こうだ。連絡するだけならタダだしな。

 とりあえず、まずは昌一の弟の名前を確認するか。そう思って、総真は携帯電話を取り出すのだった。

 

 

 

 




恭二君が本格登場。
新川昌一のことが既にわかっているので、名字から疑問を持たれるという。

彼は情緒不安定というか、躁鬱病の気があるというか、そんな感じな気がします。
詩乃に対しては普通に対応していそうですけどね。
あくまで私の想像ですが。

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