もし一人のオリキャラが増えることで、ユウキが生きるルートが生まれるなら 作:葦束良日
ごめんなさい。
――コイツは……!
俺はユウキから繰り出される剣撃を余裕を持ってかわしながら、内心舌を巻いていた。
やー!、とか、とー!、と明るくも鋭い声と共に放たれる一撃はどれもがアインクラッド攻略組に生きた俺にしてみれば、危なげなく避けられるものだ。危険を感じることもなかった。
この世界はSAOとは異なり、ステータス値はそれほど重要視されていない。あくまで本人の判断力や操作によってキャラクターの本質的な強さを決定づけている、アクション性を重視したゲームだ。
よって、始めたばかりであっても、俺は十分以上に戦えていた。二年もの長きにわたって生と死の狭間を駆け続けた事実と、そこを生き抜いたという微かな矜持が、明確な強さとなってALOでは現れているのだ。
しかし、ユウキは違うだろう。間違いなくSAOの生還者ではない。
剣の扱いがいかにも素人じみているし、ソードスキルを意識したような動き、そのクセも見られない。何より、剣の一撃に重みがない。倒すという明確な意志が弱いのだ。
確かにALOはSAOとは違う。しかし、SAOがクリアされてまだ短い。その間にあの感覚をここまで失くすことは不可能なことに俺は思えた。
だから、ユウキはSAO生還者ではない。
俺は剣を返しに振った。並みの者なら反応しきれず斬られるはず。
しかし、ユウキは危なげなくそれを一歩下がってかわした。それぐらい出来ると言わんばかりに。
――反応速度が速い……。なら……。
もう一度、今度は全力とはいかないまでもそれなりに力を入れる。
踏み込んで、一閃。
ユウキは、驚いた表情を見せながらも体を捻って横に逃れた。
――これもかわすのか!? なんだ、この速さは!?
SAOでも上から数えた方が早いと自負している己の一撃が、初心者に通じない。まるで悪い夢を見ているようだった。
俺は体勢を整えて剣を構えた。既に体に馴染みきったかつてのソードスキルの態勢。
システムサポートはもう受けられないため、それはソードスキルではないただの剣の一振りだ。しかし、俺にとっては何度も何度も繰り返してきた動きゆえに、この一撃は一味違った。
片手直剣ソードスキルの初級《スラント》。
かつての感覚のまま上段斜めから斬り下ろされる初期装備の剣。最後の時まで手にしていた相棒ではないため威力は段違いだろうが、ソードスキルとは俺たちがずっと命を預けてきた生命線そのものだ。
それを用いた一撃に、俺は絶対の自信があった。
そしてその自信が俺を裏切ることはなく。俺の剣はユウキに届き、そのHPを大きく削ったのだった。
「いやー、負けちゃった! お兄さん、強いねぇ」
対戦が終わった後、あはは、とユウキは快活に笑った。
その笑顔に俺は同じく笑って返すことは出来なかった。
この対戦を持ちかけたのは俺だ。まずはキリトと合流することと考えていた俺は、ユウキと一緒にゆっくり冒険するような時間はなかった。だから申し訳ないが対戦で力の差を見せて、言い方は悪いが……レベルが違うのだ、ということを理由に諦めてもらおうと考えていたのだ。
しかし、結果はどうだ。確かに俺は勝った。本気を出せば完勝できる自信もある。しかし、手加減をしていい相手では断じてなかった。
二年間、SAOで生きてきた俺が、である。それは間違いなく異常なことだった。
「ボクもそこそこ自信あったんだけどなぁ。やっぱり……うん! 世界は広いね!」
両手を広げて、何故かひどく嬉しそうにそう言って笑うこの少女が何者なのか。
俺はそれを確かめてみたい衝動に駆られたが、やめておいた。
MMORPGに限らず、ネット上で相手のリアルに踏み込むのはご法度だ。その根本的なルールを思い出したからであるし、同時にそう易々と尋ねていいようなことではないと何となく察せられたからである。
だから、俺はただ剣を仕舞って口を開いた。
「ソウマだ。ALOは今日が初めて」
「え?」
ユウキはきょとんとして首を傾げた。
構わずに俺は続ける。
「俺は、目的があってこの世界に来た。だからユウキが望むような冒険は出来ないぞ」
俺がそう言うと、最初は何のことを言っているのかと訝しげにしていたユウキだったが、徐々にその表情が明るいものになっていく。
要するに、それでもいいならパーティーを組もう、と言っているのだと理解したのだろう。
「もっちろん! そういう冒険もRPGの醍醐味ってものでしょ!」
心底楽しそうに笑うユウキは、俺の目を真っ直ぐ見つめると、その小さな手をこちらに差し出した。
「改めて、これからよろしくね! ソウマ!」
「ああ」
差し出されたその手を握る。
ユウキの実力なら足手まといにはなるまい、とか、何かあった時の為に戦力は多い方がいい、とか、頼まれちゃやっぱり断りづらいし、とか、俺は心の中で色々と言い訳をしていた。
しかし、なんてことはない。俺もユウキと同じ気持ちだった。
仲間と一緒に楽しむ。それがゲームの醍醐味だ。SAOというゲームを経験していながらも、その本質を忘れたわけではない。
俺は握り返してくる手の温かさを感じながら、そんなことを思っていたのだった。
*
やがて、シルフ領の宿屋にてキリトと合流した俺はまずはお互いの再会を喜び合った。
SAOにおいて、キリトとは頼りになる仲間であり、また実力が拮抗したライバルでもあった。幾度となく行ったデュエルにおいても、勝率は俺が四割でキリトが六割とおおよそイーブンであった。
それもあり、俺たちはお互いに一種の共感を抱いていた。年齢こそ俺の方が上であったが、その在り様は親友のそれといっても過言ではなかっただろう。
それこそ、ゲーム内でキリトの妻であるアスナに焼餅を焼かれたことすらあるほどだ。彼女もそれが友情ゆえの親密さだと理解はしていたが、曰く「私の知らないキリトくんをソウマくんが知っているのが、わかっていてもモヤモヤする」だそうだ。
ちなみに実力はほぼイーブンと言ったが、それはキリトがユニークスキルである《二刀流》を取得する以前までのことだ。さすがにあれを持ち出されたら俺の勝率は下がるだろう。
まぁ、状況や戦術によっては俺でも勝てるだろうが。決して勝てないと言わないのは、事実であると同時に俺の意地でもあった。男の子には譲れないものもあるということだ。
ともあれ、キリト側にも連れとしてSAOでも話には聞いていた少女、ユイ。シルフ族の少女、リーファがいたが、俺たちは無事合流と相成ったわけだ。
そして交流を深めるリーファとユウキの傍ら、俺とキリト、そしてナビゲーションピクシーとなっていたユイは互いの情報を交換し合った。
目的はアスナの救出。その場所は世界樹上。そのためにもまずは世界樹に向かうこと。俺たちの持つ情報に大きな差はなかったが、とにかく協力態勢を築くことは出来た。
そして今度はリーファとユウキも交えての話し合いが行われた。雑談も交じったものであったが、その話はやがて俺とキリトの目的へと移り変わる。
世界樹が目的地であると話すと、リーファは言った。世界樹の攻略には時間がかかる。それをリーファは当たり前だと言った。しかし、キリトにとってはそうではない。思わず声を荒げるほどに。
「人を、探してるんだ……」
続けて重々しくキリトがそう口にし、俺はそれに頷く。
「その人が、いるかもしれないんだ。あそこに。だから、俺たちは行く」
いっそ痛々しいほどに苦い顔をしているキリトの肩を叩き、そう宣言した。
これはどうあっても譲れないことだ。今この瞬間にも、アスナがどうなっているかわからない。いつまでも無事でいる保証はない。そもそもSAOが終わったというのにゲーム内に囚われているという現状が異常事態なのだ。時間の猶予など、考えられるはずもなかった。
しかし、それはあくまで俺たちの都合だ。彼女たちを付き合わせるわけにはいかない。そう思って、ここからは俺たちだけで、と提案して席を立とうとした俺たちに、リーファが待ったをかけた。
「私が、案内する!」
いやそこまで世話になるわけには、とキリトが遠慮する中、リーファは強引に明日早速連れて行くと待ち合わせの約束まで取り付けると、宿の上に上がっていった。一度ログアウトをしに行ったのだ。
それを礼と共に見送ったキリトが、今度は此方に目を向けてくる。
「えーっと、ソウマ。なんかそういうことになったみたいだ」
「お前は本当にいい性格してるよ」
出会ったばかりの少女が、思わず助けてやりたくなるような人間性というか、雰囲気というか。それもキリトの真摯な思いからくる言葉と態度あってのものだろうが、それでもここまで人を惹きつけるキリトは、やはり凄い奴だと思う。
まぁ、そう言う俺もそんなコイツに好きで付き合ってるんだから、リーファの気持ちもわからなくはない。
「パパ、浮気はダメですよ」
「しないって!」
ユイに釘を刺されつつ、キリトもまたログアウトするために宿の上で休むと言って上がっていく。そしてこの場に残されたのは、俺とユウキだけになった。
改めて、ユウキに向き直る。
「ユウキはどうする? 聞いていた通り、俺たちは世界樹を目指す。攻略が不可能に近いらしい世界樹をひたすらにな。たぶん、のんびり楽しい冒険にはならないぞ?」
ただこのALOを楽しみたいのなら、ここで別れるべきだ。ずるずると付き合ったって、お互いにいいことはない。
そう考えての提案だったが、それにユウキは唇を尖らせた。
「それがここまで一緒に来た相棒に言う言葉なのぉ? ボクも行くよ、当然ね」
「いや、けど……自分の友達とかと一緒に遊んだ方が、たぶんALOを楽しめるぞ?」
気を利かせてそんなことを言えば、ユウキの表情が暗くなる。俺はこの天真爛漫な少女が、そんな表情を浮かべることに驚いた。そして、それゆえにそれは余程のことなのだと察せられ、俺は一瞬でバツが悪くなってしまった。
「……いいんだ。今はちょっと、皆にも会いづらいから。あ、だからってソウマを逃げ道にしてるわけじゃないよ!」
「あ、ああ」
「それに、ソウマだってもうボクと友達でしょ。リーファとキリトもね。だから、明日はボクも行くからね!」
そう断言するユウキに、俺は一種の憧憬を覚えた。
ここまで臆面もなく出会って僅かな人間を友達だと言い切り、事情を知らずとも助けに行くと言える純粋さは、もう恐らく俺にはないものだ。
きっと誰もが持っているが、遅かれ早かれ失くしていくものだろう。
それをきちんと大切に持ち続けているこの少女が、俺にはどこか眩しく映ったのだった。
そして、その無垢な優しさからくる申し出を断る術など、俺にはなかった。
「ありがとう。よろしく頼む」
その返答に、ユウキは任せてと言わんばかりに笑った。
この時、俺は初めてこのユウキという少女と仲間として本当に向き合ったのかもしれなかった。
*
翌日、ログインしてシルフ領の宿屋で目を覚ました俺たちは、まずはリーファに街を案内してもらい装備を整えた。そして、シルフ領で一番高い塔に行くというリーファについてその件の塔――《風の塔》の屋上へと向かっていた。なんでも、高い所から滑空することで少しでも飛距離を稼ぐためだとか。
途中、リーファがかつてパーティーを組んでいた一団から絡まれる場面もあったが、大事には至らなかった。シグルドという男はリーファというパーティーの仲間を、己のアクセサリー程度にしか思っていないような小さな男だったからだ。
無論、そんな男の持論に迎合するキリトや俺ではなく、論破したところ激昂した。俺たちは呆れたものだったが、それでも体面を気にしてか力技に出ることはせず、捨て台詞と共に去って行った。
ユウキも「感じわるーい」と膨れていたが、それよりもリーファのことが気にかかった。スプリガンやインプの俺たちと行動を共にする、と宣言し、シルフ領の所属から抜けるとまで言ってしまっていたからだ。
「リーファ……その、ごめん。俺たちの為に……」
キリトが謝ると、リーファは驚きながらも首を振った。
「ううん。私、いつかはここを出るつもりだった。それが早くなっただけよ」
そう言ってリーファは塔を駆け上った。俺たちもそれに続き、やがて――満天の蒼穹と眼下に広がる大自然のコントラストが、俺たちを迎え入れた。
「――う、わぁっ……!」
ユウキがこらえきれないとばかりに感嘆の溜め息を漏らした。
もちろん、俺も同じ気持ちだ。これほどまでに美しい景色を見ることが出来るとは、思っていなかった。
「私、自由に飛びたかったの」
風に揺られる金の髪を抑えながら、リーファが言う。
「でも、現実でもゲームでも、やっぱりしがらみみたいなものはあって。どこにいっても同じなのかなって、思ってた」
リーファが空に手を伸ばす。
ふと見ると、ユウキも同じように手をかざしていた。その表情は驚くほどに真剣で、少し息を呑む。
「この空を見ると、そんな色々がちっちゃく思えちゃう。でも一人になるのはやっぱり怖くて……。せっかくこんなに立派な翅があるのに、飛び立てなかったの」
そこまで言って、リーファはくるりとこちらに振り返った。その顔にはどこかすっきりとした笑みが浮かんでいる。
「だから、キリトくんにソウマくん、ユウキには感謝してるわ。ありがとう」
風に煽られる金のさざ波がその笑顔を一際煌めかせる。半透明の羽根を背中に生やした彼女の姿は、それこそ物語で語られるような妖精の姿そのものに見えた。
その美しさに、俺とキリトは一瞬反応が遅れつつも「どういたしまして」と返す。
そしてユウキは、
「リーファぁ!」
「え、きゃあっ!?」
何故か一目散にリーファ目がけて飛び込んでいた。
「わかる、わかるよー! 自由に、どこまでだって行ってみたい気持ち、ボクすごいわかる! だって、ボクたちは生きてるんだもん、ね!」
「ね、ってそうだけど……! ちょっと胸に息が、くすぐったいって……!」
ぐりぐりと頭を押しつけて感情を表現するユウキと、恥ずかしそうに身をよじりながらもどこか抵抗しきれていないリーファ。
まるで姉妹のような二人のじゃれ合いに俺とキリトは苦笑いを浮かべて、肩を竦めあうのだった。
少し後、ついにたまりかねたリーファが「いい加減にしなさいっ!」と言って、ユウキに拳骨を落とす時までそのじゃれ合いは続いた。
その後、後を追ってきたというリーファの友人・レコンという男から「リーファちゃんをよろしく」と頼まれつつ、俺たちはついに世界樹へ向けて出発した。
そうして幾らかの距離を飛行で稼いで、降り立ったのはシルフ領北東に広がる広大な森。通称「古森」。各種族いずれの領にも属さない、中立域と呼ばれる場所である。
そこに降り立ち、現れるモンスターたちを俺とキリトとユウキで千切っては投げしていると、リーファが「この人たち、ホントなんなの……」と頭を抱えていた。俺たちが三人とも同時期にプレイを始めた初心者だと話してあるからだろう。
ちなみにキリトもユウキのやたら高い戦闘能力には驚いていた。剣筋自体はそこまで鋭くないのだが、体の動きと剣の振りが恐ろしく速いのだ。そして、ソードスキルを意識した動き等々をはじめとしたSAO経験者のクセが見えない事にも気づいたのだろう。二重で驚いていた。
ともあれそんなわけで大きな問題もなく進んできた俺たちは、巨大な山の目前まで来ていた。リーファ曰く、この山の高度が飛行可能限界高度よりも高いせいで、ふもとの洞窟を抜けなければ向こう側には行けないらしい。
一度入ったらそのまま突破したい、ということで俺たちはここで小休止を取ることになった。
まずはリーファが休憩に入る。ログアウトしたことで、中身がなくなったリーファのアバターがふらりとよろめく。それをユウキが優しく座らせた。
こうして空っぽのアバターを仲間が守り、交代でログアウトすることを「ローテアウト」と呼ぶらしい。
そしてもう一人、キリトにもログアウトを行ってもらう。二人が帰ってきたら、今度は俺とユウキがログアウトする。効率を考えると、二人ずつ行うのは当然だった。
そんなわけでキリトもいなくなり、今この場にいるのは俺とユウキ、あとユイだけとなった。
その時、俺はふと気がついた。
「そういえば、まだちゃんと挨拶をしてなかった」
「?」「なに?」
二人が疑問符を浮かべる中、俺はユイに向き直った。
「遅れたけど、はじめまして。ソウマだ。キリトとアスナの、まぁ友達だな。よろしく」
俺がそう言って軽く会釈をすると、ユイは「あっ」と声を上げた後に満面の笑みを浮かべた。
「こちらこそ、パパとママの娘のユイです! よろしくお願いします!」
ユイは可愛らしく頭を下げた後、「パパの言う通り、優しい人ですね」と俺のことを評した。あいつ、何を言ってやがるんだ。
「じゃあ、ボクも。はじめまして、ユウキです。よろしくね、ユイちゃん!」
「はい! よろしくです、ユウキさん!」
ユウキとユイもぺこりと頭を下げ合う。そんな何とも和やかな雰囲気になったところで、俺の一言を耳ざとく聞いていたユウキから疑問が出る。
「そういえば、アスナさんって? ユイちゃんがママって言うってことは……」
「ああ。キリトの恋人だ」
「ママです!」
「え、え?」
俺とユイの言葉でユウキは混乱していた。「キリトのママ……ってことは、お母さん? でも恋人……んん?」といった感じに。
それを眺めているのも楽しそうだったが、ひとまずここは真相を告げることにした。
「前にやっていたゲームに《結婚システム》があってな。二人はそこで結婚していたんだよ」
「ケッコン……ぇ、えええええっ!」
「そんな驚くことか?」
俺は大げさに驚いたユウキに逆に驚く。
確かにSAOでの結婚はある意味では特別だった。あの世界では、互いのストレージの共有などの結婚時に発生する現象はとてつもなく大きな意味を持っていた。いい意味でも、悪い意味でもだ。
だからこそ、結婚をするにはそれこそかなりの覚悟と愛情が必要だった。しかし、それはあくまでSAOでの話だ。他のMMORPGでの結婚は、もっと手軽に行えるものである。
だからこそ、そこまで過敏に反応することはないと思うのだが……。
しかしユウキは俺の言葉など聞こえていないようだった。
「けっこん……結婚かぁ。いいなぁ、憧れるなぁ」
「ユウキには、まだ先の話か」
半ばからかい混じりにそう声をかければ、ユウキは「そうだねー」と神妙な声で返事をした。
その声音に訝しんでその顔を見れば、そこにはどこか作り物めいた笑顔を表情に張りつけた少女の姿があった。
「……結婚、ボクもいつかできるんだ。すごいなぁ……」
まるで、そんなこと考えたこともなかった、と言わんばかりだった。
いや、違う。考えたことはあるのだろう。でなければ、憧れるなんて言うはずもない。
ならこれは……。
――まるで、考えてはいけない事だったみたいな……。
そこまで考えて俺ははっとして頭を振った。
これ以上は邪推というものだ。ネットでは相手のリアルに踏み込まない。誰もが知っているルールである。このルールを破ったがゆえのトラブルなど数えきれないほどにある。もはやこれはルールというよりは常識に近い。
が、しかし。
それはあくまで一般的な状況に照らし合わせたうえでの常識に過ぎないというのも、事実だった。
「ユウキ」
「ん、なに?」
「俺は、お前がこうして俺たちに付き合ってくれていることに感謝してる。ありがとう」
「え? あはは、気にしないでよー。ボクが好きでやってるんだからさ」
俺は一つ頷いた。
「だから、もし俺がお前の助けになれることがあるなら、その時は遠慮なく俺を頼れ」
「……ソウマ?」
「友達だろ? 俺たちは」
ユウキは何か悩みを抱えている。それは間違いないことだろう。
しかし、それを会って一日程度の、しかもネットでの付き合いでしかない俺が訊けるはずもない。それはあまりにも不躾であるし、不誠実な気がする。
だから、まずは俺の気持ちを伝える。俺は必ずお前の力になる、とその事実をまずは伝えておく。
もしユウキがその悩みをどうにかしたいと思った時に、その選択肢が少しでも増えるように。そうすることで、少しでもユウキの心の負担が軽くなるように。
一人で悩まないという選択肢があることを教えておくことは、きっと無駄ではないことだろう。そう信じたかった。
ユウキは黙ったままだった。俺も何も言わない。
けれど暫くして、ユウキは口を開いた。
「ね、ソウマ」
「なんだ?」
「ちょっと握手して、いい?」
「あ、ああ……」
奇妙なお願いをされ、しかし特に断る理由もなく俺は手を差し出す。
ユウキはそんな俺の手を恐る恐る握ると、ほんの少し強く力を込めた。
「ゲームなのにね、あったかいや」
「温度の高低を感じるのも結局は脳への電気信号だからな。それを直接アミュスフィアがやり取りしている以上、五感は大よそ完璧に再現できているだろうさ」
「あはは、そうだね」
俺の回答の何が面白かったのか、ユウキは小さく笑う。そこに暗いものは無く、俺は何となく安堵していた。
「ありがとう、ソウマ。その時は頼りにさせてね」
それが俺を頼れという言葉への返事であると悟り、俺は「おう」と短く返した。
瞬間、
「ただいまー! 二人とも! ……ってあれ? どうしたのユウキ?」
「な、なんでもないよ! うん!」
瞬く間に握っていた俺の手を離したユウキは、一足分ほど俺から飛びのいて距離を取っていた。
さすがに異性の手を握っているシーンを他人に見られるのは恥ずかしかったらしい。実年齢は知らないが、恐らくは中高生ほどであろうユウキの年代であれば特にそういったことは気にするものなのだろう。
まぁ俺とて恥ずかしくないわけではない。なので首を傾げているリーファには、そのまま謎にしておいてもらおう。
「じゃあ、リーファ。キリトが帰ってきたら俺たちもログアウトするから、俺たちをよろしくな」
「うん、了解!」
とん、とリーファは胸を叩く。女性の平均よりも明らかに大きなそれに一瞬目が行くが、さすがに失礼だと意識を働かせて意図的に目を逸らした。
すると、不意にユイが俺の傍にやって来た。
「ソウマさん、ソウマさん」
「ん? どうした、ユイ」
「ユウキさん、なんか様子が……」
ユイが指をさし、その先を俺が目で追う。
するとそこには、先ほど俺の手を握っていた手を顔の前に掲げ、閉じたり開いたりを繰り返しては首を傾げているユウキの姿があった。
それを見て、俺はなるほどと頷いた。
「確かに、様子が変だな」
「ですよね。ソウマさんの手を握ってから――」
「ユイ、ストップだ。そのことは内緒にしといてくれ」
「はい? 何故ですか?」
純真な瞳を広げて小首をかしげるユイに、俺はそのわけを説明する。
「単純に恥ずかしいからだ。普通、年頃の男女はみだりに触れ合ったりはしないのだよ」
「でもパパとママは」
「結婚してれば別だ」
「なるほど……わかりました!」
元気よくユイが頷くのとほぼ同時に、キリトがリアルから戻ってくる。
それを見届けて、今度は俺がいったんログアウトする。その際、ログアウトしようとしている俺に気付いて、慌てたようにユウキも続いてログアウトしようとする姿に苦笑しつつ、俺は現実世界へと戻っていった。
ずっと忙しくて物を書く時間もありませんでしたが、更に忙しくなったので久しぶりにリハビリもかねて筆をとりました。
テスト前に部屋の掃除をする気持ち……よくわかります。