もし一人のオリキャラが増えることで、ユウキが生きるルートが生まれるなら   作:葦束良日

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20 朝田詩乃Ⅲ

 

 

 詩乃はなんだか不思議な感覚を覚えていた。

 この街で親しいと言える人物なんて、昨日まで恭二ひとりしかいなかった。いや、今でもそうかもしれない。

 かつては遠藤らをそう思っていたこともあったが、今は違う。となると、やはり彼しかいないということになるだろう。

 この半年ほどで友人と呼べる相手は恭二だけだった。半年間、慣れない街で友人一人。改めて思うと酷い交友関係だと詩乃は自嘲する。

 

 しかし、昨日から知り合った少女――木綿季は、そんな詩乃の交友関係に一石を投じる存在だった。

 天真爛漫、明朗快活、素直で純粋、笑顔が眩しい女の子。自分とは正反対だなと思うほどに、木綿季は明るい存在だった。

 昨日の数十分ほどしか会っていないというのにそれがわかるほど、木綿季という少女の明るさは深く詩乃の心にも残っていた。

 

 だからこそ、昨日の別れ方を詩乃は気にしていた。彼女にとっては全く詩乃の発作など想像もしていなかっただろうし、きっと心配をかけたと思っていた。

 怖かっただろうに、他人である詩乃を助けるために動いてくれるような子だ。あんな風に飛び出していって心配しないはずがない。それを本当に悪いことをしたと詩乃は後悔していたのだ。

 出来れば謝りたかったが、もう会うことはないだろうなと漠然と思っていただけに、この再会は詩乃にとっても嬉しいことであった。

 

 そして、そんな少女とその彼氏である男と今、詩乃は同じテーブルでコーヒーを飲んでいる。

 昨日までは間違いなく同じ席に座ってお茶を飲む存在なんて恭二しかいなかっただけに、僅か一日でのこの変化に、詩乃は奇妙な感覚を覚えているのだ。

 

 ……と、そんなようなことを何故いま詩乃が振り返りつつ考えているかというと。

 

「あ、総真。そっちのケーキいいなぁ。一切れちょうだい?」

「なんで自分で頼まなかったんだ、まったく。……ほら」

「いやー、えへへ。人が食べてるのを見てると食べたくなる時、ない? あ、あーん」

「言いたいことはわかるけどな」

「んん、おいしいっ」

 

 といった目の前で繰り広げられる木綿季と総真の一連のやり取りに、居たたまれなさを感じた故の現実逃避であったからだった。

 

 詩乃とて女の子だ。少女漫画も読むし恋愛小説にだって目を通す。

 色恋ごとに興味が微塵もないわけではないのだが、他人の仲睦まじい様を間近で見るのが楽しいかと言われれば話は別だ。こうも居たたまれなくなるというのは、詩乃も初めて知ったが。

 若干じっとりとした目になっていることを自覚しつつ、カップを持ち上げて、ずずずとコーヒーを啜る。適度な苦みが心地よかった。

 

(それにしても、大学生か……)

 

 木綿季の隣に座り、笑っている男に目をやる。

 高谷総真。現在大学生の二十一歳。昨日、木綿季に聞いたところの彼女の思い人。そして今の様子を見ていれば、彼のほうも木綿季のことを憎からず思っていることはすぐに分かった。

 この場に誘われてから自己紹介がてら幾つか話してみた感じとしても、悪い人ではなさそうだ。

 木綿季とは昨日知り合ったばかりだが、その人となりがとても好ましいものであることを詩乃は十分わかっている。そんな少女が抱く恋が悲恋にならずにすみそうであることは、詩乃としても喜ばしいことであった。

 

 普段から人が寄り付かず、また自分からそうしている所もある詩乃にとって、他人に対して素直にそう思えることは少々の驚きでもあった。

 それだけ木綿季という少女の明るい雰囲気が詩乃にとって居心地のいいものであったのか、それとも単に詩乃自身が心のどこかで人寂しく思っていたのか。

 いずれにせよ、自分にもまだ普通の人間としての感性はきちんと残っているようだ。そう自虐めいたことを考えて、詩乃は小さく口元に笑みを乗せた。

 

「そういえば、詩乃さんって普段は何してるの?」

「私?」

 

 総真とのやり取りを終えて、木綿季はそう詩乃に話を振った。

 コーヒーカップを傾けていた詩乃は、その質問に少し考える素振りを見せながらカップをソーサーの上に戻す。

 

「別に、変わったことはしてないわよ。学校に行って、そのあとは部屋に帰ってゲームやったり家事をやったり、宿題をやったり。それだけ」

 

 我ながら面白味のない、ごく普通の生活だった。しかし、木綿季は興味深そうに「へぇ!」と相槌を打つ。

 

「詩乃さんもゲームやるんだね。なんだか、文学少女って感じだったから、ちょっと意外かも」

 

 恐らく詩乃が眼鏡をかけていることもその印象を抱かせる要因だろう。

 詩乃は木綿季に微笑みながら、ずれた眼鏡を直した。

 

「確かに本も好きよ。でも、ゲームだって馬鹿には出来ないなって最近は思ってるの」

 

 やはりVR技術が発展したからだろう。昨今のゲームは本当に馬鹿に出来ない。特にGGOを始めてから詩乃はその事を本当に実感していた。

 あれはハマりこむ人間が出てくるのもわかる。そう心底納得したほどだった。

 木綿季もまた詩乃の意見には同意なのだろう。しきりに頷いていた。

 

「詩乃さんは、なんていうタイトルのゲームをやってるの?」

 

 問われ、詩乃はなんでもないように答えた。

 

「GGO――ガンゲイル・オンラインっていうゲームよ。銃で撃ちあって戦う、鉄臭いゲーム」

「へぇー。ボクはもっぱらファンタジーで剣ばっか振ってるからなぁ。なんだか新鮮――って、総真? どうしたの?」

 

 ふと木綿季の視線が隣に向かい、詩乃もつられるようにそちらに目を向ける。

 そこでは、総真が何やら含むものがあるような複雑な表情をしていた。訝しげに見ていると、その表情が苦笑に変わる。

 

「いや……ただ、聞いたことがあるタイトルだったからな」

 

 その言葉は、なるほど納得がいくものだった。

 確かにGGOはそれなりに有名だ。RMT(リアルマネートレード)が出来るという点や、そのおかげでプロがいるという点も名を知られる理由だろう。

 おまけに一大イベントであるBoBが今夜に迫っている。一部のネットニュースでも開催は取り上げられているから、一般にもGGOが知られているのはそれほど不思議な事でもない。

 

「あ、やっぱり有名なんだ。ボク、銃には詳しくないからなー」

「まぁ、女の子っぽくない趣味なのは間違いないわね」

 

 実際、GGOの中で女性プレイヤーの比率は少ない。他の例えばALOなどといったタイトルとは比べ物にならないだろうと詩乃は考えている。

 それはやはり、GGOという世界観がどちらかというと男性的な造りになっているからなのだろう。であれば、木綿季のような反応は当然と言えた。

 しかし、木綿季は自分の発言が詩乃に女の子らしくないという意味で伝わったのかと勘違いした。慌てて、言葉を続ける。

 

「でも詩乃さんってカッコいいから、銃で撃ちあうっていうのも似合いそうかも」

 

 外国の映画みたいに、とスパイなのに目立ちまくっている世界的名作スパイ映画のタイトルを木綿季が挙げると、詩乃は苦笑いになった。

 

「ありがとう。でもゲームだと私はスナイパーだから、撃ちあうなんてことは早々ないのよ。ボンドよりはゴルゴ寄りかしら」

「詩乃さんがゴルゴ……? 想像できない……」

 

 ゴルゴといえば日本の漫画としても有名なスナイパーだが、その容姿は詩乃とは似ても似つかない濃い強面の巨漢である。

 木綿季はそのイメージと目の前にいる小柄で大人しげな少女の姿がまったく重ならず、腕を組んで唸り声を上げた。

 

「まぁ、あくまで役割が、だけどね。武器だって私は対物ライフルだけど、彼はアサルトライフルで別物だし」

 

 などと詩乃が言ってひょいと肩をすくめると、突然カップとソーサーがぶつかる音が耳に届く。

 驚いて音源へと目を向けると、そこには何やら驚いた顔でカップをソーサーに置いた総真が固まっていた。

 

 木綿季も気づいたのか、「あれ、総真どうしたの?」と手をその顔の前でひらひらと振る。それに僅かに間を置いて反応を示した総真は、「あー、なんでもない」と振られている木綿季の手を止めて問題ないことをアピールしながら、曖昧に笑う。

 そして、総真の目が詩乃に向かう。何やら思うところありげな様子に首を傾げつつ、視線を受け止める。

 口元をもごもごと何度か動かした後、総真は困惑したような顔のまま、熱いものにゆっくり手を伸ばすようにソッと口を開いた。

 

「あー……その、詩乃……シノンさん?」

「はい……って、えっ? 今、シノン、って……」

 

 それはGGOでの詩乃のプレイヤーネームである。そして、その名前は詩乃が一度も彼らの前で口にしていないはずであった。

 確かに本名をもじっただけの簡単なものだが、あてずっぽうで当たるものでもない。

 それゆえに驚き、どういうことかという疑問が詩乃の中に膨らむ。

 そして、ふと気がついた。

 

 目の前の男の名前が、自分が知るプレイヤーと寸分違わず一致していることに。

 

 一度はそんな偶然があるわけはないと否定した可能性が、にわかに現実味を帯びてきた。

 詩乃は、恐る恐るその思い当たった可能性を口にする。

 

「ま、さか……あなた、ソウマ?」

 

 つい先ほど口に含んだばかりのコーヒー。その時に得られた水分など、もはや全く口内に残っていなかった。

 乾いた唇を湿らせて、どうにかそう疑問をぶつけた詩乃の表情は驚き一色で染まっている。

 そして、その本名と同じでありながらも異なるニュアンスで名を呼ばれた総真は、居心地が悪そうに頭を掻いて、ゆっくりと首を縦に振るのだった。

 

「やっぱりか……。昨日ぶり、だな。シノン」

 

 それは、自身が《ソウマ》であることを肯定する返答であった。

 

 あまりのことに詩乃の思考がフリーズする。確かに詩乃はソウマとの会話のことを強く意識していた。ふとした時に、気付けば昨日交わした話の内容について考えを巡らせているほどだ。

 それは、それだけ詩乃にとってあの時ソウマから聞いた話は、自身の今後を左右する大事なものだと感じたからだ。

 この現実世界、そして日本において、詩乃のように誰かの命を奪った経験がある者は極端に少ない。それはつまり、詩乃の抱える気持ちを真に理解する者の数もまた少ないということに他ならなかった。

 同じ体験をしていなくとも理解してくれる者はいるだろう。しかし、それは同じ体験をした者よりも少数であるのは明白だ。なにせ実体験ではないのに理解できるというのだ。そんな人物が沢山いるなら、心療患者の数はもっと少ないはずだった。

 それだけ詩乃の気持ちを多少なりともわかる人物というのは貴重だった。それがわかるから、詩乃は他人に理解を求めてこなかったし、理解されるはずもないと思っていた。

 

 けれど、いたのだ。手の届く範囲に。同じ体験を持ち、そのことに悩み、そして詩乃よりも先に進んでいる人物が。

 そんな男から語られる話が詩乃にとって無価値であるはずがない。むしろ、詩乃にとって天啓にも近いそれは希望だった。

 何年もこの問題に悩み、苦しんできた詩乃にとって初めて、明確にこうすればその悩みは解決すると道を示してくれるかもしれない人物なのだ。

 それが希望でなくてなんだというのか。

 

 詩乃は、そんな人物が再び現実世界で目の前に現れた驚きについ思考が止まってしまったが、すぐに我を取り戻す。

 そしてもう一度あの話について聞きたいと言おうとしたところで、先に総真が席から立ち上がった。

 

「……悪いな、俺がいちゃ気分悪いだろう。すぐ出ていくよ」

 

 総真はばつが悪そうな顔でそう言った。

 詩乃がシノンなら、総真がかつてSAOにて人を殺したという事実を知っているからだ。普通ならば、そんな人物と相席したいとは思わないだろう。

 そう思ったからこそ、昨日の別れ際にもフレンド登録は削除していいと言っておいたのだ。それに、ゲームの世界だけならば、最悪、ソウマがGGOから去ればいい。それだけでシノンに会う可能性はなくなる。

 たとえ噂になっても、やはりGGOから去れば本人のいない真偽不明の噂など立ち消えるだけだ。

 だからこそ、あそこまで話したのだ。どう転んでも、ソウマが去るだけで問題はなくなるから。それがまさか現実世界で会うことになるとは思っていなかった。

 

 もし人違いならそれでも良かったのだが、つい好奇心に負けて確認した結果がこれだ。

 これなら、知らない顔をしていればよかったし、昨日あそこまで話すべきではなかったかもしれない。そう思い始めていた。

 きっと、詩乃には嫌なことを思い出させてしまったはずだ。そう考えて総真は立ち上がったのだった。

 

「それじゃあな。木綿季とは、少し話でもしてやってくれると――」

 

 とにかくまずは自分がいなくなること。

 そう考えてレシートを持ったところで、

 

「待って!」

 

 と店内に響き渡るような声が少女から発せられた。

 全員の目が一斉にその少女に向く。そのことに詩乃は気づいて、勢いのまま立ち上がっていたのですぐに座る。総真ももう一度腰を下ろすと、じっと詩乃を見つめた。

 なぜ呼び止めたのか。そんな意味が込められた視線に、詩乃は膝の上でぐっと拳を握りこんだ。

 今ここで話を聞かないと、後悔することになる。そんな直感にも似た感覚と、逃れがたい過去から解放されるための僅かな糸口に縋るような思いで、詩乃は顔を上げて総真を見た。

 

「……ごめんなさい。でも、お願い。あなたに聞きたいことがあるの。だから、その……」

 

 時間をもらえないか。そう言って詩乃は頭を下げた。

 自分のお願いが総真にとってどれだけ残酷なお願いであるかなど詩乃にはわかっていた。

 

 たとえば総真の立場が詩乃なら、詩乃は自分の過去を話したいと思っただろうか。

 答えは否だ。

 

 そんな過去など、二度と思い出したくないし触れられたくない。

 

 そう思うのが普通のはずだ。

 だというのに、詩乃はそこに踏み込もうとしている。同じ体験をして、実際にその過去によって苦しめられている詩乃だからこそ、その重さは十分にわかっているのに、だ。

 

(けど……それでも……!)

 

 恥知らずなことをしているという自覚はあった。他人に話す苦しみをわかっていながら尋ねる行為が、どれだけ総真に負担を強いているのかも。

 詩乃は自分を内心で責めながら、それでも頭を下げ続けた。

 それはやはり、詩乃にとって総真の話とは溺れる者が掴む藁のように、か細くも微かな希望だったからだ。

 

「……わかった」

 

 果たして、その返事が聞こえたのは一分後か、十分後だったのか。それとも数秒後だったのか。

 時間感覚などまったく意識していなかった詩乃にとってはわからないが、とにかく待ち望みつつも難しいだろうと思っていた答えが聞こえて、すぐに詩乃は顔を上げた。

 

「本当に、いいの……?」

 

 信じられずに、ついそう問いかけると、総真は微苦笑を浮かべた。

 

「そんな顔して頼まれちゃあな……。断れるかよ」

 

 詩乃には当然今の自分の表情など分からないが、恐らくはだいぶ追い詰められた顔をしていたのだろうということは想像できる。

 思わず自分の頬に手を当てていると、総真は横に座っている木綿季に申し訳なさそうな顔を向けた。

 

「悪いな、木綿季」

「ううん。詩乃さんにとって、きっと大事な事なんだよね? それに、もし困っている詩乃さんを放ってボクとのデートを優先していたら、それこそボクは怒ってたよ」

 

 木綿季はそう笑って、詩乃の不躾なお願いも許してくれた。

 デートを邪魔されたなら普通は怒るはずだ。しかし、木綿季はそれよりも詩乃の都合を優先してくれた。詩乃にとっての大事ならば、そっちのほうが大事だと言わんばかりだった。

 こんなに純粋な子がいるのか、と詩乃は驚きと感謝で胸がいっぱいになった。そうすることが人として正しいと理解しながらも、実際に行動に移せる人は多くないだろう。

 その中で心の底からそう思って行動できる木綿季の純粋さ、その得難さに「ありがとう」と詩乃は言葉にして感謝を示す。

 それに木綿季はにこりと笑って「ううん、詩乃さんは気にしないで」と返した。

 

「でも、総真」

「うん?」

「……ボク、GGOでこんなに親しい女の人がいるなんて知らなかったんだけど?」

 

 途端、総真の顔にさっと青みが走った。

 

「ま、まあな。いちいちフレンドを報告することもないだろう?」

「それはそうだけどさ。んー……まぁいっか。またGGOでの話もちゃんと聞かせてね」

 

 一瞬不満げに頬を膨らませた木綿季に焦った総真も、再び木綿季の表情が元に戻ると目に見えてホッと胸を撫で下ろしていた。

 

 GGOで《飛鷲(イーグル)》と呼ばれる凄腕プレイヤーであり、自分と同じ体験をしながらも先に進んでいる男である総真が、七つも年下の少女に振り回されている。

 

 その姿がなんだか可笑しくて、詩乃は少しだけ重かった気持ちが軽くなるのを感じるのだった。

 

 

 

 




がーっと一気に書きたいけど、なかなか進まない……。
転職ってやっぱり結構負担が来るんだぜ、ムムム。

さてさて、結構あっさり互いの関係は判明しました。
このへん、ユウキが移植相手だとなかなかわからなかったALO編とは逆ですね。
そして詩乃のお話も核心に迫ってきたところで、GGO編もこれから進むと思います。

最初は、「キャリバー編書くならGGO書かなきゃシノン出せないじゃん」と思って書き始めたんだけどなぁ……。
なんだか長くなってて想定外だったりするGGO編でした。

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