もし一人のオリキャラが増えることで、ユウキが生きるルートが生まれるなら 作:葦束良日
山岳地帯に所在を持つインプ領は、その大部分が常に闇に覆われている。その中において例外的に光が降り注いでいるのが、最初のログイン時に種族をインプ族にした者がスタート地点として降り立つ、インプ領の首都である。
とはいえ山の合間に茂った森林の中にあるため、こちらもやはり暗い。闇妖精という点を考えれば設定上仕方がないことではあるのだろうが。
しかし、決して鬱々とした暗さではないし、何となく気持ちが落ち着くこの街が俺は意外と嫌いではなかった。
そしてそれは、ユウキも同じようだった。
あれ以降俺はユウキを皆に紹介し、すっかり一緒に遊ぶ仲間となっていた。キリトやリーファ、アスナ、クラインにエギル、リズ、シリカなど、今やすっかり顔なじみとなっており、幾度もALOを楽しんでいた。
皆でワイワイと遊ぶのは、もちろん楽しい。けれど、たまには思い切り羽を伸ばしたくなる時もあるのが人間というものだ。そういう時、俺は決まってインプ領に行くようになっていた。
はじめは俺だけがふらっと時間を潰すだけだったのだが、どこで知ったのかユウキも俺に付き合うようになり、今では二人揃ってこの街で過ごすことが定番となっている。
その流れで、皆といる時にもユウキと組むことが自然とそれまで以上に多くなった。最初は互いにちょっとした遠慮もあった気がするが、今やそんな感覚はなくあけすけである。馴染めば馴染むものだ。
冗談を交えながらユウキと過ごすこの時間は、俺にとってとてもリラックスできる時間だった。明るく素直で、表情がコロコロ変わる様子は眺めるだけで楽しくなる。
ユウキが話し、俺が頷く。俺が話すと、ユウキが大げさに驚いて、可笑しそうに笑う。からかってみれば、ふくれっ面を見せるもののすぐに破顔して許してくれる。そして俺の手を取って走るユウキに苦笑しながらも抵抗せず、二人で小さなクエストを見つけては挑戦する。
ALOの復活からまだ二週間しか経っていないが、そうは感じさせないほどにこの世界に親しみを感じ、そしてすっかり楽しんでいる俺たちなのだった。
そんなわけで、今日も今日とて俺はキリトらとともにちょっとしたクエストを攻略していた。そしてそれが終わり一段楽したところで、さぁこれからどうしようという話になった。
俺は今日の行動を共にしていたメンバー――キリト、エギル、リズ、シリカ、ユウキといった面々を見渡す。アスナが欠けているのは、病院でのリハビリがあるからであり、リーファは学校、クラインの場合はサラリーマンであるからこの時間帯にはログインできないため、とそれぞれ仕方がない理由がありこの三人は今日はいなかった。
対して俺たち――特にキリトら未成年の学生諸君はSAO生還者のために一時創設されるという学校ができるまで、自宅での勉強のみが仕事であるから時間があるのである。
ちなみに俺の場合は、体調が回復し次第大学に復学させてもらえるようになっていたため、絶賛在学中である。これも国の総務省が全国の大学関係者に交渉を行うなど尽力した結果だというのだから、感謝しきりだ。
しかしながら、大学生は講義によって変動があるもののある程度時間に融通が利く。そしてエギルは自営業なので、サラリーマンよりは何とかなる。というわけで、今日はこの面子での冒険となっていたのであった。
さて。それはそうとして、この後はどうするかという話だったが、なかなか悩むところである。みんなとこのまま世間話に花を咲かせるのも悪くないし、もう一度クエストに出てみるのもいいだろう。
ふむ、と顎に手を当てて考え込む。そして何気なく視線を彷徨わせていると、視界の中にユウキが映った。
そういえば昨日インプ領で歩いていた時、装備やアイテムを見て回ってみたい、と言っていたなとそんなことを思い出した。
それならば、ということで。早速俺は同じように悩むみんなを前に口を開く。
「すまん。ちょっといいか」
すると、全員の視線が俺に集まった。
「なに、なんか用事でもあったの?」
リズの声に、俺は「いや」と曖昧に前置く。
「用事っていうか……ユウキ」
「え、なに?」
「昨日、なんか見たい装備があるとかなんとか言ってただろ。それはいいのか?」
尋ねると、ユウキはぽんと手を打った。
「あー、そういえば。ソウマ、よく覚えてたね」
「そりゃあな……」
昨日の会話は、何故か段々とお互いの装備やスキルに関しての話題に偏っていったからな。いやでも覚えるってもんだ。
しかしユウキはよく理由がわかっていないのか首を傾げ、まぁいいかと結論付けたのか疑問符が浮かんでいた表情が変わる。そして、何故だかこちらを窺うように見始めた。
「えーっと、それじゃあさ。もし時間があるなら、ソウマも一緒にどう?」
「まぁ、俺は特に用事もないしな。インプ領まで行くのか?」
言外に承諾の意を込めた返答に、ユウキはぱっと笑う。
「そうそう! じゃあ、決まりだね!」
「おう」
というわけで、他の面々はともかく俺とユウキのこれからの予定は決まったというわけだ。
じゃあそういうわけなんで、と仲間たちに挨拶でもしようかと目を向ければ……。
そこには、やたらと微笑ましそうに、あるいは面白いものを見るかのように、目を細めてこちらを見ている胡散臭い集団がいた。
「……なんだよ、その目は」
思わず憮然とした声になって返せば、キリトとエギルが顔を見合わせる。
「いや、なぁ」
「おう、そうだな」
目と目で通じ合う二人。なんだよ、言いたいことがあるなら言えよ。
そうは思うも、しかし二人のにやにやとした視線は変わらず、「まさか」「なぁ」なんて頷き合うだけだった。くそ、なんて腹が立つ態度なんだ。
この二人はダメだと俺は即座に判断を下し、女性陣のほうへと目を向けた。
すると、そちらはそちらでリズとシリカの二人が面白いおもちゃを見つけたと言わんばかりの表情でユウキを間に挟み、何事かをユウキに囁いていた。
そんな二人に対して最初ユウキは慌てたような表情を浮かべ、次にむっと頬を膨らませたかと思うと、きょとんとした顔になり、焦ったかと思えば、顔を赤くして口をパクパクとさせていた。
百面相である。見ている分には正直に言ってちょっと面白かったが、しかし二人が一体何を吹き込んでいたのかが気になる。
俺は未だどこか動揺しているように見えるユウキに声をかけた。
「ユウキ」
「ぅ、ぁはいっ!?」
なんだその返事。
どう見ても正常な様子ではないユウキだったが、キリトたちの反応を見るにこの場にいても居心地が悪いだけである。なので、今はこの場を離れることが重要と判断し、とりあえずその奇妙な返事についてはスルーしておく。
「とりあえず行くぞ。俺もついでに色々見たいし」
「あ、う、うんっ」
先んじて翅を震わせて浮かび上がった俺に、ユウキも続いて宙に上がる。
俺は見下ろす形になった皆に向き直った。
「じゃあ、今日はここで抜けるから。お疲れさん」
「ああ。ソウマ、しっかりな!」
「俺とカミさんの出会いを思い出すぜ……」
何言ってんのお前ら。
「ユウキ! 度胸よ、度胸!」
「ファイトです、ユウキさん!」
「だから、そういうのじゃないってば!」
あちらはあちらで何故か気合に満ちたリズとシリカの言葉を、ユウキが何やらムキになって否定していた。
男女二人が一緒に行動するからって、すぐさまそういう感情に結び付けるあたり若いよなと思う。俺だって大学生だが。まぁ、エギルは恐らく悪ノリしているだけだろうし、主にリズとシリカ、キリトのせいか。
まだ会ってから二か月ほど、しかもその大半はALO自体が運営停止していたのだから、実質には二週間ちょっとほどの付き合いしかない俺たちに何を言っているのかと言いたくなる。
が、何を言ってもこの場では揚げ足を取られそうだった。あるいは、「わかってる」とばかりに微笑ましく見られそうだった。ならばここは撤退するに限る。戦略的撤退だ。
「行くぞ、ユウキ」
「もー! ……って、あ、うん。行こう!」
ユウキもこの場を早く離れたかったのか、飛び立った俺にすぐさまついてきた。
後ろには誰もついて来てはいない。だから、もう普段通りに過ごせるはずなのだが……。
「………………」
「………………」
俺たちはなんとなく気まずい空気を感じながら、ひたすら無言になってインプ領に向かうのだった。
そして、すぐにインプ領に着いた。
当然である。なにせもう飛行制限はないのだ。それなりに飛ばせば相応に早く着く。しかしそれはつまり俺たちの間に漂う微妙な気まずさが取り払われないままということであり、目的地に着いた後も俺たちは何故か口を噤んでいた。
いや、何か言おうとは思っているのだが、一度話しづらくなってしまうといつまでも話しづらいというか。なかなか切っ掛けがつかめないというか。
そんなわけで街の手前に辿り着きながらも立ち止まっていると、視線を彷徨わせてそわそわしていたユウキが、ばっと勢いよくこっちを向いた。
「さ、さっきの! 別に、なんでもないからね!?」
どことなく必死にユウキはそう訴える。
さっきの、とはリズやシリカにからかわれていたアレだろう。やはり色恋沙汰に繋げられていたのか。ユウキ的にはそういった話題というだけでも恥ずかしいのだろう。顔はほんのり赤かった。
「ぼ、ボクはその、別にそういう……」
しどろもどろにそう続けて、俯きがちに長い髪を指で弄り始めたユウキは本当に恥ずかしそうだった。
なので、俺は彼女を安心させるためにも大きく頷いて言った。
「わかってる。そんなわけないもんな」
力強く断言すれば、髪を弄るユウキの指がぴたりと止まった。
俺は続ける。
「あの二人はどうも話をそういう方面に繋げたがるんだ。困った悪癖だけど、まぁ悪気はないんだろう、たぶん。だからそういう気持ちがないことぐらい、理解できている。安心してくれ」
「そ、そっか! よかった、うん! あはは」
頷くユウキの顔には張りがなかった。なんだか複雑そうな顔で笑っていた。
そういう態度がリズたちの格好の餌になっているんだと思うが……。まぁ、それなりに仲のいい異性がキッパリそういうことを言葉にするのは、複雑に感じるものなんだろう。
女心というやつかな。たぶん。
――その後、俺とユウキはぶらぶらと買い物を楽しんだ。楽しんだのだが、やたらユウキから視線を感じるなと思うことが多い一日でもあったのだった。
*
その日の夕方、木綿季はVR世界での倉橋医師との定期面談を終えた後、姉の藍子もそこに加えて暫しの雑談を楽しんでいた。
このところ話題に上るのはもっぱら木綿季のALO冒険譚である。はじめのグランドクエスト攻略の顛末や、キリトやソウマから聞いた彼らがあれほどまでに急いでいた理由。全て彼らから話をする許可をもらってから、木綿季は姉の藍子や担当医師である倉橋にもよくその話をしていた。
当時のアスナが置かれていた立場に同情と義憤を募らせ、しかし一方でキリトという思い人であり救い主が助けてくれるストーリーは、一人の少女として憧れを抱かずにはいられなかった。
とはいえそれは実際にその立場にいなかったからこその感想であり、アスナやキリトにとってはそれこそストーリーではなく現実の問題だったのだ。共に冒険したユウキはその時のキリトらの必死さを知っているからそこまでではないが、藍子はやはり憧れを隠しきれないようだった。
そしてそんな二人を倉橋が微笑ましく見守っている。紺野の家族全員を担当していた彼にとっても、二人は患者であると同時にもっと近しい存在であるとも認識していた。娘のように思っている節があることを倉橋は自覚しながらも、医師という立場からその気持ちを自制させているほどである。
そして今日の話題は、ユウキにとってALOで最も親しい存在の話だった。
「ソウマ、変に思わなかったかなぁ。なんでボク、あんな態度取っちゃったんだろ……」
うあー、と三人掛けのテーブルに突っ伏す木綿季に、藍子と倉橋は揃って苦笑する。
「まぁ、気にするほどでもないんじゃない。ソウマさんは別段そういうことを気にする人には見えなかったけど」
「うーん、そうかなぁ……」
「……青春してるわねぇ」
うんうんと同じことで悩み続ける木綿季に、藍子がぼそりと呟いた言葉は、さいわい突っ伏している木綿季には聞こえなかったようだ。その代わり、隣に座る倉橋には聞こえていたようで、笑みが少し深くなった。
「話に聞く、そのソウマくんか。木綿季くんがそれだけ気にする人なら、僕も一度会ってみたいものだね」
倉橋はそう軽く口にした。実際、木綿季がスリーピング・ナイツ以外の他人にここまで心を開く姿は珍しい。倉橋としてもその件の人物に興味がないと言えば嘘になる。
それゆえの言葉に、木綿季は「うーん」ともう一度唸った後に口を開いた。
「ソウマにはボクの体のこととかは話してないんですよね。やっぱり言いにくくて」
「……そうだね」
当然の気持ちだろう。倉橋は頷いた。
特に、木綿季にとってその人物は特別な存在になりつつあるようだと倉橋は感じていた。だからこそ、慎重になってなりすぎるということはない。
木綿季とてまだ完治したわけではないのだ。あの骨髄移植手術によって症状は治まっていっているが、何らかの拍子にぶり返すことはあり得る。完治とはまだ言えないのである。
そこで、ふと倉橋は思う。そういえば、木綿季くんに骨髄を提供してくれた子の名前もソウマだったな、と。
「名前はわかってるんだから、木綿季の気持ちが整えば、呼んでもいいのよ」
「姉ちゃんはいいの? 知られても」
「あら、私は気にしないわ。ただあちらが気にしすぎないかはちょっと不安ね。ソウマさん、いい人そうだったし」
「ん……」
そこで姉妹は黙り込んだ。
こちらが気持ちを整えても、向こうが自分たちを見てどう思うかまでは確信できない。間違っても同情や憐れみを向けられることはないと言うことは出来るが、こちらを優しさから気にしすぎて負担になることも木綿季は望んでいなかった。
「リアルネームまで教えてもらったのかい?」
「みたいです。もっとも、受け取ったのは木綿季だけですけどね。木綿季が教えてくれないので、正確には私は知らないんですよ」
「だって、ボクがもらったものだもん。それに、リアルの名前なんだから大切にしないとダメでしょ?」
「そうね、木綿季の言う通りよ」
姉妹の会話を聞きつつ、倉橋もまた同じように頷いた。ただ、倉橋の内心は彼女たちとはほんの少し違っていた。
木綿季に骨髄を提供した人物を知る彼だからこそ、それは感じた可能性だった。
しかし、ソウマという名前は日本全国に多くいる。あるいは名字なのかもしれないし、好きな漫画のキャラクターからとっただけかもしれない。だからこそ、そんなことがあるわけはないかと苦笑して、倉橋は馬鹿な想像をしたとその思考を脳の片隅に追いやった。
そして姉妹のたわいもない、しかし温かな会話に倉橋は耳を傾けるのだった。
しかし、この後。
あることをきっかけに倉橋と彼は再会し、その時に木綿季と彼を結ぶ数奇な関係を倉橋は知ることになる。
現実世界で木綿季の体を救い、仮想世界で木綿季の心を救った人物。
後年、倉橋は彼と木綿季を指してこう言うようになる。
――運命の相手とは、恐らくあの二人のようなことを言うのでしょう、と。
結果的に中編?
「もし一人のオリキャラが増えることで、ユウキが生きるルートが生まれるなら」
完結です。
皆さん、お付き合いくださりありがとうございました。
後日談など、またいずれ時間があれば書いてみたい気もしますが、予定としてはございませんのでご了承ください。
それでは、もしまたいつかお会いする時があれば、その時はぜひよろしくお願いいたします。