もし一人のオリキャラが増えることで、ユウキが生きるルートが生まれるなら   作:葦束良日

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内容的には少し本編からずれた補完的なものとなります。
「08 エピローグ」よりも少し後のお話。


後日談
09 ラン


 

 《ラン》からメッセージが送られてきたのは、唐突な出来事だった。

 ALOグランドクエスト攻略時からよくつるむようになった少女《ユウキ》、そのリアルでの姉であるラン。ユウキと一緒にログインしてきて、数回だけ会ったことがある彼女とは一応フレンドになってはいたものの、ユウキを通して以外では会うことはなかった。

 しかし、そのメッセージはプライベートメッセージとして、真実俺だけに送られてきたものであった。

 内容はシンプル。

 

 ――少しお話が出来ないでしょうか? お返事を待っています。

 

 俺は珍しいこともあるものだとは思ったが、特に深く考えることもなくオーケーの返事を返した。

 待ち合わせ場所はかつて、俺とランが初めて会った場所。ユウキも交えて僅かに会話をした記憶が残る、世界樹だった。

 

 

 

 

 

 

 世界樹を囲むように通る街路、その半ばに等間隔を置いて設置されているベンチの一つ。そこに座るウンディーネの少女を見つけた俺は、少し足を速めて彼女の元へ向かった。

 

「すまん、待ったか?」

「いえ、私も少し前に来たところですから」

 

 ランはそう口にすると立ち上がり、くすりと笑みをこぼした。

 どうした、と俺が問えば、ランは「いえ」と前置きしてはにかんだ。

 

「まるで、デートみたいだなと思いまして。私、デートって一度してみたかったんですよね」

 

 今度は、俺がその答えに思わず笑う番だった。

 

「はは、やっぱり双子だな。前にユウキも同じことを言ってたよ」

「そうですか、ユウキも……」

 

 確か、キリトとリーファが世界樹の前で一度ログアウトした時だったか。あの時、時間を潰すという意味も兼ねて二人で歩いていた時に、冗談交じりに俺が「これがユウキの初デートか」と言った際にユウキが言ったのだ。「一度デートってしてみたかった」と。

 奇しくも場所も同じ世界樹を囲う街路だった。この場所に着く前の歩きながらの会話ではあったが、双子の姉の口から同じ言葉を聴くと、やはり双子なのだなと思ってしまう。

 明るく賑やかなユウキと静かで落ち着いたランは、俺から見ても一目で似ているとは思えない双子だったが、その内面はやはり似ているものなのかもしれなかった。

 ランはユウキも同じだったと聞いて、小さく笑う。そしてベンチから一歩踏み出すと俺に振り返った。

 

「ソウマさん。少し歩きませんか?」

 

 俺は頷く。ウンディーネの少女が隣に立ったのを確認して、俺はゆっくりと歩き始めた。

 

 

 

 ランとの会話はユウキのことが中心になった。共通の知り合いといえばあいつ一人だから仕方がないと言えばそうだが、ランはどうも俺と一緒にいる時のユウキが気になるようで。

 「ユウキは迷惑をかけてないか」「あの子、ちょっと思い込みが激しいというか」「周りを見るように言ってはいるんですが」「この間も」「そういえばユウキが」などなど。

 一人っ子の俺にはわからないが、これがお姉ちゃんというものなのだろうか。本当にランはユウキのことを大切にしているようで、言葉の端々からその気持ちが伝わってくるようだった。

 時おり「まったくあの子は」と言いながらも、その言葉にはどこか温かみがある。これはユウキがランのことを好きだと公言してはばからないのも理解できると俺は思った。

 常からユウキはランのことをよく話題に出すので、「お姉ちゃん大好きっ子」として俺たちからも認識されているが、あの妹にしてこの姉ありといったところか。本当に仲がいい二人である。

 ゆえにランの言葉から感じられる愛情に心が穏やかになるのを感じながら、俺たちはユウキのことを中心にしつつも世間話を楽しんでいた。

 そうして約三十分。少しランの顔に疲れが見えたことに気がついて近くのベンチに二人揃って座り、俺たちは一息つく。

 ふぅ、とランの吐息が嫌に大きく聞こえた。肺の奥から吐き出すような深い呼吸だった。そんなに疲れていたのか、と俺は驚き、もっと早く気がつけなかったことに少し申し訳なくなった。

 そして二度三度と呼吸を繰り返した後、ランは俺に向き直った。

 

「……こちらからお呼びしたのに、ごめんなさい。もうすぐ落ちないと」

「ああ、何か用事があったのか」

 

 いえ、とランは間を置かずに首を振り、しかしその直後に「ええ、そうなんです」と前言を翻して頷いた。

 

「実は、病院に行く用事がありまして」

「病院? 風邪でも引いたのか?」

 

 まぁ、そんな感じです。ランは苦笑と共にそう言った。

 俺はそれは仕方がないと頷いて、病院といえば、と自分の体験談を話した。

 

「俺は滅多に病気にならないから、病院には縁がないな。とはいっても、最近になって一度手術っていうのを初体験したけど」

 

 俺がそう言うと、ランは目を見張った。

 

「手術ですか? 病気じゃないとすると、怪我でも?」

「いや。実は俺、骨髄バンクに登録しててさ。そのドナーとしてな。横浜の総合病院っていってわかる?」

 

 まぁ、あまりドナーになったということは大っぴらに言うことではないが、身元が分からないネットの中、それも一人に言うだけなのだからまぁいいだろう。

 加えてちょっとリアルの情報に掠るが、妹のユウキには本名を教えているのだ。その姉であるランのことも俺は信頼していた。だからそれほど抵抗なく話していた。

 それに、横浜といっても近郊地域を含めれば広い。東京まで及べば言わずもがな。わざわざ探そうとするようなことはないだろうし、気にするほどのことでもないだろうという気持ちもあった。

 そんなわけで軽く最近の病院に関する話題として触れただけだったが、ランは口元を両手で抑えて言葉を失っていた。

 

「ど、どうした? ひょっとして意外と近い場所に住んでたか?」

 

 驚く理由にそれぐらいしか心当たりがない俺が問いかけると、ランは更に数秒はたっぷり沈黙した後「はい」とか細い声で頷いた。

 

「ひょっとして……横浜港北総合病院、ですか……?」

「あ、そうそこだ。去年の末頃だから、あれからもう三か月以上経つのかぁ」

 

 そう、ALOが停止していた期間は約三か月にも及んでいた。逆算すれば手術を行ったのはもうそんなに前ということになる。

 とはいえ、これでもALOの復活は早いほうだっただろう。キリトたちが《ザ・シード》を公開してすぐにALOは前のデータがあったとはいえ完成していたそうなのだから恐れ入る。

 件のゲームということで諸々の検査によってサービス開始が少々延びていたが、それがなければ間違いなくALOがザ・シード発VRMMOの第一号になっていたことだろう。

 しかし、当時は約三か月もの間、俺はユウキの悩みがどうなったかを気にしていたわけだ。我ながら、なぜあそこまでユウキの事が気にかかっていたのか今思えば不思議である。

 まぁ、不思議と放っておけない奴ではあった。なんとなく気にかかっていたのは間違いない。別に恋愛感情があったわけではないが、何故か気になる。言葉にはしがたい感覚があったような気がした。

 そこまで考えてからふとランを見ると、彼女は口元を抑えて泣いていた。突然の事態に、俺はぎょっとして慌ててしまう。

 

「ど、どうした!? なんかまずいこと言ったか、俺!?」

 

 ランはふるふると首を振った。大丈夫だという意思表示だと思うが、しかしそれでも涙はそのままだった。

 明らかに何かあっただろうと思うも、俺はあまりに突然すぎて困惑しきりだった。とりあえずハンカチでも持っていなかったかとポケットをまさぐり始める。

 けれど、俺がハンカチを発見するよりも先にランはベンチから腰を上げた。そして俺の正面に立つと、深々と頭を下げたのである。

 またしても、俺は困惑してしまう。

 

「ど、どうした?」

「いえ……いえ……。ただ、ソウマさん……」

 

 頭を下げたまま、ランはたどたどしく言葉を紡いだ。

 

「ユウキと、これからも仲良くしてあげてください。そして、あの子にずっと付き合ってくれて、本当に――ありがとうございます」

「いや、そんな改めて言わなくてもいいって。当然、これからもユウキのことは頼りにさせてもらうしな」

 

 俺はALOでの今後のクエストや仲間での冒険を含めてそう答えた。それに、ずっと付き合ってくれて、と言っても実際には三か月の間があるためそこまでずっとというほどではない。

 けれど、確かにログインすればほぼ一緒に行動しているので、ランはその現状を見て言ったのかもしれなかった。

 顔を上げたランはそんな俺の言葉に微笑むだけだった。

 

 

 

 そしてログアウトする時、「ありがとう、ソウマさん。ユウキはあんな子ですが、よろしくお願いします」ともう一度同じ言葉を続けた。

 心配性なお姉ちゃんなんだなと微笑ましく思いながら、「任せとけ」と俺は返す。それに安心したように頷いて、小さく手を振りながらランはALOからログアウトしていった。

 それを見届け、俺もログアウトする。今度はユウキも含めて三人で、いやキリト達も連れて騒ぐのもいいかもしれないな、とそんなことを思いながら。

 

 

 

 

 二○二五年四月初旬。藍色に染まる空が美しい晴れた日のことだった。

 

 

 

 

 


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