今日は転校生が来るらしい。この話題は1週間ぐらい前から、狭い狭い学校の中ですぐに広まった。小学4年生、春。佐倉来夢という名の「わたし」はすぐにとうとう来たか、と思った。
「来夢!転校生やって!なかよくなれるとええねんけど…!」
残念ながら最初のうちは君自身が避けちゃうけどね、というのを心に留めて片割れの蜜柑にテキトーな相槌をする。あーそうなるとええななんて言うと頭掴まれた。ちょっと痛い。
「なんやー!来夢は興味ないんか?せっかくの転校生やで!?」
「あるある、めっちゃある気がする。あー気になるぅー」
「返事がてきとうすぎん!?」
「そこの佐倉ツインズ、静かにしろ」
先生に怒られるとらいむのあほぉと後ろから聞こえてきてもシカトするしかない。先生の話半分に聞きながら、これから来る「今井蛍」のことを考え、更にはその未来に思いふける。
原作開始まで秒読み段階なのだろうな、と心が重く感じた。
「学園アリス」の世界だと気付いたのはすぐだったが、自分の存在を肯定することに時間が掛かった。
佐倉蜜柑、主人公にして安積柚香と行平泉水との愛し子。アリス学園でめくるめく因縁と向かい合わせで頑張っていくお話だ。しかも明るく楽しく。いや後半は重いけど。
そんな「物語」の中で「佐倉来夢」という佐倉蜜柑の双子の兄なんて異物は存在しない。
しかも中身は二十歳超えた女性。俗に言う輪廻転生とか迎えた訳ではない、と思う。
自分が死んだという記憶もなく、「わたし」は学園アリスという物語を知っている。
初めは夢を見ているんだと信じてた。それも年を重ねるごとにその可能性を捨てた。こんなに実体感のある夢を10年間分の長さも見てたまるか。そしてひとつの可能性を思いついた。
パラレルワールド。
あったかもしれない世界のひとつ。それが「佐倉来夢」という主人公の双子の存在。
なにが原因かわからないが、「わたし」という精神がそこに憑依したのではないか。
だから小学生男子の身体でありながら大人の女性の精神というちぐはぐな存在が生まれたのだと思う。でなければ別の可能性がこの脳みそから他に出てこない。
マンガ脳と言われるだろうが、現時点ではこれが最有力候補なのだ。
「入ってきてええよ、転校生」
考え事している間に転校生を紹介に入ったようだ。ガラリ、と期待の目線が多いなか古ぼけた扉が開く。わぁ、実物も美少女だ。
「今井蛍です。よろしく」
簡潔に、素っ気なく。原作を知っているから言えることだが、転校慣れしていることがわかる態度だと思う。
そしてどことなく都会っ子ぽいというか、田舎ぽくないからこの空間の中で一際目立つ。クールだと思うのもわかる。
関係ないが黒板に書かれた名前はきれいだったが、まだ拙いところがあるのが小学生ぽくて可愛かった。
「ほたるちゃんっていうんや!どこからきたん?」
「なぁなぁ、好きなものは?」
「近くの席やから教科書見せるで!」
さっそくホームルームが終わって今井蛍の周りがわぁっと人で囲まれている。
それを澄ました顔で答えてるところも美少女だ。そして予想通りだ。
きゃあきゃあうるさい所から離れた席にいる自分たちはすっかり蚊帳の外だ。
「みかん、楽しみにしてたんだろ?行かなくていいんか?」
後ろを見ると案の定ぶすくれた主人公がいた。
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この世界を自覚してからそこそこ苦労したし楽もしてる。
苦労は精神と肉体の不一致。それと環境。
中身成人女性ぞ?男子の身体で生えてるもんは違和感しかない。
そしてまだ大きくないとはいえ恥ずかしかった。
小学校での着替えもみんな可愛らしいなうふふで今は済ましてるがあと数年が怖い。
「俺」っていう一人称も慣れるまで時間が掛かった。下手に失敗したくないもんだから幼少期の一部無口で過ごした。
関西弁なんて元々が違う言語で育ってきたから、なじむまでめちゃくちゃ緊張した。
そして都会に憧れていつか行きたいと思っているから関西弁でなく標準語の練習をしているためたまに変な関西弁になったりするという無理くりな設定をつけた。
あとどうしても大人だから達観してしまう。変に思われないように楽しむ時は楽しむように、甘える時は甘えるようにしてみるものの、「頼りになるお兄ちゃんね」「大人っぽい子ね」とかよく言われる時点で無意識的にしろ矛盾が出でいるんだろう。
同世代の子と喧嘩したこともなければ辞書も無しでうっかり難しい漢字を書いたり、作文で明らかに他の子と差があったりした。
それでも変な子と蔑まず、熱心に育ててくれたじいちゃんに感謝している。
楽をしている点は、場面が飛ぶ時があるのだ。
うまく説明できないが0歳から年を重ねている時間は過ごしてない。
キーポイントというか、何かしら過ごした「場面」を終えると暗転して次の「場面」に移る。
春の入学式を終えたと思ったら暗転して数ヶ月後に飛んでお祭りを楽しんでた。自分がした記憶がないけど周りが勝手に覚えていてそこは怖かった。
1週間飛ばないでいたと思ったらいきなりひと季節飛ばされて落ち着ける人がいたら是非ご教授願いたい。
他の人からの評判を聞いてる限り、男子のリーダー格でよく遊んだりしながらも勉強ができる優秀な子だそうだ。
小学生の授業なんて寝てもわかるし、確かに成人女性の身体とちがって運動神経もいい。しかし出来過ぎな気がする。
苦痛の10年間というよりは戸惑ってたらもう10年経ってたという感じだ。
そして気が付いたのは、原作開始に近づくにつれて暗転の間隔が無くなっているということ。
こうなってくるとますます原作のために「わたし」が用意されているように感じる。
「わたし」を精神にもちながら「俺」として違和感ないように過ごしてきたことに意味はあるのだろうか。
学校が終わって帰ると蜜柑のちょっとした愚痴に付き合い、さあ寝るかという瞬間暗転。
目を開けるともうすぐ開催の美少女コンテストのチラシが貼られる時期だった。
✳︎
「来夢くん、ちょっといいかしら」
秋風が強くなってきた頃、今井蛍もこの学校に慣れていき、先日の美少女コンテストも原作通り優勝していた。
蜜柑とはちがい、クラスメイトとして話すことはあっても個人個人では初めてではないか。
いや先日の美少女コンテストも蜜柑に頼まれて応援には行ったときに少し話したが、それっきり今井蛍と特に会話はしてない。
「どうしたん?珍しい」
「これ」
ペラリ、と今井蛍が手にしてるものを見せてくる。このチラシ、このシチュエーション、デジャヴを感じざるを得ない。文字を見ると「美男子☆コンテスト」と大きな文字で書かれてた。見たくなかった。
「キャラが被らない限りは、顔がいい子とつるんでたほうが得なのよね」
「それ蜜柑にもいってたやつじゃん」
「あなたいたかしら?」
いました。漫画にするとコマの外だろうけど蜜柑の近くにいたから覚えている。まぁいいけどと美少女が期待の目で話を進めてくる。誰かたすけて。
「俺美男子なんて言われたことないんだけど」
「自覚ないのね。それでも私の目利きに間違い無いと思うの」
ズイズイとくる感じに押され気味な自分に不甲斐なさを感じる。
佐倉来夢の容姿は行平泉水に瓜ふたつ、という感じなのだろう。基準が少女漫画なので自覚ないのだが目元は蜜柑とそっくりらしい。目元以外は似てない二卵性双生児だ。
原作では行平泉水は性格に目が行きがちで忘れてたが顔もそういえば良かった。なら親譲りの自分の容姿も良いほうなのだろうと納得。
しかしそれとこれとは別だ。進んで人前に出るタイプでは無いのだ元々の精神は。
「私がプロデュースするから出場して。そして優勝しましょう」
「待て待て待て待ていきなりすぎませんか」
「大丈夫。あなたは優勝できる素材があるの。今回はグループ出場じゃないし、あとはアピール次第では勝ち確定よ」
「アッ 優勝商品がまんぷくぷく亭のカニ食べ放題招待券だ!これか!これが目的だな!」
「話が早いわね。さすが優秀と名高い来夢くんね、これが記入事項よ」
「優秀とかなにそれ初耳。そして手際良すぎません?俺参加するなんて一言も…」
「蛍〜〜なにしとるん? あれ?来夢といっしょになにしゃべってんの?」
美少女コンテスト以来今井蛍にベッタリな片割れの登場にはよ引き取ってくれと願いをこめて蜜柑を見る。
「美男子コンテスト?」
「そーだよ今まさしく蛍に迫られてる所なんだよ、蜜柑連れていっ……」
「えーっ!来夢もコンテスト出るん!?楽しみや〜〜!!」
「あっ、ダメだこれ挟まれた」
押しに弱い俺、佐倉来夢。逃げられない事を確信した。
「うちと双子やもん、優勝間違いなしや!」
「優秀な遺伝子よ、来夢くん。まんぷくぷく亭は6人まで招待できると書かれてるしあなたを損させないわ」
「いや確かに俺もカニ好きだけどさ」
公式設定でカニ好きと明言されてる蛍の目の輝きが尋常じゃないし、ど田舎の此処しか知らない蜜柑はちょっとした遠出と食べた事ないカニに心惹かれている。2人で勝つ事前提でもう話を進めているし始めから拒否権なんて無かったんだ。
「6人やからうちと蛍と来夢と、じーちゃんと蛍ん家のおとーさん、おかーさんで人数ピッタリやね!」
「電車で2駅だしカニ食べ放題プラス他のメニューも素敵ね……」
2人がキャッキャとはしゃいでいる手前、己の羞恥心とか何それ美味しいの?と一蹴されるのは明白。潔く諦めよう、参加するしか道はないと。
ふと、何か自分に旨味が欲しいと思い、蛍のアリスを思い出した。
ピン!と普段蛍が使ってるものでいい事を思いついた。
「わかった、コンテストに出るよ。代わりに欲しいモノがある」
「あら何かしら?」
「んん?来夢のほしいもの?」
この時点で蛍はアリスの事なんて話してないし、原作を知っているからこそ、ある意味ズルで発明のアリスを知っているのだ。その蛍の何か発明品が欲しい。
蛍が発明品と言ってなくて、でもクラスメイトでも目についたもの。
「蛍が使ってるペン、俺らが使ってるペンとなんか違うよな?」
「え?そうなん?」
あくまで「学園アリス」は現代日本のお話ではあるが、そのペンはまだこの時代にはない「消せるボールペン」だとクラスで使ってるのを見て分かった。変わったの持ってるねーでみんなから流されてたけど、便利な社会で生きてきた「わたし」としては、なんか懐かしいとも感じるモノなのだ。
「このボールペンかしら?」
「そうそう!なんか便利そうだし、複数持ってたら一本欲しいなって」
「へぇ〜〜ペンなんて欲しいん?」
「ベンキョー嫌いな蜜柑はわからんだろうけど、ボールペンで失敗するとメンドイんだよ」
パッと見、スタイリッシュな普通のボールペンだけど所々ナマケモノのデザインしてあるのを見る限り蛍の発明品だろうと思う。
「よく見てるわね、このボールペン一回書いたあとでも後ろの部分で消せるのよ」
「ほぇ〜〜」
「やっぱり」
「でもこれ、一品モノで複数持ってないの」
「あ、そうなんだ」
じゃあ、貰えそうにないかな。残念だけど。一品モノってことはやはり蛍の発明品で間違いないようだ。
ちょっとガッカリしてると、でも、と前置きして蛍がボールペンを差し出してきた。
「あなたが優勝するならあげてもいいわ」
「俄然やる気が湧いてきた」
ガシッとお互いに熱い握手を交わす。蜜柑が切り替えはやない!?ってツッコんでいるけど人間現金な生きものなんだよ。「わたし」にとって懐かしいボールペンであり、あの蛍の発明品が貰えるもんなら安いことよ。
「あなた、付き合いやすそうな性格ね」
「お褒めにあずかり光栄です」
「えぇ〜〜なんか急展開やけど、蛍と来夢が仲ようなって嬉しい!」
ギュウッと蜜柑に蛍と一緒に抱きつかれた。苦しい。
俺が言う前に蛍が蜜柑をしばいてた。
こうして蛍はカニ食べ放題のために、俺は蛍の発明品ボールペンのためにコンテストに向けて関わり合いを持った。
後日もちろん優勝した。
✳︎
今井蛍にとって、転校は日常の一部であった。両親に手を引かれて、各地を転々としアリス学園から逃げ回る生活で、まともに友達をつくることもしてこなかった。
「今井蛍です。よろしく」
この学校、この土地でもまたタイムリミット付きだと思うと憂鬱でなくとも、みんなと仲良くなると言うことに必要以上の意味を見出せてない。そう思っての自己紹介でもあった。
淡々と、事務的に。わいわいと集まってくるクラスメイトとなる人の質問責めにあいながら、ふと遠い席に仲良しげな男女2人がいるのを気付いた。
「あの双子は相変わらず仲ええなぁ」
「蜜柑ちゃん、今日遊ぼう」
「来夢!放課後サッカーしようや!」
「佐倉ツインズ、静かにせぇや」
その2人は珍しい男女の双子で、狭い土地でもみんなから愛されて育ったんだと分かった。佐倉蜜柑は自分とは違うタイプのかわいい子で、特に笑顔が眩しかった。
コンテストの誘いをキッカケに、今井蛍は佐倉蜜柑といっしょにいるようになった。
「うち蛍が一番の友達やねん!」
蜜柑の真っ直ぐな友愛は、今まで知らずにいた心の柔らかなところに届いて、蛍は表には出さないが幸せであった。
逆に、蜜柑の双子の兄である佐倉来夢も目を惹く容姿をしていたが、クラスメイトとしての関係でしかなく、性格も蜜柑とは正反対とは言わないけども全然違った。
「来夢またゲームしようや!」
「ええやん、どんなルールにする?」
「宿題おしえてぇな〜らいむ〜」
「えー自分でやらんとチカラにならんで?しゃーないなぁ、少しだけやぞ」
「来夢くん、女子と男子で別れてドッヂせぇへん?」
「んーそうすると人数差出るから混ぜようや。クジ引きにする?アミダでもええな」
クラスのみんなに慕われてて、頼りにされている。蜜柑も慕われてるけど、来夢はみんなのまとめ役的な存在でもあった。
「来夢くんと蜜柑ちゃん、相変わらず仲ええ兄妹ねぇ」
「おじいさんから聞いたで?来夢くんまたテストええ点取ったんやって?うちの子も見習って欲しいわぁ」
地域のみんなにも信頼されてて、しっかり者の双子の兄。そんな印象だった。
だから蜜柑とコンテストに出て、その応援に来た来夢に会った時も、小さな会場でも迷子になった私達より年下の子の面倒を見ていても驚きはしなかった。
「その子の親は見つかったの?」
「いや、おねーちゃんと来たみたい。ここの会場小さいからすぐ見つかるよ」
蜜柑と離れていた僅かな時間。応援に来た来夢と話す時間があった。
たまに、佐倉来夢という人は本当に私達と同じ歳なのか分からなくなるくらい大人のような言動をする。大人っぽいのではない。なんと言えばいいか分からないが、視点が別次元のように感じる時がある。
よしよしと背中を撫でている手がとても慣れているように感じる。
「おねーちゃん見つかって良かったな」
「……知ってる子?やたら慣れたあやし方だったわね」
「んーや。でも蜜柑もよく泣くし、それで慣れてんのかも」
確かに蜜柑はよく泣く、よく笑う。そして気づいた。来夢もわらうが、どこか一歩引いた所にいるのだ。自分ごと客観視しているのだろうか。
「蛍は一人っ子?」
「……兄が」
それしか言わなかったのに、そっか、と呟いたきり来夢が追求することは無かった。彼は人の心情の機敏によく気付くのだろうか。それ以上踏み込んで欲しくない部分を決して踏み込まない。
蜜柑が単純なぶん、来夢はよく分からないところがある。けど、その距離感は蜜柑とは違う心地よさを感じた。
「今日はお誘いいただきありがとうございました」
「なぁに、今井さんたちには蜜柑も来夢もお世話になってます故、今後とも仲ようしてやってください」
佐倉家と今井家でのまんぷくぷく亭での食事。お父さん、お母さんと蜜柑たちのお爺さんが話している間、私達3人は目の前のカニに夢中だった。
「カニってこんなに美味しいもんなんやな〜〜!」
「そうだな〜〜。田舎のコンテストの賞品がこんな豪華なもんだったとはって今実感した」
一方で蛍はショッピングも出来ないような町でも、このクオリティのモノが食べれることに感激していた。
「改めて優勝おめでとう、来夢くん」
「ありがとうございます。……コンテスト内容が恥ずかしいですけど。今井さんたちもじいちゃんもカニいっぱい食べてな」
「蛍の食べるスピードがスゴいことになってん……!」
食べて、笑って、家族がいて、蜜柑たちがいる。幸せな時間だった。
「蛍」
「ん?」
「ボールペン、めっちゃ使いやすいわ。ありがとな」
自分がアリスということも、自分のアリスについても話したことはないが、来夢はアリスで作ったペンをただのペンではないと見破った唯一の人だ。顔には出ないがその時は心底驚いたものだ。
「そんなに喜んで使ってもらえるならボールペンも本望よ」
「そう?持ってて疲れにくにし、綺麗に書けるしでコレ、気に入らない人はいないよきっと」
もともと板書するのが億劫なとき、あまり目立たないように楽できるモノとして作ったのだ。真っ当な使い方である。
「えへへ、美味しいね蛍」
「そうね、蜜柑の皿の方がカニの足少し太いわね」
「なーっ!食べ放題やん!わざわざうちから取らんでもよくない!?」
「まぁまぁ。すいませーん、追加お願いしまーす」
普段は男子グループにいるので蜜柑ほどいっしょにはいないが、来夢ともよく話すようになった。
今井蛍にとって佐倉蜜柑と佐倉来夢は、それぞれ忘れられない人となったのだった。
──だから、もう大丈夫。
この土地に転校してからおよそ1年後、今井蛍は大好きな人達のために、アリス学園に転入することを決めた。