アイドル部イメージビデオプロジェクト   作:ラギアz

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夏の終わりに夏祭り

「えぐー!? こんな売り上げたんっすか!?」

「はい。夜桜たまさんに出演して頂いた「年上彼氏と年下高学歴彼女の同棲」の売れ行きは好調です」

「えぐー……いややばーしーっすねこれね、いやマジっすか……」

「いち、じゅう、ひゃく……すごいですね……」

 

 『アイドル部イメージビデオプロジェクト』。

 それは部員一人一人にシチュエーションを設定して撮り、映像をVRとDVDで売り出す企画である。

 某日。その企画を提示した会社に、アイドル部のプロデューサーであるばあちゃるは訪れていた。挨拶もそこそこに、提示されたのは第一弾の売り上げ。

 ばあちゃるの予想を軽く超えた売り上げ、発売直後から若干勢いを落としつつも未だに売れていた。

 唖然とするばあちゃる。彼の隣に座るアイドル部員、風紀委員長の八重沢なとりも同様だった。

 

「……本日お二人にお越しいただいたのは、第二弾の制作についてです」

 

 そして、社員の説明が始まった。

 第二弾は『夏の終わりに夏祭り』。撮影場所は夏祭りであり、花火も打ちあがるところである。

 演者として声が掛かったのは、和風な見た目の八重沢なとり。和服を着ているヤマトイオリ等の案も上がったらしいが、最終的には彼女に頼もうという方向性になったのだ。

 

「なるほど……分かりました。任せて下さい!」

「ありがとうございます。それでは、撮影者の方なのですが」

 

 八重沢は胸を張って頷いた。基本的に真面目な彼女は、余程の事で無ければ頼みを断らない。

 しかし、決して望みが無いわけではなく。

 

「撮影者ですか……」

「なとなとー、気軽に、この人にやってほしい! とか言ってくれて全然オッケーですからね! ばあちゃるくんが頑張ってですね、まあばあちゃるくんに出来ることならね、やったりやらなかったりするんでね!」

「えー、ほんとですかー?」

「ええっ、信じてくれないんすか!?」

「冗談です冗談です! ……ええっと、じゃあばあちゃるさん」

「何ですかなとなとー」

「撮影者、よろしくお願いしますね!」

「……いややばーしーっすねこれ完全にね」

 

 かくして。

 アイドル部八重沢なとりとばあちゃるは、夏祭りに出向く事となった。

 

――☆――☆――

 

 八月某日。ひぐらしの声が、車窓越しに聞こえてくる中。

 俺は、ばあちゃるは吊革に右手を掛けていた。電車の中は冷房が効いているが、なにせ人が多すぎる。気休め程度にしかなっていなかった。

 今日も今日とて仕事帰り。Yシャツの第一ボタンを開け、ネクタイを外す。

 家や会社から数駅。割と離れた場所が、本日の目的地だ。

 そこにはかなり大きな神社があり、例年お祭りが開催されている。近くの川から打ち上げる大量の花火は、テレビに映るくらい有名だ。

 条件としては申し分なし。小銭は大量に用意したし、お腹も空かせている。準備もオーケーだ。

 電車内にも、浴衣姿の女性がちらほら見える。案の定、一つの駅で全員が降りた。

 駅から神社まではおよそ十分程。人ごみに流されていると、大きな鳥居が見えてきた。時刻は六時頃。空は若干藍色に染まり始め、橙の提灯が屋台を照らす。長い参道の奥からは祭囃子。

 テンションが上がってきた。

 いや、それよりも待ち合わせ相手を探さなければ。この人の量だ。待ち合わせ場所を決めているとは言え、合流できるかどうかは怪しい――

 

「……いやあ、目立つんすねえ」

 

 鳥居の前。待ち合わせに指定した場所。

 探し人、八重沢なとりはそこに居た。

 人々は彼女を眺めつつも、しかし近づかない。近づけない。

 俺が言うのもなんだが、アイドル部はかなり魅力的な存在が集まっている。その中でも、八重沢なとりは正に正統派な美少女と言える。和風というか、なんというか。

 なとなとが今着ているのは、若草色を基調とした浴衣。山吹色の帯を締め、髪を一つに纏めていた。ここまで完璧な浴衣美人がいるのだろうか。

 ……あそこまで行くの嫌だなあ。

 なんて思いながらも、行かなければならないのが常だ。カメラは電車を降りた時から点けている。息を一つ吐き、俺は人波を掻き分けて歩み寄った。

 

「なとなとー! はいはいはい、ばあちゃるくんがね、到着しましたよー!」

「あっ、ばあちゃるさん! もう、遅いですよ!」

「いやー、ちょっと混んでたんすよー……。どれくらい待ちました?」

「……今来たところですよ」

「じゃあ良いっすね!」

「んなあー!? そこはこう、もっとイケメン的な事言うところじゃないですか!?」

「ええ……」

 

 ぼふん、と巾着袋をぶつけられた。後ろからの視線を受け流し、俺はなとなとを促して歩き出す。

 

「あ、なとなと浴衣滅茶苦茶似合ってますよ。いやー、マジで綺麗っすね」

「ええっ! あ、ありがとうございます……」

 

 鳥居を潜り抜ければ、無数の屋台が道の両脇を埋め尽くしていた。

 焼きそばやたこ焼き、お好み焼き。定番は勿論、射的や宝釣りもある。

 

「すごーい! ばあちゃるさん、まずは何しますか?」

「はいはいはい、いやー、まずはご飯食べたいっすね。なとなと何か食べたい物あります?」

「私は何でも良いですよ? どれも美味しそうですし」

「高菜おにぎりなんてどうっすか?」

「もう、分かってて言ってますよね!? 遠慮します!」

 

 結局、最初に買ったのは焼きそばだった。なとなともお腹が空いていたらしく、割り箸を開くや否やすぐに食べ始める。

 

「あ、美味しい」

「やっぱね、祭りと言ったら焼きそばっすよね」

 

 満足げに笑うなとなと。人は多いが、その分屋台も多い。混んでるところはあるものの、基本的にはそんなに並ばずに物が買えそうである。

 花火が打ち上げられるのは、七時半から八時まで。

 まだまだ先だ。

 他にもお好み焼きやからあげ、フランクフルト等を購入。ゴミ箱を見つけるたびに捨てても、手にはビニール袋やパックが常にあった。

 なとなとは流石にお腹いっぱいになったのか、たこ焼きは買わなかった。

 祭りといえばソース物だ。食べずして終ることなどできない。既に俺も満腹になりつつあるが、食べ始めてしまえばひょいひょい進む。箸とも楊枝とも言えない棒を使って食べていると、なとなとがジッと此方を見ていた。

 

「……食べます?」

「ええっ!? 大丈夫ですよ、ばあちゃるさんが食べちゃって下さい!」

「はいはいはい、素直に言ってくれて良いですからねーなとなとー」

「いやもう、本当に私お腹いっぱいなんです!」

「なとなとー、熱いから気を付けて下さいねー」

「え、あ、あーん……」

 

 案の定、たこ焼きを近づければ彼女は口を開けた。少し赤らんだ頬を手で仰ぎつつ、小さな口を精一杯開ける。行動は子供っぽいのに、なとなとの構成要素がその認識を許さない。純粋に美少女な彼女の、行動と見た目のギャップにやられかけるも、俺は平静を装ってたこ焼きを運んだ。

 

「あ、プロデューサーちゃん!」

 

 突然、声を掛けられた。ビックリして肩を震わせた拍子に飛んだたこ焼きは、なとなとがギリギリキャッチ。あまりの熱さに涙を浮かべるも、口まで運べていた。その後に更に悶えていた。

 

「も、もちもちじゃないすかー!」

「にゃっほー! いやー、プロデューサーちゃんがちらっと見えたからさー、挨拶しとこーかなーって!」

 

 快活に笑う猫乃木もちもまた、アイドル部の一員だ。

 見た目は今どきのギャルJK。しかし、中身はアイドル部屈指の清楚(真)である。

 

「いやさー、にしてもー? どっかの風紀委員長が男と歩いてるなんてねえ?」

「……何ですかもちさんその目は。別に風紀乱してる訳じゃないですし良いじゃないですか!」

「えー、あーんとかして貰っておいて? 乱してないんですかー?」

「まーせーんー! それにあれはばあちゃるさんがやってきたんですからね! 私は何もしてないですから!」

「ふーん? じゃあ二人はこのお祭りで何をしてらっしゃるのかなー?」

「……え?」

「男と二人だなんて、風紀が乱れていませんか?」

 

 にやにやしながら、もちもちは彼女に詰め寄る。目を泳がせながら後ずさるなとなと。

 俺は追い詰められたなとなとの肩に、手を回した。

 

「はいはいはいはい、いやーもちもちには悪いんすけどー、今ばあちゃるくん達デート中なんすね」

「デートっ!?」

「ちょっと! 何言ってるんですかばあちゃるさん!」

「まあそう言う訳なんでね、もちもちとはね、また次に会ったときに遊んだり遊ばなかったりって感じでお願いしたいんすけど大丈夫っすか?」

「勿論だよプロデューサーちゃん! 応援してるね!!」

「いやーもうもちもち良いやつっすねこれ完全にね! じゃあなとなと、次は射的でもします?」

「え、え、え? ちょっと、え、どうなってるんですかばあちゃるさん!」

 

 もちもちから離れ、俺たちは人混みの中を進む。彼女には悪いことをしてしまった。後でクレープを奢ろうと決めつつ、俺はなとなとから手を離した。

 

「……あー、今って撮影中じゃないっすか。それでですねー、確かにもちもちも最高に可愛いんですけどー、今日はね、ばあちゃるくんにとっての主役はなとなとなんでね、もちもちには本当に悪いんすけど、なとなとを優先させてもらおう! って感じでさっきね、あんな風に言ったんすよ」

「私が主役?」

「この舞台にはね、ばあちゃるくんもなとなとが一番合ってると思うんでね! やっぱプロデューサーとしてね、ばあちゃるくんがなとなとの魅力を最大限引き出さないと! って感じっすね。なんでー、なるべくなとなとだけをずっと見ていたいんすね」

「……女の子をジッと見るなんてあれですよ。風紀が乱れかかってますよ」

「それもダメなんすか!? えぐー!」

 

 なとなとはジト目で俺を睨む。

 

「――嘘です。ばあちゃるさん、今日だけは、私だけを見てて下さいね?」

 

 しかし直後、彼女は俺の右手に手を重ねてきた。

 夏の暑さだけじゃない、火照った体温が手から伝わってくる。驚きながら彼女を見ると、なとなとはそっとはにかんだ。

 一瞬、音が消えた。

 それは勿論、気のせいだ。それでも、それくらいの衝撃が俺を襲った。

 鼻歌でも歌い始めそうなくらいに、彼女は楽し気である。呆気に取られている俺の手を引っ張る彼女。

 その姿は、それ以外の全てが霞むくらいに、綺麗だった。

 

「んなあー!」

「はいはいはい、いやもうこれ完全にばあちゃるくんの勝ちっすね!!」

 

 射的。

 それは空気を使い、コルクを撃ちだす銃を用いる遊技。

 一回五発五百円。上手くいけば五つの景品。積み重ねられたシガレットなどを上手く撃てば、それ以上も夢じゃない。

2人で同時にお金を払い、自然な流れで競争へと至った。現在、全てのコルクを消費した俺は三個の景品を。残り一発を残して、なとなとは一つの景品をゲットしていた。

要は俺の勝ちが確定したような物である。

「えー、私ばあちゃるさんに負けたくないんですけどー! ふつうに嫌なんですけど!!」

「いやー、そんなこと言っててもね、負けは負けなんでね。なとなとには罰ゲームを何かしてもらいますからね!」

「まだ! まだ負けてませんから!」

 

なとなとは強く言い放つと、最後の一発を銃に込める。

 彼女が俺に景品数で勝つには、このコルクで三個の景品を落とすしかない。二個でも引き分けになる。

 

「ていっ!」

 

 積まれたガムの箱。コルクはその上部を撃ち抜き、二つの箱が落ちた。

 屋台のおっさんが景品をなとなとに渡し、お礼を言ってからその場を離れる。道の端っこ、少しだけ屋台の途切れた所で立ち止まった。

 

「どうですかばあちゃるさん! 二つ落としましたよ二つ!!」

「すごいっすねなとなとー! やっぱ風紀を正す以外は何でも出来るんすねえ」

「風紀も正してます!! ……罰ゲーム、どうします?」

「あー、無しで良いんじゃないすか?」

「そうですよね。平和に終わらせたほうが良いですもんね!」

 

 はー、と胸をなで下ろしたなとなと。

 そうだ。罰ゲームを、何も本当にやらせようなんて思っていない。結果が、引き分けであれば。

 ポケットに手を突っ込んだ俺は、景品を一つ取り出す。さっきの射的で落とした、小さな髪飾りを。

 

「実はですねなとなと、さっきばあちゃるくんね、景品でこんな物落としたんすけど」

「え? わっ、これ凄く可愛いですね! これ、何のお花ですか?」

「ばあちゃるくんにはね、分からないんすけど」

「えー……」

「こんな綺麗な髪飾りをね、ばあちゃるくんが持ってても仕方ないんでね、はいはいはいこれねー、なとなとが受け取ってくれるとありがたいんすけどね、どうっすか?」

「え!? くれるんですか!?」

「もちのろんっすよ! この髪飾りもなとなとに付けてほしいと思うんでね、どうっすかね?」

「……じゃあ、貰っても良いですか?」

「はいはいはい、いやーなとなとやっぱ滅茶苦茶良い子っすね!」

「ふふふ、ありがとうございます。そうだ、ばあちゃるさんが付けてくれませんか?」

「良いっすよー! どこら辺っすか?」

「えーと、じゃあ、この辺にお願いします」

 

 なとなとの指さした処に、丁寧に髪飾りを付ける。それに触れながら微笑むなとなとを眺めつつ、俺は彼女に言葉を掛けた。

 

「……これでですね、ばあちゃるくんの取った景品が二つになったんでね。ばあちゃるくんの負けっすね」

「え? ……ええっ!? そんな、私そんなつもりじゃ無かったんですけど!」

「だいじょーぶだいじょーぶっすよはいはいはいはい、ばあちゃるくんがね、自分からやった事なんでね! じゃあなとなと、ばあちゃるくんに何でも言って良いですからねー。焼きそば十個奢れ! とかね、まあそれくらいならやりますからね!」

「えー……」

 

 なとなとは少し言葉を切り、悩み、それから顔を上げた。

 

「じゃあ、ばあちゃるさん」

「はいはいはい、なんでもね、良いっすからね!」

 

 彼女は俺に目を合わせる。純粋な力強さに、溢れそうな意思の宿る瞳に、顔が動かせなくなった。

 

「今日の事を、この瞬間を、ずっと覚えてて下さい。それが罰ゲームです」

「えぐー! え、一生っすか!?」

「ずっとって言ったじゃないですか!」

「やばーしーやばーしー……いやばあちゃるくんね、とんでもなく忘れん坊将軍なんすよ」

「知ってます。シロさんが言ってましたし。だからこそですー。ばあちゃるさん、すーぐ忘れちゃうんですから」

「いやー、好きでね、忘れてるわけじゃないんすよ……」

 

 なとなとが頬を膨らませる。心当たりが無数にある俺がたじたじになっていると、なとなとの方から表情を崩した。

 彼女は手を伸ばし、さっきと同じように俺の手を取る。存在を確かめるように指を絡め、ぎゅっと握った。

 

「大丈夫です。ばあちゃるさんが忘れっぽくても、私が忘れないようにしますから」

「……そうっすか。じゃあ、安心っすね」

「任せてくださいよー。あ、でもばあちゃるさんも努力してくださいね! 少しは!」

「はいはいはい、もう努力しますからね完全にね!」

 

 そして、彼女が優しく俺を引っ張る。楽しそうに笑う彼女の後を追って、歩幅を合わせて。着飾った彼女の事を、『普通に』見れるようになった頃には――

 八重沢なとり以外の全てが、ぼやけた光になっていた。

 

 それにしても。

 女子の別腹とは怖いものである。シロちゃんのお菓子係として知っていた事ではあるが、小食のなとなとでさえもこんなに食べるとは。わたあめにベビーカステラ、みずあめにクレープ。今は手にりんごあめを持っている。

 俺も何回か手伝わされた。甘い口の中をふりふりポテトなどで中和しても、直ぐに次が飛んでくるのだ。

 それでもまあ、担当アイドルが楽しそうだから良しとしよう。 

 なんて感じで祭りを楽しんでいたら、花火の時間が迫ってきた。人々はぞろぞろと、よく見える場所へと移動し始める。

 

「ばあちゃるさん、花火を見る場所って決まってるんですか?」

「それなんすけど……なとなと、ちょっと歩いても平気っすか?」

「はい。大丈夫ですよ」

「今から行く場所なんすけど、ちょっとね、花火が見えにくいかもしれないんすよ。なんで迫力には欠けるかもしれないんすけど、周りに人がいない方が気兼ねなく楽しめるかなーって思ったんすけどね、どうっすか?」

「ばあちゃるさんが居るならどこでも良いですよ。行きましょうか?」

「えっ」

「え? ……行きましょう早く行きましょうばあちゃるさん! ほら! 時間がないですよ!」

 

 ぼふん、という効果音が聞こえるくらいに、なとなとは顔を真っ赤にした。俺でも照れ隠しだと分かるくらいに、彼女は強引に歩き始める。未だに繋がった手と手。行き先を教えながら、なとなとと歩くこと十五分程。

 

「……あれ、そんなに離れてない気がするんですけど……全然人が居ないですね」

「ここはっすね、メンテちゃんにお勧めしてもらった場所なんすよ。花火は少し小さくなっちゃうんすけど、だーれも居なくてね、静かに見れるんすね」

「へー……あっ、ばあちゃるさん! 丁度始まりましたよ!!」

 

 そして。

 俺となとなと以外誰も居ない河川敷から見える、遠い夜空で、花火が打ちあがった。

 赤、青、黄、緑、白、紫。

 あらゆる色が、あらゆる形に散っていく。微かに聞こえる音が、消え去る瞬間の寂しさを掻き立てる。

 

「思ったより見えますね! 凄い、凄い綺麗じゃないですか!」

「これはとんでもない凄さっすね完全にね。人生で一番凄いっすよこの花火ー!」

 

 なとなとが、空を見上げたまま声を上げた。

 テレビに映るのも納得の素晴らしさ。絶え間なく、しかし緩急は付けて花火は打ち上げられる。

 大きい一発も、小さい花火の連発も、全てが心を震わせた。

 夏の夜風が肌を撫でる。半分くらいのりんごあめを手に、花火を見る彼女。

 俺はじっとその姿を見つめ、やがて空に目を移した。

 

 ……そして、時間が経ち。

 恐らく最後の、花火が上がる。やけに遠い青の花を、誰も居ない河川敷で見上げた。

 風が草を揺らす音。水が流れる音。余韻を残す大音は、残滓と共に溶けていく。

 時間的に、最後の花火が打ち出された。黄色の軌跡を残し、暗い空を駆け上がる。会場からは少し離れたここでも、ひゅううう……という音が聞こえ。

 大空に、花火が散った。

 最後に相応しい、とても綺麗で力強い、花だった。

 

「凄かったですね! お祭りにも人が沢山居たし、花火も量が多いし種類も沢山あって……!」

「はいはいはい、楽しんでね、貰えたらばあちゃるくんも嬉しいっすね」

「楽しかったです! ただもちさんにはちょっと悪いことをしてしまったので、なんか埋め合わせをしないとですね……」

「それはね、ばあちゃるくんがやっておくんでね。なとなとは気にしないで良いっすよ」

 

 花火が終わった後。電車が混み始める直前に、俺たちは目当ての駅に帰ってくる事が出来た。

 今はなとなとを家まで送っている。人通りの少ない夜道、一人で返すわけにはいくまい。

 因みに後日、俺の財布は薄くなった。クレープは案外、値が張るものなのだ。

 

「ばあちゃるさんはどうでしたか?」

「あ、それ聞いちゃうー? 実はですねー、年甲斐もなくめっちゃ楽しんだんすよ」

「精神年齢的には合ってるんじゃないですか?」

「ちょいちょいちょーい! なとなと馬鹿にしすぎっすよばあちゃるくんのことー! ばあちゃるくんの精神年齢はね、軽く見ても1500歳はありますからねこれ完全にね」

「元カノですか? 忘れちゃいましょうそんな人たち」

「辛辣っすね……」

 

 どこかでなとなとの反感を買ったらしい。繋いだ右手が強く締め付けられた。

 今の時刻は九時十五分くらい。ギリ補導されないレベルの時間帯に、ようやくなとなとの家に着いた。

 

「送ってくれてありがとうございます」

「はいはいはい、当然のことっすからねこれくらいね!」

「そうなんですか?」

「そうっす」

 

 なとなとがへー、と頷く。会話も途切れ、場所も丁度良い。俺は彼女と繋いでいた右手から力を抜き、するりと手を引き抜こうとする。

 が、しかし。俺が力を抜いた分、なとなとが唐突に力を込めた。がっちり掴まれ、手が抜け出せない。

 

「な、なとなとー? もう遅いんでね、なとなともそろそろ家に入った方が良いんじゃないっすかねはいはいはい」

「……そうですね」

 

 一言、彼女は呟いた。

 直後。なとなとの空いた右手が俺の首をホールドし、そのまま下へと持っていかれる。

 

「えっ」

「――んっ」

 

 静止は間に合わず。

 彼女の唇が、しっかりと俺に触れた。

 熱と感触を、二度と忘れられないくらいにしっかりと刻み込んだ。

 

「……ばあちゃるさん」

 

 唇を離し、いや、唇を動かせるだけの間隔を空けて。時々触れ合うくらいの距離で、彼女は俺の目を真っすぐに見据える。

 

「これで、二度と忘れられなくなりましたか?」

 

 ダメ押しの如く、もう一度キスをされる。

 今まで見たことのない、艶やかな表情。唇を下で舐め、なとなとは俺に手を振った。

 彼女が家に帰っていく。ドアが閉まると同時に、ただいまという声が聞こえる。

 動かなければ。さっさと帰らなければ。

 なのに。

 

「……俺、ここだけ忘れてえなあ……」

 

 衝撃は抜けきらず。足をそこに留まらせるには、十分すぎる威力を受けていた。

 

――☆――☆――

 

「……ふう……やっぱおせんべいって美味しいっすよねえ……」

「どうしたんですかばあちゃるさん」

「あー、メンテちゃんっすか。いやあ、今日があのー、イメージビデオ発売日なんすよね」

「ああ……なるほど。今日明日は、アイドル部の部室に近寄れないですね」

「ばあちゃるくんもね、もう二度とあんなに尋問を受けたくないんでね」

「そんなに酷かったんですか?」

「……聞きたいっすか?」

「遠慮しておきます」

 

 メンテちゃんはここ、私立ばあちゃる学園ではばあちゃるの秘書という立場にある。学園長であるばあちゃるはただでさえ他の所の仕事が多いので、メンテちゃんもカバーに入ったのだ。

 今日は平日。その放課後、ばあちゃるは絶対に学園長室を出てなるものかと決意していた。

 

「今回の出来はどうだったんですか?」

「向こうの社員さんに教えてもらったんすけど、会議は一発突破。寧ろ映像が上がる前から量産体制を作り出してたとかっすね」

「早計過ぎませんか向こうの会社」

「それだけね、期待してもらってるって事っすよ。アイドル部の皆はもう最高に良い子たちなんでね、自信持って期待に応えられますね完全にね!」

 

 ばあちゃるはお茶を一口含み、息をついた。今日も今日とて仕事が多かったのである。

 これからも増える可能性が無きにしも非ず。せめてこの時間だけは、安寧の時を。

 そう、願っていた。

 ドンッ!

 

『馬ぴー? 開けてくれると、ちえりすっごい嬉しいなあー』

「メンテちゃん。ばあちゃるくん急用を思い出したんで逃げま出掛けますね」

「ダメですよダメですよばあちゃるさん私にどれだけの仕事を担わせるつもりですか」

『うまP!! 開けてよー!』

「ごんごんにちえりん……フィジカルで抑えに来てるんすかね」

「勝てないですよ私」

『……はあい。把握しました』

「ちょっ、きそきそまで居るんすか!? えぐー! いやこれやばーしーっすね!?」

「窓!」

『無駄、と、思いますう」

 

 窓は開かなかった。

 しかし、部屋のドアは開いた。鍵を掛けていたはずなのに、それは音を立てて開いたのだ。

 

「……きそきそ、何やったんすか?」

「この部屋の構造を把握し、プログラムに落として、動画編集神に改造させました。これくらいなら、まあ」

「えぐー……」

 

 開かれたドア。後ろから、ぞろぞろと入ってくるアイドル部。

 全員が入った……かと思えば、そこには一人足りていなかった。

 

「あれ? なとなとは?」

「あたしが今呼び出したよー」

 

 そして、数分後。

 来なければ良いのに、なとりはわざわざ来てしまった。嫌な予感は感じていたが、彼女は来てしまったのだ。

 頭には白い花の髪飾り。彼女は学園長室を覗いた瞬間に踵を返したが、めめめといろはには勝てず――

 

「……馬P、お祭り行ったのに私のこと誘ってくれなかったんですか?」

「いやーそのー、何とか許してくれないっすかねたまたまー?」

「おうまさん、ズルいです! 私も行きたかったんですよ!」

「ああああ、ピーピーごめん、そうっすね、いつか皆で行きたいっすね!」

「八重沢ぁ……風紀委員長ってなんだっけなあ?」

「……っ」

「八重沢ぁ……風紀、乱れてるぜえ?」

「……!!」

「その辺にしときなよ! めめめ!」

「いろはさん……!」

「だって風紀=なとちゃんでしょ? 常に乱れてるに決まってるじゃん! 元からだよ!」

「違うんですううううううううう!!!!!」

 

 ばあちゃるとなとりは、他のアイドル部から責めに責められまくった。

 それはもう、コテンパンにされたのだった。

 そんな中。メンテちゃんは一人、お茶を飲んでいた――。 

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