アイドル部イメージビデオプロジェクト   作:ラギアz

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制服、放課後、遊園地!

私立ばあちゃる学園。その正門に、俺は立っていた。

身を包むのは、この学園の制服。……ではなく、自前のブレザーである。この学校は女子校なので、元々男子の制服は存在しない。

では何故、成人済みの男である俺が制服を着ているのか。この高校の前に居るのか。

答えは簡単なようで、複雑だった。

丁度、学園が終わったらしい。昇降口から生徒が出始めた。

そんな中、走る影が1つ――

 

「ごめーん、待ったー?」

「あ、ちえりーん! 全然待ってないっすよ!!」

 声を掛けてきたのは、花京院ちえりと言う少女。

 現在は昼前。今日は平日ながら、学園が午前で終わる日。

 そして、俺……ばあちゃるが、花京院ちえりとデートをする日だ。

 しかも制服で。学生時代のブレザーで。

 事の発端は、2週間ほど前に遡る。

 

――☆――☆――

 

 アイドル部イメージビデオプロジェクト。それは部員一人一人にシチュエーションを設定し、ビデオを撮影。それを販売するというプロジェクトだ。

 そのプロジェクトの、第3弾が始動した。

 次のテーマは「制服、放課後、遊園地!」。

 抜擢されたのはアイドル部所属、花京院ちえり。

 彼女のアイドル衣装は学校の制服っぽい。今回は放課後デートを題材としたデートなので、制服のイメージが強い彼女を起用。遊園地に対して縁があることも含め、適役と言えるだろう。

 第二弾の売り上げは、第一弾に負けず劣らず。

 社員から結果と企画を話された二人は、同時にお茶を飲んだ。

 

「いやー……それにしても凄いっすね。ばあちゃるくんここまで伸びるとは思ってなかったんすよ」

 

 素直に呟くばあちゃる。いつも通りの青スーツを着る彼は、態度もまたいつも通りだった。

 そう。外見上は。

 彼の思考は現在、もしカメラ役を任されそうになった場合、どう逃げるか――その演算をしていた。これ以上アイドルとプロデューサーが関われば、炎上しかねない。プロデューサーとしてそれだけは出来ない彼は、三回目こそはと意気込んでいた。

 対して。

 花京院ちえりは、その事が分かっていた。ばあちゃるがそういう男だと理解している彼女は、今も彼の一挙一動に目を光らせている。なんとしてでもばあちゃるにカメラ役をやって貰う。ちえりはそんな思いを抱えていた。

 

「……はいはいはい、この条件ならね、ちえりんもね、とんでもなく可愛く撮れるんじゃないんすかね! やりましょうこれ!」

「ありがとうございます。……それでは此方が協力してくださる遊園地の資料です」

 

 お礼を言いつつ、ばあちゃるは封筒を受け取った。丁寧に鞄に仕舞い、彼は社員に向き直る。

 そして恒例の流れの通り、社員が口を開いた。

 

「次に決めたいのが、カメラマンです。目線にカメラを付け、撮影をして頂く役です。花京院ちえりさん、何かご要望はありますか?」

「……ねーえうまPー?」

「……なんすかちえりん」

「たまちゃんとかなとちゃんの時はカメラマンやってましたよね? 今回もやってくれないですかあ?」

「あの時はまだ何も分かってない状態だったんでね、ばあちゃるくんがやったんすけど、まあ今回は他の人に任せた方が良いんじゃないすかね!」

「ちえりー、どうせなら安心しながら撮影したいと思ってるんだけど……プロデューサーなら安心出来ると思わないですかー?」

「アイドル部の子はどうっすか? ふたふたとかね、頼めばきっとやってくれると思うんすけどね!」

 

 両者譲らず。ばあちゃるは人望が厚い。アイドル部の子を撮影役にするのを回避しても、彼が頼めば撮影役をしてくれる人は居るはずだ。その時、その相手が花京院ちえりより先輩だった場合。ちえりは断れず、ばあちゃるとの撮影は泡となって消える。

 正面突破は不可能。 

 そう判断したちえりは、そっと顔を伏せた。

 

「……うまP、ひどい……二人にはやったのにちえりはダメなんだあ……」

「えっ」

「ちえりもっ、うまPに……好きになって欲しかったなあ……」

 

 ばあちゃるは硬直する。まさか泣かれるとは思ってなかった彼は、忙しなく動き始めた。

 ちえりの顔は伏せられていて見えない。しかし嗚咽が聞こえるし、声は震えている。この状況でその涙を放っておけるほど、ばあちゃるは非情では無く。

 

「あ、ああ……分かった、分かりました! ちえりん、ばあちゃるくんが撮影するんでね! ちょっと泣き止んで……やばーしー……」

「ほんと……? うまPやってくれるの……?」

「もちろんっすよちえりん! ばあちゃるくんに任せて欲しいっすね!」

 

 ドン! とばあちゃるは自身の胸を叩いた。強く頼もしさをアピールしつつ、ちえりを慰めようと少し近づく。安心させるように声を掛けながら、彼は彼女の手を握った。

 瞬間。

 

「じゃあそういう事でお願いします! うまP、ちえりをかわいーく撮ってね?」

「……あれ?」

 

 驚くばあちゃる。にっこにこの花京院ちえり。

 ――嵌められた。

 ソファが軋む。背もたれに体重を預けた彼は、自分自身のちょろさを呪った。

 

――☆――☆――

 

 とまあ、そんな訳で。 

 まんまと騙された俺は、再びカメラマンとなったのだ。

 制服のまま来たのは、有名なファストフード店。二人掛け、向かいの席でちえりんはハンバーガーに噛り付いていた。

 

「これ食べたら電車に乗ってー、すぐに遊園地行っていい?」

「良いっすよ! なんか買い物とか無いっすよね?」

「うん。特にはないかなー」

 

 きちんと飲み込んでから、彼女は口を開いた。交通手段は電車を用いるらしい。リムジンは使わないのか。その問いには、『高校生らしくない』との返答が返ってきた。

 

「……あのー、ばあちゃるくんのブレザー大丈夫っすか? なんか痛々しいコスプレ的な雰囲気出たりしてないっすよね?」

「あー、うん。大丈夫じゃない?」

「ちょいちょいちょーい! 適当っすぎっすよちえりーん!」

「うまP見た目若いからなんとかなるって。ちゃんと身だしなみ整えてるしさー」

「まあ我慢するしかないっすよねー……」

 

 今更着替える物も無い。食べ終えたハンバーガーの服を丸めて、俺達は席を離れた。

 下調べはしっかりとしてある。迷うことなく、目的の電車に。

 ここからは八駅程度。僅かな時間だ。

 

「……うまP大丈夫?」

「よゆーっすよ完全にね!」

 

 俺が、押しつぶされかけてなければ。

 電車内は人が滅茶苦茶多かった。壁際に立っているちえりんが潰れないように守っている俺に、電車が揺れるたびにとんでもない重さがのしかかってくる。無論、ちえりんと俺の距離は限りなくゼロに近い。触れはしないラインは保ちつつ、彼女への負担を減らしているのだ。

 彼女の頭がすぐ下にある。艶やかな栗色の髪が綺麗だ、なんて事を考え続け。

 

「着い、た……」

「ありがと、うまP……もう少し体重かけて良かったのに」

「そんな事したらばあちゃるくん炎上しちゃうんでね! あれくらい全然問題ないっすよ」

「その割には疲れているのではー?」

「いやまあそのー……」

 

 ニヤニヤと笑うちえりん。言葉に詰まる俺。

 疲れたのは事実だが、今日はデートという名目だ。エスコートするのが男の役目でもあるから、いつまでも疲弊しているわけにはいかない。

 

「……じゃあ、行きましょうかちえりん」

「はーいっ」

 

 一息吐いてから、俺は歩き始める。彼女は直ぐに横に並ぶと、止める間もなく俺の手を取った。驚き手を離そうとするも、それは叶わず。中々に力強い握力の元……ちえりんを見ると、それはそれは可愛らしい――もしくはあざといと言うべきか。とびっきりのウィンクを決められ、黙らざるを得なかった。

 ……花京院ちえりと言う少女は、自分が可愛いと分かっている。

 時々不安になるのか、コメントで視聴者に可愛いと言って貰う事を求める一面もあった。

 が――基本的に、可愛いという自負は常だ。故に、ただ純粋にひたすらに。

 ちえりんの狙って行う『可愛い』は、分かっていても来る物があるのだ。

 空いた手で、俺はネクタイを緩める。yシャツ第一ボタン、それにブレザーの前も開けた。

 

「あー、着崩してるー! なとちゃんに言っちゃおっかなー?」

「ばあちゃるくんは私立ばあちゃる学園の生徒じゃないんでね、セーフっすよセーフ」

 

 高校の頃の制服。高校の頃のスタイル。何年振りだろうか。正直考えたくも無い。

 遊園地は目前。大きな観覧車が、ゆるりと回っていた。

 

 チケットを買い、入園。入り口で貰ったマップを見つつ、ちえりんが俺を引っ張っていく。手は繋がれたまま、微笑みながら進む彼女。制服の相乗効果もあってか、青春特有の甘酸っぱさを密やかに感じていると。

 

「ちえりん。ばあちゃるくんね、順番って結構大事だと思うんすよ」

「まあー、確かに」

「いやそう思ってないっすね完全にね」

「えー、初っ端これの何が悪いのー?」

「……初手ジェットコースターは中々チャレンジャーすぎると思うんすよばあちゃるくん」

 

 なされるがまま。彼女に逆らわず付いていったら、たどり着いたのは名物のジェットコースターだった。日本国内でも屈指の長さを誇り、高低差も激しい。生半可な気持ちで乗ると後悔する……マップにもそう書かれている。

 

「最初はね、メリーゴーランドとか乗ってね、ゆっくりゆっくり気持ちを高めてからの方が良いと思うんすよばあちゃるくん」

「まあまあ」

「まあまあで済ませちゃダメっすよちえりん! 嫌っす! このレベルのジェットコースター、流石のばあちゃるくんでも最初に乗りたくないんすけど!」

「まあまあ。あ、二人分お願いしまーす!」

「ちえりーん!!」

 

 無慈悲。彼女は俺に目もくれず乗り込み、隣の席を叩く。

 ……コースターの行く先。レールは、高く高く上がっている。首が痛くなるくらいの高さだ。

 俺は諦め、観念し、後悔しながら、一番前の席に座る。上から降りてきた黒いバーで体を固定。隣のちえりんは、満面の笑みを浮かべていた。

 たった数分。されど数分。

 地獄というのは、いつでも容赦ないダメージを負わせて来るものだ。

 

「あー! すっごい楽しかったー!」

「……やばーしー……やばーしー……いやこれマジでもう……」

「ここでちえりが無理やり引っ張っていくのと優しく気遣うの、どっちがポイント高い?」

「映像的にはどっちも欲しいっすね」

「なるほどー。つまり二回乗ろうって事ですよね?」

「優しくして欲しいっすね完全にね! いやーちえりんの優しさが欲しいなーばあちゃるくん! ちえりんの可愛さなら直ぐに復活できますねはいはいはい」

「もー! 仕方ないなー?」

 

 元気溌剌。絶叫系で疲労するどころか、テンションが上がった様子だ。意味が分からない。未だにふらふらする俺を、彼女はベンチへと引っ張っていった。そこは周りにほぼ乗り物がない、園の端っこ。ジェットコースターの面積を取るために出来た、空きスペース。

 

「はい座ってー」

 

 ちえりんに促され、俺は腰を下ろす。

 

「はい力抜いてー」

 

 背もたれに体重を預ける。

 

「はい横に倒れてー」

 

 ……それには従わず、目元を抑えた。遊ぶ時間を確保するためにも、休む時間はなるべく少ない方がいい。まあ、たかだかジェットコースター。三分もいらないだろう。

 そこまで考え、俺は目を開いた。

 直後。ぐいっ! と肩を掴まれ、引っ張られ、横に倒される。腹部に衝撃が走るも、頭は柔らかい場所に着地した。少し引っかかる布が頬に触れる。心地よい温もりがじんわりと伝わって来る。

 ……これは、燃えるやつだ……!

 俺は咄嗟に理解する。自分がどういった状況にいるかを把握し、反射的に起き上がろうとした。

 そう、起き上がろうとしただけ。

 

「うまP、ちゃーんと休んでね?」

「ちょっ……ちえりん力強すぎないっすか!? アイドルの腕力じゃないっすよこれ!」

「そんな力強く無いですよー!」

 

 力負け。彼女の腕に抑え込まれ、膝枕の状態から脱出出来ない。

 一切緩まない力。抗う気力を削いでいく心地よさ。攻防は数十秒続き、そこで俺は諦めた。

 

「……二分くらい、膝枕してもらって良いっすか?」

「もー! しょーがないなあー! 別に一時間くらいでも良いよ?」

「そうするとね、アトラクションで遊ぶ時間が沢山減っちゃうんでね! 寧ろもう行っても良いんすけどね」

「折角ちえりが膝枕してあげてるんだからもっと味わえば良いのに」

「いやー、燃えちゃうんでダメっすよ」

「バレなきゃ良いじゃん」

「物騒な考え方っすねこれ完全にね。いやでも、ちえりんの膝枕気持ち良いっすねー」

「そう? ……うまPずーっと頑張ってるから、これくらいならいつでもしてあげるからね」

「そんなに頑張ってるように見えます?」

「いや毎日毎日残業しといて頑張ってないは無いでしょ」

「……あー、バレてるんすねそれ……」

「バレてたらダメなの?」

「だってほら、キャラじゃないっすよそんなん! ばあちゃるくんはー、寧ろ毎日定時で上がってへらへらしてるような奴じゃないすか? 仕事頑張ってるのは、ばあちゃるくんらしくないっすよー!」

 

 隠しているつもりだった。ばあちゃるという存在は、いざとなればアイドル部の為に切り捨てても良い物にしなければならない。その為には何よりもまず、彼女たちの信頼を落とさなければならないのに。

 そう、プロデューサーなんて立場だけでいい。俺の言葉を伝えるのはシロちゃんとかに頼んで、俺は盾にさえなれれば良いのだから。

 

「……ねえ、こっち見て?」

 

 彼女に声を掛けられ、そっと体を動かす。ちえりんの綺麗な瞳と、視線が交わった。

 

「ちえりが膝枕してる時は、貴方を休ませてあげる」

 

 直後、視界が隠された。さわさわと葉が揺れる音が良く聞こえる。風が服をなびかせ、汗を冷やした。

 コースターの疲労なんぞ、とっくに吹き飛んでいる。でも、俺はそこから離れる事が出来なかった。

 結局、ちえりんには十五分くらい膝枕して貰っていた。予定より何倍も長い休憩時間。撮影に対して焦りはあるものの、不安は一切無く。

 

「いやもう最高っすねちえりんの膝枕ね! 疲れなんてもうぱいーん! て感じで吹き飛びましたよ完全にね!」

「そこまで言ってくれるとやった甲斐があるなあ! ……うまPが頼んだら、いつでもやってあげるからね?」

「マジンガー!? まあもうね、頼まないと思うんすけど」

「うっそだろおい」

「いやほら……立場的に危ういんでね、なんか猫にでも癒されますよ」

「猫ー? えっそれ完璧にちえりじゃーん!」

「えー嘘! どこが!?」

「……にゃん」

「とってつけたにゃんじゃないっすか! いやーそんなん猫にカウントしないっすよ」

「めっちゃ可愛いちえりちゃんのにゃんだよ! カウントされるよ!」

「それ圧力ってやつっすよ圧力」

「あ?」

「それ! それっすよちえりん!」

 

 言論統制。独裁だろうか。

 そのまま清楚とは何か――と言う哲学に突入したところで、二つ目のアトラクションに到着。前の絶叫系とは一転、ほぼ誰でも楽しめるゴーカートだ。

 

「おー、一人乗りと二人乗りがあるんすね」

「そーなの! 普段ならどっちも混んでるけど、流石に今日は混んでないなあ」

「楽で良いっすね! じゃあばあちゃるくん先に行きますね!」

「んん!? うまP、そっち一人乗りだから!」

「……え? そりゃそうっすよ。ばあちゃるくんこっち選びましたもん」

「撮影があるでしょ!」

「え、二人で乗るんすか!?」

「当たり前じゃんもー!」

 

 ちえりんはそのまま一人で受付へ。慌てて後を追い、ちえりんの相方としてカートに座る。運転席に追いやられた俺は、係員の合図と同時にアクセルを踏んだ。

 

「飛ばせ飛ばせー!」

「……この撮影すずすずとじゃなくて良かったっすね」

「あー……。事故りそうだなー」

「絶対ブレーキ踏まないっすからねすずすず。確実に前のカートに衝突しかけるでしょ」

「うまP免許持ってるんだっけ?」

「一応持ってますよ。そんなに遠出しないっすけど」

「ふーん。ドライブ行く時に誰か誘ってみれば?」

「ドライブにそんな行かないんすよね……まあピーナッツ君とか誘ってみますかね」

「でもうまP。可愛い女の子とドライブしてみたくない?」

「いやまあしたくないって言ったら嘘になりますよそりゃあ」

「……誘ってみない? かーわいい女の子」

「ちょいちょいちょーい! 怪しい店っぽくなってますねこれ完全にね! でもあれっすよ、ばあちゃるくんが誘って来てくれる女の子なんて居ないっすよ」

「もー! しっかたないなあー! ちえりが助手席に乗ってあげる!」

「じゃあお願いしますね」

「……え?」

 

 視線だけ動かし横を見ると、ちえりんは呆然としていた。特徴的な目は見開かれ、小さな口も空いていた。予想以上のリアクションだ。

 

「冗談っすよ――

「言質取ったからねうまP」

 

 俺が笑い飛ばそうとした瞬間。食い気味に言葉を被せてきた。

 前を確認してから、横を見る。隣のちえりんは、興奮を隠しきれないとでも言うように、頬を緩ませ。

 

「ちえり、大体夜は暇だからー、配信が無い日ならいつでも付き合えるよ?」

「いや、だからちえりん、冗談っすよ冗談!」

「聞こえなーい! 楽しみにしてるからね、うまP!」

 

 圧殺。

 ヤンキー節ではなく、少女の純粋な喜びに負けた。俺は自分をあまり好きではないから、卑下する傾向がある。それを認める。そのことは自覚している。

 ……だが、ちえりんの笑みは本物。アイドル部プロデューサーとして、ずっと彼女を見続けてきたからこそ、それを否定できない。

 そしてその笑みを砕く事を、俺は良しとしない。

 自分のポリシーで、自分の首を絞める事になろうとは。

 ゴーカートを降りると、ちえりんは突然腕を組んできた。何がとは言わないがむぎゅーっと当たる。離れようとしても離れられない。ガチ目な腕力だった。

 その後、閉園時間間際まで俺たちは遊んだ。

 メリーゴーランド、スカイサイクル、フリーフォール。連れて行かれるがままに、遊園地内を駆け巡ること数時間。

 空はすっかり茜色に染まり、遠くの空はもう暗かった。

 時間的に、次が最後のアトラクションだろう。

 

「そろそろ帰んなきゃなんすけどー、折角なんでね、最後に何か乗りましょうか!」

「やっぱ最後は定番の観覧車でしょー!」

 

 と、言われ。観覧車に行くと、ここだけ列が出来ていた。最後に乗っていこうという人が集まったのだろうか。カップル、家族連れ、友人同士……様々なグループが入り混じっている。とはいえ、今日は平日。並んでるとはいえ、ほんの数分で観覧車に乗りこめた。

 

「どうする? うまP。隣に座る?」

「いや、向かい合った方が良いっすね」

「ん、分かった」

 

 ここはカメラマンとして指示を出す。ちえりんはバッグを椅子に置き、自身も腰かけた。

 窓からは夕陽が差し込み、彼女に美しい陰影を付ける。白い肌は空の色に。静かな音を立てて上っていく観覧車。暫く無言で景色を見ていたちえりんは、突然苦笑いを浮かべた。

 

「どうしたんすかちえりん」

「……あー、その、控えめに後ろ見てみて?」

 

 控えめに。俺は横の窓から景色を見る……ふりをして、視線だけで横を伺った。

 そして全てを察する。隣の箱の中で、カップルがそれはもうとんでもなくイチャイチャしていたのだ。見てるこっちが照れてしまうレベル。ちえりんの表情の意味を理解し、にやけを堪えながら顔の向きを戻す。

 瞬間。

 ドンッッ!! と、顔の横の窓が、割れそうなくらいに強く叩かれた。

 いや、手が押し付けられた。眼前には、花京院ちえりの顔。その端正な作りを、改めて脳に刻み付けられる。

 

「ねえ……うまP」

 

 彼女の左手が、俺の顎を撫で、頬を支える。口角を釣り上げた彼女は、吐息の触れる距離で口を開いた。

 

「ちえり達も。……あーんな風に、キスする?」

 

 壁ドン。顎クイ。座ってる俺に対して、膝立ちで見下ろしてくる彼女。

 全てが、脳の処理を、圧迫し、鼓動を、速めている。

 舌で唇を濡らしたちえりんは、俺の返事を待たずに顔を近づけた。近づく瞳に言葉が詰まる。右腕で彼女の肩を抑えるも、些細な動作で振り払われ。

 ――覚悟を決めた。決めなければならなかった。

 

「ふふっ、めっちゃ構えてるじゃんうまP-!」

「……えっ?」

「もー、ちえりはたまちゃんとかなとちゃんと違ってアイドル忘れてないよー!」

「えぐー……ばあちゃるくん完全に手玉に取られてるじゃないすか……」

「んふふー、ドキドキしちゃった?」

「いやー、まだまだ甘いっすねはいはいはい! ばあちゃるくんをドキドキさせるにはですねー、やっぱ大人の魅力的なのがないとね! ちえりんにはそこが足りない感じですね完全にねはいはいはいはい!」

 

 ちえりんから顔を反らし、俺はまくし立てる。早鐘を打つ心臓を悟られない様に。

 だが。俺が、甘かった――。

 

「愛してる」

 

 窓に付いた手を曲げて、彼女は俺に体ごと近づける。まるで抱き締めるような態勢のまま、ちえりんは耳元で囁き始めた。

 

「大好き。いつも笑ってるとこが好き。真剣な顔が好き。手袋をする時の動作が好き。頑張ってるのにそれを見せびらかさないとこが好き。頭を撫でてくれる時が好き。忙しくても時間を縫って会ってくれるところが好き」

 

 一切、考える暇を与えない。

 ダイレクトな告白に、顔が熱くなる。今まで向けられたことのないくらいにドストレートな好意。脳が沸騰しそうだった。

 ……観覧車は地上へ。扉が開く直前、ちえりんの熱い吐息が耳を包んだ。

 

「うまP、大好き」

 

 いつもいつも、無駄にうるさいと言われた口は回らず――。

 腕を組んだ彼女に連れられ、観覧車を離れる。結局、遊園地を出てもいつもの調子は戻らなかった。しかし、何故かちえりんは楽しげだった。その事に安心しつつ、電車の中で、俺は調子を整える。いつもの自分を思い出す。はいはいはい、えぐー、まじんがー、やばーしー、よし。行ける。

 電車を降り、改札を出た後。夕暮れ、駅前の噴水広場まで歩き、彼女は振り向いた。

 

「今日はありがとね! ちえりすっごい楽しかったー!」

「はいはいはい、楽しんで貰えたなら良かったっすねこれ完全にね!」

「でもなー、うまPちょっと情けないとこもあったしなー?」

「マジンガー!? ちょいちょいちょーい! ばあちゃるくんね、これでも結構頑張ったんすよ!」

「ほんとー?」

「えぐー!!」

 

 悪戯っ子のような笑みを浮かべ、ちえりんは首を傾げる。しかし、直ぐに笑みは優し気な物に。

 綺麗な、燃えるような夕日を背景に、彼女は微笑む。

 

「本当に楽しかったー! ありがとー!」

 

 そしてちえりんはウィンクをバシッと決め、大きく手を振りながら駆けていった。

 俺も手を振り返す。夕焼けに向かって走る彼女は最後まで笑顔で、何よりも眩しかった。

 

――☆――☆――

 

「……ふう」

 

 ちえりんが見えなくなったところで、俺は息を吐いた。半日遊園地で遊んだだけだが、予想以上に疲れている。ブレザーも早く脱ぎたい。今日はこのまま直帰していいとの指令が出ているので、すぐさま帰ろうと踵を返す。

 

「あ、もう切っていいっすよね」

 

 それと同時に、カメラを切ろうとした瞬間。

 

「うまP」

「うおっ!? ち、ちえりんどーしたんすかもー! 忘れ物でもしたんすか?」

「んー、ちょっと。うまP、すこーし屈んでくれる?」

「別に良いっすけど……」

 

 背後から声を掛けられたかと思えば、そこに居たのは帰ったハズのちえりんだった。彼女に言われるがままに屈む。すると彼女は一瞬で距離を詰め、額と額をくっ付けた。突然の接近に驚くも、何か言うより先にちえりんが口を開いた。

 

「……うまPがどうしてもちえりとキスしたいって言うなら……いつでもしてあげるからね……?」

 

 それだけ言って。

 たったそれだけの、短い、メッセージを残して。

 彼女は最後ににたりと笑うと、ゆっくりと歩いて行った。呆然とする俺を置いて行った彼女は、

 ――最後の曲がり角で俺を一瞥すると、唇に人差し指を当てて、そのまま消えていった。

 

「……えぐー……」

 

 カメラの切り忘れに気付いたのは、帰宅後。電池はギリギリで、若干焦ったのは別の話だ。

 

――☆――☆――

 

 それはそれは穏やかな日の事。空は青く、太陽は高く、そよ風が吹いているような日。

 

「ばあちゃるさん! 壁生成完了しました!」

「流石メンテちゃんっすね!! いやもうやりおるウーマンっすねこれ完全にね!」

 

 私立ばあちゃる学園学園長室。放課後、そこでは何とかして入り口を塞ごうとしている二人が。

 今日はアイドル部イメージビデオプロジェクト第三弾の発売日だ。故にアイドルの襲撃を今度こそ防ごうと、彼らは画策していた。

 まずは入り口を施錠。壁を硬く作り替え、いざとなれば窓から脱出出来るように梯子を設置。

 そしてプログラムによる介入を防ぐために、メンテちゃんとばあちゃるが二人で部屋をプロテクトした。

 準備は万全。内側から開けない限りは、絶対に開かない。

 そう。

 

「……あれ、猫の鳴き声しません?」

「マジンガー? あ、本当っすね。てかこれあれっすね、この部屋のすぐ前じゃないっすか?」

 

 内側から開けない限りは。

 ……ばあちゃるは猫の鳴き声につられ、扉を全開にした。

 そして、それが間違いだった。

 

「……にゃーん」

「何してんすかたまたま……」

「にゃーん」

「猫の真似っすか? もー、何してんすかたまたまー」

「……ばあちゃるさん、彼女、アイドル部じゃないですっけ……」

「……」

「……にゃ」

「はいはいはい、さよならっすたまたま!」

「えいっ!」

 

 扉を閉めようとした間際、扉の前にいた夜桜たまは足を隙間に突っ込む。まさかアイドルの足を痛めるわけにも行かず、ばあちゃるは扉を閉める手を止めてしまう。

 それによって生まれる”隙”。たまは思いっきりばあちゃるに抱き着き、押し倒した。

 

「ウビバァ!! ちょ、ちょいちょいちょーい! 何するんすかたまたまー!」

「馬P、猫飼おうかなって言ってましたよね? 癒されるために」

「え? ……あー! イメージビデオのやつっすか!?」

「それです。と、言うことで私なんてどうですか?」

 

 ばあちゃるは気づく。彼女の頭に、猫耳がついていることに。

 ばあちゃるは気づく。彼女の名が、たまという猫っぽい名前のことに。

 

「……いやいや、何言ってんすかたまたま。たまたまは人間じゃないっすか」

「そーだよ!! 猫といえばあたしでしょ!?」

「ちょっと! 風紀乱れてますよ!!」

 

 ばあちゃるの言葉に賛同したのは、駆け込んできた猫乃木もち。稲鞭を持って追いかけてきたのは、八重沢なとり。二人とも、ビデオ鑑賞の途中で駆け出したたまを追ってきたのだ。

 

「にゃ!」

「うわ喧嘩売られた! でもなー、あたしは尻尾まで生えてるんだよねー!」

「なーにマウント取り合ってるんですか! 二人ともれっきとした人じゃないですか!」

「狼は馬Pに飼ってもらえないからって邪魔しないで!」

「んなー!? そんな、そんな動機無いですから!」

 

 わちゃわちゃと始まる論争。たまに馬乗りされたまんまのばあちゃる。ただでさえ収集が付きそうにない状況。

 

「ばあちゃるさん。……ドライブ、行くんですよね? トラックなんてどうですか?」

 

 そこへ、追い打ちをかける様に、神楽すずがサングラスを掛けて入ってきた。

 遠くから聞こえるのは、花京院ちえりの悲鳴と煽りまくっている金剛いろはの声。

 騒がしくなる学園長室周辺。ばあちゃるは頭を抱えるも、彼女たちの声を、笑顔で聞いていた。

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