アイドル部イメージビデオプロジェクト。第四弾。
企画名は、「クラスのあの子と二人プール」。
今までアイドル部の子が演じたのは、属性をつけるのならば『彼女』の立ち位置に属する。そこを、今回は一変。企画書には、『クラスの中でもカースト最上位であり、人気者のギャルJKと二人っきりでプールを楽しむ事になる』……と、記されている。
呼ばれたのは、アイドル部のプロデューサーであるばあちゃる。今日は猛暑日。いつもの青スーツは横に置き、Yシャツの袖を捲っていた。
隣にはギャルJK。金髪にピンクのメッシュ。会社が出してくれた水を、一瞬で空にした猫乃木もちが居る。
二人の向かいには社員。一通り目を通し、ばあちゃるは少しだけ表情を曇らせた。
「……あのー、コンセプト的には凄い良いと思うんすよ。もちもちはとんでもなく可愛いですし、水着になったら凄い映えそうですし。でもっすねー、だからこそプロデューサーとしてっすね、あんまりそういう目で見られるリスクを減らしたいんすよ。今回の設定的に、撮影は二人じゃないっすか。その時に撮影役の人が、もちもちに対して何か悪戯をしないかとか、周りの人がもちもちに何かしないかとか気になっちゃうんすよね」
「え? それプロデューサーちゃんが撮影してくれたら全部解決するんじゃない?」
「……はいはいはい、いやでもですねー、ばあちゃるくんもね、男なんでね! 今回は流石に遠慮しますよそりゃあ! もちもちも嫌っすよね?」
「いや、あたしはプロデューサーちゃんが撮影役でも良いよ? てかさ、プロデュサーちゃんはあたしが心配なんだよね?」
「まあ、そうっすね」
「逆に聞くけどさ、男の人がナンパしてきたときに払いのけることが出来る女の人、知り合いにいる?」
もちの言葉に、ばあちゃるはぐっと詰まる。電脳世界の女性は、基本的に魅力的だ。心当たりは一応あるものの、彼女たちが受けてくれるかは分からない。
「それにさ、プロデューサーちゃんが一番信頼して演技できると思うんだけど。親とかはなんか違うしさー?」
「……いやでもね、仮にばあちゃるくんが撮影するとしてもー、水着を見られるのって抵抗ありません?」
「アイドル衣装で配信出来てるから大丈夫!」
そっかー、とばあちゃるは天井を仰ぐ。背中は大きく開き、胸元はかなり視線を集める。肩も大きく露出している衣装が、配信時の恰好だ。中々刺激的な物となっている。
「それに、あたしはサービス精神旺盛だし? そこにプロデュサーちゃんも来てくれたら、水着でも行けるよ?」
「……水着……そうっすよね、他の子は危ういっすよね……」
ヤマトイオリ、神楽すず、金剛いろは。残った面々を振り返っても、猫乃木もちに敵う人材は居ない。
彼女はギャルと自称するだけあり、魅せ方を良く分かっている。ギャップも狙っていく一面もあり、女子らしい計算高さも持ち合わせていた。
彼女ならば、今どきの女子高生らしい――つまりは、求められている演技をする。
ばあちゃるはそう確信。改めて企画書を眺めてから、一度頷いた。
「……分かりました。社員さん、ばあちゃるくんが撮影役で、猫乃木もちがメイン。此方としては問題ないっすね」
「分かりました。ばあちゃるさん、毎回の撮影役、本当にありがとうございます」
「いやいやいや、こちらこそね、毎回企画を考えて来てくれてもう本当にありがたいっすねこれ完全にね! 目指せアニメ化! 目指せ漫画化! みたいな感じの目標を持ってるんでね、こうやって皆の魅力を広める機会をくれるのはもう本当にありがたいっすねはいはいはい」
社員とばあちゃるが握手を交わす。企画書は、そのまま受理された。数日後。
二人は、大きなプールで撮影に臨む事になった。
――☆☆――☆☆――
その日も猛暑日であった。セ氏35℃以上。40℃にも届きそうだ。夏空に浮かぶはずの入道雲は遠く遠く。日陰に入っていても尚、肌がじりじりと焼かれる感覚がある。汗はいくら拭いても止まらない。諦めた俺は、そのまま放置していた。
暑い。熱い。だがしかし、コンディションとしては最高だ。
プールでの撮影。寒くては話にならない。ここまで太陽が張り切っているのも、彼女を輝かせるためと考えれば、まあ容認出来る。プールの前には無数の人。既に列が出来ていた。日陰で待つこと三分、集合時刻の五分前。
彼女は小走りで、俺の方に駆け寄ってきた。
「にゃっほー! ごめんプロデュサーちゃん! 待たせちゃった!?」
「はいはいはい、おはよーもちもちー! 全然大丈夫っすよー! ばあちゃるくんがね、早く来すぎただけなんでね!」
ピンクのTシャツに、白の短パン。お洒落なサンダルに伸びる長い脚が美しい。キャップの位置を正した彼女は、額の汗を拭った。
「よし! じゃあ並んじゃお!」
長い列を辿り、最後尾に着く。途中、無数の視線に刺されたのは気のせいでは無いはずだ。
そう、改めて見なくとももちもちは美少女だ。華やかな、例えるならば太陽の様な。今回はクラスの中心的人物と、二人っきりでプールに来る事になったという設定。資料の時点で分かってはいた。が、予想以上に似合っている。
暑いが、脳を働かせない訳には行かない。しっかりと彼女の魅力を引き出さなければ。
数十分後。更衣室の中はギチギチで、ロッカーも端の方しか開いていなかった。貴重品だけを持ち、ブレスレット式の鍵を腕に付け、さっさと外へ出る。水着の人波に押されつつ、集合場所へと辿り着いた。
ここのプールは、種類が豊富なことで有名だ。
普通のプール、飛び込み台、流れるプール、波のプール、ウォータースライダー。どれも広く、子供から大人まで楽しめるつくりになっている。
周囲には既に沢山の人。開園直後からこの人の量ならば、恐らくもっと増えていくだろう。
決してはぐれないようにしよう。
と、決意を固めると同時。視界の奥に、きょろきょろと周囲を見回しているもちもちが見えた。
「もちもちー!」
「あ、居た!」
彼女は俺の下へ駆け寄ってくる。周囲の人々は、もちもちに釘付けだ。
「お待たせ!」
「待ってないっすよ! ……いやー、やっぱもちもちはね、最高に可愛いっすねこれ完全にね! とんでもなく似合ってますよその水着ー!」
「え!? そーお? んふふ、ありがと!」
少し赤の濃い……ピンク、のビキニ。白く、少し大き目なパーカー。こう言っては何だが、水着において女性の一部は戦力に差を付ける。もちもちのビキニは中々魅惑的である。パーカーも良い感じにギャップを付けており、破壊力を増幅させていた。
「じゃあ、最初は普通のプールから行きますか?」
「あーい! ねね、競争しない!?」
「おー、良いじゃないっすか。ばあちゃるくんもね、ここらでビシッとね、運動も出来るハイスペックなとこをね、皆に見てもらわなきゃですしね!」
「プロデューサーちゃん、無理したら体壊しちゃうよ?」
「そ、そこまで言います?」
イジリではなく、割と真面目だった。少しだけ準備運動をし、普通のプールへと入る。人は多いが、泳げないほどではない。種も仕掛けもないプール。体力がある内に、波などで遊ぶ人が多いのだろうか。
「ようし、勝っちゃうからね!」
「望むところっすよもちもちー! ばあちゃるくんはね、勝負事なら手は抜かないっすからね!」
水は冷たく感じる。塩素の匂いに若干の懐かしさを覚えつつ、俺ともちもちは同時に壁を蹴った。
「……きっつ……やばーしーやばーしー……」
「ええ……」
かなり疲れた。体にガタが来ていることをひたすらに感じる。呆れたように俺を見るもちもちは、濡れた髪を後ろへと流した。
結果から言えば俺の勝ちだが、傍から見れば完全に俺の負けに見えるだろう。
「……もちもち、体力あるんすねえ……何でばあちゃるくん勝てたんすか……?」
「……あたし、クロール遅いの」
「教えましょうか……? はいはいはい、そのくらいならね……」
「泳げるの。遅いだけなの」
「どういうことっすか? 足がね……使えてないんじゃないっすかね?」
「……」
「もちもち?」
段々と、声が小さくなる。若干俯いた彼女の顔を覗き込むと、恥ずかし気に赤くなっていた。
「……あたしさ……水の抵抗がさ……」
「あー……」
「……」
「……」
「……プロデューサーちゃんのえっち」
「えぐー!?」
「じっと見ちゃダメ!」
「み、見てないっすよ!」
慌てて弁解をするも、中々聞き入れて貰えない。見た、見てないの押し問答。猫みたいな警戒をするもちもちは、俺を許す気は無いらしい。
「えっち! 変態! ……ではないけど! 本当は見てたでしょ!?」
「仕方ないじゃないっすか!」
「えっ」
「……やばーしー」
口を滑らせた俺。目を見開き、固まる彼女。お互いに恥ずかしくなり、すす……と水に潜っていった。
そして、散々水を掛けられること数分。もちもちはやっと機嫌を直してくれたようだった。なんだかんだ結構入っていた普通のプールを出て、次に向かったのは流れるプール。道中、浮き輪を膨らますのは無論俺。あの頃の肺活量はどこへやら、かなり苦戦したのは別の話だ。
……にしても。
もちもちは些か、距離が近すぎるのではなかろうか。
移動中、彼女は手を繋いできた――なんて事はなく。それを通り越して、腕を組んでいたのだ。パーカーを着ているとはいえ、時々柔肌が当たってしまう。勿論彼女も気づいているのだろうが、しかし、もちもちは何も言わず。担当アイドルにドキドキさせられつつの移動。プロデューサーは楽じゃない。
さっきまであんなに恥ずかしがっていたのに、とは言わない。言わぬが吉である。
「わー! 凄い! めっちゃ広いじゃん!」
「凄いっすねこれー! パンフレットで見るのとはね、やっぱ迫力が違うっすね!」
プールが視界に入るや否や、俺たちは声を上げた。だが、これは大人げなくはしゃぐのも仕方ないだろう。
流れるプール。速さは良心的。だが傾斜があったり、水が左右から降ってきたりと、アトラクション的な一面もある。早速水へ入り、もちもちは浮き輪の中へ。俺は浮き輪を押す係だ。
「苦しゅうないぞープロデューサーちゃん」
「こいつ偉そうっすね完全にね」
「いやーまあ、ね? テンション上げてかないと! さっきの事引きずんのつまんないじゃん?」
彼女はそう言い、快活に笑う。正に、水も滴る良い女だった。
「そうっすね! じゃあもちもち、覚悟は良いっすか?」
「覚悟? え、なにそれ何でそんなの必要なの!?」
驚きの声を上げるもちもち。そんな彼女に笑みを返し、俺は浮き輪を全力で回した。
その地点は、丁度傾斜になっている場所だ。回転しながら、流れていく浮き輪。乗っているもちもちは急な動きに一瞬叫びかけるも、次の瞬間には目を輝かせていた。
「プロデューサーちゃん!! 今のちょっと楽しかった!」
「傾斜ね、実はそんなに無いんすよ」
「えっほんと!? 体傾いた気がしたんだけど!」
「浮き輪に乗ってると感じやすいんじゃないんすかね? いやでもこれ楽しいっすね完全にね! 他のところには無い感じのプールっすね」
「ねー! 今度アイドル部の皆とも来たいなあ……」
「良いんじゃないっすかね? みーんな良い子ですし、誘ったら一緒に行ってくれると思いますよ」
「プロデューサーちゃんもね?」
「マジンガー!? なんでっすか!?」
「保護者として、ね? 大体今日だってその為に来てくれたんじゃないの?」
「あー、まあ、そりゃそうなんすけどー……十二人も居たら何とかなるんじゃないっすか?」
「そりゃね? なんかあっても切り抜けられるとは思うけどさあ、プロデューサーちゃん居てくれたら安心だしー」
浮き輪に乗ったまま、彼女は手を伸ばす。もちもちは白い指先で、俺の濡れた前髪を掻き揚げた。
広くなった視界。瞬間、顔が、近くなる。
「あと、あたしが嬉しい」
はにかむ、と言うのだろうか。大人っぽい、相手をとろけさそうな微笑。金髪から滴る水滴が、スローで見えた。
直ぐに顔を離した彼女は、しかし俺との目線をズラさない。優しく、返事を促されているようだった。
「はいはいはい、そういうのね、ばあちゃるくんね、ズルいと思うんすよ」
「何がずるいのか分かんないなー?」
楽しそうに、彼女は口ずさむ。全部分かっているだろうに。
……こういう計算高さも、魅力の一つと言えば一つだ。しかし、手玉に取られている側からすると――
中々、心臓に悪い物だ。
その後も波のプールに流され続け、浮き輪を回し続け。
「……飽きた!」
もちもちがそう言ったのを切っ掛けに、俺達はプールを出る事を決めた。人々の間を縫い、端っこまで辿り着く。
彼女に手を貸して、上陸。日光に熱され続けた地面に苦しむ。2人して小走りになった。
「次どうする?」
「そうっすねー、まあプール梯子したんでね、そろそろウォータースライダーとか行ってみます?」
「あー、めっちゃ並びそうだし早めに行っちゃおっか! あれだよね?」
もちもちの賛同。少し視線を上げれば見える、高い高いウォータースライダー。
その方角へ歩き、スライダーの出発点のある塔の階段へ。
「えいっ」
もちもちは掛け声と共に、再び腕を組んできた。俺は何も言えず、ただ歩き続け。
塔にたどり着いた時には、既に真ん中辺りまで列が出来いた。先は長そうだ。
「3種類全部制覇するよね? それしかないよね?」
「マジンガー!? それ負荷高めじゃないっすか!?」
「折角だから!! ね!?」
「はいはいはい、まあね、もちもちが乗りたいならばあちゃるくんも勿論付き合うんでね! 分かりました。制覇しましょうね!」
1つ目のスライダーは直線。2つ目はぐねぐね。3つ目は大きなボートに乗って流れていく物。
勿論全て人気だ。今並んでいるのは1つ目、速度を意識したスライダー。
「……け、けっこー角度急じゃない?」
「えー、もちもちビビってんすかー?」
「プロデューサーちゃんだって腰引けてるよ?」
……このスライダーは全て、専用のボートがある。俺達は二人乗りを選んだが、お互いにビビっていた。
いやだが、そんなに待たせる訳にはいかない。係員さんの合図に合わせて、意を決した。
「プロデューサーちゃん? ね、ちょーっと手加減してね?」
怯えた様子のもちもち。しかし俺は遠慮なく、容赦なく、一気に、滑り始めた。
悲鳴が耳をつんざいた。
「楽しかったー! 最後のおっきいボートのやつ最高!」
3種類制覇。かなり感じる疲労。しかしこれが若さか、もちもちはエネルギーに満ち溢れていた。
対して、足下が覚束無い俺。運動をしなければと、使命感が芽生える。
「プロデューサーちゃんはいじわるだったけどね!」
ジト目で睨まれる。パーカーのポケットに手を突っ込んだ彼女の視線は、中々に冷たかった。
「ちょいちょいちょーい! あのっすねー、あれはそのー、後ろの人を待たせないようにっていうね、ばあちゃるくんの優しさっすからね!」
「それは分かるけど! 声を掛けるとかして欲しかったの!」
「ごめん、ごめんよもちもちー!」
「待ってごめん、そこまで謝られると気不味いから! あたしもごめんね、プロデューサーちゃんに甘えすぎちゃってるね」
もちもちはそう言うと、俺の髪をわしゃわしゃと弄った。
いや違う。別に、甘えすぎなんてことは無い。
寧ろもっと我儘を言ってもいい。
それを伝えようと、俺は口を開いた。
「はい、アウト」
その瞬間、もちもちが俺の唇を抑えた。押し付けられた人差し指の先、彼女は優しげに笑っていて。
「……プロデューサーちゃんが言いたいこと、まあ大体分かるんだけどさ」
もちもちはゆっくり、丁寧に、言葉を紡いだ。
「あたしはね、プロデューサーちゃんにも甘えて欲しいな?」
「……風紀的に、不味くないっすかそれ」
「あたしいっつも校則破ってるから今更じゃん? 人の目、気にしなくても良いよ。あたしは、弱ったプロデューサーちゃんも、強がってるプロデューサーちゃんも受け止めてあげる。甘えさせたげる」
そして、手と手が繋がった。プールで冷えた手を、お互いに温めあうように。言葉を止めた、止めてしまった俺に何も言わず。しかし気遣うように、彼女は緩やかに歩き始める。
太陽は高く、周囲のボルテージは上がっている。喧騒の海を進む。
その中で俺は、まるで、もちもちと二人っきりで居るような感覚を味わっていた。
「あ、クレープ」
どれくらい、歩いていただろうか。聞こえた呟きが、俺の意識を戻す。暑さと音が、再び戻ってきた。
声の主は無論もちもち。時計を見ると、現時刻は十一時半過ぎだった。お昼ご飯を食べるには、中々良い時間だろう。
……切り替えろ。アイドル部に、心配は掛けられない。
プロデューサーとして、弱った姿も強がっている姿も見せられないのだから。
「もちもち、ご飯食べちゃいますか? 本格的に混む前にね、ぱぱっと済ませちゃおうと思うんすけど」
「……うう、食い意地張ってるなーあたし……」
「いやいやいや、そりゃあ大好物を見たらね、ばあちゃるくんだって食べたくなりますよ。普通の事っすよ普通のね!」
「そーお? ……んじゃいっか! あたしまずカレーとたこ焼きと焼きそばと……悩むなー!」
「食い意地張ってますねこれ完全にね……」
「ちょっと! 言ってる事違うじゃん!」
もちもちに背中を叩かれながら、売店の列へ。一通り昼食を買った俺たちは、パラソルの刺さっている席に着いた。日陰の有り難さを噛みしめつつ、二人同時に食べ始める。
見てて気持ちいい食べっぷりの彼女。大量にあったビニールパックを、端から空にしていた。
対する俺は、あまり食べれていなかった。焼きそばは大量に残っている。紙コップの中のコーラは、一口分しか減っていない。
……切り替えると言っておきながら、情けない話だ。
「プロデューサーちゃん? 食べないの?」
彼女の問いかけ。曖昧に笑った俺は、ゆっくりと目元に手を近付け。
――カメラを、切った。
――☆☆――☆☆――
「……もちもち。少し、聞いても良いっすか」
「うん。……分かった」
一気に、雰囲気が固くなる。
彼女は箸を置いて、頷いた。ありがとう。と俺は伝えて、話し出す。
「ばあちゃるくん、そんなに疲れてるように見えますか?」
「まあ……時々、ね。凄い疲れてる顔、見ちゃったりするんだよね」
「ちえりんにも言われたんすよ。同じような事を」
言葉を切る。次の質問を投げかける勇気を捻り出す。
聞きたくない。でも、聞かなければならない。
「……嫌じゃ、ないっすか? そんないっつも疲れてるようなプロデューサーなんて。残業とかしない、優秀で、いつも元気なプロデューサーが一番良いじゃないっすか? 自分の仕事で手一杯な男なんて、頼れますか?」
「嫌じゃない。頼れるよ」
即答だった。迷いも思考も無く、まるで最初から決まっている答えを……当たり前の事を口に出した、くらいの速さ。
「そりゃ、メンドクサイやら疲れた、なんていっつも言ってるプロデューサーはちょっと嫌だなーって思うよ? でもさ、プロデューサーちゃんはそんな事言わないじゃん。疲れててもずーっと笑って、はいはいはいって言って、あたし達の話を聞いてくれるでしょ?」
それに、と彼女は続ける。
「プロデューサーちゃんがさ、あたし達の為に凄い頑張ってくれてる事、皆知ってるから」
「それで疲れてても、イライラしてても、アイドル部の皆を不安にさせない為に強がってることも」
「ストレスが溜まって、でも皆にばれない様にこっそり泣いてるのも」
「でも、あたし達のイベントとかが決まったら誰よりも喜んでくれて」
「全部の責任を負う、って言ってマイナスを全部自分に集めて」
「プロデューサーとして、アイドル部の事を考えてくれてる事を、あたし達は知ってるから」
穏やかな声音は、静かに、しっかりと、俺の耳に届いた。
芯の通った、綺麗な声。彼女の魅力の一つ。
対する俺の声は、絞り出すように、か弱いものだった。
「……不安なんです。アイドルのプロデュースなんて初めてだから、これで良いのかって。俺に出来る事は全部やってるつもりでも、視聴者さんや皆からしたら不満なんじゃないかなって。もっと良いプロデューサーを雇えとか思われてんじゃないかとか、そんな事考えちゃうんすよ」
「不安?」
「俺のプロデュースが本当に合ってるのか、分かんないんす」
せめてアイドルは不安にさせない様に。前だけを向いていられるように。楽しく活動できるように。
ひたすらに隠していたと思っていた苦労の部分。後ろを向かなければならない部分。それを背負うのは俺だけでいい。彼女たちは、存在すら知らないままで良かったのに。
滑稽だっただろうか。それを隠そうとしていた俺は、どんな風に見えていたのだろうか。
「ねえプロデューサーちゃん。アイドル部の名前、全員言える?」
「当り前、じゃないっすか」
突然の質問。俯いたまま、十二人の名前を並べる。
間違えるわけがない。彼女たちは今や、俺の宝物なのだから。
「……あたし達十二人はね、皆、絶対にプロデューサーが『ばあちゃる』で良かった、と思ってる。プロデューサーちゃんを、心から信じてる」
初めて吐露した思い。情けない、不安だらけの心の中。ばあちゃるは皆の盾にはなれるが、それだけだ。プロデュースは全くの素人だし、魂の輝きを存分に見せられていないかもしれない。あんなに素晴らしい子たちは、もっと上に行っていいはずだ。
アイドル部は、俺の手を離れたほうが、輝けるんじゃないか。
「だから見てて。あたし達はいつか、プロデューサーちゃんに、12個の星を見せる。一番近い場所で、プロデューサーちゃんは何も間違っていなかったって証明するために」
俺が思考に沈む中で、彼女は強く言い切った。
思わず顔を上げた俺の目を、もちもちは真正面から見つめている。単なる慰めでも、出まかせでもない。
その瞳は、決意の色を浮かべていた。本気だと告げていた。
「……アイドル部は、俺の手を離れたほうが、輝けるんじゃないか」
「かもしれないけど。ま、見ててよプロデューサーちゃん」
もちもちは、笑みを浮かべた。何にも例えようのない。それは、その笑顔は、ただひたすらに輝いている。
「プロデューサーちゃんがあたし達を信じてくれてるのと同じくらい、あたし達もプロデューサーちゃんの事信じてるからさ。間違いじゃなかったって証明するから。その日が来るって、信じてて」
「……信じてます。信じます。いつかもちもちが、皆がね、ばあちゃるくんに星を見せてくれるってね!」
「任せて。約束!」
アイドル部を、もっと輝かせる事が出来る人は居るだろう。
それはそうだ。
だが、俺はここで刻み込まれた。彼女の言葉で、吹っ切る事が出来た。
俺が輝かせる。もっともっと、広い世界にアイドル部を羽ばたかせる。他の誰でもない、たった一人のプロデューサーとして。
皆を信じる。やる事は、今までと変わらない。
「ありがとう、もちもち」
「あたしは代表して伝えただけだからさ! んじゃ、撮影再開しよ?」
「はいはいはい、じゃあ行きますよー! さーん、にーい!」
そして、俺はカメラを再び点けた。
彼女の魂の輝きを、あらゆる人に伝えるために。
――☆☆――☆☆――
「あ、もしかしてあたしの食べてるやつが気になってたりした?」
切り替えが速過ぎないだろうか。
もちもちはパッと明るい笑みを咲かせ、自身のスプーンでカレーを掬う。
スプーンはそのまま、俺の口元に差し出された。
「はい、あーん」
「……マジンガー?」
「マジでーす! 腕辛いから食べちゃってよ」
余りにも変わりすぎた雰囲気。俺自身、脳が付いていけてなかった。
というかこの子はどれだけ攻めてくるのだろうか。もう少し男女関係とか考えないのか。立場的に中々危ういのではないだろうか。
複雑な感情を抱いた俺は、フリーズしてしまう。放置されたもちもち。
直後、彼女は痺れを切らした様だった。少し頬を膨らませ、彼女はスプーンを強引に押し付けてくる。唇の先に当たるスプーン。
……ここまで来たら、もう何も変わるまい。
観念して、俺はそのカレーを頂いた。中々に強い辛み。熱いご飯。プール効果か、何時もより美味しく感じられた。
「美味いっすねこれー! はいはいはい、もちもちカレーあざーすあざーす」
「ふぇっ、……うん! あー、どういたしまして!」
「……も、もちもち?」
「な、なに?」
どこか上ずった彼女の返事。スプーンをちらちら見つつ、彼女は頬を赤く染めていた。きっと暑さやカレーだけではない紅潮。
「……自分でやって照れないで欲しいんすけど!」
「だ、だって……思ったよりドキドキしちゃったんだもん……」
照れを隠すため、掌を顔に押し付ける。もちもちもそっぽを向き、口を尖らせた。
……最近、アイドル部にときめきすぎじゃなかろうか。勿論アイドル部は誰よりも好きな自信がある。が、それはあくまで娘的な物だ。
と、言い切れるのは何時までだろうか。
どんどん魅力的になる彼女たちを、この企画を通じて、ひしひしと感じる。
それは、プロデューサー視点からすれば素晴らしい事だ。律せねばならぬことを除けば。
決意を固め、数十分。ぎこちない、しかし険悪ではない雰囲気の昼食が終わった。ゴミをしっかりと片付け、席を離れる。正午過ぎ、満腹の俺たちは流れるプールに入っていた。
「波のプールも行きたいけどさー、ちょっと休憩したいよねー」
「そうっすねー。流れるの良い感じっすねこれ完全にね」
もちもちは浮き輪の上に。俺はそれにしがみつき、ゆらゆらぷかぷかと流される。
男同士で来ると大体水かけ合戦や潜水競争になるが、もちもちとはならない。多分、いや、確実にごんごんとならやってた。割とガチで。
「んー、塗りなおしとっこかなあ」
「日焼け止めっすか?」
「うん。着替えるときに塗ったは塗ったんだけどね」
「なるほどー。じゃあばあちゃるくん待ってるんでね、塗ってきて良いっすよ!」
「何言ってんのプロデューサーちゃん。一緒に来てよ」
「ちょいちょいちょーい! ばあちゃるくん、流石に女子更衣室には入りませんからね!」
「違うから! あのさ、背中塗って欲しくて! 一人じゃ届かなかったんだけど、パーカーあるしいっかなって適当になってたの。でも今はプロデューサーちゃん居るし、塗ってほしいなって!」
「……いやー、ちょっとそれは不味いっすよ」
「キスまでしたじゃん!」
「間接! 間接っすから!」
「プロデューサーちゃん。観念して」
「はいはいはい、ここはまあ譲れないっすね」
「分かった。あたしアイドル衣装背中見えるけど、そこに変な日焼け残して配信するから。見ててね」
「えぐー! 分かった、分かりました!」
パーカーを脱ごうとしたもちもちを引き留め、俺たちは荷物置き場へ。貴重品は身に着けるかロッカーにあるが、他の……例えば浮き輪等は、別のバッグに入れて持ってきていた。
その中に、日焼け止めはあった。
「これ、すずすず呼んだら飛んできそうっすよね」
「おせなか」
もちもちはパーカーを脱ぎ、日焼け止めを白い肌に垂らす。腕と足等を塗り終えると、彼女は俺に日焼け止めを投げた。
「……えっと、背中全体お願い。変なとこ触っちゃダメだからね!!」
「触らないっすよ! 任せてくださいねはいはいはいはい!」
日焼け止めの塗り方なぞ知らない俺。取りあえず、さっきのもちもちの塗り方と同じ様にする。
取りあえず、液を肌に付け。若干躊躇しつつ、口を開いた。
「ぬ、塗りますからね」
「うん。……あ、ちょっと待って!」
もちもちは声を上げ、ビキニの上の止め紐を解いた。
はらりと落ちかける水着。それを抑える彼女の上に、慌ててパーカーを被せる。
「ちょいちょいちょーい! な、何やってんすかもちもち!」
「水着跡付くの嫌だったの!」
「前もって言うとかして下さいよ! マジでビビったんすけど!」
「ごめんねプロデューサーちゃん! 許して!」
「いやまあ可愛いんでね、許すんすけどね! 気を付けなきゃダメっすからね!」
パーカーで顔まで隠し、彼女は押し黙る。一応、もう一度声を掛けてから、俺はもちもちの背中に触れた。
「……んっ」
「はいはいはいはいはい、もうだめっすねこれ完全にね。ばあちゃるくんギブっす」
「ごめんごめんごめん! ほんっとにごめんプロデューサーちゃん! びっくりしちゃっただけなの!」
日焼け止めを塗るという修行。何とか、かなり精神力を削りながら塗り終える。
鼓動が早い。もちもちに聞こえていないだろうか。なんて思いながら隣を見ると、彼女とばっちり目が合ってしまった。上目遣いのまま、照れ隠しの笑みが向けられる。
これが全部計算なら、性質が悪すぎるだろう。
精神力がガリガリ削られていく。ゼロになる前にと、俺達は波のプールに向かった。
「……そう言えばさ、ナンパイベントとかって回収しないの?」
「あー、それなんすけどね。そこは案が出てたらしいんすけど、断りました。社員さんもそれには反対だったらしいんでね、スムーズだったっすね」
「何で? 結構定番じゃない?」
「もちもちは大切なアイドルですからね。万が一の危険は犯させないっすよ」
次の波は、五分後。俺達は、浅瀬でビーチボールを叩き合っていた。
彼女は流石の運動神経で、少しキツイ球も綺麗に返してくる。久々の運動に心を躍らせつつ、俺は高くボールを上げた。
「やっぱプロデューサーちゃんって垂らしだよね」
「マジンガー!? それシロちゃんにも言われたんすけどー!」
「いやー、仕方ないよこれは。本当さー、そういうとこやぞ!」
「えぐー!?」
もちにゃんの力強いスパイク。
俺はその日、ビーチボールでも顔面に当たれば痛いと言うことを知った。
そして、波のプールの波がかなり強いという事も。
「やばーしー……これめっちゃ凄い……」
「浮き輪めっちゃ揺れるんだけど! すっご!」
「あー! ちょっ、もちもち流されるのはダメっすからねはいはいはい」
流されかける浮き輪を抑え、ぐーっと引き寄せる。波に揺さぶれられながら彼女に近づくと、もちもちの方からも腕を絡めて来た。
「これで離されないでしょ?」
「……せめて手を繋ぐとかじゃダメっすかね?」
「ほら、万が一の危機を防ぐんでしょ?」
ご機嫌そうなもちもち。大きな波が来るが、俺達の距離は変わらなかった。
……決して、嫌ではない。寧ろ男として嬉しいこの状況。
折角だ、ここは楽しんでやろう。もう一度来た波を被り、俺は心の底から笑みを浮かべた。
波のプール。流れるプール。普通のプール。小休憩。飛び込み。もう一度、スライダー。
どれだけ遊んでも、まだ足りない。そう思っていても、しかし、終わりは来るものだ。夕方、水の外より中の方が温かいと感じ始める頃。
俺ともちもちは名残惜しさを感じながらも、外へ出た。
冷えた体を、暑い外気が包み込む。乾かしてない髪を掻き上げて、俺は一息吐いた。
「楽しかったー! ね! プロデューサーちゃんはどうだった?」
「勿論ばあちゃるくんもね、最高に楽しかったすよ完全にね! もちもちは良い子ですからねー、もう遊べてまじにゃんじ! って思いましたよ!」
「はいはいはいー、人のネタをパクるのはダメっすよーはいはいはいはいー」
「うわ超適当!」
「だってプロデューサーちゃんいっつも言ってるじゃんはいはいはいってさあ!」
「マジンガー!? えー! そんな言ってないっすよ!」
「もっと語彙増やさないと某風紀委員長がネタ切れしちゃうから!」
「はいはいはい、まあ何とかなりますよ! なとなとは優秀ですからね!」
そりゃそうだけどさ、と彼女は呟いた。水着の入ったバッグを持ち直したもちもちは、キャップを被りなおす。時計は、そろそろ五時になるくらい。お互いに解散の空気が流れる。
「あ、そうだ! もちもちー! あのですねー、プロデューサーとして言っておきたいんすけどー、あんなにスキンシップをとったりあーんとかしたりするのはですねー、やっぱ風紀的にもダメですしー、そういうのはね、好きな人にやるのが一番なんすよ! もちもちはね、とんでもなく可愛いんでね! 他の人にやったら勘違いされたりされなかったりされそうなんでー、控えましょうね!」
「……好きな人にやるのが一番なの?」
「もちのろんっす!」
これだけは言っておかねば。ギャルJKを謳い、その距離感の近さは無論魅力的だが、それでも限度はある。ただでさえ可愛いのだから。
だから、少しばかりの釘を刺す。そう思っての言葉に、もちもちは小首を傾げる。
「あたし、プロデューサーちゃんの事好きだよ?」
悪戯っ子の様な笑み。手を後ろで組んだまま、彼女は一歩踏み出しす。
同時に、見えない何かに押されるように後ずさるも――
「プロデューサーちゃん、」
彼女の伸ばした両腕が、俺を抱きしめて、その場に留める。
そして、体重と温もりが押し付けられた。少し顔を下げると、背伸びした彼女が至近距離に。
もちもちを離そうと、俺は口を開く。だが、先手を取られる。
空気を震わせたのは、彼女の綺麗な声だった。深い紅の瞳が、すっと細められる。
「……あたし、誰にでもこんなこと、しないよ?」
正直に言おう。この瞬間、俺の心臓は確かに強く跳ねた。
それでも、それを悟られるわけにはいかない。一瞬の間を置いて、何とかもちもちに軽いデコピンを放つ。
「あてっ」
「もー、もちもち悪い子っすねこれ完全にね」
「なんでー!? むー、ありきたりすぎたかな……」
もちもちは腕を解き、一歩下がった。ややふてくされつつも、元通りになる距離。
元通りでないのは、体に残っている感覚。どうも落ち着かない。……のは、仕方ないだろう。
「はいはいはい、じゃあね、もう解散しましょうね!」
「はーい。んじゃプロデューサーちゃん、ばいばーい!」
「待たねーもちもちー! ゆっくり休むんですよー!」
俺達はお互いに手を振り、プールを後にする。
夕日を背に笑う彼女は、とても眩しく、輝いていた。
それは、遠く遠くの星よりも、何倍も。
――☆☆――☆☆――
私立ばあちゃる学園には、中庭がある。噴水やベンチ、綺麗な花々。かなり力の入った中庭の、薔薇園の中に、一定のルートでしか行けない場所があった。そこは一部のお嬢様生徒が、良くお茶会に使用している。
少し開けた、白いテーブルと椅子がワンセットある空間。
……しかし今、そこの椅子もテーブルも使われていない。三人の内二人は正座。一人は、仁王立ちしていた。
一体何故か。
「ふーん、うまPはもちちゃんだけに相談してたんだ? ちえりも癒してあげるって言ったのに?」
「そ、それはそのー……」
「もちちゃんは個人的に頼んで、一緒にクレープとか食べながら愚痴を聞いてもらってたのに? ちえりには? なーんにも言ってくれなかったんだー?」
「ちえりん……その、怒ってます……?」
「んー? どーかなあー?」
「ちぇりたん、そろそろ足きっついんだけど! まだ正座じゃなきゃダメ?」
「もー、仕方ないなー!」
「ありがとー! きっつー!」
「はいはいはーい! ばあちゃるくんも足崩したいでーす!」
「だー、め」
「えぐー!」
正座を続けるのは、学園長のばあちゃる。足を揉んでいるのは猫乃木もち。仁王立ちしているのは花京院ちえり。
ちえりが若干イラついているのは、ばあちゃるが原因である。
以前、ちえりはばあちゃるを癒してあげると彼に伝えたのだ。もちよりも先に。が、彼はあろうことかもちだけに愚痴り始めたのである。先に伝えたのに無視されたちえり。彼女がそれを知り、ペットボトルを潰すまでは秒だった。
「で? なんでちえりには何も言ってくれなかったの?」
「そのー……一回ね、もうとんでもなく疲れてた時がありましてー、その時にもちもちが私用で残ってたんすよ。で、ちょっと愚痴っちゃったら……優しく受け止めてもらえたんすよ……」
「それから甘えてると?」
「まあ……はい……」
若干後ろめたそうに、ばあちゃるは呟いた。
そんな彼を見て、ちえりは目を瞑る。
「うまP。ちえりも、うまPの力になりたいの」
「何言ってるんすか! ちえりんが元気なだけでね、ばあちゃるくんの力はもりもり湧いてくるんでね!」
「ありがと。でもー、もーっと力になりたいの。ダメ?」
「ダメな訳ないじゃ無いっすか! でもあれっすよ、そのせいでね、ちえりんが体を壊したりするのは絶対にダメっすからねはいはいはい!」
「……断られると思ってた……」
「マジンガー!? いやね、ばあちゃるくんも変わらなくちゃなって思ったんすよ。 ……もちもちはばあちゃるくんを信じてくれてるって言ってくれたんすよ。で、気づいたんすけど、アイドル部を信じてはいたんす。元々、心の底からね。でもねーいやー……俺のプロデュースするアイドル部、ってなるとあんまり信じられてなかったんすよはいはいはい」
「魂の輝きは信じてたって事ー?」
「そう! それ! アイドル部の皆は絶対にね、もう素晴らしく輝く事が出来るんすよ!! はいはいはい、でもね、ばあちゃるくんが120パーセントその輝きを引き出せるか? って言われると……って感じだったんすね」
膝の上で、ばあちゃるは拳を握りしめる。
もちとちえりの視線を受け止め。意思を固め。ばあちゃるは真っすぐに、ちえりの目を見据えた。
「でもこれからは違います。俺は、俺のプロデュースするアイドル部を信じる。この道が、正しいと信じる。でもね、間違ってるかもしれないって疑うことも忘れない為にね、まずはもっともーっとアイドルの事を知ることから始めようと思ったんす」
ばあちゃるは、自分のプロデュースを、もう二度と疑わない。
その為に、一人一人の魂の輝きをもっと理解して、最善を選べるようにしなければならない。
避けてきた。プロデューサーとして、スキンシップをなるべく避けてきたのだ。
しかし、今回の撮影を通じて。ばあちゃるは認識を、線引きを改めた。
「だからね、ちえりんとももっと話したいって話をもちもちに相談してたんすよ」
「そうなの?」
「うん。最近はもっぱらそんな話だったなー」
「……そっか。そっか」
ちえりは二度、頷いた。噛み締めるような沈黙の後、彼女は満面の笑みでばあちゃるに尋ねる。
「どう? そろそろ足痺れてきた?」
「ちょいちょいちょーい! ばあちゃるくん結構真面目な話したんすけど! 反応ないんすか!?」
「まま、足は?」
「えぐー! 痺れてますよもう!」
「よし」
完全に悪役の笑み。ばあちゃるは慄くも、足が痺れて動けない。
焦るばあちゃる。背後を取ったちえりは、草の上に腰を下ろす。伸びた手はばあちゃるの頭へ。
デジャブ。ちえりは彼の頭を自身の太ももに落とし、いや、乗っけた。
「……良いんだよね? うまP」
「断れない奴じゃないっすか……」
「あーずるーい! あたし膝枕した事ないのにー!」
「あーんでも照れて、ラストシーンで抱き着くとこでも照れたのに出来るのー?」
「えー!? もちもちあそこでも照れてたんすか!?」
「て、照れてないし!」
「うまPは見逃してもちえりは見逃さないよ。あんなに顔真っ赤だったじゃん」
「ぐぬぬ……! いやでも大丈夫だから! 変わって!」
「んー、もうちょっとしたらね」
余談だが。
その後。アイドル部のグループラインには、赤くなって固まったもちの写真が出回ったらしい。