アイドル部イメージビデオプロジェクト   作:ラギアz

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金剛いろはは幼馴染である

『アイドル部の皆にお知らせがあるでフゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ٩( ᐛ )و』

『明日学校でいろはとうまPがイチャつくけど気にしないでねー!』

『は?』

『おい……』

『風紀が乱れていませんか?』

『おうまさん!?』

『ばあちゃる号、そんな宣言されても……』

『どういうこと?』

『いろは遂におかしくなったのか?』

『あ?』

『こりゃあ大問題になるんじゃ?』

『カミングアウト急すぎないですか!?』

『と、思いますう』

 

 ばあちゃるは自宅で頭を抱えた。一人の部屋で、一人ベッドに倒れこんだ。

 

「えぐー……」

 

 アイドル部イメージビデオプロジェクト、第五弾。『不器用幼馴染との一日』。

 スタートダッシュは最悪だったと、彼は後に語った。

 

―☆―

 

 耳元で、目覚ましが鳴っていた。

 朝の五時半。いつも通りの起床時間だ。生活習慣は崩れていても、生活リズムは常に一定である。いつも通りの時間……だろう。恐らくは。に、俺は目覚ましへと手を伸ばした。

 しかし、指がボタンに届くよりも先に音が消える。電池切れか? いや、都合が良すぎないか。

 若干寝ぼけている頭を振り、目を開ける。天井の蛍光灯は、今は光っていない。スマホの充電はMAX。何も異常は無い――

 

「おはよーございます!!」

「……ごん、ごん?」

「そうです! おはよーございます!!」

 

 異常と言っては失礼になるかもしれないが、いやまあ、異常があった。

 寝ぼけた頭は、電流が走ったかのように切り替わる。枕元、俺の顔を覗き込んでいる少女。決してここには居ないはずの、金剛いろはがそこに居た。

 髪は結ばれてない。服は制服。完全に、学校に行く前の格好である。

 

「え、どうしたんすか急に」

「嘘! 覚えてないんですか!?」

 

 尋ねれば、大げさに叫ぶごんごん。屈託の無い笑みを浮かべ、彼女は胸を叩いた。

 

「幼馴染、金剛いろは! うまPを起こしに来ました!」

 

 ……ああ、そうだ。

 今日が、撮影日だった。

 

「はい。昨日のは反省してます」

「あんなメッセージね、誤解しか招かないんでね。注意しましょうね」

「でもさー、たまちゃんとかもうまPとイチャイチャしてたじゃん! 何でいろはの時だけあんなに皆怒ってたの!?」

「撮影の事を言わなかったからっすね完全にね」

「あ」

 

 えへへ、とごんごんは誤魔化した。

 今は六時。太陽がすっかり空に見えるようになった時間帯。俺は出来上がった朝食を運び、彼女と向かいあうように座った。

 

「幼馴染として手伝うか迷ったんですけど、いろはやんない方が良いかなって」

「間違ってないっすね」

「そこは否定するところじゃないの!?」

「ごんごんが料理したらとんでもない事になりそうですし……」

「んぬー! 直ぐ見返してやりますから!」

「がんばれごんごーん」

「うっわ適当」

 

 ジト目のごんごんに睨まれつつ、細やかな朝食は終了。最後の方は機嫌が良さそうだったのを見ると、どうやらご飯は美味しく作れていたらしい。普段は男の一人飯。自炊することの方が少ないが、お口に合った様で何よりだった。

 準備は俺だけでやったが、片付けは自然と二人でやる事に。ごんごんには食器を運んでもらい、受け取って直ぐに洗う。十分も掛からずに食器洗いは終わり、朝は六時四十分頃。

 学園長として、そろそろ家を出なければならない時間だ。

 

「ごんごんは登校どうするんすか? ばあちゃるくんと一緒に行きます?」

「あ、はい! そのつもりです!」

「オッケーです。そろそろ行くつもりなんすけど、準備出来てます?」

「問題ないです! あ、うまPに一個お願いがあるんですけど良いですか?」

「補修っすか?」

「違いますー! 髪結んでくれません?」

「……マジ? ばあちゃるくんあんな複雑な結び出来ないんすけど」

「ポニテでも何でも良いんです! 取り敢えずうまPに結んでほしいんです!」

 

 彼女は有無を言わせず、赤い紐を俺に握らせた。そのままソファに座り、じーっと目を合わせる。そこはかとなく犬らしい動き。ごんざぶろうというあだ名を思い出しつつ、観念して、俺はごんごんの後ろへと回った。

 

「後で文句言わないで下さいね」

「勿論!」

 

 元気よく頷くごんごん。長い金髪は重く、そこそこ苦戦しながら一つに。俺が知っていて、更に結べる髪型なんて少ない。一見簡単そうで、オーソドックスな髪型に落ち着いた。

 

「ポニテだ!」

「ポニテっす」

「あー、もしかしてうまP、『馬』だから『ポニー』テールにしたんですかー?」

「うーわつまんな!」

「なんでそこまで言うんですか! お茶目なギャグですよ!」

 

 ぶんぶん振り回されるポニテの攻撃を避けて、俺は玄関へ。途中で鞄も拾っておく。

 

「行きますよー」

「あー、ちょっと待って! テレビ消してないじゃん! ……おっけーい!」

 

 テレビと電気を消し、彼女は冷蔵庫の扉もチェック。二人並んで靴を履き、家を出た。

 朝の住宅街はほぼ人が居らず、時々遠くに学生が見えるのみ。他愛もない話をしている内に、俺達は学園に着いた。

 

「えーと、ごんごんはこれからどうするんすか?」

「いろはは……うーん、やる事ないんだよなー。ゲームでもしてますよ」

「ばあちゃるくんの仕事でも手伝ってみます?」

「大失敗しても取り返し付きます?」

「やめときましょうか」

「いや信頼して下さいよ!! 少しくらい!」

「無理っすねはいはいはい」

「むきー!」

 

 地団太を踏むごんごん。漫画の様な行動だった。

 始業時間までは一時間以上あるし、普通の生徒が来るのにも相当時間がかかるだろう。一人ぼっちのごんごん。この場合、一人ぼっちのいろはの方がなんかのタイトルっぽい。

 と、我ながら下らない事を考えた時だった。

 

「……おお? ……おお。おお!」

「どうしたんすかごんごん!? 遂に壊れたんすか!?」

「壊れてまーせーんー。 うまP、家庭科室の鍵って借りれます?」

「ダメです」

「なとなとも一緒!」

「はいはいはい、それならね、勿論オーケーです」

「何で!? いろはの時と扱いが違うんだけど! ねえ!」

「じゃあごんごん。ごんごんはたまたまを一人で家庭科室に入れても大丈夫だと思いますか?」

「炎上するでしょ。物理的に」

「でしょ? そういう事っすよ!」

「いろはも同レベルだと思われてるの!?」

「実際そうですからね完全にね。まあ、なとなとが一緒なら全然良いっすよ。でもあれですよ、なとなとに迷惑掛けたらダメですからね」

「あのー、いろはさ、一応八重沢なとりちゃんと同じ歳なんですけど。対等だと思うんですけど」

 

 俺は何も言わずに、足早に歩き始める。後ろからかなり本気の拳を喰らった。

 向かったのは学園長室ではなく、職員室。扉を開けると、半分以上の教員が出勤していた。彼らと軽く挨拶を交わし、俺は家庭科室の鍵を手に取る。

 

「あれ? 学園長、なんか料理でも作るんですか?」

「ばあちゃる君じゃなくてですね、ごんごん……えーと、アイドル部の金剛いろはが使うらしいっす」

 

 瞬間、先生の一人は火災報知機の点検を。一人は消火器の準備を。一人は緊急の電話番号の確認を。一人は机の下に潜り込み。一人は神に祈り始めた。

 

「なとなとも一緒らしいんすけどね」

「「「「なーんだ」」」」

「ねえうまP! いろは断固抗議したいんですけど! おかしいでしょこれ! おい!!」

 

 相手がごんごんだから、多少オーバーな反応をしているのだろう。この学校の教師はそんな人ばっかりだ。

 後で少しごんごんの株を上げる事を約束すると、彼女は少し気を落ちつけた。なとなととは後で合流するとのこと。しっかり火元に注意する様に言ってから、俺達は別れた。

 

 ――それから、数時間が経った。

 会議に仕事。動画編集に設備の確認。アイドルのスケジュール管理、シロちゃんのお菓子補充。中々な量の仕事を終え、俺は昼飯を食べようとしていた。

 今日も今日とてカップ麺。

 自分でお弁当を作る暇もないし、学園長が学食に行くのも他の生徒が食べにくいだろう。カップ麺なら引き出しの中に入れておけるし、早いし、安い。コンビニ弁当も一時期食べていたが、最近はもっぱらカップ麺だ。そろそろストックが尽きそうだな、なんて思いつつ一つ取り出す。

 手慣れてきたビニール破り。爪を掛けたところで、突然学園長室のドアが開いた。

 

「待ってうまP!」

「うおっ!? ごんごん!?」

「いろは知ってます。幼馴染は手料理を幼馴染相手に振る舞うものであると。それが流れであり、お決まりであると……」

「え、もしかして」

「幼馴染として、作りました」

「マジで?」

「作りました」

 

 背中を、つうっと、冷や汗が伝った。

 

「食べれる! 食べれますよごんごんこれー!」

「んっふっふ、そうでしょそうでしょ!? まあいろはに掛かれば料理なんて余裕のよっちゃんですよ!」

「ふっる」

「古くありませんー」

 

 ごんごんの手料理は、壊滅的な物ではなく。

 ごく普通の、一般的な料理となっている。

 寧ろ、出来立ての手料理は美味しかった。彼女の料理スキルは、中々な物だ。アイドル部女子力ランキングなんてものがあれば、彼女はそこでもhooseの座を奪い取るだろう。

 なとなとの尽力もあるだろうが、しかし、ごんごんの努力も見て取れた。いや、味わえた。

 

「いやー、料理って真面目にやると奥が深いんですね。びっくりしましたよ。知ってますかうまP、料理のさしすせそってそのままの順番で入れるとダメなんですよ!」

「マジンガー!? えっ、普通に知らなかったんすけど!」

「でしょー!? いろはも今日なとなとに教えてもらって!」

「そういえばごんごん、どうやってこんな熱々なのを昼休み入って十分くらいで準備出来たんすか?」

「なとなとが教えてくれたの! 朝のうちに準備出来て、直ぐに出来るご飯! お米は二時間目と三時間目の終わりに家庭科室開けて炊いたんだけど」

「めっちゃ頑張ってくれてるじゃないっすか。ありがとうございますね」

「でしょー?」

 

 嬉しそうに、彼女は笑った。

 ……なんというか。アイドル部は、全員がとんでもなく可愛い。それは周知の事実だ。そしてその中でも、この金剛いろはという少女はどうも――そう、太陽と言う表現が似合う。一番似合う。

 ただ嬉しそうに、純粋に、彼女は笑うのだ。太陽の様に。

 

「まあそれに熱中しすぎて、いろは昼飯食べてないんですけどね」

「いやもうほんっとにそういうところっすよごんごん」

「えっ何が!?」

 

 目を見開いた彼女は、やや訝しむ様な表情を浮かべる。

 昼休み、外からの喧騒が響く。蛍光灯を付けていない、少し薄暗い家庭科室。

 ごんごんのお昼ご飯カミングアウトによって、俺の箸は止まっていた。流石にお腹が減っている生徒の前で、一人悠々とご飯を食べれはしない。

 何だか不思議な硬直。そんな中、彼女が椅子をずらした。

 そして、まるで雛の様に体を乗り出す。

 

「うまP、あーん」

「は?」

「あーん!」

 

 口を開けて、ごんごんは固まった。

 意地でも動かぬという意思か。目を固く閉じ、完全に俺に任せている。

 その圧に押し負け、あと素直にお腹が空いているらしいので、そっと料理を口元に運ぶ。白い歯が並ぶ中、薄桃色の扉の向こうへ。柔らかく、ぬめった、赤い絨毯で、箸を濡らした。閉じた唇の隙間から、ぬるりと箸を取り出す。ただの食事行為。その直後の箸が、何故かとても艶めかしかった。

 

「……うん! えっ、いろは天才じゃない!? 料理上手過ぎないですかこれ!」

「いやもうマジで色気とかゼロっすよね」

「色気くらいあ、り、ま、す!!」

 

 雰囲気などぶち壊し。煽りに一々、律儀に反応してくる。

 

「うっふーん」

「いやちょっとそれは引きます」

「いろはもちょっとやり過ぎたかなって思いました」

 

 制服のボタンを開け、腕を頭の後ろで組むセクシーポーズ。

 何故かごんごんががやると、それはテスト前に頭を抱える学生にしか見えなかった。

 

「そういえば、ポニテのままなんすね」

「朝うまPが結んでくれたじゃないですか」

「ああ、その後ね、なとなとに結びなおしてもらえば良かったのにと思ったんすよ」

「うまP。なとなとはそんな空気の読めない子じゃないですよ」

「……ええ?」

「ここまで女心が分からないのか!」

「はいはいはい、もうねーばあちゃるくんレベルになるとですね、相手の考えてる事なんて全部分かるんでね! 敢えてっすよ敢えて」

「じゃあ答えて見て下さいよー」

 

 最早作業の様に、俺は半分残った昼食を彼女の口へ運ぶ。一回。二回。彼女が飲み込むまで待って、三回……。

 

「いやー……あー、あれっすね! もうね、尊敬するばあちゃるくんから髪を結んで貰ったんでー、解きたくないとか?」

「そうです! それ! 分かってるじゃないですか」

 

 驚きのあまり、料理を落としてしまう。

 いやいやいや、まさかそんな、ただのイキりが、当たってるだなんて。

 あり得ない。ごんごんにからかわれている。そう結論付けようとしたが、どうも彼女の表情にそういった色は見えない。

 しかし、信じられなかった。

 たかだか俺が結んだ程度で、そこまで思い入れも生まれる訳がない。シロちゃんとかにしてもらったなら分かる。が、相手は俺だ。ばあちゃるだ。

 

「あ、多分うまPはめっちゃ脳内がぐるぐるしてると思うんで言っときますけど」

 

 そしてごんごんは、目を細めた。

 

「うまPって、全然私たちに関わってくれないじゃないですか。なんで、うまPがこうして髪結んでくれたりしてくれるの、凄い嬉しいんですよ」

「もっと嬉しい事あるんじゃないすかねえ」

 

 ……なんて言いつつ。

 内心、俺は相当嬉しかった。

 このイメージビデオの撮影を通じて、俺は彼女たちとの距離を縮めようとしている。そんな願望を抱いている。だからこうして、少しでも仲良くなれているのを実感するのは、とても嬉しい事なのだ。

 

「じゃあごんごん。これから毎日結んであげましょうか?」

「あ、それは良いです。いろはもお洒落したいですし待ってうまPねえいろはの分も残してくださいよ何で急にかき込み始めるんですかこのっ……ご飯よこせええええ!」

 

 カップ麺を二人で並んで食べたのは、なんだかんだ良い思い出になった。

 さて、この『年下生徒の幼馴染』……今回の撮影は、平日に行われている。たまたまも平日だが、それは仕事が終わってから。なとなと、ちえりん、もちもちは休日だ。

 要は、ほぼ接点が無い。ごんごんとのシーンが撮影できないのだ。

 まあ何が言いたいかと言うと、夜七時。昼休みから今まで、一回も会わなかったのである。

 廊下の窓から見えたりはしたものの、会話は無し。普通に仕事を終わらせ、今丁度校門を出た。

 その時、タイミングよくLINEが鳴る。

 ポケットからスマホを取り出す。画面を見る。

 そして俺は駆けだした。スマホを握りしめたまま、本気も本気の疾走。

 メッセージの内容は至って簡単だ。

 

『夕ご飯期待してくださいね! 今から隠し味入れます!!』

 

 俺の胃を守るために、走れ、俺!!

 

「あ、お帰りなさい! 丁度ご飯出来ましたよ!」

「ただいまっす……」

「どうしたんですかそんな汗だくで? ……わかっちゃったあ……。もーうまP、そんなにいろはの作る夕食が楽しみだったんですか? 可愛いところあるじゃないですかー! 沢山作ったんですよカレー!」

 

 間に合わなかった。靴を脱ぎ、額の汗を拭う。

 蛍光灯を、空虚に見上げる。

 

「やっぱ幼馴染と言えばこうやって、相手の家に気軽に入ってー、料理とか掃除とか、親しくなきゃ出来ない事をやるのがメインの仕事じゃないですか。いろはも頑張りました!」

 

 嵐の前の静けさ。ゆっくり、ゆっくりと俺は覚悟を決める。以前たまたまの撮影の時に買ってもらった胃薬が残っているはずだから、死ぬことは無いはずだ。

 ならば食うのみ。

 

「じゃ、じゃあ早速頂きましょうかね! いやー楽しみっすね……はいはいはい……あー、はい」

「どうしたんですかうまP? ほら、今からよそいますね!」

 

 靴を脱いで、俺はリビングへ。スーツの上を脱いで、胸元を緩める。

 キッチンを見れば、彼女は鼻歌を歌いながら料理を盛っていた。楽し気な様子に、一日の疲れが抜けていく。彼女の明るさに照らされて、体の凝りが解れていくようだった。

 普段は、夜遅くでも早くでも一人。ご飯もほぼコンビニ飯。

 そんな生活だからこそ、こうして誰かとご飯を食べれるという状況は新鮮だ。そして、とんでもなく嬉しい物でもあった。

 カレーがどんなものであれ、その食卓は楽しい物だろう。

 

「このカレー、なとなとに教わったんですよ!」

「……意外に美味しそうっすね」

「何ですか意外にって! これ、サラダと……麦茶です、どぞ!」

「あー、ありがとうございます。ばあちゃるくんも配膳手伝うべきでしたね、すみません」

「いーのいーの! うまP仕事で疲れてるでしょ? 幼馴染として、こんくらいやりますよー! はいじゃあいただきまーす!」

「いただきます」

 

 俺より一足早く、ごんごんはカレーを口の中に入れた。

 そして硬直。目を見開き、ポニテを一ミリも揺らさず、ぴたりと動きを止めた。

 

「ご、ごんごん?」

 

 そっと声を掛けると、やっと彼女は口を動かし始める。心の底から味わうように、目を瞑りながら。

 食べるに食べれず、俺はスプーンを置いた。

 長い時間をかけてようやく飲み込んだごんごん。神妙な面持ちで、彼女は口を開く。

 

「うまP。これすっごくあれなんで、いろはが全部食べます。うまPは食べないでも大丈夫ですよ」

 

 そう言うやいなや、彼女は皿を掴んで豪快に食べ始めた。勢いはまるでレーシングカー。つられるようにカレーを頬張った俺は、そこでごんごんの意図に気が付く。

 

「これ最高に美味しいじゃないっすか!」

 

 彼女は、このカレーを独占しようとしていたのだ! 

 配信や普段のTwitterなどを見る限り、このレベルのカレーが出来る事は奇跡に近いだろう。店で売られているのよりも美味しい。

 更に、環境も美味しさにブーストを掛けていた。

 何時もは一人の食卓に、もう一人居る。しかも手作り。

 さっきまでの俺に言おう。不味い料理が出てくる訳ないだろう、と。

 腹が破裂するかしないか、その瀬戸際まで俺とごんごんはカレーを食べた。食べまくった。ご飯が足りなくなり、コンビニまでパックご飯を買いに走るくらいには食べたのだった。

 

「ごちそうさまでした!」

「ごちそう様でした。いやー、ごんごんどうしたんすかこのカレー。もうね、ばあちゃるくん1500年くらい生きてるんすけどー、その中でもね、とんでもなく美味しいカレーでしたよ完全にね」

「いろはも驚いてるんですよ! いやこれ、元々いろはの作ったカレーになとなとのアドバイス通りに隠し味とか加えたやつなんですけど」

「……なとなとって料理上手いんすね」

 

 天井を見上げて、改めて風紀委員長のスペックの高さを知る。

 しかし、だ。

 

「それにしても、アドバイスだけでここまで変わるなんてあり得ないですからね、ごんごんの料理も段々上手くなってるって事っすね!」

「んあ、いやまあ、いろはカレーは練習してたんですよ」

 

 ごんごんは大きく背を伸ばし、背もたれに体重を乗せる。

 

「幼馴染の設定で撮影するよ、って言われてからすっごい練習して! 料理下手な幼馴染も可愛いと思うんですけど、やっぱその、ギャップって言うか?」

 

 黙って話を聞く俺の前で、彼女は笑みを浮かべた。

 照れくさそうにしながらも、達成感を感じている笑みを。

 

「ほら、うまPにいろはもこれくらいやれるんだぞー! って見せたいじゃないですか! いっつもうまP馬鹿にしてくるし!」

「いやもうね、ごんごん最高っすよ! いえーい! ごんごん流石ー!」

「いえーい!」

「まあ学力はダメっすけどね」

「そこで落とすの!? マジか!」

 

 恨みがましい視線を受け止めながら、俺は席を立つ。食器をまとめてお盆に載せ、手伝おうとしたごんごんを座らせておく。

 準備は全てしてもらったのだから、せめてこれくらいはやらなければ。

 流しに食器を置き、お盆を引き出しに付けているフックに掛ける。ふと時計を見れば、もう結構良い時間だった。

 

「うし、そろそろ帰る準備しましょうかごんごん」

「え!? もう?」

「いやー、ばあちゃるくんが帰って来たのがまあまあ遅かったですしね、早く感じるのかもしれないんすけど、もう結構遅めの時間帯なんすよ」

「……ねえ、うまP」

「はいはいはーい、まあ帰り道は送るんでね、その時にアイスとか買ってあげたりしなかったりするんで」

「今日いろは泊まって行っちゃダメですか?」

「え? ちょっ、ちょいちょいちょーい! なあに言ってるんすかごんごん!」

 

 突然の問いかけ。俺はキッチンからリビングへ、小走りで移動した。

 ごんごんは変わらず、食卓の椅子に腰かけている。彼女は一瞬言葉に詰まり、視線を泳がせた。

 

「ほっ、ほら! こうして幼馴染として居るんですし、折角ですから! 積もる話もありますし、いろはずーっと二人でゲームやりたいと思ってたんですよ!」

 

 そして、彼女はどんどんと言葉を流していく。

 俺は違和感を、と言うかズレを感じていた。波の様に出てくる言葉はみな、どこか薄い。頼りない小枝で歩くような、そんな声色だった。

 

「幼馴染として、こう気兼ねない感じを出したいんです」

 

 まあ。

 ――この程度の違和感に気付かないのであれば、プロデューサーなんてやってられないのだろう。

 

「ごんごん。一回ね、深呼吸しましょうね」

「えっ」

「ほら、吸ってー吐いてー」

 

 俺は椅子を引いて、幼馴染の向かいに座り直す。

 

「吸ってー吸ってー吸ってー」

「……って何ベタな事やらせてるんですかもー!」

「それでも途中まではちゃんとやるんすね……」

「そりゃまあ……」

 

 ノリの良い幼馴染だった。

 この子と俺の間には、ちょくちょく煽りを入れるような雰囲気が似合うのだろう。事実、毎回毎回そんな雰囲気に自然となる。

 だが、今必要なのは『面と向かって』会話する時間だ。

 

「ばあちゃるくんはですねー、実は今までのプロデュースに自信が無かったんですよ」

「え!? そーなんですか!?」

「そーなんすよ! ……でもですね、ばあちゃるくんはしっかりプロデュースに自信を持とう! って思ってですね、もっともーっとアイドル部の子達の事を知りたいなーって思ったんすよ」

「その子に一番あった輝き方を見つけるためですか?」

「そうっす! なんでね、ごんごん」

 

 なるべく優しく、なるべく温かく。

 

「幼馴染として、とかね、そんな事気にしないで良いですからね。ごんごんはもっと素直に甘えて良いんすよ」

 

 彼女は今日一日、幼馴染としてとずっと言っていた。それがまるで免罪符であるかのように、何か自分の行動に理由を付ける時に。

 言い訳の様にも聞こえれば、それは自分の正当性をどこかで確立したいようにも聞こえた。

 そして、その自覚はごんごんにもあったらしく。

 

「……だって、甘え方が分かんないんですもん」

「そんなもん考えなくて良いんですって! 少なくともね、ばあちゃるくんは出来る事ならなんでもしますからね! 素直にあれやりたいとか言っちゃえば良いんですよ」

 

 金剛いろははお調子者一辺倒の様で、その実頼れるムードメーカーだ。

 そこから考えるに、どうも彼女は色々考えるのだろう。考え過ぎてしまうのだろう。

 他の子は、撮影時の立場を「利用」した。

 ごんごんは、撮影時の立場に「縋りついた」。

 

「言っていいんですか?」

「もちのろん太郎っすよ!」

「それあんま面白くないですよ」

「え!? ここでそれ言う!?」

 

 彼女は椅子の背もたれから離れ、机に拳を叩き付ける。

 強い意志を秘めた、緑の瞳。金剛いろはが、俺を見ていた。

 

「いろは、お泊りして……うまPと一晩中ゲームしてたいです!」

「明日学校あるんですけど」

「そこはオーケーですじゃないの!? ねえ!! あんなに言っておいてそれなの!?」

「冗談、冗談っすから流石にね! 落ち着いて欲しいんすけど!」

「……むう」

「条件を二つ、守って欲しいんすよ」

「何ですか」

「授業をなるべく寝ない事。良いですか?」

「分かりました! なとなとに起こしてもらえるように頼んでおきます!」

「いやそういうんじゃ……まあ良いっすよそれで。じゃあね! 買い出しでも行きますか!」

「いよっしゃー!!」

 

 ごんごんは今日一番の、太陽の様な笑みを浮かべ立ち上がる。俺の手を取って玄関まで向かう途中。

 ふと、彼女が口を開いた。

 

「いやあ、それにしてもお……」

 

 どや顔プラスにやけ顔。彼女は、ゆっくりと言葉を発する。

 

「うまPの近くは、ホーっとスるんですね。ホースだけに! うまだけに!!」

「……うーわ激サム……」

「何でそんな反応するんですか! もー、むかつくうー!!!」

 

―☆―

 

「あの、ばあちゃるさん」

「なんすか?」

 

 学園にて。

 アイドル部の部室に居たばあちゃるは、部室に入ってきた八重沢なとりに声を掛けられた。

 殆どドアを開けると同時であった。

 しかし、なとりが声を掛けるのも無理はない。

 何故なら。

 

「部室で映画見るのはまあ前例があるんで良いんですけど……なあーんでいろはさんがばあちゃるさんの膝に座ってるんですか!!」

「ん?なとなとも座る? あ、うまPポップコーン下さい」

「座っ、座……っ!」

「ほら。うまPの右膝空いてるよ?」

「空いてるわけじゃないんすけど……」

「……座りません!!」

 

 あの撮影から、金剛いろははかなりの甘えん坊になった。

 いや、素直になったと言うべきか。アイドル部の前での姿は基本変わらないが、ばあちゃると接するときにはかなり本音を言うようになった。

 ……故に、こういう状況が生まれている訳である。

 

「ていうか、何見てるんですか?」

「適当に決めたやつ。しかもシリーズの途中みたいだから正直全然分かんない」

「中々コアな楽しみ方してますね。……ばあちゃるさん、お仕事は?」

「これの為に全力で終わらせました」

「ばあちゃるさんってこう、アイドル部の事になるとスペック凄い向上しますよね。どうしたんですか?」

「いやまあ……最近はね、すこーし落ち着いてきたんすよ。ライブも終わりましたし、新メンバーも加入しましたしね!」

「なるほど。……あ、私、風紀委員の仕事があってばあちゃるさんのとこに来たんですよ。ちょっと良いですか?」

「了解です。じゃあごんごん、ばあちゃるくん言っても良いっすか?」

「えー、じゃあ明日また見てくれますか?」

「オーケーです。……はいはいはい、じゃあ行きましょうか」

 

 テレビを消したいろは。立ち上がるばあちゃる。

 しかしそこで、なとりはどうしても欲望を払い切れなかった。彼女の心は割と素直なのだ。

 

「……あの、ばあちゃるさん」

「どうしました?」

「やっぱりその、私も膝の上に乗って良いですか……?」

「えっ……マジで?」

「風紀委員長!? どうしたの!?」

「わ、私だってちょっと魔がさすときがあるんですー!」

 

 ――この時、ばあちゃるは『まあいいか』と考えていた。

 それが原因で、これから彼の膝上が占領されまくる事を知らずに、『まあいいか』と考えていたのだった。

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