ダンジョンにユグドラシルの極悪PKがいるのは間違っているだろうか?   作:龍華樹

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第1話

ユグドラシル。

かつて、世界最高のDMMORPGとして主要なゲーム大賞を総なめにした有名タイトルである。

一時‬期はDMMOゲームといえばユグドラシルのことをさすほど人気のあるゲームだった。

だが、どんなに人気のあろうと、いつか廃れる時はくる。

DMMOの先駆けとして人気を博したユグドラシルもオープンから10年以上が経過し、既にゲームシステムが旧式化して久しい。

 

そして、終わりの日を迎えた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にありがとうございました。では私はこれで」

 

「ええ。お疲れ様でした、ヘロヘロさん」

 

最後の一人を、そうしてモモンガは見送った。

 

顔を見せてくれたのは5人。

41人中、36人が辞めていった。ログインし続けたのは自分を含めて二人だけ。残りの3人がここに来たのは、どれだけ前だったか覚えていない。

既にギルドは残骸に成り果てている。かつての栄光を、アインズ・ウール・ゴウンの最盛期を共に築き上げたモモンガからすれば、あまりにも切なく、寂寥感に苛まれた。

 

……いや、わかってはいるのだ。

 

確かにみんなで築き上げたギルドはすばらしかった。だが、どれほど課金しても、どれほどデータを積み重ねても、所詮、これはゲームに過ぎない。

そして、人はゲームの中では生きられない。

モモンガこと鈴木悟とて、糊口を凌ぐために、現実の仕事をないがしろにはできない(そこでふと思い出し、悟は目覚まし時計のタイマーを‪朝の4時に‬セットした)。ああ、それにつけても金の欲しさよ……

思考が脱線してきたところで、つい口に出して叫んでしまった。

 

「チキショーメェー!!」

 

なんだか落ち着いた。

Be Cool!アインズ・ウール・ゴウンのギルド長は動揺しない!

 

「……ギルマス?」

 

不意に後ろから、やや呆れを含んだ声が聞こえてきて、モモンガは飛び上がった。

 

「アイエェ!!…って、キル子さん」

 

モモンガの背後にそっと佇んでいたのは、和服の少女型アバターだった。

水死体のような色白の肌に白無地の和服。

長い黒髪を無造作に垂らし、髪の間から死んだ魚のような目をのぞかせた凄惨な形相をしている。 口元を着物の裾でそっと隠しているので、顔はほとんど窺えないが、夜更けにテレビから這い出てきそうな恐ろしい外装だ。

和風ホラーの亡者か幽霊かといった風情だが、本人の談に依れば見た目は某古典ホラー映画の金字塔からデザインしたらしい。「リングは一作目が一番怖い」そうだが、モモンガには何のことだかよくわからなかった。

ホラー映画の主役はあくまで登場する怪物で、哀れな被害者はその添えものに過ぎないのだとか何とか。似たような趣味を持つタブラ・スマラグディナと意気投合し、二人でなにやら熱く語り合っていたのをよく覚えている。

ちなみに肌が青白いのは、正しく死体だからである。異形種、それも動死体(ゾンビ)系のアンデッドだ。

 

それが、アインズ・ウール・ゴウンに最後までログインし続けた、もう一人のメンバーだった。

 

「いらしてたんですか。これは、お恥ずかしいところを見せてしまいました…」

 

『キル子』と呼ばれたアバターはこくりとうなずくと、両手を目の前で合掌して深々とお辞儀した。アイサツは大事だ。

社会人であることが加入条件のためか、アインズ・ウール・ゴウンには礼儀正しいギルメンが多く、彼女もまた非常に礼節のとれた人物である。まあ、ギルメンに対して"だけ"は。

 

「なにやら鬱憤がたまっておられるようですね。私で良ければ相談に乗りますが?」

 

「あ、いや…その、なんというか、今日が最後だと思うと、つい気持ちが高ぶってしまいまして。ああ、本当にお恥ずかしい」

 

「いえ、お気持ちはよくわかります。私も長く遊んできましたから」

 

納得したようにうなずくキル子を見て、モモンガはほっとした。

本当は、ユグドラシルを一緒に楽しんだ筈のギルドのみんなが、最後の日だというのにほとんど集まってくれなかったのが寂しくて、切なくて、悔しくて…なんて子供じみた理由で奇声を上げたなどと知られたくなかった。

 

「実は、つい先ほどまでヘロヘロさんが挨拶に来てくれていたんですが…」

 

「はい、存じています。私はちょうど彼がログインする瞬間に出くわしましたので。別れの挨拶は済ませました。彼、仕事大変そうですね」

 

「ですね。私もあまり人のことをとやかく言えませんが、体が心配です」

 

「まったくです」

 

二人そろって、苦い笑いを共有する。

この時代、一部の富裕層を除けばサラリマンなどどこへ行っても、使い捨ての道具のような扱いだ。いや、もう百年前からそうらしいのだが。社会人ギルドであるアインズ・ウール・ゴウンでは、よく集まって仕事の愚痴を言い合ったものだった。

とはいえ、最後の日にして楽しい話でもない。

 

モモンガは話題を切り替えた。

 

「そういえば、外に出ていらしたようですが?」

 

「ええ、少しタウンを冷やかしてきました。どこもお祭り騒ぎになってましたね。花火が途切れることなく上がったり、バニーやらブルマやら花魁やらの季節限定コスや課金コスで仮装行列してたり。後は、無差別PK合戦やってたりとか。結構楽しかったです」

 

キル子はアサシン系のクラスについていて、アバターの見た目や種族を誤魔化すスキルや魔法を習得している。

アバターのユニークネームを偽る【偽名(フェイクネーム)】、種族や性別を偽装する【擬態(ポリモリフ)】、アバターの外装を誤魔化す【変装(マスカレード)】などなど。これらを駆使すれば、通常は異形種侵入不可のエリアやタウンに忍び込むことができる。

 

「後はゴッズやら希少アイテムのワンコイン投げ売り祭りをやってました。どうせ今日で終わりだというのに、つい買い込んでしまいましたよ」

 

そう言うと、買い込んだというアイテムを取り出して、モモンガに見せてくれた。

 

まず目に付いたのは、小ぶりの刃物武器だ。見た目は簡素な作りで、料理用の出刃包丁そのものだが、全体的に薄汚れた風に作り込まれていて、刃の部分など赤い錆や血痕が生々しく浮き出ている。

武器カテゴリーとしては短剣(ナイフ)。接近戦を得意とするタイプのアサシンが好んで使う武器の一つだ。

 

モモンガはキル子に許可を得て、《道具鑑定》の魔法を発動した。

 

「ゴッズアイテムですね。効果は…おお!クリティカル補正値がマックスじゃないですか!これはすごい」

 

レジェンド級以上のマジックアイテムは、専門の生産職が希少材料を使って低確率で作成できる素体に、各種データクリスタルを組み込むことで完成する。

ただし、ゴッズアイテムともなれば必要な素材の質も量も桁違い。作成に要する費用も莫大なものになるため、カンストプレイヤーでもゴッズアイテムを一つも持っていないなんてザラである。

それに、同じ素材やクリスタルを使って、同じように作成しても、できあがったアイテムには差が生じてしまう。

特定の効果を持つデータクリスタルを限界まで使用しても、補正値が微妙に理論最大値に届かない、なんてことがあるからだ。こればかりは作成する職人の技量というよりも、リアルラックの問題だ。

ところが、この短剣はただでさえ貴重なクリティカル発生率の補正が理論最大値に届いている上に物理攻撃力プラス補正等が軒並み高いレベルでまとまっていて、武器自体のステータスも高い。近接系のアサシンならば誰もがほしがる逸品だろう。

 

「さすがは最終日と言うべきか。クリティカル特化のアサシン用ゴッズなんて、昔はいくら払っても買えるようなもんじゃなかったのに」

 

「そうですね。クリティカル補正の最上位データクリスタルそのものが、ほとんど市場に出回りませんでしたしね」

 

クリティカル率をアップするデータクリスタルは物理職、魔法職を問わず一定の需要があった。そのせいで衰退期にさしかかり、ログインユーザーが激減したここ数年でも取引価格があまり下落しなかった。

 

「まあ、見た目が気に入ったんですけどね」

 

確かに、女幽霊のコンセプトで外装を纏めているキル子には似合いの武器だ。

 

「はは、よく似合ってますよ。しかし、名前が物騒ですね」

 

モモンガは魔法で読み取ったアイテムのユニークネームを眺めて苦笑した。

 

「確かに。『セクハラ殺し』って、すごい怨念宿ってそうです。何気に男性特攻効果も付いてますし、これ」

 

まったく、どんな人間が作って使っていたのやら。

 

「そういえば、帰りがけに一悶着ありましてね。これで試し切りをしてみたのですが、いい感じでしたよ。しっくり手になじみました」

 

「試し切り、ですか…」

 

その言葉が意味するところを、モモンガは正確に察した。そこらのモンスターを相手に試したのではない、ということだ。

モモンガは彼女の趣味、というか性癖をよく知っていた。

 

「まあ、これも個人的には大変良い出物でしたが、最大の目玉はこっちでしょうね」

 

ナイフをインベントリにしまい、代わりに無造作に取り出されたアイテムを見て、モモンガは首をひねった。

 

「?…なんです、これ。かぼちゃ?」

 

目の前に差し出されたアイテムは、幾重もの筋の入った不恰好な球形をしていた。見た目はまるで野菜のカボチャのようだ。その中央には人の顔のように、奇妙な形の切れ込みが入れられ、そこからオレンジ色の灯りが漏れている。

 

「かぼちゃ型のランタンです」

 

「ああ、なるほど。ランタンですか」

 

油や蝋燭などを中に入れて持ち運ぶ金属製の灯光具、ランタン。

この時代、ランタンなどは博物館にのみ存在する過去の遺物だが、ユグドラシルの中では暗闇のフィールドを照らす効果のある初心者向けのアイテムとして知られている。

装備した者はモンスターからヘイトを稼ぎやすくなるため、これを使うのはタゲ取り目的のタンク職か、【暗視(ナイトビジョン)】等の暗闇を見通す特殊能力を持っていないプレイヤーだけだ。

キル子やモモンガはアンデッドの基本的な特殊能力として、暗視スキルを有しているので必要とはしないはずである。

 

首をかしげるモモンガを見て、キル子が種明かしをした。

 

「いや見た目は滑稽ですがね、これ、ワールドアイテムです」

 

モモンガは仰天した。

 

「え?!嘘?!まさか、これもワンコインで売ってたんですか?!」

 

ワールドアイテム。

それは全ユグドラシルプレイヤーが所有することを憧れて止まない究極のアイテムだ。

ユグドラシルに全部で200個しか存在せず、各々が唯一無二の壊れ性能を有している公式バランスブレイカー。

たった一つのワールドアイテムを巡って幾多の大手ギルドが争い、所有者を巡ってギルド内部で対立が引き起こされ、あるいは内紛を起こして瓦解したギルドがいくらでも存在するという曰く付きの代物。

レベルをカンストしてしまったプレイヤーにとって、ワールドアイテムの探索はエンドコンテンツの一つである。アインズ・ウール・ゴウンもこれを手に入れるのを目的の一つに活動していた。

実際、ワールドアイテムの保有数ではトップである。それでも保有できたのはたったの11個だけだ。

 

それが、こんなにあっさり手に入るなんて!

 

「ユニークネームは『ジャック・オ・ランタン』。ほら、何年か前のハロウィンイベントで、期間限定で設置されたエリアにワールドエネミーがいましたよね。あれのファーストドロップだったらしいです」

 

「ああ、あったあった!あれですか!」

 

この手のMMORPGでは、季節の節目に合わせたイベントがよく開催される。

春は花見、夏なら夏祭り、秋はハロウィンの外にお月見イベントなんてものがあり、年末にはクリスマス、年を越せば正月やバレンタインにちなんだイベントが企画される。

イベント中は期間限定の特設エリアが開放され、イベントにちなんだモンスターやボスが出現したり、特殊クエストが開催されたりと、ユーザーをあきさせないように運営も知恵を絞るのである。

 

しかし、残念ながら、アインズ・ウール・ゴウンは最栄期ですらこの手のイベントには縁がなかった。

 

「われわれは嫌われてますからね。あの時もワールドエネミーのいるフィールドに近づくことすら出来なくて、悔しい思いをしたものです」

 

レアアイテムを落とすボス討伐戦は修羅場である。ワールドアイテムがかかっているとなればなおさらだ。

大手ギルドをはじめとして大勢のトッププレイヤー達が、血眼になってボスドロップを狙ってくる。そんな連中からすれば、ボスを倒すよりも、まずボスを倒そうとしているやつから倒せ!という理屈になる。これはユグドラシルのみならず、ありとあらゆるMMORPGで適用される真理である。

 

特に、不特定多数から嫌われていたアインズ・ウール・ゴウンなどは、狩り場に近づくだけで、直前まで互いにいがみ合っていた大手ギルドのプレイヤー同士が、連携して襲ってくる始末だった。

 

「でもその後、ぷにっとさんがいろいろ小細工したせいで、2chのアホ共とトリニティのクズ共がつぶし合いを始めたじゃないですか。それで最終的に連中が共倒れして、お目当てのドロップはどっかの中小ギルドが掻っ攫っていったという!」

 

「そうそう、まさに『策士ぷにっと』の面目躍如。‪一時‬期はどこもその噂で持ちきりでしたねー」

 

二人はケタケタと笑い合った。他者の不幸は蜜の味。それも、アインズ・ウール・ゴウンを目の敵にしていた憎いアンチクショウの不幸ともなれば格別である。

 

「流石にこれはワンコイン売りではなくて、ジャンケン大会の賞品になっていました」

 

「おお!そんなイベントまでやってたんですか。ジャンケン、お強いんですね!」

 

感嘆の声をあげたモモンガだが、キル子はふるふると首を横に振った。

 

「予選敗退です。なので、その場にいた連中を皆殺しにして奪いました。言ったでしょう、試し切りをしたって。まさに一石二鳥」

 

先ほどの"一悶着"はそのことかと、モモンガはげんなりしながら納得した。

 

キル子はゾンビ系の異形種についているが、種族レベルは高くない。その代わり、他のレベルをほぼ全てアサシン系の職業に割り振っている。

《完全不可知化》等の姿を隠す手段や、外装の見た目を誤魔化す変装系の魔法やスキルに秀でた『ハイドシーカー』。

逆に索敵、探知能力に秀で、完全不可知化すらたやすく見抜く『シャドウチェイサー』。

状態異常能力を豊富に覚えられる『マッドプレデター』。

それ以外にも、対人性能に特化した凶悪なクラスばかりを、いくつも選りすぐって取得した筋金入りのPK(プレイヤーキラー)。とりわけダンジョンやタウン等の入り組んだ地形でのPVPでは、初見勝率8割を超える猛者だ。

ただし、あくまで対人間種、対プレイヤー相手のPK性能に特化したキワモノである。まっとうに1対1のデュエルをすれば、ギルド内では精々上の下というところだろう。しかも、あまりにも穿ったビルドが災いして、モンスター相手の真っ当な狩りだとほぼ役立たずだ。

 

「このところ、どこの狩り場も過疎りまくりで碌な獲物がいませんでしたので、久々に堪能いたしました。ま、今日で最後ですからね。キルされた連中にもいい思い出になったことでしょう」

 

小声で「ケケケ、ざまあw」とつぶやかれた気がしなくもないが、恐らく空耳だろう。

 

「(相変わらずPKの話してるときだけは楽しそうだなあ、この人…)……そ、そうですか。それはよかったですね」

 

すくなくともモモンガがそんな仕打ちを受けたら、怒りのあまり数日間は胃のムカムカが収まらず、日中も仕事に集中できなくなるに違いない。

 

「それはさておき。これ、能力は割とえげつないですよ。他のワールドアイテムと同じく壊れ性能です」

 

「ほう?ちょっと拝見させて頂いていいですか」

 

「どぞどぞ」

 

興味を引かれたモモンガがワールドアイテムを詳しく調べだしたところで、不意に腕時計のタイマーが鳴り響いた。事前にセットしておいたものだ。

あわてて時計を確認すると、サービス終了の予定時刻まで、もういくらも時間が残っていない。

 

「もうこんな時間ですか…」

 

キル子も腕に巻いた数珠型の腕時計に視線を落とした。

 

「ですねえ。楽しい時間は過ぎるのが早い。…どうでしょう、最後は一緒に玉座の間で迎えませんか?」

 

悪を標榜した最高のギルドの終焉には、あの場所こそがふさわしい。

モモンガはそう考えていたのだが、キル子は一瞬逡巡するように視線をめぐらせた後、ふるふると頭を横に振った。

 

「いえ、せっかくのお誘いですが、実はここには武器やら消耗品を取りに来ただけでして。その、先ほどの一件を逆恨みして私を付け狙う連中が右往左往しておりまして、奴らと時間いっぱいまで大暴れしてやろうかと」

 

それを聞くと、思わずモモンガは頭を抱えた。少なくとも逆恨みではないと思う。

 

「それに、アルフヘイムの中央広場でユグドラシルの最後を穏やかに祝おうと、プレイヤーが集まって、ちょっとしたお祭りになってるんですが、そこに乱入してやろうと思ってますの。刺激的な最後になりますわ」

 

キル子はケケケケ!!と薄気味悪い笑い声を漏らした。本当に楽しそうである。

ブレてない。この人は、ぜんぜんブレてない。というかブレなさすぎワロタ。

 

「そんなわけで、申し訳ありません。というか、ギルマスも一緒に行きませんか?」

 

なんかこっちにまで飛び火してきた。

 

「最後の最後に伝説のモモンガ玉の威力を再び見せつけてやりましょう!千人殺し再びとか胸熱!!」

 

などと、キル子は勝手にテンションを爆上げしている。

 

「そういえばキル子さんは例の1500人防衛戦の時も、ほとんど5階層の中ボスみたいな感じで無双されてましたね」 

 

「ええ、氷結牢獄にあの数のプレイヤーが押し寄せてきたのは、後にも先にもあの時だけでした。ニグレドがいい仕事してくれましたよ、本当に。何せ、ギミックにビビって立ち往生してた連中、まとめて皆殺しにできましたので」

 

「ハハッ、あの時のタブラさんの得意げなことときたら!…っと、いけない。時間がなかったんだった…そういう事でしたら、お気になさらずに。申し訳ありませんが、私はここでNPC達と一緒にいてやろうかと思います」

 

ともすると、つい思い出話に花が咲きそうになってしまう。本当はまだまだ話していたい。これで終わりにはしたくはない。でも、残念だけど、仕方なかった。

 

「…そうですか、残念です」

 

本当に残念そうだった。

 

この人にとっては、みんなで作り込んだギルドが終わってしまうことよりも、大暴れできるゲームが終了してしまうということの方が悲しいのかも知れない。

まあ、それもゲームの楽しみ方の一つだ。ユグドラシルは、多種多様な楽しみ方を受容できる、本当に素晴らしいゲームなのだから。 

 

「では、ギルマス。逝ってまいります。最後までユグドラシルに残った物好き共の心に、我らがA・O・G!!の名前を刻み込んでやりますわ。掲示板が大荒れになるように、気合い入れて殺したり殺されたりしてきます!」

 

「あ、いってらっしゃい」

 

見送りの言葉が終わる前に、キル子は「みなごろしじゃ~~!!」などと雄叫びをあげて転移していった。

 

「なんだかなあ…おっと、時間がない。玉座の間に急がないと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そうやって意気込んで出てきたものの。

 

「…ぬっるいわぁ」

 

足元に転がる無数の死体オブジェクトを眺めて、キル子は何とも言えないため息をついた。

ユグドラシルではプレイヤーやノンプレイヤー、あるいはモンスターを問わず、キャラクターが死亡すると一定時間の間、死体オブジェクトが死亡した場所に残る。その間に蘇生呪文やアイテム、あるいは死体を対象にする特殊な魔法やスキルを使用することができる。

もちろん、キル子は真っ先に蘇生魔法を使える信仰系魔法詠唱者をキルしているので、こいつらが蘇生するには、デスペナルティであるレベルダウンを受け入れた上で、最後に登録した蘇生ポイントに戻るしかない。

 

八割くらいのプレイヤーは死に戻りを選んですでにこの場にはいないが、中には死体を晒したまま居残るプレイヤーもちらほらいる。もちろん、死体オブジェクトどもは聞くに堪えない罵詈雑言を吐き散らしている。負け犬どもの恨みと嘆きの声は、キル子にとって何より心地よい音楽である。

 

しかし、率直に言って、消化不良だ。

 

PKそのものは完璧に決まった。キル子を付け狙うプレイヤーの群れを引き連れて、突如としてアルフヘイムに乱入。

思い出話に花を咲かせたり、花火を打ち上げたり、仮装コスしたりしながら、和気あいあいとユグドラシル終了カウントダウンを待っていたプレイヤー達を巻き添えにして、不意打ち闇討ちだまし討ち。縦横無尽に大暴れして、数十名のプレイヤーを瞬く間にキル。うまくいきすぎなくらい鮮やかなPKだった。

 

これで最後だからと、ナザリックの各所からありったけ持ち出してきたアイテム類も、ほとんどが手つかずのままだ。実は経験値消費型のスキルを連発するために、宝物庫から『強欲と無欲』をはじめとする幾つかのワールドアイテムまで無断で持ち出してきている。もちろん、ギルマスには内緒だ!

 

そこまでしてこっちは気合い入れまくりだというのに、何とも手ごたえがなさすぎである。 FUCK!

 

まあ、無理もないとは思う。この場に集っていたのは、ほとんど引退していたところを最終日だからと久々にログインしてきたような連中ばかり。当然、往年のプレイヤースキルなどは、とうの昔に錆びつかせ、引退時に処分したのか装備もまともに整っておらず、ポット等の消耗品も持ち合わせず、バフもまともに受けていない。たんにレベルがカンストしているというだけのMOBのようなものだ。

 

所詮、ユグドラシルはオワコンだ。ログインプレイヤーの数は最高時の百分の一にも届かない。かつては順番待ちまで出ていた人気の狩場も閑古鳥が鳴き、掲示板は何年も前から更新されていないスレッドで埋め尽くされて久しい。

キル子だって、もうここ何年もまともにPKできない状態が続いていた。

 

とはいえ、最後の夜ともなれば、かつて猛威を振るった強豪プレイヤーどもが復帰してくるかなぁと、淡い期待を抱いていたのだが。

 

「わかっちゃいるんだけどね…」

 

みんな、ユグドラシルを辞めて新たなゲームに手を出すか、あるいはゲームそのものから引退して、職場や家庭や学校に、現実に戻っていったのだと。ゲームの中で生きることはできないのだから。

 

そんなことをぼんやりと考えていたら、サービス終了のカウントダウンが始まった。

 

 

 

【ユグドラシル・オンラインをご利用中の皆様にご連絡いたします。ユグドラシル・オンラインは西暦2138年○月×日、‪午前0時‬を持ちまして、サービスを終了させていただきます。サービス終了時刻までにゲーム内に留まられているプレイヤーに対しては、サーバーより自動ログアウト処理が実行されます。長年のご愛顧、誠にありがとうございました。運営一同、心より感謝を申し上げます。サーバーダウンまで後5分ほどとなります】

 

 

 

あたりに散らばる死体オブジェクトどもも、最後は粛々と受け入れようというのか、会話ログの流れも緩やかになった。

 

思えば、長く一つのゲームをやってきたものだと思う。

キル子がアインズ・ウール・ゴウンへ加入する以前から、異形種PKの現場に乱入して見境なく暴れ回る極悪PKKとして有名だった。ユグドラシルがまだ賑わっていた頃には、某掲示板に専用の板が立てられ、毎日のように屑だのキチガイだのネカマだのと、罵詈雑言を書き込まれていたものだ。

‪一時期は、あまりにも恨みを買いすぎて、2ch連合の有志を中心に立ち上げられた討伐隊につけ狙われたこともある。流石に多勢に無勢であり、それでも6割ほどを削り殺したところで追い詰められ、あわやというところを救ったのが、同じくDQNギルドとして有名だったアインズ・ウール・ゴウンだった。‬

それが彼女がギルドに加入することになった契機なのだが、今となっては楽しい思い出の一つである。

 

それも、もう終わり。

 

 

 

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・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、アイラ・コトフォードは深夜遅くまでバベル一階のギルド受付に詰めていた。

 

アイラはギルドの職員である。ギルドはオラリオの都市運営、冒険者および迷宮の管理、そして主要産業である魔石道具加工業を支える魔石を売買するための組織だ。神の1人であるウラノスを長としているが、事実上の運営は職員たちが行っていた。

 

迷宮は冒険者達のために基本的に24時間開放されていて、ギルド職員は交代制でその入り口にあたるバベル1階のフロアでサポートにあたっている。

迷宮の中は18階層のような例外もあるが、基本的に昼夜の区別無く薄暗いため、時間間隔が狂う。特に多量の物資を持ち込み、数日かけてダンジョンの下層を踏破するような一級冒険者達ともなればなおさらである。少数ではあるが、多数の魔石を持ち込んでくれる稼ぎ頭である彼らのために、ギルド職員も24時間の対応を強いられているのである。

 

とはいえ、そんな一流どころの冒険者の数はそう多くはなく、二級以下の冒険者はといえば「冒険者は冒険をしてはならない」という有名な格言があるように、あまり長い間ダンジョンに入り浸りはしない。そのため、夜更けにダンジョンから上がってくる冒険者の数はそう多くはなく、必然的に配置されているギルド職員の数も昼間に比べれば少ない。

 

折しも時刻は丑三つ時。同僚は仮眠をとるために休憩室に向かったばかりで、アイラは一人だった。昼間はダンジョンに向かう冒険者達がひしめき合って賑やかなものだが、今はアイラの外には人っ子一人おらず、物音一つしない。

ちょうど眠気が襲い来る時刻でもあり、勤務の疲れもあって、アイラがうつらうつらとしていたときのことだった。

カラン、コロン、と乾いた木が打ち合うような、軽い音が不意に響いた。

 

「?…誰か上がってきたのかしら?」

 

ややあって、迷宮の出口へと伸びる階段から、人影が姿をあらわす。

遠目には、その人物はくっきりと白と黒に色分けされていた。まるでガウンのように足下までを覆う白い布製の衣服を白い帯で留めていて、オラリオでは珍しい真っ黒い髪を腰元まで伸ばしているのだ。

足もとは木製の板に布のひもを通した不思議な形状の履き物で、迷宮内のような不整地な場所を歩くのには少しも向いていないと思われた。先ほどのカラコロという音はこのせいだ。

 

アイラは首をかしげた。

 

まず、衣装が珍しい。極東の民族衣装だろうか。最近極東から越してきて新たに立ち上がったファミリアがあったはずなので、そこに所属しているのかも知れない。

だが、違和感の正体はそこではない。余りに軽装すぎるのだ。一見して武器らしきものを帯びておらず、おまけにダンジョンに潜っていたにしてはきれいなもので、返り血ひとつ、土埃一つ付いていない。

そんなことを考えていると、いつのまにかカラコロという例の音は止んでおり、それどころか衣擦れの音ひとつ、いや息づかい一つ聞こえない。

 

ふと、首をかしげると、件の女性がいつの間に目の前に立っていた。息を漏らせばかかりそうなほどの距離だ。何故気づけなかったのかと、そう考えるより先に、アイラは思わず悲鳴を飲み込んだ。

 

「ひっ!!」

 

長い黒髪を無造作に垂らし、髪の間から死んだ魚のような目をのぞかせた凄惨な形相。目は血走って赤く、肌は蝋のように青白い。おまけに、凍てつくような冷気が漂ってくる。

思わず、ギルド職員の間に伝わる有名な怪談を思い出した。

 

曰く、深夜の宿直に詰めていると、迷宮の入り口から死んだ冒険者達の亡霊が這い出てくる。

 

いかにもよくありそうな怪談話だというほかはない。何年もギルドに勤めていて幾度となく遅番を経験しているアイラは、実際、一度も出くわしたことがなかった。…これまでは。

ギョロリと限界まで見開かれた目玉をうごめかし、亡霊はアイラを見据えている。 それだけで意識が飛びかけた。

 

アイラは無神論者である。一般的に言う所の信仰心というのは欠片も持っていない。神が下界に降り来たるこの時代には、珍しいことではない。もちろん、何らかのファミリアに所属する冒険者ならば大なり小なり自らの主神に対してはそれなりに信仰を持っている。

だが、アイラはギルドの所属である。ギルドの主神ウラノスは、方針として自らの眷属にはいくつかの例外を除いて恩恵を与えていない。そのため、ギルドの組織の大多数を占める下位職員は信仰心というものを持っていない。単なる職場の雇用主、それ以上の感情を抱いたことはなかった。

 

だが、この瞬間、アイラは生まれて初めてウラノスに心の中で祈りを捧げた。

 

助けて!!

 

そのかいがあったかどうかは分からないが、

 

「もし…」

 

死んだ魚の腹ような、青白い唇を蠢かし、亡霊が語りかけてきた。

恨み言だろうか。モンスターに殺されたか、あるいは同じ冒険者に殺されたのか。

続く言葉はそのいずれでもなかった。

 

「…ここは、どこ?」

 

そして、その言葉を聞き終える前に、アイラは意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

「ルーチンが人間くさいなぁ。噂のAI内蔵式NPC?」

 

白目をむいて伸びているハーフエルフの女性キャラクターを前にして、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンのキル子は途方に暮れていた。

 

いったい何が起こったのか。ユグドラシルの最後の日、ゲーム終了時刻の‪午前零時‬を回るその瞬間まで、キル子は趣味のPKにいそしんでいたものだが、気がつけばキル子は一人で、薄暗い洞窟めいたフィールドに飛ばされていた。

もちろん、高レベルプレイヤーが攻略するような難易度の高いダンジョンでは、プレイヤーをランダムに転移させるトラップなどは珍しいものではないので、それはいい。

だが、キル子が最後に居たのはアルフヘイムでも最大規模のタウンであり、そんなトラップが仕掛けられるような場所ではない。何より、いくらなんでもユグドラシルのサービス終了時刻はとっくに過ぎているはずだ。あるいはサービス終了が延期されたのか。

 

しまらない話だが、明日も仕事があるのでさっさとログアウトしたいのだが、どうやってもコンソール画面が開かず、ログアウト処理を実行できない。あるいは大規模なシステム障害でも起こったのか?今頃、運営が必死になって緊急メンテの準備をしているのかもしれない。

さすがにログオフ出来なくなっている状態は、電脳法的に極めて重大な問題なので、後で訴訟沙汰になるかもしれないが。

 

ひとまず、ここがどこなのか周囲を探ろうとして、適当に歩き回った末に出くわしたのが、目の前で泡を吹いて気絶しているハーフエルフだ。この反応からして、恐らくプレイヤーではなくNPCなのだろうが、なんとも動作が人間くさい。

 

「ユニークネームは、アイラ・コトフォード…名前からしてNPCっぽいね」

 

キル子が常時使用しているパッシヴスキルの一つに【死神の眼】というのがある。アサシン系の特殊な職業を取得すると解放されるスキルで、視界に入ったキャラクターのユニークネームと残HP量を、あらゆる情報阻害能力を無視して正確に見抜くことができた。

スキルによって把握できたアイラのHP量は、レベル一桁台のプレイヤーと同じ。つまりタウンなどに無数に配置されている一般人枠のNPCと同等といっていい。しかも、何らかの組織の制服のようなものを着ている。

 

あるいは何処ぞのギルドのギルドホームに迷い込んでしまったのかも知れない、とキル子は思った。

 

ユグドラシルにおいてギルドとはプレイヤーによって構築され、組織運営されるチームの事だ。ギルド間戦争や世界発見ポイント等でギルドポイントを稼ぎ順位を競い合っているため、大規模なギルドになればなるほど互いに仲が悪い。

ギルドの下位バージョンに『集団(クラン)』というのが存在するが、ユグドラシルの大多数を占めるライトユーザー層にはこちらの方が気楽なためか、ギルドよりも圧倒的に数が多かった。もっとも、ギルドはクランとは違って、維持は面倒だが様々な利点がある。

その筆頭が、ギルドホームだ。 これはギルドホーム系ダンジョンをクリアすることで、その場所の占有権を手に入れて、拠点として利用できるというものだ。敵対ギルドから攻撃を受けることもあるので、たいていの場合は防衛用のモンスターやNPCを配置している。

 

キル子は感知系の呪文やスキルをはじくパッシヴスキルやアイテムを常時使用しているので、未だ見つかっていないだけかも知れないが、あまり悠長にしていると排除のために押し寄せてくる筈だ。長居は無用だろう。

 

見たところ、一番目立つ大きな扉をくぐると、キル子はその向こうへと消えていった。

 

 

 

 

こうしてユグドラシルでも屈指の極悪PKは、深夜のオラリオの町へと去った。

 

次の日、ギルド職員が深夜に死んだ冒険者の幽霊を見たと、ちょっとした騒ぎになるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 


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