ダンジョンにユグドラシルの極悪PKがいるのは間違っているだろうか?   作:龍華樹

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第10話

「疲れた〜!」

 

ギルド職員、エイナ・チュールはため息をつきながら書類の末尾に自らのサインを記すと、机に突っ伏した。

 

一字一句下書きと異なっていないか確認し、インクが滲まぬよう十分に乾かし、自分用に茶を入れた後のことである。

ランチを抜いて作業に没頭していたので、お腹はかなり空いている。机の引き出しから、忙しい時に摘むためのナッツを砂糖で固めた菓子を取り出し、サクサクと口に入れた。これで今日は定時に上がれるだろう。

 

明日はエイナが担当している新米冒険者、ベル・クラネルとちょっとしたデートの約束があり、そのために気張って仕事を上げたのだが、流石に疲れた。

 

「おつかれ、エイナ」

 

と、背後からクッキーの缶が差し入れられる。

 

「ありがとう、ミィシャ」

 

カップを片手に現れたのは、受付担当のヒューマンのミィシャ・フロット。エイナの同僚で友人のヒューマンだ。

ここ数日、上司から丸投げされた別件に忙殺されていたエイナの分まで受付業務を引き受けてくれた。

 

もう半刻ほどすると、ダンジョン上層で日銭を稼ぐ下級冒険者達が上がって来るので忙しくなるが、今はちょうど暇な時間帯だ。

 

「それ、例の報告書よね。怪物祭のときの」

 

「何とか形にはしたけどね。現状でわかっている情報を整理しただけよ。調査部に提出してくれば私の仕事は終わり」

 

「じゃあ、弟くんとのデートは間に合いそう?」

 

「ええ、おかげさまでね」

 

事件に関して、怪物祭に協賛していたギルドは当然のことながら徹底的な調査を行なった。

オラリオの治安と運営を担うギルドにとって、今回の事件は見逃せないのだが、調査は難航していた。

折しも、ギルド内で幽霊騒動による退職者が続出したタイミングであり、さらに身内の不祥事が発覚し、そちらの調査にも人手を割かねばならないギルドは今、オーバーワークに陥っている。

そのため、本来なら受付担当のエイナが事務処理能力の高さを買われ、書類作成に参加する羽目になっていた。

エイナの仕事は会議や打ち合わせの結果を要領よくまとめて、書類に起こすだけのことだが、次々と新事実が明らかになり、それに従って報告が塗り替えられていくため、現状把握をするだけでも多大な労力が必要となる。

 

見逃せないのが、怪物祭からモンスターが逃亡した件である。

当然だが、祭りに持ち込まれるモンスターの数と種類については、何ヶ月も前からガネーシャ・ファミリアとギルドの間で綿密に取り決められていた。

怪物祭から逃げ出したモンスターは九匹。いずれもLv.1から2相当のモンスターであり、ガネーシャ・ファミリアより救援依頼を受けた複数のファミリアの冒険者によって討伐が確認されている。

問題は、それ以外にも複数の、それもまったく未知のモンスターが出没していた事だ。

 

まず、ロキ・ファミリアの上級冒険者に倒された新種の植物型モンスター。

打撃に滅法強く、体組織は強靭そのもの。複数の第一級冒険者が応戦するも、大苦戦の末、ようやく討伐されたという。

骸からは虹色に輝く奇妙な魔石が確認されたが、謎の人物の手により回収されてしまった。

オラリオ地下の下水道から侵入した可能性が指摘されているが、現在、調査中である。

 

次に問題となったのは、ソーマ・ファミリアを壊滅させた三つ首の犬型モンスター。

齎した被害の甚大さでは、今回最大級である。何といっても、神・ソーマが衆人環視の中、モンスターに食われてしまったのはあまりにインパクトがあった。

エイナもその場面には偶然居合わせたのだが、ギルド上層部の幹部達にはこの件について、散々詰問された。エイナは他に神が強制送還されたケースは見たことが無いのだが、彼らは何か腑に落ちないといった顔だった。

モンスターはロキ・ファミリアの第一級冒険者を始めとして複数のファミリアの冒険者達により、居合わせたギルド職員の目の前で討伐された。

一般市民の目撃証言も多いのだが、捜査はほとんど進んでいない。あれだけ強大なモンスターが何処から、どのようにして侵入してきたのか、その糸口すら掴めていない。

さらに事後の調査により、討伐現場に残されていた魔石の欠片は、何故か破砕断面が噛み合わず、質もマチマチであり、ギルドの鑑定士を悩ませている。

 

最後に、同じ場所に出現した腐敗した体を持つ動物型モンスターに至っては、かなりの数が確認されたにも関わらず、犬型モンスターと同じく侵入経路がまるで不明。しかも不思議なことに、魔石ドロップが一切確認されていない。

 

当初、ギルドはこれら一連の犯行全てを、同じ犯人の手による計画的なテロ行為であると判断した。

まず、怪しまれたのは闘技場からのモンスター逃亡への関与が濃厚であると疑われた、とある女神である。

ギルドと神・ガネーシャが直接行った詰問により、当の女神は非公式ながら事実関係を認めたとされているが、新種のモンスターについては関与を否定したらしい。

街を大混乱に陥れ、神・ソーマが強制退去した原因の一端を担った事が特に重要視されたが、オラリオでも最大の戦力を有するファミリアの主神であることをギルド上層部は重く見た。

結果的にペナルティとして、ファミリア資産の半分を没収、当分の間活動を自粛するよう通達されるに留まる。

 

ところが、それ以降の捜査は完全に足踏み状態に陥っていた。

実際問題として事件の規模と後の影響が大きすぎ、ギルドの処理能力はパンクしかかっている。

 

「……とまあ、残念ながら、これ以上の新事実は出てないわね。おかげで調査部はかなりカリカリしてるわ」

 

「あ〜、しばらくあそこには近づかないようにしよっと」

 

「せめて例の冒険者から証言が得られれば、もう少し捜査も進むと思うんだけど……」

 

「ああ、今評判の。確かキルトさん、だったっけ?」

 

「ええ。事件の直後から行方不明。あの後、散々追いかけ回されていたから、無理もないけどね」

 

あの日から女冒険者、キルトの名前はオラリオの隅々に広まっていた。

 

曰く、義に篤き美貌の女騎士。

傷付き倒れた冒険者達に癒しと祝福を与えて奮い立たせ、その大鎌の一撃は容易く怪物共を屠りさる。

 

この逸話は噂好きのオラリオの市民達に大いに喜ばれた。

何せ、迷宮の中で何が起きようが冒険者でもない彼らには知りようがないが、今回は目撃者が大量にいる。

普段は魔石を持ち帰る勇者として持ち上げていながらも、内心では何をするかわからない無法者として冒険者を疎んでいる市民達も、この振る舞いには賞賛を送った。

噂は討伐に参加した冒険者達や現場を目撃した市民達から人伝に伝わるに連れて面白おかしく脚色され、瞬く間にオラリオの内外に広まったが、肝心のキルトはその日から姿を消してしまった。

 

ギルドは参考人の一人として行方を追っているが、暇を持て余した暇神達もあわよくば自らのファミリアに改宗させようと独自に捜索を行っているらしい。だが、何処に雲隠れしたのか、まるで手掛かりがなかった。

唯一、事件以前からの知り合いであると判明したベル・クラネルも、その後の行方に関してはろくに情報を持っていない。

なお、キルトが乗馬登録もせずに人通りの多い街中で騎乗した件については、緊急時である事を鑑みても極めて危険であるとして、都市の運営を担うギルドから遺憾の意が表明された。二人乗りの相方であるヘスティア・ファミリア所属のベル・クラネルからは、行方不明の当人に代わり二人分の罰金2万ヴァリスが徴収されている。

 

また、別件で保護された子供達はキルトと数日共に生活していたと目されているが、決して口を割らないまま、孤児院に引き取られていった。

エイナはその時、子供達から向けられた敵意と恐怖の視線が少しばかりトラウマになっていた。彼らの経歴からすれば、無理もないと理解はしていたが。

 

それはさておいても、最大の貢献者と目されたキルトが見つからないとあって、ギルドは他の冒険者に証言を求めた。

ロキ・ファミリアのベート・ローガやアイズ・ヴァレンシュタインからは、詳細な戦闘報告がファミリア経由でもたらされ、他の冒険者の証言がそれを補完した。

 

特に現場に居合わせた下級冒険者からは異口同音にキルトへの賛辞が語られ、ギルド職員を驚かせた。冒険者などは同じファミリアでもなければ、単なる商売敵でしかないため、これは非常に珍しい事だ。

だが、彼らには彼らの言い分がある。

来る日も来る日も、ダンジョンに潜ってモンスターと戦ってもステイタスの上昇は微々たるもので、ランクアップなど夢のまた夢。下級冒険者として鬱屈した日々を過ごしていた彼らの目に、キルトは希望として映ったのだ。

特に最大の激戦地の一つだったソーマ・ファミリア酒蔵前の決戦に参加した下級冒険者達は、その後一人の例外もなくLv.2に昇格しており、その影響力は絶大である。

レベルアップの機会をくれたキルトは、もはや彼らにとって女神にも等しいのだ。

中には冒険者になって一月でのレベルアップという最短記録を打ち立てた者もいたが、それ以外にも3カ月や半年で昇格した者もおり、個別にはさほど悪目立ちしなかった。

いずれにしろ大幅な記録更新に違いなく、この事がギルドから発表されるや否やオラリオ中の冒険者達の話題をさらう事になる。

 

ただ、苦労してレベルを上げた熟練の冒険者達にしてみれば、討伐に参加したベート・ローガやアイズ・ヴァレンシュタインら、第一級冒険者のお零れに与っただけにしか見えず、口さがない者達から、"運の良い奴ら(ラッキーズ)"なる不名誉な渾名を付けられていた。

 

さて、では渦中のキル子が何処で何をしているかと言えば……

 

 

 

 

 

 

 

「お姉さん、今暇? いくらよ?」

 

薄闇が降りてきて、やや賑やかになってきた繁華街。

鼻の下を伸ばした酔客に、キル子は袖を引かれていた。水商売の女と間違われたのだ。

 

「鏡見てから出直して。《人間種魅了(チャーム・パーソン)》」

 

キル子が指差すと、男は瞳をまどろませて財布を差し出し、夢見心地になって去っていった。

今夜はいい女を思う存分抱いた気分を抱いたまま一人ベッドで夢精でもするだろう。

 

夕刻、やや肌寒くなってきた頃合いにグリーンシークレットハウスを抜け出したキル子は、歓楽街を気ままに散策していた。

キルトの外装を久々に封印し、今はロキ・ファミリアに手配書を回された和風美人の外装である。

黒地に花蝶が入った小袖を纏い、人でごった返す歓楽街をスイスイと歩きながら、キル子は屋台を冷やかし、適当な総菜をつまみ、大道芸人の拙い芸に拍手を送った。

極東風の衣装に身を包んだ美女は人目を引いたが、場所が場所だけに客引きの娼婦の中にうまく溶け込んでいる。おかげで、何度も酔客に絡まれるはめになった。

 

やがてちょっとした飲み屋に入ると、キル子はカウンターの隅に腰掛けた。

 

ほどなくして、隣の席に小柄な男が腰掛ける。柔らかな薄紫色のシャツに、白のスラックス。金属のネックレスや腕輪が軽薄な雰囲気を醸し出しているが、嫌味なところが少しもない。

 

キル子はそちらをチラとも見ずに、注文を行なった。

品書きを眺めて、値段の欄に『時価』と記されたそれに指先を這わせる。

 

「この神酒(ソーマ)を。冷やでお願いね。あと適当に摘めるようなものを、何かオススメを貰えるかしら」

 

スキンヘッドにパリッとしたシャツとベストを着こなしたバーテンは、軽く片眉をあげて微笑んだ。

 

「お客さん、それ、今一杯5万ヴァリスからだけど、大丈夫?」

 

バーテンは少しカマっぽい喋り方をしたが、それが不思議と似合っている。

 

「ええ。ソーマ様が居なくなってから、飲めるとこ少ないでしょ?」

 

今、ソーマはキル子が予想した通り、値段が高騰していた。少し前なら、その値段でグラス一杯どころかひと瓶買えただろう。今日の目的の一つは市場価格の調査だったのだが、大凡は果たした事になる。

 

「オーケー。ならオツマミは、トマトと水牛チーズのサラダなんてどうかしら? 癖がないから、ソーマを楽しみたいならオススメ」

 

砕けた雰囲気のバーテンに注文し終えると、インベントリから煙管を取り出す。

それを一応バーテンに見えるように掲げて見せると、大丈夫よ、とばかりに微笑まれたので、キル子は火を灯して吸い始めた。

 

中身は先程歓楽街で見つけた煙草屋で仕入れた、チョコレートのフレーバー。

他にもストロベリーやスパークリングワインなど、フルーティな香りを好むキル子の趣味に合ったものをいくつか買い込んでいる。

 

キル子が一服やりだすと、隣の席の男もバーテンに注文をした。

 

「マスター、僕にも彼女と同じものを」

 

「あら、お久しぶり。顔を見せてくれて嬉しいわ」

 

「悪いね、しばらく忙しくてさ。ようやく取れたオフなんだ」

 

少しして、バーテンは流れるような手付きで酒と料理を用意した。

 

薔薇の細工がされた、澄んだ青ガラスのグラスを手に取り、中の液体を口に含む。

毎日晩酌しているが、変わらず飽きない味と香りだ。それにこういう店で飲むと、また趣が違う。

この酒を作れるのなら、ソーマは生かしておいた方が良かったかと、少しだけ後悔した。

 

そして、白い皿に盛られたサラダに目を落とす。

白くて柔らかな、脂肪分の少ないチーズの塊を一口サイズに切り、合間にジューシーなトマトを挟んで、上にバジルを乗せたシンプルなサラダ。

細く削られた木製のフォークで舌先に乗せて咀嚼すれば、濃厚な神酒の味が洗われて、またお酒が欲しくなる。

 

さて。

 

「こういった場所で、素人さんに尾行をさせるのは感心しませんね、フィン・ディムナ様」

 

「おや、何のことかな。僕はオフを満喫しに来ただけだよ」

 

隣の席で、同じものに舌鼓をうっていたフィンがウィンクする。

ラフな格好が意外なほどにこの場にマッチしていた。先程のバーテンとのやり取りを見るに、常連なのかもしれない。

 

キル子はひとまず飲みかけのグラスを向けると、フィンが差し出したグラスの縁に軽く触れさせて乾杯した。

チン、と軽い音が響く。

店内にはキル子とフィンしかおらず、バーテンもいつの間にか奥に引っ込んでいる。

 

この店に入るかなり前から遠巻きに尾行されているのには気が付いていた。いい加減、鬱陶しくなったので、適当な店に退避したのだが、この様子からして店ごと借り切ったのかもしれない。たいした手際だ。尾行していた連中は、今は店の周りを取り巻いている。

組織力という点では、キル子の及ぶところではない。こちらもそろそろ傭兵NPCあたりを呼び出しておくか、とキル子は思った。

まあ、キル子の感知スキルの精度が高いことを差し引いても、尾行そのものはお粗末なものだった。慣れていないのだろう。

 

キル子はゆっくりと酒を舌先で転がし、グラスの中身が半分になるまで酒を味わった。

 

「それで、私に何か御用ですか?」

 

「そうだね、用があるかと聞かれたら、その通りさ」

 

フィンはグラスの酒を一口含んだ。

 

「しかし、貴女は面白いな。いや、面と向かったら、豊穣の女主人で見た時の貴女と、今とでギャップがありすぎてね……少し、戸惑ってる」

 

フィンがなんとも言えない笑みを浮かべるのを見て、キル子は冷や汗を流した。

ぶっちゃけ、あの時は色々とやらかし過ぎたので、キル子的には忘れ去りたい黒歴史である。

 

「そ、その節は大変に失礼を致しました。酒の席のことと笑ってお見逃し頂ければ、幸いなのですが……」

 

「ああ、勘違いしないで欲しい。あれは悪ノリしたウチのロキやベートにも非があるし、ミアさんが許したのなら、僕らがとやかく言う筋合いはないよ。ただ、貴女には色々と聞きたいことはあるかな」

 

「まあ、お答えできるものであれば、お答えしますが」

 

キル子は惚けてみせた。

嘘はつきたくない。なんせ、この街では何処で神に見られているか、知れたものではないのだから。

答えられないものには、答えない。

素直にそう言うとフィンは、それで構わない、と頷いた。

 

「正直、僕としては貴女を敵に回す愚は避けたいからね」

 

フィンは真顔だった。

 

「お戯れを。故郷では単なる事務員です。接客と応対が主な仕事でした」

 

しかし、今は職なしのニートである。

働かずに食う飯の美味いことよ。

 

「う〜ん、流石に信じがたいかな。貴女の能力の一端を実際に目の当たりにした人間としてはね」

 

うん、気持ちは分かる。だが、事実だ。

 

「貴女は、何処から来たのかな?」

 

「ユグドラシルのアルフヘイムから」

 

「聞いたことのない土地だね。そこから、何のためにオラリオへ?」

 

「特にこれといって目的があるわけではないのですが……観光、ですかね。美味しいもの食べて、美味しいお酒呑んで、珍しいものを見て、いい男ゲットしたりできれば最高ですかね」

 

キル子は何も考えずに、思ったことをそのまま口にした。

行き当たりばったり。難しいことは考えるのも面倒。その場のノリでストレスフリーがキル子のモットーだ。

 

「貴方は、自由だな」

 

フィンはなんと言ったものか迷ったようだが、それだけを口にした。

 

「ええ、浮世のしがらみからオサラバしたばかりなので、何に束縛されるのも真っ平御免なんです。これからは、なるべく自由気ままに生きられればと思います」

 

答えてからキル子は気が付いた。

なるほど、それが自分の望みなのか、と。

 

「それは、難しいと思うよ」

 

フィンは目を細めた。

互いにグラスの中身は既に空になっている。

フィンは「貴女について、少し調べさせて貰った」と言った。

 

「まず、ギルドで都市の出入記録を調べてみた。貴女がオラリオに入った時の記録は見当たらなかったね。正規の旅行者ではないのでしょう?」

 

「ええ、そうなるかと」

 

オラリオに密入国するのは別に難しくはないが、さほど意味はない、とフィンは語った。

冒険者の町であるオラリオは、基本的に来る者拒まずなので、過去に追放されていたり、犯罪歴が無ければ誰でも出入りできると言う。

 

「貴女がオラリオで目撃されたのは、あの日の昼、神・ヘスティアと一緒にヘファイストス・ファミリアの店を訪れたのが最初だ。そして、夜には豊穣の女主人で僕らと出会い、それから今日まで、貴女は完璧に姿を消していた」

 

キルトとして活動していた間のことだろう。

よくもまあ調べたものだ。

 

「つまり、貴女がオラリオで動いたのは実質一日に満たない。しかし、貴女の齎した影響は多方面に渡って大きいね。ヘファイストス・ファミリアは未だ謎の金属素材にかかりきりだし、その噂は大手ファミリアにも密かに流れている。ロキ・ファミリアと関係の深いゴブニュ・ファミリアも、同じ鍛治系として無関心ではいられないようだ」

 

ああ、そういえば。

超々希少金属のインゴットを丸投げしてから、気にする余裕がなかった。

少し落ち着いたので、一度ヘファイストスの様子を見に行ったほうがいいだろう。

 

「医療系のディアンケヒト・ファミリアは貴女が持つポーションに興味津々らしい。劣化しないポーションなんてものができれば、ダンジョン深層への攻略は進むだろうし、代わりに規模の小さな零細薬師は注文が減るかもしれない。いずれにしろ影響は大きい」

 

フィンはカウンターの上に、一本のガラス瓶を置いた。

キル子がロキに使った最上級ポーションの瓶だ。HP量を対象の最大値まで回復させる効果がある。

 

あの時は知らなかったが、オラリオにも万能薬(エリクサー)なる高ランクポーションに似た効果の薬品があるらしい。瀕死の怪我でも忽ち快癒するという代物だが、品質はマチマチ。最高品質のものなら50万ヴァリスはいくという。

こちらの品ならアンデッドにも使えるかと思って試したが、残念ながらポーションでダメージを受けるのは変わらなかった。

 

キル子的にはそれよりも高等精神力回復薬なる、MP回復薬の存在に驚いた。

あちらの魔法職が知れば卒倒しただろう。ユグドラシルにそんな便利なものはない。MPは時間経過によってしか回復しなかった。

試しに買って飲んだら、量は微々たるものだがキチンとMPが回復したのを確認した。

 

コストに目を瞑れば薬剤はこちらの方が優秀なのではないかと思ったので、ポーションの色が違うくらいのことは悪目立ちせんだろうと高を括っていたが、そうもいかないらしい。

 

「言っておきますが、私は鍛治師ではないし、薬師でもありません。作り方だの何だの聞かれても困りますよ」

 

「そうなのかい? いずれにしろ興味深いのは確かだ。それに貴女はそれを少しも隠していない。最初は都市外からやって来た商人が、商品の宣伝にヘファイストスや僕らを利用しているのかと思ったよ」

 

ああ、そういう解釈もあるか。

 

「少しずつ商品を小出しにして噂の浸透を待ち、値を吊り上げる。商人の常套手段だ」

 

「私は商人でもありませんので」

 

「だろうね。こうして直に話していればわかる、貴女は駆け引きに長じているわけじゃない。単に明け透けなだけだ」

 

その通り。

いちいち何かを隠したり怯えたりして過ごすなんざ、御免被る。

何せ、どの程度残っているかもわからないアディッショナルタイムを楽しめれば、それでいいのだから。

 

「そういう意味では、貴女の人となりを確認できたのは収穫だな。こちらも他に調べなくてはならないことがいくつか出来てね、正直、余裕がない。貴女への捜索も、この後は打ち切らせるつもりだ」

 

キル子はフィンの話を聞きながら、煙管を弄ぶようにクルクルと回した。

 

恐らくは怪物祭で出たという、植物型モンスターへの対応に忙しいのだろう。

ダンジョン18階層のリヴィラの町とやらで何か騒ぎがあったらしいから、そちらへの対処もあるかもしれない。

ギルドやロキ・ファミリアが『キルコ』や『キルト』を探っていたように、キル子もまた至る所に張り付けた【標的の印(ターゲットサイン)】を辿り、情報収集は欠かしていない。

 

もちろんそんな事を訳知り顔で嘯く気は微塵もないが。

 

「一つ、確認したい。貴女が恩恵を受けていない、というのは確かなのかな?」

 

フィンはいよいよ本題に踏み込んだ。

 

「ええ、恩恵とやらを貰った覚えはありませんわ」

 

「……にも関わらず、その強さか」

 

フィンは深いため息をついた。

何故かは知らないが、親指あたりを押さえている。

 

「なんか過大評価を頂いてるみたいですね。私もそれなりに腕に覚えはありますが、故郷では私を凌ぐ強者(つわもの)は幾らでも居ますよ」

 

ワールドチャンピオンと真っ当に一対一(タイマン)をやらかせば間違いなく負けるだろうし、遠距離からワールドディザスターの大災害(グランドカタストロフ)を受ければ魔法防御の弱いキル子には耐えられない。あるいは開けた平野でアーチャー系に狙われたら、生き残るのは難しいだろう。

それでも相手が人間種且つプレイヤーなら、特攻が効くのでまだ何とかできるかもしれないが、逆にどちらでもなければ分が悪い。特にペットや召喚モンスターを多数けしかけてくるタイプは非常にやりにくかった。

 

いずれにしろ、どんなビルドも一長一短。ユグドラシルには、凡ゆる状況に対処できる万能職など存在しない。

 

「貴女の故郷は恐ろしい場所のようだ。いずれその『ゆぐどらしる』から、貴女のような人間が大挙してオラリオに雪崩れ込んでくるのかと思うと、憂鬱だね」

 

なるほど、それも心配しているのか。

てっきり頭から否定して信じないかと思いきや、なかなか頭の柔らかい御仁である。

 

「それは分かりません。私は偶々オラリオに流れ着きましたが、他の連中は何処で何をしているのやら……」

 

まあ、自分という例があるのだから、他にもユグドラシルから人が来ない保証はない。

アインズ・ウール・ゴウンのメンバーなら大歓迎だが、それ以外が来ていたら厄介だ。何せ、キル子ほどヘイトを集めていたプレイヤーは珍しい。いきなり襲われても不思議ではないので、今も索敵系パッシブスキルはフルで稼働している。

 

まずないとは思うが、キル子と同じくユグドラシルで蛇蝎の如く嫌われていたPKどもがこちらに来たら、かなりヤバいことになる。奴らはキル子より見境がない。

町中にいきなり高位階魔法をブッパするテロリストや、見た目を白濁液にした劇毒を女性プレイヤーにぶっかけてまわる猥褻野郎、気化させたブラッドオブヨルムンガンドを無差別にばら撒く毒ガス犯や、低レベの若葉ちゃんに粘着する初心者PKなどなど。どうしようもない連中ばかりである。

未だにその手の馬鹿の噂をオラリオで聞かないので、大丈夫だろうとは思うが……。

 

「ふむ、フィン様。もし、それを恐れておられるというのでしたら、私に一つ提案があります」

 

フィンは眉をピクリともさせなかったが、心臓の鼓動がやや速くなったのを、キル子は聞き逃さなかった。

 

「何かな?」

 

迷宮の楽園(アンダーリゾート)という場所がダンジョン18階層にあるそうで。なかなかの絶景とか」

 

キル子がそう言うと、フィンは不思議そうに頷いた。

 

「まあ、一見の価値はあるかな」

 

18階層は基本的に階全体がモンスターをポップアップしない安全地帯になっており、『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』と呼ばれている。

しかも、時間周期で光量を変える水晶が多量にあるため、独自の昼夜が存在し、地下水脈による水源もあって、植物が繁茂して独自の生態系を形成しているという。

 

「なんでも冒険者の町まで作られているようで」

 

「リヴィラの町だね。遠征時にはよく仮拠点にしているよ」

 

リヴィラは迷宮の楽園の中にある、古くからある冒険者たちが築いた宿場町だ。

町の住人は全員が中層まで降りられる実力を秘めた冒険者で、宿を営むもの、道具を売るもの、モンスターからのドロップアイテムを買い取るものなど、各々が商売に励んでいるという。

 

「そこに案内して頂けませんか? 物見遊山というのは、貴方方には御不快かもしれませんが、代価として……」

 

キル子はインベントリから、伝説級アイテムをいくつか取り出して、カウンターに並べて見せた。ヘファイストス・ファミリアで売りそびれたものだ。

金には不自由しなくなってたので、取っておこうかと思ったが"見せ餌"にはちょうどいい。

 

キル子が何もない虚空に手を伸ばし、アイテムを取り出す様子を、フィンは険しい視線で眺めていた。

 

「あるいは、こちら側の情報についても、私が知る限り御教えするのも吝かではありませんが、いかが?」

 

フィンは解せないとばかりにキル子を見つめた。

 

「君なら、問題なく実力で行けると思うのだけどね」

 

「ええ、難しくはないでしょう。ただ、ロキ・ファミリアの皆様に同行頂ければ、心強いですわ」

 

『キルト』ならともかく『キルコ』は単なる旅行者に過ぎない。

ギルドの連中の煩わしい干渉を受けずに、大っぴらにダンジョンに出入りするのは難しい。

だが、一度でもあのロキ・ファミリアとダンジョンで行動を共にすれば、周囲は勝手に都合よく誤解してくれるだろう。

 

「……次の遠征は10日後だ。それで良ければ、同行を許可するよ。ただし」

 

「ええ、ダンジョンの中では貴方方の指示に従いますわ。それでよろしいですか?」

 

「ああ、その条件を飲むならね」

 

キル子は微笑んだ。

 

深層への遠征は彼らにしても命がけだ。

部外者を引き連れて、指揮系統の混乱を引き起こす不安は取り除きたいに違いない。

しかし、そのリスクを飲んでも、こちらの情報が欲しいらしい。

 

「それで、ですね……その、道中はベート様と、ご、ご一緒したいのですが……!」

 

キル子が頬を染めながらそう言うと、フィンは満面の笑顔で頷いたのだった。

 

「善処しよう」

 

よっしゃ!! フラグ回収のチャンス来たコレ!!

 

 

 

 

それが次なる事件の始まりだったのだが、その時のキル子には知るよしもなかった。




しばらくゆったりペースになりまする。
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