ダンジョンにユグドラシルの極悪PKがいるのは間違っているだろうか? 作:龍華樹
おかっぱ頭の女の子が、赤い何かを持ちながら、奇妙なお歌を歌っている。
ひぃ ふぅ みの よ
天神さぁまの細道よぉりも、こぉわい
人も魔物も食い散らかした、道楽者の放蕩娘
無頼の町のすみっこで、首を並べてご満悦
今日はいくつの首をとる?
いつ むぅ なな やぁ ここのつ とぉ
歌の終わりに、ぽーんと、ソレを放り出す。
その店は、リヴィラの町の片隅にポツンと建っていた。
掘っ建て小屋に毛が生えたような平屋の目立つリヴィラにあって、切り出してきたばかりの丸太を組み合わせたような新築のログハウスは実際よく目立つ。
その戸口周りのサンデッキには、『OPEN』と書かれた木板の看板が立てかけられていた。
その隣にはオラリオでは誰も読めない文字で『ナザリック』と、書き殴られた小さな木板が一枚。
その店に、今、一人の男が訪れる。
男は洗い晒しの麻のシャツの上から革鎧、カーキ色のスボン、腰には剣を佩いていた。典型的な冒険者の身なりだ。
無精髭をポリポリとかきながら、小ぶりな暖簾が下された板戸をくぐると、中は驚くほど広い作りになっていて、所狭しと商品が積まれている。
部屋の奥は小ぶりなバーカウンターになっていて、壁際は大小無数の酒瓶が並べられた棚があり、昼間は商店、夜には酒と料理を出しているという。
カウンターの奥には揺り椅子が置かれ、そこに腰掛けて東洋風のドレスに身を包んだ店主と思しき女が、布巾でグラスを磨いていた。
客の姿を目にとめると、手にしかけていた煙管を傍らの煙草盆に戻し、椅子から降りて頭を下げる。
女が椅子から降りた瞬間、何処からか「ぐぇっ!」と首を絞められた鶏めいた呻き声が聞こえたような気がしたので男は首をひねったが、恐らく気のせいだろう。
「いらっしゃいませ」
女が深々とアイサツすると、白梅香のよい香りが漂って来たので、男は思わず鼻の下を伸ばした。
この階層に来ることのできる女冒険者など、どいつもこいつも肌は荒れ放題、髪はボサボサ、おまけに態度もガサツで、とても食指が動かないのだが、この女はまるで花街の娼婦のようだった。
髪は丁寧に手入れされて艶があり、肌は白く美しく、仕草ひとつにも品があり、匂い立つような色香がある。
男は思わず舌舐めずりをした。
瀟洒な店の佇まいがリヴィラに似つかわしくなければ、店員もまたリヴィラには似つかわしくない。
もちろん、どちらも良い意味で、だが。
「この町にしては随分と奇妙な……いや、小綺麗な店を見かけてね。ふらりと立ち寄らせてもらったぜ」
「はい、先日店を開いたばかりでして。どうぞ、ゆるりとご覧ください」
男はヘラリと笑うと、うずたかく積まれた商品の山を眺めた。
半数は食料品だ。 乾麺や乾燥豆、干し肉、あるいはナッツ等といった保存食はリヴィラでも珍しくはないが、それに混じって瑞々しい野菜や肉や魚の燻製等といった、日持ちの限られる食品が大量に並べられている。
重くかさばるので持ち込むのが一苦労の瓶詰め等も、豊富にある。
何より目を引くのは嗜好品の充実ぶりだ。
当然というべきか、冒険者に無くてはならない酒類は言うに及ばず、菓子や煙草、書籍や新聞紙までそろっている。
男がチラリと適当な雑誌の日付を確かめると、つい先日発売されたばかりの号数だ。
菓子が大量にあるのは悪くない。冒険者にとっては必需品だ。
どこからモンスターが出現して襲われるかわからないダンジョンでは、すぐに口に入れられてカロリーを補える菓子は重宝される。
ビスケットなどは味が良く保存が利くので、乾パン代わりに愛用する冒険者は多いし、疲労しているときには甘みの強い飴玉や砂糖菓子が好まれる。
煙草の種類の多さにも、目を見張るものがある。
常に緊張感を強いられ、楽しみの限られるダンジョンでは、愛煙家は一定量いるものだ。
軽めのライトからきつめのメンソール、フルーツやバニラ、ミントなどのフレーバー。葉の刻み方も煙管用だけにとどまらず、葉巻に細巻き等も取りそろえ、安い紙巻きすら豊富な種類があった。
デメテル・ファミリアの専用農場から仕入れてきたらしく、いずれの商品にもファミリアのエンブレムが輝いている。
カウンターに置かれた煙草盆からは甘いバニラミントの香りが漂ってきているので、あるいはこの品揃えは女の趣味なのかもしれないと男は思った。
値札に書かれた数字は、さすがに地上とは比べものにならないが、リヴィラにしては随分と良心的だ。
これだけの品を揃えてみせたのは実際、大したものだ。これなら“上がり”もたんまりと期待できる。
「すまねえな、ちょっといいかい?」
「はいはい、何を差し上げましょう」
恐らく店主と思しきこの女は単なる雇われ人で、仕掛けたのは外の商人か何かだろうと男は睨んでいる。
確かにこれだけの店をリヴィラに用意してみせた手腕はキチガイじみているが、正直、アホだとしか思えない。
こんな手弱女を店番に置いておくなんて、町の仕組みのわかっていない素人だ。
この階層に来られる冒険者となると最低でもLv.2以上、どいつもこいつも荒くれ者の腕自慢で、ついでに言えばガラも悪い。
こんなあからさまに美味そうな商売をしている店を、放っておく筈がないのだ。
この店の連中が町に来る時には、ロキ・ファミリアを護衛として伴っていたらしいが、奴らだって四六時中リヴィラに張り付いているわけじゃない。遠征隊が数日前に出発したのは確認済みだ。
なら、鬼の居ぬ間に美味そうなところは頂くだけ。早い者勝ちだ。ロキ・ファミリアの名を恐れて様子見を決め込んでいるチキンに先んじて、うまい果実は独占するに限る。
「なかなか景気が良さそうじゃねーか」
「ええ、この町の皆さまには開店以来、良い商売をさせて頂いています」
着物の袖で口元を隠し、柔らかく微笑む女に、男は一転して凄みのある顔つきをした。
「そうかい。だがよ、リヴィラに店を出すんなら、ウチらに一声かけてもらうのが筋ってもんなんだぜ!!」
いきなり怒鳴りつけられた女は、キョトンとした顔をした。
「それが今の今まで挨拶もナシじゃねえか!!どうなってやがるんだ?!あぁん!!」
「……こちらはボールス・エルダー様に、事前にご許可を頂いているのですがね」
女は呆れたようにカウンターの上の煙草盆から煙管を手繰ると、一口吸って白い煙を吐き出した。度胸はあるらしい。
「へいへいへい、 ボールスの野郎なんざ、単なるこの町の表の顔さ。俺こそ裏の顔、真の纏め役ってやつなんだぜ!」
実際には男はLv.2で足踏みしているチンピラで、Lv.3にして顔役を任されているボールスあたりに嗅ぎつけられたら、とても敵うわけはない。
「はあ、左様ですか」
女は不愉快そうに眉を曇らせた。憂いた顔も悪くはない。
「つーわけでな、まずは手付けに100万ヴァリス、都合してもらおうかい」
下卑た笑みを浮かべながら、男は女の胸元に手を伸ばす。
もちろん100万なんて金額が出せないのは織り込み済みだ。難癖をつけて適当に押し倒し、コマしてしまえばいい。女なんてのは、それでどうとでもなる。
「なんだったら、あんたの体で払ってもらってもいいぜぇ?」
その手が女に触れるか触れないかという瞬間。
「薄汚い口を閉じろ、下衆」
女は手にした煙管で、男の首筋を小突いた。
「やれやれ、今日だけでも三組めだ。まさかこんなにアホが多いなんて、少し早まったかしら…?」
キル子はやさぐれた顔で、スパスパと白い煙を吐き出した。
女が煙草を呑むのを嫌う人間もいるので、ロキ・ファミリアが遠征に出るまでは自重していたのだが、さすがに今の気分では煙草なしではやっていられない。
その足元には首をへし折られた男がビクビクと呻いている。
【死神の目】で見たHP量からしてレベル10の半ば、オラリオ換算でLv.2といった所だろう。雑魚にもほどがある。
ほんの軽く、蟻をつまむ程度の力しか込めてはいなかったが、男の首は軽い音を立ててひしゃげていた。店の中を血で汚したくなかったので、その程度で済ませたが、さもなければ首を落としている。
〈
カウンターの裏、客からは見えない揺り椅子の足下には、二人ばかり冒険者風の小汚い身なりをした男が、同じように声も出せずにうめいていた。
このバカと同じく、いきなり無遠慮にやってきて、商品を床にぶちまけた挙げ句、『用心棒代』を請求してきた連中である。
開店以来、連日のように客が訪れ、少なくない商いをしたが、同時にこの手の連中まで押しかけてきた。
こんな面倒事まで舞い込むのなら店なんぞ出さずに、単なる別荘にしておけば良かったと後悔しているあたり、やはり自分は商人には向いていないらしいとキル子は思った。
パンパンと手を叩くと、姿を消していたトビカトウが【
「これ、裏の崖からポイしておいてね」
「あい」
湖の魚達が綺麗にしてくれるだろう。ここ数日、餌が大量に投げ入れられたので、肥え太っているかもしれない。
トビカトウがバカを引きずって出て行くと、キル子はお気に入りの揺り椅子に座り、壁際に置かれている姿見に視線を移した。
『
しかし、こちらでは迷宮の中からでも外の風景をたやすく映し出すことを可能とするアイテムへと変化している。情報系魔法への対策が甘いので、ユグドラシル時代にはほとんど利用しなかったが、キル子の《千里眼/クレヤボヤンス》の魔法よりは視認距離が上なので、腰を据えてのぞき見したいときには重宝する。音が拾えないのがネックだが、いざとなれば使い魔を放てばよい。
キル子は暇なときにこれをテレビ感覚で使い、オラリオの演劇や音楽などをタダ見していた。
【
特に、ここ数日はロキ・ファミリアの遠征隊の動向を探るのに、威力を発揮していた。
彼らはそろそろ五十階層の半ばに到達した頃合い。こちらも駆けつける準備をしておいた方がいいだろう。
「さて、ベート様はどのあたりまで進んだかな…?」
いそいそとボーイズチェックに戻ろうとしたとき、再びチリンチリンとドアベルが鳴り、キル子は思わず顔をしかめた。
「よお、景気がよさそうじゃねえか」
ニヤニヤと笑いながら入ってきたのは、片目に眼帯をした四十過ぎの中年男。ボールス・エルダー、このリヴィラの町の顔役だ。
先程、同じ台詞を言ったバカがいたなと思いながら、キル子は笑顔を取り繕った。
「これはボールスの旦那。ようこそおいでくださいました。何かご入り用で?」
この男はフィンを伴って出店の許可を貰いにいった時以来、何かとキル子の店の様子を見に来るのだ。
ちなみに本業は荷物の保管所を経営しているという話である。冒険者も中堅以上になると、リヴィラを起点に何日かかけて下層へトライすることも珍しくなく、魔石やドロップ品の保管を引き受ける保管所は、そこそこ需要があるのだとか。
「なぁに、フィンの野郎に口利きされたとはいえ、ここに店を出す許可を出したのは俺だ。一応、様子を見に来てるだけさ。この町は地上よりガラの悪いのが多いからな」
キル子がロキ・ファミリアの関係者であることは、折を見て周知しているが、そんなことでは止まらないロクデナシもリヴィラには多い。
地上で騒ぎを起こして表を歩けなくなった挙げ句、リヴィラに入り浸りになった冒険者もいるという。
キル子は顔をしかめて煙管を吸い、白い煙を吐き出してから答えた。
「今日だけでも、花代をせびりに来たチンピラが三組も現れましたわ。わたし、そんなにカモに見られてますかね」
思わずため息をつきながらぼやくと、ボールスは苦笑した。
「まぁ、こんな品揃えのしっかりした店の主人が、あんたみたいな美人とくれば、欲をかいた連中の気持ちもわからんじゃない。だが、見てくれの良い花には毒がある。最近の若い連中には、そこんところがわかってねえ」
言い得て妙だ。この男、単なる小物かと思いきや、なかなか人を見る目がある。
「ちなみに、そのチンピラどもはどうした?」
「裏の崖から下にドボン、魚の餌ですよ」
キル子は事も無げに告げた。隠す程のことではない。
ユグドラシルの全盛期なら、一夜で三桁はいっている。それに比べれば可愛いものだ。
実際、ボールスも肩をすくめただけだった。
「それでいい。ただでさえ新顔ってのは舐められやすいからな。冒険者稼業ってのは舐められたら終わりだろう?」
そう言って悪党じみた顔で笑う。
冒険者などというのは、良く言えば自由を愛する者、悪くいえば自分勝手で身勝手な連中の集まりだ。
特に迷宮内は治外法権。どんな悪事を働こうが、それが迷宮内の出来事ならば、ギルドも動かない。
面倒ごとを避けるには自助努力あるのみ。まったくヤクザな家業である。
「わたしは冒険者じゃないんですがね。しごく真っ当な道楽者です」
「道楽者に真っ当もクソもねえだろ!」
ボールスは何やらツボに入ったらしく、下品に手を叩いて笑った。
「へへへ!……あんた、綺麗な顔してるが、色々とツテも金も腕っ節もありそうだな。他所でそうとう鳴らした口か?」
ボールスはキル子が身に纏う衣服や装飾品の数々、店内を彩る内装や、所狭しと積まれた商品の山を眺めて、意味ありげに薄笑いを浮かべる。その目は少しも笑っておらず、こちらを探るように見据えていた。
「……旦那、女の過去を詮索するのは、野暮ってもんですよ」
キル子は煙管を吸うと、さもうまそうに一服つけてから微笑む。
「ちげえねえ。だが、この町は住人の過去には寛容なんだ。他所でお尋ね者になってようが、町中で騒ぎを起こさない限りは問題にゃならねえ。それは覚えておいてくれ」
これは、あれだな。他所で何かやらかして逃げ込んできた犯罪者だと思われてるな。
まったく失礼な話だ。単に何処にでもいる無差別
「これでも以前は、ごく普通のOLだったんですがね」
キル子がさも心外そうにボヤくと、ボールスは「わかった」とばかりに、おざなりに頷いた。
ダメだ、この顔はまるで信じちゃいない。
「リヴィラってところはな、ぶっちゃけた話、上であぶれた連中の吹き溜まりだ。馬鹿も身の程知らずも多いが、それでもいざって時は協力しなきゃならないこともある。そこさえ違えなきゃ、後は互いの商売には知らないふりをするのが、ここのルールだ」
リヴィラでは、特定のコミュニティに地代を払う必要は無いが、モンスターの襲撃など、町の存続に関わる有事の際には、物資や武力の提供を求められることがあるという。
まあ、このグリーンシークレットハウスの周りは、いざとなればカシンコジの幻術による結界で一時的に隔離することができる。その必要もあって、常駐要員として忍術系スキルに長けたカシンコジを、大枚叩いて呼び出したのだ。
「はいはい、わかってますよ。持ちつ持たれつ、でしょ?」
「まったくだ。世の中は、それで万事事も無し、ってな」
キル子が鷹揚に頷くと、ボールスも満足そうに相槌を打つ。
知らん振りを決め込むわけにもいかないだろう。ムラハチにされてしまう。
組織の和を過度に重んじるマッポー社会に生まれたキル子は、ムラハチの恐ろしさは身に染みている。あの恐るべき上層民、カチグミ・サラリマンですら会社内やネットにおけるムラハチを恐れたものだ。
キル子の育った孤児院の子供社会はもちろん、ハイスクールやカレッジの学校社会、マケグミ労働者や、ファック&サヨナラめいた犯罪集団においてさえ、ムラハチは脅威であり、人々の行動を縛るのである。
「じゃあ、またな。角の立たない程度に、うまくやってくれや」
そう言うと、ボールスは店を出て行った。
ついでに何か買っていけばいいものを、けち臭いと思いながらもキル子は笑顔で見送った。
さて、ようやくお邪魔虫がいなくなったことだし、今日はもう店仕舞いにして楽しい楽しいボーイスチェックに戻ろうかと、キル子が表の看板を『closed』に入れ替えようとした、その時だった。
コンコン、と。入り口の引き戸が控えめにノックされたので、流石のキル子もげんなりした。
キル子が常時張り巡らせている感知系パッシブスキルによれば、戸口の外に男が一人。さらに、店の周囲を取り巻くようにして、四人ほど曲者が隠れているつもりのようだが、キル子の感知を誤魔化せるレベルではない。
強さ的にはレベル40台から50台程だろうか。オラリオ基準ならかなり強い方だ。
いずれにしろ、情報隠蔽系の能力を使われているとも限らないので、確実に推し量るには【死神の目】で直接視認するしかない。
「どうぞ、開いていますよ」
ややあって、戸口から姿をみせたのは、なかなかの美男子である。思わず目元を緩めた。
小柄で細身の若い男、ブラウンの髪の合間から猫の耳が見えているので獣人、それも
ベル・クラネルにも似た童顔に、ベート・ローガに通じるワイルドな雰囲気を纏ったイケメンだ。HP量からして、レベルは50台の半ばというところだ。
「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」
キル子は揉み手しながら、機嫌よくアイサツした。
背後で呆れたように主人を見ているトビカトウに、茶を出すよう指示するのも忘れない。
「食料品に趣向品、雑貨、衣服、もちろん武器や防具もございます。勉強させて頂きますよ」
もちろん勉強するのは、いい男に限る。
ちなみに店の目玉はヘファイストス・ファミリアで売りそびれた伝説級武装の数々である。キル子的には使えない中途半端なアイテムだが、一応、ヘファイストス直筆の鑑定書付きだ。
他にもインベントリの片隅に放置されていたPKの戦利品の中から、『ゴブリンの角笛』だとか大して害のない、適当なアーティファクトも数合わせに並べている。
トビカトウが盆に乗せて運んできた茶と茶菓子を客の前のカウンターに手ずから差し出したのだが、男は眉ひとつ動かさず、どこか白けた視線をキル子に向けたままだった。
そして、ボソリと呟く。
「フレイヤ様の使い、と言えばわかるな?」
「……はい?」
いや、ぜんぜん分からない。
『フレイヤ』の名前はさすがにキル子も知っている。なんでもオラリオ最強の何とかいうLv.7冒険者を筆頭に、Lv.6クラスを数多く保有するファミリアだとか。
女神フレイヤの美貌に心酔して忠誠を誓う冒険者たちにより構成されているらしく、一面識もないがリアルに逆ハーレムを作っているという時点で万死に値する。美人で美食家の女神とか死ねばいい。
そんな本音はともかくとして、今のところは特に何かちょっかいをかけられたわけではないので、こちらからどうこうするつもりはなかった。
アプローチされるまでは無視するつもりだったが、まさかこの店を狙っている?
「おっしゃっている意味が、分かりませんが?」
少しばかり警戒しながら、惚けてみせたキル子だが、ふと気付く。
この男、魅了系の状態異常にかかっている。それもキル子の手持ちでは解除できなさそうな特殊なやつだ。
これでは流石に見込みは薄そうな……好みのイケメンが既にツバ付きとは……うん、やっぱり美の女神とかいうのはサクッと殺しておくべきだね!
内心、殺意をマックスまで上げたが、顔にも態度にも少しも出さない。リアルのブラック企業勤めで鍛えられた接客スキルの賜物である。
「オッタルの件だ。俺としては奴が死のう生きようがどうでも良いが、あの方が気になされている。解毒か呪いの解除か、救う手段があるなら言い値で買うとの仰せだ」
……?おったる?
「ああ、無いなら無いで、俺は一向に構わんぞ」
男は唇を吊り上げて笑った。
いや、そんな胸にキュンキュンくるようなニヒルな笑顔を見せつけられても、困る。残念ながら記憶にございません。
首を傾げているキル子を見兼ねたのか、男はムッとしたように眉を顰めた。
「おい、さすがに都市最強と持ち上げられてる奴を知らないはずないだろ……?……いや、その顔は惚けているわけじゃなさそうだな……身長2メドルを超える短髪の
「ああ!あのお邪魔虫のこと!」
キル子はようやくピンときた。正直、どうでも良い出来事だったので完全に忘れていた。
まさかまだ生きているとは、なかなか頑丈である。とっくに墓の下だと思ってたが……というか、今更だが、アレが噂の『
「どんなロクでもない毒や呪いを使ったか知らないが、奴は死にかけてるぜ」
詳しく話を聴くと、結局オッタルはあの後、ぶっ倒れてディアンケヒト・ファミリアの施療院に担ぎ込まれたのだそうだ。
解毒薬も
切断された右手から徐々に侵されて膿が溜まり、全身の筋肉が痩せ衰えて白く変色してしまったとのこと。
そこまでいくと、いつ死んでもおかしくはない。むしろ、本当によく生きてたな。
まあ、割と
「ああ、そういう事ですか。こちらとしてもあの件はもうどうでも良いので、お助けするのは吝かではありませんが……手数料、高くつきますよ?」
この猫人はどうにもキル子にはなびきそうにないので、思考を切り替える。
落とし所をどうしようかと思案しつつ、試しに九桁の数学をあげてみが、相手は事も無く頷いた。
「一億だろうが二億だろうが、好きに持っていけ」
そう言って、懐から取り出したのは、ギルド発行の為替。
さすがは都市最強の名を欲しいままにするフレイヤ・ファミリア、資金も潤沢らしい。
「では、交渉成立ですね。こちらをお持ちください」
キル子はインベントリから緑色のポーション瓶を取り出すと、為替と引き換えにソレを渡した。
中身はユグドラシル産の最上位解毒薬。大抵の毒や病気系状態異常はこれで解除できるし、微量の体力回復効果もある。
ちと勿体ない気もするが、わざわざ出向いてまでガチムチの為に
「それと、コレもお持ち帰りくださいませ」
キル子がパンパンと手を叩くと、その場に二人の人影が現れた。
一人は覆面をした忍者服の人物。中肉中背で、体格からは男か女かわからない。その両手には一人ずつ、黒装束を着込んだ小柄な人間を抱えている。例の曲者だ。
こちらは気絶しているのか、グッタリとして動きがないが、キル子の目にはHPバーがはっきりと見えているので、命に別状はない。ヘルメット型の仮面を被っていて顔はわからなかったが、体格からは
もう一人は、全身に
「!……ガリバー兄弟を、いともあっさり返り討ちか」
ハンゾウ達が差し出した黒装束の小人族を受け取ると、猫人の男は不愉快そうに舌打ちをした。
「この者たちを相手にするなら、せめてLv.7以上でなければ、お話にはなりませんね」
暗に、お前では相手にならないから帰れ、と挑発する。
店の周囲にはオラリオ市内の拠点と同じく、姿を消したハンゾウやフウマ達が警戒にあたっている。
いずれもレベルはトビカトウ達と同じく80台。オラリオの一般的な上級冒険者が手に負えるものではないだろう。実際、この程度の戦力なら一瞬で一網打尽である。
「良いだろう。……だが、あの方が命じられたなら、それが何であろうとも、俺たちは命を賭して全うする。それは覚えとけ」
「はいな、次は何かまっとうな買い物をお願いします」
つまり、キチンと取引をするつもりもあるのだと、そう告げる。
だが、猫人の男は手をヒラヒラさせながら、最後まで茶には手をつけず、名乗らずに去っていった。
やはり相手にはされないか……無理もないが……。
「フレイヤ・ファミリアにも探りを入れますか……ああ、面倒くさい……」
キル子は煙管を取り上げると、味わうように香りを楽しんだ後で、口から押し出すように煙を吐き出した。それは上に登るにつれて輪に変形し、最後は霧散して消えていく。
煙を見送った後で、キル子は魔女のように笑った。
「まあ、ゆるりとやりますかね……さてさて、ベート様はどうしてるかなっと♪」
今度こそキル子は遠隔視の鏡を起動させた。万が一、水浴びの場面に出くわしたなら役得、目の保養である。
だが、ウキウキとチャンネルを合わせた瞬間、目に飛び込んできたのは、巨大な炎に飲まれるロキ・ファミリアの姿だった。
「……?!!!」
キル子は思わず煙管を取り落とした。
鏡の向こうでは、かなり広大な空間を赤い炎の渦が嘗め尽くし、後に残ったのは巨大な一本の植物。極彩色をした無数の触手の群れが絡み合ってできているようで、見た目は生理的な嫌悪感を誘う。
キル子の目算では高さにして50メートルはあるだろうか。ナザリック第四階層の地底湖に沈めてある攻城型ゴーレム、ガルガンチュアが30メートルだったはずなので、それより大きい。
だが何より着目すべきは、巨木の頭頂部にくっついた、女の上半身。こいつは、おそらくアルラウネ型のモンスターだ。
その口元は何やら呪文のようなものを唱えている。先程の炎もこいつの仕業だろう。あの威力、最低でも第六位階…いや第七位階魔法クラスはあると見た。
【死神の目】に見えるユニークネームは何やらバグっているようでうまく読み取れないのだが、それより問題はHP量だ。ボスやセミボスクラスはある。
「なんて厄介な!!」
思わずキル子は呻いた。
HP量の多いモンスターは、瞬発力と瞬間火力に特化したキル子の天敵である。何せ、頼みの綱の対プレイヤー特効も対人特効も通じない上に、首斬りや臓器討ちなどの弱点を突いた即死攻撃も受け付けないことが多い。
しかも、アレは魔法攻撃までしてくる。回避頼みで魔法防御が紙みたいなキル子にはやりにくい。
巨木の周囲には先の炎に飲まれ、焼け残ったロキ・ファミリアの精鋭が倒れ伏している。
それを見てキル子は冷や汗を流した。【死神の目】に見える彼らのHP量は、急激に低下している。
ベートに施した【
「チキショウ!……全員集合、出番よ!」
キル子の掛け声に合わせて、この場に連れてきた全戦力が集結する。
音もなく影もなく、瞬時にその場に現れたのは、ヒューマノイドタイプの傭兵NPC、ニンジャ軍団だ。
「主様、御前に」
ハンゾウ、フウマ、カシンコジにトビカトウ。各々、5体はいる。
全員、片膝をついてこうべを垂れ、キル子の指示を待っている。
キル子が手持ちのユグドラシル金貨を消費して呼び出した虎の子だ。目指すはダンジョン59階層、生半可な戦力ではあのアルラウネ擬きには通じまい。切り札を使う局面である。
キル子はインベントリを弄ると、一本の
「標的は巨大な植物型モンスター、しかも範囲魔法を連発してくる!触手による物理攻撃もだ!まずはロキ・ファミリアの連中を助けろ!いざとなれば彼らを連れて撤退戦に移行する!」
「ハハッ!承知致しました!」
リーダーに任命したハンゾウが、代表して頷くと全員が頭を下げた。
ニンジャ達は沸き立っている。少なくとも不慣れな商店の店番よりは、彼らにとってやりがいのある命令だったらしい。
だが、今のキル子にはそのことに気がつく余裕がなかった。
「これより《転移門/ゲート》を開く。いざという時の為に、一人残りなさい。後は私に続け!」
マーキングを目印にして、転移魔法の
そして門が開くと同時に、キル子は真っ先に飛び込んで行った。
いつも誤字報告ありがとうございます。