ダンジョンにユグドラシルの極悪PKがいるのは間違っているだろうか?   作:龍華樹

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第14話

ロキ・ファミリア団長、フィン・ディムナは奮起していた。

 

発端は怪物祭(フィリア)だ。祭に乱入してきた未知のモンスターの出所を、ロキ・ファミリアは独自に追っていた。

ベートとアイズが遭遇した三つ首の猛獣型モンスターについては、まるで情報を得られなかったが、極彩色の魔石を持つ植物型モンスターについては幾らか調べがついた。

 

その手掛かりを追う内に18階層のリヴィラの町で出くわした奇妙な殺人事件を皮切りに、リヴィラ自体が植物型モンスターによって襲われる事件に遭遇、さらには24階層でのモンスター異常発生事や、その最中に起きた闇派閥の介入…etcetc。

 

全てのキーを握るのは、極彩色の魔石を持つ植物型モンスター『食人花(ヴィオラス)』を操り、事態の裏で暗躍していた赤髪の女調教師(テイマー)

しかも、その女は、アイズ・ヴァレンシュタインを“アリア”と呼んだ。

 

『アリア、59階層へ行け。ちょうど面白いことになっている。お前の知りたいものがわかるぞ』

 

その言葉が、今回の遠征の発端だ。

 

虎穴に入らずんば虎子を得ず。

結果として、59階層の地を踏んだ遠征隊を待ち受けていたのは、かつて記録に記された氷河の世界ではなく、密林に覆い尽くされた大森林。

その中心部に聳え立つのは、深層に生息する巨大植物型モンスター『死体の王花(タイタン・アルム)

…否、それを依代に誕生した『穢れた精霊の分身(デミ・スピリット)』。

 

深層モンスターの強靭さに加えて、その頭頂部から生えた美しい女性型の上半身は、かつて神が地上に遣わした精霊の力を継承しているのか、極めて強力な魔法を連発してくる。

その階層全体を焼き払うほどの大魔法を受け、既に団員達は半死半生。特にファミリアの盾となって魔法を受け止めたリヴェリアとガレスに至っては虫の息だ。

 

普通なら即座に撤退して然るべき状況だった。本来なら。

 

「あの怪物を、討つ」

 

だが、フィンは敢えて吼えた。

 

唖然とした様子の団員達を見返すと、続けて言葉を重ねる。

 

「なんて事はないだろう?いつも通り、手分けして為すべきことを為す、それだけさ」

 

そう言われて彼らが思い出したのは遠征当日、通り掛かりに出会った、ミノタウロスを相手にしていた冒険者達。

彼らのステイタスでは、まともにミノタウロスの相手をするのは相当キツかっただろう。一匹だって手に余った筈だ。

だが、各人がやれる事をやって補い合い、協力し合う事で不可能を可能にした。

それこそが、冒険者だと言わんばかりに。

 

単にステイタスに任せて暴れるだけなら、モンスターと変わりはない。

協力し、連携し、助け合う。それが、冒険者の最大の武器。

 

「それとも、僕らはそんな初歩もマトモにできない大ファミリア様に、成り下がってしまったのかな?」

 

この一言は、効いた。

傷付き倒れ伏し、闘志の尽きかけていた彼らの目に、光が戻る。

 

立ち上がる仲間たちを横目に、フィンはすでに新たな魔法詠唱を始めている精霊を見上げた。

正直、無謀だと思っている。だが、他に策がない。

逃げたところで、後ろから焼かれて全滅する。生き延びるには、前に出るしかないのだ。いざとなれば、自分が盾となれば……

豪胆に笑うその裏で、フィンが悲愴な決意を決めた、その時だった。

 

突如として、穢れた精霊とロキ・ファミリアの間を遮るようにして、中空に黒い霞のようなものが展開された。

 

「なんだ、あれは?!」

 

これも新手の魔法か、それとも特殊攻撃かと身構えたフィン達だったが、直後に59階層全体に怒鳴り声が響く。

 

「わたしの男に手ェ出してんじゃねぇぞ!!!ザッケンナコラー!!」

 

意味不明な叫び声を上げながら、黒い靄の中から飛び出して来たのは、白い着物を着た女。

しかも勢いをそのままに、穢れた精霊の顔面に飛び蹴りをかました。

 

「ギャアアアアアア!!!」

 

見事な角度でクリティカルヒット。巨体を揺るがし、轟音を立てて仰向けに蹴倒してしまった。

 

「ハァッ?!」

 

ロキ・ファミリアの一同、思わずポカン。あっけに取られてしまったが、無理もない。

そんな彼らの目の前に、トンと軽い音を立てて着地したのは、もちろんキル子である。

 

「クソッタレのズベ公がよぅ…どう落とし前つけんだっコラー!!」

 

キル子はガチギレしていた。

 

せっかく見守り尽くして(ストーキング&ストーキング)きた、イケメン(ベート)。いきなり訳の分からない糞モンスターに殺されてはたまったものではない。

 

今のキル子には、いつもの取り澄ました様子は微塵もなかった。

腰まである長い黒髪を振り乱し、目は赤く充血しきっていて鋭い光に満ち、顔はハンニャめいた怒りの形相で染め上げられて実際コワイ。

着物は白い布で襷掛けしており、その手には生物の牙めいた棘をビッシリと生やした、世にも悍ましい凶悪な形状のチェーンソーじみた凶器を携えている。

フィン達の見間違いでなければ、その棘は透明な液体にまみれ、自ら意思を持っているかのようにギチギチと勝手に蠢いているのだが……なにそれこわい。

 

「ナンオラー!!楽に死ねると思うなよ!!」

 

キル子はフーフーと荒い息をつきながら、ヤクザスラングを放ちつつ、恐ろしい形相で穢れた精霊をにらみつけている。

ロキ・ファミリアの面々は、穢れた精霊に殺されかけた時よりも強い恐怖を感じて、思わず後退った。ドン引きである。こういった肌の感覚で、より強い危険を察知できるのは、上級冒険者にのし上がるまでに積み重ねた長年の経験の賜物だ。

 

顔を青ざめて後退りする他の面子はさておき、あえてキル子に声をかけようとする(おとこ)がいた。

 

「お、おい、キルコ!」

 

その名はベート・ローガ。

 

キル子に対するベートの感情は複雑だ。

あれだけ露骨にモーションをかけられていれば、流石のベートもキル子の好意に気付かない筈もなく、然りとて素直に受け止めるにはまだまだ彼は若すぎたし、男女経験にも疎かった。

それに加えて初めて出会った時、あの酒場で植え付けられた敗北感は強烈である。

とはいえ、あれだけ想いを寄せられることに関しては一人の男としての満足感もあったし、憎からず思わぬこともない。

 

思うところは在るものの多少(…いや、かなり譲歩して)の奇行・奇癖に目をつぶれば、キル子は伴侶として悪くない資質を持っている。

強さを信条とするベートにとって自分より強い女は望むところだし、相手は神の恩恵に依らない特殊な知識や数々の希少なアイテムまで持ち合わせている上に、頭も悪くない。

もちろん欠点もある。些か自らの強さをひけらかし気味なところだが、それはベートを含めた上級冒険者なら誰しも持ち合わせているものだし、鼻につくほどではない。

 

何より、一見して見境がないように見えて、その実は最低限の分別はあるのがいい。引くべきところは弁えていて、そこは一線を引いていて、出しゃばらないのは美点だ。

これならファミリアの同僚と揉めることなく上手くやれるだろう、とベートは密かに感じていた。

 

ベート自身も自分が周囲と揉め事ばかり起こしていることに自覚がないわけではなかった。

彼はロキ・ファミリアに加入する前、別のファミリアに入団していた時は今とはまるで異なる人当たりのいい好漢児で、周囲の人望を集めていた。当時を知る人物が今のベートを知れば、逆に驚かれるだろう。

その時はベート不在時に好意を寄せていた副団長の女性をダンジョンで亡くしたせいで、そのファミリアと喧嘩別れした。

それが今に至るまでのベートのトラウマであり、また強さに拘るようになった契機だ。

 

口に出したことはなかったがそんなベートにとって、殺そうとしても死ぬところが全く想像できないキル子などは、一周回って逆にありなんじゃね?と思っていたりする。

……それに美人だ。ベートだって男である。子作りする伴侶は美人にこしたことはない。

 

「おまえ、いったいどうやってここまで来たんだ…?!」

 

そんなわけで、ベートは荒ぶるハンニャめいたキル子の肩を叩いたのだが、効果は劇的だった。

 

「……ベート、様?」

 

キル子は一瞬、虚をつかれた顔をして、手にした得物を取り落とした。

次いで、インベントリから最上級グレードのユグドラシル産ポーションを取り出し、無言でベートにぶっかける。

 

「おい!冷てぇだ、ろ、が……?」

 

ベートは言葉を最後まで続けることができなかった。

キル子が目に涙を浮かべると、ベートの胸に飛び込んですがりついたのだ。そして、幼子のように泣き出す。

 

「よがっだぁ……!本当に……無事だったぁ…!」

 

胸板に頬を擦り寄せて泣くキル子をどうしたものかと、ベートは本気で途方に暮れた。

こんな風に女に泣かれた経験は、かつてない。

 

「泣くなよな……」

 

キル子の頭を抱き寄せて軽く撫でる。敏捷(AGI)ならともかく筋力(STR)はキル子の方が上であり、引き剥がそうとしたところで無理だ。

なお、抱きつかれている間、キル子が思ったよりも小柄で、なおかつ非常に豊かなボディラインをしていることに今更ながら気がつき、内心ドギマギしたのは内緒だ。

 

ダンジョン深層、それも前代未聞の強敵を前にファミリア全滅の危機から一転、何故か目の前で展開され出した王道派ラブコメ展開。

その場に出くわした者達は揃って苦笑を浮かべた。

 

長く冒険者をやっていれば、稀にある場面だ。命を張る危険な稼業、男女を問わず自然と性欲も強くなる。迷宮内でコトに及ぶ、なんてのもしばしばだ。

TPOを弁えないにも程があるが、その片割れがロキ・ファミリア一、その手のことに縁のなさそうなベートだというのが、また妙におかしかった。

 

「ベートめ……あいつも存外やるじゃないか!」

 

黒焦げで力なく横たわっていたガレスが笑いながら身を起こせば、

 

「お前の若い頃には負けるさ!」

 

リヴェリアも折れた杖に身を預けて立ち上がる。

 

「いいなぁ……私も団長と……!」

 

ティオネはティオナに肩を貸しながら、二人に羨望の眼差しを向け、

 

「ベートさんこそ本当の勇者(ブレイバー)なんじゃねっすか……!」

 

サポーターとして同行していた超凡夫(スーパーノービス)ことラウル・ノールドが、自分にはとても真似できない、と敬意を込めて軽口を叩く。

 

「まったくだ!二つ名をベートに取られかねないな!」

 

先程まで悲壮感に満ちていた団員達に、いつもの調子が戻ってきたのを見て取ると、フィンが笑いながら頷いた。

 

「さて、お二人さん。仲が良いのは結構だけど、続きはベッドの中で二人っきりで存分にどうぞ」

 

「フィン、てめぇ!」

 

「もう、フィン様ったら、嫌ですわ!」

 

顔を赤らめるベートとは裏腹に、キル子はさりげなく指を立てる。

 

「とはいえ、残念ながら今は取り込み中でね。これが終わったら……」

 

キル子のキツイ一発を受けたとはいえ、相手はこうやっている合間にも、問答無用で襲いかかってきてもおかしくない。

 

「……いや?奴め、何故動かない?!」

 

しかし、当の穢れた精霊は、倒れた姿勢から微動だにもせず、動く気配がない。

あるいは油断か慢心か、それならそれでありがたいのだが、何か様子がおかしい。

 

「というか……苦しんでないですか、あれ?」

 

フィンの視線の先に気がついたのか、ティオネが困惑したようにつぶやく。

 

「ヒッ…!ギィヒ…!オェエエ…!!」

 

穢れた精霊の急所、もしくは本体と思わしき頭頂部の女性の上半身は、苦しそうに白目を剥いてビクンビクンと小刻みに震えつつ、口元からどす黒い粘液を吹いていた。

 

(あの雑草(ぺんぺん草)め、幾らかデバフ耐性があるようだけど〈石化(ペトリファクション)〉やら〈壊死(アポトーシス)〉やら、効きそうなのを纏めて叩き込んでやったら効果抜群じゃよ……枯葉剤でも喰らいやがれダボが!……ケケケ!!)

 

キル子はベートの腕に収まって、泣いたふりで男心を刺激するあざとい作戦を敢行しつつ、ザマァと笑う。

ベートに見えないよう袖で隠した顔には、涙の跡は微塵もなし。ケロリとしたものだ。

 

「…………」

 

しかし、ベートと違って色々と経験豊富な四十路のフィンはその悪意に満ちた邪悪な笑顔を見逃してはおらず、やはりこの女の仕業らしいと確信していた。

穢れた精霊の巨体の足下に犇めく無数の触手を注意深く観察すれば、いずれも灰色や茶色に変色して立ち枯れるようにボロボロと崩れている。根腐れを起こしているのだ。 いったいどんな能力やアイテムを使ったのか、検討もつかなかった。

 

「……キルコさん、済まないが、ちょっといいかな?」

 

「はいはい、フィン様。何の御用でしょうか」

 

キル子はベートに腕を絡めて自分の男アピールしながら朗らかに応えた。

 

「色々と言いたいことも聞きたいこともあるけど、とりあえずひとつだけ。……何しに来たの?」

 

それを聞くと、キル子はニッコリと微笑む。

 

「営業活動です!後払いで結構ですので、ポーションなど如何?」

 

言うが早いか、インベントリからディアンケヒト・フィミリア謹製の万能薬(エリクサー )を取り出し、ズラリと並べてみせた。

 

ちょうど使いきりそうな勢いだったので、喉から手が出るほど欲しかったが、フィンはぐっと堪える。

 

「なるほど?そういえばリヴィラに店を出すという話だったね。……ここは59階層の未踏破領域なわけだけど」

 

ジト目のフィンを前にして、キル子は笑顔で誤魔化す。

 

「いやぁ、ちょっと散歩の最中に道に迷いまして……ところで助っ人なども御入り用ではないですか?今は開店セール中でして、大変御安くなっておりますよ」

 

もうどう突っ込んでいいやら分からずフィンは頭を抱えていたが、やがて何かを悟ったように乾いた笑いを浮かべた。

 

「言い値で雇おう」

 

それを聞くと、キル子は満足そうに頷く。

 

フィンにとって何より防ぐべきは、ファミリアの全滅。生き延びられるなら、また挑むこともできる。この相手に後ろを見せて逃げるのが不可能と見てとったからこそ、対決を決めただけだ。

 

逆に言えば、ほかに生存の可能性が高い方法があるなら、其方を選ぶのに躊躇はない。プライドなどはクソ食らえ。しかも、それが金で済むなら安いもの。

徒党のトップは吝嗇家であるに越したことはないが、同時にフィン・ディムナという男は、金の使い所を弁えている。

 

「では皆様、負傷者の回復をお急ぎくださいませ。それまでアレは、配下の者達に相手させましょう」

 

「……配下?」

 

訝しげに問い直したフィンだったが、キル子がパンパンと手を叩くと、頭上から四つの影が音もなく舞い降りた。

 

その内二人はダンジョンに潜るにあたって従者だと紹介された老人と童女。

他の二人は、いずれも全身を覆い隠すような布の衣服を着用しており、中肉中背で体格からは男か女かわからない。

 

「カシンコジとトビカトウは面識がありましたね。こちらの二人はハンゾウにフウマと申します」

 

紹介されると、彼らは軽く頭を下げた。

 

「彼らも君の従者なのかい?」

 

「そのようなものです」

 

以前、同郷者がこちらに来るかどうかわからない、などど韜晦していたくせに、次から次へとよく出てくるものだとフィンは呆れた。

だが、ひとまず戦力が増えるのは望ましいので、考えるのをやめる。

まったくこの女は、言葉は通じるのに話は通じない。

 

頭痛に耐えるフィンはさておき、ひときわ長身のハンゾウなる人物がキル子の前に進みでると、おもむろに跪いた。

 

「キル子様、委細承知に御座ります!まずは我らにお任せあれ!」

 

「やらいでか!ベート様の仇打ちよ!あの腐れビッチを薪の山にしておやり!!」

 

「「「ヨロコンデー!!!」」」

 

ニンジャ達の目にギラギラとした光が灯った。イクサのイサオシに興奮しているのだ。

 

「いや仇って、死んでねぇからな……」

 

何やらぼやいているベートはさておき、ニンジャ達は戦仕度を始めた。

 

カシンコジは作務衣を脱ぎ、その下に着込んでいたオリーブドライの忍者服を露わにすると、フルフェイスのメンポを付ける。

おかっぱ頭の童女、トビカトウも赤い着物を脱ぎ捨てて、ミニスカめいたクノイチ衣装を披露した。

ハンゾウとフウマはもとより忍装束であるが、両手の指をゴキゴキと鳴らしてヤル気をアッピルしている。

 

そして、一糸乱れず突撃した。

 

「「「ワッショイ!!」」」

 

直後、その光景を目撃した者は目を疑った。

 

「はぁ?!」

 

何せ横一列になって駆け抜ける四人の背後に、ソックリ同じ顔、同じ衣服の五つ子めいた人間が四人、計二十人にもなる集団が現れたのだから。

 

「ありゃなんだ?!」

 

「分身の術ですよ〜」

 

すっとぼけるキル子だが、実際には【不可知化】のスキルで潜んでいた同型傭兵NPC達が、スキルを解除しただけだ。

事情を知らない人間には、何か得体の知れない能力を使ったように見えただろう。

 

「近寄ヨルナ!!」

 

突如として現れたニンジャ軍団に対抗すべく、精霊は無数の食人花(ヴィオラス)をけしかけた。

うねり生えたいくつもの触手は、一本一本が鋭い牙を生やした口を備えていて、ヨダレを垂らしながらニンジャ達に殺到する。

 

「キエー!!」

 

最初に仕掛けたのは、童女めいたクノイチ、トビカトウだった。

五人横一列に並ぶと、ニンジャ特有の十字型投擲武器、スリケンを両手の指にあらん限りつかみ取り、目にも留まらぬ速度で発射。

弾切れ(アウト・オブ・アモー)など存在しないかのようにキチガイじみた弾幕を放って、食人花の群れをハチの巣に変えた。

武器攻撃を得意とするトビカトウにとって、この程度は朝飯前だ。

 

「イヤー!!」

 

続くカシンコジは、襲いかかる食人花の合間をひょいひょいと身軽に動きまわり、幻術をしかけて同士討ちをさせている。カシンコジは直接戦闘力は低いが、幻術系忍術を多く取得しているため、このような乱戦では脅威となる。

 

さらに恐るべきはハンゾウやフウマ達だ。

チマチマした小技は無用とばかりにモンスターの群れに飛び込むや、得意のカラテを叩き込んだ。

ハンゾウやフウマはカシンコジ達に比べて物理ステータスがやや高く、忍術系のスキルよりも素手戦闘を得意とするのだ。

 

「「「(フン)ッ!!()ッ!!」 」」

 

カラテシャウトを放ち、一糸乱れぬシンクロ。

ニンジャ達が繰り出したサマーソルトキックをくらい、食人花の巨体が蹴り上げられて宙に浮かぶ。

 

ギィヤァアアア!!!

 

たまらず悲鳴を上げた食人花に、間髪入れずに繰り出されたカラテチョップは容易く巨体を粉砕する。

 

さて、そんな目を疑う奮戦を繰り広げている彼らの頭目、キル子はといえば。

 

ここが勝負所よね……忍術、お色直しの術!」

 

叫ぶが早いか着込んでいた白い着物を脱ぎ払った。

 

その下から現れたのは、非常に露出の多いニンジャ装束である。……なお、何が勝負所なのかは本人のみが知るところであり、またユグドラシルの忍術系スキルに『お色直しの術』なんてのは存在しなかったりする。何よりキル子は忍者系職業は一切取得していなかった。

 

ともかく、それはレオタードじみた真っ赤なボディースーツだった。

体にピッチリとフィットしたスーツの上からは、豊満な体のラインが露わになり、さらに網タイツに包まれたスラリとした足が艶かしい。足元はヒールと一体になったブーツに包まれていてセクシー。

口元は布の面頬で覆われており、普段は背に流している髪も頭の後ろで一つに縛っていて、色白素肌のうなじが丸見えである。

 

全身をほぼくまなく覆う普段の和装とのギャップ萌えを狙い、ベートを悩殺する気満々であった。

余りにもあざとい。まさに災い転じてラブチャンス……キル子は本気でベートと、「今夜はお楽しみ」するつもりで仕留めにきている。

 

なお、見た目は痴女めいているがユグドラシルは倫理規定が厳しく、セクハラめいた猥褻装備をプレイヤーが作ることは、実際不可能である。

これこそは倫理コードにギリギリ抵触しないバランスを見極め、エロゲーマニアの某ギルメンが情熱を込めて作りあげた、“対”峙する“魔”物を屠る“忍”者の由緒正しき正装であり、引退時にキル子に半ば無理矢理譲られたまま、インベントリの奥底に放置されていたものだったりする。

 

「ドーモ、アルラウネモドキ=サン。キル子です」

 

キル子は合掌して深々とアイサツした。アイサツは大事だ。

 

対する「アルラウネ擬き」こと、穢れた精霊はようやく巨体を起こすと、眦を吊り上げてキル子を睨みつける。

根腐れした組織は触手に食い千切らせて、汚染を止めていた。

 

「オ前、ブッ殺ス!!」

 

先程まで因縁めいた意味深な台詞を吐きつつ、アイズ・ヴァレンタインを『アリア』と呼びながら執拗に襲っていたのだが、よほどキル子が憎くなったのか、既に眼中にないらしい。

 

優美な口元を醜く歪めると、大音声で再び魔法の詠唱を開始した。

 

「まずい!またアレが来る!!」

 

そう叫んだのは、ポーションのおかげで息を吹き返したオラリオ一の魔法使いにして、ロキ・ファミリアの最高幹部、リヴェリアだった。

慌てて半ばから折れた杖を構え、再度防御魔法の詠唱に取り掛かろうとしたが、魔力は既につき掛けている。精神力回復薬を口にしてはいるが、すぐに回復してくれるような便利な代物ではない。

 

打つ手なしかと歯噛みするリヴェリアの前で、キル子が薄気味悪い顔で笑った。

 

「皆さま、反撃の準備を。あのハエ取り草はわたしが黙らせます……《死神の呼び声/デッドリーコール》!!」

 

キル子の眼前に、闇色に光る魔法陣が現れた。同時に、穢れた精霊を同色の光が包み、すぐに消える。

魔法陣の方も何ら効果を発揮することなく搔き消えたように見えたので、リヴェリアは首を傾げた。

 

「おや、抵抗されたか……魔法抵抗力はそこそこあるようだから、スキルに切り替えよ。まあ、追加効果が本命なんだけどね」

 

精霊の本体ともいうべき頭頂部の女性型は詠唱を中断し、目を回したように額を押さえていた。フラフラとしていて、隙だらけだ。

 

特殊なアサシン系職業クラスのみが取得可能な第10位階魔法、《死神の呼び声/デッドリーコール》。

その効果は対象を強制的に術者の近接攻撃の射程圏内に召喚するというものだが、抵抗された場合でも〈召喚酔い〉というアンデッドにすら効果のある特殊な朦朧状態にすることができる。

うまくタイミングを合わせれば、魔法詠唱をキャンセルさせるのは容易かった。

 

ユグドラシルでは超位魔法を筆頭とするキャストタイムの長い能力は、邪魔する手段が豊富にあるのだ。

 

「今です!」

 

言うやいなや、キル子は自ら飛びかかった。

だが間一髪、壁のように盛り上がった食人花の群れに阻まれる。

 

「クタバレ!!」

 

キル子は構わず、異形のチェーンソーをギュインギュインと唸らせると、触手の群れに深い裂傷を刻んだ。

無残に食い千切られたかのような傷口は灰褐色に変色し、徐々に組織が腐り落ちていく。

 

「オラァアアア!」

 

ほぼ同時にベートが駆けた。

 

十分な助走距離から運動エネルギーの全てを乗せた蹴りは、腐った戸板を破るかのように、触手の壁を粉砕した。

その向こうに聳え立つ穢れた精霊は、ようやく〈召喚酔い〉から回復したようだった。

 

「全員、合わせろ!!」

 

そこへ、フィン、ガレス、ティオネ、ティオナ、アイズがタイミングを合わせて襲いかかる。

 

精霊は憎々しげに顔を歪めて再度魔法詠唱を開始したが、到底間に合うものではない。これで決まるかと思われたが……

 

「奴め、短文詠唱に切り替えたぞ!避けろ!」

 

見守っていたリヴェリアが叫んだ。

直後、レーザーじみた怪光線がフィン達を薙ぐ。

 

呪文詠唱を切り詰め、射程と速射性に特化した魔法。威力はさほどなく、全員が武器を盾にして防いだ為に、たいした傷は負っていない。

ただし、強いノックバックを食らって遠くに吹き飛ばされてしまった。

 

「オ前モ喰ラエ!!」

 

光線はキル子にも向けられた。

 

「ハッ!ぬるいわ!」

 

眼前に迫るそれを、キル子は鼻で笑ってやり過ごした。

この卑猥なニンジャコスチュームは、一見して実用性など考慮されていないかのようなデザインに見えるが、実は物理防御力が低い代わりに、魔法防御力は非常に高く作られている伝説級武装。

威力を落とし、第6位階程度にまで減衰した短文詠唱の攻撃魔法なら、ほぼ完封できる。

 

キル子は難しい顔をしたベートの隣に並んだ。

 

「今ので振り出しに戻されましたね」

 

「チッ…そう簡単にはやらせてくれねぇか」

 

「ええ、でもパターンはだいたい分かりました」

 

あのレーザーじみた攻撃はさほど脅威ではない。来るとわかっていれば、どうとでも対処できるだろう。

問題は、壁となって立ち塞がった触手の方だ。

 

「……本体が召喚酔いしてたのに、触手が盾になった…?…まさかこいつら全部、独立したモンスターなのか?」

 

【死神の目】を通したキル子の視界には、複数のHPバーが乱立して見えている。

おそらく無数のモンスターが入り乱れて一体になった群体なのだろう。触手の一本一本が、弱点部位である魔石とやらを持っていると見ていい。

しかも、潰しても潰しても地面からとめどなく生えてくる。

 

「つまりはアレと同類……呪われろ、るし★ふぁー!」

 

キル子はトラウマを刺激されて、嫌悪感に顔を歪ませた。

 

ナザリック大地下墳墓2階層、黒棺(ブラック・カプセル)

悪を標榜するギルドに相応しくプレイヤーに恐怖を与えるために設計された領域だが、純粋なホラーを愛したキル子やタブラ・スマラグディナとはベクトルがかなり違う。

かの領域を生み出した創造主は「主に女性プレイヤー相手に恐怖と嫌悪感とその他もろもろ精神ダメージを負わせる」をコンセプトにしていた。

 

つまりはプレイヤーが第一~第三階層までのトラップに引っかかった場合、黒くて小さくて脂ぎったアレが、隙間なくひしめき合う部屋に強制転移させるのだ。

そこに送られた大半のプレイヤーは恐怖と混乱と嫌悪感によって乱闘したり、同士討ちになったり、精神的にダメージがド辛くなったので強制ログアウトするといった阿鼻叫喚の様相を呈し、ナザリックの悪名を大いに高めた。

だが、当然のことながらキル子達、女性メンバーからの評価は最悪である。

 

推測するに、あの食虫植物擬きのモンスターは、その領域守護者として造られたNPCと同じ能力を持っている。即ち、眷属の無限召喚を。

 

「見た目がアレでないだけ、まだマシか…!」

 

食人花は強さ的にはレベル40台程度なのだが、やたらHPが多く、対人特化ビルドのキル子では連戦するのはキツイ。なにより面倒くさい。

 

「しからば、本体を潰すのが早いかな……一応、てっぺんの人型が弱点っぽいですかね?」

 

キル子のつぶやきに、ベートが頷く。

 

「ああ、魔石もあそこだと思いてぇがな……」

 

フィンも精霊から目を離さずに頷いた。

 

「あからさまに過ぎるな。でも、他に見当がつかない以上、目立つところから潰すしかない。最悪、魔法詠唱を潰すだけでもいい」

 

外見からは中に魔石があるのかどうか分からないし、あるいはダミーの可能性もある。

 

いかにも弱点ぽいビジュアルを複数用意して、プレイヤーをきりきり舞いさせた挙げ句、悪辣なギミックやトラップをたんまりと仕掛けて全滅するところを眺めて愉悦するのは、ユグドラシル運営の一八番である。奴ら死ねばいい。

 

実際、そのくらいの対策は取っていると想定すべき、とキル子は思った。

オワコンと化したユグドラシルのマゾ仕様に、最後までつきあったプレイヤーとしての本能だ。

 

「……!!………!!」

 

穢れた精霊の頭頂部、女性型の本体は、今やすさまじい目つきでキル子を睨んでいる。

何やら意味不明な言語で恨み言を口にしているようだが、負け犬の戯言などキル子にとっては心地よいメロディーに過ぎない。

 

「パターンを崩されたら途端に混乱して動きが単調になる、と……素人め、対人戦闘ってもんがまるで分かってないわ」

 

呪文を詠唱して範囲攻撃、魔力が足りなくなれば周囲から吸い上げて補給する。その間は触手の群れでやり過ごす。

アレの行動パターンはそれだけだ。ギミックが分かってしまえば対処は簡単である。

所詮は生まれたての赤ん坊のようなもの。経験値がまるで足りてない。

 

「私はこのままデバフ要員として魔法攻撃を抑えますんで。例のレーザーだけは出が早いから、注意してください」

 

対人戦ならともかく、大型ボスモンスター相手にキル子が出来ることはさほど多くない。

 

キル子のビルドは対人戦闘にあまりに特化しすぎている。

得意な瞬間火力は優秀だが息切れも早く、しかも対プレイヤーと対人間種への特攻能力で火力の底上げをしているので、素の攻撃力はさほどでもない。

ユーザーの八割以上が人間種のアバターを選択していたユグドラシルでPKをするには、それでなんの問題もなかったが、真っ当なボスモンスター相手に長丁場のダメージレースをするのは難しい。

 

一応、一撃必殺の奥の手もあるにはある。時間停止系のスキルと組み合わせれば瞬殺だ。

ただし、一度使うと42時間のインターバルが必要だし、何よりあまり大っぴらに切り札を衆目に晒したくはなかった。

 

それに、うっかり一度でも例の大規模魔法を許すと、キル子自身はともかくロキ・ファミリアが全滅しかねない。

適度にデバフを与えて、魔法詠唱を妨害するのが、現状では安パイだ。

 

「魔法を邪魔してくれるだけでも十分だよ。あれさえ無ければ、ウダイオスあたりの階層主とさほど変わらないさ」

 

「だな。あとは全員でフルボッコでいいだろ」

 

フィンが槍を構え直し、ベートが拳を叩きつける。

 

いつの間にか全滅覚悟の決死の決戦が、多少危険だがやれないことはない階層主(ボス)狩りにまで、引き摺り下ろされていた。

 

「うちのニンジャ達には取り巻きの処理でもやらせますか……【羊達の沈黙(サイレントシープ)】!」

 

相談しているその隙に、精霊は再度詠唱を始めたのだが、即座にキル子に一定時間魔法詠唱不可となる状態異常(バッドステータス)を喰らわされて、強制的にキャンセルさせられてしまう。

精霊は必死に詠唱を紡ごうとしているが、その喉からは「メェメェ!」と可愛らしい羊の鳴き声しか出てはこなかった。

これで相手が完全な植物タイプなら、状態異常が効くかわからなかったが、下手に人型を残しているのが運のツキだった。喉を潰すなりなんなり、詠唱を中断させるだけなら、暗殺者(アサシン)系のキル子は豊富に手段を持っている。

 

「部外者に頼りきりではロキ・ファミリアの名が泣くぞ!僕が道を開く!ガレスとベートは付いて来い!露払いだ!残りはリヴェリアとレフィーヤを守れ!」

 

「おう!」

 

「任せろ!」

 

フィンが指示を下した。

 

「最大砲撃に移る!レフィーヤ、行けるな!」

 

「はい!」

 

リヴェリアは愛弟子と共に杖を構えて最大威力の魔法を放つべく、詠唱を開始した。

 

「アイズ、トドメは任せた!力を溜めろ、全力の一撃でやれ!」

 

「わかった!」

 

フィンの意図をアイズは正確に理解した。

愛用のサーベルを正眼に構え、残り全ての魔力を込めた風の魔法を纏わせる。

そして、これまではあえて使用を自らに禁じていた、切り札のスキルを解禁し、タイミングを待つ。

 

「後方から例の芋虫型が接近中っす!」

 

戦場に新たな敵が現れたのを誰よりも早く察知したのは、サポーターとして同行していたメンバーの取りまとめ役、ラウル・ノールドだった。

 

「なんですか、あの生理的な嫌悪感を催す形状の卑猥な芋虫は?!」

 

後方から接近する毒々しい極彩色をした巨大な芋虫の群れを目にすると、キル子は眉をしかめた。

生理的に受け付けない見た目である。

 

「新種のモンスターっす!攻撃すると破けて中身の酸が飛び散りますんで!第一級武装だろうが溶かす厄介なやつっす!」

 

キル子は素で恐れ慄いた。

 

「なにそれこわい」

 

第一級武装ということは、伝説級武装クラスなら溶かしてしまうということだ。キル子の手持ちの装備の中には相手の特性や状況に合わせて使用するための伝説級武装も数多い。

あるいは、神器級武装ですら溶かしてしまう能力があったとしたら、ヤバイ。

 

「ヘロヘロの親戚か!!ローション好きのHENTAIめ!!」

 

かつてのギルメンに対する風評被害も甚だしい捨て台詞と共に、キル子は両手に持っていた武器をインベントリに仕舞い込んだ。万が一にも、溶かされてはたまらない。

 

なお、ヘロヘロとはギルド、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーであり、コールタールのように黒くどろどろした『古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)』というスライムの上位種である。最高位の酸攻撃で相手の装備に劣化効果を与えることができる。

素の物理攻撃力はお察しなのだが、とにかく酸耐性を貫通する武装破壊攻撃で神器級武装の耐久値をゴリゴリ削る対人戦の嫌われ者だ。

 

先の台詞を仮にヘロヘロが聞いていたとしたら、訴訟も辞さないだろう。

 

「魔剣用意!近づけさせないっすよ!」

 

「了解!」

 

「ちょっと団長っぽいね!」

 

ラウル達は背負っていた無限の背負い袋(インフィニティ・ハバサック)から、遠征の為に買い集めた魔剣をありったけ取り出すと、遠距離攻撃を始めた。近づく前に破裂させるつもりだ。

 

「なるほど!……トビカトウ、こちらを援護なさい!あれを近づけさせるな!」

 

その意図を見抜いたキル子も、飛び道具の使える配下に指示を飛ばす。

 

「あい!」

 

食人花をハチの巣にしていたトビカトウは、ラウル達の横に並ぶと、今度は芋虫型のモンスターを目掛けてスリケンの弾幕を展開する。

投げ放たれたスリケンはモンスターの表皮を容易く貫通し、厄介な溶解液をその場にブチまけさせた。

 

「た、助かるっす!小さいのにすごいっすね!」

 

トビカトウはすまし顔でスリケンを投げ続けているが、ラウルが褒めると、少しだけ顔を赤らめた。照れているらしい。

 

「ラウル、ちょっとロリコンっぽい!」

 

「ご、誤解っすよ!」

 

サポーター仲間から飛んだ野次に、今度はラウルが顔を赤らめた。

 

「ラウル殿、幼女趣味は感心せんなあ!」

 

この場に鍛治師として居合わせたヘファイストス・ファミリア団長、椿・コルブランドも、ラウルを揶揄いつつ、自ら打ち鍛えた不壊属性武器を手にして芋虫型に打ち掛かった。

 

その場の全員が一体となって、穢れた精霊を打ち倒す為に向かっていく。

精霊はもう涙目だ。汚い流石冒険者汚い、とその顔は訴えている。

 

その有様を眺めて、キル子は感慨深そうに目を細めた。

 

「レイドボス戦なんて何年ぶりか…懐かしいわぁ……!」

 

ユグドラシルがサービス終了間際のここ数年、テコ入れの為なのか、大型のレイド専用ボスモンスターが次々と実装されたことがあった。残念ながら一度離れた客足を戻すほどではなかったが、それなりに楽しめたように思う。

特に、ボスドロップ狙いの廃人様を後ろから狩り殺すのは最高に楽しかった。

残念ながら、その頃にはギルド、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーにも引退者が続出していたのだが。まあ、それはいい。

 

「ベート様との幸せ家族計画の為に、魔石と素材を残して散れ!」

 

攻略法を見つけられたボスキャラなど、単なるアイテムドロップの為の周回要員に過ぎない。

極彩色の魔石とかいうレアアイテムには、幾らの値がつくのか、キル子は興味津々だった。

 

「ベート……お前、えらいのに惚れられたなぁ……!」

 

斜め上にやる気を漲らせるキル子を呆れたように眺めて、ガレスは思わずそう漏らした。

ちなみに、今でこそ老いて枯れた風情のガレスだが、かつては絶世の美青年としていくつもの浮名を流したという。

 

「いい加減、覚悟を決めちまえ。あんないい女、そうはいないぞ」

 

もうあと十年も若ければ放っておかないんだがな、と言ってガレスは豪快に笑った。

 

「喧しい、色ボケ爺ぃが!」

 

照れ隠しなのか、ベートは迫ってきた食人花をガレスの方に蹴り飛ばした。

ガレスも、それを素手で明後日の方向に殴り飛ばす。

 

「青い青い。女心と秋の空、ちゃんと捕まえておかないといかんぞ!」

 

「うるせえ!!これ以上情けないとこばっか見せられねーんだよ!」

 

「なんじゃ、わかっとるじゃないか!!」

 

ジャレあっているように見えて、二人とも手は抜いていない。

十重二十重と迫り来る触手の群れをさばき、潰し、駆け抜ける。勝利への道を舗装して。

 

「今だ、やれリヴェリア!!」

 

ガレスが吼えたちょうどその時、リヴェリアの詠唱も完了していた。

 

「"焼き尽くせ、スルトの剣!我が名はアールヴ!!"」

 

魔法詠唱にさらに魔法詠唱を継ぎ足し、短文から長文、超長文と伸ばすごとに、魔法の威力を変え、効果すら変えるという前代未聞のレアスキル『詠唱連結』。

エルフの王族、リヴェリア・リヨス・アールヴにのみ許された力。

 

『レア・ラーヴァテイン!!』

 

射程最長、威力最大を誇る広範囲殲滅魔法が解き放たれた。

 

リヴェリアの足元から同心円上に広範囲に渡って展開された魔法陣。

その陣の内側にいるファミリアの団員を守るように、外周部から吹き上がった純粋な破壊力の塊は穢れた精霊の巨体を飲み込み、焼き尽くす。

 

「ヒッ……!!」

 

後には、身を守る触手を取り払われ丸裸にされた、無防備な本体が残るのみ。

 

「ここ!!」

 

そのチャンスを、『剣姫』アイズ・ヴァレンタインは見逃さない。

風をまとい、愛剣を突き出し、突進する。

 

「……?!【ヒ、火ヨ来タレ!猛ケヨ猛ケヨ猛ケヨ、火ノ渦━━━ガッ】!!」

 

アイズの接近を阻止すべく必死に唱えかけた詠唱は、またしても邪魔された。

 

「はいはい、無駄無駄。【絞首台の鐘(ギャローズベル)】」

 

見えないロープが精霊本体のか細い首に食い込み、詠唱を強制的に中断させる。

同時に何処からかゴーンゴーンと、不気味な鐘の音が聞こえてきた。

この鐘の音がなり終えるまで、このロープが千切れることはない。

 

精霊は涙を流しながら、必死になって己が首を絞め上げる見えざるロープを掴もうとしたが、その手は虚しく空を掴むだけだった。

 

その隙に、ほんの100(メドル)ばかりの距離は一瞬で消え去り、一つの暴風となったアイズが正面から激突する。

 

『リル・ラファーガッ!!!』

 

「ア━━━?!!!」

 

狙い違わず、アイズの一撃は精霊の巨体に大穴を開けた。

 

さらに直撃した箇所から破壊の力が伝播するように穢れた精霊を駆け巡り、50(メドル)はあろうかという巨体を、粉微塵に砕いていった。

 

「なんだ、あの馬鹿げた威力は?!」

 

それを見て、キル子は己が目を疑った。

 

【死神の目】で逐一確認していたから断言できるが、まだエネミーのHPは三割ほども残っていた。それが一瞬にしてゼロになり、砕け散った。

 

思わず金髪の小娘(アイズ)をガン見したが、レベル的にはベートと同じく50前後というところだろう。だが、あれはそのレベル帯で繰り出せる威力の攻撃ではなかった。

 

PKを生業とし、他者のプレイングを観察し続けてきたキル子は観察眼にだけは自信がある。

だからこそ、わからない。というより、あり得ない。

少なくとも、ユグドラシルのシステム的には、不可能な所業なのだから……

 

 

 

それは、怪物種に対する攻撃力を高域強化するアイズのスキル『復讐姫(アヴェンジャー)』。

憎悪の丈によって効果が向上し、オラリオの歴史の中でも、最強の出力を誇るレアスキル。

普段はオーバーキルになりかねない為、使用を自重しているこれをアイズは躊躇することなく使用していた。

 

 

 

……もちろん、そんなことはキル子には知る由もなく、思わず呆然として、アイズを眺めていた。

 

崩れゆく精霊が、キル子に向かって憎悪の視線を向けていた事に、気付かぬまま。

 

「オ、オ前ダ!!オ前サエ居ナケレバ!!」

 

精霊は、最後の悪あがきとばかりに、短文詠唱による魔法を放とうとしていた。狙いは、もちろんキル子だ。

 

「セメテ、道連レ二……!!」

 

『アルクス・レイ!!』

 

その横っ面を、突如として放たれた魔法攻撃が無慈悲に吹き飛ばした。

 

「……ナン、デ?」

 

結局、それがトドメになった。

 

「や、やりました!!」

 

ひしゃげかけた杖を掲げて喜んでいるのは、ロキ・ファミリアのLv.3冒険者にしてエルフの魔法使い、レフィーヤ・ウィリディス。

 

九魔姫(ナインヘル)』が自らの後継者とすべく育てている愛弟子は、見事に師の期待に応えた。

 

リヴェリアが大魔法を放った隙をフォローすべく、魔法詠唱を準備していた愛弟子の放った閃光魔法が、この戦いを締めくくる事になった。

 

 

 

精霊の巨体が、粉微塵に砕け消え去ってから、十分な時間が経った頃、

 

「疲れた〜〜!!」

 

「お疲れ様!!」

 

まず、ティオネとティオナが仰向けにひっくり返った。

 

それを皮切りに、全員がその場にへたり込む。既に気力も体力も尽きていた。

 

「重傷者は万能薬(エリクサー )を使え! 数がないから、軽傷者は回復薬(ポーション)を使うように!」

 

団長のフィンも同じようにへたり込みたかったが、そうもいかない。

とりあえず、傷の手当てと休息をとるように命じると、ガレスとリヴェリアを呼び寄せる。

 

「やれやれ。またしても装備は半壊、消耗品はほぼ消費し尽くしたな」

 

リヴェリアがどの程度の損害が出たか、軽く計算して美しい眉を歪ませた。

 

「入手した武器素材はヘファイストス・ファミリアにも提供する必要があるしな」

 

ガレスが思い出したかのように付け加える。

 

ロキ・ファミリアは59階層に突入する前に、50階層に仮設したキャンプを起点として、深層で入手できる素材をなるべく確保していた。今は59階層(ここへ)へは連れて来なかったメンバーに預けてある。

そのうち少なくない量を、上級鍛治師を派遣してくれたヘファイストス・ファミリアに提供しなくてはならない。

 

「おまけにキルコさんへの支払いもまだだ。しばらくファミリアの財政は火の車だろう。次の遠征をやるには、資金集めが先決だね」

 

フィンがそう締めくくる。

 

「うちの払いはローンでも結構ですよ。その分、割増料金は頂きますが」

 

キル子が愛想よく付け加えた。

 

「はは、ありがたいなぁ……」

 

いったい幾らの請求書を突きつけられるのか、フィンはこの後のことを考えたくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

離れた場所で、そんな彼らを見守る影があった。

 

外套を羽織り、仮面をつけていて、外見からは男か女かも判断できない。

 

「マサカ一人モ殺セズ、アレガ葬ラレルトハ……」

 

深くため息をつく。

 

「シカシ、何ナノダ、アノ女ハ。地上ノ戦力ヲ掴ミ損ネテイタカ?」

 

解せぬとばかりにひとしきり首を傾げると、やがてダンジョンの何処かへと、去っていった。

 

その背後に、【不可知化(アンノウアブル)】によって姿を消した曲者を引き連れて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……キル子様」

 

「ええ、わかっています。ハンゾウ、後をつけなさい。気取られないようにね」

 

「承知」




誤字修正ありがとうございます。
やたらと暑くて風邪ひきダウンなう。
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