ダンジョンにユグドラシルの極悪PKがいるのは間違っているだろうか?   作:龍華樹

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第15話

「ああ〜!よく寝た!」

 

今日も今日とて、キル子は昼過ぎあたりに布団から起き出した。…何やら数ヶ月寝ていたような気もするが気のせいだろう。久方ぶりに引っ張り出したグリーンシークレットハウスの限定エディションの寝具は最高級の寝心地を提供してくれたため、寝過ぎたのだ。

 

キル子はオラリオ市内に特定の拠点を持っておらず、寝泊まりはもっぱらリヴィラに設置したグリーンシークレットハウスか、あるいはその限定版の和風屋敷を適当にインベントリから出してその都度設置し、居場所を悟らせないように市街地をランダムに移動している。

今日の宿営地はオラリオ北東、市壁近くのあまり日当たりの良くない辺りで、日銭で暮らす下級冒険者や下級職人らのための簡素な長屋や木賃宿が固まっている一角だった。

 

昨夜はダンジョンから帰ってきて、久々に地上で深酒した。

ちょっとした野暮用で一足先に地上まで戻る必要のあったベートに引っ付いて、リヴィラをNPC達に任せて、オラリオに戻って来たのだ。

ベートと二人っきりのアバンチュールを楽しみたいのは山々だが、ロキ・ファミリアはまだ遠征から帰還途上にある。未来の旦那の仕事に口を挟むべきではない。

そこでベートと別れ、一人市内に残ったわけだが、此方でもそれなりにやることはあった。

 

例えば、59階層で、覗き見していた出歯亀野郎への対処であるとか。

 

「まあ、そんなことより“小姑”へのアイサツが大事だよね。旦那様の会社の上司みたいなもんだし、ご機嫌取らないと……面倒くさいなぁ…」

 

キル子がボヤきながら布団から半身を起こし、ボサボサの髪をかいていると、側に待機していた傭兵NPCのトビカトウ達が群がり、髪を整えたり、寝汗を拭いたりと、甲斐甲斐しく世話をしだした。

そうして、一通り身繕いが整うと、襖一枚隔てた座敷には既に朝餉が用意されている。

 

擬態化を解除し、アンデッドの基本能力である〈睡眠不要〉や〈飲食不要〉のスキルを利用しておけば、そもそも寝たり食べたりする必要すら無いのだが、それはそれとしてキル子は惰眠を貪る事や、美食を好む。むしろアンデッドになったからといって積極的にバケモノじみた行動をとる奴がいたとしたら気が狂っている。

 

今日の朝食は塩胡椒で味付けした焼き魚に、干し葡萄入りの蒸しパン。それに冷えた黒ビールを付けるのが、キル子の最近のお気に入りだった。

 

「いただきます」

 

手を合わせ、童女達に見守られながら、キル子は箸に手を伸ばした。

 

料理は作られてからやや時間が経っていたが、グリーンシークレットハウスに備え付けの電子レンジ型マジックアイテムを使っているため、程よく温められている。

焼き魚はやや小骨が多いが肉厚で脂がのっており、そこに蒸しパンを千切って別売りのクリームチーズに付けて食し、ビールで流し込むとたまらない。

 

「プッハァー!!美味いんだな、これが!お代わり!」

 

一息に飲み干して口元の泡を拭うキル子に、トビカトウ達は何やら言いたそうな顔つきをしながらも、無言でお代わりを注ぎ足してやった。

 

なお、キル子としては本当なら料理スキルを持ったNPCを呼び出して出来立ての料理を賞味したいところだが、ユグドラシル時代から持ち歩いていた召喚アイテムには戦闘タイプ以外のNPCは登録されていなかった。

そのため食事は変装能力を持ったニンジャに、お気に入りの屋台や食堂へ毎日買いに行かせている。

 

「ご馳走さまでした。……明日はお米がいいかな。職人街の外れにある、鳥飯屋さんのをお願いね。ついでに同じ通りの喫茶店のベリーエールを一杯。同じやつを人数分買って、みんなで分けなさい」

 

カシンコジ達はキル子が食べ散らかした食器類を丁寧に片しながら、嬉しそうにコクコクと頷いた。彼らも好みらしい。

 

ちなみに、NPC達は〈飲食不要〉の能力を持たないため、基本的には主人と同じ食事を与えられている。

〈飲食不要〉を付与するマジックアイテムもあるにはあるが、手持ちは数が少なかったし、呼び出したNPCの数もせいぜい二十を少し超える程度。今のところ手持ちのヴァリスにかなり余裕があるので、彼らの食費をケチケチ削る必要はない。

 

「じゃあ、私は一風呂浴びて来るから、貴方達も適当に休んでね」

 

キル子が風呂場に向かうと、待機していたトビカトウの一人が桶と手拭いを差し出した。

いつでも気軽に温泉に入れるのが、この和風屋敷じみた限定版グリーンシークレットハウスの利点だ。外観があまりに目立ちすぎるので、リヴィラに持ち込めなかったのが悔やまれる。

 

風呂を浴びてさっぱりとしたところで、着物に着替えた頃には、既に日はかなり西に傾いていた。

 

「少し出かけてきます。護衛に五人付きなさい。残りは屋敷の守りに残るように」

 

「「「イッテラッシェーマセー!!」」」

 

ヤクザクランのオヤブンを見送るかのように、戸口の左右に勢ぞろいして頭を下げるニンジャ達。

その中央を抜けて、キル子はオラリオの街中に繰り出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キル子は屋敷を出ると、オラリオの市内を中心部に向かって歩いた。

 

オラリオはバベルのそびえ立つ中心部から四方八方に大路が伸び、その合間を小路が繋ぐという、上から見ると蜘蛛の巣めいた都市設計をしている。都市内を移動するなら、一度中心部を抜けた方が早い。

 

大通りを東へ、さらに細い運河や街路を隔てて職人街のある辺りに入ると、オラリオの主要産業である魔石や魔道具の工房がぎっしりと軒を連ねていた。

魔石の砕石工や研磨工、細工師、鋳物、木工、鍛治といった職人が汗を流しているのが、通りからでもよくわかった。店はたいがい、一階は店舗を兼ねた作業場で、二階は親方の住居になっているようだ。

 

通りを挟んだ向こう側には漆喰工、煉瓦大工、屋根葺き職人に硝子細工師といった、都市の機能を維持するのに欠かせない職人らが店を構えている。さらには屋根などの材料に使う鉛や銅を扱う一角があり、蹄鉄屋、鋤や鍋釜を打つもの、匙や釘など小物の専門店がずらり。

 

その隣にはパン屋、肉屋、野菜に穀物、香料や乾物を行商して歩く者たちの問屋など、食品を商うもの達の通りだ。どこも良い香りを漂わせている。

 

キル子は思わず口元が緩んだ。

何につけても賑やかな街だと思う。何度見ても飽きない。

大気も土も汚染され尽くされた何処ぞのマッポー世界では、もはや映像ライブラリの中でしかお目にかかれない光景だ。

 

インベントリから煙管を出して一服付けながら、上機嫌で街を歩くキル子だったが、不意にその眉が曇った。

 

「……またか」

 

げんなりとするキル子を目掛けて、不自然な足取りで、進路を塞ぐように歩いてくる男が一人。

咄嗟に動こうとするニンジャ達をキル子は視線だけで抑えた。

 

次の瞬間。

 

「おっと。ごめんよ、お嬢ちゃ……ギャアァアア?!!!」

 

態とらしくキル子にぶつかりかけて、すり抜けざまに袖口に手を突っ込もうとした運の悪いスリは、当然の報いとして手首から先をスッパリと切り落とされた。

 

あまりに滑らかな切断面から鮮血が飛び散り、通行人の衆目を集めた時には、既にキル子の姿は現場から数百メートルは先の位置に音も無く移動している。

オラリオ市内はスリが多い。返り討ちにされてキル子の被害にあったスリは、これが初めてではなかった。

 

「…乙女に無断で触れようとするお馬鹿さんは、廃棄処分でどうぞ」

 

歩みを止めず、それだけを呟く。背後の騒ぎには目もくれない。

ただ、着物の袖で隠した口元は邪悪な笑みの形に歪んでいた。

 

道中、そんな些細なイベントがあったりもしたが、やがて中心部を抜けて北へと通じる街路を進むと、程なくして目的地に着いた。

 

ロキ・ファミリアのホーム『黄昏の館』。

 

「こんにちは」

 

「へ?!は、はい?」

 

キル子がその玄関口に歩み寄ると、本日ホームの門番を任されていた新入りの団員は、目を白黒させた。

 

キル子は頰に薄くチークを入れていて血色良く、腰まで伸びた黒髪は艶やか、少しも尖ったところを感じさせない穏やかな雰囲気を身にまとっている。

身につけている衣服や装飾品も、高価そうなものばかりだ。

 

だからこそ、第一級冒険者を数多く抱える都市有数のファミリアを訪ねてくるにしては、ドレスコードに違和感があり過ぎた。

実際にはユグドラシル由来の神器級、伝説級マジックアイテムの数々なのだが、流石にそんなことはわからない。

 

新入りの団員がどう対応すべきか頭を悩ませていた横で、その場に居合わせ、キル子の顔を知っていた数名の団員は、うめき声を飲み込み、そそくさと足早に立ち去った。

誰だって厄介ごとの塊には関わりたくないのだ。

 

「キル子、と申します。ロキ様にお目通り願えますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご無沙汰しております」

 

「よう来たな。ま、楽にしとき」

 

従者共々応接室へ通されたキル子は、まず正面のソファに腰掛けるロキに深々とアイサツした。アイサツは大事だ。

 

「遠征じゃ世話になったそうやな。一足先に戻って来たベートから聞いたわ。礼を言っとくで」

 

色々とツッコミどころは満載やけどな、と笑顔で続けるロキにキル子も笑顔で無言を貫く。二人とも、目は笑っていなかった。

 

「…ま、ええわ。ああ、ベートならもうココ(ホーム)にはおらん。解毒剤の買い付け資金を取りに寄っただけで、またすぐトンボ帰りしよったからな」

 

実はロキ・ファミリアは例の59階層の遠征を終えた帰り道で、極めて強力な毒液をはき出す毒妖蛆(ポイズンウェルミス)のモンスターパーティに出くわしていた。

おかげで【耐異常】のアビリティがH以下の団員は残らずリヴィラに足留めを食らって伏せっている。

そこでロキ・ファミリア一の俊足を誇るベート・ローガが解毒薬の買い出しのために地上までひとっ走りしたのだ。

 

「皆さま、命には大事ないとのことで。流石はロキ・ファミリアが誇る精鋭です」

 

実際、彼らで無ければ毒で何人か命はなかっただろう。

半ば本気で褒めたキル子に、ロキはニコリともせずに頷いた。

 

「死人が出なかったのが不幸中の幸いや」

 

実のところ、キル子のインベントリにはあの程度の毒をなんとかするアイテムなぞ腐るほどあったし、いざとなればリヴィラの拠点に設置した『転移門の鏡(ミラー・オブ・ゲート)』を使えばノータイムでオラリオに直行して、解毒剤を買い求めることもできた。

 

だが、あえて何もしなかった。

未来の旦那(ベート)の見せ場を奪うなどヤマトナデシコにあるまじきことである。

こういったオクユカシサこそ日本人が尊ぶものであり、それを忘れて出しゃばれば、たちまちムラハチにされてしまう。古事記にもそう書いてある。

 

そのため、毒を受け付けなかった幹部クラスの面々は、未だにリヴィラに残り、素材や魔石を集めたり、ダンジョンで採取できる希少な鉱物や植物を採取したりと、金策に走り回っている。

汗水垂らして必死に働く彼らの姿を他人事のように眺めながら、キル子は豊富な資金で優雅な生活を送り、のんびりとベートの仕事が終わるのを待っているというわけである。

 

気分は旦那の帰りを待つセレブな新妻だ。ウヘヘヘヘ!

あれやね、そろそろ"既成事実"とかもいけるっしょ?ベート様、ベッドの中でも獣に……たぶん、めいびー…!

 

「フヒヒ…勝ち組、圧倒的勝ち組…!」

 

「………」

 

ニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべるキル子に対して、ロキは珍獣を眺めるまなざしを向けていた。

 

「おっと、いけない…コホン。ロキ様、遅れましたが手土産です。つまらない物ですが、お納めくださいませ」

 

キル子は妄想から我に返ると、インベントリに手を差し入れ、手土産を取り出した。 人間関係を円滑に進めるためには、こういったものも欠かせない。

 

「おおきに。ん~?…神酒(ソーマ)か?!ウチはこれが大好物やねん!ありがとな!」

 

ロキは酒瓶にほおずりした。ロキが無類の酒好きだというのは、よく知られている。

 

早速、瓶の蓋を開封すると立ち上る芳香を楽しみ、グラスを二つ用意して、中身の液体を注ぎ入れる。二人は軽くグラスをふれあわせるようにして乾杯した。

 

「っく~~!!たまらんわ!」

 

親父臭い仕草で一息に飲み干すと、ロキは手酌で二杯目を注いだ。その様子を眺めながら、キル子は舌先で転がすようにゆっくりと飲み干していく。

 

早くも三杯目をグラスに注ぎながら、ロキは何気ない様子でキル子に尋ねた。

 

「それにしてもジブン、よくコレ手に入ったなぁ。ソーマのところがあんなんなってから、最近めっきり見かけなくなってたやろ?」

 

一見、上機嫌に細められた目は、実のところ油断なくキル子を窺っている。先ほどから心音にも変化はない。

つまり、これはただの演技。可能な限りキル子の情報を引き出そうとしているのだ。しかも、精度100%の嘘発見器付きで。

 

こんな見てくれをしていても、中身は千年以上生きている大年増。食えない女だ、とキル子は愛想笑いを浮かべながら思った。

 

「運良く元ソーマ・ファミリアの人間の知己を得まして、都合がつきました。私もお酒には目がありませんので」

 

キル子は慎重に言葉を選んだ。嘘ではない、が真実そのままでもない。どうとでも受け取れるように言葉を濁す。

 

「そら大したもんやな。どこの商人も血眼になってコイツを探しとるでぇ」

 

ロキはニンマリと笑うと、グラスの中身を揺らした。チャプチャプと酒が揺れ、かぐわしい芳香が部屋中に拡散される。

 

実際、このところの神酒の値上がりはとどまるところを知らない。

最新の市場単価では一瓶数百万ヴァリス近い値を付けている。めざとい都市外の商人達が、買い占めに走ったからだ。

ソーマ・ファミリアの壊滅によって市場供給が絶たれた以上、時間経過によって確実に値上がりが見込まれるので、投機商品としては魅力的なのだ。

 

ロキはそのあたりの事情にも通じているらしい。

 

「運に恵まれました。神酒は飲んでよし、売ってよし。寝かせれば寝かせただけ、味も値付きもよくなっていきますので」

 

素人が手を出すには手堅く手頃な商売です、とキル子は嘯いた。

 

「ソーマか……そういやジブン、『キルト』って冒険者、しっとるか?」

 

何気ない口調のまま、ロキはいきなりジャブを放ってきた。

 

「え?!…ええ、市中では有名な方ですから」

 

思わず口に含んだ酒を吹き出しそうになるのを、何とか堪える。

 

「怪物祭の時、実はウチも現場に居合わせたんや。どえらい騒ぎになっとったで。んで、噂のキルトたんと出くわした」

 

キル子は背筋に大量の汗が浮かぶのを感じた。表情には出さなかった筈だが、内心ではレッドアラートが鳴り響いている。

 

「驚いたで、何せ()()()()にあんな真似のできる人間が、この世に()()もいるとは、思わんかったからなぁ」

 

ロキはクツクツと妙に楽しそうに笑った。目の前の獲物をいたぶる猫の顔だ。

 

ヤバイ!こういうときは受け身に回ったら負けである。

キル子はかつての負け組サラリマン時代の経験から、さっさと話をずらすことにした。

 

「そ、そう言えば、ロキ様!じ、実は今日は、少しばかりお耳に入れたいお話がありまして…!」

 

キル子は今日の来訪の本題を切り出した。元々このために来たのである。

 

「今回の遠征で、ロキ・ファミリアの財政はかなり厳しくなられたと伺っています」

 

「…まあ、それなりにな。今頃、フィンが頭抱えてるやろ」

 

ロキはキル子のあからさまな話題の転換をとがめなかった。

あるいは、慌てたキル子の反応だけでも知りたいことを知るには十分だと判断したのかも知れない。

 

「実は、それに関連しまして、良い儲け話をお持ちしたのです!」

 

「もうけばなしぃ?」

 

ロキはあからさまに胡散臭そうにキル子を眺めた。

 

そんな詐欺師を見るような目を向けられても困る。

 

「例の59階層でのことでなのですが、実はあの場には妙な曲者が隠れ潜んでいました」

 

「……ほう?」

 

ロキの口調が少しばかり真剣みを帯びたものに変わった。うまく話に食いついてくれた、とキル子は内心で胸をなで下ろした。

 

「黒装束に身を包み、奇妙な仮面を被っていて、見るからに怪しい格好でしたわ」

 

「ベートからは、そないな報告は受けとらん」

 

「ロキ・ファミリアの皆様は、誰も気付いておられないかと。私も斥候(スカウト)能力に長けた部下から報告を受けなければ気がつかなかったかも知れません」

 

実際には隠密能力に長けた傭兵NPC、ハンゾウの一人に後をつけさせたのだが。

 

「それで、ここからが本題です。その曲者、部下に後をつけさせましたところ……あろうことかダンジョン内を、隠し通路らしきものを通って移動していました」

 

キル子の爆弾発言に、思わずロキは目を見開いた。

 

「なんやて?…隠し通路やと⁈ダンジョンにか⁈」

 

「ええ。残念ながら、曲者はそこで見失いましたが、隠し通路の場所は押さえました。明らかに人の手で作られた、言わば人造の迷宮のようなものです」

 

ロキは絶句しているが、キル子にしてみれば別に珍しくはない。

何せ、拠点だったナザリック地下大墳墓も、元は地下6層しかないフィールドだったのを、ギルドポイントを投入しまくって、全10階層の非公式ラストダンジョンと呼ばれるまでに魔改造したものなのだから。

 

「どうやらダンジョンに外付けする形で、後から作られたもののようです。しかも……通路の外壁は全てアダマンタイト、各所に無数に取り付けられた扉はオリハルコン。これは、ちょっと尋常ではありませんでしょう?」

 

「ちょい待ち⁈アダマンタイトにオリハルコンやて⁈」

 

流石のロキも驚いている。

まあ、そうだろう。報告を受けたときには、キル子も絶句した。

 

キル子はインベントリから、いくつかの金属片を取り出してロキに示した。

証拠として、壁材や扉の一部を削り取ってきたものだ。

 

「ほんまにオリハルコンかいな?」

 

ロキの視線がキル子の手元に突き刺さり、声音が剣呑さを増す。

 

最硬金属(アダマンタイト)や、それを精製して産み出される最硬精製金属(オリハルコン)はオラリオ最硬とされる金属で、不壊属性武器や第一級武装の素材として欠かせない。

並みの刃物では歯が立たないのだろうが、あいにくとユグドラシルではそんなものはありふれている。

 

「はい、私の秘蔵の武装で切り取って来ました。強度と切れ味はヘファイストス様のお墨付きですよ」

 

キル子がそう言うと、ロキは鼻を鳴らした。

 

「噂の未知の金属を使った武器かい。そういえば、ヘファイストスのとこに持ち込んだんは、ジブンやったな。そら、武器の一つ二つは持ってて当然か」

 

キル子は薄く微笑みながら頷いた。

 

「オリハルコンにしろアダマンタイトにしろ、私にしてみれば多少値の張る程度の素材ですが、流石に通路の建材にしようとは思いません。経費がかかり過ぎますので」

 

「せやろうな。それに、そんなアホみたいな量が取引されとったら、流石にギルドが黙ってないやろ。その隠し通路とやら、どのくらいの広さがあるか、見当つくか?」

 

問われてキル子は一枚の紙を取り出した。

中身はキル子が適当に描いた隠し通路の地図だ。ニンジャ達を動員してわかった範囲は全て記載してある。

通路を使う曲者に気取られないように、隠密能力の高いものだけを選抜して投入しているので、現時点でわかっている範囲には限りがある。

 

「あいにくと、まだまだ未知の領域の方が広そうですが…」

 

ロキはキル子から受け取った地図を眺めると、難しい顔で唸った。

 

「十分や。少なくとも、こんだけの範囲にアダマンタイト使って穴蔵掘ってるキチガイがいる、ゆうことやろ?これは昨日今日で作られたわけやないな……まさか、闇派閥(イヴィルス)か?

 

最後の一言は小声だったが、キル子の耳にはきっちり届いていた。

 

何年か前まで『闇派閥(イヴィルス)』とかいう、邪神を名乗る暇な神々と、それに付き従う厨二病の塊のような連中が幅を利かせていたらしい。

悪を標榜するギルドとかが許されるのは、ユグドラシルの中だけだというのに、迷惑なものだ。

 

こういう一部の心ない連中が騒げば騒ぐほど、自分のような善良な一般人が迷惑をするのだ、とキル子は心の底から思った。

アレだね、てっとり早く怪しげなファミリアの主神とか、まとめて天界に垢BANすればいいんじゃね?

割と本気でそんな他愛もない事を考えながら、キル子はため息をついた。表面上は眉を曇らせ、憂えた表情を造りながら。

 

もちろん、そんなものはキル子の前に陣取る神、ロキには通用しなかった。

 

「…ジブン、なんかめっちゃ物騒なこと考えとるやろ?」

 

「オホホホ!まさか、私は平和主義者ですのよ?」

 

ロキは「お前が平和主義者やったら、世の中から争いごとなんざ無くなっとるわ!」とでも言いたそうな、極めて苦み走った表情でキル子をにらみつけた。

 

「嘘はついてへんな。余計にタチが悪いわ……んで、それがどう儲け話に繋がるんや…?」

 

この時、ロキは内心で嫌な予感を覚えていた。

目の前の珍獣は、腕は確かだが思考回路は常軌を逸しており、常に予想の斜め後ろの行動をとるのである。

 

「どこの誰が作ったものかはわかりませんし興味もありませんが、大事なのは、そこに大量のアダマンタイトとオリハルコンがあることです。まさに宝の山!削り取って生産系ファミリアあたりに横流しすれば、大儲け間違いなしです♪」

 

ロキは無言で頭を抱えた。

それだけの情報を得ておいて、何故その結論に行き着くのかが、サッパリ理解できない。

 

「掘り出すには、私の部下では手数が足りません。どうでしょう、儲けは折半ということで?削りとるための武器、というか工具ならば適当なものをいくらでもお貸ししますから、ご心配なく!あっという間に大金持ちですわ♪」

 

キル子は得意満面に断言した。

ドヤ顔を浮かべるキル子の内心は、単純きわまりない理屈で動いている。

 

ロキ・ファミリアには今現在、お金がない。人間の幸福とはお金の量に比例するというのが、キル子がリアルで培った哲学である。

意中のベートを助け、好感度を上げるなら、このチャンスを逃してはならない!

この素晴らしい儲け話を手土産に、ロキ・ファミリアに貢献すれば、もはやこの小姑(ロキ)もベートとの仲を認めざるを得ないだろう!むしろ進んで、祝福してくれる筈である!

フヒ…ドレスはやっぱり白のレースよね。いやいや、ここは白無垢というのも捨てがたい!!

 

「このドアホーー!!!」

 

数秒後、ロキの咆哮が響きわたった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「解せぬ。何がまずかったんだろ?確実に大儲けできるのにぃ…」

 

ロキ・ファミリアからの帰り道、キル子はぼやいていた。

その後、散々に怒られた挙句、事態の調査協力と、口外厳禁を言い渡されてしまったのである。

 

小姑ことロキの点数を稼いで、心象を良くするつもりだっただが…

 

「まあ、ひとまずベート様がダンジョンから戻ってきたら再度アプローチしてみますか…」

 

さて、ひとまず今日の予定はだいたい終わった。

後は久しぶりに歓楽街を冷やかすか、屋台巡りでもするかと思っていたキル子だが、ふと思いつく。

 

確か、荒ぶる童顔ツインテールの乳神様のホームというか、住み着いている廃屋がこの辺りにあった筈だ。

ミノタロルスとやり合っているところに居合わせてから、だいぶ経ったし、最近、ベル・クラネルの顔を見ていない。

いつの間にやらリリルカも改宗していたようだし、久々に『キルト』の外装を引っ張り出すのも悪くあるまい。

 

「小姑にイビられた口直しに、ベルきゅんを愛でに行きますかね〜」

 

キル子は気楽な気持ちで、ベルにマーキングした【標的の印(ターゲットサイン)】を確認した。

これは対象に貼り付けると、解除されない限り、常にその位置を把握できるというストーカー垂涎のタチの悪いスキルであり、キル子は要チェックした男子には漏れなくプレゼントしている。

 

「おや、まだダンジョンの中か。場所は…18階層?まだレベル的にキツイ筈だけどなぁ?」

 

キル子が思わず首を捻った、その時だった。

 

「…キル子様」

 

姿を隠してキル子の周囲を付かず離れず警護している傭兵NPC、ハンゾウの一体が膝をついてその場に姿を見せた。

 

「リヴィラの拠点より、至急の知らせがありました。18階層に巨大な人型モンスターが出現、街の総力を挙げて迎撃中との由。旗色わるく、このままではリヴィラ壊滅の危機との事でございます!」

 

「ファッ?!」

 

 

 

 

 

 




お盆休みでようやく時間が取れました。反省

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