ダンジョンにユグドラシルの極悪PKがいるのは間違っているだろうか?   作:龍華樹

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状況説明回で少し短め。


第16話

 

 

「ちょ?!迷宮の楽園にはモブ湧きしかないんじゃないの?!って、またベルくんが巻き込まれてるっぽいぃぃいい!!」

 

ハンゾウから報告を受けると、キル子は大通りで悲鳴を上げながら、拠点へと駆け出した。

 

「そもそもレイドモンスターが湧くのは17階層じゃないの?ホワイ?!」

 

いったい、何が起きているのか分からず、キル子は混乱していた。

 

 

 

 

……話は少し遡る。

 

 

 

 

 

その日、ガネーシャ・ファミリアの冒険者、マックダンは朝からダンジョンに潜っていた。

マックダンはLv.3。両手剣の使い手として、パーティの最前線で命を張る、切り込み役だ。

10代最後の年にLv.2となってから10年、ひたすら実績を積み、20代の最後を目前にして、先日ランクアップを果たした。

 

マックダンは冒険者としては平凡だ。

これといったレアなスキルが芽生えるでもなく、魔法を覚えるでもなく、発展アビリティもパッとしない。

だが、冒険者は冒険をしない、を地でいく堅実な判断力が認められて、最近では中堅どころのパーティを率いるリーダーをこなしている。

その日もLv.2に昇格したばかりの若手を任されて、18階層のリヴィラの町を目指す途中だった。

 

「止まれ!」

 

マックダンは手振りを交えて、背後に付き従うパーティのメンバーに停止を命じた。立ち止まって息を整えさせ、自身も水筒の水を飲んで小休止する。

今回はある事情から、非戦闘員のサポーターも多く連れてきているので、慎重すぎるくらいで丁度いい。

 

ダンジョン上層を危なげなく突破し、もうすぐ中層の入り口に当たる13階層の手前。ここからは適正Lv.2、俗に最初の死線(ファーストライン)と呼ばれているが、それには理由がある。

中層からはモンスターが魔法に近い遠距離攻撃をしてくるのだ。有名なのは、ヘルハウンド。子牛くらいの大きさがある犬型モンスターで、別名「放火魔(バスカビル)」。

口から強力な火炎を吐いてくるので、事前に炎対策をしていないとそれだけで詰む。こいつが13、14階層のほとんどのパーティ全滅の原因だ。

マックダンも気を使っていて、火炎対策のアイテム『精霊の護布(サラマンダー・ウール)』を全員に装備させていた。

 

やがて全員の息が整うのを確かめると、マックダンは両手をパンと叩きつけて気合を入れた。

 

よし、行くぞ!

 

と、掛け声を上げようとした、その時だった。

 

「たぁすけてくれぇ〜!!」

 

何処からか、世にも情け無い叫び声が聞こえて来たのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな早く走って!追いつかれるよ!」

 

その日、ベル・クラネルは走っていた。

場所はダンジョン13階層。中層と呼ばれる場所の入り口だ。

 

漂白されたかのように色素のない白髪を振り乱し、高い敏捷のステイタスにものを言わせて脇目も振らぬ全力疾走である。

 

「ロイドさん、ヴェルフさん、遅いですよ!ベルさんの軍団に追いつかれてしまいます!」

 

その背後にはパーティの目と耳を担う野伏(レンジャー)、リリルカ・アーデが走っていた。こちらも脇目も振らぬ全力疾走だ。

素早さ重視で布地の際どいスカートの裾がめくれ上がり、小人族(パルゥム)のロリボディにはあまりに大人びた黒の下着が見えているのだが、今は知ったことではない。

 

「ロイドのノロマは置いてくにゃ!最悪、私らだけでもその間に逃げ切れるにゃあ!!」

 

三番手に控えるは、パーティで一番の攻撃力を持つ槍使いの猫人(キャットピープル)、アンジェリカ。足の速さならパーティでもベルに引けをとらないが、得物の長槍が邪魔をして、ダンジョン内での移動には難がある。

こちらも大胆なスリットの革鎧(レザーアーマー)の隙間から真っ赤でセクシーな下着がのぞいているが、今は誰も気にしない。

 

「ち、チキショウ!!ベルめ!足はぇえええ!!!」

 

最後尾、這々の体でヨタヨタ走るのは全身鎧に大盾を構えた長身の人間種(ヒューマン)、ロイド・マーティン。

パーティの盾として筋力と耐久のステイタスが飛び抜けているものの、重量装備が邪魔をして当然足は遅い。

 

「さ、流石にみんなLv.2だな!!付いてくのが精一杯だぜ、コンチクショウ!!」

 

そんなロイドの隣で荒い息を吐いているのは、黒い東洋風の衣装を身に纏った赤毛の男。今回のパーティに同行することになったヘファイストス・ファミリアの鍛冶士で、ヴェルフ・クロッゾという。

ベルが買い求めた新たな軽装鎧の製作者であり、その縁で今回の遠征に経験値稼ぎに同行している。

 

ただし、パーティ内では唯一のLv.1であり、ベルの人の良さに付け込んで、ノコノコついて来たはいいがこの状況ではぶっちゃけた話、お荷物に等しい。

生産系最大手ファミリアの所属じゃなければ、ベルはともかく他のメンバーからは見捨てられていただろう。

 

 

「あのパスパレードを擦り付けて来た連中、地上に戻ったら覚えてろ!」

 

ヴェルフが吠えたが、何はともあれ今は生き延びねばならない。

 

そんな彼らの背後から、群れをなして迫り来るのは、ウサギの群れだ。

迷宮の中層以降に出現するウサギ型の魔物、アルミラージ。 白髪頭と赤い目、愛らしい見た目から、このパーティでは通称“ベル”と呼ばれている。

 

見た目に反して、手斧を武器に切りかかってくる、かなり狂暴な魔物である。しかも移動時は手斧を口に咥えて、四足で追いかけてくるので動きも素早い。

一体一体はさほど強力な魔物ではないが、とにかく数が多いのが特徴である。

 

中層に足を踏み込んだ冒険者がアルミラージの集団に囲まれるのは、よくある事なのだが、今回はとにかく運が悪かった。

中層は初めてだというヴェルフの慣らしをするつもりで、13階層の入り口あたりで狩りを始めたはいいものの、アルミラージの群れに囲まれていたどこぞのファミリアのパーティから、怪物進呈(パス・パレード)されてこのザマだ。

あとは処理能力の限界を超える圧倒的物量に、尻をまくって逃げ出すのみ。

 

「このままじゃジリ貧ですぅ!!」

 

リリルカが叫んだ。

 

体力の続く限り無我夢中で走り続けているが、アルミラージはどこにそんな体力があるのか、未だに追跡の足が鈍らない。

おまけに、どこから引き連れてきたのか、いつの間にかヘルハウンドといった中層の厄介なモンスターまで入り交じっている。

 

「?!……前の方に誰かいる!」

 

全員がそろそろ体力の限界を迎えようとしていた、その時だった。

最前列で前から来るモンスターを凪ぎながら走っていたベルが、前方にかなりの人数の集団がいることに気が付いた。

 

「よっしゃ!そいつらに擦り付けるにゃ!」

 

怪物進呈(パスパレード)ですね!」

 

女性二人が嬉々としてシビアな発言をするのを尻目に、露骨に顔をしかめたベルが何か言う前に、ロイドが叫んだ。

 

「ま、マックダンの兄貴だ!やった!助かったぜぇ!」

 

ロイドは歓喜の叫びを上げてそちらに向かって走り出したが、逆にこちらに気付いた前方の冒険者達は、この世の終わりのような顔をした。

 

「たぁすけてくれぇ〜!!」

 

「げぇっ!!ロイドの馬鹿野郎!!こっち来んな、あっち行けぇ!!」

 

同じファミリア所属のロイドに気が付いたマックダンは、シッシッと犬でも追い払うかのように手を振ったが、もちろんそんなことではロイドも、その背後から迫るモンスター達も止まらない。

 

「そんな事言わずに助けてくれぇ!!見捨てたら化けて出てガネーシャ様にチクッちゃうぞー!!」

 

「クソがぁ!!」

 

マックダンは思わず髪を掻きむしった。同じファミリアじゃなければ殺してやりたいほど憎たらしい。

地団駄を踏んで、背中に背負った両手剣を抜き放つ。

 

「野郎ども、戦闘準備だ!サポーターを守れ!積荷を傷モンにすんじゃねーぞ!」

 

「ありがてぇ!さすが兄貴だぜ!」

 

「うるせぇ!こちとら大人数だから逃げ切れねぇんだよ!!いいから盾構えやがれ!」

 

調子のいいことを言うロイドを無視して、マックダンは仲間に指示を下した。

 

「リドゥ、魔法だ!かましてやれ!」

 

「【煉獄の炎よ】!!」

 

マックダンのかけ声と共に、背後で魔法の詠唱を終わらせていた魔法使いが一撃を放った。長年マックダンと連れ添った相方の一人で、タイミングは心得ている。

 

即座に魔法使いがかざした杖の先端から、白熱した炎が吹き出て回廊全体を埋め尽くし、魔物の群れを飲み込んだ。

 

「油断するな!後続が来る!」

 

直撃を受けた魔物達は魔石ごと炭化したが、その同胞の骸を足蹴にして、後から魔物の群れが殺到して来る。

先頭を走るのは、顎門を開いてそこから真っ赤な火炎をのぞかせているヘルハウンドだ。

 

「ベルさん、トドメをお願いします!」

 

リリルカがそう叫ぶと同時に、火を吹きかけていたヘルハウンドの口内に、正確に矢が突き刺さった。ヘルハウンドは貫かれた穴から炎が吹き出して立ち往生している。

その光景に目を見開いたマックダンの横を、さらに続けて矢が走り抜け、モンスターを串刺しにする。

 

「やるな、ちっこいの!」

 

思わずマックダンが背後を振り返ると、矢を放ったばかりのリリルカと目が合った。その目は「いいから、前向け!殴れやボケ!」と雄弁に語っている。

 

「ハァアアア!!」

 

間髪入れずに、ベルが突進してヘルハウンドにトドメをさした。両手で構えるにしては小ぶりな剣が振り下ろされると、青白い稲妻がほとばしる。

 

「ベルっち、頭下げるにゃ!!」

 

さらに、言うが早いかアンジェリカが槍を振るった。ベルが絶妙なタイミングで頭を伏せた瞬間、迫っていたアルミラージをまとめて数匹たたき落とす。

 

「ロイドさん、アンジェリカさんのカバーに入ってください!」

 

「よし来た、まかせろ!」

 

長物を振り切って無防備なアンジェリカのカバーに、盾を構えたロイドが入るのを見て、マックダンは感心した。

大手ファミリアのおこぼれに恵まれてランクアップしただけの幸運な奴ら(ラッキーズ)だと思っていたが、中々連携がとれている。

 

「奴らの足が止まった!たたみかけろ!!」

 

「「「おう!!」」」

 

この気を逃さず、マックダンが剣を掲げると、ようやく腹をくくったのか、彼の仲間も鬨の声を上げて切り込みをかけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……ややあって、魔物共を残らず平らげた一行は、その場で休憩を取っていた。

どこから魔物がポップしてもいいように、周囲を交代で見張りながら負傷した仲間の手当をしつつ、水や食料を口に入れている。

 

「何とかなったね、リリ」

 

「ええ。久々に死ぬかと思いました」

 

ベル達は酷使した武器のチェックに余念がなかった。

 

普段からベルはダンジョンから戻ると、何をおいてもまず愛剣の手入れをする。モンスターを切って付着した血や脂の汚れや滲みを、丁寧に洗い落とし、錆びないように乾いた布でよく拭う。最後に薄く錆止めの油を塗って鞘に納める。

これだけのことだが、ダンジョンに潜った日には、毎日欠かさず続けていた。

 

不思議なことにこの剣は未だに刃こぼれ一つ、引っかき傷の一つもできていない。奮発して買った質の良い砥石も出番がなかった。

剣の握りの部分には適度に柔らかく弾力のある素材を巻いてあるのだが、これがまた未だヒビ割れひとつなく、よく手に馴染む。普通なら汗や垢が染み込んで崩れ解れてくるものだが、刀身と同じく多少の汚れを拭えば新品同然だった。

 

「相変わらず、刃毀れひとつない…まだまだ剣に使われてるってことだよね」

 

以前、とある冒険者とダンジョンに潜った日、結構な稼ぎを得たベルは、この剣を専門の職人の手で手入れしてもらおうと、ヘファイストス・ファミリアの店に持ち込んだことがあった。

その時に剣を突き返されながら、言われたのだ。

 

この武器は不壊属性並みの強度と切れ味を両立させ、しかも魔剣並みの魔法攻撃を放つ事が出来るという、世にも稀なる銘品。おそらくは、名のある名工が鍛えた傑作だ、と。

 

そして、同時に言われた。

お前はただ武器に使われているだけだ、と。

 

「それはリリも同じですかね。だいぶ射りましたから、真っ当な弓使い(アーチャー)なら大散財ですよ」

 

リリルカが弦に付いた汚れを布で拭い、歯車に油をさしながら、ベルに応えた。

実際、矢がいくらでも出てくる矢筒型のマジックアイテム無しでは、矢弾の代金だけで破産するだろう。弓をメイン武装に選ぶ冒険者が滅多にいない理由の一つだ。

 

「武器なんて使ってなんぼだにゃ。せいぜい振り回してやればいいって、ウチのファミリアの人らは言ってるかにゃ」

 

本職のヴェルフに槍の穂先の具合を確かめて貰いながら、アンジェリカがどうでも良さそうにそう言った。彼女はズボラな性格なのか、道具の扱いが荒っぽく、毎回のように武器を壊している。

 

「ベルやリリの武器みたいな手入れ要らずの逸品はともかく、職人としちゃあ耳が痛い話だな。武器の扱いは丁寧にするに越したことはないが、それにこだわって命を危険に晒しちゃ本末転倒。……ま、それにしたってあんたはもう少し丁寧にあつかえよな。荒っぽ過ぎて、すぐにぶっ壊れちまうぜ」

 

「にゃはは…」

 

ヴェルフが槍の穂先の差込口の歪みを修繕しながら苦言を呈すると、アンジェリカは決まり悪そうに頭をかいた。

 

ベル達がそんな事を話している一方で、ロイドはマックダンに事情説明を強いられている。

 

「…それで、慌てて逃げ出したってわけっす。面目ねえ」

 

「なるほどなぁ。だいたい分かった」

 

怒り心頭に発していたマックダンだが、怪物進呈(パスパレード)をなすりつけられて這々の体だった、とロイドが力説すると多少は怒気が和らいだ。

 

「おそらく、お前らに怪物進呈(パスパレード)を仕掛けたのは、タケミカズチ・ファミリアの連中だ。極東風の衣装を着た集団となると、他に思いつかねぇ」

 

「タケミカズチ?聞いたことねぇっす」

 

「最近、極東から出てきたファミリアだ。10名足らずの弱小ファミリアだそうだが、極東風ってのが珍しいって、そこそこ名が知られてる。もっとも……極東風といえば最近もっと名の売れてる連中がリヴィラにいるがな

 

マックダンがボソリとつぶやいたのを、ロイドは聞き逃した。

 

「とりあえず地上に戻ったらガネーシャ様と団長に話しておけよ」

 

「合点でさ」

 

彼らの所属するガネーシャ・ファミリアは都市でも最大勢力の一つに数えられていて上級冒険者をオラリオでもっとも多く抱えており、戦力はロキ・ファミリアやフレイヤ・ファミリアにも劣らない。

腕の良いモンスター調教師を多数抱え、年に1度観客の前でモンスターを調教するギルド公認の祭典である怪物祭(モンスターフィリア)を主催していることで名前が知られている。そのおかげか、冒険者達の間でも悪い噂を聞かない希有なファミリアだ。

都市最強と呼ばれてはいるが、ランクの高い者を魅了して引き抜いていくフレイヤ・ファミリアや、美形揃いでやっかまれているロキ・ファミリアなどが、凡百の冒険者から蛇蝎のごとく嫌われているため、ガネーシャ・ファミリアは相対的に評価が高い。

 

また、都市の治安維持活動を務めていることもあり、所属している団員も冒険者にしてはお行儀のいい部類に入るのだが……

 

「もちろん、お礼参りっすよね!」

 

「おうよ!お前のパーティの連中のファミリアにも声かけとけよ。抜け駆けは後で揉める元だぜ」

 

「了解っす!」

 

……それはそれとして団員に怪物進呈なんぞ仕掛けられて黙っているほど、彼らは温厚でもなければ惰弱でもなかった。

 

「まあ、それは一旦置いとくとしてだ。お前らの命を助けた俺らにも、支払いはあっていい筈だよなぁ、ロイド」

 

「感謝してます!ありがとうございましたっ!!」

 

ロイドは満面の笑みを浮かべて頭をさげた。 ほぼ土下座である。

その後頭部を足蹴にしながら、マックダンは攻撃的な笑みを浮かべた。

 

「誠意ってのは、言葉じゃなくてヴァリスの金額だぜぇ」

 

仲間の為に躊躇なく頭を下げる男気を見せたロイドだが、マックダンにも仲間はいる。

死人は出なかったが多数の怪我人が出て、予想外にポーションを消耗してしまった。同じファミリアの後輩だからといって、タダで帰してはパーティの仲間に申し訳がたたない。

 

「しょ、娼館の割引券くらいならあるっす!」

 

「馬鹿野郎!それはお前がどうしても童貞捨てたいからって、俺が連れてってやったアイシャちゃんの店のだろが! 」

 

少し離れたところでこっそり話を聞いていたベルは、わずかに顔を赤らめて、興味深げに耳をそばだてた。

 

「ベルさんの助平!」

 

「また夫婦喧嘩かにゃ?浮気は良くないにゃ」

 

その様子を見て、同じく話を盗み聞きしていたリリルカが面白くなさそうに膝をつねり、アンジェリカが囃し立てる。

 

そんな喧騒はともかくとして、マックダンは債権者を追い詰める借金取りのような邪悪な笑みを浮かべて、ロイドを追い詰めた。

 

「どうせ金ないんだろ?なら、体で払って貰う」

 

「う、うっす!お手柔らかにお願いするっす!」

 

ロイドは稼ぎの半分を装備やポーションにつぎ込み、残る半分は飲み食いや女に使ってしまう。つまり、慢性的にオケラである。

そんなことはロイドがファミリアに入団した時から面倒をみているマックダンにはお見通しだ。

 

「まあ、そう身構えんな。ようはお前らも俺のキャラバンに加われ、っていう話さ」

 

「きゃらばん?……もしかして例のリヴィラ行きの便っすか?」

 

「ああ、そうだ」

 

マックダンは頷いた。

 

18階層『迷宮の楽園』にあるリヴィラの町へ、食料や消耗品を送り届けるために、複数のサポーターと冒険者で構成されるキャラバンが組まれることがしばしばある。

リヴィラを拠点として下層に潜って荒稼ぎする上級冒険者が、行きがけの駄賃に引き受けることも多く、上と下の物価の差を利用して物資をさばくので、そこそこの稼ぎになる。

今回はマックダンがその取りまとめ役だった。

 

これまで地上からの物資の仕入れはリヴィラの住人が気ままにやっていたので、キャラバンも不定期だったが、とある店がリヴィラにできた事から、風向きが変わったとマックダンは語った。

 

どういうカラクリか、その店はリヴィラの平均的な物価に比べて売値がかなり安く、しかも大量に品物を卸しているらしい。

普通はそんなことをやらかせば、同業者から寄ってたかって袋にされそうなものだが、その店主というのが女だてらにやたらと腕っ節が強く、直接的な恐喝や嫌がらせに赴いた同業者は例外なく18階層に広がる湖の魚の餌になったという。

しかも、都市の勢力図を二分するロキ・ファミリアと太いパイプを持つらしく、手がつけられないそうだ。

 

「……さしものリヴィラの荒くれどもも頭を抱えたというわけさ。で、出した答えがこのキャラバンだ」

 

それまで各自で好き勝手にしていた仕入れを改め、手を組んで定期的に大規模なキャラバンを委託することにしたのだ。

単価を下げて真っ当に商売で対抗というわけだが、おかげでリヴィラの物価は全体的に値下がり傾向にあった。

 

もちろん、そんな事情は委託を請け負った冒険者達には関係ない。

話を聞いたロイドは不安そうな表情を隠さなかった。

 

「事情はわかったっす。でも、俺らはまだLv.2に上がったばかりっす。しばらく中層の入り口あたりで慣らしてこうかと思ってたんすよ。流石にいきなりリヴィラまではちょっとキツイっす」

 

「心配すんな。俺の見たところ、お前のパーティはかなり筋のいいのが揃ってる。あの小人族の嬢ちゃんとか、うちに引き抜きたいくらいだぜ」

 

「引き抜きは、勘弁して欲しいっす!」

 

ようやく連携がとれてきて、さあこれからという頃合いで、いきなりパーティ瓦解の危機とかシャレにならない。

特にリリルカはパーティの目と耳を兼ね備える司令塔だ。

 

「それはお前の働き次第だ」

 

「う、うっす」

 

マックダンが真顔で断言すると、ロイドが折れた。

 

「なぁに、お前らにも悪い話じゃあないだろう?リヴィラまで引率付きで遠征できる機会なんざ、そうはないぜ」

 

「確かに、いずれはリヴィラに行きたいと思ってたっす」

 

そう言われると、ロイドにもこれがチャンスに思えてくる。

大手のガネーシャ・ファミリアに所属しているとはいえ、ランクアップしたばかりのロイドが大人数の遠征に加われる機会はそうそうない。中小ファミリア所属の他のパーティメンバーにいたっては、それこそ滅多にないチャンスだろう。

 

「リヴィラの依頼主どもが積荷を欲張りすぎてな、サポーターの手が足りてねぇ。重いし嵩張るしで青息吐息さ。ていうか、さっきもちょっと危なかった。かといってフリーのサポーターってのは、当たりハズレがあるだろう?その点、お前らなら御誂え向きだ」

 

つまりはリヴィラまでタダで荷物運びをさせたいらしい。ついでに護衛としても期待されている。

 

「行き帰りの飯と水、それにリヴィラでの寝床は保障してやる。ついでにヤル気があるなら、ダンジョン下層ってのを体験していけばいい。いい経験になるぜ」

 

ファミリアの先輩にそこまで言われると、ロイドも徐々にヤル気になってきた。

 

「…ちょっと仲間と相談させて欲しいっす」

 

「おう、もう少し休んだら出発だ。早くしろよ」

 

結局、そういうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまん!そういうわけで頼む!」

 

両手を目の前で合わせて、頭を下げるロイドに、仲間達も苦笑した。

 

「僕は気にしてないよ、ロイド。大人数の遠征に参加するなんて初めてだから、むしろ楽しみだよ!」

 

まず、ベルが乗り気で頷いた。

 

「ですね。そもそも、あの人達に助けてもらわないと危なかったわけだし。でも少しくらい手間賃が欲しいですかね」

 

リリルカが抜け目なく賃上げを交渉できないかと提案する。

 

「そいつは働き次第だってさ。すまねえが、そのな…」

 

「ああ、そこまでこだわってませんよ。さっきのパスパレードの魔物の魔石も半分貰えたし、収支はトントンだと思います。いずれリヴィラに行くための訓練だと思って、今回は割り切りましょう」

 

リヴィラ行き自体には、ヘスティア・ファミリア所属の二人は特に問題ないようだった。実際、弱小ファミリアからすれば、むしろ良い機会なのだ。

ベル達にとって心配なのは拠点(ホーム)に残してきた主神様が心配することだった。

18階層までとなれば、あと5階層分の距離だ。行き帰りを含めて二日分は見ておく必要があるだろう。

元々ダンジョン中層へのトライとなると、往復にも時間がかかる。最悪何日かは帰らないと、出てくる時に主神には告げているので、問題はないだろうと考えた。

 

「まあ、しゃあないかにゃ。ガネーシャ・ファミリアまで敵に回したくないし。ていうか例の連中、タケミカヅチ・ファミリアだったっけ?……奴ら、絶対締め上げちゃる」

 

アンジェリカは不承不承頷いたが、心は怪物進呈をやらかした連中への報復に傾いているらしい。ここはガネーシャ・ファミリアに歩調を合わせるべきだと考えたのだろう。

 

「俺もいいぜ。Lv.1でリヴィラまで行けるなんざ、思ってもみなかった。それに、うちの団長がロキ・ファミリアの遠征に同行して深層に潜ってるんだ。うまくいけば、リヴィラで落ちあえるかもしれない」

 

ヴェルフにも異存はないようだ。

 

「じゃあ、行くか、リヴィラへ!」

 

「「「異議なし!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

……この判断が、後にリヴィラにとてつもない災いを招くキッカケになろうとは、この時は誰も予想していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

時同じくして、一人ホームに残っていたヘスティアの下に、珍しい来客が訪れる。

 

「やあ、タケ!久しぶりじゃないか!」

 

久しぶりに会うヘスティアの友神、タケミカヅチは顔色が悪かった。

 

「…ヘスティア、久しいな」

 

「今、うちの子たちはダンジョンに行っていて、何日か留守でね。あいにく何もないけど、ゆっくりしていってくれよ!」

 

ひとまずお茶と、バイト先からもらってきたジャガ丸くんを用意しようとしたヘスティアの前にもう一人、珍しい来客が姿を見せる。

 

「やあ、ヘスティア。久しぶりだな」

 

「…ヘルメス?まさか君がタケと一緒に訪ねてくるなんて、珍しいね」

 

困惑するヘスティアの前で、いきなりその場に土下座するタケミカヅチ。

 

「ヘスティア、すまぬ!この通りだ!」

 

「…?いったい、どういうことだい?」

 

神・ヘルメスはなんとも言えない薄ら笑いを浮かべながら、その様子を眺めていた。

 

 


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