ダンジョンにユグドラシルの極悪PKがいるのは間違っているだろうか?   作:龍華樹

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いつも誤字修正ありがとうございます。


第19話

「…なんじゃ、ありゃ?」

 

ボールス・エルダーは頭を抱えた。

彼が仕切っているリヴィラの町の目の前にモンスターが迫っている。 ここは『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』などと呼ばれてはいるが、モンスターが全くいないわけではないので、それ自体は珍しくない。ただし、これでも長いこと冒険者稼業をやっているが、極彩色をした触手の群れが寄り集まった巨大な人型モンスターなど、見たことも聞いたこともない。

巨人型のモンスターといえば17階層の迷宮の孤王(モンスター・レックス)、ゴライアスが真っ先に思い付くが、目の前に迫るアレは似ても似つかなかった。

 

「見ての通りですよ、ボールス。アレはただのモンスターではない」

 

冷や汗を流しながらそう言ったのは、ヘルメス・ファミリアの団長、アスフィ・アル・アンドロメダ。

ほろ酔い気分のボールスをここまで連れ出し、酔いを完全に消し飛ばしてくれた下手人である。

ボールスとは取引を通じて多少の付き合いがあるのだが、この女が来るときは決まって厄介を運んでくる。しかも、今回のこれは飛び切りだ。

 

「ク、クソっ…なんで俺ばっかり…ちきしょう!」

 

「ボールス、しっかりなさい!アレは、いつぞやリヴィラを襲った極彩色のモンスター、その集合体です」

 

「あ?…アレか!!」

 

言われて思い出した。

以前、ガネーシャ・ファミリアの高ランク冒険者がリヴィラの売春窟で殺された事件の際に、町を蹂躙した植物型モンスターだ。

 

ボールスは恐怖に駆られた。あの時は頭のおかしいロキ・ファミリアの第一級冒険者達が勢揃いしていたから勝てたのだ。しかし、間の悪いことにあの連中は今朝方、下層に向かったばかり。とてもではないがボールスの手に余る。

 

「こんなもん逃げるが吉だ!まともにやりあえるか!」

 

「私だって出来るものならそうしてます!残念ですが、南の洞窟は崩れ、退路は絶たれました!」

 

つまり、今現在この階層にいるものは漏れなく袋のネズミだ。

 

「放っておけばアレはいくらでも仲間を呼び集める!それはあの時居合わせたという貴方の方が詳しいでしょう?力と数で蹂躙される前に、この町の冒険者とありったけの武器を集めて対抗するしかない!」

 

どうあがいても、やるしかないのか…ヂッギショー!!!

 

せっかく頭を悩ませていた問題が解決したというのに、今度は町そのものが消し飛びかねない厄介事。あまりにタイミングが悪すぎる。これは何かの陰謀か。

このところ人生が上手く回っていないように考えていたボールスは被害妄想を募らせた。思えば馴染みの娼婦のアイシャちゃんが自分に靡かないのも、あのキルコとかいうバケモノ女がリヴィラに来たのも、何もかも誰かの陰謀だ。そうに違いない。いったいどこのどいつの仕業だ?!

 

「ククク…どこのどいつか知らねえが、そこまで俺が憎いのか!!」

 

「…?ボールス?」

 

何やらキチガイを見る目で見られたが、それどころではない。ボールスの脳みそは常になく回転し、自分を襲う一連の不幸の元凶を導き出した。つまり、犯人は…

 

「…あの時の女…赤髪のテイマーの仕業か!!ふてー女だぜ!復讐か?報復か?逆恨みもたいがいにしやがれクソが!!」

 

すべてあの女が悪い!そうに決まった!見つけ出したらタダじゃおかねぇ!!ヤキいれたるわ!!

…ボールスはこの件が終わったら全力を挙げて赤髪の女テイマーを探し出すことを決めた。

 

そうと決まればまず目の前のデカブツをなんとかしなければなるまい。

 

「話は聞いてたな、てめェら!」

 

ボールスは背後に勢揃いして、迫り来る巨人に慄いているリヴィラの住人達を睨みつけた。

 

「あの化け物と一戦やるぞ!今から逃げ出しやがった奴は二度とこの街の出入りを許さねぇ!!」

 

「「「おう!!!」

 

はっぱをかけると、目に戦意をみなぎらせ始める。

不満はあるだろうが、曲がりなりにも18階層(ここ)まで来れる猛者ばかり。そう馬鹿でもないし臆病者でもない。

 

「よし!武器と防具だ、ありったけ持ってこい!」

 

普段はボッタクリ上等のリヴィラだが、街の危機なら話は別だ。各人が溜め込んでいる物資を次々と放出していく。

特に元締めであるボールスにはこういう時こそ器量が求められる。最大限の負担を覚悟しなければならない。

幸い、例のキルコから受け取った品々を本業の貸し倉庫にまとめて放り込んだばかりで、物はある。既に前金は支払い済みなので、少なくない出費だ。後で傘下のチンピラどもに露店で捌かせる予定だったが、それを全部放出する。

 

ただし、ボールスは自分一人だけが損をする気はなかった。こうなれば道連れだ。

 

「おい、お前。キルコのところに知らせに行け!」

 

「は、はい!」

 

このままリヴィラごと店を壊されては、流石のキルコとて大損害を受けるだろう。あいつも出し惜しみはしないはずだ。

 

「…その必要はない」

 

「うおっ⁈い、いつの間に⁈」

 

いつの間にか、ボールスの背後には黒子の衣装と覆面をした人物が佇んでいた。フウマとかいうキルコの手下の一人だ。

 

「キル子様は上の街に出かけられて不在だ」

 

「なんだと⁈」

 

ボールスは舌打ちをした。タイミングが悪い。

 

「案ずるな、こういう場合の手筈は事前に指示されている。できる限り、協力は惜しまぬ」

 

フウマは両手の指をゴキゴキと鳴らした。

戦意は十分らしい。剣呑な連中だがこういう時は頼もしさを感じる。

ボールスも気合いを入れ直した。

 

「よし、まずは魔法使いだ。詠唱を揃えていっせいに仕掛ける。急げよ!」

 

 

 

 

 

 

…その様子を《完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)》の魔法で姿を隠しながら眺める者がいた。

 

「ボールスめ、やればできる子じゃないの」

 

もちろん、悪役令嬢・キルトに扮したキル子である。

あの人型ぺんぺん草をぶちのめすにあたって、少々小細工する必要を感じたので隠れて待機していたが、この分ならリヴィラの連中は何もしなくてもアレに向かってくれそうだ。

目障りなモンスターとキル子に反発するリヴィラの連中が潰し合うのは好都合。双方に梃入れして高みの見物、適当に弱らせてから美味しいところを頂く。さすがはギルマスのインストラクションである。

 

それにしても、あの巨人型ボス…すでに体中が蔦と触手だらけで巨人と呼んでいいのかすら怪しいが、アレに似ている。PKの合間の暇つぶしに見たモンスタームービーに出てきた植物型モンスターに。

某ギルメンのインテリ爺こと「死獣天朱雀」に聞いたことがあるのだが、古代日本はモンスタームービーの特産地として知られていたらしい。特に口からビームを撃つ恐竜型モンスターが人気があったそうだ。オーガニック・マグロをむさぼり食う贅沢なやつらしいが、古代人の趣味はよくわからない。確か6階層のアウラのペットに似たようなのが居たはずだ。

暇つぶしに版権切れでネットに流れていたのを何作か見たが、そのうちのどれかに出ていた植物怪獣にそっくりだ。特に一回倒された後で、パワーアップしてリベンジしてくるところがよく似ている。

迷惑な話である。今度は二度と蘇生できないように殺してやる。

 

「となると、やっぱり段取りというか、ちと小細工が必要か…」

 

ただ、何人かボールスに反抗的な態度を示している者がいるのが、少々気にかかった。

 

「おいおいおい、死ぬぞ俺ら!」

 

「さすがに逃げる一択だろ!前の時だってロキ・ファミリアの連中しか相手にならなかったんだぜ!」

 

「町なんざ建て直しゃいいじゃねーか!リヴィラはそうやって何百回も復活したんだ!」

 

「ボールスの野郎、例のバケモン女に大枚掴まされてんじゃねぇのか?!」

 

「ケッ…こちとら商売あがったりだってのによ!いっそ全部潰れてくれた方が清々するぜ!」

 

口々に不平不満を並べ立て、 機を見て逃げ出そうとしている。むべなるかな。

クソどもめ、動死体(ゾンビ)に変えて負属性ダメージをばら撒く自爆スキル【死体爆弾(ネクロボム)】を仕込んで、文字通りのゾンビアタックにでも使ってやろうか?

いっそのこと、あの連中を根こそぎ動員して万歳アタックでもするか。かなりのHPを削れるだろう。

悲しいけど戦いの最中に不幸な事故は付きものなのよね。町を守るために我が身を犠牲にするとは、流石リヴィラの男である。尊い犠牲だ、ケケケケ………ん⁈‼︎

 

ひとまず最初の獲物の首を掻っ切るべく、適当に視線を移した男の一人。頭から耳が突き出ている。獣人だ。それも狼人(ウェアウルフ)。顔立ちはいたって凡庸で、ずんぐりとした体型をしている。

()とは似ても似つかないが… 毛並みは()()

それだけで、煮え立ったキル子の頭に冷や水をかけるには、十分だった。

  

嘆息を一つ。そしてインベントリから煙管を取り出し一服つけると、キツいメンソールの香りを吸い込む。

 

昔の仲間に見られたら、日和ったかと笑われるかもしれないが…

 

「…彼なら、どうしたかな」

 

弱い奴らだと、罵るだろうか。それとも…

 

まあ、急いだヒキャクがカロウシした、という格言もある。やり過ぎは良くない。ここは顔役殿に陰ながら協力する程度にしておこう。

真の恋の道は荊の道である(The course of true love never did run smooth.)」。キル子がナザリックの宝物殿の扉の一つに、キーワードとして指定した言葉だ。

 

その場の人間がボールスに気を取られているうちに、さりげなく反抗的な態度をとっていた男の一人に近づき、軽く肩を叩く。攻撃判定(アクティブ)が成立して、《完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)》は自動的に解除された。

 

「…そこの貴方、少しよろしくて?」

 

「おっと…?俺のことかい、ねえちゃん?悪ぃが今は忙しいんだ、またな」

 

不意に強い衝撃を感じて男はよろけたが、同時にその場に現れた絶世の美女を訝しげに眺めた。

男も状況が状況なら鼻の下を伸ばしただろうが、今はそれどころではない。ひとまず追い払おうとしたのだが、それよりキル子の方が早かった。

 

「《人間種魅了(チャーム・パーソン)》」

 

途端に男は目をトロンとさせ、夢見心地のように全身から力を抜いて脱力する。

 

「ボールスの言うことにも一理ありますわ。今回はみんなで協力してあのモンスターを倒すべきよ。貴方のお仲間にも、そう説得してね」

 

「…そう、だな。そうするか」

 

フラフラと立ち去る男を見送って、キル子は鼻を鳴らした。もう何人かに同じ処置をする、こんなところか。

この魔法を使うと魅了効果が切れた後でも記憶が残ったままになるが、この程度なら後で誤魔化しが利く。

ユグドラシルには《記憶操作(コントロール・アムネジア)》なんて魔法もあるが、残念ながら本職の魔法詠唱者ではないキル子には使えない。

 

キル子は手元の数珠型腕時計を操作した。備わった機能の一つを起動させて《伝言(メッセージ)》の魔法を発動する。

 

〈ハンゾウ、そのまま聞きなさい〉

 

〈ハッ!〉

 

魔法を使って呼びかけると、キル子自身の影の中に潜んでいたハンゾウの一人が微かに身じろぐのを【気配察知】のスキルによって感知する。 いざという時の為の護衛役だ。

 

〈私はこれから、あのモンスターに仕掛けます。貴方達も適当に戦いながら、周りの冒険者達が危なそうになったら、可能な範囲で助けてやりなさい。ここが恩の売り時よ、せいぜい高く売りましょう〉

 

人間というのは面白いもので、普段から良いことをしている人物の善行よりも、不良の見せたちょっとした優しさの方が、強く印象に残る。

そう、DV男は殴った後に急に優しくするのだ。それで勘違いして騙される…クソが。やっぱりチャラ男に人権はないな、ゾンビ爆弾でどうぞ。

その辺の機微はかつてのギルメンの「ぷにっと萌え」が詳しくて、時にはPKした相手のドロップ品を返すなどして、恨みを抱かせないようにヘイト管理をしていた。まあ、やたらめったらヘイトを稼ぎまくって彼に頭を抱えさせる極悪PKがいたそうだけど、知らない子ですね。

 

それはともかく、リヴィラに開いた店は何故かやたらと同業者に敵視されている。ニンジャ達を使って多少なりとも印象を改善しておきたいところだ。

目に見えない恩というのは、存外バカにしたものではない。こうやって影響力を積み重ねれば、この素晴らしい世界にまた一つ、根を下ろすことができるだろう。

 

〈ただし、無理はしないでね。貴方達の方がよほど大事だから〉

 

何せ、召喚するのにかなり大量のユグドラシル金貨を消費した。無理して死なれでもしたら、大損である。

 

〈…!…承知いたしました。されど、我らは主様に尽くす為の存在。如何様にも使い潰しくだされば、本望で御座います!!〉

 

…おや?なんかこいつ、急にやる気出したような…?

 

〈僭越ながら、キル子様の御店(おたな)に手を出してきた奴輩の背後で、糸を引いていた者どもは既に調べ上げておりまする。御命令頂ければ、この騒ぎに乗じて速やかに排除致しますが〉

 

うわっ…この子達の忠誠心高すぎぃ…!

 

家に火がついていれば泥棒してもバレにくいとのコトワザもあるので、言いたいこともわからないではないのだけど…

 

〈…う、うーん、今はいいかな?いずれ心変わりして、未来のお客様になってくれるかもしれないし…?〉

 

殺せば(スクロール)、生かせばお客(金蔓)である。

 

〈ハッ!差し出口をたたきました。何卒、お許しくださいませ〉

 

〈いえ、気持ちは嬉しかったわ。ありがとう〉

 

キル子は《伝言(メッセージ)》を終了させた。

なんかやたら忠誠心高いけど、ニンジャ達は優秀だ。戦闘能力は物足りないが、この手の工作には申し分ない。

呼び出す時、召喚コストがより安上がりな虫型傭兵NPCのエイトエッジ・アサシンか、戦闘能力に秀でた悪魔系にでもしようかと思ったが、人前に晒すことを考えると人型NPCの方が使い勝手が良い。

後で休暇かボーナスを取らせてあげるべきだろう。かつて大変お世話になったリアルのクソみたいなブラック企業の経営者とは違うのだ。ホワイトな職場を目指さないとね。

 

「ククク…あとは、ベル君の好感度を稼げるタイミングで介入すれば…フヒ!!これぞまさにサイオー・ホース!」

 

こんな会話をしながらも、キル子の目は巨人の一挙手一投足に注がれており、万が一、例の広域魔法を使う素振りを見せようものなら、たちどころに止めに入れるよう備えている。

先ほど、かなり長めの詠唱をしていた際にはもう割って入ろうかとも思ったが、結果的には不要だった。赤毛の奇麗な顔のイケメンボーイが何らの手段でその魔法を暴発させたのだ。

 

「っていうか…確かあの赤毛の坊やは、ヘファイストスのところの鍛治師見習い君、だったかな?」

 

ヘファイストス・ファミリアにはわりと出入りしているので、何度か見かけたことがある。キル子の記憶力は気になった男子の顔だけは忘れない。

そのイケメンは人型ハエトリ草に追いかけられて涙目で逃げている。何やら子犬か何かのようでかわいらしい、とキル子は思った。ベートやベルとは違った魅力を感じる。

キル子にロックオンされるというデスノボリを立てた不幸な男は、今まさに踏みつぶされようとしていた。

 

ふざけんな、イケメン様は同じ重さの七色鉱より貴重やぞ!

 

瞬時に《束縛する地獄の鎖(バインド・オブ・ヘルズチェーン)》の魔法を唱え、クソ巨人野郎をガチガチに拘束する。

 

「お聞きなさい、邪悪な怪物!!愛と正義の美少女戦士、キルト!新たな時代に誘われて、華麗に活躍ですわ!!」

 

口上も高らかに、悪役令嬢・キルトに扮したキル子は颯爽と登場をかました。

まさに狙い澄ましたタイミング。まずはラブポイント1点は固いだろう。

 

世にも邪悪な怪物(キル子)に『邪悪な怪物』呼ばわりされる屈辱を味わわされた穢れた精霊は、怒髪天をつくような形相を浮かべてキル子を睨んでいる。

 

「ソイツ殺セナイ!!邪魔スルナァアアア!!」

 

「お馬鹿さん♪邪魔するに決まってますわ!」

 

キル子は鎖を引き絞って、締め上げた。何とか抜け出そうと暴れているが、鎖は軋むだけで小揺るぎもしない。

アホめ、レベル差がかなりあるから抜け出せるものか。

 

今のうちに追撃したかったが、第八位階魔法《束縛する地獄の鎖(バインド・オブ・ヘルズチェーン)》は使用中に両手がふさがり、他の行動が制限される。

武器攻撃が不能になるのは物理攻撃職にとって致命的な欠点だが、代わりに拘束力が非常に高い。拘束された相手は魔法の詠唱や能動的な特殊能力(アクティブ・スキル)も使用不可となる。時間稼ぎにはもってこいで、パーティプレイで味方の援護をするのが基本的な使い方だ。

キル子がこうやって無力化した敵に、攻撃力が恐ろしく高いが攻撃速度が非常に遅い武器『素戔嗚(スサノオ)』を携えた「弐式炎雷」がトドメを刺すのがセオリーだった。

 

もっとも、この魔法には弱点もある。

 

「カルマ値は『中立』よりの『悪』。持って一、二分か…」

 

相手のステータスからして、いくら暴れても破壊されることはないだろうが、この魔法の拘束時間は相手のカルマ値に依存する。

 

ユグドラシルでは重要なステータスの一つとして、カルマ値というものがある。キャラクターの性質を表すものであり、+300から-500まで各々『極善』『善』『中立』『悪』『凶悪』『邪悪』『極悪』の7つのタイプに分かれていた。

ちなみにキル子は『極悪』、タイトル詐欺ではない。ある特殊な職業クラスに就いているせいで、数値的にはマイナスのシステム下限値を更に下回っているのが困りものだ。おかげで、カルマ値の低い対象への特攻がやたら良く効く。

 

この数値は一部の魔法・スキルの効果や使用条件、装備品の装備条件等に幅広く関係している。特にプラスやマイナスに偏っている存在に特攻ダメージを与える職業クラスやアイテムの存在は、押さえておかないとPVPで痛い目をみる。

例えば、有名なのは使いきりのために特に効果が高い「20(トゥエンティ)」と呼ばれる世界級アイテムの一つ『光輪の善神(アフラマズダー)』。世界(ワールドサーバー)一つを覆うほどの効果範囲を持ち、カルマ値がマイナスの対象に絶大な効果を発揮する。 キル子はかつてコレが発動する場面に居合わせたことがあるが、えらい目に遭った。

 

束縛する地獄の鎖(バインド・オブ・ヘルズチェーン)》も対象のカルマ値によって効果の変わる魔法の一つだ。カルマ値がマイナスに高い対象なら破壊されない限り最大効果時間まで確実に拘束できるが、逆に『極善』ならば、そもそも対象にとることすらできない。

できればカルマ値を引き下げる能力の援護が欲しいところだ。かつて仲の良かった女性ギルメンがそういうのを得意としていた。

「ぶくぶく茶釜」は自身に攻撃した相手のカルマ値を極限まで下げるスキル《生贄》を使えたし、「やまいこ」はカルマ値がマイナスの場合よりマイナスになる超位魔法《オシリスの裁き(ペレト・エム・ヘルゥ )》を使うことができる。

あるいはその状態でサムライ系ビルドの「武人建御雷」あたりが、五大明王コンボを食らわせればあの程度のボスなんぞ瞬殺だろう。

 

残念ながら、これだけの巨体を持つ敵を長時間足止め可能なのは、キル子の手持ちだとこの魔法だけだ。

ひとまずヴェルフは逃げ切れたので、良しとしよう。

 

「皆さん、そう長くはもちません!!今のうちに態勢を整えてくださいませ!!」

 

キル子が呼びかけると、この場のリーダーらしき大柄な両手剣の使い手から応えがあった。

 

「あ?…ああ!助かった、かたじけねぇ!!野郎ども、今のうちにポーション使っとけ!!」

 

「了解です!」「合点でさ!!」「リリっち、ポーション分けてくれない?さっき全部ロイドに使ったにゃ!」「いいですよ、半分こしましょう」

 

ベル達もこの男に従っているようだ。むさくるしい無精ひげを生やらかした巨漢である。趣味ではないので一目見るなりキル子は興味を失った。

 

キル子の視界にだけ表示されている拘束時間の残りカウントを眺めながら、この後どうするか考える。あまりやりたくはないが、ニンジャ達を動員してタコ殴りさせるのが無難だろうか。

 

「下がれ!デカイのがいくぞ!!」

 

そんなことを考えていると、頭上から叫び声が聞こえた。

 

同時に、無数の魔法らしき光が巨人に着弾した。炎、氷、雷に風、その他雑多な魔法が次々に命中し、巨軀を砕き、揺らがせる。

さらに、大勢の冒険者が雄叫びを上げながら駆けてくるのを見て、キル子は鼻を鳴らした。リヴィラの連中め、ようやく出てきたか。

 

安全階層(ここ)で好き勝手してんじゃねーぞ、クソモンスター!!」

 

「叩き潰してやらぁ!!」

 

「おうおう、おあつらえ向きに動けねーのか!」

 

「臓物ぶち撒けて、俺らに功徳施せや!」

 

リヴィラの冒険者達は、嬉々としてボスをぶち殺そうと群がった。

頼もしいと言えば頼もしいのだが、コイツらはオラリオの冒険者よりずっとガラが悪いのだ。

ともかく、これで一息つける。リヴィラのヤクザどもよ、せいぜい頑張って働くのだ。レベル20台がせいぜいの雑魚ばかりなので、大半は溶けて消えるだろうがな、ケケケケ!

 

ちょうどそのタイミングで、魔法の鎖は砕け散った。

 

「時間切れです!皆さま、気をつけてください!図体が大きいけど、こいつ意外に素早いですわ!」

 

巨人は鎖から解き放たれると、さっそく群がる者を蟻のように叩き潰し始めた。

冒険者達は踏み潰され、蹴倒されてはいるが、意外にも致命傷を受けた者はまだいない。伊達にダンジョン内部で暮らしているわけではないらしい。

 

遠巻きに見守っていたベル達がキルトに駆け寄ってきたのは、そんなタイミングだった。

 

「キルトさん!」

 

「あら、お久しぶりね、ベル君」

 

微笑んで軽くウィンク。ベルの頬に薄く紅がさすのを確認すると、優越感に浸った。

う〜ん、ディ・モールトなベネ!素直で強くて可愛い若い子に慕われるとか、やっぱりイイネ!

 

内心ご満悦なキル子だが、もう一人、先程要チェックしたばかりのイケメン君が現れる。

 

「ヴェルフだ。あんたのおかげで助かった。礼を言う」

 

律儀にも頭を下げにきたのは、赤髪の鍛治師見習い、ヴェルフ・クロッゾ。

礼儀正しいのはなかなかキル子的に好感度が高い。ラブポイントにプラス1だ。

 

「フフ、お気になさらずに。袖振り合うのもエンゲージですわ」  

 

キル子は微笑みながら手を差し出し、さりげなく握手を交わした。もちろん、手が触れ合った瞬間に【標的の印(ターゲットサイン)】を貼り付けるのを忘れてはならない。後でこっそりストーキングである。

 

「あ、姉御!お久しぶりっす!」

 

「どうもですにゃ!」

 

…ん?誰ぞコイツら?

 

イケメン様以外は正直どうでも良いのだが、なんとなく見覚えのある連中が嬉しそうに頭を下げてくるので、キル子は首を捻った。

 

…ああ、確かベルとパーティー組んでたモブどもだったか?

よいよい、ベルの盾兼引き立て役として頑張るんじゃぞ。

 

「…えーと、確かロイドさんに、アンジェリカさんだったかしら?」

 

もちろん、そんな内心は()()()にも出さず、外面を取り繕うキル子である。【死神の目】に映るユニークネームを見つめながら、しれっと惚けてみせた。

 

「お、俺の名前を覚えてくれてたんですか、姉御!嬉しいっす!光栄っす!」

 

「………」

 

何やら喜色満面なモブ顔の男と、それを複雑な顔で見守る赤毛の猫人(キャットピープル)を見て、キル子の鋭敏なラブセンサーは仄かに薫るラブ臭をとらえた。

 

猫耳娘さんや、そんな顔しなくてもとりゃしないわよ。悪いけどあなたの男に興味はないんよ。顔が趣味じゃないからな。

 

「…ご、ご無沙汰してます、キルト様」

 

ところでベル君の背中にしがみついて此方を窺っているリリルカなアーデさんや、君ちょっと距離感近くない?処す?処す?ダンジョンは大変危険ですわよね、オラ。

 

「ええ、お久しぶりね、リリルカさん。ベル君と同じファミリアに入ったのですってね。一応、おめでとう、を言わせて頂くわ」

 

軽く青筋をたてながらも笑顔を崩さないキル子であったが、目はまったく笑っていない。その顔をみたリリルカは、何故か怯えて一歩下がった。…自覚はあるのね、泥棒猫!

 

人のいぬ間にやらかしたらしい小娘に、少しばかりOKYU(拷問)をすえる必要を大いに感じたキル子だったが、その時、常時オンにしている感知スキルに妙な反応があった。

 

何かが、上空を飛行している。

 

「…上!?《食い散らかす(イートアンダイディ)…!!」

 

思わず叩き落しかけて、慌てて止めた。

見上げれば、水色の髪に銀枠の眼鏡をかけた理知的な雰囲気の女が、靴から羽をはやして自在に空を駆けている。どう見ても冒険者だ。

 

万能者(ペルセウス)だ!!」

 

「アンドロメダめ、あんな隠し玉があったのか!!」

 

歓声があがった。【死神の目】に映る視界に表示される名前は「アスフィ・アル・アンドロメダ」。どうやら有名人らしい。羽を生やすタイプの飛行魔法かアイテムでも使っているのだろう。

 

「よおおおし、お前ら!アンドロメダが囮になるから心置きなく詠唱を始めろぉ!」

 

「ボールスぅぅ!あとで覚えてらっしゃい!」

 

どうやらあの女、あえて目立つことで自ら囮になっているらしい。中々豪儀なことである。悪党ばかりのリヴィラの住人にしては珍しい。

しかし、景気よく飛び回ってるが、あの程度の速度と旋回能力だと…

 

「…って⁈…キャアアアア!!!」

 

緑色の触手が群がって、即座に叩き落された。まあ、そうなるな。

あれは硬いし強いし、長く伸びる。数も多い。捕らえられて引き千切られるか、食い殺されなかっただけでも運がいい。

 

飛行能力はユグドラシルでもさほど珍しくもなかったが、高速飛行に特化した職業に就いているか、そういう種族でもなければ戦闘中に飛ぶやつはあまり居なかった。空中での三次元戦闘はプレイヤースキルを要求されるし、あちらでは対空迎撃手段が豊富だったのも理由だ。足場が安定している場所なら、地面を走った方が早いし安全である。

 

「アスフィ!!」

 

悲鳴を上げながら落ちた女に取りすがったのは、何やら見覚えのある優男…確か、ずいぶん前に出会ったチャラ男ではないか。

標的の印(ターゲットサイン)】を貼り付けたはいいが、すっかり忘れていた。傷ついた女を助けようとは、見た目チャラ男のくせにそこそこ気骨はあったらしい。

まあ、囮は多いほうがいいか。手助けしちゃろう。

 

伝言(メッセージ)》の魔法を使って指示を下すと、即座に数人ばかりのニンジャ達が【不可知化】のスキルを解除して、チャラ男とその腕に抱かれた女の前に立ちふさがる。

 

チャラ男ことヘルメスは、女をかばう様にして、突如その場に出現したニンジャ達に身構えた。

その対応は実際正しい。本来なら自在に姿を隠し、不意打ち(アンブッシュ)からカラテ・チョップによる致命の一撃(クリティカル・ヒット)を放つ恐るべき傭兵NPC(手練れ)である。

 

「こ、こいつらは確か例の店の…?!…まさか、バレたのか?

 

何やら冷や汗を流しながら警戒しているチャラ男を他所に、ニンジャ達はどうでもよさそうに顔を背けて巨人に対して構えた。

 

「「「ワッショイ!!」」」

 

古代から受け継がれるニンジャの実際正しいカラテ・シャウトを放って、繰り出されるサマーソルトキック!

触手の塊は蹴り飛ばされ、ネギトロめいて爆破四散。だが、即座に寄り集まって再生した。どうやらあの触手が本体を守る鎧の役割を果たしているらしい。

ニンジャ達はすかさず、さらなるカラテ・チョップを叩きこんだ。

 

「す、すごい!!素手でゴライアスを圧倒してる!!」

 

「ヤッベ、奴らあんなに強かったのか⁈」

 

冒険者達は目を見開いて驚いている。

 

「アイエエエ!?」

 

「ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」

 

「コワイ!」

 

「うぁああああ!!ニンジャ!?本物だぁあああ!!スゴイ!!」

 

何やら発狂するほど驚いている和服の集団がいるが、なんだあいつら?ちなみに一人だけテンション爆超で雄叫びを上げて狂喜乱舞するポニテ女子が混ざっているが、 見なかったことにしよう。

 

「和服…噂の極東出身者か?……似通った文化もあるのね。気をつけないと

 

「…?」

 

不思議そうな顔で、キョトンとこちらを見るベルきゅんラブリー。

 

「いや、こっちの話よ。…さて」

 

ひとまずアレの取り巻きの腐れハエ取り草を除草しよう。あんなのが安全地帯(セーフティポイント)に居座ってたらおちおち商売(ぼったくり)もできない。 配下にばかり働かせては主人の沽券にかかわるし、適当に働いてベル君とヴェルフ君の好感度アップだ。

 

ベル達にいいところを見せつけるべく、キル子は秘蔵の神器級武装を開帳することに決めた。

耐久値が下がったら、へファイストスのところに持ち込めばよい。そのくらいは任せられる程度には彼らもユグドラシル産に慣れてきた頃合いである。

 

「よーし、お姉さんちょっぴり本気だしちゃうわよぉ!!」

 

インベントリに手を突っ込み、嬉々としてキル子が取り出したのは、異形の武器だった。

 

ドクンドクンと脈打つ血管のような筋が幾重も刻まれた朱塗りの長い柄に、刃先のみ禍々しいほど金色に輝く巨大な刃が取り付けられた武器、大鎌(サイズ)。いつぞや手慰みに使っていた伝説級の大鎌とは、物が違う。

異様なのはその(ブレード)だ。柄とのバランスが崩れる程に刃の部分が大きい。しかも、その両側に瞼のない血走った目玉が付いていて、ギョロギョロと絶えず周囲を睥睨している。明らかに生きていた。

見た目が不気味な必殺武器というのは純然たるキル子の趣味だ。宝物庫に置いてあるこの手のキワモノ系は大抵キル子か「タブラ・スマラグディナ」のコレクションだった。

 

「まずは一匹!」

 

キシャアアアアア!!

 

その金色の刃が食人花(ヴィオラス)に向かって振り下ろされるや否や、()()怪鳥(けちょう)の雄叫びをあげた。

インパクトの瞬間、長大な刃がパックリと上下に分かれ、巨大な鳥の嘴めいて獲物に食らいつく。ボロ切れのように強靭な体組織を引き裂き、肉を啄まれて食人花はたまらずのたうち回った。

 

「え、えぐい…!」

 

周囲で共に戦っていた冒険者達はドン引きしたが、この武器の有する特殊能力はこれで終わりではない。

 

食人花(ヴィオラス)に食い付いた嘴の奥、真っ赤な口中から蠍の尾めいて節くれだった長い舌が飛び出し、ズタズタに裂けた傷口に潜りこんだ。その先端部の棘が刺さると、瞬く間に肉が腐り落ちる。食人花はもがき苦しみながら膿のようなものを垂れ流して息絶えた。

 

「さぁて、サクサク逝きますわよォ!!」

 

いい笑顔を浮かべながら、キル子は新たな獲物に向かった。

 

「…オエッ!」

 

「…ありゃ、ほんとに武器なのか⁈」

 

「気色わりぃ…!」

 

モンスターの骸から零れ落ちた体液が、異臭を放って地面に穴を開けるのを見て、周囲の冒険者達は恐れ慄き、思った。この女はやべえ、と。

 

キル子の持つ七つの特化型神器級武装の一つ、『金嘴蝎尾蕉(ヘリコニア)』。

鋭い嘴による装甲貫通能力、さらに猛毒による状態異常付与(デバフ)を兼ね備えた逸品。【毒耐性】の装備やスキルを無効化する、極めて希少な【毒耐性無効】のデータクリスタルを使っているので、ゴーレムやアンデッドの様な体質的に毒の効かない種族でもない限り猛毒を喰らって三歩と持たない。

 

見た目に反して『金嘴蝎尾蕉(ヘリコニア)』は槍やスティレットと同じ刺突系武器に分類される。【斬撃耐性】では防げないし【毒耐性】は貫通する。【刺突耐性】で防ぐか回避するしかない。

キル子が好んで使う武器だが、手持ちの武器の大半は心ない連中の手でネットに情報が晒されてしまっている。対策してくる奴らが多くて、その裏をかく装備を用意していたら、七つも神器級を作るはめになった。罪のないちょっとしたPKに対して、大人気ない奴らも居るものだ。

ちなみに状況に応じた特化型の伝説級以下の武装も併せると、総製作費用は膨大である。

 

…え?お前はそんな大金をどうやって稼いだのかだって?

もちろんPKして強奪した金やアイテム…神器級やら希少なアーティファクトやら素材やらを他のプレイヤーに転売したり、NPCに店売りボッシュートしたに決まってるわい。

あとな、エクスチェンジ・ボックスってあるじゃろ。投入した物の材料の価値の分だけユグドラシル金貨を排出するアイテムでな、通称シュレッダー。それに戦利品を適当に突っ込む。あとはわかるな?

いやあ、悲しいなぁ。PKして奪い取った他人の血と汗と涙の結晶をユグドラシル金貨の山に換えるのは本当に心が痛むなぁ。ご飯がすすんで困る。

ついでに、その光景をユグドラシルの提携動画サイトにアップするじゃろ。するとプレイヤーの皆様から阿鼻と叫喚と絶叫と怨嗟のレスが伸びる伸びる。ついでに再生数も伸びて、ストレス解消できる上にお小遣い(リアルマネー)まで手に入るんじゃよ。それで課金アイテムが買えるんだから、PK稼業はやめらんなかったね。

 

 

 

…これこそユグドラシル史上に燦然と輝くキル子の悪行の一つ、『盗難ゴッズアイテム破壊動画生配信(ゴッズをシュレッダーにかけてみた♡)事件』。

このあまりに鬼畜な所業にプレイヤー達は震え上がり、被害者による「いいからコイツを垢BANしろ!」との悲鳴のような要請が運営宛に引きも切らなかったという。今は昔の話である。

 

 

 

…まあ、そんな心温まるエピソードでホッコリしていても仕方がない。

 

「フー ハイ ホー フン!皆さま、あのウドの大木をさっさと切り倒してしまいましょう!」

 

キル子は庭の邪魔な雑草を払うかのように、一撃で食人花(ヴィオラス)を始末していった。

『金嘴蝎尾蕉』は嘴を器用に使って死体から魔石を穿り出し、旨そうに「んがぐっぐ」と飲み込んでいる。可愛いやつよ。しかし、こんな機能付けた覚えはないんだがなぁ。なんか艶々してるし、心なしか攻撃力も増えてるような?…ま、いいか。

 

嬉々として食人花を毒まみれにして屠るキル子だが、そんな『キルト』の勇姿を眺めるベル達一行はといえば…

 

「「「……」」」

 

絶句していた。

当然である。あんなグロテスクな武器を振るい、しかも斬られたモンスターが苦悶に満ちた奇怪な死に様を見せていれば、然もありなん。ドン引きであった。

 

「…あるぇ?」

 

キル子は首を捻った。

おかしいな、ユグドラシルではこの手の派手なギミック武器はウケが良かったのだが。それにこんなにキモ可愛いのにぃ…

しかし、傍目に見ても明らかに引かれている。なんかしくじったか。

 

どう誤魔化そうかと悩むキル子だったが、その時、実際名案なインストラクションが浮かんだ。

古き良き古典小説(ライトノベル)でお馴染みの、あのシチュエーションが使えるではないか!

 

「おぅ!………う、ううっ!…腕が!…鎮まりなさい!」

 

不意にキル子はその場に膝をつき、怪我もしてないのに苦しそうに鎌を持つ右手を押さえてうめいた。芝居がかった仕草であるが、ベルは驚き、心配そうに近づく。

 

「キルトさん、どうしたんですか⁈」

 

「近づいちゃだめよ、ベルくん!呪いがうつってしまうわ!」

 

「呪い⁈」

 

「そうよ、この武器は呪われているの。強力な力と引き換えに、一度でもコレを手にした者は呪われてしまう…」

 

そう言いながら、涙を浮かべて切なそうな笑顔を浮かべるキルトに、ベルは衝撃を受けた。

 

先ほど、次々に敵を屠るキルトの姿に恐れ慄きながらも見ほれ、ベルは唇をかみしめていた。

強くなった筈だった。なのに、あの背中はまだあんなにも遠い。 我知らず、愛剣を握りしめた。

だが違った。密かに憧れていたこの人は恐ろしいリスクを抱え、引き換えに強さを得ていたのだ。

 

巨大な目玉をギョロつかせ、嘴から真っ赤な異形の舌を垂らす悪魔じみた武器。確かに、呪われていると言われても納得するしかない。柄を掴むキルトの右腕には、赤黒く脈動する葉脈のようなものが伸びている。ベルには呪いに侵食されているように見えた。

 

…なお、実際には何の効果もない単なる視覚エフェクトなのだが、ベルにはわからなかった。

 

「…ふぅ、ようやく収まりましたわ…ベルくん、笑ってちょうだい。力欲しさに禁忌に手を出した無様な女を…わたくしは、貴方に気遣われるような資格はないのよ…」

 

強く凛々しく、輝いて見えた女性(ヒト)が、不意に見せた弱さ。

そのギャップに、ベルは不覚にもときめいてしまった。

 

…なお、口元を隠すように添えられた手の下で、唇が邪悪な笑みの形に歪んでいたが、ベルからは見えなかった。

 

「そんなことはありません!キルトさんは強い人です!呪いにも負けずに、その力を正しく使っているじゃないですか!」

 

どこまでま真っ直ぐな瞳で、キル子を見つめて断言するベル。

キルトは感極まったように泣き笑いの表情を見せた。

 

…なお、喪女の涙ほど信じられないものは世の中にはないのだが、ベルには未だ経験値が足りなかった。

 

「…ありがとう、ベルくん」

 

見つめ合う目と目。心臓のトキメキ。もはや、世界には二人だけ。

 

その裏でキル子は完全勝利を目の前にして、頬が緩みそうになるのを辛うじて押さえ込むのに必死だった。効果は抜群である。

駄目だ。まだ笑うな。こらえるんだ。し、しかし、これは……

 

…なお、すぐ近くではジト目をしたリリルカ・アーデ女史が物言いたげに見守っていた。

 

このまま、邪悪な女怪人にベルを掻っ攫われてしまうかと思われた、その時。

 

「のろい〜?右腕が疼くって、ほんとかなぁ?」

 

救世主現る。

 

「ていうか、キルトくんだったっけ?なんか君からは神会で悪ノリする暇神達に近い雰囲気がするんだよねぇ…?」

 

慧眼である。

リリルカにも負けないジト目でキル子を眺め、ベルの前に割って入ったのは、ツインテールを荒ぶらせたロリ巨乳の処女神、ヘスティア。

人の子の嘘をたちどころに見抜く超越存在(デウスデア)は、胡散臭そうな目でキル子を眺めていた。

その意図するところは確定的に明らかであった。即ち「ボクのベルくんに手を出すな!」。

 

「(チッ、いいところだったのにぃ…!)…そ、そうですわ。不用意に触れるとデバフに侵されましてよ」

 

「う〜ん?一応、嘘じゃない、かな?」

 

キル子は万が一この武器が奪われたことを想定して、不用意に第三者が手を触れた場合、複数の致命的な状態異常(バッドステータス)に侵されるよう悪辣なギミックを組んでいるので、『呪い』というのもあながち嘘ではない。人様が苦労してこさえたマイゴッズアイテムに手を出す不届き者には相応しい末路であろう。

何故かこの事を打ち明けられたギルドの仲間達は、揃って何やら言いたそうにしていた気もするが、気のせいだろう。

 

「オホ、オホホホ!さ、さあ、呪いもおさまりましたわ!今は闘いに集中しましょう!」

 

「はいっ!」

 

クソがぁ!ロキといい、いずれのファミリアにしろ邪魔なのは年増の小姑(主神)なのか。千年クラスの大年増は黙って引っ込んで、あとはお若い者同士にまかせてどうぞ、チキショウくそう。

 

キル子はお邪魔虫(ヘスティア)を睨んだ。

 

ヘスティアは泥棒猫(キル子)を睨んだ。

 

「…ベルさん、あっちに怪我人がでてます。応援に回りましょう!」

 

「え?うん、わかったよ、リリ」

 

リリルカはいい笑顔でベルを連れ去った。

 

そうこうしている内にも、穢れた精霊は絶好調で大暴れ。もはや、群がる冒険者全てが憎いのか、手当たり次第に襲い掛かっては被害を増やしている。

離れれば雷撃魔法を連発し、近づけば手足の一撃。しかも縦横無尽に動き回る。加えて地面やゴライアスの体表からは、突如として食人花が吹き出して襲ってくるので手がつけられない。例の超長文詠唱魔法もあるので気が抜けなかった。

リヴィラの冒険者も奮戦し、大魔法を撃ち続けているが、すぐに回復されてしまう。

ニンジャ達も奮戦しているが、やはり敵の回復速度がネックだった。

 

「チッ…流石に鬱陶しいですわね!」

 

勿体ないからあまり使いたくはないが『ブラッド・オブ・ヨルムンガルド』をセットして打ち込むか、あるいは魔封じの水晶か巻物(スクロール)を使って一気に削るかと、キル子がインベントリに手を差し伸べた時だった。

 

穢れた精霊が、先に痺れを切らした。

 

【火ハ失セヨ、風ハ淀ミ、水ハ枯レ、地ハ腐リ堕チヨ。昏キ深淵ヨリ這イ出デ、蝕ミ侵セ。我ハ闇の精霊!!】

 

悍ましい呪文を唱える度に、穢れた精霊の肉が崩れて形が歪む。

 

また例の広範囲魔法かと、キル子は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

ぶァかめェ…!そんなとろい詠唱をやらせるとでも思ったか!

出の早いレーザーじみた魔法ならともかく、長々と詠唱する必要のある範囲魔法などやらせるものではない。妨害スキル一発で終わりだ。

 

「学習しないぺんぺん草ですわ!【羊達の(サイレント)…⁈」

 

いざスキルを放とうとした瞬間、キル子は瞬時にその場を離れた。

ほぼ同時に、キル子が居た場所に大量の液体が着弾する。

ジュウジュウと音を立てて溶け落ちる地面には目も暮れず、木陰から姿を現したソレを凝視した。

現れたのは、極彩色の巨大な芋虫型モンスター。 ずんぐりとした頭の先端にのぞく鈴口から、白濁した溶解液を放水のように吹きかけてくる。

 

「下がって!触れてはダメよ!」

 

感知スキルで捉えていたキル子はあっさり回避したが、周りで戦っているその他大勢の冒険者達はそうもいかない。

 

「なじぇえええええええ!!」

 

哀れな冒険者の一人が、直撃を受けて骨も残さず溶け落ちた。

 

「溶解液⁈」

 

「こんなモンスター見たこともないぞ⁈ 新種か⁈」

 

「離れろ!魔法か飛び道具を使え!」

 

冒険者達は慌てふためいているが、キル子は眉一つ動かさなかった。この程度のグロ映像は趣味の4Dホラーで見慣れている。

それより、やや離れたところに居るベル達が心配だ。

 

「【ファイアボルトォ】!!」

 

「ロイドさん達は離れてください!こいつらはリリとベルさんで牽制します!」

 

「おう!」「了解にゃ!」

 

すかさず魔法や弓で対処し始めたのは及第点。

ただし、問題は…

 

「ふざけろッ!なんで俺ばっかり⁈」

 

「ヴェルフ、逃げて!」

 

敵が明らかに、狙いを絞っていたことだ。

 

キル子の視線の先には複数の芋虫型に迫られ、今まさに殺されかけているヴェルフの姿。

敵にしてみればヴェルフを排除すれば魔法を妨害する者が一人減るし、殺すに容易い。キル子が敵の立場でもそうするだろう。

ただでさえレベル20台前後では手に余る怪物、しかもヴェルフは一人だけ明らかにレベルが違うのだ。

 

舌打ちを一つ。

 

「《死神の呼び声(デッドリー・コール)》!」

 

即座に魔法を発動すると、キル子の目の前に闇色の魔法陣が浮かんだ。

 

「うぉっ…⁈」

 

間髪入れず、殺される寸前だったヴェルフが転送されてくる。

本来なら離れた場所にいる敵を近接攻撃の間合いに強制召喚する特殊な第10位階魔法だが、こうやって味方を助けるのにも使えないわけではない。

だが、代償としてヴェルフは白目を剥き、口から泡を吹いて朦朧としていた。〈召喚酔い〉にかかったのだ。しばらくは起き上がれないだろう。貴重なデバフ要員が欠けたのは痛いが、死なれるより遥かにマシだ。

 

「ヴェルフ君をお願い!安全な場所に連れて行って!」

 

「わかりましたっ!ヴェルフ、しっかりして!」

 

戦闘不能になったヴェルフをベルの手に委ねる合間も、キル子の視線は固定されている。

 

「…で、あなたは何処のどなたかしら?」

 

ヴェルフを襲った芋虫の背中、黒尽くめの不審者が仁王立ちしていた。

シンプルな黒の仮面に同じ色のフード付きローブを目深に被り、肌の露出が一切無い。

確か、いつぞや59階層で見かけて、ハンゾウに後をつけさせたことがあったか。

 

「 …本命ノ前ニ、コレ以上ハ見逃セナイノデナ」

 

機械的な声だった。何らかの手段で声色を変えているらしい。

キル子は【死神の眼】でこの不審者のユニークネームを読み取ろうとした。

 

「…?…この感じ…さては分身体か何かだな、お前」

 

ユグドラシルには本人と同質の分身体を生み出す能力が幾つかある。

ニンジャ系の分身忍術や、ワルキューレの【死せる勇者の魂(エインヘリヤル)】等、魔法行使能力やスキルの一部は使えないが、武装や能力値や耐性はオリジナルに準ずるという厄介な能力だ。

 

「…⁈ソ、ソレヲ何故⁈…オ前モ、アノオ方ノ障害ニナル‼︎」

 

不審者は足元の芋虫をけしかけようとしている。

訳の分からない理由で人様をPKしようとは、とんでもない悪党である。 返り討ちだ、馬鹿め。

丁度おあつらえ向きに、芋虫型が大量に乱入したせいで、周囲の冒険者達は自衛に手一杯。こちらに注意を向ける余裕のある者はいない。というかさっさと片付けて芋虫をなんとかしないと、ちょっとベル達には手に余るレベルだぞ、これは。

 

「そういうのいいから、死んでどうぞ……【刹那の極み】」

 

次の瞬間、不審者は芋虫共々八つ裂きになった。時間系対策が徹底されていたユグドラシルでは死に手だが、対策していなければこんなもの。

芋虫は溶解液が飛び散らないよう魔石を砕かれて消滅し、黒尽くめの不審者は人体の急所という急所をズタズタに抉られ、毒まみれの変死体に変わっている。

 

情報を吐かせるために本当は捕らえたかったが、いつでも消せる分身体では意味が無い。とっとと始末するに限る。

念のために仮面を引っ剥がしてみれば、案の定、既に中身はなかった。

 

「…対プレイヤー特攻は効いていた。では本体は冒険者か…?」

 

キル子自慢の【死神の眼】も、分身体からオリジナルのユニークネームは見抜けない。単に分身を生み出したスキル名が表示されるだけだ。

分身かオリジナルかを見抜くには都合がいい反面、オリジナルのユニークネームを特定したい場合には無力だ。

ナザリック5階層の「ニグレド」がいてくれれば楽なのだが、キル子は情報探査系魔法はあまり得意ではない。探すとなると地道に足を使うことになる。

面倒くさいが、推しのイケメンに手を出すクズは生かしちゃおけない。

やろう、ぶっころしてやる!!

 

キル子がフツフツと怒りを煮えたぎらせていたその時、長々と詠唱していた穢れた精霊の魔法が完成した。

 

「…あぁああああ‼︎しまった⁈忘れてた‼︎」

 

【ヴォイド・ハウリング】

 

狂気に堕ちた穢れた精霊から、黒い波動が見渡す限り周囲一帯に拡散していく。

それは一見、物理的な現象を何も伴わなかった。いったい何が起きたのかと、その場の全員は首を捻ったが、目につくような異常は見当たらない。ただ、当の穢れた精霊はニタニタと悪意に満ちた笑みを浮かべている。

 

異常の正体はすぐに判明した。

 

「…この感じ、まさか⁈」

 

「詠唱できねー!魔法を封じられた⁈」

 

「決め手を、奪われた…!」

 

魔法封じの呪いにより、力ある言葉によって精神力(マインド)を使って引き起こされる筈の現象が、即座に霧散していく。

呪詛(カース)…発動者に代償を与える代わりに魔法にはない呪術的効果を付与する能力だ。発展アビリティの『耐異常』も無力、防御も解除も方法は限られる。

恐るべきはその効果範囲だ。この階層に集っていた冒険者、ほぼ全員が一度に魔法を封じられていた。

 

「て、撤退だ!一か八か下層に逃げ込め!」

 

「逃げてどうする⁈地上に戻れなくなるぞ!」

 

「じゃあ、魔法無しであの化け物とやれるってのか!」

 

迷宮の孤王(モンスター・レックス)討伐の主力は火力のある魔法使い。それが封じられては、もはや勝ち目はない。

彼方此方で混乱が生じた。冒険者達は統率を欠き、逃げ出す者も多数。

その間も、モンスター達は待ってくれない。被害は加速度的に増えていった。

 

「…耐性を、貫通された⁈」

 

キル子もまた〈詠唱不可(サイレント)〉の状態異常に侵されていた。

回避優先のビルドのため、キル子の魔法防御力は紙である。だから魔法に抵抗(レジスト)出来なかったのは仕方がない。

問題はキル子の状態異常耐性を抜いて〈詠唱不可〉の 状態異常(バッドステータス)が効果を発揮したことだ。

 

「…認めよう。正直、舐めてたよ」

 

キル子は状態異常を解除するスキルを発動した。〈詠唱不可〉は即座に解除されたが、嫌な汗が止まらない。

〈詠唱不可〉程度で良かった。これが睡眠や石化、朦朧、麻痺、封印、あるいはより致命的な状態異常なら、終わっていた。解除スキルを発動することもできずに、サンドバッグとして殺されていた。

状態異常の専門家であるキル子は、その恐ろしさを誰よりもよく知っている。

 

「全力で殺してやる!!」

 

凡ゆる手段を使って、即時抹殺。それがキル子の結論だ。

 

急いで《伝言》を使ってハンゾウにいくつかの指示を出すと、インベントリから巨大な巻物を取り出す。

それは巻物といっても羊皮紙を丸めたスクロールではなかった。東洋で書画を記すのに使われるタイプの古風な巻物だ。それも、かなり大きな。

 

「やれ、『山河社稷図』」

 

次の瞬間、ゴライアスの巨軀が消えた。キルトの姿と共に。

 

それが、後に『18階層の悪夢』と呼ばれる事になる事件の、唐突な終幕だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神、ヘルメスはその一部始終を見ていた。

 

「…タケミカヅチ、見たな?」

 

隣でタケミカヅチが絶句している。全身から滝のような汗を流し、その視線は直前まで『キルト』が居た場所に固定されていた。おそらくは自分も似たような顔をしているのだろう。

 

「…見た。だが、信じられん」

 

「俺もだ。まさか、恩恵なしであそこまでモンスターと戦える人間がいるなんてな…」

 

そう、アレは人間だ。その魂の輝きはどこまでも平凡な、ありきたりな只人の子だ。

だが、如何なる神からも恩恵を受けていない。にもかかわらず、あの化け物じみた強さ。

まだ神が地上に降りる前、モンスターが地上を闊歩して子供達と壮絶な闘いを繰り返していた時代には、極稀に人の身でありながら怪物達を圧倒する超人が生まれたという。アレはまさかその同類か?

 

特に、最後にゴライアスと共に姿を消した現象については、何をしたのかまるで見当もつかない。

魔法かスキルかアイテムか、それなりに長く生き世界を放浪して様々なものを見聞きしてきたヘルメスにもサッパリだ。

だが、何故かかつて天地が生まれた日に感じた感覚、世界全てが軋むようなそれに近いものを感じた。まるで世界がもう一つ産まれたかのような…いや、まさかな。

 

あのニンジャとかいう連中にいたっては、人でもモンスターでも、異端児(ゼノス)でもない。彼らの言葉の真偽は神にすら見抜けないだろう。

何が起こっているのかまったく分からなかった。

 

神は下界に刺激と娯楽を求めてきたが…

 

「気軽に手を出せる範疇を超えたな…ひとまずウラノスに報告するとして…ロキかガネーシャあたりを引っ張りこむか…?」

 

ヘルメスは天を仰いだ。

 

 

 




温泉が良い季節ですね。血行良くなって浴槽でスヤァ
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