ダンジョンにユグドラシルの極悪PKがいるのは間違っているだろうか?   作:龍華樹

22 / 32
かなり短いですが、ちょっとした外伝。本編はまた今度に(汗)。


間話1

怪物祭での騒動から、数週間後。

 

ダイダロス通りの孤児院の一室で、カリンは眠い目をこすっていた。

 

眠気をこらえつつ、書き取り用の小さな板書に書き込んだ文字を、ボロキレで消す。 消した後に再び同じ文字を書き付け、また消した。

書いているのは自分の名前だ。孤児院の院長が適当に綴り(スペル)を考えたそれを、何度も何度も繰り返し書いては消す。読み書きの練習だ。最近、ようやく使える単語が増えてきて、簡単な読み物を読んだり、長文を書けるようになってきた。

 

孤児院の生活は単調だが、忙しない。掃除に洗濯、給仕の手伝いといった仕事が山ほどある。

多少手が空く時間を、カリン達はこうやって将来のために読み書きや計算の練習や、走り回って体力作り、あるいは廃材から作った剣や槍を使った鍛錬に費やしている。

 

場所は食堂、天井から午後の柔らかな日の光が差し込んで眠気を誘う。

実際、カリンの隣で白墨と板書に向かっていたレックスやコナンは、お昼寝タイムに突入している。

正直に言えば、カリンも眠い。だが、眠るわけにはいかない。

 

「レックス、コナン!おきなしゃい!」

 

「…っ痛ぇ〜!」「うわわ…!」

 

デコピンを食らわせると、二人は飛び起きた。

時間は有限なのだ。特にカリンに残された猶予時間は多くない。少しも無駄に出来なかった。

 

ほんの半年前まで、カリンはオラリオの下町で、拙い魔石職人をしていた父とともに暮らしていた。 母はいない。父に聞いたことはあったが、曖昧な笑みでごまかされた。

父はカリンの金髪とは似ても似つかない茶髪だったので、おそらくこれは母譲りだろうと思う。

 

ある日、その父が帰ってこなかった。

父は飲兵衛で、その日も酒場でクダをまいていたところを、些細な事で冒険者崩れに殺されたというのは、孤児院(ここ)に来てから知った。

あのときは訳もわからず借家を追い出され、父を探して泣いた。色々と知人を頼ってみたが、結局、気がつけば軒先や路地裏で寒さに凍えて、ゴミ箱から残飯をあさる毎日を過ごしていた。惨めだった。

 

冒険者の都市、オラリオでは浮浪児は珍しくない。

たいていは冒険者の子供か、冒険者が娼婦に生ませた子供だ。親がダンジョンから戻らなかったか、面倒をみられなくなって捨てられたかのどちらかだ。

そんな子供の行く末は、さほど多くない。

親切な誰かに拾われるなんてのは夢の又夢。スリか置き引きでもした挙げ句にしくじって殺されるか、どこぞのファミリアに入って冒険者になってダンジョンで死ぬか。女の場合は人買いに浚われ娼婦になって梅毒で死ぬという選択肢が増える。

いずれも末路は似たようなものだが、まだ幼いカリンにはそこまでのことはわからない。ただ、なんとなく感覚的には理解していたと思う。まっとうな未来なんて、望めないって。

 

そんな生活が再び一変したのは、あの胸くそ悪いソーマ・ファミリアの孤児狩りにあってからだ。奴らは嫌がるカリン達を無理矢理拐かして、ダンジョンに放り込んだ。

死ぬかと思った。実際、同じ日にダンジョンに追い立てられた子達はみんな死んだ。レックスもコナンも、生き残った者同士で組まされて出会った。

モンスターと戦わされて命を奪い、あるいは奪われる。体格に恵まれない小人族の子供のカリンが生き残れたのは、運以外の何ものでもない。

 

いくつもの夜を越え、モンスター相手の殺し合いに慣れ、徐々に心は冷えていった。

起きてダンジョンに行き、モンスターを殺し、魔石を集めて、それを上役の大人に渡す。

魔石と引き換えに与えられる食べ物を口に入れ、毛布にくるまって寝る。その繰り返しだった。

そのルールを理解できるまで何度殴られ、蹴倒されたかわからない。

 

そして、あの人に出会った。

 

ダンジョンで遠目に初めて見た時、あの人は優雅にカールした金髪を靡かせ、薔薇の鎧を身に纏い、大鎌を振るってモンスターをなぎ倒していた。

その姿は綺麗で、眩しかった。天使のようだった。 暗く冷たいダンジョンに、光が射したかと思った。

薄汚れたボロを纏い、ゴミ捨て場で拾ってきた鉄パイプとそこらの石を武器にして、モンスターと泥だらけになって戦う自分とは、まるで別の生き物だ。

 

でも、とカリンは思った。

どうせ他の大人たちのようにカリン達を汚いものみたいに見て、鼻をつまんで去っていくに違いない。さもなければ、わずかな稼ぎを奪おうとするに違いない。

だから、あの人がカリン達に近づいてきた時、感じたのは恐怖だけだった。

 

ところが、あの人はビクビクと震えるカリン達のところに来ると、垢まみれの汚い手を取って、一緒にパーティを組まないか、と誘ってくれた。

あの時は、まともに水浴びもさせてもらえなかったから、とても臭かったと思う。

思わず呆けてしまって、気がつけば、うん、と頷いていた。

 

それからは、夢のような時間だった。

 

あの人達が倒したモンスターの魔石を剥ぐだけで、分け前は一割。

大人の冒険者がパーティを組んで稼ぐ魔石の分け前だ。一割でさえ、大して力のない子供三人でやるのとはわけが違う。

実は魔石をくすねようと、こっそり服や靴の中に入れたりもしてみたが、すぐにそんな余裕はなくなった。

次から次へとモンスターの死骸が運ばれてくるので、手早く魔石を剥がないと死骸で埋まってしまうのだ。

あの人から渡されたナイフはとても切れ味がよくて、芋の皮をむくようにサクサク魔石を剥ぐ事ができた。魔石を詰めるためのリュックはいくら中身を入れても見た目も重さも変わらない不思議な魔法の道具だった。もう、夢中になって魔石を剥いだ。

やがて不思議なリュックがパンパンになるまで魔石や素材を詰め込んだ頃、お開きになった。

 

そして、地上に戻る帰り道で、カリン達はまた不安になった。

話がうますぎる。本当に分け前をくれるのか。働かせるだけ働かせてから裏切られるんじゃないのか。そう思った。

ところが、あの人は自分の取り分までカリン達に寄越して、こう言ったのだ。

 

「それで体を清めて、まず服を買いなさい。武器や防具を揃えて、お腹いっぱい食べて寝て、力を養ってからまたダンジョンに挑むのよ」

 

思うに、カリンが本当の意味で冒険者になろうと決意したのは、この時だ。

 

その後はまた色々あった。

カリン達の稼ぎをいつも通り奪おうとした上役に逆らってみたり、その上役をどこからともなく現れたあの人が叩きのめしたり。

あの人の家に連れていかれて、一緒に大きなお風呂に入って、お腹いっぱい珍しくて美味しいご馳走を食べさせてもらって、フカフカの布団で寝て。

そして、何日か一緒に過ごした後、ギルドに連れていかれた。

ギルドでは、これまで何をしていたのか、どうしてダンジョンに潜ったのか、色々と聞かれて背中を調べられたりもした。担当のハーフエルフの女の人が、根気強く話さなければ、カリン達はまた不安にかられて怯えるばかりだっただろう。

 

色々と話し終えた頃合いで、あの人が迎えにきてくれた。

そして、カリン達は同じようにソーマ・ファミリアに囚われていた孤児達と共に、ダイダロス通りの孤児院に行くことになった。

 

孤児院は広くて清潔で、食事もたくさん出る。院長は優しい女の人で、信用出来そうだった。それに、同じような境遇の仲間も大勢いる。

あの人の家とは比べ物にならなかったけど、カリン達には十分にステキなところに思えた。

……後で知ったことだが、元々この孤児院の経営は火の車で、潰れかけていたそうだ。それをあの人がとてつもない額の寄付をして、一気に盛り返したらしい。

 

あの人とはそこで別れることになった。

別れは辛かったけど、カリンはワガママは言わなかった。ずっと一緒にいられるとは思っていなかったから。でも、そうなったらいいなとは思っていた。

だって、あの人は冒険者なんだから。カリン達を助けてくれた、素敵な冒険者なんだから。

 

別れの挨拶の代わりに、あの人に言った。

冒険者になりたい、貴女みたいに素敵な冒険者になりたい、と。

そしたら、あの人は複雑な顔をして言った。

 

「…できれば、冒険者みたいな危険な仕事はして欲しくないわね。読み書きや計算を覚えて、手に職をつけて、まっとうな人生を歩んだ方がいい」

 

でも、カリンの決意は固かった。

貴女みたいになりたい!なるんだ!そう言い募ると、諦めたように微笑んだ。

 

「せめて、12歳になるまで冒険者になるのは禁止よ。私が社会に出たのもその年だったから。それまでは孤児院で過ごして、力を蓄えなさい」

 

そして白くて美しい籠手をつけた掌を、カリン達に向けた。

そこから青い小さな光が無数に溢れ出て、カリンの中に入っていった。思わずビクついてしまったけど、特に体に変化は何もなかった。

 

「貴方達が冒険者になって、再び恩恵を得た時に、多分ちょっとだけ意味があるかも」

 

あの人は最後にそう言い残して去っていった。アレの意味は未だによくわからない。

 

本音を言えば、あの人について行きたかった。一緒に冒険をさせて欲しかった。

でも、それではあの人の迷惑になる。

嫌々だったけど、ダンジョンに行っていたカリンにはわかる。あの人はとても強い、すごい冒険者なのだ。

実際、あの人の偉業は瞬く間に街の噂になっている。『姫騎士(ワルキュリア)』の名前を聞かない日はないほどだ。

 

今、あの人の冒険に無理矢理ついて行っても、足手まといになるだけだ。

だから、いいのだ。今は自らを鍛えよう。

憧れのあの人に、少しでも追いつくために。

 

…ただ一つだけ、カリンはあの人に黙っていたことがあった。

カリンは小人族(パルゥム)だ。

つまり、見た目より年齢は少しだけ上なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほんの数ヶ月の後、12歳になったカリンはレックスやコナンより一足早く孤児院から卒業すると、迷わずとあるファミリアの門を叩いた。

 

手にする武器や防具は、そこまで質の良いものではないが、事前に下調べした信用できる武器屋で、悩みながら買った品だ。

支払いは、あの日、あの人から渡されたものに、孤児院の活動で得た雀の涙ほどの小遣いを貯めて足したものを使った。ちゃんと三等分、残りは後でレックスとコナンが使うだろう。

 

そして、紆余曲折を経て恩恵を授かるやいなや、カリンは前代未聞のレアスキルを()()も発現することになる。

 

 

 

憧憬淑女(マイ・フェア・レディ)

早熟する。願いが続く限り効果持続。願いの丈により効果向上。

 

【世界樹の加護を受けた者】

…解読不能。スキル名さえも神聖文字では表示されず、主神が『こうであろう』と解釈したものに過ぎない。その効果は、まったくの未知。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。