ダンジョンにユグドラシルの極悪PKがいるのは間違っているだろうか? 作:龍華樹
…年末、暇だったので書き上げた間話を挟みます。本編はまた年明けに。
広い部屋の中央で、カリンは男と向き合っていた。
相手は灰色の毛並みを持った狼人。首元に付けた、鋲の打たれた鎖付きの首輪じみたチョーカーが目を引いた。
構えはごく自然体で、目はこちらの一挙手一投足を胡乱な目で見つめている。
戦いは先程からカリンの防戦一方、手も足も出ない。
「どうした?これで終わりか?」
男の挑発的な言葉に、荒い息を吐きながら、カリンは行動で答えた。
「イヤーッ!!」
手にした槍を構え、2歩ほど進み出ると、強い力を込めて突きだした。
大ぶりな攻撃はしない。だから大きな隙はできない。槍を突き込んで、直ぐに引く。
孤児院で日々鍛錬していたせいか、これでもカリンは力があった。2メドル以上もある鋼鉄の槍を、楽々と振り回せている。何故かは分からないが恩恵を失っているはずなのに、逆にステイタスが増えている気がする。
本音を言えば
「悪かねぇが…荒削りだ!」
相手は立ち位置からほとんど移動せず、一見、無造作にも見える緩やかなステップを踏んでいた。自然体に構えているが、先ほどから、カリンがどう打ち込もうと容易くはじかれてしまう。
明らかに経験もレベルもずっと格上だ。こちらの攻撃はまるで通じない。カリンからすれば、巨岩に打ち込み続けるようなものだった。
やがて攻撃をやめ、カリンは後ろに下がった。
大きく肩をゆらして息を吸い、吐く。
生半可な攻撃は通用しない。ならば…!
「イヤーッ!!」
再び雄叫びをあげて突進し、跳躍する。
走り込んだ勢いのまま全体重を乗せるのだから、小柄な小人族でも威力のある攻撃になる。だが、飛び上がってしまえば、空中で体勢を変えることはできない。
「馬鹿、勝負を急ぐな」
果たして、すばやくカウンターを合わせた右ストレートが、カリンの腹に炸裂した。
「ンァーッ!!!」
腹部に強烈な激痛。世界が反転し、衝撃で槍をもぎ取られてしまう。さらに威力に押し流され、後ろに吹き飛ばされた。
背中から床にたたきつけられたカリンを、男の蹴りが襲う。意識を維持していたカリンは即座に身を捩ってかわし、そのままゴロゴロと床を転がって距離をとった。格好悪くても無様でも、なんでもいい。とにかく体勢を立て直し、反撃することだけを考えた。
壁際まで転がると身を起こし、カリンは右手で腰に佩いていた短剣を抜いて、逆手に構える。
このナイフは孤児院に入る時に
「遅い!」
その時には、すでに相手の体が目の前に迫っていた。
迫る蹴り足に向けて、カリンはカウンター狙いにナイフを振り下ろす。避けられないなら、せめて肉を切らせて骨を断つ。
手を切られても戦闘を続行できるが、どんな生き物も足を切られたら動きが鈍る。それに、小柄で動きの素早いカリンには、上半身よりも足元の方が狙いやすかった。
狙いあまたず刃が太ももを切り裂く直前、相手は蹴り足の威力を殺さぬまま、ぐにゃりと方向を変えてナイフの腹をたたき、手から弾き飛ばした。
しまった!と思った次の瞬間には、額に拳がたたき込まれていた。
「…?!!!」
刹那、意識が飛んだ。
インパクトの寸前に、自分から後ろに跳んだにもかかわらずこの衝撃。頭の骨が割れたかと思った。
「オラァ!」
容赦なく、再び蹴りが繰り出される。脇腹を捉えたそれを、もうカリンはかわせない。
やられる!……カリンは思わず目をつぶってしまった。
こうなれば仕方ない。ひとまず一撃受けてから、なんとか
カリンはそう覚悟を決めたが、予想された衝撃はいつまでたってもやってこなかった。
…瞼を開ける。
「新入りにしちゃ、動ける方だな」
振り上げられた右脚を下ろして、相手は何事もなかったかのように此方を見下ろしていた。
「疲れて単調になってたんだろうが、馬鹿みたいに上に飛ぶんじゃねえ。いい的だ。それと、目はつぶるな。最後まで相手の動きをよく見ろ」
「は、はい!」
そう言いながら、足が痺れてしまったカリンに手を貸して、立ち上がらせてくれた。
「ま、それだけ動けりゃ、ダンジョン上層なら余裕だろうが、油断はすんな。ミノタウロスが乱入することもあれば、同業者に狙われることもある」
何があるかわからないのがダンジョンの怖さだ、と最後にインストラクションを授けてその人物、ロキ・ファミリア幹部、ベート・ローガは訓練の終了を宣言した。
ちなみにこの場はロキ・ファミリアの
「ありがとうございました!」
カリンは両手を合掌して深々とお辞儀した。
お辞儀はアイサツになくてはならないものであり、教えを乞うべきメンターならば礼儀として当然。仮に、敵対する相手であっても欠かしてはならないものだ。カリンは孤児院を何度か訪れてインストラクションを授けてくれた
「お前、筋は悪くねぇ。せいぜい頑張んな」
最後にベートがそう付け加えると、カリンの小さな胸がトゥンクと高鳴った。
「ひゃい!がんばりましゅ!!」
噛んでしまった。恥じゅかしい…!
茹でタコのようになったカリンをさておき、壁際でその様子を見守っていたガレス・ランドロックとラウル・ノールドは目を丸くしていた。
「…ベートのやつ、何か悪いものでも食べたのか?」
「だから言ったじゃないっすか。この間の遠征から帰ってきてから、様子が変なんすよ!」
ラウルはむしろ薄気味悪いものでも見るように、ベートを眺めている。
二人が揃って首を捻るのも無理はなかった。何せ、相手はあのベートなのである。
普段の彼ならば相手が入団前の見習い未満であろうが、見た目は幼女な小人族の子供であろうが、容赦なくぶちのめしてダメ出ししまくり、毒舌の嵐である。それで何人もの新人が心を折られていた。伊達に『性格のクソさじゃファミリア随一』などとは呼ばれていない。
ところが、先ほどは上から目線ながらも必要以上にカリンを嬲ることなく、また先輩風を吹かすでもなく、適切なアドバイスを授けるというインストラクターぶりを発揮していた。ベートなのに。
普段の彼の塩対応を熟知している人間からすれば、優しみに溢れていると言っても過言ではない。ベート・ローガなのに。大事なことなので(ry。
「こりゃあ、キルコのやつと何かあったか?男ってのは付き合う女で変わるもんだからな…?」
ガレスは目を細めて、生暖かい視線をベートに送った。
例の59階層を踏破した遠征の帰り際、次の日はオラリオに帰還するというリヴィラで過ごす最後の夜に、キルコとベートが密会していたらしい、というのはロキ・ファミリアでは公然の秘密である。
あの時は、下層で金策している間に18階層でゴライアスの変異種が大暴れしたとかで、慌ててリヴィラに帰ってみれば街は半壊状態だった。おかげで常宿にしていたキルコの店が仮設病院として開放されたので、天幕で野宿をすることになった。
耳ざとい女性団員によれば、その夜に二人がリヴィラ近くの湖畔で何やら話し合っていたそうなのだ。その後は天幕で夜を明かす他の団員をさしおき、キルコのログハウスに二人してしけこんだそうなのだが…
「…つまり、二人でお楽しみしたんすね?うらやましいっす!」
「そうなるな」
ラウルとガレスは声を潜め、今度は二人そろってタオルで汗を拭いているベートに生暖かい視線を送った。
「おい!聞こえてんぞ!」
当然、揶揄されている当人としては面白いはずもない。
「なんじゃ、聞こえとったのか?」
いけしゃあしゃあと言い放つガレスに、ベートが吠えた。
「わざと聞こえるように話してんじゃねえ!」
「照れるな、照れるな。その首輪型のチョーカーもキルコからのプレゼントなんだろう?そんなものを普段から堂々と見せびらかされてはなあ、揶揄いたくもなるわい」
「…ああ〜、こいつはな。なるべく肌身離さずって言われてっからな」
ガレスは戯けたように囃したが、ベートは何故か至極真面目な顔で頷いた。
「なんと!文字通り、首根っこ引っ掴まれて首輪をかけられたわけか。こりゃ、人生の墓場に送られるのも時間の問題か?」
「まさか、あのベートさんが一番乗りとか…想像もしてなかったっす!」
「ガレスはともかく、ラウル!テメーいい度胸だな、オイ!久々に組み手で扱いてやろうか!」
「え、遠慮するっす!」
ベートは汗に濡れた髪をかきあげながら凄んだが、それ以上は口にしなかった。
…この世にも稀なる
「リヴェリアが悔しがるのが目に浮かぶわい。あいつもそろそろエルフとしては行き遅れの年だからな」
「…おい、リヴェリアに殺されても知らねーぞ」
本人がいないのをいいことに、ガレスは言いたい放題だった。当の本人が聞いていたら、威力最大、範囲極小の魔法を問答無用でぶちかまされていただろう。
そんな風に笑っていたガレスだが、不意に声を顰めると、真面目な顔でベートに尋ねた。
「…で、どうだった。カリンと手合わせしてみた感想は?」
ベートも小声で応じる。
「あいつ、おかしくね?」
ベートは手合わせ中は決して見せなかった顔をして、タオルで汗を拭っているカリンを見やりつつ、解せぬとばかりに首を傾げる。
「つーかよ、身体能力だけなら下手するとLv.3クラスあるぜ。フィンの野郎が目をかけるわけだ」
「だよな。信じられるか?アレで恩恵封印されとるんだぞ」
ガレスも我が意を得たりとばかりに頷く。
「しかも…多分、あいつ何か隠し球があるな」
「最後のアレだろう?確かに、何か奥の手を出すタイミングを計ってるような動きだった」
実際、12を超えたばかりの子供、それも体格に恵まれない小人族でしかない筈のカリンの身体能力は、なまじ冒険者として長いキャリアを誇る彼らから見ると、末恐ろしいとしか言いようがなかった。
かつて齢8歳にして冒険者となり、今やヒューマン初のLv.6に至った
「確かめたわけではないが、
「ああ、どう調べてもオラリオ生まれのオラリオ育ちだ。キルコの同類って線もない」
元・ソーマ・ファミリア所属の孤児。孤児狩りにあって、訳もわからずダンジョンに放り込まれながらも生き延びた、哀れな子供達の一人。そして強い意志を持ち、ロキ・ファミリアの門を叩いた期待の新人。
それが現時点でのカリンを表す情報の全てだ。
「つっても怪人ほどのパワーはないし、体術は明らかに素人同然だ。単純に身体能力だけが飛び抜けてる感じだな。俺のアビリティが今、半減してるのをさっ引いても、久々に手が痺れた」
「ん?…アビリティ半減だと?
「…ああ、それは…」
目を丸くして驚くガレスに、ベートが首元の首輪じみたチョーカーを撫でながら、どう話したものかと眉根を寄せながら口を開いた、その時だった。
「火事だ!」
不意に、そんな叫びが聞こえてきたのは。
ベートはガレスと顔を見合わせると、咄嗟に窓際に駆け寄り、窓を開け放った。
ロキ・ファミリアの
見れば、確かに遠目にも黒煙が立ち昇っているのがわかった。
卓越したステイタスを誇る冒険者は当然ながら目も良い。二人は瞬時に大凡の位置関係を把握した。
「東の空が真っ黒だな」
「ありゃあ、ダイダロス通りの方か…?」
火元はオラリオの南東、第三区画らしかった。
あの辺りは無作為に広がった
貧困層が暮らすボロ布や木切れで覆われたテントが複雑に密集している上に、上下水道がろくに整備されていないので、一度火の手が上がると燃え広がりやすい。
二人の会話をそばで聞いていたカリンは傍目にも分かるくらいに顔を青ざめさせた。
「…そんな⁉︎みんなが危ない!」
「おい、カリン⁈」
止める間もなく、カリンは『黄昏の館』を飛び出した。
いても立ってもいられず、ロキ・ファミリアのホームを飛び出したカリンは、逃げ惑う人々でごったがえす大通りを避けて薄汚れた小路を進んだ。
この辺りの複雑怪奇に入り組んだ路地は、まるで巨人が無造作に寄木細工を組み合わせたかようで、いくつもの通りが入り混じっている。しかも、たくさんの浮浪者や貧困者が寄り集まり、猥雑なスラム独特の雰囲気を醸し出していた。
父を失ってからカリンが浮浪児として過ごしていた町に、つい先日まで過ごしていた孤児院がある。
今更ながらにひどい場所だと思う。
溶けかけたゴミ、人間が吐き出したもの、元が何か見分けもつかない動物の死骸。ゴミ山からのぞくあれは、人の体の一部だ。カリンはそれを見て少し眉を顰めたが、気にせず走り抜ける。もう慣れたものだった。
普段なら、真昼間のこの時間はイシュタルファミリアの本拠『
そんな光景を見ながら、カリンは走った。
神はいない。少なくとも、無条件に貧民を助けてくれるような、都合の良い神様など、この世には存在しない。
奴らは金が好きで、物が好きで、キラキラした人間が好きだ。つまりは、ちょっと変わったことができるだけで、邪悪で薄汚い人間と変わらない…カリンはとうに悟っていた。少なくとも、カリンを助けてくれたのは、冒険者だったのだから。
だから、カリンはロキ・ファミリアを訪ねた。探索系最大派閥だから。神・ロキがどんな悪党だろうが、どうでもいい。それで、あの人に追いつくことができるなら。
「…!火元は、ここなの⁈」
やがてカリンは、あたりをぐるりと廃墟に囲まれた裏庭に這い込んだ。
そこに建っていたのは、苔むした石造りの古い教会。年経て灰色にくすんでおり、塵にかえる日も遠くはないだろう。かつて神が降り来る前、神が人々の想像上の産物以外の何者でもなかった時代に建てられ、やがて放棄された遺跡である。
この街には他にもこんな建物があり、その幾つかが孤児院として再利用されている。皮肉な話だが、実在してしまった神などより、よほど貧民の役に立っている。
「レックス、コナン⁈」
それが今や、赤々とした炎を発し、黒煙に包まれ燃えていた。
「《
火属性のダメージを軽減する防御魔法を自らにかけると、カリンは躊躇なく中に飛び込んだ。
相変わらず室内は薄暗く、そこらじゅうに煙が充満していた。
部屋は道中の雑多で薄汚れた感じからすれば、随分と清潔に保たれている。床は掃き清められ、飴色に変色した木の椅子に、大きな食卓。暖炉には数本の薪がくべられ、金具で吊るされた鉄鍋を煮えたたせ、コトコトと良い匂いを漂わせていた。
机の上にはいくつもの籠や敷布が敷かれて、中身が無造作に並べられている。
造花に小物にタペストリー、あるいはチャチな作りの安ピカ物など、場末の土産屋に放置されて埃をかぶっていそうな物ばかりだ。孤児達に手に職をつけさせるため、あの人が老いて引退した職人達に頼み込んで指導させながら作らせていた。
今作ってるのは次の祭に出す土産物で、少し前に怪物祭の書き入れ時が終わったので、秋の祭りに間に合わせるものになる。
祭りは神事、神々は祭りを好む。神もたまには粋なことをしてくれる、とカリンは派閥選びの際に最後までガネーシャ・ファミリアにするかどうかで悩んだものだった。
いくらかでも売り上げになれば、卒業する時に餞別として院長が持たせてくれる。最近では迷宮商店なる店から冒険者向けの保存食作りも依頼されていて、職人志望の子達の希望になっているらしい。
「ゴホッ…?…ライ、フィナ、ルゥ⁈…みんな、どこ⁈」
カリンは咳き込みながら呼びかけたが、応えはなかった。
つい先ほどまで人のいた気配があるのに、人っ子一人いない。
机の上に置かれた欠けた陶器のカップから、湯気が立ち上っている。おそらく院長のものだ。あの人は冷え性で、夏場でも温めた飲みものをよく口にしていた。
「もう、避難した後ってこと?」
カリンは小首を傾げた。
その時、奥の食器棚が微かに揺れた。
カリンは近寄り、最下段の開戸をそっと開ける。中から小さな女の子がはいでてきた。手には作りかけの、端切れを縫い合わせた小さな人形を持っている。一番年下の妹分、ロアンナだ。
「ロアンナ⁉︎大丈夫だった⁉︎みんなは⁈」
ロアンナはカリン抱きつくと、腹に頭を押し付けてきた。よほど怖かったらしい。
「……!…!!」
ロアンナは目に涙を湛えて、何かを訴えている。
残念ながら、ロアンナは口がきけない。ソーマ・ファミリアの畜生どもにダンジョンに放り込まれて以来、恐怖から声を失ってしまった。心の傷はポーションや治癒魔法でも癒せない。
「……!!」
ロアンナは手にしていた端切れに、暖炉の燃え滓で何やら書きつけた。
ロアンナは小さいが努力家だ。読み書きが達者で手先も器用なので、将来は腕っこきの針子になれると、婆様連中から可愛がられながら針仕事を教えられていた。
『みんな、つかまった』
「誰に⁈」
カリンの脳裏に、ソーマ・ファミリアに攫われた時のトラウマが蘇った。
『わからない』
『かじだからにげろて、いいながら、みんなをつかまえた』
『くろいふくをきた、ひとたち、たくさん』
辿々しい筆跡でそれだけを伝えると、再び泣き出したロアンナをカリンは抱きしめた。
「黒い服を来た連中……?」
心当たりはまるでなかった。だが、多分、冒険者ではないと思う。
貧民街であるダイダロス通りに拠点を構えているファミリアは存在しない。また、火事だからといって、わざわざ貧民を助けに来るような冒険者など、一人を除いてカリンには思いつかない。ましてや、奥まった一角にあるこの孤児院にやってくるなんて、あるはずがない。
一応、ダイダロス通りにも一柱だけ、ペニアとかいう老婆の神が住んでいるが、あの物狂いに何かできるとは思えなかった。
おそらくは火事場泥棒か、人攫いの類だ。
「…とりあえず、他にも逃げ遅れた子がいないか見てくるわ。ロアンナは先に外に逃げて!」
ロアンナは頷き、カリンの服から手を離した。聞き分けのよい、頭の良い子なのだ。
「その必要はないぜ。お前らで最後……⁈」「イヤーッ!!」
奥に続く戸口から、何者かが顔をのぞかせるやいなや、掛け声と共に繰り出されたカリンのキックが炸裂した。
あの人に授けられたインストラクションでは、アンブッシュも一撃までなら許されるので問題ない。
「どうも、カリンです」
カリンは倒れた相手に素早くアイサツすると、即座に槍を突きつける。
あの人直伝の必勝法その一、敵はなるべく蹴倒してマウントからタコ殴り、である。
不審者にインタビューする際は、必ずアドバンテージを確保してから行うべし、との教えに忠実に従った結果だ。
「名乗りなしゃい!さもないとブスリよ!!」
「テメェ、いきなり何しやがる⁈」
倒れた状態で目の前に刃を突きつけられながらも、男は気丈だった。
この状況を、カリンを恐れていない。明らかに刃傷沙汰に慣れている。やはり冒険者崩れの小悪党といったところだろう。
カリンは相手を冷静に見定めた。
黒い軍服じみた服を着た小柄な男、
栗毛の髪を切りそろえており、清潔感があるが、何というか雰囲気が小物臭い。不意を打ったとはいえ、カリンに簡単に蹴倒されたところといい、さして強くはないだろう。子供が相手だと舐めきっていたのか、武器は持たず、素手である。
「お家に不審者がいたら誰だってそうしましゅ!」
「こっちだって好きでやってるんじゃねーよ……火事からは、助けてやるから。大人しく付いて来てくれ」
小人族の男は、何故か後ろめたそうにカリンから視線を外して、そう言った。あからさまに怪しい。
「嫌だって言うなら…悪いが力尽くだぜ」
男は槍の穂先を握った。動かせないほどではないが、かなり強い。
同時に、プレッシャーがカリンを襲う。さっきまでの男とは違う迫力に、軽く気圧された。どうやら相手を本気にさせてしまったようだ。
だから、カリンは迷わず男の股間を踏み潰した。
「イヤーッ!!」
「アバーッ!!」
男は血の小便を垂れ流してしめやかに失禁。泡を吹いて気絶した。
本来なら、未だに恩恵が封印状態にあるカリンの力では、この男には通用しない可能性が高かった。それほど恩恵を持った者とそうでない者の差は絶対だと聞いている。
だが、どれほど高いアビリティを持っていようとも、人体には鍛えることが不可能な弱点がある。あの人直伝の必勝法その二である。
「《
「…!」
カリンが火除けの魔法をかけると、ロアンナはコクコクと頷いた。邪魔にならないよう、トテトテと勝手口から外に逃げて行く。
その後ろ姿を見送ってから、カリンは男が出てきた戸口の奥に注意を向けた。まだ仲間がいるかもしれない。
「ルアン、手伝え!あの子供らやたらと強い。傷つけないよう手加減していては手に負え……ぬ⁉︎」
歩み寄る男の姿が見えるか見えないかのうちに、カリンは迷わず槍を突き出した。
狭い戸口である。前後にも左右にも逃げられない。
「まだ一人残って居たのか…少女よ、火事だ。こちらに来たまえ」
ところがカリンの不意打ちを、その男は完璧に捌いた。槍の穂先を片手で瞬時に掴み取ったのだ。引き戻そうとしてもビクともしない。
…こいつ、強い!アイサツをする暇もなかった。やはり武器は持っておらず素手だが、油断すべきではない。
「火事場泥棒についてくわけないでしょ!」
その言葉を、男は否定しなかった。何やら、やるせなさそうな表情をしているが、悪党の心情などカリンには知ったことではない。
「火事場泥棒か…否定できぬ我が身がもどかしい。だが、全ては我が神の思し召しだ。黙ってついて来てくれないか。決して悪いようにはしないと誓う。君らを傷つけたくはないのだ」
カリンは無視して槍に力を込めた。
敵の話を聞いてはいけない。一瞬の迷いが勝敗を分ける。万が一、勘違いだったら、後でごめんなさいすれば良いのだ。
それに、男の背中の向こうに、見知った人物が僅かに顔を覗かせていた。
「イヤーッ!!」
軽くウインクして合図を送ると、男に気がつかれる前に、カリンは雄叫びを上げた。
「イヤーッ!!」
同時に、背後から忍び寄っていたヒューマンのコナンが襲い掛かった。
必勝法その三、強い敵は前に引きつけて後ろから倒すべし、だ。
「…⁈… クソッ…‼︎」
咄嗟にカリンの槍を掴んだまま、男は左手でコナンが振りかぶった木剣を受けとめたが、それは悪手だ。
メキリ、とイヤな音が響き、男は悶絶した。
コナンはカリン達冒険者志望の孤児達三人の中で、一番腕力がある。
普段からコナンが訓練に使っている廃材を利用した木剣は、元は上等なテーブルの足か何かだったらしく、かなり重みがあって頑丈だ。もう片方の手に持つ丸盾も、大きな樽の蓋から作ったもので、厚みがある。
そんな凶器をカリンの倍以上の腕力でブンブンと振り回すのだから、まともに受けたら腕が痺れるどころか、当たりどころが悪ければ骨折してしまう。
カリンは手合わせの際に身をもって体験済みだ。おかげで長物を使い、近寄らせないように戦う術を覚えるしかなかった。
「ど、どうなってるんだ、ここの子供達は⁈強いなんてものじゃないぞ⁈」
男は負傷した左手を庇いながら、前後を挟んだカリンとコナンに交互に視線を向けていたが、攻撃はこれで終わりではない。
「《
コナンの背後から現れた獣人族のレックスが、耳を逆立てながら杖代わりの木の棒を突きつけると、そこから光が溢れた。光は三本の矢の形をとり、正確に男を撃ち抜く。必中属性のついた回避不可の魔法の矢だ。
必勝法その四、どんな敵もみんなで囲んで叩けば倒しやすい。
ここ数ヶ月、揃って訓練していた三人の連携はバッチリだった。
魔法の矢は一発あたりの威力はレックスの
しかし、足元に集中するように着弾して炸裂した矢は、反射的に痛みに備えて歯を食いしばった男のバランスを崩し、床に転がせた。
苦悶に顔を歪めながらも、慌てて上半身を起こして立ち上がろうとした男より早く、カリンの追撃が襲う。
「アバーッ!!」「うるしゃい!…レックス、コナン、状況は⁈」
倒れた男に先程の小人族と同じようにトドメの一撃をくれてから、カリンは問いかけた。
二人は青い顔をして、股間を押さえながら答えた。
「コイツら、いきなり火事だって叫びながら押し入ってきたんだ」
「マリア先生が止めようとして、奴らにぶたれてた」
「なんでしゅって⁈」
カリンは激怒した。
マリア院長は孤児院の責任者で、あの人以外にカリンが唯一心を許している大人だ。
「敵は他にもいるの?みんなは無事?」
二人は目を泳がせた。何か言いにくい事があるときの、この男どもの癖だ。
「…その…あ、あいつに上手く誘き出されて」
「みんなから引き離されちゃったんだ。あ、でも助っ人が…」
「それを先に言いなしゃい!」
カリンは駆け出した。
駆けながら、唇を噛んだ。
魔法詠唱者を目指しているレックスは、既に十以上もの魔法を使える。まだカリンはその半分も使えないのに。
コナンは魔法は使えないが、腕力も体力もカリンの倍近くあり、魔法抜きの立ち合いでは一度も勝てたことがない。カリンの方が二つも年上なのに。
魔法ではレックスに勝てず、近接戦闘ではコナンに勝てない。今のカリンは何もかもが中途半端だと痛感していた。
ましてや、たまにカリン達に稽古をつけてくれるあの人には、三人がかりでも一撃も入れられた試しがない(…ちなみに、あの人はたまに
そして、大手
おそらく彼らは魔法だって大量に使えるのだろうし、未だにカリンが覚えられていないスキルだって、同じくらい持っている筈だ。
こんな
あの人に追いつくにはもっともっと強くならないとダメなんだ!
カリンが狭い通路をくぐり抜け、たどり着いた先は、孤児院で一番広い部屋だ。みんなで遊んだり食事をしたり、勉強したりする、思い出のいっぱい詰まった部屋だった。
「何してるの⁈」
今、そこは赤々と燃え盛る炎に包まれている。
そんな状況を尻目に、数人の黒服に囲まれながらも背後に子供達を庇って剣を抜く男と、黒い石弓を構える小柄な少女がいた。
カリンはその人たちの事も知っていた。ベル・クラネルとリリルカ・アーデ。かつてあの人と共にダンジョンでパーティーを組み、世話になった事がある冒険者だった。
庇われている仲間たちも、怯えているが、怪我をした様子はない。
黒服達は一瞬だけカリンに視線を向けたが、孤児院の子供の一人だとでも思ったのか、無視される。
「…いいから、子供を渡しなさい!」「もう時間がないんだ!火が…!」「周り見ろや、火事なんだよ!」
「断る!」「貴方達こそ、避難の邪魔です!」
ベル達の背後には、同じくらいの年頃の少女達がいた。
「この子達に手を出さないでください!」
一人は子供達を庇うように両手を広げているメイド服姿の銀髪の少女で、カリンも見知った顔だ。名前はシル・フローヴァ、かつてこの孤児院にいたという先輩で、時折、お土産を持って訪ねて来てくれる。
「やっちゃえ、ベルくん!」
もう一人は黒髪をツインテールにした少女で、カリンは顔に見覚えがなかった。悪漢達を威嚇するようにファイティングポーズをとっている。
白く丈の短すぎるワンピースに、青い紐のような物をまとわりつかせた奇抜な衣装を着ており、生脚がほとんど丸見えだ。しかも足元は裸足である。夏にしても露出が激しすぎるとカリンは思った。
それが神・ヘスティアだとは、カリンは後で知った。
偶然、シルがベルを誘って孤児院を訪ねてきたところ、嫉妬にかられてこっそり後をつけてきていたリリルカとヘスティア共々、この騒動に巻き込まれたという理由も。
だが、何よりカリンの目を引いたのは、その四人ではなかった。
「マリア先生⁈」
年配の女性が、頭から血を流して床に横たわっている。顔には複数のアザがあった。おそらく、何度も殴られたのだ。カリンはそれを見て血の気が引いた。
「カリンねーちゃん!まりあせんせいが!」
「ぼくらをかばってくれたの!」
「せんせい、だいじょうぶ?」
マリアの体に取り縋っていた兄弟達を傍にどけると、カリンはその場にしゃがみ込み、魔法を使った。
「《
傷口が瞬く間に塞がっていくが、油断はできない。あの人によればカリンが使える最高の治癒魔法であるこれも、せいぜい第二位階魔法に過ぎず、外傷はともかく内部の傷は治りにくいという。
特に頭というのがまずかった。脳にダメージがあったら、カリンには手に負えない可能性がある。一応、呼吸は安定しているので、無事だと思いたい。念のため、後でポーションを手に入れて飲ませるべきだろう。
「…もう、大丈夫よ。あなた達は、下がってなしゃい」
槍を片手に、カリンは立ち上がった。
その目は、怒りと憎悪に燃え猛っている。
「よくもやってくれたな!」
「あいつはブッ倒して来たぞ!」
さらにカリンの後ろから、コナンとレックスが追いついて来て、黒服達を牽制した。
黒服達は目を見開き、恐怖の視線を二人に注いだ。
「うわ、また来た!」「そんな…⁈せっかく団長が引き離してくれたのに!」「化け物小僧どもめ!ヒュアキントスはうちで唯一のLv.3なんだぞ⁉︎」「もう無理だよぉ…!逃げようよ、黒髪の白い殺し屋にみんな殺されちゃうよぉ…!今ならたぶん許してくれるよぉ…!」「今更何を言ってるのよ、カサンドラ!黒髪の白い殺し屋なんて、どこにもいないじゃない!」
慌てる黒服達に、カリンは容赦なく仕掛けた。
「《
煙が周囲に充満し、満足に視界を確保出来ない室内に、
「ザッケンナコラー!!」
あの人から教えられた、余りにもシツレイな相手に対する最大級の罵倒の言葉。
黒服達が驚き、竦んだのを尻目にカリンは槍を構えて襲いかかった。
2メドルを超える鋼鉄の槍が唸りを上げ、遠心力も十分に振り回されると、最前列にいた男達が一息に薙ぎ払われる。のみならず、その背後で何やら揉めていた二人の女まで巻き添えにして吹き飛んだ。
「…ちょっ⁈こ、この娘も化け物だぞ!」
同時に、コナンも丸盾を突き出して突撃する。
「イヤーッ!!」
その一撃で、残りの黒服達が一斉に弾き飛ばされた。コナンが得意とする【シールドバッシュ】なる特殊技術だ。
コナンは
「これはオマケだ…《
「「「ギャアアアアアアア!!?」」」
そして、レックスが掲げた杖の先端から、電撃の球が放たれる。それは着弾すると一気に膨れ上がり、広範囲に膨大な電撃を飛散させ、床で呻いていた者達を残らずノックダウンさせたのだった。
「死なない程度に加減してやったぜ!」
「悪党め、ギルドに突き出してやりゅわ!」
「何だったんだろ、こいつら?」
腕の一本や二本はへし折るつもりで全力でぶっ叩いたのだが、見たところほぼ全員が五体満足である。チンピラの癖に頑丈な連中だ。やはり、何処かのファミリアに所属している冒険者崩れなのかもしれない。
「え…?…あの子達、
そんなカリン達を、シルは目を見開いて、あり得ないものを見る目で見つめており。
「うわぁ…つ、強い…」
その隣でベル・クラネルは呆気に取られて、ポカンと口を開けている。
「にーちゃんはシルねーちゃんの彼氏?」「ぜんぜん強くないよね」「カリンねーちゃん達の方がつよいよねー」「ねー。シルねーちゃんに捨てられちゃうよ?」
そのベルをちびっ子達はツンツンし。
「ベル君は僕のなの!」
ヘスティアはツインテールを荒ぶらせ、ちびっ子達に抗議していた。
「そんなことより、火事がまずいってレベルじゃねーですぅ!逃げて〜!!」
そして、そんな彼らを見て、なんて呑気な連中だろうと思いながらリリルカが避難を促すのだった。
そして。
焼け落ちる孤児院を見ながら、カリンは誓った。
二度と、こんな事はさせないと。
必ずや、あの悪党どもの首魁を除かなければならない。
カリンには小難しい理屈はわからない。何故、此奴らが孤児院を襲撃したのか、そして都合よく火事が起きたのかもわからない。
カリンはただの孤児だ。けれども吐き気を催す邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。身を以って味わった、辛酸が故に。
その為にも、強くなければならない。
世の中は、結局、強さが全てだ。弱いものの意思など無視され、踏み躙られる。だから、カリンは強くならなければいけなかった。カリンよりもさらに弱い弟分や妹分を、守るために。
ただ、ひとまずは今夜の宿を探すのが先決だった。
なんとか幼い兄弟姉妹達のために、雨風を凌ぐ場所を確保しなくては。
そんな風に、思い悩むカリンを見かねたのか。
「みんな、僕らのところにおいでよ!」
そう提案したのは、神・ヘスティアだった。
「最近はベルくん達がかなり稼いでくれるし、タケのところからも結構貰ったからね。本拠を改装したんだ。少し狭いけど、みんなが十分、快適に過ごせることを保証するよ!」
ヘスティアは子供達を安心させるような笑顔を浮かべた。
…結局、他に伝もなく、意識を取り戻したマリア院長をはじめ全員がヘスティアの好意に感謝し、廃教会を改装したヘスティア・ファミリアの
その数日後。
『キルト』の手掛かりを横取りされたと思い込んだアポロンの命により、神の宴の場でアポロン・ファミリアからヘスティア・ファミリアへと
そして、ヘスティア・ファミリアは、神会で多数を占める暇神達…即ち、何事も楽しければそれで良いという享楽的な神々に対して用意周到に根回しをしていた
仲間達を守るため、なし崩し的にヘスティア・ファミリアに身を寄せていたカリン達もまた、否応無しに事態の渦中に取り残されることとなる。
その報せが、とあるユグドラシルからの来訪者の耳に届いた時には、事態は戦争遊戯不可避の段階まで進んでおり、その全てがかつてない程に彼女の逆鱗に触れることになるのだが、それはまた別の話である。
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