ダンジョンにユグドラシルの極悪PKがいるのは間違っているだろうか?   作:龍華樹

29 / 32
いつも誤字修正ありがとうございます。


第27話

ベル・クラネルは走っていた。

 

「みんな、このペースならすぐに辿り着くよ!!水の補給は欠かさずに!!」

 

彼の後ろにはヘスティア・ファミリアの団員が一糸乱れず付いてきており、城砦跡地を目指して全力疾走している。

 

「うーっす!」

 

「しんど~!暑い!」

 

ここから更に東に向かうと砂漠にでるが、そのためか周囲には砂塵が舞い、目を保護するのに難儀する。

気温は30℃を超えてなお高まり、思わず水筒の水を口に含んだ。飲めば飲むだけ汗が噴き出してくるようだった。

長丁場の長期戦になることも想定しているため、水は貴重だがこの暑さで水分を欠けば日射病で戦うどころではなくなる。それに、いざとなれば『無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)』なる魔道具も貸して貰っているので、今は何より足を動かすのが最優先だった。

 

助っ人を買って出てくれたキルトがアポロン・ファミリアを足止めしてくれているうちに、何としても重要拠点を占拠しなければならない。

 

「泣き言、言うな!こっちは、フル装備、なんだぞ!金属鎧の、フル、装備!!」

 

「そうだにゃ~!そろそろ着くにゃ~!」

 

盾役(シールド)のロイドがガシャガシャと鎧の音を立てて走り、後続を叱咤する一方、その恋人の槍使いのアンジェリカは普段からスピード重視の軽装なので涼しそうにしている。

 

「応よ!せっかくキルトの姐さんが気張ってくれてんだ!」

 

「狼煙は未だ見えない!うまくやってくれてる証拠だ!」

 

野伏(レンジャー)技能に卓越した副団長のリリルカ・アーデは、キルトの後ろから付かず離れずの距離を保っており、斥候の役目を果たしている。

魔道具の発煙筒を携えていて、万が一、キルトが抜かれたり倒された場合には狼煙をあげる手筈になっていた。

今日の天気は快晴無風、照りつけるような暑さが徐々に地面を焼き、大気を揺らせつつある。この一帯は枯れ木一本ない荒野、遠くまでよく見渡せる。今のところ、合図は上がっていなかった。

 

「レックス、ちょっとペース落ちてるわよ!」

 

「仕方ないだろ!尻尾が蒸れるんだよ!」

 

「せめてローブは脱いでこいよな!見てるだけで暑いよ!」

 

走る続ける一行の中程に、カリン達、元孤児の三人の姿があった。

 

小人族(パルゥム)のカリンと人間のコナンはまだ余裕があったが、獣人のレックスは舌を出しながら荒い息を吐き、尻尾を振って風を起こしている。

レックスは魔力重視のステイタスというのもあり、三人の中では一番体力がないのだが、それでも目立って遅れる様子はない。

下手をするとベルを含めたLv.2の団員達より余裕があるかもしれなかった。

 

「ちびっ子ども、走れ走れ!!」

 

「っていうか、あいつら下手すると俺らより体力有るじゃん!」

 

「ははっ、かわいげのねえ後輩共だな!」

 

彼らについては未だLv.1、しかも()()ソーマ・ファミリアの犠牲者なので、そもそもこの戦いに連れ出すべきかファミリア内でも意見が分かれた。だが、本人達が強く望んでいる上に、貴重な戦力であることから参加が決定した。

何せ、対人戦の訓練を兼ねたファミリア内総当たり戦ではトップ10入りしている猛者だ。特に三人揃った時のコンビネーションの破壊力は凶悪である……凶悪過ぎる……何故、何故あんな非道な攻撃を躊躇なく実行できるのか、小一時間ほど問い詰めたい、というのがファミリアの総意だった。

 

ちなみに、ぶっちぎりの一位は言わずもがなのキルトであり、1対25でも散々に叩きのめされた。しかも、そこらに生えてた雑草を武器にして、涼しい顔で対人戦の蘊蓄を語りながら、だ。

青々とした猫じゃらし二刀流で思う存分じゃらされてしまったのはヘスティア・ファミリア一同のトラウマである(…特にベルは他人に見せられない顔になるくらい徹底的にヤられた)。次はタンポポ二刀流くらいは使わせたい。

しかも、プライドを叩き折られたその後からが本番とばかりに、武器を大鎌に持ち換えての乱取り稽古がまたキツかった。一撃掠っただけで即死亡の攻撃から目を離さず、ビビらず体を動かせるようになるまで寸止めを撃ち込まれて恐怖に慣らされた。しかも、油断して気を抜こうものなら、痛くなければ覚えませぬとばかりに容赦なく殴られ蹴飛ばされ、へばっても赤いポーションをぶっかけられて強制的に復帰させられる。

キルトは対人戦闘に関しては、まったく甘くなかった。

 

…それはともかくとして、走り続けるうちに、ようやく城砦が視界に入ってきた。

 

「見えたよ、あと少しだ!」

 

ベルが鼓舞すると、全員が気を引き締めた。

 

目標は5(メドル)はある二重の堀と防壁に囲まれた強固な城塞の遺構だった。四方に物見の尖塔を持ち、ぐるりと回廊と城壁に取り囲まれている。 雨の少ない気候のせいだろう、照りつける太陽と風により、かなりの部分が風化して崩落していた。

神が未だ天にあり、地上でダンジョンから吐き出される無数のモンスターと、恩恵を持たぬ人が血みどろの生存競争を繰り広げていた時代、最前線の防衛拠点として建設された遺物だ。

ベルが城壁に近づき、軽く手で触れると細かな粒子が手に張り付いた。表面の風化は著しいが、内部は未だ重厚な石の厚みを感じさせる。

 

戦場の中央に位置するこの城塞を挟んで両端より両陣営がスタートしていた。恐らく、城砦の反対側にはアポロン・ファミリアの別働隊がたどり着いている筈だ。時間はあまりない。

殲滅戦のルールとしては、各ファミリアの眷属を一人残らず戦闘不能にすればいいので、必ずしも城塞を占拠する必要は無いのだが、誰がどう考えてもこんな拠点を放置する手はない。獲らなければ獲られるだけだ。

故に、城塞に急行する部隊と相手を阻害する部隊の二つに分かれて行動する、この基本方針はどちらのファミリアも共通していた。

 

こちらは最強戦力であるキルトが先行して出鼻を挫き、その隙に残りの全員で一目散に城塞を目指す。

アポロン・ファミリアの人数はこちらの約4倍。向こうは戦力を二つに分け、こちらに抑えの部隊を回しても十分な余力がある。半分が城塞の占拠に回されたとして、50人は出せる筈だ。こちらの全戦力の2倍、厳しい戦いになるだろう。

 

故に、一刻も早く内部を占領しなければならないのだが……

 

「バリケードで、塞がれてる?!」

 

城塞は既に放棄されてから千年もの年月が経ち、その間、修繕もされないまま放置されていたため、門や城壁の一部が崩れ落ちている。

中には幾つかそのまま人が通れそうな程に崩落している箇所があり、そういった切れ目から内部に侵入する手はずだった。実際、事前に現地を偵察し、確認もしている。

 

だが、目星を付けていた城壁の切れ目には大量の石や木などが放り込まれ、ご丁寧に鉄条網を敷かれて通せんぼされていた。

明らかに人為的に手が加えられた痕跡だ。

 

「最後に下見したときはちゃんと通れたぞ?!」

 

「まさか、アポロン・ファミリアが?!」

 

「あり得ねえ!俺たちだって全力疾走してきたんだ!そんな時間があるもんか?!」

 

その時、頭上から大量の弓が射かけられた。

 

「居たぞ、ヘスティア・ファミリアの連中だ!」

 

「こっちだ!攻撃用意!」

 

「弓使い、やっちまえ!!」

 

城塞の欄干から姿を見せたのは、アポロン・ファミリアの団員達だった。

 

「弓使いは射続けろ!石と油も落としてやれ!近づけさせるな!」

 

指揮官は女性だった。黒い制服の色味を反転させたかのような、白の制服に身を包んでいる。アポロン・ファミリアで指揮官待遇の幹部に与えられる専用服だ。

その左右には弓を構えた者達が並び、眼下のヘスティア・ファミリアに絶え間なく矢を浴びせている。

 

さらには人の頭ほどもある石や、熱せられた油まで降ってくるとあっては堪らない。慌てて距離を取った。

 

「うわぁッ…!ひ、膝に矢が…!!」

 

「こ、後退!下がってポーションを!」

 

何人かが矢を受けてしまった。残念ながら戦争遊戯の間はこれ以上は戦えないだろう。痛いロスだ。

 

「お前ら、卑怯だぞ!」

 

「事前に手を加えてやがったな! 」

 

矢に石、油、それに油を煮立たせる鍋や燃料など。これほどの荷物を戦争遊戯の最中に運び入れるのは不可能だ。…事前に準備して運び入れておかない限りは。

 

ヘスティア・ファミリアの全員が卑怯と憤ったが、アポロン・ファミリアは鼻で笑った。

 

「お前ら、甘いんだよ!」

 

「戦争遊戯の常套手段だ!」

 

「事前に手を加えちゃいけない、なんてルールは戦争遊戯にはない!」

 

自分たちに不利な穴があると分かっているなら当然、調べて塞ぐ。現地で必要な物資があれば、当たり前のように運び込んでおき、隠しておく。荷物は少ない方が身軽に動けるし、そうすれば敵より先に拠点に辿り着くこともできる。

どれも戦争遊戯の常套手段だと、胸を張られた。

 

表向きに戦争遊戯で公認されている行為ではないが、かといって禁止されているわけでもない。

逆に相手の準備行為を妨害したり、斥候に偽情報をつかませたり、あるいは相手の妨害を阻止するために昼夜を問わず見張りを立てる等といった組織的な暗闘も、ある意味では醍醐味。

 

むしろ、ヘスティア・ファミリアがあまりに素直に普通の対応しかしてこなかったので拍子抜けしたくらいだ、と白服の女性指揮官、ダフネ・ラウロスは重ねて挑発した。

いざ戦場に出るまでに何を積み重ねたかが、勝敗を決するのだと。

 

「それを怠った自分たちの怠慢を恨みなさい!」

 

勝ち誇るように告げるダフネにも、実は余裕はなかった。

何せ、ほぼ全員がLv.2のヘスティア・ファミリアの方が、この場に限れば圧倒的に戦力は上。こちらはLv.1が大多数をしめている。

どうにか地の利を得ているが、ヒュアキントス率いる主力が戻る前に雪崩込まれたら、忽ち全滅する。

 

「ダフネ、魔法はどうする?」

 

火力の高い魔法の撃ち合いなら、高所を押さえ、強固な防壁から眼下を狙える方が有利だ。

 

そう提案する仲間に、ダフネは一瞬考えてから首を横に振った。

 

「いえ、まだ早い。向こうもまだ戦意は十分だし、長丁場になるかもしれない。ただ、あいつらが犠牲を覚悟してバリケードの突破を図ったら、その時は…」

 

「わかった。準備しておく。それとヒュアキントスに場所を知らせよう。狼煙を使うぞ?」

 

「ええ、お願い」

 

その時、遠方から金属が鈍い音を立てて軋むような、鈍い音が響いた。

 

「正面の城門が閉じた…何とかやってくれたか…!」

 

ホッとしたようにダフネはつぶやいた。

 

それは壊れて動かなかった筈の、城砦の古い正門が閉ざされた音だった。

戦闘ではあまり役に立てないアポロン・ファミリアのLv.1の眷属達が、徹夜で修理した成果である。

これで堀と壁が有効に機能し、城塞はかつての難攻不落を取り戻す。

 

一方のヘスティア・ファミリアは要塞が着々と戦力化されるのを尻目に、散々に追い散らされ、指を咥えて見ているしかなかった。

 

「………」

 

ベルは唇を噛んだ。

これは、悔しいが相手の言い分に理があった。

確かに、そんなルールはない。無いからといって、そういう発想を持てなかった。

 

下調べをしなかったわけではない。

過去の戦争遊戯の資料を調べ、戦法や戦術についてみんなで知恵を出し合って検討した。 その上で、最強の戦力であるキルトを初っ端に出し、相手の出鼻を挫いて先に要塞を押さえるという結論に至ったのだ。

だが、結局はギルドに照会すれば手に入るような、うわべの情報ばかりを集めていたのではないかと、今更ながら後悔がわく。

 

対人戦のコツを教えてくれたガネーシャ・ファミリアのマックダンが、何か言いたそうにしていたのを思い出す。

思わせぶりな態度をとりながらも、結局は何も言わず、人の悪い笑みを浮かべていたのだが……そういうことだったのだ。

「教えるのは対人戦のコツだけでいいのか?他に聞きたいことはないのか?」と、そう言いたかったに違いない。

キルトもまた意味深な笑みを見せて、今回は助っ人に過ぎないから自分達で考えてやってみろ、と戦術については一切の口出しをしなかった。

 

厳しい先輩方だと、ベルは思った。

 

開始までにアポロン・ファミリアから、ホームや団員に対する嫌がらせがなかったことも、油断してしまった理由だ。実際には裏で戦争遊戯を有利に進める為に、着々と準備していたのだ。

手を尽くして戦争遊戯を勝ち抜くため、できる限りのことをしたと思っていたが、あちらは更に上をいった。

 

そう、落ち込むベルの足をポンポンと叩く者があった。

 

「さっきの矢、毒が塗ってあるよ。でも、ありふれた痺れ毒だ。これなら手持ちの解毒薬でどうにかなる。飲んでおくといい」

 

匂いから毒の種類を判断し、異臭を放つ丸薬をみんなに配っているのは小人族(パルゥム)のムムリクだ。

地代をいきなり倍に上げたロクデナシの代官を蹴り飛ばして故郷を出てきた元猟師で、短弓や罠、スリングの扱いに長けている。毒草や薬草にも詳しい。

 

「糞尿じゃないだけマシだぜ。ダンジョンで潤ってるオラリオの冒険者は、戦い方もお上品なもんだ」

 

クソミソになって戦うのも悪くないんだが、と呟いているのは戦争大好き国家ことラキア王国出身で、上官の()()に手を出して軍を追い出された元工兵のアベシ。鋭利に砥いだスコップを武器に使う一風変わった男だった。

時折、ベルの尻に熱い視線を向けてくるのが困りものだが、仕事はスマートにこなす実力派だ。

 

「どうする?あの程度のバリケードならアベシと俺なら四半刻、いやその半分もあれば取り除けるぞ?」

 

ドワーフのゴンザレスが片手に持った戦闘鎚(バトルハンマー)をパシパシと叩きながら言った。

元々生産系ファミリアに入っていたものの、先達の腕の高さについていけずドロップアウトし、ダンジョン探索に切り替えて糊口を凌いでいた元職人である。

 

「…いざ取り掛かったら、魔法を使って一斉攻撃が来るよ。油をかけて焼き払うかい?」

 

暗い目をして指摘したのは、都市外で繁殖したモンスターに村をメチャクチャにされてオラリオに流れてきた羊の獣人、フレイル使いのパヤック。

 

「そうね、油はギリギリ足りると思う。お姉様が足止めしてくれてる間になんとかしましょう」

 

エルフの魔法使い、フローラが荷物のリストと睨めっこしながら呟いた。

元はちょっとした魔法が一つ使えるだけで落ちこぼれて腐っていたのだが、L v.2にランクアップした際に新たに得た魔法によって化けた。以来、チャンスをくれたキルトへの慕心が人一倍強い。

 

仲間達が色々と意見を出すのを聞いて、ベルは少し心が軽くなるのを感じた。

パン、と自分の頬を張って気合いを入れ直す。

一人で抱え込んでも仕方がないし、そもそも抱え込めるものじゃない。それがパーティー…いやファミリアなんだから。

 

「…纏めると、キルトの姉御が敵の主力を食い止めてる間に、バリケードを突破して勝負しに行った方がいい、って感じか。どうだい、団長?」

 

ムードメーカーのロイドが話を纏めてベルに確認する。

年齢的に中堅どころのロイドが、こうやって何かとベルを立ててくれるのは、正直、ありがたかった。

 

「いいと思うよ。ただ、他にも攻め込めそうな崩落箇所がないか、そちらの偵察も…」

 

と、口にしかけた時、ベル達の前に不意に人影が出現した。

 

「ただいま戻りました!」

 

うさ耳のヘアバンドを付けたリリルカ・アーデが、チャーミングな笑顔を浮かべながら、そう報告する。

リリルカが赤いビスチェの上から常に羽織っているマントは、透明になることができるという、斥候職垂涎の魔道具なのだ。

 

「事前に目を付けてた城壁の切れ目は、三箇所ともバリケードが張られてます。正面の大手門は完全に閉じてて突破は容易じゃ有りません。あんな錆び付いたのをどうやって修理したんだか……ああ、それとキルト様は現在進行形で()()で激しくやり合ってますから、しばらくこっちの援護は難しいと思いますよ」

 

リリルカが報告すると、その場の全員が空を見上げた。

 

雲一つ無い蒼空に時折、チカチカと赤い火花が散るのが、辛うじて分かる。

黒い翼を羽ばたかせて大鎌を振るう金髪の美女と、金色の翼で器用に空中を跳ねて斧槍を振るうピンクのカエル。

オラリオでも史上初となる冒険者同士の空中戦が、展開されていた。

 

 

 

 

「クッソ、羽が邪魔すぎる!!ペペロンチーノェ…!!こんな雑魚相手に手間取るなんて!!」

 

「ハン!負け惜しみかい、所詮は不ッ細工だね!」

 

…実のところ、キル子にとって、翼を生やしての空中飛行など、見た目は派手で見栄えがするが、見物人共への目くらましにちょうどいい程度の見せ札に過ぎなかった。

 

そもそも魔法で空を飛ぶこと自体、普段なら絶対にやらない。

ユグドラシルでは対空迎撃手段が豊富にあるのが理由の一つだが、キル子本来の空中での戦い方は、移動速度が向上する職業クラス『イダテン』で取得できるスキルを駆使して()()を踏みしめ、足場として駆け回るというもの。

だが、それは衆人環視の中で易々と見せてよい手札ではない。

 

そこで、お祭り騒ぎのお遊びで使うにはちょうどいいと思って、これまで一度も使わなかった鎧の飛行機能を使ってみたのだが、そもそも使用しているのが第3位階程度の魔法なので飛行速度も旋回性能もお察しだった。また、フワフワと体が浮いて足場がない感覚というのも、慣れていないと思いのほか動きづらい。

 

何より、ペロロンチーノ謹製の伝説級の鎧『薔薇の処女(ローゼンメイデン)』はとんでもない欠陥品であった。

黒翼を解放して本来の機能を発揮すると、見得を切っているかのようなカメラ写りの良い動作を着用者に強制する厄介極まりないギミックが働いてしまい、逐一行動を阻害する。

おまけに見栄えのいい黒翼は、実際には単なる飾りに過ぎず、空気抵抗がやたら強くて飛行性能を激減させてしまう。

そのおかげで、あの程度の相手に空中戦ではそこそこ勝負になってしまっているという無様な状況。クソが!

 

ベルのピンチに颯爽と現れ、堕天使ムーヴでラブポイントを稼ぐ綿密な計画が、これでは台無しである。

まあ、ヘスティア・ファミリアの連中にはユグドラシルでも最高の支援魔法(バフ)を配ってあるから、プラス5レベル分くらいまでの相手なら敵ではないので、キル子抜きでもまず負けはしないだろうが…

本気を出せばあんなイボガエルなぞ瞬殺なのに、こんな迂闊に手の内晒せない衆人環視の中で縛りプレイとか、ストレス溜まりまくりじゃ!

 

キル子は自分が当初舐めプしていたことなど、完全に忘却の彼方だった。

 

「あんのエロゲガッパの童貞野郎め!タダじゃおかねーですわよ、クラァアア!!」

 

挙げ句の果てに鎧の製作者に対して、八つ当たりめいた怒りを抱く始末である。

 

なお、本人が聞いていれば「ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!」と挙動不審に陥った後に「宴会芸用のネタ装備にそんな期待されても無理ィ!むしろ忘年会を盛り上げるステキな機能を七つも詰め込んだ伝説級を作ったことを褒めやがれください!だいたいその悪役令嬢コス、古典エロゲ界の金字塔『Bible ○lack』の一押しキャラにソックリだったからついティン!ときて…!」等と激しく弁解しただろう。

 

結局のところ、ステータスで圧倒しているので力押しでどうとでもなると、高をくくったのがキル子の運のツキだ。

だが、そんな事情はキル子以外の誰にも分からない。

 

「オォォォォ!!!」

 

「すげぇ!俺、感動しちゃった!」

 

「こんな空中戦、もう二度とお目にかかれないぞ!」

 

「てんししゃま、がんばえぇえええ!」

 

鎌を振るたび、逃げるフリュネを追うたび、見得を切っているかのような、非常に様になる絵が『神の鏡』を通してオラリオ中に映される。

これが結果的に、さも好勝負を演じているかのごとく観衆の目に映った。

客観的に見ればLv.5の第1級冒険者を相手にした、前代未聞の空中戦なのだ。観客は熱狂の渦にたたき込まれ、中には感極まって気絶するものまで出る始末である。

 

キルトの伝説に、新たな一頁が追加された。

 

 

 

「姉御、派手にやってんなぁ…」

 

「そうだね…つうか、あの人、空まで飛べたのかのかよ…もう、何でもありじゃん」

 

ロイドがポカンと口を開けて眺め、その隣ではアンジェリカが思わず語尾を付け忘れて見入っている。

 

「でも、あれならイシュタル・ファミリアの化物蛙は、ほっといて良さそ……お゛?」

 

「そうだね。いや、そうだにゃ……あ゛?」

 

突如、ドカァアアアン!と盛大な音を立てて、地面が揺れた。

 

熾烈な空中戦を行っていたキルトとフリュネが突如として急降下し、城塞に激突したのだ。

 

飛び回って熾烈な争いを繰り広げていた両者は空中でもみ合いになるやいなや、あろうことか城壁の上に陣取っていたアポロン・ファミリアの集団に突っ込んだ。

眼下のヘスティア・ファミリアに集中していたアポロン・ファミリアの一同にとってはまさに青天の霹靂であり、巨象に弾かれるネズミのような有様である。

 

なお、原因となった二人は墜落してもなお意気軒昂であり、運悪く目の前に立っていたアポロン・ファミリアの冒険者達は残らず震え上がった。

 

「こ、こっち来るなぁ!!」

 

「ママぁ!!」

 

「ちょ、待っ…!!」

 

「「邪魔じゃボケェ!!!!」」

 

一瞬にして大鎌(サイズ)で城壁ごと切り刻まれ、あるいは斧槍(ハルバード)によりネギトロめいて潰される。

二人は完全に頭に血が上りきっており、目の前に立っているのが敵か味方かなど、既に気にしていなかった。

 

「ハッ、遅い遅い!!ざまぁないね、戦乙女(ワルキュリア)!可憐なプロポーションで勝るアタイの方が素早く飛べるんだよォ!!」

 

フリュネはクネクネと気色の悪いポーズをとり、その馬鹿にしたかのような態度がキル子の怒りに油を注ぐ。

 

「ああ゛?!吐いた唾は飲めねーぞ!!望み通り、(うえ)でぶっ殺してやるでございますわよ、オラァアア!!」

 

やらかすだけやらかして即座に両者は上空に戻っていった。

 

全てを見届けたロイドとアンジェリカはまぶたを閉じて黙祷した。

こっちを散々に弓で射てきた憎いアンチクショウ共ではあるが、哀れなものである。

そして、突如として降ってわいたチャンスに目の色を変えて各々の得物を握り直す。

 

「よっしゃ、今だにゃ!」

 

「流石はキルトの姐さんだ!こっちのフォローまでしてくれるなんてな!いいよな、ベル!」

 

「ああ!今のうちにバリケードを破って侵入しよう!」

 

もちろん、キル子達が突っ込んできたのは完璧な偶然であり、強いて言えばアポロン・ファミリアの運が悪かった為であろう。

 

「ゴンザレス、アベシ、頼む!みんなも一緒に瓦礫を弾いてくれ!人一人が通れればいい!今なら上からの攻撃はない!」

 

「任せろ!すぐにぶっ壊してやる!!」

 

「おうさ!少量だが火の秘薬を持ってきた。希少な火山花(オビアフレア)の粉末、ラキアの工兵部隊がトーチカの破壊に使う優れ物だ。パヤック、お前も油をまいとけ。硬いおケツをゆるゆるの熱々にしてやろうぜ!」

 

「……油は分かったが、その不穏当な例えはどうかと思うぞ?」

 

「ムムリクさん、リリ達はいざという時の援護に備えましょう。万が一はありますから」

 

「わかったよ。でも"さん"付けはやめて欲しい、副団長」

 

軽口を叩きながらも、各々が出来ることを手早く分担してこなしていく。

 

即席で他派閥から移ってきた改宗(コンバート)組が多数含まれるヘスティア・ファミリアは、長年に渡り同じ釜の飯を食み続けた一般的なファミリアに比べれば絆も連携も劣るだろう、本来ならば。

そもそも、ダンジョンでは同じ派閥同士でパーティーを組むもの。他派閥とパーティーを組むのは、よほどの弱小派閥だけだ。

 

だが、ヘスティア・ファミリアへと参集した彼らは、元より幸運な奴ら(ラッキーズ)と蔑まれ、同じ派閥から爪弾きにされていた者ばかり。

冒険者の中でもLv.1から2へと魂の昇格(ランクアップ)を果たせる者は一握り、一生を費やしても届かない者が各派閥に溢れている。そんな者達から見れば、大派閥の第一級冒険者のおこぼれで、たまたま運良く成り上がった者など許せるはずがない。

そうやって派閥内で排斥され、同じ境遇の者同士で寄り集まってパーティーを組まざるを得なかった、それが彼らだった。

 

だから、絆も連携も、初めからあった。

だから、今、同じ旗の下に集結した。

 

各々が得物を使って手早く土砂や瓦礫を取り除き、瞬く間に道を通していく。

 

「そろそろいけるな。秘薬に点火するぜ、みんな少し下がれ!」

 

「…待った!後方から何か来ます!!」

 

沸き立つヘスティア・ファミリアだったが、好事魔多し。

 

うさ耳のついたヘアバンドをピョコピョコと揺らし、何かを聞きつけたらしきリリルカが、石弓を後方に向けた。

 

即座に全員が踵を返して得物を構え、備える。

 

「居たぞ~~!!!見つけた、こっちだ!ヘスティア・ファミリアの本隊だ!!」

 

ほぼ同時に、後方で鬨の声が上がった。

 

キルトに妨害されていたアポロン・ファミリアの別働隊が、追いついてきたのだ。

 

「化け物共が潰し合ってる今しかチャンスはない!!派閥の興廃、この一戦にありと心得よ!!」

 

その先頭を征くのは団長、ヒュアキントス・クリオ。覚悟を完了させた凄惨な形相をして、遮二無二突っ込んでくる。

 

「こちらも突撃!」

 

「返り討ちだ!」

 

「あの時の借りを返してやる!」

 

ベルを先頭に、ヘスティア・ファミリアもまた斬り込みを行った。

 

「魔法を使います!上が沈黙している今なら勝負は互角!むしろチャンスですぅ!!」

 

前衛部隊を引き連れて打って出たベルに代わり、副団長のリリルカが後衛に指示を出しながら、立て続けに矢を放つ。

 

「め、目があぁあああ!!!」

 

それは狙い過たず先陣の一人の兜の隙間から目玉を穿ち、戦闘力を奪った。

 

「魔剣、用意!フローラさん、マチルダさん、詠唱合わせてせーので、やっちゃってください!…あれ、レックスは?あの子何処行ったの?」

 

「OK!…【いと気高き冬の主人、霜と共に歩む者!】」

 

「【光溢るる天を仰ぐ、雲の切れ間に現れ出でよ】」

 

リリルカの指示を受けて、数少ない魔法使い達が詠唱を開始する。

その前を守るように数名が進み出ると、背負っていた小ぶりの背嚢、無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)から魔剣を取り出した。今朝方、ヴェルフ・クロッゾが届けてくれた試作品の数々だ。

 

「せーの、ハイッ!!」

 

「【フリーズクラウド!!】」

 

「【フォトンレイン!!】」

 

合図と同時に、極低温の気圧の渦と、熱線の雨が降り注ぎ、アポロン・ファミリアの前衛部隊に直撃した。

肺を凍てつかされ、四肢を光に貫かれて倒れるもの多数。しかし、後続は盾や鎧で難なく受け止めると、一目散に殺到する。

 

ヒュアキントスは声を張り上げて味方を鼓舞した。

 

「怯むな!こんなもの、見てくれは派手だが大した威力はない!」

 

数に任せて接近を許せば、魔力のステイタスに偏りがちな魔法使いはひとたまりもない。

残念ながらヘスティア・ファミリアには発展アビリティの【魔導】を持つ者はいない為、魔法の威力も範囲も乏しい。

だが、そこは連携でカバーし、詠唱時間を稼ぐ為に魔剣を使う。

 

「魔剣、撃てェ!!」

 

次々に放たれる炎や氷、あるいは電撃。

魔剣は数度も使えば壊れる消耗品だが、その都度、見た目は小ぶりな背嚢から、無尽蔵に思えるほどの数が吐き出されていく。

 

高価な魔剣の鶴瓶撃ちに、アポロン・ファミリアの団員達は驚愕した。

 

「な、何本魔剣を持ってやがるんだ?!!」

 

あるいは、今は遠いメレンにいるロキ・ファミリアの者達ならば、目を細めた光景だろう。

 

だが、今そのことに違和感を感じられたのは、バベルにて全てを余さず見届けようとする狡猾なる神、ヘルメスだけであった。

 

 

 

 

 

「(あの背嚢、見た目と容積が合っていない。あんな魔道具は見たこともないが……いや、確かロキ・ファミリアの遠征隊が妙な物を迷宮の楽園(アンダーリゾート)に持ち込んでいたと、聞いた覚えがある。そこから手繰れば、あるいは…)」

 

糸口を掴んだと、ヘルメスは少しばかりの満足感を覚えた。

 

「フフ…楽しそうですね、ヘルメス」

 

すぐ隣から聞こえてきた声に、ヘルメスはギョッとした。

思わず目を見開き、そろりと視線だけ真横に動かす。

いつの間にか、すぐ隣に旧知の神物(じんぶつ)が腰掛けていた。

 

「!…やあ、ベルダンディ。久しぶりだな」

 

それは、美を司るフレイヤやイシュタルに勝るとも劣らない美貌の持ち主だった。

 

「ドーモ、お久しぶりです」

 

黄金の髪を結い上げ、白銀のエキゾチックな装束に身を包んだ女神が、上品な笑顔で丁寧なアイサツをした。アイサツは大事だ。

 

女神、ベルダンディ。

ロキやフレイヤと郷里を同じくする神族、運命を司る三女神(ウィルズ・シスターズ)、ノルニルの一柱。

100年に一度程度のペースでしか眷属を持たないという、えり好みの激しすぎる女神として知られている。その分、眷属の質は高く、かつてオラリオを支配していた大派閥のヘラやゼウスからも一目置かれていたのを、ヘルメスは覚えていた。

 

特定の拠点を持たず、大陸中を気ままに流離っていると聞いていたが…

 

「オラリオに来ていたとは、知らなかったよ」

 

「はい。各地を色々と見て回っているのですが、たまたまオラリオにも立ち寄ったので、久々にバベルに足を運んでみました」

 

そろそろ100年の()()()()の時期ですから。

 

そう、ベルダンディは柔らかく微笑みながら語った。

 

「まさか戦争遊戯(ウォー・ゲーム)を開催されているとは思いませんでしたが…」

 

「ふぅん?…まあ、運がよかったな。滅多に見られるもんじゃないからね」

 

相変わらず頭のゆるそうな女だと思いながら、ヘルメスは今回の仕込みのもう一つの本命を映す『神の鏡』に視線を移す。

そこには、意中の英雄候補が、死闘を演じていた。

 

「…ええ、滅多に見られないですよね……本当に……」

 

隣に座るベルダンディもまた『神の鏡』を眺め、楽しそうに柔らかく微笑んだのだが……ヘルメスは気が付かなかった。

 

ベルダンディの口元は上品な笑みを形作りながら、ヘルメスに向けた視線は、凍てつくように冷えていたことに。

逆に『神の鏡』の向こう、黒翼で天翔ける戦乙女(ワルキュリア)を見守る視線は、陶酔したかのように蕩けていたことに。

 

 

 

 

 

 

アポロン・ファミリア団長、ヒュアキントス・クリオと、ヘスティア・ファミリア団長、ベル・クラネルは相対していた。

 

互いに派閥の頭を意図的に狙ったわけではなかった。乱戦の最中、たまたま対峙しただけだ。

しかし、一目で互いに互いを倒すべき敵だと認識した。

 

無言のまま、何の前兆もなく、戦いは始まった。

 

「フン!!」

 

「……!!」

 

まず、ヒュアキントスが赤くうねる様な刀身を持つ剣を正眼に構え、剣戟を繰り出した。

 

その一撃を、あやうくベルはかわしそこねるところだった。あまりにも素早く、あまりにも自然に振り下されたからだ。

単なるステイタス頼みの乱暴な剣捌きではない。経験と、何より地道な鍛錬によって生み出された剣閃だった。

鋭い刃物で斬られる痛みがベルの頬に走り、左頬から流れ出た血が宙に一筋の糸を引く。

 

ヒュアキントスが手にする得物はフランベルジュ。

炎のようにうねった刀身が肉を引き裂き、傷口の止血を難しくする。殺傷能力が高く、死よりも苦痛を与える剣だ。

速やかに治療をしなければ、破傷風にかかりやすくなるのだろうが、ベルは気にせず相手の次の攻撃に備えた。

 

「ハァアアアア!!」

 

「くぅ…!」

 

次いで繰り出された突きを自らの剣で受け止めると、横に押し出すようにして流す。

真っ向勝負の力比べでは分が悪い。文字通り、レベルが違う。

だが、キルトの手によりユグドラシルでも最高クラスの支援魔法(バフ)を受けていたベル達のステイタスは、魂の階梯(レベル)を逸脱して激増している。

受け止めるならともかく、受け流すことは難しくない。

 

何より、こんなフランベルジュなどより遙かに凶悪な大鎌で、速度も力も比ではない相手に、何度も挑み続けていたのだから。

 

「…ぬぅ?」

 

その思わぬ抵抗に、攻めあぐねたヒュアキントスが一拍の間を置いた瞬間のこと。

 

「(ここだ…!)…【ファイア・ボルト!!】」

 

ベルの突き出した右掌から、稲妻の様な爆炎が迸る。

 

「甘いわ…!」

 

冷静にフランベルジュで斬り払うヒュアキントスだが…

 

「【ファイア・ボルト!!】」

 

「なんだと…⁈」

 

間髪入れずに放たれたもう一発には、流石に反応しきれなかった。

 

これこそが、詠唱を必要とせず撃発音声だけで放てる速攻魔法の真骨頂。

本来、魔法とは放つまでに長い詠唱と精神集中を必要とする。

肉弾戦の最中に詠唱を行う『並行詠唱』なる技術もあるが、それを実戦で活用できる冒険者は極めて稀だ。

 

だが、ベル・クラネルの魔法、ファイアボルトはただ一言で詠唱が完了する。

素の威力は抑えめなので強敵相手には牽制にしかならないが、対人戦では絶大な効果を発揮した。

 

「ッ…!!おのれェ…!!」

 

無意識のうちに格下と侮り、さっさと倒さねばと焦っていたヒュアキントスは、これをまともに受けた。

爆発は丈夫な厚手の衣服を焼き、二の腕までを焦がす。暑さ対策に軽装で来たのが、裏目に出ていた。

 

逆に、ベルの着込んでいる白い鎧、『兎鎧(ピョンキチ)』はヴェルフ・クロッゾが手掛けた逸品。下級冒険者向けの防具なれども、軽さと防御力を兼ね備えている。うまく装甲部に当てれば、たとえ相手が冒険者として格上であろうと、ダメージを大幅に軽減できる。

 

苦し紛れに振り回されたフランベルジュを手甲で逸らすと、ベルはさらに容赦なく追撃した。

 

「【ファイア・ボルト!!】」

 

たまらずヒュアキントスがフランベルジュを顔の前にかざしたところをすかさず、ガラ空きの腹に小剣(ショートソード)牛短刀(ミノタン)』を叩き付ける。狙いは人体の急所、水月だ。

 

「カヒュ…?!」

 

ヒュアキントスの腹から空気が搾り出される嫌な音がなり、胃液が逆流し、白い泡が口から漏れる。

 

事ここにいたり、ヒュアキントスは相手の厄介さを認めざるを得なかった。

斬り合いをしながら常に瞬間的に魔法を使われることを警戒しなければならず、当たれば致命傷にならずとも目潰しや牽制には十分。続く追撃を防ぐのは難しく、また攻撃力も侮れない。明らかに、ただのLv.2ではあり得ない腕力だった。

 

「ヨシ、いける…!」

 

一方のベルは、確かな手応えを感じていた。

 

キルト監修、対人戦闘レッスンその1。

使える手札の使い方はできる限り工夫しろ。不意打ち、闇討ち当たり前、常に意識の裏をかけ。

 

優れた魔法使いほど詠唱のタメが長く、距離を置いて戦いたがるもの。その意識は、長く冒険者をしている者ほど無意識のうちに染み付いている。

故に、接近戦に絡めた速射魔法の連発、これは効いた。

 

「き、貴様、本当にLv.2なのか⁈やはりステイタス偽装か⁈」

 

思わずヒュアキントスが発したその言葉は無理もなかったが、それがベルの逆鱗に触れた。

彼の主神、ヘスティアを貶める為に『神の宴』で使われた言葉だったのだから。

 

ベルの石膏のような白い髪がバチバチと帯電し、文字通り、怒髪天をついた。のみならず全身から放電し、紫電を纏う。

 

「そうやって、あなた達はぁあああ!!!」

 

「ば、馬鹿な…?!」

 

怒りのままに振るわれたショートソードをフランベルジュで受け止めた瞬間、ベルの全身に帯電していた電流が、剣を伝ってヒュアキントスに流れ込んだ。

それは物理的な防御力を無視して皮膚を焦がし、筋肉を痺れさせ、神経の動きを狂わせる、〈硬直(スタン)〉の状態異常(バッドステータス)

 

「そんなに戦争がしたいのかぁああ!!!」

 

「………ッ?!!!」

 

一瞬だけ硬直し、棒立ちになったヒュアキントスを、怒りに任せたベルの乱打が襲った。

 

キルト監修、対人戦闘レッスンその2。

有利を取るには状態異常(バッドステータス)を与えること。そして、身動きできないカスをサンドバッグ。

 

そのために最適な武器を、ベルはつい最近まで所有していた。 切った相手に雷を流し込み絶大な属性ダメージと共に〈硬直(スタン)〉状態にして、動きを止めてしまう恐るべき魔剣を。何よりも頼もしかった()()()は18階層で失い、既に無い。

だが、ベルの脳裏には今もあの剣を振るっていた時のイメージ、最強の幻想が焼き付いている。

 

その想いの強さを、ベルは力にすることが出来た。

成長ではなく飛躍、主神にそう言わしめた前代未聞のスキル【憧憬一途(リアリスフレーゼ)】。

想いを受け止め、昇華し、形とする。

 

【雷のオーラ(Ⅱ)】

エネミーとの接触時に雷属性の追加ダメージ(小)を付与。また、感電による〈硬直(スタン)〉の判定を行う。

 

「お、おのれ!妙な小細工を…!!」

 

ベルが18階層の死闘を経て、愛剣と引き換えに獲得した新たなスキルは、一撃ごとにヒュアキントスの【耐異常】を貫き、厄介な電撃を流し込み、徐々に腕を痺れさせ、足を萎えさせていく。

モンスターがよく使う為にメジャーな炎や氷への対策ならばいざ知らず、希少(レア)な雷属性となるとそうそうお目にかかるものではない。

 

ヒュアキントスは舌を巻いた。 

どんな手妻を使ったのか知らないが、純粋な身体能力にもそこまでの差はなく、しかも連発可能な速射魔法まで備えているのだから、この間合いでは手に負えない。

 

一対一の決闘ならば、あるいは勝負がついただろうが、しかし、これは乱戦だ。

 

「ヒュアキントス!」

 

団長のピンチを察して、黒い制服を着たエルフの男が一人、ベルの背後から斬りかかった。

 

「え⁈…うわっ…!!」

 

前の敵に集中していたベルは、危ういところを慌てて飛び退った。

 

「【我が名は愛、光の寵児。我が太陽にこの身を捧ぐ!】」

 

その隙にヒュアキントスは距離を取り、朗々と詠唱をはじめている。

 

「…あ!ま、待て!!」

 

あと少し、【英雄願望(アルゴノゥト)】でチャージした一撃をトドメに放つ…そのタイミングをはかっていたところで…!

 

「行かせるか!!」

 

追いかけようとするベルだったが、その前に別の敵が立ち塞がる。

辺りは大乱闘の様相を呈しており、敵は至る所にいる。だが、味方もまた然り。

 

「邪魔を…!」

 

するな!と言いかけたところで、ベルはそれ以上を口に出来なかった。

 

「イヤーッ!!」「グァー!!」

 

何故なら、いきなり()から降って来た小柄な影が、手にした盾で男を殴り飛ばしたからだ。

 

「イヤーッ!!」「グァー!!」

 

堪らず倒れた男の顔面に、続いて降って来た更に小柄な影が着地する。グキャッ!という音をたてて男の首が嫌な方向に曲がり、それきり動かなくなった。

 

思わず呆気に取られたベルの前で、空から降って来た二人の子供は、上を向いて何やら騒いでいる。

 

「レックス!もっとしっかり落としなしゃいよ!少しずれちゃったじゃないの!」

 

「そだぞ〜!もうちょい右だった〜!」

 

「贅沢言うなよ!この《浮遊(フローティング)》の魔法、覚えたてで疲れるんだぞ!」

 

つられて上を向くと、ローブ姿の獣人の子供がフラフラと宙に浮かんでいた。手足をバタバタと動かしながら危なっかしい動作で浮遊しているが、どうやらキルト達のように自由自在に空を飛ぶことはできないらしい。

 

恐らく、浮遊することができる魔法を使って、みんなで上から奇襲をかける気だったのだろう。相変わらずやる事がエグい。

そもそも魔法とはそんなポコポコ覚えられるものだっただろうか?

 

訝しむベルはさて置き、アポロン・ファミリアの屈強な団員が、カリン達の前に立ち塞がる。

 

「餓鬼が、何もわかってねぇ…」

 

「大人を舐めるとどうなるか分かってんのか?」

 

「冒険者は餓鬼のお遊びとは違う。お前ら、手加減してもらえると思うなよ」

 

いずれもヒュアキントスが指揮していた精鋭、Lv.2になる強者達。

 

返答は、問答無用でぶっ放されたレックスの魔法だった。

 

「《電撃球(エレクトロ・スフィア)》!!」

 

「「「うあぁああ!!!」」」

 

電撃をまともに受けて、痺れきって動けなくなった男達の股間を、カリンが容赦なく踏み潰す。

 

「イヤーッ!!」「アバーッ!!」「イヤーッ!!」「アバーッ!!」「イヤーッ!!」「アババーッ!!」

 

血の小便を垂れ流しながら、男として終わってしまった哀れな者達が積み重なった。

 

「ザッケンナコラー!!!」

 

更なる餌食を求めて咆哮を上げたカリンに、アポロン・ファミリアの男達は震え上がった。

なんと邪悪な悪魔の所業であろうか。ブッダエイメン!!

 

「げぇっ !あの時の化け物小僧どもが出たぞーッ!!」

 

「み、みんな()を守れ〜!」

 

「へ、へへへ!お、オメェらなんか怖かねぇ!」

 

「なら、お前から行けよ!」

 

「いやいや、お前から行けよ!」

 

こうなるともういけない。屈強な男達が自分の背丈の半分もない子供達を前にして、威勢のいい台詞を口にするものの、明らかに腰が引けている。

もちろん、三人は嬉々として襲い掛かった。

 

「あんた達!今度は手加減しないわよ!」

 

「俺は骨しか砕かないぞ!」

 

カリンが美しい装飾が施された巨大な騎兵槍(ランス)を振り回して一息に薙ぎ払えば、コナンもまた立派な盾を構え、体当たりで一度に数人を吹き飛ばす。

 

「《電撃球(エレクトロ・スフィア)》!!」

 

「「「ギィヤァアアアア…!!!」」」

 

そして倒れた所をレックスの魔法で一網打尽に戦闘力を奪ってしまった。

頼もしすぎる子供達である。

 

いや、それよりも…

 

「その盾と槍って、確かキルトさんが使ってた…?」

 

彼らが使っている武具に、ベルは非常に見覚えがあった。

 

「へへ〜ん、いいだろ、ベル兄ちゃん!なんかいきなり目の前にすっ飛んできたんだ!」

 

「頭がすっ飛ぶかと思ったわ!でも、すっごく使いやしゅいのよ!」

 

二人は手にした得物を軽々と振り回している。

 

「…後でちゃんと返すんだよ?」

 

「ちょっと、借りるだけよ!」

 

「そうだぜ!死ぬまで借りるだけだぜ!」

 

キルト監修、対人戦闘レッスンその3。

お前の装備(もの)は俺のもの。拾ったり奪ったりした装備は自分のものにすべし。

 

かねてからユグドラシル最悪のPKよりインストラクションを授けられていた三人は、たくましく成長していた。

 

「お前らも身ぐるみはいでやる〜!」

 

ただ一人、戦利品に恵まれないレックスは倒れたアポロン・ファミリアの団員達を漁っている。

装備やらポーションやらを奪っていくのは捕虜にしたものに対する武装解除の範疇だとしても、財布を抜き取ろうとするのは止めさせるべきだろう。

流石は路地裏育ちというべきか、本当に頼もしすぎる子供らである。

 

「【アロ・ゼフュロス!!】」

 

その時だった。

太陽の如き円盤状の光弾が、ベル目掛けて放たれたのは。

 

「《火属性防御(プロテクションエナジー・ファイア)》!」

 

「【シールドプロテクション】!!」

 

ほぼ同時に、カリンが魔法を唱え、コナンがベルの前に割って入る。

光弾が盾に当たって燐光を発した瞬間、レックスが後ろに大きく跳躍したのがベルには見えた。その跳躍に合わせるように、ヒュアキントスが飛び込んできて、フランベルジュを振り下ろす。

その切っ先を、カリンが槍の柄で受け止めた瞬間。

 

赤華(ルベレ)!」

 

轟音が轟き、光と熱があふれかえって視界をおおう。

朗々と立ち上る黒煙が消えると、そこにはコナンが倒れ伏していた。全身、黒焦げだ。

 

「コナン?!…スッゾオラー!!!」

 

相棒の無残な様子を見て激高したカリンが、恐るべき剛力でヒュアキントスを突き飛ばし振り払った。慌ててコナンに駆け寄り、治癒魔法を使う。

その間は、ベルが自由になったヒュアキントスを牽制した。

 

「《重傷治癒(ヘビーリカバー)》!」

 

カリンの手のひらから白く温かな光が降り注ぎ、コナンの体を癒やしていく。赤黒く焼け焦げた表皮が、速やかに元に戻っていくのを見て、ベルも胸をなで下ろした。

 

「大丈夫、命に別状はありましぇん。自分で後ろに飛んで威力を消したの。単に脳しんとうで気絶してるだけです」

 

カリンは念の為にポーションを使うと、耳を当ててコナンの心臓の音を聞き、閉じたまぶたを指で開けて反応を見て、そう結論づけた。普段の安物の盾だったら危うかっただろう。

いずれにしろ、コナンはここでリタイアだ。

 

「…ごめん。ありがとう、コナン」

 

俯くベルを他所に、カリンとレックスが怒りの形相を湛えて、ヒュアキントスをにらみつけている。

 

「よくもやってくれたわね!覚悟しなしゃい!」

 

「こいつめ、コナンの仇討ちだ!!」

 

「…また君らか、お子達よ。今度は手加減しない。そちらこそ覚悟するがいい」

 

ヒュアキントスは、静かに子供達を眺めると、フランベルジュを構えた。

 

対するカリンは冷ややかに笑った。

このときベルは、笑顔とは意外に凶暴なものだ、と感じた。

目に獰猛な怒りがある。まるで大型肉食獣が獲物にトドメを刺す寸前のような顔だ。

 

「度胸ありゅわね。手下はあらかた片付けた…残るはあんた()()だけよ!」

 

言われてみれば、周囲の喧噪はほぼ収まっていた。

 

あちらこちらで双方の冒険者が倒れ伏し、うめき声を上げている。パッと見て取った感じでは、幸い死者はいなさそうだ。

こちらも半分ほど討ち取られているが、アポロン・ファミリアの黒服で立っているものは他にいない。

 

「よぅ、色男。いい尻してるじゃねーの」

 

「…うちの子供らが世話になったねぇ…覚悟はいいかい?」

 

アベシがスコップを担いで熱い視線を注ぎ、その隣ではパヤックが暗い殺意に淀んだ目をして血塗れのフレイルをヒュンヒュンと唸らせている。

 

「ベルさんがLv.3のあなたを抑えてくれましたからね、その他を倒すのは楽でした」

 

「諦めて降参するのをすすめる」

 

リリルカとムムリクは、それぞれ石弓とスリングを構えて、ヒュアキントスの額に狙いを付けている。

 

「見たところ、そこそこやり手っぽいし。みんなで囲んでフルボッコね?」

 

「卑怯とは言うまいな?」

 

フローラは半ばから切り落とされた自身の杖の具合を見て眉をしかめながら言い放ち、ゴンザレスは戦闘槌をどこかに放り出し、鼻息も荒く両手の指をゴキゴキと鳴らす。

 

キルト監修、対人戦闘レッスンその4。

しぶとい敵も数で囲んでボコれば、実際倒しやすい。

 

「…もう勝ち目はありません。降伏して下さい」

 

「断る」

 

ベルは最後の情けをかけたが、ヒュアキントスはにべもなかった。

 

ヒュアキントスは、満身創痍だった。

ベルの雷によって痺れた筋肉は未だ小刻みに痙攣していて本調子には程遠く、魔力も既に心許ない。何より、序盤でキルトに受けた傷が深く、実のところベルとの戦いの最中も辛かった。

 

だが、今まさに追い詰められているはずのヒュアキントスの瞳は、水面のように落ち着いていた。暗く淀んだ感情は一欠片もない。

 

「ベル・クラネル、逆に聞こう。貴様が同じ立場なら、むざむざ降伏するか?」

 

「………」

 

「沈黙もまた"答え"だそうだぞ?」

 

ヒュアキントスは、皮肉気な笑みを浮かべた。

 

「そういうことだ。今更、名も命も惜しまん。全ては我が主神の為に………アポロン様、万歳!!」

 

「よく言った!望み通り、仲間の後を追うがいいでしゅ!」

 

「い、言い方ぁ!それ悪党の台詞だよ、カリン。むしろ、あいつの方が正義の味方っぽいこと言ってるよ」

 

…その数分後、ヒュアキントスは倒された。

 

ありとあらゆる武器で斬られ、突かれ、刻まれ、殴られ、呪文で焼かれ、総出でボコられた。

それでも仁王立ちのまま、倒れることなく気絶するという漢気に、ヘスティア・ファミリアの一同は感じ入った。

 

「敵だけど、立派な人だったね…」

 

「死なせるには惜しい漢だ。治療してやろう」

 

「ああ。偉い奴だが、早死にするタイプだな…」

 

「さて、後は姐御の方だが…」

 

「いや、決着したみたいだぞ?」

 

その場の全員が上を見上げると、潰れたカエルめいた悲鳴を上げつつ、天からピンク色をした丸くて巨大な物体がピンポイントに意識を失ったヒュアキントス目掛けて落下してきた。

 

『ほげェエエエ…?!!!』

 

フリュネの巨体は勢いよくピンボールめいて弾み、哀れなるヒュアキントス諸共、城壁まで吹き飛んで激突。そこでようやく止まる。

 

「あ、さっき火薬を仕掛けたバリケードに…!」

 

「不運なやつだなぁ…」

 

「言ってる場合か!巻き添えになりたくなけりゃ、はよ逃げろ!」

 

蜘蛛の子を散らすように逃げ出すヘスティア・ファミリアを尻目に、大爆発が起こった。

 

城塞の一部が吹き飛び、噴煙が辺りを覆い尽くす最中、天より高笑いがこだまする。

 

「オーッホッホッホ!た〜まや〜ですわぁ〜!!」

 

ようやく憎たらしいピンクのイボガエルを血祭りに上げて叩き落としたキルトが、空を舞いながら上機嫌で高笑いをあげていた。

 

「素晴らしい!ホラ、見て御覧なさい!皆さま、こんなに綺麗な花火ですわよぉ!オーッホッホッホ!」

 

まるで悪役のような事を宣いながら勝利の高笑いを楽しむと、黒い翼を翻して地面に降り立った。

着地と同時に羽根が崩れて飛び散り消えるというエフェクトに、周囲から感嘆の吐息が漏れる。

 

「わたくし達の勝利ですわ!」

 

キルトは勝ち誇るように威勢よく宣言した。凄まじいドヤ顔である。しかし、ヘスティア・ファミリアの一同は、困惑したように顔を見合わせた。

 

「…いや、姐御。それがまだ勝ちと決まったわけじゃねぇんです」

 

「あら?」

 

今回のルールは殲滅戦。勝敗の確認は、バベルにて神の鏡を操作している神々が行っている。

終了の合図がないのを見るところ、どうやら未だ五体満足で逃げ回ってるのが何処かにいるらしい。

 

「たぶん、要塞の中だよ。罠を仕掛けてゲリラをやる気かな?」

 

ムムリクが煙を上げて爆散した城壁を見ながら言った。

 

「ちょうど突入口も空いたところだし、行くかい?」

 

中には不意打ちに最適な隠し部屋や、罠が山ほど仕掛けられているに違いない。

事前にあれだけ入念な準備をしていた連中だ。恐らく、そのくらいはやっている。

 

「なにそれ。流石にかったるいですわ」

 

キルトは手元の時計を確認した。もう半刻ほどで日が落ちる。

 

…高精度の感知スキルを持つキル子なら、罠も不意打ちもさほど怖くはない。むしろ間合いが限られる閉所での戦闘は得意中の得意。内部に突入して残敵掃討してもいいが、あまり手早くやると感知能力の精度がバレる。それは面白くない。

 

それに、さっさと終わらせて飲み屋に行きたかった。

この日のために打ち上げの店は予約済みであり、二次会の準備までバッチリだ。

キル子は日本のサラリマンの伝統、飲みニュケーションでアルハラを仕掛け、酔ったふりしてベルをお持ち帰りする気満々だった。

 

となれば、だ。

 

「例の確認もしておきたかったし、ちょうどいいかな?………皆さま、わたくしから最後のレッスンを実地でお目にかけましょう!」

 

()()は建築物にしか効果がないので、せいぜい堅固な要塞の破壊くらいにしか使えない。今後もオラリオで活動する以上、そうそう滅多に使い所があるわけでもないから、見せ札にしても構うまい。本職の魔法職ではないキル子にとっては、その程度の手札。それに見た目も派手だから、ウケも取れる。

 

「下手な拠点に籠もってしまうと魔法一発でオタッシャ、ですわ!」

 

いったい何人のユグドラシル・プレイヤーが逃げ場のない()()の中で床ペロし、SNSに晒されてペロリスト認定され、引退を余儀なくされてしまったことか。もちろん、キルして晒したのはキル子の仕業であったが。

 

「全員、負傷者を連れて避難なさい。さもないと、巻き添えになりましてよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかりして、カサンドラ!」

 

頭から血を流す親友を抱えて、ダフネは城外へと続く回廊を歩いていた。

あの時、キルトとフリュネの戦闘の余波から、カサンドラがダフネを庇ったのだ。

おかげでダフネ自身は軽傷で済んだが、代わりにカサンドラの傷は深い。

 

まだ要塞内部には罠や毒の備えがあったし、無事な団員達の中には何とか一矢報いようと足掻いている者もいる。だが、もうダフネは戦う気はなかった。それよりもカサンドラが優先だ。

 

城壁の傍に設置されたレバーを操作し、巨大な転輪を回転させて鎖を巻き取り、先程閉ざしたばかりの城門を自ら開け放つ。

 

「もう少し、あと少しの辛抱だから…!」

 

ありったけのポーションを使ったが、意識が戻らず、呼吸は荒い。心臓の鼓動も早鐘のようだった。嫌な予感しかしない。

 

ダフネは唇を噛み締めた。

これが逆ならば、まだマシだった。ダフネは耐久に超高補正のかかるスキル【月桂輪廻(ラウルス・リース)】を有しているし、俊敏に補正のあるスキルもある。

後悔しきりのダフネの目に()()が映ったのは、その時だった。

 

黒翼を広げ、上空から地上を睥睨する金髪の美女……戦乙女(ワルキュリア)

 

ダフネはファミリアには強引に入団させられた為、主神であるアポロンに対する忠誠心はほぼ無い。何不自由なく尽くしてくれていたアポロンに対して、多少の感謝の気持ちもなくはないが、それ以上に恨んでいる。

それでも事前準備にも戦闘指揮にも手を抜いた覚えはなかった。ダフネの性格的に、そんなことは出来ない。

にもかかわらず、結果的にはほぼ戦乙女一人の為に、戦略を覆されてしまった。

 

「今度は何する気…!」

 

ダフネは怒りと困惑、それに多少の羨望を交えて、天高く舞う戦乙女を睨む。

直後には、そんな思いも消し飛んだ。

 

突如として空中に滞空する戦乙女(ワルキュリア)を中心に、10(メドル)にもなろうかという巨大な球状の魔法陣が展開された。

魔法陣は蒼白い光を放ち、幾つもの光の文字や記号のようなものを吐き出しつつ、目まぐるしく姿を変えている。

折しも灼熱の太陽が地平線にさしかかり、夕闇の降りてきた頃合いであり、薄闇に包まれた空に、遠目にもはっきりと目にすることが出来た。

 

発展アビリティ【魔導】を持つものは、魔法円(マジックサークル)を展開することで魔法の威力強化、効果範囲拡大、精神力効率化の補助をもたらす。だが、アレは【魔導】によって展開される魔法円とは、形も規模も全くかけ離れていた。

あれが何なのか、何をしようとしているのか全く理解できずに、ダフネは困惑した。少なくとも、アポロン・ファミリアにとって良いことは起きそうになかった。

 

嫌な予感が背筋を駆け回り、ダフネはもう無我夢中で駆け出した。胸に抱いたカサンドラを決して離さぬようにして、この場から少しでも遠くに行くために。

 

 

 

 

 

 

同じ頃、バベルも混乱の極みにあった。

『神の鏡』にも魔法陣に取り囲まれたキルトの姿が大写しになり、見守る神々を唖然とさせていた。

 

「なんだあれ…」

 

「知らない。魔法じゃ、ない…⁈」

 

「空が、いや世界が()()()…」

 

先程までの余裕は、既にない。

それは悠久を生きる神々すらも、未だかつて目にしたことのない光景だったのだから。…ただ一柱を除いて。

 

 

 

 

やがて光の魔法陣が弾け、無数の光の粒となって天空に舞い上がる。

そして一気に―――爆発するかのように天空に広がった。

それは天を遡る流星、あるいは極光。

 

この日、世界に新たな爪痕が刻まれた。

 

神々の箱庭たるこの世界の外から持ち込まれ、使われた法則(コトワリ)。ユグドラシルが超位魔法の一つ。

 

即ち、それで――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界に、光が堕ちる。

 

 

    

 

 

 

 

 

 

何が起こっているのか理解できたものは、誰一人としていなかった。

そう、人も神も。戦場にいた者も、『神の鏡』を通して見ていた者達も。

あまりの事態を、直ぐには理解できなかった。

 

何よりも、その効果を自らの身をもって味わうことになった者達は、理解を拒絶したまま、ありのままを受け入れるほかなかった。

 

「天が、落ちてくる…」

 

誰が呟いたか、その言葉は事態を的確に表していた。

それはダフネ自身の言葉だったのだが、そのことには気づけなかった。

 

遙か天の彼方、空と宇宙(そら)の狭間に集った光がまっすぐに降りてくる。

天を覆い、地に影さえ落とさない極光。

それはみるみるうちに地上へと到達し、やがて白い光が弾けた。

 

瞬時に音が消え、光が消える。

 

ダフネは吹き飛ばされ、地面にたたき付けられた。

網膜は残像に覆い尽くされ、鼓膜は破れて意味をなさない。

我が身を省みず、カサンドラをかばって丸くなる。凄まじい爆風と光と熱がその背を撫でている間、ダフネは神に祈っていた。どんな神に祈りを捧げていたかは、後になっても思い出せなかった。

 

しばらくして光と鳴動が収まると、そろそろと頭をもたげて起き上がる。

キーンと耳鳴りがして、吐き気と目眩が襲ってきたが、頭を振って立ち上がった。辺りの様子を確かめなければならない。

だが、現実を認識するまでに、また途方もない時間がかかった。

 

城塞が消えている。

目の錯覚ではない。城塞があった場所は完全に陥没し、跡にはクレーターだけが残されている。

ダフネ達と同じように逃げ出し、何とか生き延びたと思しきアポロン・ファミリアの黒い制服姿の人間が、あちらこちらで呆然としていた。

 

その有様を眺めているうちに、ダフネはチョロチョロと下半身が濡れていくのを自覚した。だが、恥とは思わなかった。生き残れた自分を誇りに思いさえした。

そして、カサンドラを誘ってカタギに戻り、冒険者を辞めようと思った。

 

その日、オラリオの周囲に暮らす者たちは、雲を消しとばして極大の光の柱が降る光景を、目の当たりにしたという。

 

 

 

 

 

天上の剣(ソード・オブ・ダモクレス)》。

信仰系第十位階魔法《自然の避難所(ネイチャーズ・シェルター)》で作った防空壕を打ち砕ける威力がある、対建築物専用の超位魔法。

 

宇宙兵器とも揶揄されるエフェクトは非常に派手だが、対建築物に特化しており、対人殺傷力はほとんどない。せいぜい舞い散る瓦礫に運悪く巻き込まれる程度だろう。

ユグドラシルではタウンやギルド拠点のようなゲーム内の重要箇所を破壊できるほどの威力は無く、使いどころが限られる魔法だった。

あまりやり過ぎてフィールドが滅茶苦茶になると運営的にもサービス提供が難しくなるという、大人の事情だったのだろう。せいぜい大規模PVPにおいて、魔法やアイテムで作成される仮設の砦などを壊す、といった使い方しかされていなかった。

キル子もビルド構築上、取得可能だったから取得しただけで、数える程度しか使ったことはない。

 

そもそも超位魔法は、ユグドラシルにおいて強力な切り札の一つだが、使用後に強制的な冷却時間(クールタイム)が同じチーム全員にかかるため、超位魔法を先打ちする者はまず負ける、という定説がある。

大規模戦の際は、超位魔法を発動しようとする者を最初に潰すのが定石。転移魔法による突貫、出の早い超位魔法による絨毯爆撃、超遠距離からのピンポイントショット。それら無数の手段を使って妨害に出るのが基本中の基本だ。

この周囲に他のプレイヤーがいたら、まず間違いなく、そう出るはず。

実際、オラリオ全域に配置し、()()()()()()()()他のプレイヤーからの介入を警戒させていたニンジャ達からは、なんら報告がない。

ならば、やはりプレイヤーはいないのだ。その確認が取れただけでも儲けもの。

 

キル子にとっては優先度の低かった案件を処理するついでに、お祭り騒ぎの最後にちょっとした花を添え、勝利までの時間を短縮するだけの一発芸に過ぎなかった。だいたい、魔法強化や広範囲化のスキルを持たないアサシンが放つ、ただの超位魔法なんて、ユグドラシルのプレイヤーからすれば呆れて失笑される程度の代物なのだから。

 

…もちろん、他の全員がそうは思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

バベルには静寂が満ちていた。

 

「………」

 

破壊の光を目の当たりにした時、神々はまったく同じ感想を共有した。

千年前、かつて地上の民が作り、怪物との生存競争を戦い抜くために用いられた最初のバベルの塔。

それは、神が地上に降臨した際に破壊された。神の力(アルカナム)によって。

 

神々がキルトへと向ける視線は、既に激変していた。

神から人間()へと下賜する恩恵(ファルナ)を必要とせず、黒き翼をはためかせ、大鎌を携えて、破壊の光を齎す堕天使。

まるで、神への反逆を示しているかのように。

 

「………」

 

裏で全てを画策したヘルメスすらも、今は滝のような汗を流して沈黙するのみ。

 

ただ一柱、"現在"を司る女神だけは、感極まったように涙を流しながら、優しく微笑んでいた。

 

「ああ、まさしくユグドラシルの……我らが愛し子……」

 

その左手の薬指にはめられた『永劫の蛇(ウロボロス)』を象った指輪が、鈍い光を湛えていた。

 

 

 

 

 

 

対照的にオラリオ市内は喧騒に包まれていた。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)の行末を固唾を飲んで見守っていた観衆からは、大歓声が上がっていた。

 

「うぉああ!すっげ!」

 

「うはぁ…俺、今日は眠れないかも…」

 

「わかるわぁ…あんなの見せられたらな…」

 

「おかあさん、あたしもぼうけんしゃになる!ひめきしになる!」

 

『ヘスティア・ファミリアの勝利です!スゴイ!』

 

『私は最初からヘスティア・ファミリアが勝利すると確信していました!まったく!本当にネェ!』

 

ヘスティア・ファミリアに賭けた者達は狂喜乱舞し、アポロン・ファミリアに賭けていた者達は悲鳴を上げて紙切れと化した賭け札を放り投げる。

 

「よっしゃ、儲けた!戦乙女(ワルキュリア)ばんざ〜い!」

 

「チキショウ、アポロン・ファミリアめ……まあ、相手が悪かったか。ヒュアキントスもよくやったよ…」

 

さらには、どこから湧いて出たのか、同じ髪型、同じ顔立ち、同じサイバーサングラスをかけ、同じダークスーツを着込み、同じ家紋をネクタイに刺繍したヤクザめいたアトモスフィアの男達が屋台を並べ、『戦乙女・キルト』の物販を始めた。

 

戦乙女(ワルキュリア)の公式グッズの販売です。本人から許可を得た正規品です。実際、正当な。実際、安い。さあ、遠慮なくお買い上げください市民」

 

「三つずつくれ!」

 

「こっちもだ!」

 

ロゴ入りTシャツやポスター、フェイスタオル、マグカップ、タンブラー、団扇などにミーハーな市民や観光客が群がり、たちまちのうちに売れていく。

 

また、酒場にてジョッキを片手にほろ酔い気分で観戦していた冒険者達も、いつの間にか酔いを忘れて見入っていた。

 

戦乙女(ワルキュリア)…まさかあれほどの()()()だったとは…」

 

「【九魔姫(ナイン・ヘル)】とどっちが上かな?」

 

「さあな。だがあれだけやらかしたんだ。キルトとヘスティア・ファミリアは、しばらく台風の目になるぞ」

 

「うちの主神様、一時期はキルトを引き抜けって、うるさかったからな。また、騒ぎ出すぞ…」

 

「っかぁ〜!英雄譚見せびらかしやがって!…おもしろくねぇ!…おう、姉ちゃん、エール追加だ!」

 

良くも悪くも、人々は熱狂していた。

 

たった今、目の前で繰り広げられた光景がどれだけ異常なことなのか、理解できずに。

 

 

 

 

 

 

「よし、これなら勝利判定は問題なしですわね!皆さま、お疲れ様でした〜!さっそくアフターファイブに繰り出して勝利の美酒に酔いましょう!今夜は奢りますわよ!」

 

時間の節約になったとご満悦のキル子だったが、ヘスティア・ファミリアの一同は、ぽかんと口を開けて唖然としている。

 

「うわぁ…姉御、あんな魔法使い顔負けの大魔法まで…」

 

「もう、あの人に関して考えるのやめるわ…やめるにゃ…」

 

「…実は、最初からあの魔法で要塞ごと吹き飛ばせば良かったんじゃ?」

 

「たぶん、リリ達が要塞を取られたら、それを利用して騙し討ちみたいにやるつもりだったのでは?あの威力なら敵は一箇所に集まってた方がまとめて倒しやすいでしょうから。……あの人の考えそうなことですよ」

 

「お姉様、素敵!一生ついていきます…!!」

 

「流石はキルトしゃま!」

 

「すげえ!!とにかくすげえ!!レックス、お前もあれ覚えろよ!!」

 

「コナン、お前いつの間に復活してるんだよ…っていうか、無理だから。僕はまだLv.1だから」

 

アポロン・ファミリアの一同も、驚愕と諦観の入り混じった表情で、その光景を眺めていた。

 

「負けだ負けだ…やってらんねぇ…」

 

「はなから、勝ち目なんて無かったわけだ…」

 

「どのみち、うちのファミリアは終わりさ。俺、田舎に帰るわ」

 

「お労しや、アポロン様…」

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、戦争遊戯(ウォーゲーム)は終結した。

 

様々な禍根を残して。

 

 




CV.永遠の17歳様な感じで。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。