ダンジョンにユグドラシルの極悪PKがいるのは間違っているだろうか?   作:龍華樹

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第3話

キル子はヘファイストス・ファミリアの店の奥、上客用と思しき応接室で、下にも置かない接待を受けていた。

革張りのソファは柔らかく、床はフワフワした絨毯。分厚い一枚板の机には、香りのよい茶が湯気を立て、モダンな暖色の魔石照明がその全てを照らし出している。

正直、豪華さで言えばナザリックの9階層の方が上だろうが、こちらには単に高級品を配置しただけでは醸し出せない、気品のようなものが感じられた。

 

「すみません、お茶おかわり」

 

「はい、ただいま!」

 

キル子は部屋の隅に立っていた店員に、茶のおかわりを所望した。部屋に案内された時に、用事があればなんでもいいつけて良いと言われて付けられたのだ。

一方の店員はといえば、キル子をよほどの上客とみなしたのか、今にも揉み手をせんばかりに機嫌を窺っている。なんともむず痒く、尻の座りが良くない。気分は何処ぞのお大尽か。

 

あの後、キル子がこの部屋に通されると同時に、ヘスティアはヘファイストスに襟首を掴まれ、猫の子のように引き立てられていった。

今は別室で、キル子について色々と詰問されているようだ。

どこから来たのか、何者なのか、どういう経緯で知り合ったのか、その他諸々。その全てにヘスティアはしどろもどろになりながら答えているが、彼女自身も大したことを知っているわけではない。当たり前だ、まだ知り合って半日とたっていないのだから。

 

何故、彼らの会話の内容をキル子が知っているかと言えば、盗賊(シーフ)暗殺者(アサシン)系の職業レベルを上げると取得できる聞き耳系のパッシブスキルのおかげだ。このフロア一帯の会話くらいなら筒抜けである。高難易度ダンジョンでいきなり不意打ちPKをかましてくる同業者相手に、常に耳をすましていることに比べれば朝飯前だ。

ちなみに聴力強化系の魔法、《兎の耳(ラビッツイヤー)》を使えば、さらに周囲数キロまでは余裕である。

 

「ん〜、このお菓子うま〜」

 

図々しくも茶と茶菓子のおかわりを繰り返し、たまに煙草をやりながら、キル子は彼らの不毛な会話が終わるのを呑気に待った。

 

最初、店の奥に引っ張られた時は、知らずになんかやらかしたかと思ったが、おおよそヘファイストスの腹づもりも読めた。聞き耳対策や情報系魔法対策がゆるゆるの相手など、正直手玉である。まあ、なんとかなるだろう。

 

「ん、終わったかな?」

 

「は?何がですか?」

 

「いや、こちらの話。気にしないで」

 

ややあって、ファミリアの主神であるヘファイストスが、疲弊した様子のヘスティアを伴ってやって来た。

 

「ごめんなさい、待たせてしまったわね」

 

「いえいえ、お気になさらずに。こちらはこちらで有意義でしたから」

 

「そう?」

 

まあ、内緒話乙とは言うまい。

 

「まずは、これが査定額よ」

 

ヘファイストスは一枚の紙を差し出してきた。

残念ながら、見たこともない文字が並んでいる。日本語でも英語でもなさそうだ。数字らしき部分すら、独特の書体でイマイチよくわからない。だが、手はある。

 

キル子はインベントリから、マジックアイテムを取り出した。見た目はノンフレームの銀縁眼鏡だが、かければ魔法の力であらゆる文字が読めるようになる。

ユグドラシルでは時折、複数のゲーム内言語を読み解く必要のあるイベントやアイテムが出回るので、高レベルプレイヤーになると一つくらいは携帯している。

 

「ファッ!?…これ、桁を一つ間違えてませんか?」

 

だいたい予想してはいたが、やはり改めて提示されると驚きを隠せない。

 

「いいえ。妥当な金額だと、私、ヘファイストスの名前で保証するわ」

 

「いや、でもねぇ…最低でも一つ1億ヴァリスって…」

 

「い、1億ヴァリスぅ!!」

 

横で聞いていたヘスティアのツインテールが飛び跳ねた。

空を仰ぎながら、ジャガ丸くん何個分だとか計算しているが、キル子にしてもユグドラシル金貨にして何枚になるのやら見当もつかない。

ただ、感覚的には貰いすぎな気がする。ていうか、あんな中途半端なアイテム、まとめて10Mだって高い。

 

「どれも素材に希少な超硬金属(アダマンタイト)最硬精製金属(オリハルコン)が使われているし、武器としての完成度も高い。…名のある名工の作なんでしょうね。間違いなく、第一等級武装よ」

 

ヘファイストスは、やや悔しそうに告げた。鍛治の神様らしいので、プライドが刺激されたのかもしれない。

 

「全て見たこともない特殊な属性を付加された特殊武装(スペリオルズ)。決して高い金額だとは思わないわね」

 

ただし、とヘファイストスは続けた。

 

「残念だけどうちは製作の方が専門だから、素材ならともかく、ここまで高額な買い取りは流石に無理ね。無料で鑑定書を出すから、それで勘弁してもらえないかしら」

 

やはりか。まあ、盗み聞きしていたので、そこら辺の事情は察していた。

 

「そうですか、残念です」

 

ガーンだな。結局、現ナマにはできないってわけか。

 

「もし、本当に処分を検討しているなら、ギルド主催のオークションにかけることをお勧めするけど」

 

オークション!そういうのもあるのか。

 

「滅多にないことだけど、引退した第一級冒険者が現役時代の装備を出品することがあるのよ。新規に作るより割安だから、大抵はすぐに買い手がつくわ」

 

それは良いことを聞いた。是非利用したいところだが、肝心のギルドにツテがない。

 

どうしたものかとキル子が悩んでいると、ヘファイストスは、真剣な表情で"本題"を切り出した。

 

「…一つ確認させてちょうだい。これ、どこで手に入れたの?」

 

…まあ、聞かれるか。

 

「第一等級武装ともなれば、素材を揃えるだけでも非常に高額になるわ。大手ファミリアの第一級冒険者ですら、持っていたとしても一つか二つが限度。私も地上に降りてからそれなりに長いけど、一度にこの数を持ち込んだのは、あなたが初めてよ」

 

1億ヴァリスを超えると、まっとうに金回りのある商業系ファミリアでも、それなりに覚悟のいる金額だ、とヘファイストスは続けた。

 

「断言してもいいけど、これを作れる職人はオラリオでもほんの一握りね」

 

その言葉を聞いて、キル子は別のことが気になった。

今の話ぶりでは伝説級アイテムを、第一等級武装とやらと同等クラスとみなしているようだ。この店でも最上位の商品として扱っているらしい。

それはそれで結構なことだが、問題は果たしてさらに一段上の神器級の武器を取り扱えるかということだ。つまり、キル子のメイン武装のメンテナンスや修繕ができるのか、である。

 

そんなキル子の心の声を代弁すれば、こうなる。

 

(あれだけ苦労して借金したり、ギルドに加入した頃には既に鉱山奪われててアインズ・ウール・ゴウンに販売禁止されてた超々希少金属をツテを駆使して掻き集めたり、最上級の生産職に土下座する勢いで頼み込んだりして、やっとの思いでこさえたマイゴッズアイテム!!メンテも出来ずに朽ちていくだけとか、訴訟も辞さない!!)

 

…悲しいネトゲ廃人のサガである。

 

なお、そんな苦労しないと作れない神器級アイテムをPKで奪いとるキチガイがいるらしいが、知らない子ですね。

 

「うちで作られた物でないことはすぐにわかったから…悪いけど、待たせている間に裏を取らせて貰ったわ。最悪、盗品や横流し品の可能性もあったしね。でも、何処のファミリアも、これらを作った心当たりはないそうよ」

 

これだけの武具、自分や眷属が作ったものなら「いつ」「どこで」「誰が」「誰のために」作ったのか、どんな神だろうが間違いなく覚えている、と。ヘファイストスは断言した。

 

「主要な鍛治系ファミリア全てが否定した。それに、どれほど調べても製作の過程や工法が、まるで想像がつかない。つまり、少なくともオラリオで作られたものじゃない」

 

ヘファイストスは、キル子を見据えた。

 

「だからこそ、聞きたいの。これは、いったいどこの誰の手によるものなのかを」

 

「…ヘファイストス様、私は商人ではないのでね。あまり悠長な駆け引きといいますか、腹の探り合いは好みません。どうせ、貴方達には嘘は通じないのだから」

 

そう、盗み聞きしていてキル子が驚いたことの一つが、神には嘘が通じない、という点だった。つくづく最初に出会ったのが、ヘスティアのようなユル軽いので助かった。

 

「これは正真正銘、私が故郷で手に入れた物です」

 

どうやって手に入れたかについては触れていないので、嘘ではない。

 

「ですが、貴方がお知りになりたいのは、そんなことではないですよね。ズバリ、素材でしょう?」

 

キル子が確信をつくと、ヘファイストスは息を呑んだ。

 

「…やっぱり、そこまでわかった上で、うちに持ち込んだのね」

 

キル子が査定額リストの最上段にある、あるアイテムをトントンと指差すと、ヘファイストスは観念したように頷いた。

 

『査定不能』と簡潔に書かれたそれは、中途半端な補正の伝説級アイテムの中でも、頭一つ抜けた性能を持っている。

理由は、一つ。素材だ。

超希少金属を武器全体に薄くコーティングするように使っているため、耐久性が段違いなのである。

正直、その金属をこんな中途半端な武器に使うなら、真っ当に神器級作れや!と小一時間ほど問い詰めたいが、資金が足りなかったから妥協したんだろうなぁ、とキル子は思った。

 

ちなみにキル子のお気に入りの煙管も、一見すると銀製だが、実際には宝物庫からチョロまかした超希少金属を別の希少金属でコーティングしている。もちろん、ギルマスには内緒だ!

 

話に食いついたヘファイストスは身を乗り出した。完全に目が据わっている。

 

「これには完全に未知の金属が使われていることまでは分かったわ。それを薄く形成して武器の素体にコーティングすることで、性能を落とすことなく不壊属性並みの強度を持たせていることもね。正直、脱帽よ」

 

キル子も驚いた。さすがは鍛治の神、未知の素材を相手にして、そこまで調べ出したのだから侮れない。

 

「ご名答。刃物や鈍器、あるいはゴーレムなどのコーティング材として使用すると耐久性を飛躍的に高められる特性を持った超希少金属です。私の故郷の特産品で、極めて貴重な品です」

 

さて、勝負はここからである。

 

キル子はおもむろにインベントリに手を突っ込むと、今度は一振りの短剣を取り出した。

 

「そ、それは?!」

 

見た目は血錆の浮いた出刃庖丁だが、アルフヘイムのワンコイン投げ売り祭りで手に入れた神器武装『セクハラ殺し』だ。

武器性能は短剣というカテゴリでは最高補正。さらに、貴重なクリティカル発生率アップの最上級データクリスタルを限界まで注ぎ込み、おまけとして余ったデータ領域に男性特攻を詰め込んでいる。

見た目とネーミングに目を瞑れば、神器級の中でも最高の逸品だろう。

 

「鑑定してもらった武器より、もう三つか四つほどランクが上の代物です。ひとまず、お手にとってみてください」

 

キル子が机の上に置くと、ヘファイストスは飛びつくようにして『セクハラ殺し』を検めた。

刃に指を滑らせて切れ味を確認し、ハンマーを当てて音を聞き比べて強度を確かめる。

 

「これにも未知の素材が使われてる。しかも複数。どんな特性なのかまでは詳しく調べてみないとわからないけど、硬度だけでも超硬金属(アダマンタイト)より…いえ、最硬精製金属(オリハルコン)より上!」

 

ヘファイストスはユグドラシルが生んだ最高のアイテム、神器級武装に夢中のようだ。

 

キル子はその瞬間、自分が賭けに勝ったことを確信した。

 

やはり神というのは、自らの存在に根ざした欲求には抗えないようだ。ある意味では人間より嘘がつけないのだろう。

未知の素材と未知の技術、鍛治の神であるヘファイストスは、恐らくその誘惑に抗えまいと、キル子は読んでいた。

何せ、別室でヘスティアの襟首を掴んで振り回しながら、本人がなんとか素材の出所や製法を聞き出せないかと悩んでいたのを、盗み聞いていたのだから。

 

やがてヘファイストスはあらゆる角度から奇妙な形をした短剣を眺め、存分に確かめて、そして叫んだ。

 

「このナイフを作ったのは誰!」

 

…あるぇ?

 

「性能はいいのに、本当に性能はいいのに、すっごく良いのに!なんでこんな残念な見た目と名前にしたのよ!!」

 

どうやら《上位道具鑑定》の魔法のような何らかの手段で、この武器のユニークネームを探り当てたらしい。

ヘファイストスは、もう血涙を流さんばかりである。

なんかキル子が期待した驚きとは、方向性が違う。ケーキを期待して甘い物を所望したら、羊羹が出てきた的な感じで。

 

「うちのファミリアにも、良いものを作るくせにネーミングセンスのひどさで売れない子がいるけど、デザインはまともよ!流石にこれはないわ!」

 

「…解せぬ」

 

キル子的にはむしろ、このデザインに心惹かれたから手に入れたというのに。

 

「誰が作ったかまではわかりませんね。それは故郷の露店で買ったものですので」

 

「露店でこれを⁈どんな魔境なの⁈」

 

ヘファイストスはさらなるショックを受けたようだった。

さもありなん、自分のファミリアですら作れなさそうな超級装備が、ジャガ丸くんよろしく露店で売られていると聞けば、発狂もするだろう。

 

「本当ですよ〜」

 

キル子が嘘をついていないとわかるだけに、ヘファイストスの心労は余計に酷かった。

 

しかし、事実である。ユグドラシルでは、さほど値の張らない不要なアイテムは人通りの多いタウンなどで、露店売りするのがメジャーだった。税金として売り上げ価格の最大2割ほどが自動的にさっ引かれるのだが、商人系の職業についているとそれも軽減される。

 

「…さて、ヘファイストス様。他でもない、鍛治の神である貴方ならば、これと同程度のものを作れますか?」

 

キル子は、ヘファイストスの目を見据えて問いかけた。結局、これが聞きたかったのだ。

 

ヘファイストスは息を呑み、しばし考え込んだが、やがてキッパリと断言した。

 

「同じ素材さえ手に入る、という条件なら。そして私自身が打ち上げたなら。これと同じ…いえ、これ以上のものを作ってみせるわ」

 

文字通り、神の手による神器、ということか。

 

「…その言葉が聞きたかった」

 

思わず、頬が緩む。

 

キル子は、インベントリから7本のインゴットを取り出すと、ヘファイストスの前に並べた。

 

「私が故郷から持ち込んだ超々希少金属、通称七色鉱のインゴットです」

 

ワンコイン投げ売り祭りで買い漁った、ユグドラシルの素材系アイテムでも最上位に位置付けられた、七つの金属。

かつて涙を飲んで破産しながら集めた超々希少金属の山に、無駄とわかってはいたが、つい手が伸びて買いこんだ。それが、まさかこんなところで役に立とうとは。

 

「もちろん、ただで差し上げる、というわけには参りませんがね」

 

ここぞとばかりに、キル子は世にも邪悪な笑顔を浮かべた。ヘファイストスにしてみれば、まさに悪魔の笑顔に等しかっただろう。

 

「で、オラリオでは未だ未発見の貴重な素材。貴方ならいったいどれほどの値をつけていただけますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケケケケケ!いやぁ〜、儲かった、儲かった!ヘファイストス様チョロいわ」

 

キル子は笑いが止まらなかった。気分はとてもいい。

 

結局あの後ヘファイストスは「悔しい、でも1億ヴァリス出しちゃうビクンビクン(キル子視点)」てな感じでインゴット1本につき、1億ヴァリスもの支払いを約束した。

流石に全部買い上げては天下のヘファイストス・ファミリアとて破産するので、ひとまず1本分を即金で、残りは資金の目処がついてから優先的に流す契約を交わしている。

突如として舞い込んだ大金に、キル子は大変機嫌を良くし、意気揚々とヘスティアを引き連れてバベルを後にしたのだった。

 

「しかし、まさか1億に化けるとは。ムスペルヘイムの商業系ギルドのクソどもの気持ちが良ーく分かったわ。一度でも味わうと、ボッタクリはやめられませんなあ」

 

あの難波の商人ロールをしていた守銭奴どもにはキル子が自らの最高の神器級を作る際に頼らざるを得ず、散々毟られたが、中身は複数のRMT業者の集まりだったので、後金支払う前に運営にチクッてやったから問題はない。

 

「ぼったくりだったのかい!?」

 

ヘスティアは、未だにジャガ丸くんが幾つ分だとか、頭を悩ませていたのだが、ボッタクリの言葉に反応した。

 

「いやいや、正直な話、故郷でもかなり希少な金属ですので、ボッタクリは言い過ぎました」

 

「本当かい?…本当のようだね」

 

嘘ではない。七色鉱は、かつてワールドアイテムまで使われて鉱山を奪い合った代物である。

ただ、それをキル子はワンコインで手に入れただけだ。

 

「それに、未だオラリオでは発見されていないという希少性を鑑みれば、妥当だと思いますよ」

 

「そ、そうなんだ。もう、キルコくん、ぼったくりなんて人聞きの悪い冗談はよしておくれよ…」

 

「まあ、それでも1億ヴァリスはないですね。ぶっちゃけ、10倍くらいふっかけたんですが」

 

まさか本当に出すとは思わなかった。しかも、繰り返すが仕入れ値はワンコインである。

 

「やっぱりぼったくりじゃないかー!!」

 

ツインテールを萎れさせて「ヘファイストスにとんでもない人間を紹介してしまったよ!」と落ち込むヘスティア。

何やら彼女はヘファイストスに色々と借りがあるようで、キル子にファミリアを紹介したのも、ヘファイストスを思ってのことなのだそうだ。

 

「インゴットならまだ大量にもってますし、今後も良い商売をさせてもらえそうですわ」

 

まあ、世の中、善意が全て実を結ぶとは限らないのだ。

 

ヘファイストスは早速ファミリアの幹部と共に、素材特性の研究に着手するらしい。

いずれキル子の秘蔵の神器武装のメンテナンスくらいは任せられるようになってくれれば万々歳である。それを見越して、最初の一本は、キル子がメインで使っている神器級の主要素材に使われているものを引き渡している。

あるいは材料持ち込みで新品を特注するのも悪くない。ユグドラシルの素材を用い、オラリオの神が打ち鍛える武器。どんな代物が出来上がるか興味は尽きない。

 

「ぐぬぬ…それにしても、いい武器って本当に高いんだね。まさか1億ヴァリスだなんて、想像もしていなかったよ」

 

「オラリオ的にそれが高いか安いかまでは私には判別つきませんがね。でも、良い装備が高いってのは身に染みて理解してます」

 

すごく実感の込められた言葉だ。

 

「まあ、実際問題、レベルがあがれば必然的に狩場のレベルも上がりますし。それなりに装備を整えないと『地雷』と見なされたりしますから、適正装備を揃えるのは必須です」

 

酷いときはそれだけで掲示板にキャラ名を晒されることになる。最高難易度の狩場なら、せめて伝説級くらいは必須だ。

 

「そうかぁ…やっぱりベルくんに最高の装備をあげられたらなぁ…」

 

確か、ヘスティアも眷属を持っているという話を聞いたので、恐らくそのことだろうと、キル子は思った。実は類い稀なるレアスキルを持ってしまった思い人のために、何ができるかと思い悩んでいたなんてのは、理解の範疇外である。

だから、ただ一人の眷属のために思い悩む女神に、老婆心ながら忠告をすることにした。

 

「…一つ忠告しときますがね、ヘスティア様。いくら眷属が可愛いからといって、身の丈に合わない高価な武器をもたせるのは、おやめなさい」

 

キョトンと此方を見返すヘスティアに、キル子は諭すように続けた。

 

「確かに性能のいい装備で低レベルに下駄履かせるのもありっちゃありですが、必要以上に良いもの持たせたって使いこなせやしませんから。レベルが上がって、今の装備に物足りなくなって、その度に自分の稼ぎとにらめっこしながら装備を買い替え、少しずつ強くなっていく。それが冒険の醍醐味ってやつです 」

 

だいたい、高価な武器を持った駆け出しなんて、良いカモだ。すぐにPKでアイテムを奪われるに決まってる。というかキル子ならやる。単なる趣味として。

 

「それより、頑張って眷属を増やして、パーティを組ませてやることです。その方がずっと役に立ちますよ」

 

実際、ロールを決めて各自が役割をこなすパーティの強さは、ソロとは比較にならない。下手な装備を持つより遥かに役に立つし、安全マージンも取れるだろう。

 

キル子は自分が初心者だった頃のことを朧げに思い出した。

人通りの多い広場や狩場近くで募集される野良パーティに参加し、毎日見知らぬ人間とレベル上げに勤しむゆるゆるふわふわな若葉ちゃん時代の思い出。

パーティの基本はタンクにヒーラー、あとは火力という鉄板に、ダンジョンの狩場では必須となる鍵開け要員の盗賊。各々が役割を持っていた。

時折、舌打ち一つでロールをこなさなければならない効率重視のギスギスパーティにぶつかることもあれば、駄弁ってばかりで遅々として狩りの進まないカジュアルパーティに出くわすこともある。あれはあれで楽しかった。

 

だが、そこに唐突に流行した異形種PK。異形種の苦難の時代の始まりである。

 

パーティからはハブられ、PKの標的にされ、金はたまらず、経験値もたまらない。挙句、稀に手に入れたレアアイテムは奪われる。

貧富の差の激しすぎる現実に絶望し、ゲームの中に逃げ込んですらこの仕打ち。

事ここに至ってキル子は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の異形種PKどもを除かねばならぬと決意した。

そういった恨み辛みをこじらせた挙げ句、キル子がたどり着いた答えとは、PKである。

己を訶み、絶望させたPKへの恨み。少しでもはらしていこうと考えた末の、一日一殺、悪意のPK。

 

そう、まっとうにレアアイテムが手に入らないのならば、殺して奪えばいいのだ!! やろう、ぶっ殺してやる!!返り討ちじゃあ!!

 

…それからの歩みは修羅の道であり、気がつけば自分から無差別にPKを繰り返してアイテムを奪う鬼畜へと堕ちていたが、今は昔の話である。

 

「ぬぬぬ、やっぱりそうかぁ…でもベルくんと二人っきりの生活も捨てがたいんだよね…」

 

そんな殺伐した思い出に浸るキル子をよそに、なんか色々と本音が漏れてる乳神様。

 

キル子はため息をつくと、インベントリを弄った。

 

「どうぞ。今日の報酬代わりにお受け取りください」

 

そう言いながら差し出したのは、オーソドックスな片手剣。ヘファイストス・ファミリアで売りそびれた物の一つだ。

性能はともかくデザインはおとなしめなので、駆け出しが使っていてもさほど目立ちはしないだろう。

ジャガ丸くんの代金として提示した金貨1000枚は持ち歩くのに不便なので、結局キル子のインベントリに放り込んだから、これを報酬代わりにしても良いだろう。

 

インベントリに空きが増えるな、などと気楽に考えていたキル子だが、ヘスティアはツインテールを荒ぶらせて驚愕した。

 

「うえぇぇ!!それってさっきの1億ヴァリスじゃないか!さすがに受け取れないよ!」

 

「私にしてみれば中途半端なガラクタです。じゃなきゃ売り払おうとしたりしませんよ。それに、性能もそこまで突き抜けてませんから、低レベルの若葉ちゃんに下駄履かすくらいならちょうどいい」

 

悪いからと、固辞するヘスティアの手に、キル子は強引に片手剣を握らせた。

 

「さて、ヘスティア様、はした金も入りましたし、日も傾いてきました。今日はここらでお開きにしましょう」

 

すでに街の至る所で魔石の照明が輝き出し、飲み屋や居酒屋らしき店が客引きを始めている。

 

「今日は、本当に助かりました。ご恩は忘れません。私はしばらくオラリオをぶらつくつもりですので、機会があれば、またお会いしましょう」

 

キル子は最後に両手を合掌して丁寧に頭を下げると、ヘスティアが止める間もなく、雑踏の中に消えていった。

 

「う〜ん、不思議な子だったなあ…オラリオに来たばかりだって言ってたのに、まるで歴戦の冒険者みたいな雰囲気だったし…」

 

色々とはぐらかされた気もするが、言葉に嘘はなかった。

 

後に残されたヘスティアは、しばしキル子の消えていった雑踏と、手元に残った片手剣を見比べていたのだが、やがて踵をかえすと自らのホームに向かって歩き出した。

愛しい眷属を出迎え、今日の不思議な出来事を話すために。

 

 

 

 

 

その様子を、《完全不可知化》によって姿を消したキル子はつぶさに観察していた。

 

「…さて、ではもう少しお付き合いいただきますかね、ヘスティア様」

 

そう言って嗤うキル子の頬は耳まで裂け、乱杭歯の生え揃ったゾンビの本性が、漏れ出ていた。


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