ダンジョンにユグドラシルの極悪PKがいるのは間違っているだろうか?   作:龍華樹

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第6話

次の日の早朝、リリルカはキルトとの待ち合わせより‪1時‬間早く、バベル1階のギルド受付にやってきた。

 

この時間になると朝一でダンジョンに挑むパーティが徐々に集まり始めていて、受付の前に列を成している。大抵はパーティのリーダーが代理で全員分の手続きを済ませるのだが、列に並ぶのを面倒くさがり、サポーターに丸投げするところもあった。

 

リリルカは馴染みの職員の顔を見つけると、迷わず列に並んだ。

 

列が進む合間に、手早く朝食を済ませる。塩気の強いコンビーフと茹でて潰したジャガイモを挟んだサンドイッチにミルクパック。よく利用する路地裏の屋台で売っていて、しめて20ヴァリスだ。パンも肉もパサついていて美味くはないが、安いし腹にはたまる。

 

サンドイッチを咀嚼しながらリリルカは列が消化されるのを待った。やや混雑している気がする。いつもより人が多いというわけではなく、どうやら職員の数が足りていないらしい。

やがて番が回ってくると、口の中のものをミルクで流し込んだ。

 

「ソーマ・ファミリアのリリルカ・アーデです。同行者一名と共に、ダンジョンへの入場許可をお願いします」

 

「ああ、君か。じゃあ、いつも通り、入場届けに必要事項を記載してくれたまえ」

 

馴染みの男性職員は、やや疲れたような顔をしていた。

 

「お忙しそうですね」

 

「くだらない話だが、夜中に冒険者の幽霊を見たと、一部の職員が騒いでいてね。おまけに怪物祭が近いものだから、ローテーションが混乱してこのザマさ」

 

差し出された所定様式の書類の空欄を、リリルカは慣れた手つきで埋めていった。すぐに書き終えると、男の手に戻す。

 

男は書類を適当にチェックしていたのだが、記載欄の同行者の部分に目を通し、首を傾げた。

 

「モモンガ・ファミリア?聞いたことがないな。レベルは1相当?」

 

「本人の申告です。オラリオに来たばかりの零細ファミリアだとか。今日がダンジョン初参加だそうです」

 

そう言うと、男は面倒くさそうに顔を曇らせた。

 

ギルドではダンジョンに初挑戦する人間に対して、登録手続きと新規入場者教育を行い、さらに場合によってはアドバイザーとして一定期間、面倒を見る業務が生じる。多くの場合、それは手続きを受け持ったギルド職員の仕事なのだが。

 

「……ところで、昨日君が組んだ冒険者、ゲドとか言ったかな。ここにやってきて、装備を盗難されたと、ずいぶん騒いでいたようだよ」

 

不意に、男は世間話でもするかのように話をずらした。

 

「ダンジョン外のトラブルについては我々は基本的にノータッチ、当事者間の問題だ。だが、あまりこういう事が続くと何らかのペナルティが発生するかもしれないな」

 

意味ありげな男の視線に、リリルカもスッと目を細める。

 

「……リリにはまったく身に覚えがありませんね。その方の勘違いではないでしょうか」

 

そして、書類を持つ男の手の中に、いくばくかのヴァリスを握らせる。

 

「……そうだね、たぶん彼の勘違いだろう。書類の方も私が適当に処理しておくから安心したまえ」

 

「ありがとうございます」

 

「なに、優秀なサポーター君は貴重な存在だからね」

 

また頼むよ、と下卑た笑いを浮かべながら手を振る男の顔をこれ以上見ていたくなかったので、リリルカはすぐにカウンターを離れた。

ゲスな男にも、そのゲスにたかられるようなことをしている自分にも、嫌悪感がわいた。

 

フードを目深に被り直し、同業者が屯しているあたりに陣取ると、軽く挨拶してからリュックを下ろした。 リリルカと似たような格好をしたサポーター達は、一瞬だけこちらに注意を向けたが、すぐに受付あたりに列を作っている冒険者に視線を戻す。彼らの頭にあるのは、太い金ヅルにどう自分を売り込むか、それだけだ。

フリーのサポーターというのは、金払いのいい冒険者さえつかんでおけば客が一人でも食っていけるものだが、反面、少しでもトラブルを起こせばたちまち干されてしまう。特にこの辺りの自称・サポーターなど、元を正せば冒険者崩れ。無用なトラブルを起こせばギルドからも睨まれる。

自分の客を取られないように同業者に対しては目立たず、されど太い客に対しては精一杯媚びる。それがうまくやるコツだ。

 

リリルカもそれ以上の興味を無くし、無言で荷物のチェックを始めた。戦闘力がない分、いざというときに身を守るためのアイテムの有無は死活問題なのだから。

天稟もギフトもない、ただの小人族の小娘が、この町で生き残るにはやるべきことはいくらでもあった。

 

やがて、待ち人は時間ぴったりにやってきた。

 

「おはようございます、キルト様!」

 

なるべく邪気のない笑顔を作るのには、慣れていた。この方が客受けするから。

 

「ごきげんよう、リリルカさん」

 

キルトは相変わらず派手な格好をしていた。

 

あまりに目立つので、周囲の人間が、皆キルトの方を窺いながらヒソヒソと小声で話している。

気持ちは分からなくもない。冒険者からは装備の良さに対して嫉妬とやっかみの視線が、サポーター達からは金ヅルを値踏みするような視線が突き刺さっていた。

 

キルトの防具は昨日リリルカと出会ったときに着ていた赤い薔薇の意匠が入った派手な甲冑だが、これだけでも相当に目立つ。しかも、その上からビロードのような光沢を放つ、ベルベットのマントを羽織っているので、ことさらだ。

だが、何より異彩を放っているのは、武器だ。

腰に短剣を履いているのは昨日と変わらないが、今日のキルトは肩に担ぐようにして特大の得物を持ち込んでいたのである。

 

身の丈を超える長大な長物の先端には、真紅のメタリックな艶を放ち、巨大な鳥類の嘴のように湾曲した片刃のブレードが輝く、ポールアーム系大型武装、大鎌(サイズ)

柄にも刃にも、鎧と対になるような見事な薔薇の細工が施されていて、時たま農夫上がりの駆け出し冒険者が携えているような麦刈り用のみすぼらしい農具とは、明らかに物が違う。

 

 

…それはユグドラシルから持ち込まれた、伝説級武装の大鎌『真紅』。

かつてアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー、ペロロンチーノが自分の前で悪役令嬢ムーブを披露させる見返りにと貢いだものであり、希少金属がふんだんに使われている。

特殊効果として、HP吸収のデータクリスタルが使われていて、攻撃時に与えたダメージ量に応じ、自身のHPを数パーセント回復できる。

かつてペロロンチーノが手がけた、ナザリックの某NPCに与えた神器級武装を作った材料の、余りを活用したものだった。

 

 

「わたくし、ダンジョンは初めてですの。リリルカさん、エスコートをお願いしますね」

 

「はい!リリにお任せください、キルト様!既に必要な手続きは終えていますので」

 

客の印象をよくするには、手間を惜しむものではない。案の定、キルトは笑顔になった。

 

「まあ、さすが気が利きますわね。大船に乗った気持ちですわ」

 

そうして、二人はダンジョンの闇に消えていった。

その後ろに、多くの有象無象の視線を引き連れながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まずは腕試し。

そう言ってリリルカがキルトを連れてきたのはダンジョン第6階層。

 

1階層からこの辺りまでは、出現するモンスターは代わり映えせず、コボルトやゴブリンといった人型亜人系モンスターが定番で、たまにヤモリ型モンスター、ダンジョン・リザードが壁や天井に張り付きながら素早く襲いかかってくる。

少々厄介なのが、新米殺しの異名をとるウォーシャドウ。全身が真っ黒な影の塊のようなモンスターで、長い腕に三本の鋭利な鉤爪状の指で攻撃してくる。

 

何よりも、ダンジョンに初めて挑む新米冒険者にとって、モンスターとはいえ生き物を殺す、あるいは殺そうとして逆に襲われるという体験はなかなかキツイものがある。それに耐えるか耐えられないかが試される最初の関門である。

 

さて、キルトは装備こそ立派だが、正直どこまでやれるのか、リリルカはまるで期待していなかった。ダメなら装備だけ頂いてサヨナラだ。

だから、駆け出しの死傷率が一気に高まるこの階層に連れてきたのだが、その期待は良い意味で裏切られた。

 

 

 

「せーのっ!」

 

ギェエエエ!!

 

キルトは身の丈を超える大鎌を目にも留まらぬスピードで振りぬき、正面から押し寄せたコボルトの首を一息に刈り落とした。鮮血が噴水のように吹き上がるのには目もくれず、間髪入れずにその後ろから迫っていたゴブリンの胴体を薙ぐ。

 

「次っ!」

 

さらに、不意に天井から降って来たウォーシャドウの真っ黒な皮膚を、股下から頭頂部まで綺麗に掻っ捌いた。

 

「はい、これでラスト。枯れるの早すぎじゃありませんこと?」

 

その有様に、もはやリリルカは驚きを通り越して呆れていた。

ダンジョンに潜るのは今日が初めてと言っていた癖に、肝の据わり方が尋常ではない。熱くなるでも硬くなるでもなく、ただ淡々と流れ作業でもこなすかのように、モンスターの命を大鎌で刈り取っていくのだ。

それも、ブレードの部分だけでもリリルカの全身に匹敵する肉厚の大鎌を、まるで草刈り鎌のように目にもとまらぬ速さで振り回しているので、当然そのリーチに踏み込んだモンスターはひどい有様になる。

 

あたり一帯には、まるで巨大な扇風機に巻き込まれた羽虫の群のごとく、無残なモンスターのバラバラ死骸が積み上げられていた。

運悪く一撃で首をはね飛ばされた首無し死体はまだ良い方で、四肢をバラされてのたくる芋虫や、胴体真っ二つになってモツがこぼれた変死体、あるいは刃のない部分で殴打され、脳みそが飛び散った撲殺死体などなど。

モンスターの死体から魔石剥ぎに慣れているはずのリリルカですら、思わず吐き気を催した。

 

同時に、リリルカの中でドンドン違和感が大きくなっていった。

理由は、手だ。

大なり小なり、冒険者は体に骨を折らせる仕事だ。それが顕著に表れるのが手だと、リリルカは経験的に知っている。手は嘘をつかないし、つけない。

日々モンスターを狩り、絶え間なく生傷を作り、骨折と疲労を繰り返し、やがて指先から二の腕に至るまで太くゴツく、皮膚も硬く分厚くなっていく。女性らしさとは無縁の手、それが冒険者の手だ。

なのになんだろう、あの目の前で踊る、白く細く柔らかく、白魚のように美しい手は。

茶器や刺繍道具でも持っている方がよほどふさわしい手で、何でもない事のように巨大な大鎌を振り回し、モンスターの命を刈り取っていく。

その強さを羨むより先に、存在の不気味さが際立ってしまって、内心の不安が増していった。

 

「す、すごい!流石です、キルト様!!」

 

そんなことはおくびにもださず、賞賛の声を上げる。

 

「オーホッホッホッ!この程度のこと、私の力をもってすれば簡単ですわ」

 

半ば本気の賞賛だった。これだけでもリリルカの一日分の稼ぎを大きく上回っている。

 

「まあ、ぶっちゃけ、無双系の別ゲーやってる感が強いですわね。いつもはこっそり近づいて、不意打ちヒャッハーですから」

 

「はぁ……?ま、まあ、これなら、もう少し下の階層でも行けそうですかね?」

 

リリルカは期待半分、不安半分で聞いてみた。一つ下の7階層なら、虫系の強力なモンスターが出没するため、危険だがその分稼ぎが良いのだ。

 

「ええ。正直、このあたりのモブでは手ごたえなさ過ぎですから、たぶん大丈夫ですわ。何せ、まるでクリームかムースの塊に力いっぱいナイフを突っ込んでるような感じでして」

 

リリルカには例えがイマイチよくわからなかったが、言いたいことはだいたいわかった。

 

この辺りのモンスターは爪や牙による近接攻撃をしてくるタイプしかおらず、それでは長いリーチと絶大な攻撃力を素早く繰り出せるキルトにはまるで通じない。

事実、先程からモンスターの攻撃を一発も受けることなく全滅させている。

しかも、何故かキルトはモンスターの不意打ちをほぼ正解に察知できるらしく、先程のような天井からの奇襲すら完璧に捌いてしまうのだ。

 

「では、ひとまず魔石と素材の回収をお願いしますわ」

 

「はい、お任せください!」

 

キルトがモンスターの息の根を絶やせば、次はリリルカの出番だ。

年季の入った専用のナイフを振るい、手早く魔石をぬきとれば、死骸は速やかに灰になる。

 

「何度見ても不思議な光景ですわね。魔石を剥ぐと死体が灰になるなんて」

 

「リリは迷宮のモンスターしか知りませんが、他所では違うのですか?」

 

「いえ、あちらでは魔石の代わりに金貨を残して消えますわ」

 

「え?金貨?」

 

「ええ、もちろん素材ドロップもありましてよ」

 

リリルカにしてみれば、その方が不思議だと思う。

 

「その魔石を色々なものに加工できるのですよね?」

 

「はい、オラリオの特産品です。コボルトやゴブリンから取れる小さな魔石も、こんな風に魔石照明に使われたりします」

 

リリルカは傍らに置いたランタンを指で指し示した。

どこもかしこも薄暗いダンジョンでは必需品だ。これに組み込まれた小さな魔石一つで節約すれば数日は持つ。

 

「なるほど。所々中世じみてるくせに、妙に文明的なのは魔石のおかげ、と」

 

キルトは興味深そうにランタンを眺めた。

 

迷宮を移動している間や、モンスターから魔石を剥いでいる間、手持ち無沙汰になるのか、キルトはこんな風に色々とリリルカに質問を投げかけてきた。

ダンジョンの中に現れるモンスターの強さや特徴など冒険者らしいものを聞かれることもあれば、オラリオにはどんな種族がいるのかとか常識以前の知識であったり、あるいはお酒の美味しい店はあるのかなど、たわいない世間話のようなものまで聞かれたのはさすがに辟易した。

よほどの田舎から出てきたのだろう、物知らずにもほどがある。

少々鬱陶しかったが、リリルカはそのたびに丁寧に答えていった。この程度のことで太い客の関心を買えるなら安いものだ。

 

それに、とリリルカはキルトの携える大鎌をじっと見つめた。

おそらくは第一級武装に匹敵する強力な武器だ。裏ルートで捌けば、捨て値でも今のファミリアを抜けるには十分な金額を稼げるのに違いない。だが……

 

「…?あの、何か?」

 

「…いえ、何でもありません、キルト様」

 

流石に大鎌なんて珍妙な装備を使っている冒険者は滅多にいない。いくら裏ルートといえど、流せばすぐに足がつくだろう。 あの鎧もすごいが、着込んでいる甲冑を盗むなんて至難の業だ。できれば、何か代わりになるようなものがあればよいのだが……

そんなことを考えつつ、リリルカはしばらくの間、作業に没頭した。

 

その間、キルトはリリルカの手元を興味深そうに眺めていたのだが、不意に何かに気づいたかのように、目を細めた。

 

「……リリルカさん。少しばかり、ギャラリーが増えてきましたわね?」

 

「?…ああ、アレですか」

 

キルトの目線の先を追い、リリルカが肩越しに目を向けると、同業者がチラチラと自分達を見て何事か話している。

 

この場で狩りにいそしんでいるのはリリルカ達だけではない。

ダンジョンは下層に行くほど広くなる円錐形をしているせいか、上層部の狩場は案外狭いのだ。

しかも、全冒険者の半数を構成するのはレベル1の下級冒険者なので、よほど大きなファミリアに所属してでもいない限り、次のレベルに上がるまでは12階層までの上層部で過ごす。

特に安定して稼げるこの辺りは人気の狩り場なので、時間帯よっては混雑することがしばしばあった。

今も、キルト達のほかに、数パーティほどが狩りに勤しんでいたのだが、彼らは手を止め、こちらを伺っている。

 

リリルカが知る限り、キルトのような稼ぐ冒険者に対して、同業者からこのような視線が向けられる理由は2つある。

 

一つは、もちろん嫉妬と悪意。リリルカには馴染みのものだ。

上層で活動しているのはほぼ例外なく下級冒険者であり、中には恩恵を貰ったばかりの駆け出しもいるが、大半は何年もレベル1から抜け出せないまま年を食い、いつしか主神に顧みられなくなり、ファミリアにすら居場所がなくなった中年冒険者ばかりである。

既に上を目指す心は折れているが、暮らしていくには先立つ物が必要で、さりとて今更冒険者以外の手に職を収めるには若くない。そんな彼らは何とか安全にモンスターを狩ろうと、罠や毒を使って戦い方を工夫したり、パーティを組んで協力し合ったりして、雀の涙のような日銭と経験値を稼いでいる。

冒険者は冒険してはならない、これは正しく、彼らのためにある言葉だ。

そんな連中の目に、明らかに図抜けた力を持ち、近い将来レベル2に上がっていくだろう若い同業者が、どう映っているかは容易に察することができる。

 

もう一つは、使える者をパーティに引き込んで利用し、効率よく稼ごうと、嫉妬と下心を隠して冷静に見定める者だ。

この手の輩は、これぞと見込んだ相手に取り入る。褒めちぎって優越感を刺激し、言葉巧みにパーティに誘ってしまえばしめたもの。

稼ぎは均等割り振りにすることで平等感を演出しつつ、危ない橋は丸投げして、おいしいとこだけ丸かじり。薄く広くカビのように搾取する。

さらに、次回以降のパーティの約束を無理矢理取り付けさせ、何度かダンジョンで過ごした後に、なんやかやと理由をつけて自らのファミリアへの改宗を迫り、囲い込むこともあるという。

 

そういう連中にたかられると骨だ。ある意味、リリルカの同類で、あの手この手でむしゃぶりつこうとする。ちょうど今、こちらを伺っている連中のように。

 

恐らく、キルトが大鎌をブン回している間は危なくて近づけなかったのだろう。魔石確保のために、一旦手が止まっている今がチャンスというわけだ。

 

その辺の事情を掻い摘んで説明すると、キルトはマズイものでも食べたような顔をした。

 

「……リリルカさん、河岸を変えたいのですけど、よろしくて?」

 

「はい、キルト様。ですがリリのバッグもそろそろ一杯なのです。もっと深く潜られるのでしたら、1度ギルドに戻って換金してしまいませんか?」

 

狩場に到達してからまだ半刻も経っていないが、魔石回収用の袋は限界に近かった。殲滅速度が早すぎるのだ。

 

「あら、それについては考えがありますの。悪いけど、時間がもったいないから、場所の案内を優先してお願いできるかしら?」

 

「はぁ?」

 

モンスターを倒しても、素材や魔石を持ち帰れないのでは大損だ。

リリルカとしては受け入れ難かったが、キルトは重ねて「大丈夫だ、問題ない」と言い含め、何ならこれまで手に入れたドロップは全部進呈すると言い出したので、渋々受け入れた。

 

「参りましょうか。……でも、その前に」

 

そう言うと、キルトは左手を灰になったモンスターの死骸があったあたりに突き出す。

 

いつのまにか、キルトは両手に奇妙な形をした籠手(ガントレット)を装着していた。

左手のそれは、まるで悪魔や悍ましい怪物からもぎ取ったような、見るからに禍々しい代物。目にするだけで魂を揺さぶられるような気持ち悪さが、リリルカの全身を走り抜けた。

対して右手は白を基調に、黄金が象眼された優美な形状をしていて、まるで絶世の美女を前にしたように、これまた魂が吸い込まれそうだった。

 

「起きて、強欲。喰らいなさい」

 

キルトの呼びかけに答えるように、灰の撒かれた地面から、いくつもの青い光の塊が尾を引きながら飛んで来た。そして左手の黒い籠手に、吸い込まれるように消えていく。

 

いったい何の儀式なのだろう、とリリルカは呆気に取られた。

魔法かスキルか、あるいはあの奇妙な籠手の持つ力なのか、判断はつかなかったが、とにかく何か酷く悍ましいことが行われているのだと直感した。

 

「やっぱり、雑魚を多少屠ったところで溜まるわけがないか」

 

リリルカが怯えた表情を浮かべているのを気にもせず、キルトは左手の籠手を確認して、残念そうにため息をついた。

 

「おまたせしました、行きましょうか」

 

リリルカは、引きつった笑顔を浮かべながら、頷くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、キル子は退屈してきていた。

 

これまでの道中で、既にリリルカから聞きたいことはあらかた聞き出していたし、MOBは雑魚ばかりである。

 

キル子は素早さ特化のビルドとはいえ、レベル100の物理職だ。物理攻撃特化型のガチムチ蛮族勢には劣るものの、筋力(STR)のステータスもそこそこある。その腕力に物を言わせ、重量級の大鎌を振り回してやれば、レベルにして7か8にもならないコボルトやゴブリンの相手など退屈極まる。スキルや魔法を使うまでもない。

まずは6階層あたりで様子を見ると、リリルカの話に乗ってはみたが、MOBの弱さも湧きの甘さも、どちらもキル子の想定を大幅に下回っていた。

 

むしろレベル100、全身を伝説級装備で揃えた準廃人様が、低レベル若葉ちゃん向けの狩り場に降り立ち、彼らがパーティを組んで必死にがんばっている横で無双しているわけなので、大人げないにもほどがある。

タチの悪い狩り場荒らしとして運営に通報され、サングラスと黒スーツのNPCに問答無用で監獄にぶち込まれても止む無しである。

 

だいたい、冒険者というのも案外つまらない。

こうして冒険者を体験してみるとわかるが、やってることは大昔の炭坑夫のようなものだ。

ダンジョンという穴倉に潜り、MOBを倒して魔石というエネルギー資源を地上へと持ち帰る。大なり小なりオラリオには無数のファミリアがあるというが、リリルカによれば、純粋にダンジョンでの魔石調達に依らずに財政を保っているのは、ヘファイストス・ファミリアくらいだという。他の生産系のファミリアも、それだけでは食べていけないのだろう。

つまり、キツい・汚い・危険と三拍子揃った3K職の典型。需要はあるのだろうが、カタギが手を出すには敷居が高かろう。ユグドラシルのように、蘇生手段があるわけではないというなら、尚更だ。

彼らをうまく使って魔石販売を独占し、安全に中間マージンを搾取しているギルドこそが、この町の真の支配者だ。

 

「キルト様、この階段を降りればもうすぐ7階です。ここから虫型モンスターが出没します。キラーアントはとにかく硬いし、ピンチになると仲間を呼びます。それにパープル・モスは蛾のように毒の鱗粉を撒くので、気をつけてください」

 

「わかりました。ありがとう、リリルカさん」

 

……それに、悪役令嬢ムーブの延長のような感じで悪ノリしてお嬢言葉なんぞ使ってみたが、そろそろキツくなってきた。ギルメンに受けを取るための一発芸ならいざ知らず、存外に面倒くさい。

どうせ、このリリルカもあらかた用済みなわけだし、最後にPKの実験台になってもらうのも良いか、などと物騒なことを考えながら、キル子は7階層への階段を降りきった。

 

「ん、これが7階ですか。あんまり代わり映えしませんのね」

 

「18階層までは、似たような洞窟が続くそうです。そこから先は森林地帯になっているとか。リリはそこまで深く潜ったことはありませんが」

 

「そうですの?いずれ行くのが楽しみですわね。では、ひとまずどこかMOBの湧きが良いところにでも……あら?」

 

キル子が思わず目を止めた先では、薄汚れた子供が三人、安全地帯のすぐそばで、一匹のゴブリンを相手にしていた。

 

「このっ!!」

 

「えい!えい!」

 

ギィイイ!!!

 

手にしているのは、どこをどう見ても薄汚れた錆だらけの鉄パイプだ。廃材置き場から持ち出してきたのだろうか。盾の代わりにしているのか、擦り切れたベニヤ板をかざしている。

 

キル子の視線を追ったのか、リリルカもそちらに目をやると、不快そうに眉をひそめた。

 

「ギルドから支給される武器を、早々に紛失したり壊してしまって、代わりに廃材や鉄パイプで武装するヘッポコな駆け出しの話はリリも耳にするのですけど……」

 

でも、これは酷い。と、単に感想はそれだけらしい。

 

廃材を握る手の指の爪はハゲかかり、ボロ布を合わせて纏った服はゴブリンの爪で引っ掻かれて、血が滲んでいる。痩せて細った体には、幾重もの生傷が刻まれていた。

それでも、垢まみれの彼らの顔に恐怖はなく、キチガイじみた必死さで、ゴブリンに打ち掛かっている。

 

「……子供、ですよ?」

 

「え?……あ、ああ、どこの神でしょうね、大して戦力にもならない子供に恩恵を与えるなんて」

 

違う、そうじゃない。

 

「たぶんダイダロス通りあたりのストリートチルドレンだと思いますが……今日は比較的安全な上の階層が混んでましたから、弾かれたんじゃないですかね。割とよくあることです」

 

ガキがダンジョンで命を張っていることに対して、彼女の中では特に疑問を覚えることではないらしい。

キル子はこの時初めてオラリオという土地に対して、明確なカルチャーギャップを覚えた。

あちらのリアルも相当ロクでもないと思っていたが、少なくとも就労可能な最小年齢に達するまでは施設にいられたし、最低限の労働教育は受けられた。まさか、それが贅沢だったと思わされる日が来るなんて……

 

粗末な武器でも、ゴブリン程度なら何とかなるようで、10回近く鉄パイプを叩きつける頃にはゴブリンは動かなくなっていた。

孤児達はすかさず死骸に群がって魔石を剥ぎ取っている。しかも、一人は辺りを警戒するためか武器を手離さず、周囲に視線を向けていた。

 

不意に、目があう。

 

「………」

 

相手は、まだ10才にも満たないような少女だ。

にも関わらず、その目に宿っているのは、獲物を奪われないかという警戒だけ。それ以外の感情は読み取れない。

かつて児童養護施設で、足りない食事や玩具を同室の子供と奪い合っていた自身が、浮かべていただろうソレ。

 

思わず、吐き気を覚えて口元を押さえた。

 

「キルト様!大丈夫ですか?」

 

「……ええ。少しだけ気分が悪くなりましたわ。大丈夫……すぐに良くなりますから」

 

「これだけ離れてても酷い臭いですからね、無理もありませんよ」

 

リリルカが鼻をつまんで、孤児達から嫌そうに顔を背けるのを、キル子は咎めなかった。

 

彼らは魔石を剥ぐと、少し休んでから、次に取り掛かった。石を投げて、モンスターを一匹ずつ引き寄せ、無理することなく倒していく。

 

その様子を見届けてから、キル子は歩き出した。リリルカが物言いたげにこちらを窺っていたが、あえて無視すると、黙ってついて来る。

 

背後では、孤児達が三匹目に取り掛かっていた。

 

「……ごめんなさいね、少しばかり、私にはショックな光景でしたから」

 

「気にしないでください、キルト様。さぁ、リリのおススメのポイントにご案内しますよ」

 

それ以降、二人は黙って歩みを進めた。

 

地肌がむき出しの通路を進み、いくつかの角を曲がった頃、やや開けた場所に着いた。

 

「ありゃ、ここもかぁ。今日は混んでますね」

 

リリルカが思わずボヤいたのも無理はない。

 

そこには既に複数のパーティがダンジョンの床や壁から湧くモンスターを相手に、狩りに勤しんでいた。

中でも、一人だけソロで狩りを行っている少年がいるのが、キル子の目を引いた。

 

「あの見覚えのある白髪頭は、確か……?」

 

「お知り合いですか、キルト様?」

 

「いえ、わたくしが一方的に彼を知っているだけですわ」

 

少年、ベル・クラネルが諸刃の剣を両手で振るうと、青白い稲妻が光り、巨大な蟻型のモンスターは硬そうな甲殻ごと切り裂かれた。

武器に反して、防具は革で補強されたレザージャケットのみのようだ。鋭い鉤爪による攻撃で、いくつも生傷を作っている。なんともチグハグ感が否めなかった。

それもそのはず、彼が手にしているのは、キル子がヘスティアに渡した伝説級装備『感電びりびり丸』だ。

 

モンスターはまだ息があるのかビクビクと蠢いていたが、感電しているのだろう、マトモに動けないところをベルが素早くトドメを刺した。中々慣れた手際だ。

だが、剣がよほど重いのか、ベルは額に脂汗を浮かべ、足下もよたついている。疲労困憊といった有様だ。 疲れからか、攻撃も単調になりがちで、ミスも目立っている。

 

まあ、レベル10にも満たないステータスでは、軽量な片手剣とはいえ伝説級装備を扱うのはきついのだろう。ステータス不足で、素早さにマイナス補正がかかっているのかもしれない。

 

「……ソロに使えないこともないのですけど。あの片手剣、本来は盾装備のタンク職が牽制のために持つものでしてよ」

 

傍らで、同じようにベルの片手剣に熱い視線を送っていたリリルカに、そう解説する。

この子はどうも武器や防具に興味があるらしく、先ほど狩りをしていた際にも、キル子の大鎌や鎧に似たような目を向けていた。

 

「え?……はぁ、そうなのですか?」

 

本来は「剣を手放しても盾は捨てるな」とされる重装備のタンク職、セイント・ガーディアンやヘヴィ・ディフェンダーあたりが、MOBのヘイトを集める傍らに気休めに〈硬直(スタン)〉を入れるための装備だ。

そうキル子は説明したのだが、リリルカには意味がよく分からなかったようで、曖昧な笑みを浮かべている。

 

「ええ、軽くて片手で振り回せて、スタンを発生させやすいことを前提にしてるの。だから、攻撃力はほとんど考慮されてないのよ」

 

伝説級以上の装備となると、コンセプトを決めて、自らのビルドに合うように作り込みを行うのが普通だ。

例えば、今キル子が携えている大鎌『真紅』も、一見ネタに走っているように見えなくもないが、対モンスター用の狩り装備としては一級品である。

その心は、デスペナルティを受けた後の辛く苦しいレベル上げを楽にするため、とのこと。

アレでペロロンチーノはビルドについてはギルド、アインズ・ウール・ゴウンの中でもガチ勢に分類される。

 

キル子の見たところ、ベル・クラネルはやや素早さ(AGI)よりのバランス型ファイター。いずれスピード重視の軽戦士(フェンサー)に向かうか、キル子のような一撃必殺のアサシン系ビルドに走るかするだろう。

そういう意味では軽量な片手剣というのは決して間違った選択ではないのだが、レベル10にも満たない筋力値(STR)で伝説級装備を扱うのは、流石に無理がある。

 

オーソドックスな片手剣なら職種やビルドを問わず装備可能だからと、ヘスティアに適当に見繕ったのだが、こういうことになるなら、もっとキチンとしたのを渡すべきだっただろうか?

 

「まあ、問題はそれよりバックファイアの方なのだけどね……それに、彼の周りもギャラリーがうるさそうですわ」

 

ベルに対して、周囲で狩りをしている連中から、先ほどまでキルト達に向けられていたものと、同じ視線が注がれていた。

 

狩り効率アップのためにパーティに誘う程度のことなら、キル子も放置したろうが、どうも彼らの興味の大半はベルの持つ片手剣にあるようだ。

 

振るう度に青白い稲妻を生み出し、派手なエフェクトと共に硬いモンスターを一刀両断する魔剣だ。見た目は飾り気のないオーソドックスな片手剣なので、持ち歩くだけなら悪目立ちはしないだろうと踏んでいたが、これだけの戦果をたたき出してしまえば目立つのも仕方ない。

 

ダンジョンというのは事実上の無法地帯であり、中で何が行われようが目撃者の口を封じてしまえばどうとでもなるという。つまり、追いはぎだろうが強盗だろうが、死して屍拾う者無し。

ベルを囲む状況はあまりはよくない。もう少し人目が減れば、その瞬間に奴らは行動を起こすだろう。

 

さて、どうしたものかとキル子は考える。

 

ヘスティア・ファミリア自体にはもう興味はない。ベルがヘスティアのお手つきなのは明らかなので、キル子的にはなんら旨みがないのだ。

しかし、ベルがキル子の渡した剣をうまく使ってレベルを上げるのなら、それはそれで結構なことだが、万が一彼が襲われ、剣を奪われて出所を詮索されるようなことになれば、ちょっと面倒くさい。

 

そうならないようにするためには、ベル自身に自衛力を持たせればよい。つまり、レベルアップ作業の底上げしてやれば良いのだ。

キル子が原因だと言えなくもないし、見てしまった後で知らぬふりをするのも、きまりが悪い。

 

「止むを得ないか……ねえ、そこの貴方!」

 

ちょうどベルは剣を地面に突き刺して息を整えていたのだが、そこにキル子は声をかけた。

 

ファサっと縦ロールの豪奢な金髪を梳くと、斜め60°の角度から目線を流し、口元には不敵な笑みを絶やさずに、両手を組んで胸を反らす。

悪役令嬢ムーブの掟、初対面の相手には出来るだけ高飛車な態度でツンと上から目線を飛ばすこと、である。

 

「……えっと、もしかして僕のことですか?」

 

ベルは一瞬だけ、なんかすごい人が来ちゃったなぁ的な表情をした。

だが、その視線はすぐに甲冑によって強調されたキルトの豊かな胸に行き、慌てて逸れる。……かわゆす。思春期の少年らしいなぁ。おのれ、ヘスティアのお手つきじゃなければ絶対に放っておかないのに!

 

「ええ、そうですわ。貴方、よろしくってよ」

 

そう言ってベルの手をとって自分の手で包み、グイっと顔を寄せる。小柄なベルよりキルトの方が身長は一回り上だ。そのため、ちょうどベルの視線は強制的にキルトの胸のあたりに釘付けとなる。

 

案の定、ベルは目を白黒させると、真っ赤になってしまった。

 

「わたくしの名はキルト、こちらはサポーターのリリルカさんですわ。いかがかしら、わたくし達のパーティに参加しませんこと?後悔はさせませんわ」

 

ドギマギする思春期の少年をからかうという新たな喜びに目覚めたキル子は、自身も気分が高揚しながら、ここぞと攻める。

 

威力抜群の攻撃に、ベルは速攻で陥落した。

 

「アッハイ、ベル・クラネルです!よろしくお願いします!」

 

……実は、ベルは連日に渡ってギルドの受付嬢兼専属アドバイザー、エイナ・チュールにより、年上美人属性への耐性をガリガリ削られまくっていた。

また、そもそも誰かにパーティに誘われるのは初めての経験であり、その相手が金髪縦ロールの美人とくれば、彼に断る理由は何もない。

何せ、祖父の教育によるものとは言え、彼がダンジョンに潜る理由は「女の子との出会いを求めて」なのである。

 

……もちろん、そんな事情をキル子が知るはずもなく、あまりにチョロ過ぎるので逆に不安になってしまった。

何故かダメなところが彼の主神によく似ている気がする。他にも何か、詐欺にあっていないか心配である。

 

「ふふふ、有望な若い戦力ゲットですわ!たぎって参りましたわね、リリルカさん!!」

 

ベルは頬をうっすらと染めてキルトの顔をチラ見しており、その視線にキルトことキル子の方もまんざらではない。若い子のエロい視線に晒されるなんて、何年ぶりだろうか。

 

「アッハイ」

 

そんな二人をリリルカがジト目で見つめながら、生返事をした。

 

この時、キル子はベルをからかうのとは別の理由で、少しばかりワクワクしていた。

レベルがカンストし、ビルドが固まってからは、ほとんどソロでPKばかりであり、狩場で突発的に野良パーティを組むなんて、本当に久方ぶりだったから。

 

「さて、パーティを組んだからには、キチッと仕切らせて頂きますわ。まずは、ベルくん!」

 

「はい!」

 

キル子がビシッと指差すと、ベルは律儀に手を挙げた。

その手を掴み、キル子はベルの手を包んでいた革のグローブを抜き取る。中身の素肌は、予想した通り酷い状態だった。

 

「やっぱり。無理してたでしょう?」

 

「はい。……すみません」

 

キル子が問答無用で取り出した赤ポーションをぶっかけて治療すると、ベルはバツの悪そうな顔をした。

ベルは隠していたようだが、キル子の【死神の目】は誤魔化せない。傷を受けた様子もないのにHPがジリジリ減っていれば何事かと思うのは当然だった。

 

これは雷属性攻撃のバックファイアによる火傷である。強力な属性攻撃に特化させた場合、使ったデータクリスタルによっては、使用者に僅かにダメージが入ってしまうことがあるのだ。

ユグドラシルの高レベルプレイヤーになれば、各属性攻撃や、感電等の状態異常に対する手段くらいは持っているのが普通であり、まず問題にはならないのだが、こちらの駆け出し冒険者のベルに、そんな備えがあるはずもない。

 

傷はまだ深刻なものではなかったが、放っておけば、いずれ神経をやられただろう。

 

「この剣は、ファミリアの神様が僕にくれた物なんです。それに、効果がとても強かったから、つい」

 

「その心意気は立派です。でも、それで体をやられたら本末転倒ですわよ。まあ、革手袋で掌を保護したのは悪いアイデアではないけれど、汗を吸って湿り気を帯びれば当然電気を通します。ひとまず、これを貸すから、狩りの間は付けっ放しにしておきなさい」

 

そう言って、キル子がインベントリから取り出したのは、一個の指輪だった。翠と白の螺旋が複雑に絡みあった、美しい形状をしたものだ。

 

指輪の銘は『風神と雷神の指輪』。風属性と雷属性に対する完全耐性を備えたアイテムで、属性に付随する感電等の状態異常も粗方無効化できる。

 

キル子はアンデッドであるため、他の種族より状態異常には耐性がある。だが、全ての属性に対する耐性を手に入れるのはユグドラシルのシステム的に不可能なので、状況に応じて複数の耐性装備を付け替えられるようにしている。これを持っていたのは、実はゾンビのキル子には肉無しのスケルトン系と違って感電による〈硬直(スタン)〉の状態異常が有効なのだ。

普段はさらに複数の無効や耐性を与えてくれるアイテムを使っているが、デスペナルティによるドロップもありえるので、念のために携帯している一品だった。

 

指輪の効果を簡単に説明し、恐縮するベルに半ば無理矢理身につけさせれば、今度はリリルカの番だ。

 

「リリルカさん、確か貴方、自衛用にクロスボウをお持ちなのですよね?」

 

「はい、一応持ってはいますけど……リリはあまり得意ではありません。あくまで、一発撃って逃げるためのものです」

 

「ふむ、射程はどれほど?」

 

「そうですね、5メドルくらいならあてられるとは思います」

 

「十分ですわ。では、貴方には"釣り役"をお願いいたします」

 

「釣り、ですか?」

 

聞き慣れない言葉だったのだろう、リリルカは首を傾げている。

 

「これを使ってください。命中率重視で、かなり軽く作ってありますから、たぶんリリルカさんでも余裕で使えると思いますわ」

 

そう言って、キル子は黒く艶のない塗装をされた、小振りなクロスボウをリリルカに渡した。

 

「?………なにこれ、軽っ!」

 

差し出されたクロスボウを両手で受け取ったリリルカは、あまりの軽さに驚いたように声を上げた。

 

この弩は、アルティメット・シューティングスター・クロスボウ・ライトプラス。命中率補正がついた装備で、射程が長く、しかも軽く作ってある。だが、その分威力は低い。

 

何故こんなものを持ち歩いていたかといえば、滅多にないことだが、ギルド内でパーティ狩りをするときには、キル子の役割上、必須だからである。

キル子のビルドは徹底的に対人特化なので、MOB相手の真っ当な狩りの火力はカンストプレイヤーにしては、とても低い。パーティにおいては火力以外の役目を担うことになる。

とはいえタンクやヒーラーが出来るわけはなく、必然的にやれることは足の速さを活かした釣り役、つまり狩り場において少し離れた位置に散らばっているMOBをパーティまでかき集めて誘導するというロールに限られる。

その場合、余り威力の高い弓を使うと、釣ってきてもタンクがヘイトを引きはがせないことがあるので、威力は最低に抑え、且つなるべく多くのMOBを釣れるように射程は最大に調整してある。

おかげで必要筋力値も極めて低く、それこそリリルカでも使えてしまう。

 

矢の方は、ユグドラシルで俗に『無限弾』と呼ばれるものを渡した。威力がかなり低いが、矢筒の中にほぼ無尽蔵に補給されるタイプなので、弾切れがない。

序盤から中盤まではよくお世話になるので、そこそこレアだが、高難易度の狩り場に行くと威力が足りなさすぎて見向きもされなくなるアイテムの筆頭だった。

 

「いえ、すみません。矢が無限に出てくるとか、その時点で常識がおかしいです」

 

リリルカは真顔で突っ込んだが、キル子に言わせればこんな豆鉄砲なぞダメージ軽減系のパッシブスキルを常備しているMOBがわんさか出てくる、60台後半以降の狩り場になれば、釣り以外には何の役にもたたない。

しかし、逆に言えば、釣りには使える。

 

キル子はリリルカにはアーチャーの才能があると思っている。魔石剥ぎの手際から、器用さ(DEX)が高いのは確認済みだ。

それに、リリルカの持つ装備重量を軽減するスキルはユグドラシルにもあった。要求筋力値の高い超重量型装備に身を包んだタンクか、重量のある高威力の遠距離武装を持ったガンナーやアーチャー系の職業が取得できるのだ。

リリルカの体格ではタンクはきついだろうが、アーチャーならやってやれないことはないだろう。

 

各々の役割を言い含めて、ようやくパーティとして動く準備が整った。

 

「行きます!!」

 

まず、リリルカがクロスボウで離れた所の獲物を狙い、敵意(ヘイト)を買う。

 

「はぁっ!!」

 

MOBが近寄ってきたところをすかさずベルが一撃入れ〈硬直〉状態にして無力化。

 

「オーッホッホッホ!!おかわりどうぞ、ですわ!!」

 

そして、キル子が大鎌でトドメを刺す。

 

最後にリリルカが死骸から魔石を剥いで、あとは再び次の獲物を釣るだけだ。

 

「ほんと、すぐに終わりますね。キラーアントって殻が硬いから、結構厄介なモンスターの筈なんですけど。……とりあえず魔石、魔石っと」

 

このサイクルは思いの外うまくいった。

 

リリルカは狩りに参加することで多少なりとも経験値を稼げる上に、釣りによってMOBの処理効率向上に貢献できる。コレに伴って、当初の契約より取り分を引き上げることにしたから、本人的にはウハウハである。それに、キル子が渡したクロスボウはこの階層のMOBならば一撃で体力を削りきることもしばしばで、リリルカは何故かそのことに異様に興奮していた。

 

また、それまでモンスターの居るところを駆け回っていたベルは、体力を温存しつつ力を溜めた一撃を放つことでミスが少なくなった。一匹ずつ釣ってくることで複数のモンスターに囲まれる危険も減る。結果的にソロでは不可能な数のMOBを処理することが可能になった。

 

キル子にしてみれば、相変わらず豆腐のようなMOBを一撃で殺す簡単なお仕事なのだが、釣りによってMOB湧きの頻度が改善されたため、そう悪くはない。

 

ただし、問題もあった。

 

「リリルカさん、大丈夫ですか?」

 

「り、リリで…結構、ですよ…ベル、様……」

 

30匹もモンスターを狩った頃には、リリルカは披露困憊といった有様で、ハアハアと荒い息を吐いていた。

 

「やっぱり、リリルカさんの負担が大きくなりすぎますわね。釣り役と解体役の兼務ですから、無理もないけど」

 

「だ、大丈夫です、キルト、様。か、かせげる…時に、稼がないと……食いっぱぐれますから……まだ、いけます……!」

 

全身汗まみれで疲れ切ってはいるが、リリルカの目は「¥」マークが浮かんでいる。

 

「その銭ゲバ根性は買いますけどね、実際問題、このままでは疲労で効率が落ちますわ」

 

「うっ」

 

反論できなかったようで、リリルカはうなだれた。

 

「そこで、ちょっとした提案があるのですけれど、よろしくて?」

 

悪戯っぽい笑みを浮かべたキル子の提案を、ベルは満面の笑みで了承し、逆にリリルカはかなり渋ったが、最後には折れた。

 

「では、みなさん!よろしくお願いしますわ!」

 

少し後、その場にはキルト達三人の他に、階段付近でゴブリンを相手にしていた孤児達が、狐につままれたような顔をして立っていた。

 

「とりあえず魔石剥ぎだけしてくれればいいです。ただし、取り分は1割ですから!そこんとこ、勘違いしないようにしてくださいね」

 

リリルカが不信感を滲ませた目で説明すると、彼らはコクコクと頷いた。

 

普段は三人でがんばってもゴブリンやコボルト数匹が良いところらしく、チャンスを与えられてギラギラと目が輝いている。

 

「もう少し分けてあげても良いんじゃないかな、リリ。このやり方なら効率もよくなることだし……」

 

ベル・クラネルは彼らの格好を見て心を痛めたのか、そう提案したが、リリルカは一も二もなくはねつけた。

 

「ベル様は甘すぎます。ちゃんと目を光らせてないと、魔石をちょろまかすぐらいは普通にやりかねません」

 

「リリは厳しいね」

 

「……そのくらいしないと、スラムで孤児が生き残れるもんですか」

 

ボソッと呟くようにリリルカが漏らした最後の一言は、声が小さすぎてキル子以外には聞こえなかっただろう。

なるほど、同病は相憐れむのではなく憎むのか、とキル子は妙に納得した。

 

「ともかく、これでリリルカさんは釣りに専念できますし、解体も三人いればはかどりますわ。徹底的に狩って狩って狩りまくりましょう!!」

 

「「「おー!!」」」

 

 

 

 

そこからの効率はひどかった。

 

狩り場に湧く虫型モンスターは次々にキル子達のパーティに群がり、瞬く間に殲滅されていく。まさに飛んで火にいる夏の虫。

その尋常ではない狩り速度に、周りで狩りをしていたパーティも、呆然として見守るほか無かった。

 

「……なんだありゃ」

 

「ひでえや、キラーアントがゴミみたいに狩り尽くされてる」

 

「何か虫に恨みでもあるのか?」

 

「でも、これ俺らの獲物も引っ張られてね?」

 

「いや、キラーアントは数が多いし、仲間を引き寄せる。あっちに引きつけられるなら、俺らはそのケツを殴って必要な数だけ自分のとこに引っ張ればいい。むしろ安全だ」

 

「だな。しかし、あの二人、かなり装備がいいぜ」

 

「ああ、そうだな……それにあの分なら、だいぶ疲れてくれるだろうなぁ……?」

 

「女の方は、結構な上玉だ……」

 

「やるなら、魔石と素材をたっぷり詰め込んだタイミングで。……後は、分かるな?」

 

怪しい目付きでキルトとベルを眺める外野の声はさておき、狩りそのものは頗る順調だった。

 

最初はリリルカの危惧したとおり、服や靴の裏に魔石を隠そうとしていた孤児達だったが、すぐにそんな余裕はなくなった。余りにも処理すべきモンスターの死体が多すぎるのだ。

彼らの非力な腕では、魔石を剥ぐ作業も一苦労であり、三人そろってようやくリリルカ一人分。油断していると、死体の山が積もり上がって酷いことになる。必然、必死に作業に集中するはめになった。

死体を剥いでは魔石と素材に分別し、渡された袋に放り込む。その単純作業を延々とこなしていると、余計なこと考える余裕もなくなるのだ。

 

しかも、ドロップ品を収めるためにと、キル子が彼らに渡した袋というのは、ユグドラシルの定番アイテム無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)。 名前に反し、体積を無視して重量にして500キロまで入る袋だ。

この袋に入れてあるアイテムはショートカットに登録することができるため、複数のアイテムを使いこなして戦闘を行うタイプのキル子などは、大量の予備品を持ち歩いている。それを都合したのだ。

なお、これの存在を知ったときのリリルカの反応は、ちょっとした見物であり「サポーターの仕事がなくなりますぅ!!」と涙目で訴えた顔が滑稽だったので、キル子は思わず吹き出した。

 

狩りの合間に昼食と休憩を挟み、モンスターを枯らさないよう適度に狩り場を移動しつつ、彼らは数刻に渡って狩りを続けた。

 

結果、用意した袋の容量限界まで、魔石と素材をため込むことになったのだが、流石にそこで限界を迎えた。

 

「みなさん、ひとまず本日の狩りはこれで切り上げましょう。お疲れ様ですわ!」

 

最後にお約束のように世界級アイテム『強欲と無欲』を使って経験値を吸い上げると、キル子は狩りの終了を宣言した。

 

「お疲れ様でした!!」

 

意外にも体力があったようで、ベルは額に浮かんだ汗をぬぐい、さわやかな笑顔を浮かべている。

逆にリリルカと孤児達はもう限界で、その場に座り込んでやけくそ気味に叫んだ。

 

「お疲れさまですぅ!」

 

「「「おつかれです!」」」

 

この分では、誰かが引率してやらないと、地上まで無事につけるか怪しいところだろう。荷物の重さを無視できるタイプの無限の背負い袋を渡したのが救いか。

 

「さて皆様、すこぉし、わたくしはこの場でやることがありますので。先に上に戻っていてくださらないかしら」

 

キル子は背後を見やりながら、そう提案した。

 

後ろを向いているので、どんな表情を浮かべているのかベル達には分からなかったろうが、リリルカだけは何かを感じ取ったのか、怯えるように後ずさった。

 

「キルトさんなら大丈夫だと思いますけど、本当に一人で平気ですか?」

 

心配そうなベルに対して、キル子は振り返ると、花のような笑みを見せた。

こういうところは、やはり男の子だ。好感が持てる。

 

「ええ、すぐに追いつきますわ。ほんのちょっとした野暮用ですので」

 

あっ、と何かを察したように、ベルは赤くなって急にうつむいた。

なお、ダンジョンで探索を行う冒険者のトイレ事情について、彼が何かを勘違いしたとしても無理はないだろう。

 

追い立てられるようにベル達が上への階段に消えたのを見送ると、キルトは笑みを消し、再び背後を振り返った。

 

そこには、同じフロアで狩りに勤しんでいたはずの冒険者達が、剣呑な空気を纏って勢揃いしていた。

 

「……あら、皆様も狩りを終えられたのですか?」

 

「いや、俺らの狩りはこれからが本番さ。まあ、獲物はモンスターじゃねーけどな」

 

まあ、予想はしていた。聞き耳スキルのおかげで、彼らの内緒話は筒抜けだったのだから。

 

「なるほど?考えることは同じですわね。……少し偽善が過ぎたから、私もここらで帳尻を合わせておかないと、気持ちが悪くて仕方がないのよ」

 

ヘラヘラと笑う男達に、キル子もにっこりと笑顔を返した。ベル達に向けていたのとは、明らかに種類の違う笑みを。

 

【擬態・解除】【変身・解除】【変装・解除】

 

そして、ひた隠しにしてきた異形種としての本性を、むき出しにする。

 

【クリティカルヒット無効】、【精神作用無効】、【飲食不要】、【毒・病気・睡眠・麻痺・即死無効】、【死霊魔法耐性】、【酸素不要】、【能力値ダメージ無効】、【エナジードレイン無効】、【ネガティブエナジー回復】、【闇視】、【対人間種与ダメージ倍増】、【対人間種被ダメージ半減】、【対プレイヤー与ダメージ倍増】、【クリティカル発生率上昇】、【攻撃速度上昇】、【回避率上昇】、【通常攻撃即死発生率上昇】、【隠蔽率上昇】、【情報魔法阻害率上昇】、【探知能力阻害率上昇】、【瞬影】、【絶影】、【悪意のオーラⅤ】……etcetc。

 

これまで人間種に擬態することと引き替えに失っていた、異形種固有の特殊能力や、あえてオフにしていたパッシヴスキル等が一斉に立ち上がり、ステータスも劇的に上昇。

 

耳まで裂け、乱ぐい歯がむき出しになった口を見たとき、ようやく冒険者達は目の前の相手が、本来自分たちが正しく倒すべき相手、モンスターなのだと気付いた。

もちろん、気付くのは遅すぎたし、彼らの適正レベルからは遙かに逸脱した怪物だったのだが。

 

「イケメン以外に人権は存在しないんで。せいぜい経験値になってどうぞ」

 

言うが早いか、キル子はアサシン系上位職業専用の特殊スキルを発動した。

 

「【冥府の手(ネザーハンズ)】!!」

 

同時に地面から夥しい数の青白い腕が生え、冒険者達の足首をつかんで拘束する。

 

これは術者から一定範囲内の対象を移動不可状態に陥らせるスキルだが、拘束時間は短く、最大でも10数秒ほど。時間経過によって勝手に解除されてしまうので、使い勝手はあまりよくない。

また、レベル100クラスの物理ステータスがあれば、さほど苦労することなく抜け出すことができるために、本来は牽制程度にしか使い道がないスキルである。

 

故に、彼らには正しく対処不可能な「冥府の手」となり得た。

 

「な、何だこりゃぁ!!」

 

「ヒィィ!!」

 

地面にガッシリと拘束され、身動きを取ることもままならない。そんな対象は、キル子にとってそこらのMOBと大差がなかった。

 

「まず、ひと~つ」

 

赤く輝く大鎌が、己の足首をつかむ手を外そうと、もがいていた男の首を落とした。

 

それは単なる通常攻撃ではない。首切りによる即死攻撃を100%の確率で発生させるアサシン系の定番スキル【首狩りの一撃(ヴォーパル・スラッシュ)】。

あまりにもレベル差のある相手には、いっそ大人げないほどエゲツない蹂躙であった。

 

「う~~ん、スキルは発動してるっぽいし、使い勝手に変わりなしと。次」

 

淡々と状況を見定め、手になじんだ能力と実際の効果を確かめつつ、さらなる実験のために大鎌を振るう。

 

「ふた~つ!」

 

鮮血が蛇口から零れるように頭のない首から吹き出し、男の仲間がそれに目を奪われている間にさらにもう一撃。今度は一振りで首二つ、鮮やかに宙に舞う。

 

「ゆ、許して下さい!!ご、ごめんなっ…!!」   

 

ソレを見て、ようやく状況を悟ると同時にその場に土下座し、謝罪を言の葉に乗せた者もいた。が……

 

ザシュッ!!

 

「みぃ~~っつ!!」

 

当然、謝罪の言葉など最初から聞く気があるはずもなく、嬉々として速やかに斬首。

 

あまりにも軽々と、疾く命を刈り取った。

 

「ぶっちゃけ、あんたらクソ弱すぎよ。せめてベート様くらい耐久値がないと、特攻が効いてるんだか分からないじゃない?リリルカさんより使えないわ」

 

ようやく目撃者を気にすることなく異形種としての姿とアサシンビルドを解放し、本来頼みとする強力なスキル群の使い勝手を思う存分試せるというのに、これでは検証作業がはかどらない。

 

不機嫌そうにつぶやくと、キル子は足下の首無し死体を蹴り上げた。

 

蹴られた死体は、未だ息の続いている仲間達の方へと一目散に吹っ飛ぶと、見事なストライクが決まった。ボーリングのピンのように、足をつかまれ身動きのとれない数人の冒険者が、無様に倒れ込む。

 

「はい、さようなら」

 

キル子が指をパチリと弾くと、蹴り飛ばされた死体は内部から膨れあがり、周囲の冒険者達を巻き添えにして、盛大に爆発した。

 

死体データを爆弾に改造して、その最大HP量に等しい値の負属性ダメージをばらまくスキル【死体爆弾(ネクロボム)】。

 

本来はプレイヤーの死体データや、使い魔として呼び出したアンデッド系のモンスターに施すスキルで、対象が蘇生魔法を受けたときに魔法の使用者ごと吹き飛ばしたり、使い魔が倒れた時に周囲のプレイヤーを巻き添えにして起爆するという、PKに大変便利な能力だ。

しかも、この爆発は強いノックバック効果や病気、盲目、聴覚消失等の複数のバッドステータスをばら撒くことができる。

また、対象がアンデッドなら自分にも仕掛けることもできるので、運悪くキルされた場合にも、相手を道連れにすることができるので、非常に使い勝手が良い。

キルカウントを稼ぐために、キル子が好んで使う18番である。

 

「あら、今ので皆殺しかと思ったら」

 

「……ひ、ひにたくなひ…ひにた…!」

 

運がいいのか悪いのか、一人胴体を吹き飛ばされて、上半身だけになっているのに、まだ溢れた臓物を引きずって逃げだそうとしている男がいた。

 

「苦しむ間もなく首をすぱぁん!」

 

慈悲深くも、キル子は笑いながらトドメを刺した。

 

スッパリと切断された切り口は芸術的なまでになめらかな切断面を晒し、そこからドクンドクンと赤ワインじみた血液が迸るのが大変に美しい。

切り落とされた首の方は、涙と鼻水と吐血にまみれ、必死の形相をしているが、おそらくは自分が死んだことに気がつく前に逝ったことだろう。

 

「南無南無、と。あ~〜、すっとした。やっぱモヤモヤしたらPKに限るわ!」

 

キル子は笑顔を浮かべた。

 

厄介な便秘が数日ぶりに解消したかのような、とてつもなくさわやかな笑顔だった。

そして、ケケケケッ!!と邪悪な笑い声をあげる。それは階層の隅々にまでに響き渡り、木霊した。

 

そのあまりにも不気味な嘲笑は、周囲を探索していた罪のない冒険者達の心胆を寒からしめ、ギルドを中心に出回っていた「亡霊」の噂を助長したが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さま、おまたせしましたわ」

 

とてつもなく機嫌の良さそうな笑顔を浮かべたキルトが、ベル達に合流したのは間もなくのことだった。

 

ベルは村で暮らしていた頃に、便秘に悩むおばさん達の井戸端会議に参加し、あけすけな会話を聞かされたことがあったため、特に遅れた理由については詮索しなかった。

何故か怯えた表情のリリルカや、疲れていてそれどころではない孤児達も、理由は問わなかった。

 

それからは特に大事なく地上までたどり着き、キルトが貸し出したアイテムを回収したり、ギルドで素材や魔石の換金を済ませた頃には、日はとっくに西の空に沈んでいた。

 

「換金終了しました!しめて7万とんで300ヴァリスでしたっ!!皆さまお疲れ様です!」

 

リリルカが凄まじくいい笑顔で報告した。今日一番の笑顔だろう。

それも無理はない。平均的なレベル1の冒険者5人パーティーで、1日に稼げるのが25000ヴァリスほどとされている。孤児達3人は戦力外としても、3倍近い金額を稼いだことになる。

 

「ではまずキルト様の取り分が4割、お受け取りください」

 

キルトは確かめもせず、ヴァリスの入った小袋を受け取った。

 

「次にベル様は3割になります。お確かめください」

 

次にベルが嬉しそうに分け前を受け取る。いつもの彼の稼ぎの4倍近かった。

 

「僭越ながらリリは2割ほど頂きます。ありがとうございました」

 

リリルカはホクホクしながら、取り分を懐に収めた。

 

「で、最後にこれが貴方達の取り分です。なくすんじゃありませんよ」

 

リリルカは真剣な表情で、孤児達に三等分した分け前をそれぞれ小袋に分けて渡した。

孤児達はそれを即座に服の下に隠した。そうしなければ、すぐに誰かに奪われるとばかりに。おそらく、彼らはそんな生活に身を置いているのだろう。

 

「貴方達、これを」

 

キルトは手にしたままだった自分の取り分を、彼らに押し付けるように渡した。

 

「それで体を清めて、まず服を買いなさい。武器や防具を揃えて、お腹いっぱい食べて寝て、力を養ってからまたダンジョンに挑むのよ」

 

孤児達はビックリしたように、押し付けられたヴァリスの詰まった袋と、キルトの顔を見比べていたが、揃ってペコリと頭を下げた。そして、夜のオラリオに消えていく。

 

その様子を、ベルは尊いものでも見るように、リリルカは羨ましそうに、あるいは嫉しそうに見ていた。

 

「……キルト様は、お優しいことで」

 

「あら、偽善はお嫌い?」

 

キルトが意地悪そうに流し目を寄越すと、リリルカは俯いた。表情を見られないようにと。

 

「……では、お疲れ様でした。もう遅いので、リリはこれで失礼させて頂きます。また御用があれば、サポーターのリリをよろしくお願いします」

 

勢いよく頭を下げて、リリルカも去っていった。まるで、すぐにこの場を去りたい理由でもあるかのように。

 

「さて、ではわたくしもこれで失礼しますが、ベルくん。……これ、忘れ物よ」

 

そう言って、キルトがベルに差し出したのは、彼が腰に履いているはずの片手剣だった。

 

「え?あれ、ない?!」

 

鞘が空っぽなのを目にして、ベルは慌ててキルトから剣を受け取った。

 

「もう、いくら疲れていても、主神からのプレゼントを"うっかり落として"しまうなんて、酷いですわ」

 

「あ、ありがとうございます、キルトさん!助かりました!」

 

「気をつけてくださいね。さもないと、今度こそ小さな妖精に持っていかれてしまいますわ」

 

そして、これはわたくしから、と言って例の指輪をベルに手渡した。

 

「これ、すごく高いんじゃないですか?!」

 

顔には欲しいと書いてあるが、それでも受け取れないと固辞するベルの様子が初々しく、つい要らぬお節介を焼いてしまうのだと、何の恥じらいもなく告げる。

 

「いずれ、それが必要なくなるくらい強くなったら、返しに来てね。それまで、君に預けておくから」

 

そう、柔らかな笑顔でやんわりと押し返されると、ベルはもう受け取るしかなかった。

 

「いずれ、必ずお返しします!」

 

「待ってるわ。それから、もう一つ。可愛らしい花には棘があるものです。それが荒れた野に咲く花なら、なおのこと。それを覚えておいて。出来れば、花の良さを見てあげてね」

 

首を傾げるベルに、ミステリアスな言葉を残して、キルトもまた去っていった。

 

後に残されたベルが、その言葉の意味を身をもって理解したのは、その数日後のことである。

 

 

 

 




花粉が殺しにくるんや…ダメぽ…orz

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