ダンジョンにユグドラシルの極悪PKがいるのは間違っているだろうか?   作:龍華樹

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第7話

オラリオ。

それは世界で唯一、いと昏き地の底へと続く迷宮の存在する都市。

一攫千金を夢見て数多くのはぐれ者や鼻摘まみ者、集団に馴染めなかった一匹オオカミ、あるいは腕に覚えのある無鉄砲な若者が集う街。

冒険者達が持ち帰る魔石を目当てにして、世界中から商人や職人が集い、今なお無秩序な開発が続く土地。

 

男は両親のように小作農として生きて、死にたくはなかった。

都会に憧れた。

デカイ金を掴んでみたかった。

だから、故郷を飛び出して、冒険者になった。

 

けれど。

 

「出せ、今日の分だ」

 

気がついたら、3人の小汚い餓鬼どもに、剣をチラつかせ、金をせびっていた。

 

 

 

 

 

 

ファミリアから任された路地の一つ、その住民から花代を徴収する。それが男のシノギだ。

 

路地に店を構える店主や屋台の親父、立ちんぼの売春婦、あるいは軒先で夜露を凌ぐ乞食や浮浪児どもからも、数日おきに相応の額をせびり取る。もちろん、多く稼いでるなら多く取る。

代わりに他の組織から守ってやる、というのが建前だが、だいたいは上の方で話がついている。例外は、この町の仕組みを知らない余所者だけだ。

 

たとえレベル1でも恩恵を受けてステイタスを得た人間の力は、恩恵を持たない者の及ぶところではない。大概の余所者は相手にもならないし、何よりカモから金を脅し取るには都合がいい。

冒険者というのは、暴力を以て身を立てる裏社会にはとても便利な存在で、何処の横丁にもドロップアウトした元冒険者が無数にひしめいている。男も、今やそんな最末端の一人だった。

 

日々、低階層のダンジョンに潜ってケチな日銭を稼ぐ傍ら、花代を集めて上納金のノルマをこなす。

そうすれば、運が良ければほんの一口、アレを口にする機会が巡ってくる。

 

かつては違った。もう少しマシなものになれるはずだった。そう夢を見てこの町に来た。

だが、現実は冷徹で冷酷で、どこまでも無慈悲だ。

 

所詮、小作農の小倅が知っているのは鋤の振り方と、種のまき方、作物の刈り方くらいなもので、ろくに教育を受けた訳でも無ければ、字も書けはしない。

ギルドでの登録時に職員に代筆させた筆跡を真似て、なんとか自分の名前が書ける、その程度。それでさえ、かなり怪しいものだ。

 

家から持ち逃げした金を持参金としてファミリアに入れてもらい、念願叶って冒険者になった。

だが、待っていたのは最下級のゴブリンやコボルト相手に死ぬ思いをして僅かな魔石を稼ぎ、クソほども変化しないステイタスに一喜一憂する、そんな日々だ。

 

何時か第一級冒険者が携えるような立派な武器を買ってのし上がろうと、爪に火をともすようにして貯金をしていた時もある。

けれど、ガタつく剣を少しでもマシにしようと研ぎに出す度に、あるいは怪我を負ってポーションを使う度に、金が飛ぶ。新品なんてとてもではないが、手が出ない。出来る事といえば、バベル中層の高級武器屋で、ピカピカ光る新品を指をくわえながら眺める事だけ。

そして自分が何処かで死ねば、このせせこましく貯めた金も、誰かが懐から抜き去って、その日の飲み代に消えるだろう。

そのことに気付いてからは、自分へのご褒美だとか何やかやと誤魔化して、金は瞬く間に消えた。

 

そんな典型的な冒険者様の生活に嫌気がさし、主神のつまらないものを見る目にも、仲間からの嘲笑にも耐えきれず、逃げ出した先で……アレに出会った。

そして、ハマって、すがって、気がつけば完全に囚われていた。以来、今のファミリアに改宗して、ここでこうしている。

 

我ながら情け無いと思わないでもなかったが、もうどうでもいい。

クソッタレな全てを忘れさせて、天国に連れて行ってくれるアレさえあれば、それで。

 

だから、今日も男はいつも通り、スラムにのたくる餓鬼どもから、アガリをせびり取ろうとした、が……

 

「やぁーっ!」

 

「これでぶきを買うの!」

 

「あの人たちみたいになるんだっ!」

 

なぜか餓鬼どもは、今日に限って反抗的な態度で頑なに金を渡そうとしない。

鉄パイプを振り回し、服に噛み付いて抵抗する。ヴァリスの詰まった袋をもぎ取るのに、随分と手こずった。

それに目が気に入らない。昨日まで死んだ魚みたいな、自分達の側の目をしていた癖に、今は妙に輝いている。ムカつく目だ。

 

そもそも、こいつらは新たなシノギの試金石にと、試しに恩恵を与えられ、ダンジョンに潜らされているに過ぎない。

孤児なんてオラリオには掃いて捨てるほどいる。大抵は冒険者か、冒険者と娼婦の間にできた子だ。親はダンジョンから帰らなかったか、ファミリア同士の諍いで死んだか、さもなければ単に面倒になって捨てたか、そのどれかだろう。

そんな使えないゴミどもに目をつけた上役がファミリアの主神に囁き、何処からか攫ってきた餓鬼どもに恩恵を授けたのは、悪くないアイデアだと男は思う。

 

何せ、ダンジョンはこの町で一番手軽な産業だし、餓鬼は素直でいい。ちょっと脅して痛い目に遭わせてやれば、すぐに従順になる。痛めつけて怒鳴りつけて、心を殺してやれば、便利な金集めの道具の出来上がり、だ。

それでダンジョンに向かわせて、生きて帰ってくれば金が手に入るし、死んだところで代わりはいくらでもいる。

 

まあ、どうせすぐに死ぬだろうからと、男は餓鬼どもに支給された武器を奪って勝手に金に変えていた。 一応上役からはモンスターを狩れるようになるまで、適当に面倒みろと言われてはいたが、気にすることはない。

そしたら奴ら、あろうことか廃材を担いでモンスターに挑みだしたのは、傑作だった。

 

肝心の稼ぎはボチボチだが、どうやら経験値を得たせいで、一丁前に気が大きくなったらしい。生意気にも反抗しやがる。

身の程を教えてやる必要があるだろう。

 

あまりに強情な態度に腹を立てた男が、剣を抜き放った、その時だった。

そいつは、何もないところから、急に現れた。

 

「こんなこったろうと思ったわ!」

 

唐突に響いた声に反応する前に、名もない男は殴り飛ばされて宙を舞った。

 

「まったく不愉快極まりない。せっかく人が珍しく仏心を出したというのに、それを台無しにする馬鹿がいるなんて!」

 

華麗にアッパーカットを決め、男の意識を彼方に吹き飛ばしたのは、薔薇の鎧を身に纏った金髪の女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キッカケは、あの一言だ。

 

"どこの神でしょうね、大して戦力にもならない子供に恩恵を与えるなんて"

 

言われてみれば、その通り。

 

あの時はショックで気付く余裕がなかったが、よくよく考えれば子供だけでダンジョンに挑ませるなんて、流石に無理がある。少なくとも、ギルドの職員が止めるはずだ。

それがない、ということは子供らの背後にはギルドに鼻薬を効かせられる人間がいることを示している。

 

久々に趣味と実益を兼ねた楽しい時間を満喫し、冷静な判断力を取り戻したキル子は、そのことに気が付いた。

だから、バベルで別れたフリをしてから、姿を消して後をつけたのだ。

 

キル子は殴り飛ばした男の手を離れ、地面に転がったヴァリス入りの袋を拾い上げた。

 

「はい。今度は取られちゃダメよ」

 

「あ、ありがと!」

 

生傷まみれ垢まみれの痩せた手に、そっと握らせると、涙を零してしゃくりあげる。その頭を、撫でてやった。

袋の表面に一瞬だけ、闇色に輝く髑髏マークが浮かび上がったのには、子供たちは気がつかない。

 

標的の印(ターゲットサイン)】。接触することでマーキングした物や人の位置を、常に知ることができる特殊スキル。

【盗聴】や【盗撮】などの起点にしたり、転移魔法の目印にもなる便利な能力だが、信仰系魔法詠唱者の解呪魔法などで無効化されるので、気付かれたら対策は容易だ。

なお、ユグドラシルでは極一部の心ないプレイヤーの所業により、出所不明のアイテムはまず鑑定系の魔法でよく調べるのが、常識になっていた。

 

キル子がマーキングした対象は、今のところ三つ。

あの爽やか美少年は廃教会にまっすぐ帰ってしまったので、下手に覗き見すると再び致命傷を受けるだろうから、今日のところは放置でいい。いずれ指輪を携えて会いに来てくれるはずである。

できれば彼の主神の目の前で見せつける感じで受け取るシチュエーションがよい。まあ、それをあの乳神様がどう受け取るやら……ケケケケ!!

 

さてそうなると、ひとまず残った二つのうち『感電びりびり丸』盗難未遂事件の下手人は後にして、先にこちらを優先したのは正解だった。

 

「このチンピラ、どうしてやりましょうかねぇ」

 

ムカッ腹が立っていたし、この場で素っ首突っぱねてやるのは簡単なのだが、どうせならやってみたいことがある。それまでは生かしてやってもいい。

 

ロキ・ファミリアを盗聴した時に、ロキ自身が言っていたのを聞いた。神ならば恩恵を持っているかどうかくらいは一眼でわかる、と。

今後も冒険者に化ける機会はあるだろうし、神に対面することもあるだろう。その時のために、恩恵を偽装する手段くらいは用意しておきたい。

 

例えば、恩恵を持った冒険者の背中の皮を剥ぎ、鞣し革にして背中に仕込んで持ち歩く、というのはどうだろう?

 

仮に失敗したとしても、消耗品アイテムの材料くらいにはなる。本来ならドラゴンやキマイラの皮を使うのが最上なのだが、恩恵を含んだ人間の皮ならどんなものができるのか、調べてみるのも悪くはない。

つい先程、貧相な武器や防具などと共に幾らかは手に入れていたが、皮は何枚あってもいい。

 

キル子がそんな皮算用を立て、無様に這いつくばって気絶する男の首筋に大鎌の刃を当てた、その時だ。

 

「あん?……こいつ、妙なデバフ食らってるわね」

 

多少は加減したつもりだが、別に死んでも構わない。そのくらいの一撃を食らって伸びている男を観察して、キル子は首を傾げた。

名も知らぬ、見た感じチンピラ以外の何者にも見えないくらいチンピラじみた男は〈神酒依存(高)〉なる妙なバッドステータスにかかっていたのである。

 

キル子はこれでもユグドラシルにおける異常効果については熟知している。

例えば〈気絶〉や〈睡眠〉、〈麻痺〉、〈朦朧〉といった体の自由を奪う厄介な状態異常に掛かって仕舞えば、多少のステータス差など意味もなく、一方的なサンドバッグになるだろう。

また、視界を奪う〈盲目〉を与えられてなおアバターを正常にコントロールできるプレイヤーはまずいないし、〈聴覚喪失〉や〈嗅覚喪失〉なども索敵能力を麻痺させ、不意打ちの危険が高くなる。

いずれにしろ対人戦闘においては、なまじ単純な攻防力の大小よりも勝敗を左右する。

 

「〈依存症〉は、アルコール系の食品アイテムや麻薬系薬品で再現できる筈だけど……なんだこれ?オラリオ独特の症状?」

 

キル子は状態異常を齎す能力に特化したアサシン系職業『マッドプレデター』を最大レベルまで取得している。おかげで、大抵の状態異常を与えることはできるし、逆に耐性も持っている。

仮に耐性貫通されたとしても、1日に使用できる回数に制限があるものの、凡ゆるデバフを一括して強制解除できるスキルも取得済みだ。対象は自分だけだが。

ユグドラシルwikiの該当するページを暗記しているくらい、状態異常を齎す能力には精通していた。

 

そのキル子をして、かつて見たこともない症状。つまり、キル子の持つ耐性をすり抜ける可能性があった。

 

「試しに解除は……あ、無理だ。自分にかけられたのならともかく、他人のはむずいねぇ……完全に解除するなら高レベルのヒーラーかバッファーじゃないと無理くせーな」

 

ただ、恐らく手持ちの巻物(スクロール)のどれかなら、いけそうな気もした。

巻物はあらかじめ込めた魔法を一度だけ使える消耗品アイテムだが、巻物に込められた魔法を使用するには、自身が使うことができる、もしくはそのクラスで習得できる魔法リストに載っている必要がある。

だが、例外として盗賊系のスキルを使うことでこの原則を無視できるので、キル子はかなり大量に持ち歩いていた。

魔封じの水晶と違って誰にでも使えるわけではないが、作成コストが安いから自分で使う分には手軽なのだ。

 

「下手に手を出すより放置で残当と………で、そこの方。いつまでコソコソ隠れてるのかしら?」

 

キル子が常時起動しているパッシヴスキルの索敵範囲にいれば、多少物陰に隠れて息を殺していたところで、意味などない。

 

「……ッ!!?」

 

その声によほど驚いたのか、路地の陰に隠れてこちらを窺っていた男は、慌てて逃げ出そうとした。

 

だが、残念!キル子からは逃げられない。

 

「はい、スト〜ップ!」

 

スッと頰に当てられた冷たい刃物の感触に、男の体が硬直した。

 

素早さ特化型アサシンのスピードは、他の職種の及ぶところではない。一つレベルをあげるごとに素早さが劇的に向上する『イダテン』の職業レベルを上げているキル子は、純粋なスピード勝負なら、似たようなステ振りのニンジャ系ビルドの弐式炎雷をも僅差で上回り、ギルド内でもトップだった。

 

逃げ出したはずがいつのまにか背後に立っている、なんてホラー映画のお約束のベタな演出をしてのけたキル子は、トドメとばかりにゾッとするような酷薄な笑みを見せつけて、耳元で囁く。

 

「麻痺抵抗はお持ちじゃないのね。このまま、首無し死体にして差し上げても良くってよ?」

 

「いっ?!」

 

鈍い男だ。ようやく首から下が石になってしまったかのように、まったく動かないことに気がついたらしい。

 

生物の筋肉を硬直させ麻痺状態にするスキル【麻痺の接触(パラライズ・タッチ)】。

効果は素手以外にも装備した武器にも乗るので、通常攻撃を含むあらゆる接触型スキルに乗せて放つことができる。それは便利なのだが、首から上は自由に動くという妙な仕様のせいで、魔法詠唱を防ぐことはできない。かつてのギルメンによれば、苦痛や拷問を存分に味わわせるためらしい。

 

キル子は指一本動かせない男の首に、巨大な鎌の刃を押し当てた。

まさに悪役令嬢と呼ぶにふさわしい、冷酷な笑みを浮かべながら。

 

「お名前は……ああ、ヘルメスさんと仰るのね?」

 

【死神の目】に映るユニークネームを読み上げると、男、ヘルメスは面白いほど狼狽した表情を見せてくれた。

 

「わ、わかった!冷静に話し合おう、君はきっと誤解してる!」

 

「見苦しいわね、デバガメさん」

 

と、そこで初めてキル子は相手の容姿をつぶさに観察した。

 

山吹色の髪をした中肉中背の若い男。ややくたびれた麻の服に革の手袋とブーツ、その上から赤いスカーフとマントを羽織っている。まるで西部劇に出てきそうな旅人姿だ。

羽根つき帽子の下からのぞく、甘いマスクの額からは、冷や汗が流れ、口元には引きつった笑みが浮かんでいた。

 

【死神の目】を通して見えるHP量からして、レベルは1。戦闘力のない一般NPCと同程度だ。

さらに隠蔽看破系のスキルを使ってみたが、外装を偽っている様子はなく、身に纏っているのも単なる布の服である。

だが、いくつかの装身具に妙な反応があった。恐らくはユグドラシルの力に依らない、純粋なオラリオ産のマジックアイテム。これで怪しむな、という方が無理がある。

 

「あら、意外にいいお…と……こぉ?」

 

うん、イケメンだ。イケメンなのだが、ちょっと引っかかる。

そう、なんというか、こう微妙にトラウマを刺激される顔というか……うっ……

 

……会社の合コン……勝組サラリマン……激戦……ホイホイしやがって……入れあげさせて……貢がせまくって……挙げ句に……ポイ……あの糞共……ゲス夫め……クズ夫め……チャラ夫めぇ……!!!!!

 

「チャラ夫殺すべし慈悲はない」

 

「ちょっと何言ってるかわかんないんだけど?!」

 

うん、首チョンパだ。それ以外ないね。

別に他意はない。その顔が、かつて痛い目を見せてくれやがったチャラ夫によく似ているとかいうのは、あまり大事なことではないのだ。イイネ?

 

「オーッホッホッホ!今のわたくしは悪役令嬢!理不尽な怒りをモブやヒロインにぶつけてギロチンにかけるとか当たり前ですわよね!」

 

大鎌にちょっぴり力を込めると、うっすらと血が滲む。

 

「いや、マジでやめてくれ!そこで伸びてる男とオレは、本当に何も関係がない!たまたま通りかかっただけなんだよ!」

 

イケメンが必死に許しを請う姿というのも中々乙なものである。キル子は新たな何かに目覚めそうだった。

 

「嘘おっしゃい。ならどうしてコソコソ隠れる必要がありますの?」

 

「物騒な大鎌持った女が、問答無用で大の男をのしてたら、誰だって隠れるだろう?! 」

 

一理ある気もする。

 

「子供を助けたかと思えば、嬉々として殺神(さつじん)を犯そうとする……君はサイコパスか何かなのか?」

 

「まあ、失礼な!…と言いたいけど、だいたいあってますわね」

 

キル子はユグドラシル全栄期には某大型掲示板に専用のスレを建てられ、クズだのキチガイだのネカマだのサイコパスだのと、散々な書き込みをされたこともある。

 

まさか肯定されるとは思っていなかったのか、ヘルメスは顔を引きつらせてドン引きした。

 

「勘弁してくれ。ソーマ・ファミリアのチンピラと一緒にされるのは、流石のオレも不愉快だよ」

 

「そーま?」

 

はて、つい最近聞いた名だ。

具体的には【標的の印(ターゲットサイン)】を刻印された無限の背負い袋(インフィニティ・バヴァサック)を、借りパクしたままの小人族の娘とか。

 

「気になるのなら、自分で調べてみることだ。その子らに恩恵を刻んだのも、間違いなく奴だぜ。ソーマ・ファミリアは至る所で諍いを起こして疎まれてるから、ちょっと調べればすぐにわかる」

 

それを聞くと、キル子はようやく大鎌を降ろした。

 

信用したわけではない。だが、先程から路地の角から顔だけ出して、やや怯えたようにこちらを窺っている子供達に、精神衛生上よろしくない惨殺シーンを見せつけて、新たなトラウマをこさえるのは気が引ける。

 

念のため、ヘルメスの帽子にマーキングを施してから、キル子はそばを離れた。

 

「いいでしょう。ただし、貴方は何も見なかった。それでよろしいわね?」

 

「ああ、了解した、物騒なお嬢さん」

 

ようやく余裕を取り戻したのか、ヘルメスは飄々とした笑みを見せた。

 

その答えを聞くと、キル子は子供たちを伴い、ついでに気絶した男の首根っこを引っ掴んで、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

……彼らの姿が見えなくなったあたりで、後に残されたヘルメスはその場にへたり込んだ。

 

麻痺が解除されたから、というだけではない。

割といろんな事に首を突っ込んで、巻き込まれなくて良いトラブルに飛び込んでいる神生(じんせい)を送っている自覚はあったが、流石にこれは予想もしない遭遇である。

 

たまたま騒ぎを聞きつけて、ひょいと野次馬根性を発揮したら、出し抜けにドラゴンに出くわした気分だ。

 

「うへぇ…ちょっとウラノス、なんかとびっきりやばそうなのが、オラリオに紛れ込んでるんだけどぉ………」

 

ヘルメス・ファミリア主神、ヘルメスは疲れたように頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リリルカ・アーデは俯いていた。

身体中、擦り傷、生傷塗れで薄汚い路地の壁に背を預け、体から痛みが抜けるのを待っている。

 

傷は痛むが、痛みには慣れていた。痛いのも、ひもじさも、惨めさも、物心ついたときから、ずっとリリルカと共にあったものだ。

饐えた臭いのする路地で空きっ腹を抱え、こうして寒さに震えながら夜を越したことなど数えきれない。

だから、辛くはあったが、耐える事はできた。

 

今日は、本当なら悪くない日のはずだった。

 

あのキルトとかいう派手な女冒険者をカモにするために、ひとまず今日は様子見の予定だったが、結果的にはかなりの収穫があった。

真っ当な狩りの成果だけでもリリルカの平均的な一日の収入を大幅に上回っている。やはり7階層あたりでパーティを組むと効率が段違いだ。

パーティに途中参加したベル・クラネルとかいう、妙に質のいい武器を携えた駆け出し冒険者や……あと、サポート要員で臨時参加させたあの孤児たちも、そこそこ働いたと思う。

 

それに、と。リリルカは自分の手のひらを見つめた。

いつぶりだろうか、サポーターとしてではなく、冒険者としてモンスターに立ち向かったのは。

 

リリルカがクロスボウを持っているのは護身のためだが、それはモンスター用というよりは、むしろ人間用だ。

ダンジョンの中は事実上の無法地帯なので、冒険者が追い剥ぎに変わるなんて日常茶飯事である。もちろん、リリルカ自身が冒険者を罠にはめることもある。

そのために、折を見て弓の練習はしているし、これでも器用のステイタスは高めだ。5メドルも当てられないと嘯いたが、実際には倍は余裕だろう。

だが、ああやってパーティの一員として狩りに参加して、モンスターを相手に活かしたのは、初めての経験だった。

それに、一時的に借り受けた、あの黒塗りのクロスボウの性能も素晴らしかった。

数十メートルは離れた位置にいるモンスターに百発百中で命中させ、たまに一撃で絶命させるのは、えも言われぬ充足感をもたらしてくれた。

 

そうやってモンスターを仲間たちの所に誘き寄せ、力を合わせて殲滅する。……楽しくなかったと言えば、嘘になる。

非力な自分には務まらないと、半ば諦めてしまった冒険者としての道。パーティに参加して、自分にしかできない役割を任されて、必要とされる充足感。

らしくもなく興奮して、つい張り切りすぎたあげくに、疲労困憊でダウンしかけたのはご愛嬌だ。

単なる生活のためにと、嫌々潜っていたダンジョンだが、初めて楽しいと思えた。

 

でも、その余韻に砂をかけたのも、リリルカ自身だ。

 

魔石と素材、両方合わせた換金額は実際には10万ヴァリスを楽に超えていた。そこから3万ヴァリスあまりをチョロまかした。

それに、何故かベル・クラネルの剣は盗み損ねてしまったが、キルトからは、質量を無視して物が大量に入れられる例の背嚢をくすねている。

知り合いのノームの店に流せば、いくらになるか見当もつかない。深層への遠征を行う大手ファミリアなら、こぞって高値をつけてくれるだろう。

あるいは、ようやくソーマ・ファミリアを抜けられるかもしれない。その誘惑には、抗えなかった。

 

だから、正直な話、少し浮かれていたのだと思う。

 

いい気分で寝ぐらに帰ろうとしたところを、同じファミリアに所属している狸人(ラクーン)に待ち伏せされ、アガリを巻き上げられて、このザマだ。例の背嚢を持っていかれなかったのが、唯一の救いである。

しつこくリリルカにたかってくるクズだが、残念ながらステイタスでは勝てない。そんな力があるならダンジョンで稼げばいいのにも関わらず、リリルカのような相手を他にも咥えこんでいて、楽に上前をはねようとばかりする。

 

あるいは似たような境遇の他の娘達のように、犯されて娼館に売り飛ばされないだけましなのだろうか。幸か不幸か、そういう店での小人族の需要は決して多くない。だから、リリルカは見逃され、サポーターとして使われ、気まぐれに暴力をふるわれている。

 

リリルカは空を見上げ、月に手を伸ばした。

路地の隙間から見上げる月は、あの頃と変わらず、青く冷たく輝いている。

 

ああ、そういえば今日出会ったあの子達。今頃は何処かの路地で、同じようにあの月を見上げているのだろうか。

いつか、彼らも搾取する側に回るのかもしれない。あるいはこのまま搾取される側に……

 

そんなことを考えていたら、涙が一筋、頰を伝った。

 

だから、だろうか。

金色の巻き毛がお月様を隠してしまうまで、リリルカは気がつかなかった。

 

「こんばんは、リリルカさん。良い月ですわね」

 

柔らかな笑みを浮かべて、いつの間にか、キルトがリリルカを見下ろしている。

 

「……?!」

 

完全な不意打ちだった。

驚愕して、思わず手で口をふさぐ。

 

「い、いえ!……その、どなたかと勘違いされて、いませんか?」

 

無理矢理に笑顔を浮かべ、人違いを装う。

普通なら誤魔化せないところだが、リリルカにはまだ手があった。

被ったままだったフードをとり、その下に生えた犬の耳を揺らす。立ち上がり、尻尾をフリフリと振ってみせた。

 

「ほ、ほら、リ…いえ、わ、私は犬人(シアンスロープ )なのですよ!」

 

「いいえ。貴女は間違いなく、先程までパーティをご一緒していた、小人族のリリルカ・アーデさんですわ」

 

キルトは、そこに浮かんでいる何かをなぞるようにして、リリルカの額を撫でた。それも、ゾッとするような青い目で。

まるで死神のような目だと、リリルカは何故かそんな感想を抱いた。

 

「まあ、これ以上、しらをきるというのなら」

 

キルトはリリルカの目の前で、指をパチリと弾く。

途端に、魔法によってリリルカの頭に生えていた犬耳が消え失せ、お尻から伸びていた尻尾も消滅する。

 

「…え?そんな?!」

 

変身魔法、シンダー・エラの効果が強制的に解除されてしまった。

 

「本来はバフを一度に解除して、弱体化したカスをフルボッコするための切り札なんだけどね」

 

キルトは困ったように笑うと手を差し伸べ、リリルカの服に付いた汚れを払った。

 

「さて、リリルカさん、貴女には色々と聞きたいことがあるのですけど」

 

一転して、鋭い目付きで自分を睨むキルトに、リリルカは力なく笑い、全身の力を抜いた。

 

まあ、いつかはこうなると思っていた。

あと少しだったのだけど、それだけが残念。でも、もういい。もう、楽になれる。

 

よりによって、あんな貴重なアイテムを盗んだのだ。冒険者にとって、何より重要な財産であるアイテムの盗難、発覚すれば私刑(リンチ)にかけるくらいはするだろう。

今のキルトはあの巨大な大鎌こそ携えていないが、そのステイタスは明らかにレベル1の範疇にはない。たとえ素手だろうが、非力な小人族の小娘を縊り殺すことなど、造作もない。

 

何より、このキルトという女は、おそらく殺人を厭わない。

7階層で狩りを終えたあの時、明らかにこちらに狙いを定めていた冒険者達を背後に窺いながら、キルトはその場に一人残った。

そして、すぐに戻って来た。新鮮な血の匂いを漂わせながら、これ以上ないほどに楽しそうな笑顔を浮かべて。

経験の浅いベルや孤児たちは気づかなかっただろうが、リリルカはそれが怖くてたまらなかった。

 

そんな恐ろしい相手を前にして、逃げられるとは欠片も思わなかったし、許して貰えるとも思わない。何よりリリルカは疲れきっていた。できれば苦しまないように、一息にやって欲しい。

 

だから、黙って目を閉じる。

 

「言い訳はしない、という解釈でよろしい?」

 

やはり、死ぬのは怖いな。

 

その震える足に、何かがまとわりつく。ペタペタと無造作に自分を弄る小さな手の感触。

まさかこの女、そういう趣味だったのかと、リリルカはおぞましさを覚えて唇を噛んだ。

 

「おねえちゃんも、いっしょにいくの?」

 

「そうね、まずはみんなでお風呂に入りましょうか。ちょっと汗臭いですわ」

 

「おふろー!」

 

「やった!」

 

舌ったらずな声が耳朶をうつ。

 

「……?」

 

さすがに違和感を覚えて、おそるおそる目を開けると、小柄なリリルカにすがりつき、こちらを見上げる小さな瞳と目があう。

 

「まずは体をきれいにしてから、ご飯にしましょうねー。お腹いっぱい食べさせてあげるわ」

 

「「「わ〜〜い!」」」

 

ついさっきまでパーティを組んでいた孤児達が、何故かリリルカにまとわりついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オラリオ西地区の外れ。

 

ファミリアに所属していない労働者とその家族が住んでいる住宅街が立ち並び、オラリオをぐるりと囲む市壁にもほど近い。瓦礫や雑草が生えそろい、水たまりやぬかるみが無造作に放置されている場所の一角に、明らかに空気の違う建物が現れていた。

 

デーモンの刻印された瓦屋根が優雅なアトモスフィアを漂わせる和の邸宅。

枯山水めいた巨石とバイオ唐松の植えられた奥ゆかしい庭には、シシオドシが軽快なラップ音を奏でている。

屋敷のフスマには、サイバーボンボリの柔らかな灯りが内側から揺らめき、青々としたイグサの編み込まれたタタミ敷きの奥座敷には「不如帰」の掛け軸がかかっていた。

 

西洋ファンタジー風のオラリオの風俗からは、明らかに浮いたゼンめいた静寂に佇むのは、グリーン・シークレット・ハウス、期間限定特別エディション。

ニンジャやサムライなどといった職業が強化された中規模アップデートにおいて、期間限定で発売された拠点作成系の課金アイテムである。

別にキル子は欲しいとは思わなかったのだが、その時は別にお目当ての課金ガチャアイテムがあり、つい誘惑に負けて回したらこちらが出てしまっただけの話だ。

 

あまり不要なアイテムは持ち歩かない主義のキル子だが、身銭を切った課金アイテムだけは話が別。インベントリの一部は、それらのハズレで埋め尽くされている。

なお、お目当ての課金アイテムは結局出なかったのだが、直後に実装された同系統の似て非なるアイテムがポロリと出たので、そこで名誉ある撤退をしている。なので、どこぞのギルマスのように爆死は免れていた。課金は悪い文明である。

 

屋敷の中は居間に客間に寝室と、それなりに部屋数は揃っているし、トイレと台所も完備している。

さらに、離れには四畳半の茶室と、騎乗モンスターを繋いでおくための厩。おまけに露天風呂まで付いている。もちろん、中身は温泉である。

 

「あったか〜い!」

 

「ぬくぬくぅ!!」

 

「きもち〜!!」

 

「温泉なんて、生まれて初めてだなぁ…ああ、これが最後の贅沢……お父様、お母様、リリはもうすぐそちらに参りますが、よい土産話ができました……」

 

「何か勘違いされてるような…?ま、いいか。それより貴方達!お風呂で暴れないでちょうだい!」

 

スッポンポンで風呂場で戯れるチビジャリ三名。そして、何故か死んだ目でお湯に浸かるリリルカを横目に、キル子は湯に浮かせた桶の中で安定を保った蛍光ブルーのサケ・カクテルをストローで啜った。

古代日本では、このような贅沢な娯楽があったのだと、いつかギルメンの死獣天朱雀が力説していたので実践してみたが、子供達が暴れるせいで湯面が揺らぎ、思った以上に飲みにくい。

 

その後、楽しそうにじゃれつく子供らを湯冷めしないよう、リリルカと手分けしてタオルで拭き、客間に備え付けの浴衣に着替えさせた頃には精神的に疲れきっていた。子供の体力ってすごい。

なお、浴衣はマジックアイテムなので、サイズは自在である。

 

さて、風呂の後は、待望のディナーだ。

お腹をぺこぺこに空かせて、わくわく待ちわびていた一同の前に並べられたのは、まさにご馳走だった。

 

抹茶ラテやサケ、オモチ、オシルコ、オゾーニ、ソバ、サシミ、テンプラ、オーガニックスシの詰め合わせ等といった、日本人の心を刺激する飲食系アイテム。全てハウスの台所に付属している冷蔵庫めいたマジックアイテムに収められていたものだ。

各100食分ほどが収蔵されているそれを、適当に取り出して並べただけだが、腹を空かせた欠食児童達には効果は抜群だった。

 

「死刑囚には、最後にご馳走が与えられると言いますしね……」

 

「おいし〜!」

 

「あま〜い、のびる〜」

 

「もちもち」

 

何故かロボットのように口に詰め込むリリルカを他所に、極めて栄養豊富なオーガニック・トロマグロスシやワギュウ・ステーキを手づかみでお腹いっぱいに詰め込み、甘いデザートまで貪ると、子供達は眠気が降りてきたのか揃って船を漕ぎだした。

寝室に放り込めば、そのまま夢の世界にGO!である。フカフカの布団に川の字になって眠る表情は、安心しきっていた。

 

浴衣姿のキル子が寝顔を見ながら、随分懐かれたものだと零すと、同じく浴衣姿のリリルカが、子供らが足で肌けた布団をかけ直しつつ、応えてくれた。

 

「スラムの子供が人前で寝姿を見せるなんて、滅多にないことです。寝ているうちに何をされるか、わかったものじゃありませんから。それだけ、キルト様のことを信用しているんでしょう」

 

リリルカは、何処か腹をくくったような目をしている。

 

ならば、そろそろお話の時間だ。

 

「さて、リリルカさん。貴女、何故ここに呼ばれたのか、分かりますね?」

 

客間にて、座布団に座った二人は、座卓を挟んで向かい合っていた。

 

「……はい、これを」

 

リリルカが座卓の上に差し出したのは、無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)。あの時、素材や魔石の運搬に貸し出したものだ。

 

「ここに連れてこられるまでに、覚悟は決めました。せめて、楽にして頂けると、嬉しいのですが……」

 

リリルカは観念したように土下座した。

 

だが、キル子は鼻を鳴らしただけだった。

 

「こんなもの、どうでもよろしい。実用性は高いけど、所詮は安物です。代わりは幾らでもありますわ」

 

「……へ?」

 

ポカンと口を開けて間抜け面を晒すリリルカに、キル子は「欲しいなら差し上げます」とだけ告げた。

 

「とぼけるのはおやめになったらどうかしら。わたくしにも、忍耐に限度というものがありましてよ」

 

少々キツく言い放つと、リリルカは息を飲み、しどろもどろに口にした。

 

「あ、ああ!換金額をごまかした件ですね。さ、3万ヴァリスほど中抜きました!お金は、もちろんお返しします!」

 

「誰がそんな端金の話をしろと言いましたか!」

 

「え?!で、では、もしかしてキルト様の装備や、ベル様の剣を、盗もうとした件、とか…?」

 

恐る恐る、自信なさそうにリリルカが問うと、キル子は少しだけ考えてから、首を横に振った。

 

「あれは……まあ、今回はわたくしが誤魔化したから未遂ですので、不問とします。ただし、指輪に手を出したら殺すわよ」

 

殺意を滲ませると、リリルカは怯えたように震え出した。

 

あれは予備品とはいえ、キル子自身の持ち物だ。中途半端な補正の属性剣などよりよほど価値がある。相手がベルだからこそ、譲ったのだ。

何より、今後のための大事な大事なフラグである。

 

「ええ…?そんな、ではいったい…?」

 

リリルカは本気で理由が思いつかないらしい。カルチャーギャップもここまでくれば業が深いとしか言いようがない。

 

このままでは埒が開かないと悟ったキル子は、苛立ったように言い放った。

 

「いい加減になさい!あの子達のことですわ!貴女、いったい何処まで関わってるのかしら、ソーマ・ファミリアのリリルカ・アーデ。子供に無理やり恩恵を与えて眷属に仕立てあげ、ダンジョンに放り込むなんて」

 

あの後、チャラ夫ことヘルメスから言われたことが気になって、子供たちから事情を聞き出していた。

気絶していたチンピラの方も叩き起こし、ギャアギャア喚いたので両手の指を全てへし折ってやったら、色々吐いてくれた。

そんな状況に一度は助けた子供を放置していくのは、流石に後味が悪すぎる。

 

ソーマ・ファミリアに所属しているリリルカも、とても無関係だとは思えなかったので、見つけ出して締め上げてやろうと、マーキングを追って探したら何故か路地裏でボロボロになって泣いていたのだ。

そこで思わず振り上げた拳のおろし先に迷い、ここまで連れてきただけの話である。

 

「同じファミリアのあの子達を前にして、よくも白々しく無関係を装えたものですわね」

 

そう冷たい目をしたキル子に詰問されたリリルカは、激しく狼狽した。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!あの子達がうちのファミリアの所属だなんて、リリは今知りました!」

 

「ハン?確かあの子達をパーティに入れるのに、一番ゴネてたのは、貴女だったわよね?」

 

ああ、確かに。とリリルカは頭を抱えた。だからといって疑われても困る。

 

ファミリアの連中がそんな外道にまで手を染めていたなんて、知りもしなかった。

しかし、ソーマ・ファミリアは金の為なら何でもやる。オラリオでそんな事をやらかしそうなのは、リリルカの知る限りソーマ・ファミリアくらいのものだ。

何せリリルカ自身、あの子達と似たような境遇なのだから。

 

「お、お怒りはもっともです。確かにリリは人様に顔向けできないようなことをしてきました。ですが、誓ってこの件には一切関わっていません!」

 

リリルカの必死の懇願に、キル子は再び鼻を鳴らした。

 

「信じられません。貴女には信用がない。それはわかりますでしょう?」

 

リリルカは何も言い返せなかった。

確かに、信用を失うような事ばかりして、それを自ら告白したばかりなのだから。

 

「だから、態度で示してもらいます。全部ゲロしなさい。ソーマ・ファミリアについて、洗いざらいをね」

 

「……はい」

 

リリルカは素直に頷いた。どのみち、ファミリアの連中をかばう気は毛頭ない。

 

それに、金の話には目もくれず、赤の他人の孤児達の事情に怒りを露わにし、手を差し伸べた人だ。もしかしたら、自分もと。そう、淡い希望を抱いてしまった。

それがどれだけ卑しくて、どれだけ身勝手なことか、ハッキリと自覚しながら。

 

その後、リリルカは全てを語った。

それは、彼女の半生を語るに等しい作業だった。

それは、聞いていたキル子が、胸糞悪くなるような話だった。

 

あまりにイラついたので、途中で自重していた煙管を取り出し、無言で吸い始める。

甘いバニラミントの香りがリリルカの鼻孔を刺激して、どこかで嗅いだことがあるような、と首を捻っていたのだが、今のキル子に気がつく余裕はない。

 

やがて、長い長い話が終わった時、リリルカはいっそ清々しそうな、泣き笑いを浮かべていた。

 

「……というわけです。賭けてもいいですけど、ソーマ・ファミリアは、絶対にあの子達を手放しません」

 

どんな手を使ってでも探し出し、あの手この手で嫌がらせをして奪還するだろうと、リリルカは断言した。

その言葉には、ひどく実感が込められている。

 

「キルト様はお強いです。ですが、それだけであの子達を守れるとは、リリには思えません。そうしたら、奴らはキルト様の周りにいる、弱い人間から積極的に狙うでしょう。……リリが、そうでした

 

最後の言葉はリリルカの口中で消えたが、キル子の耳にはきっちりと届いていた。

高性能な聞き耳スキルを疎ましく思ったのは、これが初めてだった。

 

全てを聴き終わった時、しばし、キル子は沈黙した。

能面のような無表情で、吸うでもなく、消すでもなく、ただ片手で煙をたなびかせる煙管を弄ぶ。

そうして煙管の中身が全て灰になり、さらに少しばかりの時がたったころ、キル子はようやく口を開く。

 

「……ギルド徴収金がやたら高いブラックギルドとか、昔はよくあったわね。けど、あっちは脱退自由だから大抵つぶれんのよ」

 

リリルカには、まるで意味がわからなかった。

 

「リアルのブラック企業ってレベルじゃねーな。いや、ヤクザじゃね?……そうか、そうか。どこの世界にも湧いてきやがるわけね、あのクソどもはよぉ…!」

 

我ながら、他人事に随分と感情的になるなと、キル子は思った。自然と、頰が皮肉げに引きつるのがわかった。

何せ、このリリルカにしろ、最初は用が済めば口封じするつもりだったのだから。

 

だが、チンピラに痛めつけられてたガキ三人に、路地に打ち捨てられて泣いていた少女。それを連続して見せつけられて、平気でいられるような図太い神経はしていない。

こちとら、リアルではただの一般人だったのだから。そして、ここはもはや、新たなリアルだ。

 

あるいは、ベル・クラネルの清廉な気に当てられたか、リリルカ・アーデの悲哀に同情したか。

それとも、風呂に入れる前にヒビとアカギレにまみれた幼子の素肌に、ポーションを塗った時に見せられた、嬉しそうな笑顔にでも感化されたのか。

 

さもなくば、擬態化をせず異形種のままであったなら、何も思わず、何も感じず、単に利用対象とみなしたか、見捨てていたのだろうか。

ダンジョンの中で盗っ人どもを血祭りにした時には、スカッと爽やかだったので、あるいは逆方向に振り切れていたような気もするが。

 

……らしくない。本当に自分らしくはなかった。だが、もうキル子は、止める気はなかった。

 

「……リリルカさん、頼みたいことがあるのだけど」

 

聞いていただけますわね?

 

激情に震える瞳に睨まれ、リリルカは頷くことしかできなかった。

 

 

 




今年の花粉は化学兵器。
もうアカン。
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