ダンジョンにユグドラシルの極悪PKがいるのは間違っているだろうか?   作:龍華樹

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第8話

ソーマ・ファミリア団長、ザニス・ルストラは背中を強かに打ち付ける衝撃で目を覚ました。

 

「……痛ッ!なんだ?どこだここは?!」

 

最後に覚えている記憶は、ファミリアのホームにある自室にて、寝る前に日課の金勘定をしていたところまでだ。

ここが何処なのか、何故こんなところにいるのか、まるで見当もつかない。

おまけに縛られている様子もないのに、首から下が一切動かせなかった。まるで金縛りにでもかけられたかのように。

 

辛うじて動く首を巡らせると、随分と遠くにオラリオらしき街壁が見える。そこから漏れる都市の灯りと、月の光のおかげで、なんとか辺りの様子がわかった。

四角く、均一に揃った石のオブジェが無数に並んだ丘。その合間にある荒れた小道に転がされているのだ。

 

ザニスはそれだけで、ここが何処だか見当がついた。おそらくはオラリオ郊外、冒険者の墓地と呼ばれる場所だ。元々は市内にある共同の集団墓地だったものが、段々と手狭になり、郊外に第二、第三墓地が新設されたのだと聞いたことがある。

 

「い、いったい何故こんな場所に?」

 

思わず疑問を口にすると、応えがあった。

 

「うーむ、いくら顔だけイケメンでも、やっぱ萌えないわぁ」

 

ギョッとして首を巡らせると、白い衣服を纏った女らしき影が、すぐ近くの墓石に腰掛けている。

髪がやたらと長く、顔を完全に覆い隠しているので、どんな容姿をしているのかはわからない。

煙草でもふかしているのか、きついメンソールの香りが、微かに漂ってきた。

 

「ど、何処の誰だか知らないが、私がソーマ・ファミリア団長だと知っての狼藉か?!」

 

ザニスは苛立ちと共に怒鳴りつけた。

 

どこのファミリアの冒険者か知らないが、こんな真似をするということは、相手は手段を選んでいない。

目的は身代金か、市場に流している神酒の利権か、さもなければそれ以外の縄張りのショバ代あたりで揉めたかだろう。

いずれにしろ、交渉に持ち込めればまだ巻き返せると、ザニスは激高したように見せかける芝居の裏で冷静に判断していた。

少なくとも、相手は問答無用の殺し屋ではない。それならとうに殺されている。あるいは見せしめの為に酷い拷問をされる可能性は、考えないようにしていた。

 

オラリオは神々が集う冒険者の町、建前として統治機構はバベルを抑える冒険者ギルドが代行しているが、より多くギルドへ徴税金を支払っている大手ファミリアの力は強い。所詮は金だ。

そして、ソーマ・ファミリアは団員の質では見るべくもないが、数だけなら大手にも引けを取らない。犯罪組織まがいのことにまで手を伸ばしており、傘下にはかなりの数のチンピラやサンシタが含まれている。一声かければ、動員できる人員は枚挙に暇がなかった。

 

最近では孤児を使った戦力増強策にも着手している。ファミリア所属の、あるサポーターを見かけて思いついたのだ。彼女自身は非力だが、妙なスキルを持っているらしく、中々に稼いでくる。

孤児を使って、子供のうちからそういう者を増やし、ファミリアに囲いこむというのは悪くない試みだ。何せ、役に立たなそうなのは勝手にダンジョンで死ぬだろうし、代わりはいくらでもいる。

 

主神のソーマは酒造りにしか興味がなく、それ以外の雑事は一切をザニスに丸投げしている。実質的には今のソーマ・ファミリアはザニスの思いのままだ。

神酒を求める団員達に対して、ファミリアへの上納金が上位の者にだけ、神酒を報酬とするシステムを作り出したのもザニスだった。

 

ギルドにも鼻薬を効かせているし、他のファミリアにも伝手はある。いざとなったら、いくらでも無理は利く。

そうやって、ザニスは成功への階段を積み重ねてきた。

 

だが、今回ばかりは相手が悪かった。

 

「ベル君やベート様みたいに、内面から滲み出るイケメンオーラをちっとも感じない」

 

顔も見えぬ相手は、まともに話をしようとはせず、長い髪の合間から煙管だけ突き出し、白い煙を漂わせている。

 

手強い、とザニスは思った。

こちらのことをどうでもいい存在であるかのように扱い、見下すように構える。ヤクザ者が有利な状況で交渉する時の常套手段だ。

 

「まあ、予想はしてたから、手っ取り早くいきますか」

 

コン、と墓石の端に煙管を叩きつけ、中の灰を叩き落とす。

それを合図とするように、闇の中からふらりと数人の男達が、滲み出るように現れた。

男達は体温を感じさせない青白い肌と、焦点の合っていない虚ろな目をして、そのままよたよたとした足取りでザニスに近づいてくる。

 

「お、お前ら!まさか私を裏切ったのか?!」

 

その顔には見覚えがあった。皆、ソーマ・ファミリアの幹部、ザニスの取り巻き達だ。

 

「ま、待て!誰だ、いや、いくら摑まされた!倍、いや三倍出す!私に付け!」

 

ザニスは狼狽した。

まさかとは思ったが、犯人は身内だったかと歯噛みする。自分を蹴落とし、取って代わるつもりだ。

 

「あーあー、見苦しい。そういうとこだぞ」

 

女が何か言ってくるが、もうザニスにはそちらに構う余裕はない。

 

「それに、彼らもうお金とかいらないみたいよ。だって、"ああ"なっちゃったら、使い道がないものね」

 

その言葉に、何故かとてつもなく嫌な予感を覚える。

 

「…?そ、それはどういう……?」

 

思わず問い正そうとしたザニスだったが、すぐにその必要は無くなった。

 

グルァアアアアア!!

 

「ギィヤァアアアア!!!」

 

箍が外れたような甲高い悲鳴が辺りに響いた。それが自分の喉から発せられた物だと、ザニスは気がつかなかった。

 

「嫌だ、来るな!!あっちいけぇ!!!」」

 

吐息がかかるほどの距離にまで近づかれて、ようやく気づく。

爛れた皮膚、腐敗した肉、血の滲んだ爪、黄濁した瞳。

極め付けは、鼻がもげるかのような腐敗臭。

 

すでに、彼らは生きてはいなかった。

 

「さて、色々ウタってもらうし、協力もしてもらいますが。まずは躾の時間だ、坊や」

 

ゆっくりと、髪をかきあげてこちらを振り仰ぐ女の顔を、ザニスは見た。

 

青白い肌、血走った目、びっしりと乱杭歯の生えた口は耳まで裂けている。

 

「ヒィアアアアア!!」

 

ザニスは続けて絶叫した。

もう、気が狂いそうだった。

 

その体に、かつての仲間たちが取り付く。凄まじい力で爪を食い込ませ、歯を当てて肉を食いちぎろうとする。

食われる!と理解するも、相変わらず体は麻痺したように動かない。

 

「ポーションは山ほどあんだ。死にゃあしないよ。だからさ………痛けりゃ、わめきな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、キル子は朝一に、子供達を伴って街へ繰り出した。

今日は年に一度の怪物祭、オラリオ中が他所からやってきた観光客や物売り達で溢れている。

昨夜は遅くまでちょっとした仕事をしていたのだが、疲労無効、睡眠不要のアンデッドとして活動していたので疲れはない。それに、愉快な音楽に酔い痴れるだけの簡単なお仕事で、思わず何かが濡れてしまった。

 

大通りを歩くキル子は、当然だが悪役令嬢・キルトの外装を使っている。ただし、派手な鎧は脱ぎ、適当な服屋で調達したワンピースに着替えていた。手持ちは和装ばかりで、この外装には余り合わないのだ。

 

町の賑やかさにあてられ、気分は少し高揚していたが、少しだけ問題もあった。

 

「歩きにくいからね、できればもう少しだけ離れてほしいかな」

 

「やぁー!!」

 

イヤイヤをするように、子供達はさらにギュッとキル子に抱きついてしまう。

 

真新しい子供服に袖を通し、毎日風呂に入って清潔感を取り戻した彼らは、そこらにいる市民の子供と見分けがつかない。

だが、周囲をひどく警戒しているのだ。また捨てられるのか、あるいは元のところに連れ戻されるとでも思ったらしい。キル子の手や服を握って離さない。

どこで誰が見ているかわからないため、しばらく外には連れ出せなかったから、もっと喜ぶかと思ったら当てが外れてしまった。

 

むしろここ数日、グリーンシークレットハウスの中での彼らは元気はつらつで、ご飯をもりもりと食べ、しきりにじゃれついてうるさいくらいだった。

 

退屈なのだろうと、居間に置いてあった映像用のマジックアイテム(見た目は骨董品のブラウン管型テレビ・モニター)を見せたら、そちらにかじりつきになった。本来は獲物を待つ退屈しのぎに用意したものだが、キル子は著作権が切れたビデオプログラムを山ほど持ち込んでいる。

キル子の趣味で、ホラー映画とイケメン俳優の出る海外ドラマが多かったが、タダで取得できるのを無造作に詰め込んだせいか、子供向けなのもいくらかある。

 

一番受けが良かったのは、某指輪を火山に捨てにいく王道ファンタジーだ。種族とか世界観がオラリオと近いので素直に受け入れられたらしい。

特に小人族の女の子、カリンは「ぱるぅむがいる!!すごい!!」と興奮しきりだった。ヒューマンのコナンは大勢の騎士達が命を賭して戦うシーンに手に汗握り、獣人のレックスは自分の種族が出てこないことにやや不満そうだったが、尻尾をふりふりして見入っていた。

 

だが、不安そうに市街地を歩いてきた彼らも、ガネーシャ・ファミリアの闘技場についてからは、態度が一変した。

 

「すごい!あれ、なんてもんすたー?」

 

「みのたうろすだ!」

 

「すげえ!つよそう!」

 

自分たちが見たこともない高位のモンスターが、名うての冒険者の手によって調伏されていく有様に、もう夢中である。

最前列に陣取って、屋台で買った総菜をつまみながらはしゃぐ子供達は、ようやく明るさを取り戻していた。

 

実際、この見世物に見物席に座る市民達は歓声をあげており、中々好評を博しているようだった。

冒険者とモンスターの繰り広げる駆け引きに興奮し、その結果に一喜一憂している。中にはモグリの賭け屋が交じっていて、声を張り上げて今現在のレートを絶叫する有様だ。

オラリオでは、市民向けの娯楽が乏しいのかもしれない。

 

「MOBのレベルは最大でも20前後か。まあ、安全マージンを考えたらそれが限度なんでしょうね」

 

もしかしたら、来年はもう少し安全対策を講じる必要に迫られるかもしれないな、とキル子は他人事のように考えながら、手元の時計に目を落とした。

 

今日のオラリオは、常にもまして人が多い。事を起こすに絶好。これを防ぐは至難。

 

「さて、そろそろかしら?」

 

その言葉を待っていたかのように、キル子の背後に小柄な影が現れた。

 

「お待たせしました、キルト様」

 

リリルカ・アーデである。

黒いマントを羽織り、頭には可愛らしいウサ耳のカチューシャをつけて、髪型を変えている。

 

背中に背負っているのは、いつもの巨大なバックパックではなく、キル子が与えた無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)。あまり膨らみの目立たないこれに替えるだけでも、印象がずいぶん違って見える。

マントの方もユグドラシル由来のもので、隠れ蓑の外套(クローキング・マント)といい、着用者に不可視化の能力を与えるアーティファクトだ。

姿は消えるし、足音を消す機能も付いているが、《完全不可知化》とは違い、臭いや気配、体温などは遮断できない。だが、MPを消耗し、回数制限スキルも使い尽くしたような状況では重宝する代物である。

 

リリルカは、キル子の背後からそっと耳打ちした。

 

「ソーマ様の恩恵を与えられた子供は、全員確保しました。今はリリが予約したギルド本部の個室にいます」

 

「上出来です」

 

キル子は安堵した。これで後顧に憂いはない。

 

思わず安心したように微笑むキル子だったが、リリルカの顔は暗かった。

 

「ギルドに登録されていた子供の数は、全部で17人…………ですが、今残っているのは…………あの子達を含めて…………8人でした」

 

半減、か。チキショウめ。

 

あの陰険眼鏡、もう少しシメとくんだったと、少しだけ後悔する。しかし、あれ以上やると発狂して使い物にならなくなってしまう。何せ、奴の役目はこれからなのだ。

 

「朝方、ダンジョンに放り込まれそうになったところを、バベル一階の受付でギルド職員に止めさせました。ですが、その……代わりにお預かりしたお金の大部分が、買収資金に消えてしまいましたが、よろしかったのですか?」

 

「いいのよ、まだ一千万ヴァリスも使ってないじゃない」

 

その言葉に、リリルカは複雑な表情をした。

ソーマ・ファミリアから脱退するために、彼女が目標としていた金額と同じだった。

 

「……まあ、計画が順調に進めば、リリも脱退できそうですから、いいんですけどね……」

 

ソーマ・ファミリアに通じて便宜を図っていたギルド職員を特定したのは、リリルカの手柄だ。

受付でよくタカられていた馴染みの相手だったようで、性格はよく知っていたのだそうだ。大枚はたいて逆買収するのは簡単だったらしい。

 

件の職員は大金と引き換えに、ソーマ・ファミリアの名前で登録された子供達のリストを引き渡し、さらに犯罪まがいのやり取りの記録を洗いざらい暴露した。

責任をとって自分はギルドを退職し、田舎に引っ込むという。引き換えに渡した金額は、その決断をさせるには十分だったようだ。

 

こういう分野の駆け引きでは、ソーマ・ファミリアに通じ、ギルドにも伝手のあるリリルカの独壇場だった。

もちろん、決め手になったのはキル子が出した大量のヴァリスであり、また、説得にあたっては《支配/ドミネート》や《人間種魅了/チャーム・パーソン》などの魔法が大いに役立ったのは言うまでもない。

まあ、一度金で転ぶものは再び金で容易に裏切る。リリルカには黙っていたが、キル子としては明日にでも不幸な事故に遭ってもらうつもりだ。

 

なお、告発を受けて対応にあたったギルドの職員はかなりの堅物らしく、今、ギルド内はちょっとしたスキャンダルに揺れているという。

 

「例のものは?」

 

「酒蔵にダミーを交ぜて設置しました。効力は、あと半日は持ちます」

 

「例の人物へのコンタクトは?」

 

「はぁ、先方には快諾していただきましたが……あの金額は本気ですか?キルト様がお金持ちだというのは知っていますが、買収工作にも大量に使われましたし、さらにあんな金額を一括して寄付されるというのは……」

 

「あら?足りない?」

 

「逆です!リリですら信じられません。あちらにも何度も確認されました。本当なら孤児院の経営が100年は安泰だと……」

 

「いいのよ、足りなくなればまたヘファイストス様にタカリに行くから」

 

ヘファイストスの名を出すと、リリルカは解せないといった顔をしたが、それ以上は聞いてこなかった。いい子だ。好奇心は猫を殺す。

 

「では、リリルカさん。この子達のこと、任せましたわよ。事が終わるまではこの場に待機してちょうだい。恐らくガネーシャ・ファミリアの精鋭が集っているここが、市内で一番安全です」

 

「灯台の下はいつも節電している」とは、かつてのギルドメンバーの言葉である。

 

「はい。キルト様もお気をつけて」

 

未だ怪物祭に視線を釘付けにしている子供達に気付かれないよう、キル子は《完全不可知化/パーフェクト・ アンノウアブル》を発動させた。

目を見張って驚くリリルカの横を抜け、キル子はコロシアムの内部に向かう。

目的地は、ガネーシャ・ファミリアがモンスターを捕らえている一角。既に昨日、バベルから運び込まれるところを確認している。この手の事前準備は、PKとしてのキル子が得意とするところだ。

 

さて、とキル子は大きく伸びをした。

コキコキと首をならし、最後の一服とばかりに、煙管を咥える。

 

正直、ソーマ・ファミリアを潰すのは簡単だ。

やり方はユグドラシルと同じで、ファミリアにとって替えの利かない『ギルド武器』を潰せばいい。

問題は、そのやり方だ。後始末を押し付ける、というか泥を被せる相手を用意するのに、骨を折らねばならない。

 

「ちょうど宴もたけなわの頃合い。わたくしからオラリオの皆々様に、さらなる刺激をプレゼントですわ!!……って、やっべ。お嬢言葉が抜けきらねぇ」

 

まいったなぁ、と後頭部をかきながら、煙管をふかして甘いバニラミントの香りを楽しむ。

 

純粋に祭りを楽しんでいる善良な市民諸氏や、罪のないガネーシャ・ファミリアの皆様には誠に申し訳ないのだが、非常に都合のいいイベントだから仕方ないのよね。

ガネーシャ様とか、遠目に見ただけでも、そこそこいい男だったので残念。多少の罪悪感をキル子は感じていた。

まあ、キル子の罪悪感など、相手がイケメン以外には滅多に発揮されないのだが。

 

「ああ、もったいない。……それじゃ、やりますかね」

 

優雅に煙管をふかし、甘い香りの煙を肺いっぱいに吸い込んだ、その時だった。

 

「客を守れ!!モンスターが逃げ出したぞ!!」

 

「ゲッフゥ?!!!」

 

キル子はむせかえった。

 

ゴッホゲッホと胸を叩き、慌てて声のした方に視線を移せば、ガネーシャ・ファミリアの団員らしき、仮面で顔を隠した一団が大慌てで走り回っている。

 

「うそん、まさか同じ事考えてるやつでもいたの?」

 

解せぬ、とばかりに首をひねる。

 

「まあ、手間が省けたから結果オーライ?……って、それなら段取りを巻かないとマズい!!」

 

そして、慌ててどこかに向かって駆け出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怪物祭からモンスターが逃げ出したとの情報は、容易には広まらなかった。

 

オラリオの情報伝達手段は限られる。ほぼ人伝の伝言か、ふくろう等を使った文書のやり取りのみ。騒ぎの拡散よりもモンスターの跳梁の方がずっと早い。

 

運良くその場に居合わせた冒険者達が応戦しようと試みたが、ここはダンジョンではなく、モンスターから守られた絶対の‪安全地帯‬の筈の地上である。

祭りに繰り出していた多くの冒険者は軽装で、ポーション等の消耗品も持ち歩いてはおらず、苦戦は必至だった。

 

中でも最悪だったのは、逃げ出したモンスターの中にシルバーバックがいたことだ。

 

シルバーバックという魔物を端的に言い表すならば、下級冒険者の天敵。これに尽きる。

ダンジョン11階層以降から出現する野猿型のモンスターで、全身真っ白な体毛に覆われており、 両肩と両腕の筋肉が特に隆起している。

単純な物理攻撃しかしてこないし、武器も使わない。だが、その巨体と膂力だけで十分すぎるほど凶悪なモンスターの筆頭だ。

 

まず、巨体と敏捷性を活かした突進からの体当たり。運動エネルギーの暴力であるこれを受けた時点で、大多数の下級冒険者はさながら大型馬車に突っ込まれた一般人のごとく弾け飛ぶ。

より厄介なのは組み付かれた場合だ。人間の数十倍に及ぶ膂力と握力によって掴まれた人体は、膨らんだ水風船がそうなるように容易に中身を破裂させ、アリの手足をもぐように関節を引きちぎられるだろう。

噛みつきを受ければ、たとえ金属鎧に守られていようと無事では済まない。一本一本が子供の二の腕ほどもある牙の並んだ口の咬筋力は、薄い鉄板くらいなら容易に貫通するからだ。

 

防御力もまた秀逸である。針金のような硬い繊維の密集した毛皮は斬撃を受け止め、その下の分厚い筋肉は打撃の威力をよく吸収する。並の武器では傷をつけるのも難しい。

 

しかも、大抵は群で行動するので、うかつに手を出せばよってたかって集中攻撃を受ける。

 

ダンジョン11階層における初見殺しのモンスターであり、同程度のステイタスの者同士がパーティを組み、綿密な打合せをした上でようやく安全に狩れる、それがシルバーバックだ。Lv.2以上の上級冒険者とて、舐めてかかれば痛い目をみるだろう。

 

さらに事態を悪化させたのは、頼みの綱の一握りの上級冒険者達が、別口で市中に出現した凶悪な植物型モンスターの対応に、追われていたことだった。

現場に現れた極彩色の体色を持つ、触手の塊のような新種のモンスターは、打撃に強い体組織を持っているらしく、たまたま出張っていたロキ・ファミリアの上級冒険者が対応したのだが、一般人が何処にいるか分からない市街戦闘ということもあって、Lv.6を含む彼らすら苦戦していた。

 

結果的に、逃げ出したモンスターの大部分は下級冒険達が受け持つ形になった。

 

その中の一人に、ヘスティア・ファミリア唯一の眷属、ベル・クラネルの姿があった。

 

 

 

 

 

 

「ハァァアアア!!」

 

ベル・クラネルは剣を振るった。

その背後にはファミリアの主神、ヘスティアが庇われている。

二人で祭り見物をしていた時に、いきなり襲いかかられたのだ。白い毛並みのモンスターは、何故かヘスティアに群がり、執拗に害そうと襲ってきた。

 

周囲には、他にも数人の冒険者達が倒れ伏していた。息はあるが、もう戦えないだろう。

不意の襲撃に居合わせ、共に立ち向かってくれた者達だ。

 

ベルは彼らの名前を知らない。だが、顔は知っている。

彼らは下級冒険者で、たまにダンジョンで出会えば軽く手を上げて挨拶をする、その程度の仲だ。だが、ベル・クラネルという少年には、そんな彼らを見捨てることはできなかった。

 

ベルは腰の剣を抜き放ち、モンスターに対峙する道を選んだ。彼が憧れる、物語の英雄のように。

 

ヘスティアから託された剣は抜群の切れ味を発揮して、本来なら遙か格上の筈のモンスターの強靱な皮膚と筋肉を、まるでジャガ丸くんにフォークを刺すかのように容易く切り裂いた。

そして内部に、強力な雷を染み渡らせる。

 

グギャアアアアアアアア!!!

 

魂消るような悲鳴を上げて焼かれるモンスターをみて、ベルは確信した。

 

「いける!!」

 

そして、再び斬りかかった。

 

ベルが振るうのは、魔剣である。 だが、オラリオで一般的に呼称される意味での魔剣ではない。

本来、魔剣とは高レベルの鍛冶アビリティを持つ鍛冶師が作成し、一定回数使用すると砕け散るという魔法道具だ。威力は基本的に冒険者が扱う魔法より数段弱い。

その意味では、ベルが手にする剣はまったくの別物である。

 

数度も使えば砕け散る魔剣とは異なり、武器としてもすさまじい切れ味と強靱さを合わせ持ちながら、攻撃が命中した瞬間にまるで魔法(オリジナル)のようなすさまじい威力の雷撃を発生させ、容易くモンスターを焼き斬る。

さらに、筋肉を痺れさせて動きを止め、二度三度と追撃を加えることを容易にした。

 

我ながら武器に頼りすぎだという自覚がベルにはあったが、今はこの剣の力が頼もしい。

 

実はヘスティアには黙っていたが、この剣には危険な特性があった。振るう度に発生する電撃は、剣を通じて使用者の身をも焼くのだ。

敵に与えるダメージに比べれば微々たるものだが、未だレベル1の下級冒険者でしかないベルにしてみれば、厄介なダメージである。

 

顔なじみの神、ミアハから貰ったポーションを舐めて傷と痛みを和らげ、苦肉の策で購入した革手袋によって手のひらを保護して傷の軽減を試みたもののの、焼け石に水だった。

しかも、剣は小ぶりな癖にひどく重く、その分威力はあるのだが、使い続けると疲労から手足に震えが走り、体力の消耗も著しい。

 

そのおかげか、ベルのステイタスは類稀なるスキルの補助もあり、日毎目覚ましく上昇している。

特に(STR)耐久(VIT)の伸びはヘスティアが悲鳴をあげるほどだ。

まるで体の方が武器に及ばぬことを恥じ、追いつこうとしているかのように。

 

だが、その厄介なデメリットも、今はない。

 

「やっぱり、痺れない!火傷もない!」

 

数日前にダンジョンで偶々パーティを組んだ美貌の女冒険者、キルトから託された指輪のおかげだ。

指にはめているだけで剣の余波を完璧に無効化し、その力を十全に発揮することを可能にする、素晴らしいアイテムである。

 

その結果、ベルは本来ならあり得ざるジャイアント・キリングを可能とした。

 

大人の胴体にも匹敵する腕を振り回して盛んに攻撃してくるシルバーバック。その大ぶりな攻撃を紙一重で避け、がら空きの胴体に全体重を乗せた渾身の突きを見舞う。

 

「ここだぁっ!!!」

 

元々、ベルの素早さ(AGI)は他のステイタスより一段優れている。さらに、今は力と耐久も追随するように高まっていた。

本来なら、それでもシルバーバックには届かないのだろうが、この世界のコトワリの外から持ち込まれた剣の斬れ味は、絶対のレベル差を覆す。

 

キシャァアアア!!!

 

内臓を焼きつくされる痛みに絶叫を上げ、ついに白毛の巨猿は倒れた。

 

運良く、あるいは運悪くその場に居合わせた者達は、それを見て喝采を叫んだ。

 

「すげえ!!」

 

「あんな子供が、化け物をやりやがった!」

 

「ありがとうございます、小さな英雄さん!」

 

皆、雷鳴を纏った剣を振るい、巨大なモンスターを屠る姿に、悉く魅せられていた。

 

オラリオは冒険者のもたらす魔石によって成り立つ都市であり、そこで暮らす市民も、冒険者などは見慣れている。

しかし、彼らは決してダンジョンには潜れないし、潜らない。ダンジョンで戦う冒険者の姿を見るのは、そうはない。

だからこそ、怪物祭に繰り出して、その非日常に喝采を叫ぶのだ。しかも、今目の前で起こったこれは、本物だ。

その相手が年端もいかない少年とくれば、印象は鮮烈である。

 

そんなベルの勇姿を、特等席で眺めている者がいた。

 

「ウヘヘヘヘへへ!」

 

ニヤケ面を晒して惚ける神、ヘスティア。

 

公衆の面前で、勇ましくモンスターを倒す勇者のごとき少年。民草に歓呼の声で讃えられるベルは照れ臭そうでありながら、誇らしげでもある。

そんな吟遊詩人に歌われそうな物語の主役に庇われ、守られるヒロインは、自分!

吊り橋効果も合わさって、ヘスティアの乙女脳はオーバーフロー寸前である。

 

顔は真っ赤に紅潮し、ハートマークに染め上げられた目は潤みきっていた。

 

「見たか、ヴァレン(なにがし)ぃ!!これでベル君はボクのものさ!!誰にも渡さないぞ!!」

 

ツインテールを狂喜乱舞させ、勝利宣言をかます。その余りにもだらしない顔を見ていたのは、たった一人しかいなかった。

 

「あっ、また地震だ」

 

「最近、多いよな」

 

不意に起きた地震にも、市民達はすでに慣れたもので、誰も動じない。

 

今はただ、魅入っていた。

 

現代に再現された最新の英雄譚を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………そんな彼らの様子を物陰から見て、バッシンバッシンと地面を叩いて悔しがる女が一名。もちろん、キル子である。

 

「クソがぁっ!!!」

 

計画の最後のツメを自ら担うため、逃げ出したモンスターを追ってきたら、出くわしたのがこの耐性を貫通する精神攻撃である。

 

(ヘスティア、恐ろしい子!

いや、違う違う。本当に恐ろしいのは、こんな演出をなんの打算も打ち合わせもなくしてやってしまうベルきゅん!!

なんという天然ジゴロ。惚れた、抱いて、ホテル行こう!

マジ王子様ですよチキショウくそう、羨ましいなオイ、ヘスティアそこ代われ!

あれじゃ、誰だって転ぶ。私だって転ぶ。おのれヘスティア、あの子を独り占めとか許されざるよ!

ていうか、あのヘスティアのにやけ面を見なさいよ、ベルくん!あなた騙されてるのよ! )

 

もはやキル子にはヘスティアの笑顔は「くやしいのう、くやしいのう」とあおられているようにしか見えなかった。完璧な被害妄想である。

 

地面に倒れ伏し、バッシンバッシンやらかすキル子。

当然ながら、周囲はガラガラとゆれ、ベルや市民達も、一瞬だけ状況を忘れて冷や汗をかくほど。

 

キル子はギリギリと歯がみしながら手元の数珠型腕時計を見た。まだ時間が残っていることを確認し、計画を少々変更することを決意する。

どのみち派手に動いて"証人"を集めるつもりだったのだ。こうなれば是非も無し。

このまま放っておいたら、2人のボルテージは最高に高まるだろう。確実に今夜はお楽しみ案件である。にゃろう、絶対邪魔してやるぅ!

 

ケケケケ!!と気色の悪い笑い声を上げながら、キル子がインベントリから取り出したのは、馬をかたどった小さな像。

それを握る手は、青白い異形としての姿を取り戻していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、こいつらどこから出てきたんだ?!」

 

不意に群れをなして襲ってきたモンスター達に、ベルは再び立ち向かっていた。

 

シルバーバックと入れ替わりに、無数の見たこともないモンスターが群れを成して現れたのだ。

そいつらは一見して、ダンジョンで見かけるモンスターとは、明らかに毛色が違っていた。

 

熊や猪、狼、あるいは蛇。オラリオの外でも見たことがある、大小無数の動物達。

ただし、それらは酷い悪臭を纏い、爛れた皮膚と腐った肉のところどころから、骨や内臓を露出させた異形だった。

 

その正体は動物の動死体(アンデッド・ビースト)。ゾンビの耐久性と動物の機敏さを兼ね備えるモンスターである。

ユグドラシルにおいて、レベル5から18にもなろうかという大小無数のアンデッドの群れは、ベルに……というよりベルに庇われるヘスティアへと襲いかかった。

 

動きは鈍いので攻撃は避けやすいのだが、とにかくタフだし、力も強い。痛みを感じていないのか、いくら傷つけても怯まず向かってくる。何より群れで襲ってくるのは、シルバーバックより厄介だった。

 

それは怪物祭から逃げ出したダンジョンのモンスターではなく、【眷属召来】なるユグドラシルのゾンビ種が持つ種族特有のスキルによって呼び出されたものであることを、彼は知らなかった。

 

ようやく3匹目のモンスターを倒した時、ベルの疲労はピークに近づいていた。

 

ただでさえシルバーバックとの激戦を経たばかり、それも今度は複数のモンスターを相手にしなければならない。

シルバーバックにやられた下級冒険者達の手当てもまだ済んではおらず、あたりには安心して顔を出してしまった一般市民も溢れている。もちろん、その中には彼の主神であるヘスティアもいる。

 

万事休す。ベルが焦りを覚えた、その時だった。

 

ベルの耳に、聞き覚えのある高笑いが聞こえてきたのは。

 

「オーッホッホッホ!!!」

 

同時に、路地の陰から一騎の影が飛び出した。

 

「キルトさん!」

 

「むむっ?!」

 

ベルは歓声を上げた。

そして、ヘスティアは新たな泥棒猫を見る目で睨んだ。

 

金銀細工の馬具に彩られた黒馬に跨がり、豪奢な金髪をカールにした美しき女騎士。

 

キルトは大声で名乗りを上げた。

 

「姫騎士キルト、華麗に参上!!ベルくん、義によって助太刀しますわ!!」

 

騎馬の正体は、動物の像・戦闘馬(スタチュー・オブ・アニマル・ウォーホース) 。騎乗動物を召喚することのできるユグドラシルのアイテムだ。 馬はユグドラシルでは、騎乗系のスキルを持たずとも、誰でも使える移動アイテムである。

しかも、これには課金ガチャのハズレアイテムを使っているため、派手な馬具が追加されている。地味に移動速度が10%加算される効果付きだ。

 

「成敗、ですわ!!」

 

薔薇の鎧を着た乙女は黒馬を操り、すり抜けざまに大鎌を振るうと、モンスターの首を一撃で飛ばした。

さらに、騎馬の機動力をもって次々に詰め寄り、一撃にて倒していく。

恐れをなしたのか、モンスター達は踵を返して遁走していった。

 

その姿に、ベルは魅入られた。「ベルくんを渡すものか!」という顔をした、ヘスティアに抱きつかれながら。

 

「ざっとこんなものですわ!」

 

さて、得意げにベルに微笑むキルトことキル子だったが、実は内心で悪戦苦闘していた。

 

(ヤッベ、馬の首って長くて邪魔!うっかり鎌でぶった切りそう!つか、走る速度も自分で走ったほうが速いわ!)

 

騎乗系のスキルを持っているわけではないので、馬に乗った状態ではせいぜい鎌を振り回すくらいしかできないのだが、やってみるとこれが意外に難しい。

人間種に擬態化しているため弱体化しているとはいえ、高レベルの物理ステータスにものを言わせた単なるゴリ押しである。

移動速度も降りて自分の足で走った方がよほど速いだろう。

 

では、何故これを持ち出してきたのか。

それは、こちらを伺うベルの表情が、全てを物語っている。

 

「か、かっこいい!!」

 

そう、視覚効果が絶大なのだ。

 

黒馬を操り、モンスターを一刀両断にしていく様は、まさに姫騎士。ベルだけでなく、周囲にいた冒険者や一般人は、残らず目を奪われている。

 

ダンジョンでパーティを組んだとき、ベルが『キルト』に脈があるのは確認済みである。でなければ速攻でパーティを組んだりしない。

となれば話は簡単で、最高に派手でインパクトのある登場をかまして、ベルの心に自分の姿を刻み込み、新たな属性を植え付けてやればよいのだ。

それで確実に新たなフラグが刻まれるだろう。こうやってフラグを積めば、いずれ必ず指輪と共に還ってくる……はずだ。

 

実際、ヘスティアはツインテールを荒ぶらせ、ムキーっ!と今にもハンカチを噛みそうな顔をしてこちらを睨んでいる。

 

「オーッホッホッホ!ザマアですわ!」

 

あまりにもせこくてみみっちい思惑を成功させたキル子は、馬上にて再び高笑いを上げた。

その場に居た者達に、あまりにも強烈な印象を植え付けながら。

 

「「「かっこい~~!!」」」

 

何故かこの場に現れたちびジャリ三名も、その勇姿に見ほれていた。

 

「え?……ちょ、あなた達!なんでここにいるのよ!!」

 

視界の隅で両手を合わせてごめんなさいしているリリルカを目に留めると、何とか「段取りと違う!」という言葉を飲み込む。

 

「ちょっとちょっと、リリルカさん!どういうことですの?!」

 

思わず馬を飛び降り、リリルカに詰め寄ると、小声で詰問する。

 

「すみません。途中までガネーシャ・ファミリアの誘導に従って避難していたのですが、この子達が……」

 

どうやらキルトの姿を探して飛び出してしまったらしい。無茶をする。いや、なまじダンジョンに潜ってモンスターに対した経験があるからか。

 

孤児達の一人、小人族の少女・カリンは短い金髪を揺らしてピョンピョンと飛び跳ねていた。

 

「わたしもおねえちゃんみたいになる!ぼうけんしゃになる!あくやくれいじょうになる!ひめきしになる!」

 

……後に彼女は冒険者として大成し、とあるファミリアの幹部まで上り詰める。

金髪をカールにし、高笑いを上げながら縦横無尽に大槍を振るう第一級冒険者、『覇王(エンプレス)』カリンの名をオラリオに轟かせることになるのだが、それはまた別の話である。

 

そんな幼子達のキラキラと光る汚れのない眼差しを受けて、キル子は悶絶した。

 

(そんな目で見ないで!こちとら単なる対人特化型のPKですよ!

ワールドチャンピオン様とかワールドディザスター様みたいな、皆から憧れられちゃう謙虚なチート職様とは違うんですぅ!!

むしろナイト様ゴッコするアホとか狙い撃ちにして、せっかく大枚叩いて作ったゴッズアイテムとか奪いまくりで泣かしてたのよぉ!!)

 

「……む、無垢な視線が痛い」

 

新手の精神攻撃は、キル子の完全耐性を貫いて実際よく効いた。

 

「も、もう、仕方がないですわ。リリルカさん、わたくしはこれからモンスターを追撃します。どうやらやつら、"ダイダロス通り付近"に向かっているようですわ。そちらには決して近づかないように!」

 

「了解です!」

 

リリルカは黒いクロスボウを携え、カチューシャのウサ耳をピクピクさせながら、力強く頷いた。

 

キル子が護身用に与えたアルティメット・シューティングスター・クロスボウ・ライトプラスと、着用する者に常時《兎の耳/ラビッツイヤー》の効果を与えるカチューシャがあれば、万が一、巻き込まれても何とかなるだろう。

 

ダイダロス通りの方へ逃げ出したモンスターたちを、放置することはできないし、"証人"はできるだけ多いほうがいい。

このあたりで、周囲に這いつくばる使えない連中を再起動させておこうと、キル子は一芝居打つことにした。

 

「あなた達、いつまでへたばってるの?!」

 

キル子は赤ポーションを取り出すと、辺りで沈んでいた冒険者達に、ぶっかけて回った。

 

【死神の目】によって確認したが、この程度のHP量ならば上級秘薬は必要ない。後でまとめて処分しようとして、気が付いたら4桁ほど溜まっているログインボーナスの中級ポーションで十分である。

 

「さあ、立ち上がりなさい!!オラリオを守るのよ!!」

 

モンスターに打ち倒され、うめき声をあげながら、ベルやキル子の活躍に魅入っていた者たちに、この一言は効いた。

 

一度は剣を取り、立ち向かったにもかかわらず、無残に打ち倒され、心も折れた。

だが、そこに颯爽と現れて英雄劇を見せつけた主役から、直々のオファー。

 

冒険者なんて、大なり小なり英雄願望の持ち主である。

彼らのほとんどは下級冒険者であり、普段から生活のためだ、稼ぎのためだと嘯いてはいるが、心の奥底にはいつか成り上がってやろうという野望がある。

吊り橋効果とでもいうべきだろうか、この状況は抜群の視覚効果を伴って彼らの脳に訴えかけ、キル子こと『キルト』の言葉を心に響かせた。

 

「で、でもなぁ……」

 

「ああ、俺たちじゃあ、逆に足手まといだ……」

 

それでも、多くの者たちはうつむき、自らのステイタスに歯噛みすしている。

 

もちろん、そんな心のわからないキル子ではない。

不敵な笑みを浮かべてインベントリから何枚もの巻物(スクロール)を取り出すと、惜しげもなく次々に使用していった。

 

「《集団標的(マス・ターゲティング)》、《上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル )》、《上位幸運(グレーターラック)》、《上位抵抗力強化(グレーター・レジスタンス)》……」

 

ギルド戦闘等の団体戦においては、支援能力(バフ)の有無は死活問題である。

MPの回復は時間経過に頼るしかないユグドラシルにおいては、魔法職はMPを温存する必要に迫られ、余裕のあるときに巻物を用意しておくのは常識だった。

そして、集団PVPでは互いに消耗しきった膠着状態に陥る場合も多い。巻物を誤魔化して使用可能な盗賊系職業は、不可視化系スキルと高い素早さにより生存確率が高く、一種の隠し玉になりうるので、キル子はモモンガやぷにっと萌えからこの手のアイテムを大量に持たされていた。

 

まさか、この期に及んで日の目を見るとは思いもよらなかったが。

 

「すげえ!力が溢れてくるぜ!」

 

「ああ!これならいける!」

 

一通りのバフをかけまわすと、先ほどまで死に体だった冒険者達の目に、活力が戻る。

ユグドラシルでも最高クラスの支援魔法を受けた彼らのステイタスは、本来のレベルを遥かに逸脱して激増していた。

 

「《上位移動速度上昇(グレーター・ヘイスト)》、《上位クリティカル発生率上昇(グレーター・クリティカル・アッパー)》……これはオマケ!《経験値取得上昇(エクスペリエンス・パレード)》!!」

 

自分自身が使用可能な移動速度強化等のバフに加え、最後に取得経験値が一定時間上昇する課金バフの巻物を使うと、準備が整う。

 

こちらを力強く見返してくる冒険者たちに向かって、大鎌を掲げた。

 

「モンスターを追撃します!志あるものは、我に続け!!」

 

「「「おおおぉぉおおおおおお!!!!」」」

 

盛大な時の声が上がると同時に、彼らは一丸となって駆けた。

 

キル子は満足して頷くと、真っ先に飛びだそうとしたベルに声をかけて止める。

 

「ベルくん、お待ちなさい!あなた、馬には乗れる?!」

 

「は?…はい!村にいた頃はよく乗ってました!」

 

いつの日か名馬を駆って冒険に挑む勇者になることを妄想しながら、春に畑の梳き込みに使う農耕馬を走らせた幼い日の思い出。

なお、振り落とされて肥だめに落ち、祖父に爆笑されたのは思い出したくもなかった。

 

「なら結構!後ろにお乗りなさい!これは二人乗りが大丈夫なタイプなのですわ!」

 

そう言うと、キルトはベルを片手でひっ掴むと、鞍へと引き上げる。

そして、自らへとしっかりと抱きつかせた。役得である。

 

「ベ、ベルくん!!」

 

ヘスティアの目の前で、ベル(獲物)を掻っ攫うという暴挙を成し遂げると、馬の腹を蹴って全速で駆け出した。

 

「神様、ここに居てくださーい!僕も行ってきます!」

 

「べ、ベルくんの浮気者〜〜!!」

 

戦闘馬を駆るキル子は、ベルには見られないように、こっそり背後を覗き見ると、邪悪な笑顔でほくそ笑んだ。

 

計画通り。

 

涙目で歯噛みするヘスティアの負け犬じみた悲鳴が余りにも心地よい。

 

実は、昔からこういう役割は得意なのだ。

かつて、ユグドラシルでも、キル子は似たようなトレインを引き連れてひた走ることがよくあった。

その時背後に食いついてきたのは「待て!」だの「死ね!」だの「装備返せ、ドロボウ!!」等と罵倒を飛ばす、逆恨みも甚だしい不届きな連中だったのだが。

もちろん、そいつらはギルドメンバーが手ぐすね引いて張り巡らせた罠にご招待である。

 

これこそギルド、アインズ・ウール・ゴウンの策士・ぷにっと萌え考案『誰でもできる楽々PK戦術』の一つ、囮PK。

ギルドメンバーの誰かを囮に敵を誘き寄せて、食い付いてきた相手を狩り殺す戦術だ。この方法の欠点は囮も死ぬ可能性が非常に高いことだが、襲い掛かってきた敵は全部確実に殺してきた。

特にキル子は囮役を務めることが非常に多かった。

ギルド内最速を誇るキル子の足なら逃げ切れる可能性が高かったし、いざとなればゾンビ系アンデッド種族の特殊能力により、一日三度までならどんな攻撃を食らってもHP1で耐えきれる。 何より、ヘイトを集めやすかった。まさにカルマのなせる技である。

 

そして、あの手この手でプレイヤーを煽っては釣り出してきた経験を持つキル子のリアルスキルを駆使すれば、このような状況を作り上げることなど朝飯前である。

 

ドス黒い笑みを隠しつつ、冒険者たちを引き連れてモンスターを追撃していたキル子だが、お目当ての場所に近づくと、手綱を引いて馬足を止めた。

 

「どうどう!総員、止まりなさい!」

 

キル子が招来した動物の動死体(アンデッド・ビースト)だけではない。怪物祭から逃げ出し、討伐を免れたモンスター達すらも、まるで何かに引き付けられるかのように、一つの建物へと殺到していく。

 

「あら、モンスターたちが何かの建物に飛び込んでいったわね。あれはなにかしら」

 

すさまじく棒読みのセリフである。

 

だが、モンスターとの追撃戦で緊張の極みにあった冒険者たちは疑問に思わなかった。

 

「ありゃあ、ソーマ・ファミリアの酒蔵じゃねーか?」

 

「確か、すげえ酒を神様自身がこさえてるって、あの」

 

「あそこのファミリアはホームはガラガラな癖に、ここだけはやたらと人がつめてんだよなぁ」

 

「あのお酒は絶品だからにゃ……っていうか、なんかところどころ出火してないかにゃ?」

 

「酒造りの道具にでも引火したんじゃないか?」

 

キル子と馬に相乗りしているベルも、何かを思い出すかのように頭をひねっている。

 

「ソーマ・ファミリア……どこかで聞いたような?」

 

「確か、リリルカさんの所属ファミリアでしたわね」

 

キル子がさりげなくフォローすると、ベルは「あっ!」と声を上げた。思い出したらしい。

 

「そうか、リリの仲間……!」

 

ベルはそれだけで助けに行く決意を固めたようだ。『感電びりびり丸』を構えなおし、今にも飛び込んでいきそうにしている。

 

キル子もそれを後押しした。

 

「袖振り合うのはエンゲージ、とも言います。一度パーティを組んだ仲です、助太刀しましょう!」

 

「えんげ……?は、はい、行きましょう!」

 

妙な言い回しにベルは眉根を寄せたが、素直にうなずいた。

 

だが、多くの冒険者たちは困惑したように顔を見合わせている。

 

「あ、姉御。その、いくらモンスターどもが飛び込んでいったからって、余所のファミリアの敷地に無断で立ち入るのは……」

 

「ええ、マズイっすよ」

 

「後で問題になるかも……」

 

ファミリア同士は進んで対立しているわけではないが、決して仲が良いわけでもない。

余所のファミリアの縄張りを無断で荒せば、最悪の場合、神同士の対立から戦争遊戯(ウォーゲーム)と呼ばれる神々の代理戦争にまで発展することもある。

 

特に、ソーマ・ファミリアのような生産系のファミリアにとって、製造法の漏えいにつながりかねない工房への余所の団員の立ち入りは、非常に嫌がられる行為だった。

 

モンスターに対するのとはまた違う恐れから、二の足を踏む彼らを見据えて、キル子は叫んだ。

 

「機を見てせざるはチキンなり!!」

 

冒険者たちはカッと目を見開いた。

 

中には「義を見てせざるは勇無き……じゃね?」と些細な疑問を覚えた者もいたが、だいたいあってるのであまり気にはしなかった。

実際にはメイクラブのチャンスは不意にするな、との尊い教えであるが気にしてはいけない。

 

「お聞きなさい、このモンスターたちの邪悪な雄叫びと、無辜の民の悲鳴を!」

 

確かに、酒蔵の内部はひどい混乱に陥っているのか、すさまじい阿鼻と叫喚の混声合唱が絶え間なく響いている。

運よく逃れたソーマ・ファミリアの団員らしき怪我人達が、這う這うの体でその場にへたり込んでいたが、まだ内部にはいったいどれほどの人間が取り残されているのか、見当もつかない。

 

ソーマ・ファミリアは団員の数こそオラリオでも有数だが、質としてはお粗末なもので、最大でもレベル2が数名いるだけである。それはひどいことになっているだろうことは、想像に難くなかった。

 

その場の全員の視線を集めると、キル子は不敵に微笑んだ。

 

「わたくしは、行きます!皆様はこの場で怪我人の救助をお願いしますわ!」

 

そう宣言すると、後ろに乗っていたベルを地面へと降ろす。

 

「キルトさん?!なんで……?!」

 

「みんなで危ない橋を渡る必要はありませんことよ!!」

 

そして、煙と炎にまみれた建物の中へ、颯爽と騎馬ごと突っ込んでいった。

 

「キルトさん……!」

 

ベルの悲痛な声を置き去りにして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベル・クラネルは歯噛みした。単身で飛び込んで行ったキルトを、呆然と見送ってしまった。

 

ファミリアがなんだ、神がなんだ、そんなものに囚われて義を見失うのか、と。

恩恵を受けて神の眷属となったオラリオの冒険者ならば、必ず躊躇する筈の問題を、笑い飛ばして正義を貫くキルトの姿に、つい見惚れてしまった。

 

「ぼ、ぼくも行きま…!!」

 

続いて飛び込もうとしたベルだったが、思わぬところから彼を止めるものが現れた。

 

「駄目よ、ベル君!やめなさい!」

 

「え、エイナさん?!」

 

その肩をつかんで止めたのは、ベルの馴染みのギルド職員、ハーフエルフのエイナ・チュール。

受付嬢とベルの担当アドバイザーを兼務している女性だ。

 

仕事中なのか、彼女の後ろには同じくギルドの制服を着た男女が何人か控えていて、ソーマ・ファミリアの惨状に言葉を失っている。

 

ギルドがなんでこんな所に出張ってきたのか、と。疑問を覚えた冒険者たちの探るような視線に答えるように、エイナはベルに状況を説明した。

 

「このところ、ソーマ・ファミリアの団員の行動がギルド内部でも問題になっていてね。ところが、今日になって……その、ひどい告発があったのよ」

 

エイナは言葉を濁した。

 

「それで、慌てて抜き打ち監査に来たら、こんなことに遭遇してしまって………ところで、あの飛び込んでいった女性は知り合い?ギルドでは見たことのない顔だったけど?」

 

「ああ、あの人は………うわっ?!」

 

ベルが答えようとした、その時だった。

不意に、凄まじい腐敗臭が何処からか漂ってきた。思わず手で鼻を覆ってしまう。

 

「うへぇ!おいでなすったな!」

 

「クソが!やっぱりひでえ臭いだぜ!」

 

爛れた皮膚と肉を持ち、潰れた目玉や骨を露出させた異形の動物達が、酒蔵から溢れ出てきた。

 

「また、あいつらだ!エイナさん、下がってください!」

 

剣を構えるベルだったが、続いて現れた存在を目の当たりにして、絶句した。

 

腐敗した動物の死骸達の後ろから、巨大なモンスターが、音もなく姿を見せたのだ。

 

「でかい?!」

 

「なんだあいつは?!」

 

「あんなの見たこともねえぞ!!」

 

「ちょ、無理にゃ!」

 

冒険者たちも驚愕している。

 

それは三つの首を持った、犬にも似たモンスターだった。体長は5メドルを優に越えているだろう。

爛々と輝く三対の目に、地獄のような赤い光を湛えて、その場の全員を睥睨している。

 

鋭い牙をビッシリと生やした首の一つには、血に染まった人影が咥えられていた。

 

「ソーマ様!!」

 

酒蔵の前に避難していたソーマ・ファミリアの団員達から、悲鳴が上がった。

 

すでに命があるのかないのか、神・ソーマと思しき人影は身動き一つせず、すぐに巨大な口の中に飲み込まれ、咀嚼されてしまった。

 

あまりに凄惨な光景に絶句する一同の前で、さらなる悲劇が起こる。

 

「ヒ、ヒヒヒ!やった、お、終わった……フヒ!こ、これで解放される!モグモグは嫌だ!!モグモグモグモグ、ごゆるりとモグモグモグモグ……!!!!!」

 

主神が食い殺されて気がふれてしまったのか、モンスターの後ろから、眼鏡を掛けた細面の男性が、狂喜の笑みを浮かべて這い出てきた。

 

目は焦点が合っておらず、口からは涎を垂れ流していて、明らかに常軌を逸している。

 

「ひ、ひひひ、もぐもぐもぐ……ケキャ!!!」

 

ガブリ、と。その男も瞬く間に犬の口の一つに、ひと噛みで飲み込まれてしまった。モグモグと咀嚼され、ゴクリと飲み込れる。

 

モンスターは次の餌食を見繕おうというのか、周囲を睥睨し、口の一つから雄叫びを放った。

 

ヴウォオオオオオオオオ!!!!

 

周囲一帯に木霊する遠吠え(ハウリング)

それは物理的な圧力を伴い、風属性攻撃となって酒蔵の前に集っていた冒険者を一息に吹き飛ばした。

 

ゴミや芥を箒で掃くように街路に叩きのめされ、その一撃で戦闘能力を奪われる者多数。だが、バフによる強化のおかげか、命を落とした者はいない。

また、ハウリングに含まれていた高周波の大音響による麻痺の状態異常は、事前に受けていた抵抗力強化のバフにより、ほぼ半数が無効化できていた。

 

ただ一人、その攻撃から指輪の守りによって完全に身を守ることができたベルは、背後にエイナをかばいながら、モンスターに立ち向かう。

 

「エイナさん、逃げて!!」

 

「ご、ごめんなさい、ベル君……こ、腰がぬけて……!」

 

エイナは立ち上がることもできずに、小刻みに震えている。麻痺してしまったのだ。

 

「き、君だけでも、逃げて!お願い!」

 

エイナの懇願に、ベルは首を振った。

 

「そんなことはできません!!」

 

三つの大咢は、さらなる獲物を求めるかのように涎を垂らし、二人を見つめている。そして、巨大な犬の口の一つに今度は赤い光が灯った。牙の境目から、灼熱の炎が漏れている。

 

それを見て、ベルは覚悟を決めた。

 

"仲間を守れ、女を救え、己を懸けろ、折れても構わん、挫けても良い、大いに泣け。勝者は常に敗者の中にいる、願いを貫き、想いを叫ぶのだ、さすれば、それが、一番、格好のいいおのこだ。"

 

それが祖父の教え。ベルが憧れ、目指す英雄の在り方。

 

「僕が囮になります!その隙に!!」

 

今にも炎を吐き出そうとしているモンスターから注意を引き付けようと、ベルが駆け出そうとした、その時だ。

 

「よく言いましたわ!!!」

 

赤い鎧を纏った女が、間一髪、その首に一撃を浴びせた。

 

「チッ……トリプルチャージで不意打ちしたのに、この程度か!さすがに第10位階の怪物、硬い!」

 

「キルトさん!!」

 

赤い薔薇の鎧を纏った女冒険者が現れると、ベルは喝采を上げ、怯えていた冒険者たちの顔にも生気が戻る。

 

「お待たせしました!どうやら中の人間は、残念ながら、ほとんどこいつに食い殺されてしまったようですわ!」

 

薔薇の刻印の大鎌が首の一つに食い込み、深手を負わせたが、切り落とすまではいっていない。しかし、その首は白目をむいてだらしなく舌をのぞかせていた。どうやら無力化したようだ。

モンスターは、残る二つの首を乱入者に向けて、唸り声を上げている。

 

キルトは背後にベル達をかばいながら続けて指示を出した。

 

「負傷者を下げて!わたくしが正面を引き受けます!皆様はその隙に取り巻きのモンスターを!」

 

腐敗臭を撒き散らす動物達も、ジリジリとこちらに近寄ってきている。

 

「おう!任せてくだせえ!」

 

「姐御にゃ近づけさせません!」

 

「ご武運を!」

 

キル子が声を張り上げると、その場に集った冒険者たちは再び時の声を上げ、動物の動死体(アンデッド・ビースト)に向かっていった。

 

それを眺めて、残る首の二つがグルルゥ!と唸る。

 

「やらせませんわ!」

 

キルトが大鎌を振るい、牽制する。

対して、モンスターは二つの首と前足の爪を使い、連続攻撃を繰り出した。風圧すらも凶器となり、その余波は周囲で戦っていた冒険者やゾンビをも切り裂く。凄まじい威力だ。

 

「パリィ系は持ってないけど、このくらいなら!!」

 

キルトは取り回しに難のある大鎌を巧みに使い、その全てを華麗に流していく。

 

その一進一退の攻防を、ベルはエイナを担ぎ上げて安全な場所まで運びながら、見つめていた。

 

「すごい……!!」

 

三つ首の巨犬、ケルベロスに立ち向かう戦乙女。

彼の目に、新たな憧れが焼き付けられた瞬間だった。

 

だが、いよいよ鬱陶しくなったのか、今度は無事な犬の首の一つから、バチバチと紫電のスパークが漏れ始める。

 

電撃の吐息(ライトニング・ブレス)!ちょ、待っ、やり過ぎぃ!!」

 

焦るキルトの様子に不吉なものを覚えて、ベルも剣を構え直す。

 

その時だった。

大乱戦の様相を呈してきたソーマ・ファミリアの酒蔵前に、更なる主役が登場したのは。

 

「オラァ!!」

 

突如として現れた男は、見事な飛び蹴りを繰り出すと、今にも雷撃を吐こうとしていたモンスターの口を無理やり閉じさせた。

 

ギャウン!!!

 

口中で雷撃が誤爆したのか、モンスターは苦悶の悲鳴を上げて身をよじらせた。

 

「こいつはおまけだ!!」

 

更に駄賃とばかりに両目に向かって猛烈な拳打を浴びせると、男は無理することなく、下がった。まるで羽が生えたかのように跳びのき、モンスターの前に佇んでいたキルトの横に陣取る。

 

その姿をポカンと見つめていたキルトは、次の瞬間、黄色い歓声を上げた。

 

「きゃあああああ!!ベート様ぁあああ!!」

 

果敢にモンスターに痛打を浴びせた男こそ、ロキ・ファミリアが誇る第一級冒険者、ベート・ローガ。

 

「どいてろ雑魚ども!!雑魚にゃ、こいつの相手はつとまらねー!!大人しく周りの雑魚でも狩ってろ!!」

 

周囲でゾンビと戦っていた者達も、思わず手を止めて歓声を上げた。

 

「ベート・ローガだ!第一級冒険者が来てくれたぞ!」

 

「あれがロキ・ファミリアの凶狼(ヴァナルカンド)!」

 

「クソが!嫌な奴だが、こういう時は頼もしいぜ!」

 

当のベートは有象無象の戯言など眼中にもないのか、不敵に笑っている。

 

「ヘッ!病み上がりだからって、フィンの野郎に置いてきぼりくらったら、まさかの大物にでくわしたな!!勘を取り戻す相手にゃ、不足はねぇ!!」

 

一度だけパシッと両手を叩きつけ、構える。

 

その姿にキルトはキュンキュンと目を奪われ、ベルはかつての屈辱の記憶を想起して歯噛みする。

 

 

 

事態は、最終局面に移っていた。

 

 

 


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